(2015年の読書時の感想)スティーブンスのこの馬鹿がつくほどの正直っぷり。プロローグにおいて、主人のファラディがアメリカ人であることで、ジョーク好きであるのではないか?ジョークにはジョークで返さなければならないのではないか?しかしイギリス人の自分にはそんな機転も持ち合わせない。そもそも主人がジョークを言っているのかどうかも判別できない。ジョークを言ってるのだろうか?ジョークを返さないと失礼になるのではないだろうか?と常にもんもんとしており、意を決して拙いジョークを返したら、全く外してしまって返って気まずい雰囲気になってしまった。なんてところは自分と重なる。しかし、そこで気まずくなり、早々にその場を立ち去るという軽さが、自分とは違いある意味正直、誠実の極みなのかもしれない。
(2017年11月)前回読み始めて中断した時の感想をあえて残す。前回と印象が違っていて面白いと思うからだ。当時はスティーブンスの馬鹿正直ぶりに違和感がありすぎたが、今回はそれほどの違和感はない。カズオ・イシグロは「わたしを離さないで」「遠い山なみの光」「忘れられた巨人」「浮世の画家」と読んできた。前回読む前には映画も見ていた。「浮世の画家」の主人公小野とも通じる、愚直ではあるが誇りを持っているタイプの主人公だ。
映画では、屋敷での過去の回想が中心で、最後にファラデーから車を借り、旅に出るという筋だが、小説の方は、冒頭から車で旅に出て、その道中で昔のことを回想するという流れだ。この違いが最終的にどんな印象を感じさせることになるのだろうか。
今の自分にはこんな解釈しかできないのだが、始めに断っておくが決して悪い意味ではない、カズオイシグロの小説の主人公はどれも真摯であるが、たまにチラチラと腹黒さと言うのだろうか、狡猾と言うのだろうか、ドキッとするような意地の悪さのようなものを見せる瞬間がある。これが読んでいて不安感を感じさせる。読み手、読みようによっては真面目な中に、確固とした誇りを見せていると解釈する人もいる。どうも今の自分にはそう感じるまでにはまだ至らず、意地悪さのように感じるのだ。
ダーリントンホールでの一番の会合が開かれる。ダーリントン卿は第1次世界大戦後、ベルサイユ条約によって必要以上に締め付けられているドイツに対して、そんな瀕死状態の者をさらに踏みつけるようなことはやめようではないかと、各国のキーマンを集めて意見交換しようという会合なのだ。当初フランスだけが強硬派であると思われそのように進んでいく。結局は一番寛容そうであったアメリカが、感情的ではなく、合理的に事を進めるべきだと場違いな主張をし出し終盤を迎える。ダーリントン卿は私利私欲に走るのでなく、正義を広めることが必要だと締めて終わる。
転機について。p255。転機というのは確かにあるのかもしれない。しかしそれは後で振り返ってそうだったかもしれないと思うだけ。そう思えばあらゆる瞬間に転機があったと言えるかもしれない。あの時そうしていたらどうなっただろうと後悔していたら、気がおかしくなってしまうだろう。
旅をしながら後悔ばかり、というのも、完璧な執事であったと自慢しているわりには、失敗が多い。いや失敗したときの回想しかないのでそう見えるわけだが。失敗またはそれを含めて転機と捉えが、その事柄に対して、どうもいちいち言い訳っぽいことを言ってるように見える。「失敗しましたよ。でもあの状況でどうすることができたでしょうか?そんな状況でここまで出来たのだから何で責められましょうか?」というように聞こえる。実は主人公はデキない執事だったのでは?と勘ぐってしまいそうだ。戦後、仕えていた主人が訴訟に敗訴し世の中から否定されたとき、それに全幅の信頼をもって尽くしてきた自分は一体なんだったのだろうか?と虚しさを覚えるのは致し方ない。それはあまりに職務に忠実であり、理想が非常に高いレベルであり、無私であるがゆえに、全部否定されたときの虚無感は大きい。言ってみればごく狭い世界で理想を追求しすぎたせいだ。信念と寛容のバランスが必要だったのではないか。ダーリントンホールでの世界しか知らないスティーブンスが、ほぼ初めて外の世界を知る、つまり旅に出て、色んな立場の色んな考えの人たちと交流したことによって、世界が開けたのではないか?もちろん過去の誇りは大切にすればいい、しかしいつまでも後悔をしていても仕方がない、今を楽しみ、これからを楽しもう。と前向きに考えることができるようになったに違いない。
書いた当時カズオイシグロは30代だという。その歳でよくこんな枯れ寂れた小説をかけたものだ。
20180329追記
良く聞く感想に、これぞ日本の侘びさび、みたいに言われる。僕はそう感じない。ただスティーブンの自信をもって生きてきた過去を否定できない、それを繕うために言い訳をしている。
20150429一度読み始め、中断。
20171119改めて初めから読み始め
20171125読了