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ドラえもんの声

2015年05月15日 | 時事
大山のぶ代の夫・砂川啓介、胃がん手術と妻の認知症語る「先に逝くわけにいかない」
10年くらい前まで彼女の話がまだ道徳で使われてたけど、今はもう流石にできませんね。

つい先日、ドラえもんが声変わりして10周年を迎えたそうで、新しい声担当の水田さんが「10年経てばもうあなたの声ですね、と大山さんに声をかけてもらった。」と話したエピソードをどこかで見ました。しかし、この話が本当なら既にこの時も患っていたことになりますな。うちの祖母も倒れる前に少し認知症の症状が出ていて、女学校の先生をしていたことを思い出し、「早く学校行かなきゃ。」とか言っていました。妄想だと頭ごなしに否定するのは簡単ですが、そのまま聞いていると祖母なりに当時の記憶が繋がっていたりもして、そうした過去の記憶と現在とが曖昧になってしまう病なのだと思いました。話がちんぷんかんぷんでも、慣れたことを行う際には意外にちゃんとやり切ったりもするので、大山さんの場合も声優業はそれなりにこなせてしまうのでしょう。人間、いずれは通る道とは言え、自分達世代にとってドラえもんと言えばあの声ですし、「ぼくドラえもんです。」という文を見ただけでいつでもリフレインできるほど脳細胞に染みこんでいますから、もう聞けなくなるかもしれないのは悲しい限りです。

「ドラえもんの声」とは、大山のぶ代さんが声優になったきっかけの話です。200文字で要約すると、
昔から「ドラ声」だった私は中学の頃そのことで悩むようになり、周りからもからかわれていた。しかし、母に「手でも足でも苦手だからと言って使わないとどんどんダメになる。声を出す部活に入りなさい。」と言われ、演劇部に入った。それで「ドラ声」を生かして練習するうちに演技の幅が広がって今の職業につながったが、まさか「ドラえもん」の声優にまで選ばれるとは。人生、何が幸いするか分からないものである。
短所を長所に。手元に資料がないので思い出して書いていますけど、そんなテーマだったと思います。まあ、実際は彼女のような逆転ホームランは中々難しいでしょうから、出口では自分の長所を見つめさせるようにした覚えがあります。数年前に参観日でやったのが最後で、保護者には大うけだったのですが、肝心の子どもは既に声変わりの声に慣れてしまっていて、入口が難しい授業でした(笑)

彼女ならきっと認知症すらも長所に変え、笑い飛ばしてくれるでしょう。