カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ジゴクヘン 1

2013-03-20 | アクタガワ リュウノスケ
 ジゴクヘン

 アクタガワ リュウノスケ

 1

 ホリカワ の オオトノサマ の よう な カタ は、 これまで は もとより、 ノチ の ヨ にも おそらく フタリ とは いらっしゃいますまい。 ウワサ に ききます と、 あの カタ の ゴタンジョウ に なる マエ には、 ダイイトク ミョウオウ の オスガタ が オンハハギミ の ユメマクラ に おたち に なった とか もうす こと で ございます が、 とにかく オウマレツキ から、 ナミナミ の ニンゲン とは おちがい に なって いた よう で ございます。 で ございます から、 あの カタ の なさいました こと には、 ヒトツ と して ワタクシドモ の イヒョウ に でて いない もの は ございません。 はやい ハナシ が ホリカワ の オヤシキ の ゴキボ を ハイケン いたしまして も、 ソウダイ と もうしましょう か、 ゴウホウ と もうしましょう か、 とうてい ワタクシドモ の ボンリョ には およばない、 おもいきった ところ が ある よう で ございます。 ナカ には また、 そこ を いろいろ と あげつらって オオトノサマ の ゴセイコウ を シコウテイ や ヨウダイ に くらべる モノ も ございます が、 それ は コトワザ に いう グンモウ の ゾウ を なでる よう な もの で でも ございましょう か。 あの カタ の オンオボシメシ は、 けっして そのよう に ゴジブン ばかり、 エイヨウ エイガ を なさろう と もうす の では ございません。 それ より は もっと シモジモ の こと まで おかんがえ に なる、 いわば テンカ と ともに たのしむ と でも もうしそう な、 ダイフクチュウ の ゴキリョウ が ございました。
 それ で ございます から、 ニジョウ オオミヤ の ヒャッキ ヤギョウ に おあい に なって も、 かくべつ オサワリ が なかった の で ございましょう。 また ミチノク の シオガマ の ケシキ を うつした の で なだかい あの ヒガシ サンジョウ の カワラ ノ イン に、 よなよな あらわれる と いう ウワサ の あった トオル の サダイジン の レイ で さえ、 オオトノサマ の オシカリ を うけて は、 スガタ を けした の に ソウイ ございますまい。 かよう な ゴイコウ で ございます から、 その コロ ラクチュウ の ロウニャク ナンニョ が、 オオトノサマ と もうします と、 まるで ゴンジャ の サイライ の よう に とうとみあいました も、 けっして ムリ では ございません。 いつぞや、 ウチ の バイカ の エン から の オカエリ に オクルマ の ウシ が はなれて、 おりから とおりかかった ロウジン に ケガ を させました とき で さえ、 その ロウジン は テ を あわせて、 オオトノサマ の ウシ に かけられた こと を ありがたがった と もうす こと で ございます。
 さよう な シダイ で ございます から、 オオトノサマ ゴイチダイ の アイダ には、 ノチノチ まで も カタリグサ に なります よう な こと が、 ずいぶん タクサン に ございました。 オオミウケ の ヒキデモノ に アオウマ ばかり を 30 トウ、 たまわった こと も ございます し、 ナガラ ノ ハシ の ハシバシラ に ゴチョウアイ の ワラベ を たてた こと も ございます し、 それから また カダ の ジュツ を つたえた シンタン の ソウ に、 オンモモ の モガサ を おきらせ に なった こと も ございます し、 ――いちいち かぞえたてて おりまして は、 とても サイゲン が ございません。 が、 その かずおおい ゴイツジ の ナカ でも、 イマ では オイエ の チョウホウ に なって おります ジゴクヘン の ビョウブ の ユライ ほど、 おそろしい ハナシ は ございますまい。 ヒゴロ は モノ に おさわぎ に ならない オオトノサマ で さえ、 あの とき ばかり は、 さすが に おおどろき に なった よう で ございました。 まして オソバ に つかえて いた ワタクシドモ が、 タマシイ も きえる ばかり に おもった の は、 もうしあげる まで も ございません。 なかでも この ワタクシ なぞ は、 オオトノサマ にも 20 ネン-ライ ゴホウコウ もうして おりました が、 それ で さえ、 あのよう な すさまじい ミモノ に であった こと は、 ついぞ またと なかった くらい で ございます。
 しかし、 その オハナシ を いたします には、 あらかじめ まず、 あの ジゴクヘン の ビョウブ を かきました、 ヨシヒデ と もうす エシ の こと を もうしあげて おく ヒツヨウ が ございましょう。

 2

 ヨシヒデ と もうしましたら、 あるいは タダイマ でも なお、 あの オトコ の こと を おぼえて いらっしゃる カタ が ございましょう。 その コロ エフデ を とりまして は、 ヨシヒデ の ミギ に でる モノ は ヒトリ も あるまい と もうされた くらい、 コウミョウ な エシ で ございます。 あの とき の こと が ございました とき には、 かれこれ もう 50 の サカ に、 テ が とどいて おりましたろう か。 みた ところ は ただ、 セ の ひくい、 ホネ と カワ ばかり に やせた、 イジ の わるそう な ロウジン で ございました。 それ が オオトノサマ の オヤシキ へ まいります とき には、 よく チョウジゾメ の カリギヌ に モミエボシ を かけて おりました が、 ヒトガラ は いたって いやしい カタ で、 なぜか トシヨリ-らしく も なく、 クチビル の めだって あかい の が、 その うえ に また キミ の わるい、 いかにも ケモノ-めいた ココロモチ を おこさせた もの で ございます。 ナカ には あれ は エフデ を なめる ので ベニ が つく の だ など と もうした ヒト も おりました が、 どういう もの で ございましょう か。 もっとも それ より クチ の わるい タレカレ は、 ヨシヒデ の タチイ フルマイ が サル の よう だ とか もうしまして、 サルヒデ と いう アダナ まで つけた こと が ございました。
 いや サルヒデ と もうせば、 かよう な オハナシ も ございます。 その コロ オオトノサマ の オヤシキ には、 15 に なる ヨシヒデ の ヒトリムスメ が、 コニョウボウ に あがって おりました が、 これ は また ウミ の オヤ には に も つかない、 アイキョウ の ある コ で ございました。 そのうえ はやく オンナオヤ に わかれました せい か、 オモイヤリ の ふかい、 トシ より は ませた、 リコウ な ウマレツキ で、 トシ の わかい の にも にず、 なにかと よく キ が つく もの で ございます から、 ミダイサマ を ハジメ ホカ の ニョウボウ たち にも、 かわいがられて いた よう で ございます。
 すると ナニ か の オリ に、 タンバ ノ クニ から ひとなれた サル を 1 ピキ、 ケンジョウ した モノ が ございまして、 それ に ちょうど イタズラザカリ の ワカトノサマ が、 ヨシヒデ と いう ナ を おつけ に なりました。 ただでさえ その サル の ヨウス が おかしい ところ へ、 かよう な ナ が ついた の で ございます から、 オヤシキ-ジュウ タレヒトリ わらわない モノ は ございません。 それ も わらう ばかり なら よろしゅう ございます が、 オモシロ-ハンブン に ミナノモノ が、 やれ オニワ の マツ に のぼった の、 やれ ゾウシ の タタミ を よごした の と、 その たび ごと に、 ヨシヒデ ヨシヒデ と よびたてて は、 とにかく いじめたがる の で ございます。
 ところが ある ヒ の こと、 マエ に もうしました ヨシヒデ の ムスメ が、 オフミ を むすんだ カンコウバイ の エダ を もって、 ながい オロウカ を とおりかかります と、 トオク の ヤリド の ムコウ から、 レイ の コザル の ヨシヒデ が、 おおかた アシ でも くじいた の で ございましょう、 イツモ の よう に ハシラ へ かけのぼる ゲンキ も なく、 ビッコ を ひきひき、 イッサン に にげて まいる の で ございます。 しかも その アト から は スワエ を ふりあげた ワカトノサマ が 「コウジ ヌスビト め、 まて。 まて」 と おっしゃりながら、 おいかけて いらっしゃる の では ございません か。 ヨシヒデ の ムスメ は これ を みます と、 ちょいと の アイダ ためらった よう で ございます が、 ちょうど その とき にげて きた サル が、 ハカマ の スソ に すがりながら、 あわれ な コエ を だして なきたてました―― と、 キュウ に かわいそう だ と おもう ココロ が、 おさえきれなく なった の で ございましょう。 カタテ に ウメ の エダ を かざした まま、 カタテ に ムラサキニオイ の ウチギ の ソデ を かるそう に はらり と ひらきます と、 やさしく その サル を だきあげて、 ワカトノサマ の ゴゼン に コゴシ を かがめながら 「おそれながら チクショウ で ございます。 どうか ゴカンベン あそばしまし」 と、 すずしい コエ で もうしあげました。
 が、 ワカトノサマ の ほう は、 きおって かけて おいで に なった ところ で ございます から、 むずかしい オカオ を なすって、 2~3 ド オミアシ を おふみならし に なりながら、
「なんで かばう。 その サル は コウジ ヌスビト だぞ」
「チクショウ で ございます から、……」
 ムスメ は もう イチド こう くりかえしました が、 やがて さびしそう に ほほえみます と、
「それに ヨシヒデ と もうします と、 チチ が ゴセッカン を うけます よう で、 どうも ただ みて は おられませぬ」 と、 おもいきった よう に もうす の で ございます。 これ には さすが の ワカトノサマ も、 ガ を おおり に なった の で ございましょう。
「そう か。 チチオヤ の イノチゴイ なら、 まげて ゆるして とらす と しよう」
 ふしょうぶしょう に こう おっしゃる と、 スワエ を そこ へ おすて に なって、 もと いらしった ヤリド の ほう へ、 そのまま おかえり に なって しまいました。

 3

 ヨシヒデ の ムスメ と この コザル との ナカ が よく なった の は、 それから の こと で ございます。 ムスメ は オヒメサマ から チョウダイ した コガネ の スズ を、 うつくしい シンク の ヒモ に さげて、 それ を サル の アタマ へ かけて やります し、 サル は また どんな こと が ございまして も、 めった に ムスメ の ミノマワリ を はなれません。 ある とき ムスメ の カゼ の ココチ で、 トコ に つきました とき など も、 コザル は ちゃんと その マクラモト に すわりこんで、 キ の せい か こころぼそそう な カオ を しながら、 しきり に ツメ を かんで おりました。
 こう なる と また ミョウ な もの で、 タレ も イマ まで の よう に この コザル を、 いじめる モノ は ございません。 いや、 かえって だんだん かわいがりはじめて、 シマイ には ワカトノサマ で さえ、 ときどき カキ や クリ を なげて おやり に なった ばかり か、 サムライ の タレ やら が この サル を アシゲ に した とき なぞ は、 たいそう ゴリップク にも なった そう で ございます。 ソノゴ オオトノサマ が わざわざ ヨシヒデ の ムスメ に サル を だいて、 ゴゼン へ でる よう と ゴサタ に なった の も、 この ワカトノサマ の おはらだち に なった ハナシ を、 おきき に なって から だ とか もうしました。 その ツイデ に しぜん と ムスメ の サル を かわいがる イワレ も オミミ に はいった の で ございましょう。
「コウコウ な ヤツ じゃ。 ほめて とらす ぞ」
 かよう な ギョイ で、 ムスメ は その とき、 クレナイ の アコメ を ゴホウビ に いただきました。 ところが この アコメ を また ミヨウ ミマネ に、 サル が うやうやしく おしいただきました ので、 オオトノサマ の ゴキゲン は、 ひとしお よろしかった そう で ございます。 で ございます から、 オオトノサマ が ヨシヒデ の ムスメ を ゴヒイキ に なった の は、 まったく この サル を かわいがった、 コウコウ オンアイ の ジョウ を ゴショウビ なすった ので、 けっして セケン で とやかく もうします よう に、 イロ を おこのみ に なった わけ では ございません。 もっとも かよう な ウワサ の たちました オコリ も、 ムリ の ない ところ が ございます が、 それ は また ノチ に なって、 ゆっくり おはなし いたしましょう。 ここ では ただ オオトノサマ が、 いかに うつくしい に した ところ で、 エシ フゼイ の ムスメ など に、 オモイ を おかけ に なる カタ では ない と いう こと を、 もうしあげて おけば、 よろしゅう ございます。
 さて ヨシヒデ の ムスメ は、 メンボク を ほどこして ゴゼン を さがりました が、 もとより リコウ な オンナ で ございます から、 はしたない ホカ の ニョウボウ たち の ネタミ を うける よう な こと も ございません。 かえって それ イライ、 サル と イッショ に なにかと いとしがられまして、 とりわけ オヒメサマ の オソバ から は おはなれ もうした こと が ない と いって も よろしい くらい、 モノミグルマ の オトモ にも ついぞ かけた こと は ございません でした。
 が、 ムスメ の こと は ひとまず おきまして、 これから また オヤ の ヨシヒデ の こと を もうしあげましょう。 なるほど サル の ほう は、 かよう に まもなく、 ミナノモノ に かわいがられる よう に なりました が、 カンジン の ヨシヒデ は やはり タレ に でも きらわれて、 あいかわらず カゲ へ まわって は、 サルヒデ ヨバワリ を されて おりました。 しかも それ が また、 オヤシキ の ナカ ばかり では ございません。 げんに ヨカワ の ソウズ サマ も、 ヨシヒデ と もうします と、 マショウ に でも おあい に なった よう に、 カオ の イロ を かえて、 おにくみ あそばしました。 (もっとも これ は ヨシヒデ が ソウズ サマ の ゴギョウジョウ を ザレエ に かいた から だ など と もうします が、 なにぶん シモザマ の ウワサ で ございます から、 たしか に さよう とは もうされますまい) とにかく、 あの オトコ の フヒョウバン は、 どちら の カタ に うかがいまして も、 そういう チョウシ ばかり で ございます。 もし わるく いわない モノ が あった と いたします と、 それ は 2~3 ニン の エシ ナカマ か、 あるいは また、 あの オトコ の エ を しって いる だけ で、 あの オトコ の ニンゲン は しらない モノ ばかり で ございましょう。
 しかし じっさい ヨシヒデ には、 みた ところ が いやしかった ばかり で なく、 もっと ヒト に いやがられる わるい クセ が あった の で ございます から、 それ も まったく ジゴウ ジトク と でも なす より ホカ に、 イタシカタ は ございません。

 4

 その クセ と もうします の は、 リンショク で、 ケンドン で、 ハジシラズ で、 ナマケモノ で、 ゴウヨク で―― いや、 その ナカ でも とりわけ はなはだしい の は、 オウヘイ で、 コウマン で、 いつも ホンチョウ ダイイチ の エシ と もうす こと を、 ハナ の サキ へ ぶらさげて いる こと で ございましょう。 それ も ガドウ の ウエ ばかり なら まだしも で ございます が、 あの オトコ の マケオシミ に なります と、 セケン の ナラワシ とか シキタリ とか もうす よう な もの まで、 すべて バカ に いたさず には おかない の で ございます。 これ は ナガネン ヨシヒデ の デシ に なって いた オトコ の ハナシ で ございます が、 ある ヒ さる カタ の オヤシキ で なだかい ヒガキ ノ ミコ に ゴリョウ が ついて、 おそろしい ゴタクセン が あった とき も、 あの オトコ は ソラミミ を はしらせながら、 ありあわせた フデ と スミ と で、 その ミコ の ものすごい カオ を、 テイネイ に うつして おった とか もうしました。 おおかた ゴリョウ の オタタリ も、 あの オトコ の メ から みました なら、 コドモダマシ くらい に しか おもわれない の で ございましょう。
 さよう な オトコ で ございます から、 キッショウテン を かく とき は、 いやしい クグツ の カオ を うつしましたり、 フドウ ミョウオウ を かく とき は、 ブライ の ホウメン の スガタ を かたどりましたり、 イロイロ の もったいない マネ を いたしました が、 それでも トウニン を なじります と 「ヨシヒデ の かいた シンブツ が、 その ヨシヒデ に ミョウバツ を あてられる とは、 いな こと を きく もの じゃ」 と そらうそぶいて いる では ございません か。 これ には さすが の デシ たち も あきれかえって、 ナカ には ミライ の オソロシサ に、 そうそう ヒマ を とった モノ も、 すくなく なかった よう に みうけました。 ――まず ヒトクチ に もうしました なら、 マンゴウ チョウジョウ と でも なづけましょう か。 とにかく トウジ アメガシタ で、 ジブン ほど の えらい ニンゲン は ない と おもって いた オトコ で ございます。
 したがって ヨシヒデ が どの くらい ガドウ でも、 たかく とまって おりました か は、 もうしあげる まで も ございますまい。 もっとも その エ で さえ、 あの オトコ の は フデヅカイ でも サイシキ でも、 まるで ホカ の エシ とは ちがって おりました から、 ナカ の わるい エシ ナカマ では、 ヤマシ だ など と もうす ヒョウバン も、 だいぶ あった よう で ございます。 その レンジュウ の もうします には、 カワナリ とか カナオカ とか、 その ホカ ムカシ の メイショウ の フデ に なった もの と もうします と、 やれ イタド の ウメ の ハナ が、 ツキ の ヨゴト に におった の、 やれ ビョウブ の オオミヤビト が、 フエ を ふく ネ さえ きこえた の と、 ユウビ な ウワサ が たって いる もの で ございます が、 ヨシヒデ の エ に なります と、 いつでも かならず キミ の わるい、 ミョウ な ヒョウバン だけ しか つたわりません。 たとえば あの オトコ が リュウガイジ の モン へ かきました、 ゴシュ ショウジ の エ に いたしまして も、 よふけて モン の シタ を とおります と、 テンニン の タメイキ を つく オト や ススリナキ を する コエ が、 きこえた と もうす こと で ございます。 いや、 ナカ には シニン の くさって ゆく シュウキ を、 かいだ と もうす モノ さえ ございました。 それから オオトノサマ の オイイツケ で かいた、 ニョウボウ たち の ニセエ など も、 その エ に うつされた だけ の ニンゲン は、 3 ネン と たたない うち に、 ミナ タマシイ の ぬけた よう な ビョウキ に なって、 しんだ と もうす では ございません か。 わるく いう モノ に もうさせます と、 それ が ヨシヒデ の エ の ジャドウ に おちて いる、 ナニ より の ショウコ だ そう で ございます。
 が、 なにぶん マエ にも もうしあげました とおり、 ヨコガミヤブリ な オトコ で ございます から、 それ が かえって ヨシヒデ は オオジマン で、 いつぞや オオトノサマ が ゴジョウダン に、 「ソノホウ は とかく みにくい もの が すき と みえる」 と おっしゃった とき も、 あの トシ に にず あかい クチビル で にやり と きみわるく わらいながら、 「さよう で ござりまする。 カイナデ の エシ には そうじて みにくい もの の ウツクシサ など と もうす こと は、 わかろう はず が ございませぬ」 と、 オウヘイ に おこたえ もうしあげました。 いかに ホンチョウ ダイイチ の エシ に いたせ、 よくも オオトノサマ の ゴゼン へ でて、 そのよう な コウゲン が はけた もの で ございます。 センコク ヒキアイ に だしました デシ が、 ないない シショウ に 「チラ エイジュ」 と いう アダナ を つけて、 ゾウジョウマン を そしって おりました が、 それ も ムリ は ございません。 ゴショウチ でも ございましょう が、 「チラ エイジュ」 と もうします の は、 ムカシ シンタン から わたって まいりました テング の ナ で ございます。
 しかし この ヨシヒデ に さえ―― この なんとも イイヨウ の ない、 オウドウモノ の ヨシヒデ に さえ、 たった ヒトツ ニンゲン-らしい、 ジョウアイ の ある ところ が ございました。

 5

 と もうします の は、 ヨシヒデ が、 あの ヒトリムスメ の コニョウボウ を まるで キチガイ の よう に かわいがって いた こと で ございます。 センコク もうしあげました とおり、 ムスメ も いたって キ の やさしい、 オヤオモイ の オンナ で ございました が、 あの オトコ の コボンノウ は、 けっして それ にも おとりますまい。 なにしろ ムスメ の きる もの とか、 カミカザリ とか の こと と もうします と、 どこ の オテラ の カンジン にも キシャ を した こと の ない あの オトコ が、 キンセン には さらに オシゲ も なく、 ととのえて やる と いう の で ございます から、 ウソ の よう な キ が いたす では ございません か。
 が、 ヨシヒデ の ムスメ を かわいがる の は、 ただ かわいがる だけ で、 やがて よい ムコ を とろう など と もうす こと は、 ゆめにも かんがえて おりません。 それ どころ か、 あの ムスメ へ わるく いいよる モノ でも ございましたら、 かえって ツジカンジャ ばら でも かりあつめて、 ヤミウチ くらい は くわせかねない リョウケン で ございます。 で ございます から、 あの ムスメ が オオトノサマ の オコエガカリ で、 コニョウボウ に あがりました とき も、 オヤジ の ほう は ダイフフク で、 トウザ の アイダ は ゴゼン へ でて も、 にがりきって ばかり おりました。 オオトノサマ が ムスメ の うつくしい の に オココロ を ひかされて、 オヤ の フショウチ なの も かまわず に、 めしあげた など と もうす ウワサ は、 おおかた かよう な ヨウス を みた モノ の アテズイリョウ から でた の で ございましょう。
 もっとも その ウワサ は ウソ で ございまして も、 コボンノウ の イッシン から、 ヨシヒデ が しじゅう ムスメ の さがる よう に いのって おりました の は たしか で ございます。 ある とき オオトノサマ の オイイツケ で、 チゴ モンジュ を かきました とき も、 ゴチョウアイ の ワラベ の カオ を うつしまして、 みごと な デキ で ございました から、 オオトノサマ も しごく ゴマンゾク で、
「ホウビ には ノゾミ の もの を とらせる ぞ。 エンリョ なく のぞめ」 と いう ありがたい オコトバ が くだりました。 すると ヨシヒデ は かしこまって、 ナニ を もうす か と おもいます と、
「なにとぞ ワタクシ の ムスメ をば おさげ くださいまする よう に」 と オクメン も なく もうしあげました。 ホカ の オヤシキ ならば ともかくも、 ホリカワ の オオトノサマ の オソバ に つかえて いる の を、 いかに かわいい から と もうしまして、 かよう に ブシツケ に オイトマ を ねがいます モノ が、 どこ の クニ に おりましょう。 これ には ダイフクチュウ の オオトノサマ も いささか ゴキゲン を そんじた と みえまして、 しばらく は ただ だまって ヨシヒデ の カオ を ながめて おいで に なりました が、 やがて、
「それ は ならぬ」 と はきだす よう に おっしゃる と、 キュウ に そのまま おたち に なって しまいました。 かよう な こと が、 ゼンゴ 4~5 ヘン も ございましたろう か。 イマ に なって かんがえて みます と、 オオトノサマ の ヨシヒデ を ゴラン に なる メ は、 その つど に だんだん と ひややか に なって いらしった よう で ございます。 すると また、 それ に つけて も、 ムスメ の ほう は チチオヤ の ミ が あんじられる せい で でも ございます か、 ゾウシ へ さがって いる とき など は、 よく ウチギ の ソデ を かんで、 しくしく ないて おりました。 そこで オオトノサマ が ヨシヒデ の ムスメ に ケソウ なすった など と もうす ウワサ が、 いよいよ ひろがる よう に なった の で ございましょう。 ナカ には ジゴクヘン の ビョウブ の ユライ も、 じつは ムスメ が オオトノサマ の ギョイ に したがわなかった から だ など と もうす モノ も おります が、 もとより さよう な こと が ある はず は ございません。
 ワタクシドモ の メ から みます と、 オオトノサマ が ヨシヒデ の ムスメ を おさげ に ならなかった の は、 まったく ムスメ の ミノウエ を あわれ に おぼしめした から で、 あのよう に かたくな な オヤ の ソバ へ やる より は オヤシキ に おいて、 なんの フジユウ なく くらさせて やろう と いう ありがたい オカンガエ だった よう で ございます。 それ は もとより キダテ の やさしい あの ムスメ を、 ゴヒイキ に なった の には マチガイ ございません。 が、 イロ を おこのみ に なった と もうします の は、 おそらく ケンキョウ フカイ の セツ で ございましょう。 いや、 アトカタ も ない ウソ と もうした ほう が、 よろしい くらい で ございます。
 それ は ともかくも と いたしまして、 かよう に ムスメ の こと から ヨシヒデ の オオボエ が だいぶ わるく なって きた とき で ございます。 どう おぼしめした か、 オオトノサマ は とつぜん ヨシヒデ を おめし に なって、 ジゴクヘン の ビョウブ を かく よう に と、 おいいつけ なさいました。

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