邦光史郎という作家の小説。初めての作家だ。割りと古い感じの文体。固いわけではない。
清洲会議の辺りから始まる。柴田勝家、市が、3人の娘を秀吉に託し自害する。茶々は父と弟を殺した秀吉が憎いというよくある話。
今井宗久、津田宗及、千宗易。よく考えれば全員宗が付く。そうきゅう、そうぎゅう、そうえき。
信長の死後、中国攻めの前に石川数正を使いして家康は初花の肩衝を差し出す。それをもらうと秀吉は茶会を催したくなる。その直後にそうぎゅう、友閑、道薰、宗二を招いた茶会。
茶々は両親をなくし、妹二人を自分が守ってやらなければならないという責任感がある。
秀吉の周囲には利休のほか、織田長益、石田三成、豊臣秀長がついている。みんな秀吉に気を使っている。秀吉が言うことの裏を読みながら対処しなければならないことにうんざりしている。秀吉は言ってみれば虚栄ではある。そんな中弟の秀長だけには本心をさらすことができる。
秀吉は浅井の三姉妹がいることをすっかり忘れていたが、末の娘から嫁にやるよう(つまり茶々が最後になるよう)指示する。
織田長益の視点もあり面白い。それはそうだ、かつては信長の弟として秀吉から、よそよそしさはありながら上の立場だったのが、今では秀吉のお伽衆だ。そんな秀吉に呼ばれる。長益は、浅井三姉妹のことかと懸念するが、違って、駿府に家康を懐柔するため行ってくれと言うもの。長益はそういった駆け引きに長けているということを買われているのだ。興味深いのは、秀吉と利休という対立に対して、織田長益が中間的な立場で見ていること。そして古田織部はというと、陰でコソコソたくらんでいる怪しげな人物に描かれている。
例の、家康懐柔のための秀吉の妹の旭姫(44歳)を家康(45歳)に差し出すという話。秀長の実の妹なので、秀長は辛い。しかしこの世のならいとして妥協せねばならない。それを長益に打ち明けている最中に、蒲生氏郷がずけずけと間に入ってくる。氏郷はそんながさつなキャラになっている。二人に譲って退席する長益 。帰りに三姉妹に想いを馳せる。長女から、19、18、15歳。
4分の1(第3章)辺りになってやっと本格的に利休の話が出てくる。利休は秀吉を低く見ているようだ。
秀吉は家康と和睦し、代わりに異父妹の旭姫を無理やり婚家先から連れ戻し、夫の佐治日向守を自刃に追いやる。何てひどい。
利休は山崎に待庵を造る。そこに織田長益を迎える。利休は、まもなく秀吉は九州征伐に行くだろう。帰ってきたら茶々を側室に求めるだろう。その交渉役を長益に頼むだろう。秀吉の傍若無人ぶりに憤りを覚える利休。
お江が輿入れするとき三姉妹は別れを名残惜しんだ。茶々はお江に外見は弱く内を強く、うまく立ち回っていくようアドバイスをする。茶々は自分の輿入れ先について薄々感じている。石田三成が挨拶に来るが白々しさに腹が立つが、全てのお膳立てをしてくれた三成を責めるわけにはいかないと思う。
九州平定の際にコエリヨという宣教師が近づいてくる。布教の邪魔をする島津を何とかしてほしいと頼む。秀吉は快く受け入れたが、数日後には禁教令を出す。日本人を奴隷として外国へ売り飛ばそうとしたり、日本の占領を企んでいると知ったからだ。キリスト教禁止令はそういう経緯だったのか。
九州から大坂へ帰る途中に利休は秀吉から大茶会の企画を委される。
一時利休は有楽と対等に話しているようだが、今は弟子ではないので互いに敬語で話をする。
江に続いて初が京極高次に嫁いでいった。高次の母は浅井長政の姉なので従兄妹夫婦となる。茶々は大野治長のことが気になる。大野治長の母は大蔵卿の局だが、実は茶々の乳母でもある。従って乳兄妹ということになる。三成が茶々に近付く、どうやら今のところ自分で言うには茶々の味方である。裏があるのかはわからないが。三成の異例の出世が紹介され、高山右近が熱心なキリシタンであり、禁教令が出ても信仰を捨てず、自ら命を絶つことも禁じられているため、キリシタン仲間を頼って身を隠そうとしている。小西幸長が小豆島に住みかを用意した。キリシタンが秀吉に叛旗を翻すのではという懸念。そして利休の7人の弟子がことごとくキリシタンであることから、利休への疑いが湧く。
第五章、北野大茶湯の章
ここで利休の心情が出てくる。このまま主人持ちの暮らしを続けているといずれは破局をみるやもしれぬ。人とは厄介なもの同じ道ばかり歩き続けているとすぐ飽いてくる。そう考え、いつ死んでもいいように準備しておくべきと。
奉行である前田玄以と石田三成は利休に不信感を持っている。秀吉より家康の方に親近感を持っているのではないかという疑い。とは言え、秀吉と秀長から信頼を得てることから奉行と言えどなにも言えない。
その一方、ちゃちゃは聚楽第に入る時が近づいている。大野治長に対して気持ちが高くなる。
蒲生氏郷が茶々を訪ねてくる。たくさんの絹を持って。ちゃちゃからすれば氏郷は口ばかりのお調子者だ。調子のいいことばかり言って、口だけで出世してきたような、現代の会社における口がうまくて課長なり部長になったような奴を想像してしまう。
丿貫(へちかん)も登場。大茶会の最中、九州で一揆が起きる。やむなく1日で茶会は終了する。
第6章、淀之女房。
三成の耳打ち。蒲生氏郷率いる甲賀衆と、対立する利休側の堺衆。有楽斎の心の葛藤。織田の血を引きながら二千石しか持たない自分。利休は一瞬しか出てこない。古渓が九州へ流されるという事で茶会を催す。秀吉から預かっている掛軸を内緒で使う。大徳寺の山門の修復に寄進したなど。ちゃちゃの話がメインになる。ちゃちゃの心の動き。秀吉の、子が出来た浮かれ具合の描写がたくみだ。
第7章、春雷震る。
小田原征伐の話。再び大徳寺の山門のエピソードが出てくる。ただこちらは利休の思い上がりを示す内容。秀長が病死し、利休をかばってくれる人物がいなくなり、秀吉の自分に対する寵愛も薄れてきたように思う。三成や増田長盛からは嫉妬を買っている。いずれ二人の関係性は破滅的なものになりそうな予感が強まってくる。見てるまに大徳寺山門の件と、茶道具を高値で売り付ける件を、いわばでっち上げられ、堺にちっきょを命じられる。秀吉の怒りを沈めようと細川三斎は奔走する。また堺にたつ際に細川三斎と古田織部が陰から見送るという場面はやはり出てくる。秀吉に反抗的で、少し小馬鹿にしている風ではあったが、何だか関係悪化が急に展開する。そして京に戻され切腹する。もう諦めの境地、死ぬ覚悟はできていたようだ。時世の句も、ヤケクソ的な怒りに満ちたものだ。
第八章、太閤惑乱。
前章で早くも利休が死ぬ。鶴松が病弱で病がちで秀吉が苦悩する場面。鶴松が生まれたのが53歳の時で、今は55歳で、不安になっている。現代人からしたら老いてるという感じはない。実際自分は52歳であるし。
朝鮮出兵の最中大政所が死去する。思えば、一昨年の正月に異父妹の旭姫、昨年正月に異父弟秀長、二月に利休、八月に鶴松をなくしている。身内の死が続く。そんな不幸が続く上、お伽衆が他愛もない話をする生活が続き、秀吉は呆けたようになる。
結局、織田有楽斎が最後まで登場するとともに、有楽斎の目線での秀吉、利休、そしてちゃちゃの話であったと思う。事実はそうなのだ、信長の弟であり、その当時は秀吉は兄の草履とりだった。利休はまたその後の話で、ちゃちゃも姪であるのだから、この時代で一番関係者の事をみているのは有楽斎だ。タイトルは利休と秀吉ではあるが、思い返せば、二人の絡みはあまりなかった。強いていうなら、有楽斎から見た利休と秀吉そしてちゃちゃの話と言える。
有楽斎に心理描写は多いが、それ以外の登場人物は心理描写は少なく、有楽斎の視点と言えばそうだが、客観的描写に終始する。
20240731読み始め
20241117読了