カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

クモ の イト

2018-03-21 | アクタガワ リュウノスケ
 クモ の イト

 アクタガワ リュウノスケ

 1

 ある ヒ の こと で ございます。 オシャカサマ は ゴクラク の ハスイケ の フチ を、 ヒトリ で ぶらぶら おあるき に なって いらっしゃいました。 イケ の ナカ に さいて いる ハス の ハナ は、 みんな タマ の よう に マッシロ で、 その マンナカ に ある キンイロ の ズイ から は、 なんとも いえない よい ニオイ が、 たえまなく アタリ へ あふれて おります。 ゴクラク は ちょうど アサ なの で ございましょう。
 やがて オシャカサマ は その イケ の フチ に おたたずみ に なって、 ミズ の オモテ を おおって いる ハス の ハ の アイダ から、 ふと シタ の ヨウス を ゴラン に なりました。 この ゴクラク の ハスイケ の シタ は、 ちょうど ジゴク の ソコ に あたって おります から、 スイショウ の よう な ミズ を すきとおして、 サンズ の カワ や ハリ の ヤマ の ケシキ が、 ちょうど ノゾキメガネ を みる よう に、 はっきり と みえる の で ございます。
 すると その ジゴク の ソコ に、 カンダタ と いう オトコ が ヒトリ、 ホカ の ザイニン と イッショ に うごめいて いる スガタ が、 オメ に とまりました。 この カンダタ と いう オトコ は、 ヒト を ころしたり イエ に ヒ を つけたり、 いろいろ アクジ を はたらいた オオドロボウ で ございます が、 それでも たった ヒトツ、 よい こと を いたした オボエ が ございます。 と もうします の は、 ある とき この オトコ が ふかい ハヤシ の ナカ を とおります と、 ちいさな クモ が 1 ピキ、 ミチバタ を はって ゆく の が みえました。 そこで カンダタ は さっそく アシ を あげて、 ふみころそう と いたしました が、 「いや、 いや、 これ も ちいさい ながら、 イノチ の ある もの に ちがいない。 その イノチ を むやみ に とる と いう こと は、 いくら なんでも かわいそう だ」 と、 こう キュウ に おもいかえして、 とうとう その クモ を ころさず に たすけて やった から で ございます。
 オシャカサマ は ジゴク の ヨウス を ゴラン に なりながら、 この カンダタ には クモ を たすけた こと が ある の を おおもいだし に なりました。 そうして それ だけ の よい こと を した ムクイ には、 できる なら、 この オトコ を ジゴク から すくいだして やろう と おかんがえ に なりました。 さいわい、 ソバ を みます と、 ヒスイ の よう な イロ を した ハス の ハ の ウエ に、 ゴクラク の クモ が 1 ピキ、 うつくしい ギンイロ の イト を かけて おります。 オシャカサマ は その クモ の イト を そっと オテ に おとり に なって、 タマ の よう な シラハス の アイダ から、 はるか シタ に ある ジゴク の ソコ へ、 マッスグ に それ を おおろし なさいました。

 2

 こちら は ジゴク の ソコ の チ の イケ で、 ホカ の ザイニン と イッショ に、 ういたり しずんだり して いた カンダタ で ございます。 なにしろ どちら を みて も、 マックラ で、 たまに その クラヤミ から ぼんやり うきあがって いる もの が ある と おもいます と、 それ は おそろしい ハリ の ヤマ の ハリ が ひかる の で ございます から、 その ココロボソサ と いったら ございません。 そのうえ アタリ は ハカ の ナカ の よう に しんと しずまりかえって、 たまに きこえる もの と いって は、 ただ ザイニン が つく かすか な タメイキ ばかり で ございます。 これ は ここ へ おちて くる ほど の ニンゲン は、 もう サマザマ な ジゴク の セメク に つかれはてて、 ナキゴエ を だす チカラ さえ なくなって いる の で ございましょう。 ですから さすが オオドロボウ の カンダタ も、 やはり チ の イケ の チ に むせびながら、 まるで しにかかった カワズ の よう に、 ただ もがいて ばかり おりました。
 ところが ある とき の こと で ございます。 なにげなく カンダタ が アタマ を あげて、 チ の イケ の ソラ を ながめます と、 その ひっそり と した ヤミ の ナカ を、 とおい とおい テンジョウ から、 ギンイロ の クモ の イト が、 まるで ヒトメ に かかる の を おそれる よう に、 ヒトスジ ほそく ひかりながら、 するする と ジブン の ウエ へ たれて まいる では ございません か。 カンダタ は これ を みる と、 おもわず テ を うって よろこびました。 この イト に すがりついて、 どこまでも のぼって ゆけば、 きっと ジゴク から ぬけだせる の に ソウイ ございません。 いや、 うまく ゆく と、 ゴクラク へ はいる こと さえ も できましょう。 そう すれば、 もう ハリ の ヤマ へ おいあげられる こと も なくなれば、 チ の イケ に しずめられる こと も ある はず は ございません。
 こう おもいました から カンダタ は、 さっそく その クモ の イト を リョウテ で しっかり と つかみながら、 イッショウ ケンメイ に ウエ へ ウエ へ と たぐりのぼりはじめました。 もとより オオドロボウ の こと で ございます から、 こういう こと には ムカシ から、 なれきって いる の で ございます。
 しかし ジゴク と ゴクラク との アイダ は、 ナンマンリ と なく ございます から、 いくら あせって みた ところ で、 ヨウイ に ウエ へは でられません。 やや しばらく のぼる うち に、 とうとう カンダタ も くたびれて、 もう ヒトタグリ も ウエ の ほう へは のぼれなく なって しまいました。 そこで シカタ が ございません から、 まず ヒトヤスミ やすむ つもり で、 イト の チュウト に ぶらさがりながら、 はるか に メノシタ を みおろしました。
 すると、 イッショウ ケンメイ に のぼった カイ が あって、 サッキ まで ジブン が いた チ の イケ は、 イマ では もう ヤミ の ソコ に いつのまにか かくれて おります。 それから あの ぼんやり ひかって いる おそろしい ハリ の ヤマ も、 アシ の シタ に なって しまいました。 この ブン で のぼって ゆけば、 ジゴク から ぬけだす の も、 ぞんがい ワケ が ない かも しれません。 カンダタ は リョウテ を クモ の イト に からみながら、 ここ へ きて から ナンネン にも だした こと の ない コエ で、 「しめた。 しめた」 と わらいました。 ところが ふと キ が つきます と、 クモ の イト の シタ の ほう には、 カズ カギリ も ない ザイニン たち が、 ジブン の のぼった アト を つけて、 まるで アリ の ギョウレツ の よう に、 やはり ウエ へ ウエ へ イッシン に よじのぼって くる では ございません か。 カンダタ は これ を みる と、 おどろいた の と おそろしい の と で、 しばらく は ただ、 バカ の よう に おおきな クチ を あいた まま、 メ ばかり うごかして おりました。 ジブン ヒトリ で さえ きれそう な、 この ほそい クモ の イト が、 どうして あれ だけ の ニンズ の オモミ に たえる こと が できましょう。 もし まんいち トチュウ で きれた と いたしましたら、 せっかく ここ へ まで のぼって きた この カンジン な ジブン まで も、 モト の ジゴク へ サカオトシ に おちて しまわなければ なりません。 そんな こと が あったら、 タイヘン で ございます。 が、 そういう うち にも、 ザイニン たち は ナンビャク と なく ナンゼン と なく、 マックラ な チ の イケ の ソコ から、 うようよ と はいあがって、 ほそく ひかって いる クモ の イト を、 イチレツ に なりながら、 せっせと のぼって まいります。 イマ の うち に どうか しなければ、 イト は マンナカ から フタツ に きれて、 おちて しまう の に チガイ ありません。
 そこで カンダタ は おおきな コエ を だして、 「こら、 ザイニン ども。 この クモ の イト は オレ の もの だぞ。 オマエタチ は いったい ダレ に きいて、 のぼって きた。 おりろ。 おりろ」 と わめきました。
 その トタン で ございます。 イマ まで なんとも なかった クモ の イト が、 キュウ に カンダタ の ぶらさがって いる ところ から、 ぷつり と オト を たてて きれました。 ですから、 カンダタ も たまりません。 あっ と いう マ も なく、 カゼ を きって、 コマ の よう に くるくる まわりながら、 みるみる うち に ヤミ の ソコ へ、 マッサカサマ に おちて しまいました。
 アト には ただ ゴクラク の クモ の イト が、 きらきら と ほそく ひかりながら、 ツキ も ホシ も ない ソラ の チュウト に、 みじかく たれて いる ばかり で ございます。

 3

 オシャカサマ は ゴクラク の ハスイケ の フチ に たって、 この イチブ シジュウ を じっと みて いらっしゃいました が、 やがて カンダタ が チ の イケ の ソコ へ イシ の よう に しずんで しまいます と、 かなしそう な オカオ を なさりながら、 また ぶらぶら おあるき に なりはじめました。 ジブン ばかり ジゴク から ぬけだそう と する、 カンダタ の ムジヒ な ココロ が、 そうして その ココロ ソウトウ な バチ を うけて、 モト の ジゴク へ おちて しまった の が、 オシャカサマ の オメ から みる と、 あさましく おぼしめされた の で ございましょう。
 しかし ゴクラク の ハスイケ の ハス は、 すこしも そんな こと には トンジャク いたしません。 その タマ の よう な しろい ハナ は、 オシャカサマ の オミアシ の マワリ に、 ゆらゆら ウテナ を うごかして、 その マンナカ に ある キンイロ の ズイ から は、 なんとも いえない よい ニオイ が、 たえまなく アタリ へ あふれて おります。 ゴクラク も もう ヒル に ちかく なった の で ございましょう。

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