月と歩いた。

月の満ち欠けのように、毎日ぼちぼちと歩く私。
明日はもう少し、先へ。

祇園とユーミンとわたし。

2018-06-29 | 生活
日本酒雑誌を一緒に創っている仕事仲間が2人、祇園の店へ来てくれた。
私の文章の師匠とイケメンデザイナーだ。
師匠が京都で取材があり、たまたま私も入っている日だったので立ち寄ってくれた。
デザイナーさんも大阪からわざわざ足を運んでくれてありがたかった。

私が7月号の原稿を早々に終わらせたことをデザイナーさんはとても喜んでくれていた。原稿をもらってから写真のレイアウトやページデザインをする彼にとったら、原稿はできるだけ早いほうがいいのは当たり前。忙しく売れっ子の彼にとったら、自分のペースで仕事ができることがありがたかったようだ。
前号はギリギリで迷惑をかけてしまったので、喜ぶ顔を見てホッとした。

この日は二人が来ることがわかっていたので、少しだけ自家製のアテも用意していた。(お店のレギュラーメニューもあるが、好きなものを持って行ってよいことになっている)

最近作るのに凝っている(というか、自分が食べたくて仕方がない)半熟卵の燻製醤油漬け、明太ポテサラ。それに枝豆の燻製。


2人ともたくさん飲んでくれて、私にもご馳走してくれた。
店の看板をしまってから、3人で終電まで飲んだ。デザイナーさんが「このアテがうますぎる」と連呼していたので、残りはすべてあげた。
「いい仕事をすれば、いい仕事仲間になれる」というのが私の信条で、とにかくこの人たちと良い関係でいるためにも、いい仕事をし続けなければならないと改めて思った。

この日、師匠はあのユーミンの取材だったという。
すごい。やっぱり師匠はすごい。
ベスト盤のCDを持って来られていたので、お店で流した。懐かしい「守ってあげたい」を師匠と共に口ずさんだ。
久しぶりにユーミンを聴いて、心がそわそわした。なんだろう、この感じ。
師匠が「この間、ユーミンを聴いてたら、気づいたら泣いてた」と言うのがわかる気がした。
ある一定の年代の人間にとったら、ユーミンの昔の音楽にはノスタルジーを含んだせつなさがあるように思う。

「ユーミン、すごいオーラありました?」と聞いたら、「そうでもなく、普通の人だった。でも、言う言葉は大物しか言えないようなことだった。あの人が言うならわかる」と。

師匠が神戸の人なので、11時には2人とも店を出た。
遠くから来てくれて本当にありがたかった。
まだユーミンが流れる中、洗い物や帰り支度をしていて気づいた。「師匠、ユーミン忘れて帰ったな」

祇園の薄暗い店の中に流れるユーミンは、とにかく自分の心を深くえぐってきて、このまま帰る気になれず、最近見つけたワインのお店へ立ち寄って1杯。11時過ぎているというのに、その店はまだにぎわっていた。
私は若い時からこうやって一人で店で飲むのが好きだ。その店のマスターや女将さんと話をしたいというわけではなく、隣のカウンターの人と仲良くなりたいわけでもなく、賑わう中で孤独を楽しむのが好きなのだ。静かにグラスの中のお酒とだけ会話して。

でも、やはり一人で飲んでいるとお店の人は相手をしないといけないと思うのか、必ず話しかけてくるけれど。
そこで店員さんと共通の知り合いがいることが判明。世間は狭い。

帰り道も頭の中でずっとユーミンが流れていた。
家に帰ってからも、師匠が忘れて帰ったユーミンを聴いている。そんなに好きなわけでもなかったのに、不思議。なんでこんなにそわそわしてしまうんだろう。