ビールを飲むぞ

酒の感想ばかり

「洪水の年」 マーガレット・アトウッド

2018-11-12 20:57:47 | 読書
 
 
上巻
マッドアダム3部作の第2部。
読み始め、まず前作、オリクスとクレイクの登場人物は出てこない。トビーという女性。レンという女性が登場。2章で、アマンダという女性がチラッと出て来て、前作に登場していたかとちょっと思う。
教団暦25年から始まる。しかし3章は教団暦5年だ。何か意味がありそうだ。
雄豚一匹と雌豚二匹が出てくる。オーウェルの動物農場を彷彿とさせる。トビーはライフルで撃つ。一発目は外してしまう。次に当たったのは雄豚だった。意味はないのかもしれないが、唯一の雄を殺したことで繁殖が不可能になったのではないかと推測する。
ラカンク。クモとヤギの遺伝子接合の糸からできた防弾チョッキ。アヌーユー。など前作から登場した単語。
ゼブという男はトビーの仲間か?
何だか新興宗教のような雰囲気だ。洪水とは実際の、水が大量に押し寄せるものではなく、恐らくウィルスが押し寄せるという見えない洪水という意味だろう。その洪水が起こる前、遺伝子操作によるやや奇妙な世界がある。その最先端を行くのがクレイクやジミー(スノーマン)の世界だ。その世界に対抗する神の庭という団体がある、そこに所属するのがトビーだろうか。
トビーの過去が語られる。悲惨な少女時代を経験している。前作のクレイクやジミーのような金持ちで知的水準の高い特権階級(といっても、そういう立場でありながらも常に監視されているので窮屈そうな)とは違い、貧乏で幸福が少ない層。だがヘーミン地はスラムで無法地帯のためもっとひどい。
トビーの母親は病気がちで薬を飲む度に悪化しているようだ。父親は妻のために仕事をやめ多額の金を消費する。トビーだけはまともにしようと大学へは通わせ続けるが、遂にトビーの母親がこの世を去る。すっかり金もなく荒れ果ててしまったトビーの父親は妻の葬儀の日にライフルで自殺する。悲惨なのはライフルの所持は許されておらず、それでも自殺したということは赦されないことだ。しかも、トビーが父親を殺害したのではないかという疑いもかけられる。むしろこの世界ではそう仕向けられる。それゆえトビーは父親の死体を隠し、ヘーミン地へ姿をくらませた。ただヘーミン地での生活は更に過酷を極める。極限まで来たときに神の庭という宗教団体に救われる。神の庭の主宰はアダム1号と称し元科学者だという。
その後神の庭の教団の内部が描かれるが、これがまたディストピアだ。外の世界も相当ディストピアだが。教団というとある程度の善良さがあると思いきや、ここではそれぞれの人物が曲者で、善というイメージはない。
ブランコがペインボールへ収監される。ペインボールは一種の牢屋だ。そこに収監されたものは2つの選択に迫られる。スプレーガンで死ぬか、ペインボールの中で一生戦って過ごすか。
人生を飲むカップは2つ。ノーのカップは苦い。イエスのカップはおいしい。
p141。フラジェラント(鞭打苦行派)。そうかフラジェラは鞭毛と思っていたが、鞭のことか。
ルサーンとゼブは夫婦で子供がレン。ルサーンとレンは本当の母子で、ヘルスワイザーで本当の夫(父)がいた。しかし夫婦不和でそんな時にゼブと出会い、レンを連れて駆け落ちする。構内から逃げ出すことは大変でコープセコーに徹底的に追跡される。そこで大概の脱走者は個人情報を書き換え逃げるのだ。
ある時トビーが歩いているといつもながらの集団の闘争に出くわす。一瞬巻き込まれそうになるが、相手は退散する。何故か?あのブランコがいたからだ。捕まったはずのブランコが何らかの理由で釈放されていたのだ。トビーはマスクをしていたので多分ブランコは気づいていないだろう。そう予想して何食わぬふりで立ち去る。そのシーンの緊迫感。
p180。命の木ナチュラル製品販売会という、神の庭の自然食品即売会のようなものが開かれる。そこに構内(富裕層の住む地区)の人間らしき少年がやって来てピラーに会いたいと言う。体調を崩して休んでいるピラーに会わせることは断ろうとするレンとアマンダだが、ゼブは連れていくよう言う。どうやら少年とゼブは知り合いらしいし、ピラーとも知り合いのようだ。少年はグレンという。
上巻も終盤近くになり洪水が発生して人類が滅亡したような描写が出てくる。もぐらの日の章だが、定番の章の始めにアダム1号の話があり、その後神の庭師たちのエピソードが始まるのだが、その間にトビーの日記が挟まれる。そこではアダム1号を始めとして死んでしまったこと。そしてその日、砂漠をサングラスをした人間と、それに続く様々な肌の色の全裸の人らしき行列が歩くのを見たらしい。人に渇望していたトビーは追いかけたいと言う衝動に駈られる。
最後の章でゼブと別れて、元の夫のフランクのもとに帰るルサーンだが、実の娘のレンを一緒に連れて帰る。ヘルスワイザー高校に編入するレン。この辺りから前作との関わりが明らかになってくる。完全に記憶から抜けていたが、レンの本名はブレンダだ。そして、初めに高校が案内役として紹介してくれたのがワクラ・プライス(この名前も前作で出てきたか?)そして、その男友達でジミーが登場する。ブレンダ(レン)はジミーと付き合うようになる。お互いの初恋。前作では短いエピソードの1つにすぎなかったが、その詳細が分かる。さらにグレンという男の子が転校してくる。それはピラーの元に連れていってあげたあのグレンという少年。そう言えば前作のクレイクの本名はグレンだったとここで思い出す。それからは前作でよく知っている内容だ。ジミーはブレンダと疎遠になりグレンとつるむようになる。ただ、ブレンダの視点からの話なので違う趣だ。こうやって話が繋がった時には身震いした。
 
下巻
少しずつ前作と繋がる。教団の元に構内から逃げてきた女性。保護することになるが、そもそも構内へスパイに入っていたようで、しかし、持ってきた情報は既に知っている情報で大したものではなかった。この女性はそう、ジミーの母親だ。ハンマーヘッドと名付けられた。
そのうちにあのブランコが釈放されて出てきている。教団内にトビーがいるとまずいことになるかもしれない。そこでアダム1号やゼブはトビーをハンマーヘッドと共に避難させた。
レン。売春店で働くレンの相手にグレンやオリクスが来たり、仲間に入れられた直後のジミーが現れる。その時ジミーは酔いつぶれていた。しかしレンは変装していたがジミーと認識していた。レンはいまだジミーを愛していた。その思いが悲痛だ。
教団が何やら分裂したような様子。アダム1号とゼブの派閥に。
水なし洪水がやって来る。ウィルスのようなものが感染し、細胞が破壊されるのだ。破壊というよりは溶解する。その様子はグロテスクだ。洪水がやって来た直後は神の庭師たちは避難していて助かったようだ。しかし、避難した場所には限られた食料しかない。このまま飢え死にするか、感染の危険を冒して外に出るか、決断を迫られる。
洪水がやって来たことは分かるが、実際何がどう起こっているかの記述はない。
一方レンだが、こちらも生き延びアマンダと行動を共にしていた。途中でシャッキー、クローズ、オーツという昔馴染みの仲間と合流する。せっかく洪水から生き延びた5人だったが、あろうことか予想外の敵が生きていた。ブランコだ。それに仲間2人。いずれもペインボールで生き延びた極悪人だ。この期に及んでなお、レンやアマンダを殺そうと執拗に執拗に追いかける。レンは瀕死の状態でトビーと合流することができたが、アマンダやシャッキー達の安否はわからない。
トビーは瀕死のレンを介抱する。ここから、自然食品風の治療の描写が続き、やや冗長気味。
何とか回復したレンとともに別の場所に移動するが、途中惨殺されたオーツを目撃する。この残忍さはコーマック・マッカーシーの「ブラッド・メリディアン」を思い出した。移動した先の施設では、トビーのライフルで撃たれたブランコが(当たった瞬間は誰に当たったのか、ダメージの大きさは全くわからず、逃げていったのだが)実は瀕死の重傷を受けて倒れていた。水を飲ませる振りをして毒殺してしまうトビー。
そこから歩いていると羊をつれたクローズと再開する。サングラスをかけスプレーガンを持っていたので一瞬、ジミーと遭遇かと思ったが違っていた。
しかしやがてクローズには仲間がいることが判明。神の庭師たちから分裂してさらに新しい仲間も加わったバイオレジスタンスだ。これがマッドアダムのようだ。残念ながらオーツは殺害されたがシャッキーが仲間にいた。おまけにゼブも生きている。いかにもトビーとレン(とジミー?)だけが生き残った世界かと思わせていながら、結構生き残りがいるではないか。おまけにブランコ(は死んだが)とその仲間2人も生き残ってる。アマンダもどうやら生きているようだ、ただし、ブランコの仲間2人に拉致されたままだ。
せっかくゼブたちと合流したが、トビーとレンはアマンダを救出するため2人だけで向かう。ゼブたちはアダム1号を探しに行き残りはアジトを豚から守る。
アマンダを探す途中でクレイカーの群に遭遇する。人間離れしているが、無垢で、純粋だ。彼らは性的感情を持たない。子孫を作るときは野生の動物のように発情期を迎え、機械的に交尾をする。なぜかレンに発情する。レンの発するエストロゲンに反応しているらしい。しかしクレイカーたちに性的な感情はなく、これがまた無垢なのだ。これが奇妙でならない。ところでジミーがいないのだが、先ほどクレイカーが遭遇した男2人と女1人の話をしたら、それを追いかけていったらしい。そうか前作の最後、ジミーが人類の生き残りを追いかけていく場面があったがそれは神の庭師たち関連ではなく、逆に悪人の方だったのだ。ただそれだけの悪人であれば、クレイカーたちを殺害してしまいそうなものだが、全裸でしかも、連れ回されていたアマンダのエストロゲンに反応して下半身が変化していたクレイカーたちに気味悪がり逃げるように去っていったという。
先へ急ぐトビーとレン。2人にボロボロにされたアマンダ。敵に迫るトビーとレン。自分達はライフルを持っているが、相手はスプレーガンを持っている仕損じたら返り討ちに会う。ためらっているところにジミーが現れる。人類の生き残りと期待して後をたどって遂に追い付いたのだ。捕まっているのはアマンダで知っているはずで、レンのこともブレンダとして知っているはずなのだが、足を負傷して高熱を発症しているため認識できなくなっている。しかし、何だかんだでうまくいって、2人を生け捕りにし、アマンダを救出することに成功した。ジミーも傷の手当てをし回復を待つばかりとなった。ただジミーは発熱とあまりの孤独から頭がおかしくなってしまっている。幻覚を見たり独り言を言っている。
最後は成功した記念ということで食事を作りみんなで食べる。そしてなんと悪人2人にも平等に食べさせるというトビーだった。
振り返ると、4分の3までは神の庭師たちの奇妙な生活ぶりの描写が続き、キノコ類やハチミツ、そして自然食品のようなもので飢えをしのいだり、傷を治したり、病気を治したりと、しかもその説明が詳細すぎて退屈な場面もあったくらいだ。そして話の軸はトビーとレンの主要人物であり、トビーはブランコという敵からの逃亡と対決。レンはアマンダとの友情というところだった。途中ブレンダであるところのレンとジミーの恋愛という切ない話もあるのだが、人類滅亡というドロドロした世界観を想像したが、爽やかな青春物語的な雰囲気が濃い。前作の「オリクスとクレイク」はそうはいっても、文学的な雰囲気が濃かった。特に才能や能力があるわけではないジミーの自虐感、世界でたった一人になった絶望感、クレイカーたちに何もしてやれない無力感。いかにも文学的個性ではないか。トビーとレンはアクティブで強い。それだけにエンターテイメント的雰囲気になったのではないだろうか。
第3部はどう展開するのだろうか?タイトルがマッドアダムと言うことなので、レジスタンスの活躍が中心になるのだろうか、そうするとますますエンターテイメント的雰囲気が濃くなるような気がする。
 
上巻
20181027読み始め
20181110読了
下巻
20181110読み始め
20181112読了

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