怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

小池和男「日本産業社会の神話」

2009-04-25 13:06:30 | 
小池先生は大学時代に直接教えていただいたことがあります。確か賃金論か何かで講義はどちらかといえば必修ということでもないので、小さな講義室で少人数だったと記憶しています。しかし、当時は異端の学説だったのでしょうが、その緻密な論考には目から鱗の衝撃で、すっかり影響を受けてしまいました。卒業後も先生の著書が出ると全部とはいえませんが買って読んでいます。いまや労働経済学の第一人者で、その学説は異端とはいえなくなったのでしょうが、まだまだ巷間言われている常識とは格差は大きいと思います。
普段書店に並ぶことはあまりないのですが、先日本屋で偶然新しい著書が並んでいたので思わず買ってしまいました。

サブタイトルが経済自虐史観をただすなのですが、小池先生の今までの著書と比べるとちょっとあざといのでは。読んでみると最初に新古今の選者の話から始まり、これまでの小池先生の本とは大分趣が違う。もちろん小池先生らしい反論の余地を与えぬ緻密な論考も展開されているのですが、実証し切れていないことにも推論を交えて展開しており、自身のサッカーフリークぶりとかも語られていて、多少煩わしい統計部分は跳び越して読んでいけば、読むのに苦労はないと思います。
しかし内容は誠に深いものがあると思います。此処で触れられている「神話」は集団主義の国日本であり、個人間競争が乏しく、会社を大事にして、長時間労働で、それを支えているのが年功賃金で、企業は政府の手厚い保護の下にあるなどなどである。これらは通念として広く信じられている。しかしこの通念は実証されているのだろうか。非常に実証しにくいこれらを、あるときは戦前の軍隊のサラリーから江戸時代の商家の俸給まで調べて、さらに諸外国の統計資料をあさり、一つ一つ根拠がないことを実証している。確か竹内宏が小池先生の語学力はすごいということを書いていたと思いますが、自身の丁寧な現地聞き取り調査の結果とか体験を踏まえて、反論の余地を許しません。経済から見た日本人論としても秀逸だと思います。
私が学生時代に受講していた頃から、年功賃金とか企業別組合を丹念に調査して、その通念は何処に根拠があるのか絶えず問うてきたことの一般人向けの集大成といえます。少し自虐史観をただすなんていかにも売らんかなというような副題をつけるのは小池先生らしからぬと思うのですが、出版社の意向のほかにも、これだけ論理的に否定してもなかなか通念がゆるがないことに対する苛立ちがあるのでしょうか。
しかし少し皮肉な見方をすれば、実証されてないにもかかわらず、何故このような通念が強固なものとして生きながらえてきているのか、この通念によって誤った施策がとられているとしたら、なおのこと、その強さを支えるものは何なのか分析する必要があるのではないでしょうか。それには小池先生の跡を継ぐ人たちの仕事かもしれません。
コメント
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