カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ハグルマ 1

2019-01-20 | アクタガワ リュウノスケ
 ハグルマ

 アクタガワ リュウノスケ

 1、 レーンコート

 ボク は ある シリビト の ケッコン ヒロウシキ に つらなる ため に カバン を ヒトツ さげた まま、 トウカイドウ の ある テイシャジョウ へ その オク の ヒショチ から ジドウシャ を とばした。 ジドウシャ の はしる ミチ の リョウガワ は たいてい マツ ばかり しげって いた。 ノボリ レッシャ に まにあう か どう か は かなり あやしい の に ちがいなかった。 ジドウシャ には ちょうど ボク の ホカ に ある リハツテン の シュジン も のりあわせて いた。 カレ は ナツメ の よう に まるまる と ふとった、 みじかい アゴヒゲ の モチヌシ だった。 ボク は ジカン を キ に しながら、 ときどき カレ と ハナシ を した。
「ミョウ な こと も あります ね。 ×× さん の ヤシキ には ヒルマ でも ユウレイ が でる って いう ん です が」
「ヒルマ でも ね」
 ボク は フユ の ニシビ の あたった ムコウ の マツヤマ を ながめながら、 イイカゲン に チョウシ を あわせて いた。
「もっとも テンキ の いい ヒ には でない そう です。 いちばん おおい の は アメ の ふる ヒ だ って いう ん です が」
「アメ の ふる ヒ に ぬれ に くる ん じゃ ない か?」
「ゴジョウダン で。 ……しかし レーンコート を きた ユウレイ だ って いう ん です」
 ジドウシャ は ラッパ を ならしながら、 ある テイシャジョウ へ ヨコヅケ に なった。 ボク は ある リハツテン の シュジン に わかれ、 テイシャジョウ の ナカ へ はいって いった。 すると はたして ノボリ レッシャ は 2~3 プン マエ に でた ばかり だった。 マチアイシツ の ベンチ には レーンコート を きた オトコ が ヒトリ ぼんやり ソト を ながめて いた。 ボク は イマ きいた ばかり の ユウレイ の ハナシ を おもいだした。 が、 ちょっと クショウ した ぎり、 とにかく ツギ の レッシャ を まつ ため に テイシャジョウ マエ の カッフェ へ はいる こと に した。
 それ は カッフェ と いう ナ を あたえる の も カンガエモノ に ちかい カッフェ だった。 ボク は スミ の テーブル に すわり、 ココア を 1 パイ チュウモン した。 テーブル に かけた オイルクロース は シロジ に ほそい アオ の セン を あらい コウシ に ひいた もの だった。 しかし もう スミズミ には うすぎたない カンヴァス を あらわして いた。 ボク は ニカワ-くさい ココア を のみながら、 ヒトゲ の ない カッフェ の ナカ を みまわした。 ほこりじみた カッフェ の カベ には 「オヤコ ドンブリ」 だの 「カツレツ」 だの と いう カミフダ が ナンマイ も はって あった。
「ジタマゴ、 オムレツ」
 ボク は こういう カミフダ に トウカイドウ セン に ちかい イナカ を かんじた。 それ は ムギバタケ や キャベツ-バタケ の アイダ に デンキ キカンシャ の とおる イナカ だった。……
 ツギ の ノボリ レッシャ に のった の は もう ヒグレ に ちかい コロ だった。 ボク は いつも ニトウ に のって いた。 が、 ナニ か の ツゴウジョウ、 その とき は サントウ に のる こと に した。
 キシャ の ナカ は かなり こみあって いた。 しかも ボク の ゼンゴ に いる の は オオイソ か どこ か へ エンソク に いった らしい ショウガッコウ の ジョセイト ばかり だった。 ボク は マキタバコ に ヒ を つけながら、 こういう ジョセイト の ムレ を ながめて いた。 カレラ は いずれ も カイカツ だった。 のみならず ほとんど シャベリツヅケ だった。
「シャシンヤ さん、 ラヴ シーン って ナニ?」
 やはり エンソク に ついて きた らしい、 ボク の マエ に いた 「シャシンヤ さん」 は なんとか オチャ を にごして いた。 しかし 14~15 の ジョセイト の ヒトリ は まだ イロイロ の こと を といかけて いた。 ボク は ふと カノジョ の ハナ に チクノウショウ の ある こと を かんじ、 ナニ か ほほえまず には いられなかった。 それから また ボク の トナリ に いた 12~13 の ジョセイト の ヒトリ は わかい ジョキョウシ の ヒザ の ウエ に すわり、 カタテ に カノジョ の クビ を だきながら、 カタテ に カノジョ の ホオ を さすって いた。 しかも ダレ か と はなす アイマ に ときどき こう ジョキョウシ に はなしかけて いた。
「かわいい わね、 センセイ は。 かわいい メ を して いらっしゃる わね」
 カレラ は ボク には ジョセイト より も イチニンマエ の オンナ と いう カンジ を あたえた。 リンゴ を カワゴト かじって いたり、 キャラメル の カミ を むいて いる こと を のぞけば。 ……しかし トシカサ らしい ジョセイト の ヒトリ は ボク の ソバ を とおる とき に ダレ か の アシ を ふんだ と みえ、 「ごめん なさいまし」 と コエ を かけた。 カノジョ だけ は カレラ より も ませて いる だけ に かえって ボク には ジョセイト-らしかった。 ボク は マキタバコ を くわえた まま、 この ムジュン を かんじた ボク ジシン を レイショウ しない わけ には ゆかなかった。
 いつか デントウ を ともした キシャ は やっと ある コウガイ の テイシャジョウ へ ついた。 ボク は カゼ の さむい プラットフォーム へ おり、 イチド ハシ を わたった うえ、 ショウセン デンシャ の くる の を まつ こと に した。 すると ぐうぜん カオ を あわせた の は ある カイシャ に いる T クン だった。 ボクラ は デンシャ を まって いる アイダ に フケイキ の こと など を はなしあった。 T クン は もちろん ボク など より も こういう モンダイ に つうじて いた。 が、 たくましい カレ の ユビ には あまり フケイキ には エン の ない トルコイシ の ユビワ も はまって いた。
「たいした もの を はめて いる ね」
「これ か? これ は ハルビン へ ショウバイ に いって いた トモダチ の ユビワ を かわされた ん だよ。 ソイツ も イマ は オウジョウ して いる。 コーペラティヴ と トリヒキ が できなく なった もの だ から」
 ボクラ の のった ショウセン デンシャ は サイワイ にも キシャ ほど こんで いなかった。 ボクラ は ならんで コシ を おろし、 イロイロ の こと を はなして いた。 T クン は つい この ハル に パリ に ある ツトメサキ から トウキョウ へ かえった ばかり だった。 したがって ボクラ の アイダ には パリ の ハナシ も でがち だった。 カイヨー フジン の ハナシ、 カニ リョウリ の ハナシ、 ゴガイユウチュウ の ある デンカ の ハナシ、……
「フランス は ぞんがい こまって は いない よ。 ただ がんらい フランスジン と いう ヤツ は ゼイ を だしたがらない コクミン だ から、 ナイカク は いつも たおれる がね。……」
「だって フラン は ボウラク する し さ」
「それ は シンブン を よんで いれば ね。 しかし ムコウ に いて みたまえ。 シンブン シジョウ の ニホン なる もの は のべつ に オオジシン や ダイコウズイ が ある から」
 すると レーンコート を きた オトコ が ヒトリ ボクラ の ムコウ へ きて コシ を おろした。 ボク は ちょっと ブキミ に なり、 ナニ か マエ に きいた ユウレイ の ハナシ を T クン に はなしたい ココロモチ を かんじた。 が、 T クン は その マエ に ツエ の エ を くるり と ヒダリ へ むけ、 カオ は マエ を むいた まま、 コゴエ に ボク に はなしかけた。
「あすこ に オンナ が ヒトリ いる だろう? ネズミイロ の ケイト の ショール を した、……」
「あの セイヨウガミ に ゆった オンナ か?」
「うん、 フロシキヅツミ を かかえて いる オンナ さ。 アイツ は この ナツ は カルイザワ に いた よ。 ちょっと しゃれた ヨウソウ など を して ね」
 しかし カノジョ は ダレ の メ にも みすぼらしい ナリ を して いる の に ちがいなかった。 ボク は T クン と はなしながら、 そっと カノジョ を ながめて いた。 カノジョ は どこ か マユ の アイダ に キチガイ-らしい カンジ の する カオ を して いた。 しかも その また フロシキヅツミ の ナカ から ヒョウ に にた カイメン を はみださせて いた。
「カルイザワ に いた とき には わかい アメリカジン と おどったり して いたっけ。 モダーン…… なんと いう やつ かね」
 レーンコート を きた オトコ は ボク の T クン と わかれる とき には いつか そこ に いなく なって いた。 ボク は ショウセン デンシャ の ある テイシャジョウ から やはり カバン を ぶらさげた まま、 ある ホテル へ あるいて いった。 オウライ の リョウガワ に たって いる の は たいてい おおきい ビルディング だった。 ボク は そこ を あるいて いる うち に ふと マツバヤシ を おもいだした。 のみならず ボク の シヤ の ウチ に ミョウ な もの を みつけだした。 ミョウ な もの を? ――と いう の は たえず まわって いる ハントウメイ の ハグルマ だった。 ボク は こういう ケイケン を マエ にも ナンド か もちあわせて いた。 ハグルマ は しだいに カズ を ふやし、 なかば ボク の シヤ を ふさいで しまう、 が、 それ も ながい こと では ない、 しばらく の ノチ には きえうせる カワリ に コンド は ズツウ を かんじはじめる、 ――それ は いつも おなじ こと だった。 ガンカ の イシャ は この サッカク (?) の ため に たびたび ボク に セツエン を めいじた。 しかし こういう ハグルマ は ボク の タバコ に したしまない ハタチ マエ にも みえない こと は なかった。 ボク は また はじまった な と おもい、 ヒダリ の メ の シリョク を ためす ため に カタテ に ミギ の メ を ふさいで みた。 ヒダリ の メ は はたして なんとも なかった。 しかし ミギ の メ の マブタ の ウラ には ハグルマ が イクツ も まわって いた。 ボク は ミギガワ の ビルディング の しだいに きえて しまう の を みながら、 せっせと オウライ を あるいて いった。
 ホテル の ゲンカン へ はいった とき には ハグルマ も もう きえうせて いた。 が、 ズツウ は まだ のこって いた。 ボク は ガイトウ や ボウシ を あずける ツイデ に ヘヤ を ヒトツ とって もらう こと に した。 それから ある ザッシシャ へ デンワ を かけて カネ の こと を ソウダン した。
 ケッコン ヒロウシキ の バンサン は とうに はじまって いた らしかった。 ボク は テーブル の スミ に すわり、 ナイフ や フォーク を うごかしだした。 ショウメン の シンロウ や シンプ を ハジメ、 しろい オウジケイ の テーブル に ついた 50 ニン あまり の ヒトビト は もちろん いずれ も ヨウキ だった。 が、 ボク の ココロモチ は あかるい デントウ の ヒカリ の シタ に だんだん ユウウツ に なる ばかり だった。 ボク は この ココロモチ を のがれる ため に トナリ に いた キャク に はなしかけた。 カレ は ちょうど シシ の よう に しろい ホオヒゲ を のばした ロウジン だった。 のみならず ボク も ナ を しって いた ある なだかい カンガクシャ だった。 したがって また ボクラ の ハナシ は いつか コテン の ウエ へ おちて いった。
「キリン は つまり イッカクジュウ です ね。 それから ホウオウ も フェニックス と いう トリ の、……」
 この なだかい カンガクシャ は こういう ボク の ハナシ にも キョウミ を かんじて いる らしかった。 ボク は キカイテキ に しゃべって いる うち に だんだん ビョウテキ な ハカイヨク を かんじ、 ギョウシュン を カクウ の ジンブツ に した の は もちろん、 「シュンジュウ」 の チョシャ も ずっと ノチ の カンーダイ の ヒト だった こと を はなしだした。 すると この カンガクシャ は ロコツ に フカイ な ヒョウジョウ を しめし、 すこしも ボク の カオ を みず に ほとんど トラ の うなる よう に ボク の ハナシ を きりはなした。
「もし ギョウシュン も いなかった と すれば、 コウシ は ウソ を つかれた こと に なる。 セイジン の ウソ を つかれる はず は ない」
 ボク は もちろん だまって しまった。 それから また サラ の ウエ の ニク へ ナイフ や フォーク を くわえよう と した。 すると ちいさい ウジ が 1 ピキ しずか に ニク の フチ に うごめいて いた。 ウジ は ボク の アタマ の ナカ に Worm と いう エイゴ を よびおこした。 それ は また キリン や ホウオウ の よう に ある デンセツテキ ドウブツ を イミ して いる コトバ にも ちがいなかった。 ボク は ナイフ や フォーク を おき、 いつか ボク の サカズキ に シャンパーニュ の つがれる の を ながめて いた。
 やっと バンサン の すんだ ノチ、 ボク は マエ に とって おいた ボク の ヘヤ へ こもる ため に ヒトゲ の ない ロウカ を あるいて いった。 ロウカ は ボク には ホテル より も カンゴク-らしい カンジ を あたえる もの だった。 しかし サイワイ にも ズツウ だけ は いつのまにか うすらいで いた。
 ボク の ヘヤ には カバン は もちろん、 ボウシ や ガイトウ も もって きて あった。 ボク は カベ に かけた ガイトウ に ボク ジシン の タチスガタ を かんじ、 いそいで それ を ヘヤ の スミ の イショウ トダナ の ナカ へ ほうりこんだ。 それから キョウダイ の マエ へ ゆき、 じっと カガミ に ボク の カオ を うつした。 カガミ に うつった ボク の カオ は ヒフ の シタ の ホネグミ を あらわして いた。 ウジ は こういう ボク の キオク に たちまち はっきり うかびだした。
 ボク は ト を あけて ロウカ へ で、 どこ と いう こと なし に あるいて いった。 すると ロッビー へ でる スミ に ミドリイロ の カサ を かけた、 セ の たかい スタンド の デントウ が ヒトツ ガラスド に あざやか に うつって いた。 それ は ナニ か ボク の ココロ に ヘイワ な カンジ を あたえる もの だった。 ボク は その マエ の イス に すわり、 イロイロ の こと を かんがえて いた。 が、 そこ にも 5 フン とは すわって いる わけ に ゆかなかった。 レーンコート は コンド も また ボク の ヨコ に あった ナガイス の セナカ に いかにも だらり と ぬぎかけて あった。
「しかも イマ は カンチュウ だ と いう のに」
 ボク は こんな こと を かんがえながら、 もう イチド ロウカ を ひきかえして いった。 ロウカ の スミ の キュウジ-ダマリ には ヒトリ も キュウジ は みえなかった。 しかし カレラ の ハナシゴエ は ちょっと ボク の ミミ を かすめて いった。 それ は なんとか いわれた の に こたえた All right と いう エイゴ だった。 「オール ライト」 ? ――ボク は いつか この タイワ の イミ を セイカク に つかもう と あせって いた。 「オール ライト」 ? 「オール ライト」 ? ナニ が いったい オール ライト なの で あろう?
 ボク の ヘヤ は もちろん ひっそり して いた。 が、 ト を あけて はいる こと は ミョウ に ボク には ブキミ だった。 ボク は ちょっと ためらった ノチ、 おもいきって ヘヤ の ナカ へ はいって いった。 それから カガミ を みない よう に し、 ツクエ の マエ の イス に コシ を おろした。 イス は トカゲ の カワ に ちかい、 あおい マロック-ガワ の アンラク イス だった。 ボク は カバン を あけて ゲンコウ ヨウシ を だし、 ある タンペン を つづけよう と した。 けれども インク を つけた ペン は いつまで たって も うごかなかった。 のみならず やっと うごいた と おもう と、 おなじ コトバ ばかり かきつづけて いた。 All right…… All right…… All right, sir…… All right……
 そこ へ とつぜん なりだした の は ベッド の ソバ に ある デンワ だった。 ボク は おどろいて たちあがり、 ジュワキ を ミミ へ やって ヘンジ を した。
「ドナタ?」
「アタシ です。 アタシ……」
 アイテ は ボク の アネ の ムスメ だった。
「ナン だい? どうか した の かい?」
「ええ、 あの タイヘン な こと が おこった ん です。 ですから、 ……タイヘン な こと が おこった もん です から、 イマ オバサン にも デンワ を かけた ん です」
「タイヘン な こと?」
「ええ、 ですから すぐに きて ください。 すぐに です よ」
 デンワ は それぎり きれて しまった。 ボク は モト の よう に ジュワキ を かけ、 ハンシャテキ に ベル の ボタン を おした。 しかし ボク の テ の ふるえて いる こと は ボク ジシン はっきり イシキ して いた。 キュウジ は ヨウイ に やって こなかった。 ボク は イラダタシサ より も クルシサ を かんじ、 ナンド も ベル の ボタン を おした。 やっと ウンメイ の ボク に おしえた 「オール ライト」 と いう コトバ を リョウカイ しながら。
 ボク の アネ の オット は その ヒ の ゴゴ、 トウキョウ から あまり はなれて いない ある イナカ に レキシ して いた。 しかも キセツ に エン の ない レーンコート を ひっかけて いた。 ボク は イマ も その ホテル の ヘヤ に マエ の タンペン を かきつづけて いる。 マヨナカ の ロウカ には ダレ も とおらない。 が、 ときどき ト の ソト に ツバサ の オト の きこえる こと も ある。 どこ か に トリ でも かって ある の かも しれない。

 2、 フクシュウ

 ボク は この ホテル の ヘヤ に ゴゼン 8 ジ-ゴロ に メ を さました。 が、 ベッド を おりよう と する と、 スリッパー は フシギ にも カタッポ しか なかった。 それ は この 1~2 ネン の アイダ、 いつも ボク に キョウフ だの フアン だの を あたえる ゲンショウ だった。 のみならず サンダール を カタッポ だけ はいた ギリシャ シンワ の ナカ の オウジ を おもいださせる ゲンショウ だった。 ボク は ベル を おして キュウジ を よび、 スリッパー の カタッポ を さがして もらう こと に した。 キュウジ は ケゲン な カオ を しながら、 せまい ヘヤ の ナカ を さがしまわった。
「ここ に ありました。 この バス の ヘヤ の ナカ に」
「どうして また そんな ところ へ いって いた の だろう?」
「さあ、 ネズミ かも しれません」
 ボク は キュウジ の しりぞいた ノチ、 ギュウニュウ を いれない コーヒー を のみ、 マエ の ショウセツ を シアゲ に かかった。 ギョウカイガン を シカク に くんだ マド は ユキ の ある ニワ に むかって いた。 ボク は ペン を やすめる たび に ぼんやり と この ユキ を ながめたり した。 ユキ は ツボミ を もった ジンチョウゲ の シタ に トカイ の バイエン に よごれて いた。 それ は ナニ か ボク の ココロ に イタマシサ を あたえる ナガメ だった。 ボク は マキタバコ を ふかしながら、 いつか ペン を うごかさず に イロイロ の こと を かんがえて いた。 ツマ の こと を、 コドモ たち の こと を、 なかんずく アネ の オット の こと を。……
 アネ の オット は ジサツ する マエ に ホウカ の ケンギ を こうむって いた。 それ も また じっさい シカタ は なかった。 カレ は イエ の やける マエ に イエ の カカク に 2 バイ する カサイ ホケン に カニュウ して いた。 しかも ギショウザイ を おかした ため に シッコウ ユウヨ-チュウ の カラダ に なって いた。 けれども ボク を フアン に した の は カレ の ジサツ した こと より も ボク の トウキョウ へ かえる たび に かならず ヒ の もえる の を みた こと だった。 ボク は あるいは キシャ の ナカ から ヤマ を やいて いる ヒ を みたり、 あるいは また ジドウシャ の ナカ から (その とき は サイシ とも イッショ だった。) トキワバシ カイワイ の カジ を みたり して いた。 それ は カレ の イエ の やけない マエ にも おのずから ボク に カジ の ある ヨカン を あたえない わけ には ゆかなかった。
「コトシ は ウチ が カジ に なる かも しれない ぜ」
「そんな エンギ の わるい こと を。 ……それでも カジ に なったら タイヘン です ね。 ホケン は ろくに ついて いない し、……」
 ボクラ は そんな こと を はなしあったり した。 しかし ボク の イエ は やけず に、 ――ボク は つとめて モウソウ を おしのけ、 もう イチド ペン を うごかそう と した。 が、 ペン は どうしても 1 ギョウ とは ラク に うごかなかった。 ボク は とうとう ツクエ の マエ を はなれ、 ベッド の ウエ に ころがった まま、 トルストイ の ポリコーチカ を よみはじめた。 この ショウセツ の シュジンコウ は キョエイシン や ビョウテキ ケイコウ や メイヨシン の いりまじった、 フクザツ な セイカク の モチヌシ だった。 しかも カレ の イッショウ の ヒキゲキ は タショウ の シュウセイ を くわえ さえ すれば、 ボク の イッショウ の カリカテュア だった。 ことに カレ の ヒキゲキ の ウチ に ウンメイ の レイショウ を かんじる の は しだいに ボク を ブキミ に しだした。 ボク は 1 ジカン と たたない うち に ベッド の ウエ から とびおきる が はやい か、 マドカケ の たれた ヘヤ の スミ へ ちからいっぱい ホン を ほうりつけた。
「くたばって しまえ!」
 すると おおきい ネズミ が 1 ピキ マドカケ の シタ から バス の ヘヤ へ ナナメ に ユカ の ウエ を はしって いった。 ボク は イッソクトビ に バス の ヘヤ へ ゆき、 ト を あけて ナカ を さがしまわった。 が、 しろい タッブ の カゲ にも ネズミ らしい もの は みえなかった。 ボク は キュウ に ブキミ に なり、 あわてて スリッパー を クツ に かえる と、 ヒトゲ の ない ロウカ を あるいて いった。
 ロウカ は キョウ も あいかわらず ロウゴク の よう に ユウウツ だった。 ボク は アタマ を たれた まま、 カイダン を あがったり おりたり して いる うち に いつか コック-ベヤ へ はいって いた。 コック-ベヤ は ぞんがい あかるかった。 が、 カタガワ に ならんだ カマド は イクツ も ホノオ を うごかして いた。 ボク は そこ を とおりぬけながら、 しろい ボウ を かぶった コック たち の ひややか に ボク を みて いる の を かんじた。 ドウジ に また ボク の おちた ジゴク を かんじた。 「カミ よ、 ワレ を ばっしたまえ。 いかりたまう こと なかれ。 おそらくは ワレ ほろびん」 ――こういう キトウ も この シュンカン には おのずから ボク の クチビル に のぼらない わけ には ゆかなかった。
 ボク は この ホテル の ソト へ でる と、 アオゾラ の うつった ユキドケ の ミチ を せっせと アネ の イエ へ あるいて いった。 ミチ に そうた コウエン の ジュモク は みな エダ や ハ を くろませて いた。 のみならず どれ も 1 ポン ごと に ちょうど ボクラ ニンゲン の よう に マエ や ウシロ を そなえて いた。 それ も また ボク には フカイ より も キョウフ に ちかい もの を はこんで きた。 ボク は ダンテ の ジゴク の ナカ に ある、 ジュモク に なった タマシイ を おもいだし、 ビルディング ばかり ならんで いる デンシャ センロ の ムコウ を あるく こと に した。 しかし そこ も 1 チョウ とは ブジ に あるく こと は できなかった。
「ちょっと トオリガカリ に シツレイ です が、……」
 それ は キンボタン の セイフク を きた 22~23 の セイネン だった。 ボク は だまって この セイネン を みつめ、 カレ の ハナ の ヒダリ の ワキ に ホクロ の ある こと を ハッケン した。 カレ は ボウ を ぬいだ まま、 おずおず こう ボク に はなしかけた。
「A さん では いらっしゃいません か?」
「そう です」
「どうも そんな キ が した もの です から、……」
「ナニ か ゴヨウ です か?」
「いえ、 ただ オメ に かかりたかった だけ です。 ボク も センセイ の アイドクシャ の……」
 ボク は もう その とき には ちょっと ボウ を とった ぎり、 カレ を ウシロ に あるきだして いた。 センセイ、 A センセイ、 ――それ は ボク には コノゴロ では もっとも フカイ な コトバ だった。 ボク は あらゆる ザイアク を おかして いる こと を しんじて いた。 しかも カレラ は ナニ か の キカイ に ボク を センセイ と よびつづけて いた。 ボク は そこ に ボク を あざける ナニモノ か を かんじず には いられなかった。 ナニモノ か を? ――しかし ボク の ブッシツ シュギ は シンピ シュギ を キョゼツ せず には いられなかった。 ボク は つい 2~3 カゲツ マエ にも ある ちいさい ドウジン ザッシ に こういう コトバ を ハッピョウ して いた。 ―― 「ボク は ゲイジュツテキ リョウシン を ハジメ、 どういう リョウシン も もって いない。 ボク の もって いる の は シンケイ だけ で ある」 ……
 アネ は 3 ニン の コドモ たち と イッショ に ロジ の オク の バラック に ヒナン して いた。 カッショク の カミ を はった バラック の ナカ は ソト より も さむい くらい だった。 ボクラ は ヒバチ に テ を かざしながら、 イロイロ の こと を はなしあった。 カラダ の たくましい アネ の オット は ヒトイチバイ やせほそった ボク を ホンノウテキ に ケイベツ して いた。 のみならず ボク の サクヒン の フドウトク で ある こと を コウゲン して いた。 ボク は いつも ひややか に こういう カレ を みおろした まま、 イチド も うちとけて はなした こと は なかった。 しかし アネ と はなして いる うち に だんだん カレ も ボク の よう に ジゴク に おちて いた こと を さとりだした。 カレ は げんに シンダイシャ の ナカ に ユウレイ を みた とか いう こと だった。 が、 ボク は マキタバコ に ヒ を つけ、 つとめて カネ の こと ばかり はなしつづけた。
「なにしろ こういう サイ だし する から、 なにもかも うって しまおう と おもう の」
「それ は そう だ。 タイプライター など は いくらか に なる だろう」
「ええ、 それから エ など も ある し」
「ついでに N さん (アネ の オット) の ショウゾウガ も うる か? しかし あれ は……」
 ボク は バラック の カベ に かけた、 ガクブチ の ない 1 マイ の コンテ-ガ を みる と、 ウカツ に ジョウダン も いわれない の を かんじた。 レキシ した カレ は キシャ の ため に カオ も すっかり ニクカイ に なり、 わずか に ただ クチヒゲ だけ のこって いた とか いう こと だった。 この ハナシ は もちろん ハナシ ジシン も うすきみわるい の に ちがいなかった。 しかし カレ の ショウゾウガ は どこ も カンゼン に かいて ある ものの、 クチヒゲ だけ は なぜか ぼんやり して いた。 ボク は コウセン の カゲン か と おもい、 この 1 マイ の コンテ-ガ を イロイロ の イチ から ながめる よう に した。
「ナニ を して いる の?」
「なんでも ない よ。 ……ただ あの ショウゾウガ は クチ の マワリ だけ、……」
 アネ は ちょっと ふりかえりながら、 なにも きづかない よう に ヘンジ を した。
「ヒゲ だけ ミョウ に うすい よう でしょう」
 ボク の みた もの は サッカク では なかった。 しかし サッカク では ない と すれば、 ――ボク は ヒルメシ の セワ に ならない うち に アネ の イエ を でる こと に した。
「まあ、 いい でしょう」
「また アシタ でも、 ……キョウ は アオヤマ まで でかける の だ から」
「ああ、 あすこ? まだ カラダ の グアイ は わるい の?」
「やっぱり クスリ ばかり のんで いる。 サイミンヤク だけ でも タイヘン だよ。 ヴェロナール、 ノイロナール、 トリオナール、 ヌマール……」
 30 プン ばかり たった ノチ、 ボク は ある ビルディング へ はいり、 リフト に のって 3 ガイ へ のぼった。 それから ある レストーラン の ガラスド を おして はいろう と した。 が、 ガラスド は うごかなかった。 のみならず そこ には 「テイキュウビ」 と かいた ウルシヌリ の フダ も さがって いた。 ボク は いよいよ フカイ に なり、 ガラスド の ムコウ の テーブル の ウエ に リンゴ や バナナ を もった の を みた まま、 もう イチド オウライ へ でる こと に した。 すると カイシャイン らしい オトコ が フタリ ナニ か カイカツ に しゃべりながら、 この ビルディング へ はいる ため に ボク の カタ を こすって いった。 カレラ の ヒトリ は その ヒョウシ に 「いらいら して ね」 と いった らしかった。
 ボク は オウライ に たたずんだ なり、 タクシー の とおる の を まちあわせて いた。 タクシー は ヨウイ に とおらなかった。 のみならず たまに とおった の は かならず きいろい クルマ だった。 (この きいろい タクシー は なぜか ボク に コウツウ ジコ の メンドウ を かける の を ツネ と して いた。) その うち に ボク は エンギ の いい ミドリイロ の クルマ を みつけ、 とにかく アオヤマ の ボチ に ちかい セイシン ビョウイン へ でかける こと に した。
「いらいら する、 ――Tantalizing ――Tantalus ――Inferno……」
 タンタルス は じっさい ガラスド-ゴシ に クダモノ を ながめた ボク ジシン だった。 ボク は 2 ド も ボク の メ に うかんだ ダンテ の ジゴク を のろいながら、 じっと ウンテンシュ の セナカ を ながめて いた。 その うち に また あらゆる もの の ウソ で ある こと を かんじだした。 セイジ、 ジツギョウ、 ゲイジュツ、 カガク、 ――いずれ も みな こういう ボク には この おそろしい ジンセイ を かくした ザッショク の エナメル に ほかならなかった。 ボク は だんだん イキグルシサ を かんじ、 タクシー の マド を あけはなったり した。 が、 ナニ か シンゾウ を しめられる カンジ は さらなかった。
 ミドリイロ の タクシー は やっと ジングウ マエ へ はしりかかった。 そこ には ある セイシン ビョウイン へ まがる ヨコチョウ が ヒトツ ある はず だった。 しかし それ も キョウ だけ は なぜか ボク には わからなかった。 ボク は デンシャ の センロ に そい、 ナンド も タクシー を オウフク させた ノチ、 とうとう あきらめて おりる こと に した。
 ボク は やっと その ヨコチョウ を みつけ、 ヌカルミ の おおい ミチ を まがって いった。 すると いつか ミチ を まちがえ、 アオヤマ サイジョウ の マエ へ でて しまった。 それ は かれこれ 10 ネン-ゼン に あった ナツメ センセイ の コクベツシキ イライ、 イチド も ボク は モン の マエ さえ とおった こと の ない タテモノ だった。 10 ネン-ゼン の ボク も コウフク では なかった。 しかし すくなくとも ヘイワ だった。 ボク は ジャリ を しいた モン の ナカ を ながめ、 「ソウセキ サンボウ」 の バショウ を おもいだしながら、 ナニ か ボク の イッショウ も イチダンラク の ついた こと を かんじない わけ には ゆかなかった。 のみならず この ボチ の マエ へ 10 ネン-メ に ボク を つれて きた ナニモノ か を かんじない わけ にも ゆかなかった。
 ある セイシン ビョウイン の モン を でた ノチ、 ボク は また ジドウシャ に のり、 マエ の ホテル へ かえる こと に した。 が、 この ホテル の ゲンカン へ おりる と、 レーンコート を きた オトコ が ヒトリ ナニ か キュウジ と ケンカ を して いた。 キュウジ と? ――いや、 それ は キュウジ では ない、 ミドリイロ の フク を きた ジドウシャ-ガカリ だった。 ボク は この ホテル へ はいる こと に ナニ か フキツ な ココロモチ を かんじ、 さっさと モト の ミチ を ひきかえして いった。
 ボク の ギンザ-ドオリ へ でた とき には かれこれ ヒノクレ も ちかづいて いた。 ボク は リョウガワ に ならんだ ミセ や めまぐるしい ヒトドオリ に いっそう ユウウツ に ならず には いられなかった。 ことに オウライ の ヒトビト の ツミ など と いう もの を しらない よう に ケイカイ に あるいて いる の は フカイ だった。 ボク は うすあかるい ガイコウ に デントウ の ヒカリ の まじった ナカ を どこまでも キタ へ あるいて いった。 その うち に ボク の メ を とらえた の は ザッシ など を つみあげた ホンヤ だった。 ボク は この ホンヤ の ミセ へ はいり、 ぼんやり と ナンダン か の ショダナ を みあげた。 それから 「ギリシャ シンワ」 と いう 1 サツ の ホン へ メ を とおす こと に した。 きいろい ヒョウシ を した 「ギリシャ シンワ」 は コドモ の ため に かかれた もの らしかった。 けれども ぐうぜん ボク の よんだ 1 ギョウ は たちまち ボク を うちのめした。
「いちばん えらい ツォイス の カミ でも フクシュウ の カミ には かないません。……」
 ボク は この ホンヤ の ミセ を ウシロ に ヒトゴミ の ナカ を あるいて いった。 いつか まがりだした ボク の セナカ に たえず ボク を つけねらって いる フクシュウ の カミ を かんじながら。……

 3、 ヨル

 ボク は マルゼン の 2 カイ の ショダナ に ストリントベルグ の 「デンセツ」 を みつけ、 2~3 ページ ずつ メ を とおした。 それ は ボク の ケイケン と タイサ の ない こと を かいた もの だった。 のみならず きいろい ヒョウシ を して いた。 ボク は 「デンセツ」 を ショダナ へ もどし、 コンド は ほとんど てあたりしだい に あつい ホン を 1 サツ ひきずりだした。 しかし この ホン も サシエ の 1 マイ に ボクラ ニンゲン と カワリ の ない、 メハナ の ある ハグルマ ばかり ならべて いた。 (それ は ある ドイツジン の あつめた セイシンビョウシャ の ガシュウ だった。) ボク は いつか ユウウツ の ナカ に ハンコウテキ セイシン の おこる の を かんじ、 やぶれかぶれ に なった トバクキョウ の よう に イロイロ の ホン を ひらいて いった。 が、 なぜか どの ホン も かならず ブンショウ か サシエ か の ナカ に タショウ の ハリ を かくして いた。 どの ホン も? ――ボク は ナンド も よみかえした 「マダム ボヴァリー」 を テ に とった とき さえ、 ひっきょう ボク ジシン も チュウサン カイキュウ の ムッシウ ボヴァリー に ほかならない の を かんじた。……
 ヒノクレ に ちかい マルゼン の 2 カイ には ボク の ホカ に キャク も ない らしかった。 ボク は デントウ の ヒカリ の ナカ に ショダナ の アイダ を さまよって いった。 それから 「シュウキョウ」 と いう フダ を かかげた ショダナ の マエ に アシ を やすめ、 ミドリイロ の ヒョウシ を した 1 サツ の ホン へ メ を とおした。 この ホン は モクジ の ダイ ナンショウ か に 「おそろしい ヨッツ の テキ、 ――ギワク、 キョウフ、 キョウマン、 カンノウテキ ヨクボウ」 と いう コトバ を ならべて いた。 ボク は こういう コトバ を みる が はやい か、 いっそう ハンコウテキ セイシン の おこる の を かんじた。 それら の テキ と よばれる もの は すくなくとも ボク には カンジュセイ や リチ の イミョウ に ほかならなかった。 が、 デントウテキ セイシン も やはり キンダイテキ セイシン の よう に やはり ボク を フコウ に する の は いよいよ ボク には たまらなかった。 ボク は この ホン を テ に した まま、 ふと いつか ペン ネーム に もちいた 「ジュリョウ ヨシ」 と いう コトバ を おもいだした。 それ は カンタン の アユミ を まなばない うち に ジュリョウ の アユミ を わすれて しまい、 ダコウ ホフク して キキョウ した と いう 「カンピシ」 -チュウ の セイネン だった。 コンニチ の ボク は ダレ の メ にも 「ジュリョウ ヨシ」 で ある の に ちがいなかった。 しかし まだ ジゴク へ おちなかった ボク も この ペン ネーム を もちいて いた こと は、 ――ボク は おおきい ショダナ を ウシロ に つとめて モウソウ を はらう よう に し、 ちょうど ボク の ムコウ に あった ポスター の テンランシツ へ はいって いった。 が、 そこ にも 1 マイ の ポスター の ナカ には セイ-ジョージ らしい キシ が ヒトリ ツバサ の ある リュウ を さしころして いた。 しかも その キシ は カブト の シタ に ボク の テキ の ヒトリ に ちかい シカメツラ を なかば あらわして いた。 ボク は また 「カンピシ」 の ナカ の トリュウ の ギ の ハナシ を おもいだし、 テンランシツ へ とおりぬけず に ハバ の ひろい カイダン を くだって いった。
 ボク は もう ヨル に なった ニホンバシ-ドオリ を あるきながら、 トリュウ と いう コトバ を かんがえつづけた。 それ は また ボク の もって いる スズリ の メイ にも ちがいなかった。 この スズリ を ボク に おくった の は ある わかい ジギョウカ だった。 カレ は イロイロ の ジギョウ に シッパイ した アゲク、 とうとう キョネン の クレ に ハサン して しまった。 ボク は たかい ソラ を みあげ、 ムスウ の ホシ の ヒカリ の ナカ に どの くらい この チキュウ の ちいさい か と いう こと を、 ――したがって どの くらい ボク ジシン の ちいさい か と いう こと を かんがえよう と した。 しかし ヒルマ は はれて いた ソラ も いつか もう すっかり くもって いた。 ボク は とつぜん ナニモノ か の ボク に テキイ を もって いる の を かんじ、 デンシャ センロ の ムコウ に ある ある カッフェ へ ヒナン する こと に した。
 それ は 「ヒナン」 に ちがいなかった。 ボク は この カッフェ の バライロ の カベ に ナニ か ヘイワ に ちかい もの を かんじ、 いちばん オク の テーブル の マエ に やっと らくらく と コシ を おろした。 そこ には さいわい ボク の ホカ に 2~3 ニン の キャク の ある だけ だった。 ボク は 1 パイ の ココア を すすり、 フダン の よう に マキタバコ を ふかしだした。 マキタバコ の ケムリ は バライロ の カベ へ かすか に あおい ケムリ を たちのぼらせて いった。 この やさしい イロ の チョウワ も やはり ボク には ユカイ だった。 けれども ボク は しばらく の ノチ、 ボク の ヒダリ の カベ に かけた ナポレオン の ショウゾウガ を みつけ、 そろそろ また フアン を かんじだした。 ナポレオン は まだ ガクセイ だった とき、 カレ の チリ の ノートブック の サイゴ に 「セーント ヘレナ、 ちいさい シマ」 と しるして いた。 それ は あるいは ボクラ の いう よう に グウゼン だった かも しれなかった。 しかし ナポレオン ジシン に さえ キョウフ を よびおこした の は たしか だった。……
 ボク は ナポレオン を みつめた まま、 ボク ジシン の サクヒン を かんがえだした。 すると まず キオク に うかんだ の は 「シュジュ の コトバ」 の ナカ の アフォリズム だった。 (ことに 「ジンセイ は ジゴク より も ジゴクテキ で ある」 と いう コトバ だった。) それから 「ジゴクヘン」 の シュジンコウ、 ――ヨシヒデ と いう エシ の ウンメイ だった。 それから…… ボク は マキタバコ を ふかしながら、 こういう キオク から のがれる ため に この カッフェ の ナカ を ながめまわした。 ボク の ここ へ ヒナン した の は 5 フン も たたない マエ の こと だった。 しかし この カッフェ は タンジカン の アイダ に すっかり ヨウス を あらためて いた。 なかんずく ボク を フカイ に した の は マホガニー マガイ の イス や テーブル の すこしも アタリ の バライロ の カベ と チョウワ を たもって いない こと だった。 ボク は もう イチド ヒトメ に みえない クルシミ の ナカ に おちこむ の を おそれ、 ギンカ を 1 マイ なげだす が はやい か、 そうそう この カッフェ を でよう と した。
「もし、 もし、 20 セン いただきます が、……」
 ボク の なげだした の は ドウカ だった。
 ボク は クツジョク を かんじながら、 ヒトリ オウライ を あるいて いる うち に ふと とおい マツバヤシ の ナカ に ある ボク の イエ を おもいだした。 それ は ある コウガイ に ある ボク の ヨウフボ の イエ では ない、 ただ ボク を チュウシン に した カゾク の ため に かりた イエ だった。 ボク は かれこれ 10 ネン-ゼン にも こういう イエ に くらして いた。 しかし ある ジジョウ の ため に ケイソツ にも フボ と ドウキョ しだした。 ドウジ に また ドレイ に、 ボウクン に、 チカラ の ない リコ シュギシャ に かわりだした。……
 マエ の ホテル に かえった の は もう かれこれ 10 ジ だった。 ずっと ながい ミチ を あるいて きた ボク は ボク の ヘヤ へ かえる チカラ を うしない、 ふとい マルタ の ヒ を もやした ロ の マエ の イス に コシ を おろした。 それから ボク の ケイカク して いた チョウヘン の こと を かんがえだした。 それ は スイコ から メイジ に いたる カク-ジダイ の タミ を シュジンコウ に し、 だいたい 30 あまり の タンペン を ジダイジュン に つらねた チョウヘン だった。 ボク は ヒノコ の まいあがる の を みながら、 ふと キュウジョウ の マエ に ある ある ドウゾウ を おもいだした。 この ドウゾウ は カッチュウ を き、 チュウギ の ココロ ソノモノ の よう に たかだか と ウマ の ウエ に またがって いた。 しかし カレ の テキ だった の は、――
「ウソ!」
 ボク は また とおい カコ から まぢかい ゲンダイ へ すべりおちた。 そこ へ サイワイ にも きあわせた の は ある センパイ の チョウコクカ だった。 カレ は あいかわらず ビロウド の フク を き、 みじかい ヤギヒゲ を そらせて いた。 ボク は イス から たちあがり、 カレ の さしだした テ を にぎった。 (それ は ボク の シュウカン では ない、 パリ や ベルリン に ハンセイ を おくった カレ の シュウカン に したがった の だった。) が、 カレ の テ は フシギ にも ハチュウルイ の ヒフ の よう に しめって いた。
「キミ は ここ に とまって いる の です か?」
「ええ、……」
「シゴト を し に?」
「ええ、 シゴト も して いる の です」
 カレ は じっと ボク の カオ を みつめた。 ボク は カレ の メ の ナカ に タンテイ に ちかい ヒョウジョウ を かんじた。
「どう です、 ボク の ヘヤ へ はなし に きて は?」
 ボク は チョウセンテキ に はなしかけた。 (この ユウキ に とぼしい くせ に たちまち チョウセンテキ タイド を とる の は ボク の アクヘキ の ヒトツ だった。) すると カレ は ビショウ しながら、 「どこ、 キミ の ヘヤ は?」 と たずねかえした。
 ボクラ は シンユウ の よう に カタ を ならべ、 しずか に はなして いる ガイコクジン たち の ナカ を ボク の ヘヤ へ かえって いった。 カレ は ボク の ヘヤ へ くる と、 カガミ を ウシロ に して コシ を おろした。 それから イロイロ の こと を はなしだした。 イロイロ の こと を? ――しかし タイテイ は オンナ の ハナシ だった。 ボク は ツミ を おかした ため に ジゴク に おちた ヒトリ に ちがいなかった。 が、 それ だけ に アクトク の ハナシ は いよいよ ボク を ユウウツ に した。 ボク は イチジテキ セイキョウト に なり、 それら の オンナ を あざけりだした。
「S-コ さん の クチビル を みたまえ。 あれ は ナンニン も の セップン の ため に……」
 ボク は ふと クチ を つぐみ、 カガミ の ナカ の カレ の ウシロスガタ を みつめた。 カレ は ちょうど ミミ の シタ に きいろい コウヤク を はりつけて いた。
「ナンニン も の セップン の ため に?」
「そんな ヒト の よう に おもいます がね」
 カレ は ビショウ して うなずいて いた。 ボク は カレ の ナイシン では ボク の ヒミツ を しる ため に たえず ボク を チュウイ して いる の を かんじた。 けれども やはり ボクラ の ハナシ は オンナ の こと を はなれなかった。 ボク は カレ を にくむ より も ボク ジシン の キ の よわい の を はじ、 いよいよ ユウウツ に ならず には いられなかった。
 やっと カレ の かえった ノチ、 ボク は ベッド の ウエ に ころがった まま、 「アンヤ コウロ」 を よみはじめた。 シュジンコウ の セイシンテキ トウソウ は いちいち ボク には ツウセツ だった。 ボク は この シュジンコウ に くらべる と、 どの くらい ボク の アホウ だった か を かんじ、 いつか ナミダ を ながして いた。 ドウジ に また ナミダ は ボク の キモチ に いつか ヘイワ を あたえて いた。 が、 それ も ながい こと では なかった。 ボク の ミギ の メ は もう イチド ハントウメイ の ハグルマ を かんじだした。 ハグルマ は やはり まわりながら、 しだいに カズ を ふやして いった。 ボク は ズツウ の はじまる こと を おそれ、 マクラモト に ホン を おいた まま、 0.8 グラム の ヴェロナール を のみ、 とにかく ぐっすり と ねむる こと に した。
 けれども ボク は ユメ の ナカ に ある プール を ながめて いた。 そこ には また ダンジョ の コドモ たち が ナンニン も およいだり もぐったり して いた。 ボク は この プール を ウシロ に ムコウ の マツバヤシ へ あるいて いった。 すると ダレ か ウシロ から 「オトウサン」 と ボク に コエ を かけた。 ボク は ちょっと ふりかえり、 プール の マエ に たった ツマ を みつけた。 ドウジ に また はげしい コウカイ を かんじた。
「オトウサン、 タオル は?」
「タオル は いらない。 コドモ たち に キ を つける の だよ」
 ボク は また アユミ を つづけだした。 が、 ボク の あるいて いる の は いつか プラットフォーム に かわって いた。 それ は イナカ の テイシャジョウ だった と みえ、 ながい イケガキ の ある プラットフォーム だった。 そこ には また H と いう ダイガクセイ や トシ を とった オンナ も たたずんで いた。 カレラ は ボク の カオ を みる と、 ボク の マエ へ あゆみより、 クチグチ に ボク へ はなしかけた。
「オオカジ でした わね」
「ボク も やっと にげて きた の」
 ボク は この トシ を とった オンナ に ナニ か ミオボエ の ある よう に かんじた。 のみならず カノジョ と はなして いる こと に ある ユカイ な コウフン を かんじた。 そこ へ キシャ は ケムリ を あげながら、 しずか に プラットフォーム へ ヨコヅケ に なった。 ボク は ヒトリ この キシャ に のり、 リョウガワ に しろい ヌノ を たらした シンダイ の アイダ を あるいて いった。 すると ある シンダイ の ウエ に ミイラ に ちかい ラタイ の オンナ が ヒトリ こちら を むいて ヨコ に なって いた。 それ は また ボク の フクシュウ の カミ、 ――ある キョウジン の ムスメ に ちがいなかった。……
 ボク は メ を さます が はやい か、 おもわず ベッド を とびおりて いた。 ボク の ヘヤ は あいかわらず デントウ の ヒカリ に あかるかった。 が、 どこ か に ツバサ の オト や ネズミ の きしる オト も きこえて いた。 ボク は ト を あけて ロウカ へ で、 マエ の ロ の マエ へ いそいで いった。 それから イス に コシ を おろした まま、 おぼつかない ホノオ を ながめだした。 そこ へ しろい フク を きた キュウジ が ヒトリ タキギ を くわえ に あゆみよった。
「ナンジ?」
「3 ジ ハン ぐらい で ございます」
 しかし ムコウ の ロッビー の スミ には アメリカジン らしい オンナ が ヒトリ ナニ か ホン を よみつづけて いた。 カノジョ の きて いる の は トオメ に みて も ミドリイロ の ドレッス に ちがいなかった。 ボク は ナニ か すくわれた の を かんじ、 じっと ヨ の あける の を まつ こと に した。 ナガネン の ビョウク に なやみぬいた アゲク、 しずか に シ を まって いる ロウジン の よう に。……

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