最初の一章を読んで、何か荒廃したというのはよく分かる。そしてそれを語る主人公?は何となく薄ぼんやりしている。という印象。光に当たるとまずいようだ。感染症にも気を使っている。子供たちから、その子供たちも何となく異形なものを想像させる、からスノーマンと呼ばれ、海の漂流物が何かと質問される物知りの老人のようにも見える。スノーマンは昔はジミーと呼ばれていた。少年時代は親子三人で生活をしていて、両親とも生物学的研究者のようだ。ただ母親は引退をし、子育てに専念するという名目で退職して家でジミーの世話をしている。しかし何か満足が得られないのかヘビースモーカーでいつも上の空。父親は研究に熱心で、人工生命や人体操作的な研究に没頭しており、倫理観がある母親はそれが我慢できない。母親の日々の不満感はそこから来るのか。ある時母親は家を出る。何やらそれはなくこの社会では厳罰行為のようだ。つまり、完全に企業がコミュニティ化しており、そこから出ることは許されない。母親の家での直前にクレイクが転校してジミーの学校へやって来る。クレイクも本当の名前はグレンという。転校してきたばかりのクレイクの世話役としてジミーが抜擢される。初めはクールで大人っぽいクレイクにいけすかない印象を持っていたが、すぐに仲良くなる。
スノーマンが回想する過去の自分の記憶は、(我々読者からみれば未来の科学、バイオ企業であるが、それを除けば)普通の現代でも見られる一家で、その点の違和感はない。ところがオリクスという女の子が登場し、ジミーであった頃のスノーマンとの出会いから、交友を回想していくと、オリクスは人身売買で売られた少女だという。そして、食料不足によって食いぶちを減らすために売らなければならない。いたって普通のジミーの住む世界の横で、そんな貧しい世界が存在しているのだ。
昔は博識だった、しかし今となっては、かつて知っているつもりだった事柄は何だったのか?それらはどこに行ってしまったのか?
オリクスの生い立ちが悲しい。しかし本人はそう思っていない。少なくとも成長したいまでは。そしてそのオリクスとの恋愛を回想するスノーマンが悲痛で甘美だ。
スノーマンは過去からの幻聴が襲ってくること。言葉や知識に対する執着と虚無感、そして、空腹のため食物をどう調達するか常に追いたてられているし、かつてあった食物を思い出す。
クレイクの子供たちと呼ばれている人造人間(と今のところ推測される)達の名前が仰々しい。エイブラハム・リンカーン、ジョセフィーヌ妃、ダ・ヴィンチ、キュリー夫人、エレノア・ローズヴェルトなど。スノーマンが勝手に面白半分で付けたのだろうが、裸で生活し、無垢なこれらの人物と名前のギャップが奇妙だ。
ジミーの母親は感情障害となり、ジミーとジミーの父親から去る。蒸発するわけだが、この世界においてはどうやら、極刑に当たるようだ。特に女性がそうすることが問題になる(という性差別があるように思われる)逃げた母親(女性全般に言えるのだが)を取り締まるため、父親やジミーと言う身内に対して事情聴取が執拗に行われる。身内の感情を抜きにして、ただ、犯罪行為をした人間を捜索する目的のためでしかないという無感情さに違和感を感じる。そう言った性差別感、そして、作られた家族感、優れたものだけが優遇されるという、異様な世界が見え出してくる。
ジミーの母親は家族から離れ、犯罪者然として扱われ、命すら狙われる立場となった。同様にクレイクの父親も、こちらは既に死亡している。事故死ということになっているが、この社会に不適合ということで抹殺されたようである。この辺りまで来ると、異質な世界であり、現在のスノーマンがおかれている人類がほぼ絶滅したと思われる世界がディストピアであり、スノーマンがジミーであった頃の世界もディストピアであることが分かる。
P228。クレイクと違って、三流大学に入学式はじめてそこに踏み入れたその荒廃ぶりに失望する。ぎこちなく別れた父親の言葉、これがジミーに対して人生が配ってきた持ち札で、ジミーはこれでなるべく上手に勝負するしかない。これが父親の賢明な助言と思うのだ。
続編に登場するブレンダという女性、ここで数回登場し社会運動家のようで、神の庭という宗教団体のシャツを着ている、、だったと思うが、印象的な登場人物だが、後になってどこで登場したかページを戻るがなかなか見つからない。本の少ししか登場しなかったのかもしれない。それにしては存在感があったということか。それにしてもその神の庭が何であるかは全く明らかではない。
ジミーは意外と女性にモテるようだ。スノーマンと言う名前から太った人物を想像していたが、常に食料の確保に苦労していることからも分かる通り、むしろ痩せ細っているのがあ本当の姿だ。
クレイクは最先端の研究施設で勤めていた。すっかり落ちぶれていたジミーを誘いその研究施設の広告部門で働くよう引っ張る。ジミーの事を親友と思っているようだ。
クレイクの研究とは完全に基本的な人間(人造人間、ベースモデル)を作り、ゆくゆくは遺伝子操作技術(スプライシング)によってオプションを加え理想の人間をオーダーメイドで作ると言う(そして金儲けする)目的があった。その試作版が先に出てきたクレイクの子供たち、クレイカーだ。ドームの中で生かされる(飼われると言ってもいい)。無限とも言えるほど存在する植物を食べるだけで生きることができ、どんな感染症にもかからない免疫力を持ち、体臭が虫除けになり、尿で外敵から守る縄張りを作ることができ、動物のように発情期が来たら自然と交尾をする。そして全裸で生活し、肌は皺ひとつ出来ない。知能もまっ更な状態で、一々簡単な説明で学習させていくことができる。そしてその教育係がこれまたクレイクが引っ張ってきたオリクスだった。ジミーと違い、女性関係には不得手なクレイクが唯一好きになったオリクスであった。そんな三角関係もある。教育係としての仕事の他、同じく研究施設が開発した薬、ブリスプラス・ピル。これは性感染症を抑えつつ、性的欲求を抑え、更には老化を防ぐ。そうすることで人口増加を抑えるという薬だ。その薬の販売普及をするのがオリクスのもうひとつの仕事。そうして全世界にクレイクの精密な計画で普及させていった。
ある時世界中で感染症が同時多発的に発生する。その後はパンデミック状態で、エボラ出血熱のような症状で人類が絶滅に瀕する。実はピルの中に一定の期間をおいて発症するよう設計された感染物質が含まれていたのだ。知らずに普及する仕事をさせられていたオリクスは衝撃を受ける。またクレイクがなぜそんなことをしようとしたのか?
全世界がパニックに陥るなか、クレイクはオリクスの喉を切って殺害する。それと同時にジミーはクレイクをガンで殺す。まるでクレイクはジミーに撃たせるよう仕向けたようだが、その意図はやはりわからない。
解説にあるようにスノーマンは過去に何をしてしまったのだろうという文句は、やや違う。ジミーは何もしていない。
ただクレイクの仕組んだ人類破壊後、(当の本人は死んでしまったが)安全な場所で世界の様子をニュースで見るジミー。死んでいく人類を見ながら現実逃避をする日々。安全を確保された施設の目的はクレイカーと呼ばれる新人類(あるいは人造人間・人工人間)を守るためだ。しかしこのままなにもしなければ隔離された安全な施設で食料も尽き、酸素もなくなってしまう。そこでとった行動は、クレイカーたちを外の世界に解放することだ。その後は冒頭から語られる話のそのもの。
ジミーはスノーマンと名乗り、多少の距離を保ちつつ、知恵を授ける。さもクレイカーたちからすれば神のように見えるであろう。クレイクが創造主であり、クレイカーはアダムとイヴのようなものか。そしてジミーはキリストといったところなのかもしれない。
クレイカーたちはあまりにも無垢だ。まっさらな存在で、怒ることもない。嫉妬することもない。他人を傷つけることもない。これこそクレイクの作ろうとした人類であり、平和な世界なのだ。
20181013読み始め
20181024読了