カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ハグルマ 2

2019-01-06 | アクタガワ リュウノスケ
 4、 まだ?

 ボク は この ホテル の ヘヤ に やっと マエ の タンペン を かきあげ、 ある ザッシ に おくる こと に した。 もっとも ボク の ゲンコウリョウ は 1 シュウカン の タイザイヒ にも たりない もの だった。 が、 ボク は ボク の シゴト を かたづけた こと に マンゾク し、 ナニ か セイシンテキ キョウソウザイ を もとめる ため に ギンザ の ある ホンヤ へ でかける こと に した。
 フユ の ヒ の あたった アスファルト の ウエ には カミクズ が イクツ も ころがって いた。 それら の カミクズ は ヒカリ の カゲン か、 いずれ も バラ の ハナ に そっくり だった。 ボク は ナニモノ か の コウイ を かんじ、 その ホンヤ の ミセ へ はいって いった。 そこ も また フダン より も こぎれい だった。 ただ メガネ を かけた コムスメ が ヒトリ ナニ か テンイン と はなして いた の は ボク には キガカリ に ならない こと も なかった。 けれども ボク は オウライ に おちた カミクズ の バラ の ハナ を おもいだし、 「アナトール フランス の タイワシュウ」 や 「メリメー の ショカンシュウ」 を かう こと に した。
 ボク は 2 サツ の ホン を かかえ、 ある カッフェ へ はいって いった。 それから いちばん オク の テーブル の マエ に コーヒー の くる の を まつ こと に した。 ボク の ムコウ には オヤコ らしい ダンジョ が フタリ すわって いた。 その ムスコ は ボク より も わかかった ものの、 ほとんど ボク に そっくり だった。 のみならず カレラ は コイビト ドウシ の よう に カオ を ちかづけて はなしあって いた。 ボク は カレラ を みて いる うち に すくなくとも ムスコ は セイテキ にも ハハオヤ に ナグサメ を あたえて いる こと を イシキ して いる の に きづきだした。 それ は ボク にも オボエ の ある シンワリョク の イチレイ に ちがいなかった。 ドウジ に また ゲンセ を ジゴク に する ある イシ の イチレイ にも ちがいなかった。 しかし、 ――ボク は また クルシミ に おちいる の を おそれ、 ちょうど コーヒー の きた の を サイワイ、 「メリメー の ショカンシュウ」 を よみはじめた。 カレ は この ショカンシュウ の ナカ にも カレ の ショウセツ の ナカ の よう に するどい アフォリズム を ひらめかせて いた。 それら の アフォリズム は ボク の キモチ を いつか テツ の よう に ガンジョウ に しだした。 (この エイキョウ を うけやすい こと も ボク の ジャクテン の ヒトツ だった。) ボク は 1 パイ の コーヒー を のみおわった ノチ、 「なんでも こい」 と いう キ に なり、 さっさと この カッフェ を ウシロ に して いった。
 ボク は オウライ を あるきながら、 イロイロ の カザリマド を のぞいて いった。 ある ガクブチヤ の カザリマド は ベートーヴェン の ショウゾウガ を かかげて いた。 それ は カミ を さかだてた テンサイ ソノモノ-らしい ショウゾウガ だった。 ボク は この ベートーヴェン を コッケイ に かんぜず には いられなかった。……
 その うち に ふと であった の は コウトウ ガッコウ イライ の キュウユウ だった。 この オウヨウ カガク の ダイガク キョウジュ は おおきい ナカオレ カバン を かかえ、 カタメ だけ マッカ に チ を ながして いた。
「どうした、 キミ の メ は?」
「これ か? これ は タダ の ケツマクエン さ」
 ボク は ふと 14~15 ネン イライ、 いつも シンワリョク を かんじる たび に ボク の メ も カレ の メ の よう に ケツマクエン を おこす の を おもいだした。 が、 なんとも いわなかった。 カレ は ボク の カタ を たたき、 ボクラ の トモダチ の こと を はなしだした。 それから ハナシ を つづけた まま、 ある カッフェ へ ボク を つれて いった。
「ヒサシブリ だなあ。 シュ シュンスイ の ケンピシキ イライ だろう」
 カレ は ハマキ に ヒ を つけた ノチ、 ダイリセキ の テーブル-ゴシ に こう ボク に はなしかけた。
「そう だ。 あの シュ シュン……」
 ボク は なぜか シュ シュンスイ と いう コトバ を セイカク に ハツオン できなかった。 それ は ニホンゴ だった だけ に ちょっと ボク を フアン に した。 しかし カレ は ムトンジャク に イロイロ の こと を はなして いった。 K と いう ショウセツカ の こと を、 カレ の かった ブルドッグ の こと を、 リウイサイト と いう ドク ガス の こと を。……
「キミ は ちっとも かかない よう だね。 『テンキボ』 と いう の は よんだ けれども。 ……あれ は キミ の ジジョデン かい?」
「うん、 ボク の ジジョデン だ」
「あれ は ちょっと ビョウテキ だった ぜ。 コノゴロ は カラダ は いい の かい?」
「あいかわらず クスリ ばかり のんで いる シマツ だ」
「ボク も コノゴロ は フミンショウ だ がね」
「ボク も? ――どうして キミ は 『ボク も』 と いう の だ?」
「だって キミ も フミンショウ だ って いう じゃ ない か? フミンショウ は キケン だぜ。……」
 カレ は ヒダリ だけ ジュウケツ した メ に ビショウ に ちかい もの を うかべて いた。 ボク は ヘンジ を する マエ に 「フミンショウ」 の ショウ の ハツオン を セイカク に できない の を かんじだした。
「キチガイ の ムスコ には アタリマエ だ」
 ボク は 10 プン と たたない うち に ヒトリ また オウライ を あるいて いった。 アスファルト の ウエ に おちた カミクズ は ときどき ボクラ ニンゲン の カオ の よう にも みえない こと は なかった。 すると ムコウ から ダンパツ に した オンナ が ヒトリ とおりかかった。 カノジョ は トオメ には うつくしかった。 けれども メノマエ へ きた の を みる と、 コジワ の ある うえ に みにくい カオ を して いた。 のみならず ニンシン して いる らしかった。 ボク は おもわず カオ を そむけ、 ひろい ヨコチョウ を まがって いった。 が、 しばらく あるいて いる うち に ジ の イタミ を かんじだした。 それ は ボク には ザヨク より ホカ に なおす こと の できない イタミ だった。
「ザヨク、 ――ベートーヴェン も やはり ザヨク を して いた。……」
 ザヨク に つかう イオウ の ニオイ は たちまち ボク の ハナ を おそいだした。 しかし もちろん オウライ には どこ にも イオウ は みえなかった。 ボク は もう イチド カミクズ の バラ の ハナ を おもいだしながら、 つとめて しっかり と あるいて いった。
 1 ジカン ばかり たった ノチ、 ボク は ボク の ヘヤ に とじこもった まま、 マド の マエ の ツクエ に むかい、 あたらしい ショウセツ に とりかかって いた。 ペン は ボク にも フシギ だった くらい、 ずんずん ゲンコウ ヨウシ の ウエ を はしって いった。 しかし それ も 2~3 ジカン の ノチ には ダレ か ボク の メ に みえない モノ に おさえられた よう に とまって しまった。 ボク は やむ を えず ツクエ の マエ を はなれ、 あちこち と ヘヤ の ナカ を あるきまわった。 ボク の コダイ モウソウ は こういう とき に もっとも いちじるしかった。 ボク は ヤバン な ヨロコビ の ナカ に ボク には リョウシン も なければ サイシ も ない、 ただ ボク の ペン から ながれだした イノチ だけ ある と いう キ に なって いた。
 けれども ボク は 4~5 フン の ノチ、 デンワ に むかわなければ ならなかった。 デンワ は ナンド ヘンジ を して も、 ただ ナニ か アイマイ な コトバ を くりかえして つたえる ばかり だった。 が、 それ は ともかくも モール と きこえた の に ちがいなかった。 ボク は とうとう デンワ を はなれ、 もう イチド ヘヤ の ナカ を あるきだした。 しかし モール と いう コトバ だけ は ミョウ に キ に なって ならなかった。
「モール ―― Mole……」
 モール は モグラモチ と いう エイゴ だった。 この レンソウ も ボク には ユカイ では なかった。 が、 ボク は 2~3 ビョウ の ノチ、 Mole を la mort に つづりなおした。 ラ モール は、 ――シ と いう フランス-ゴ は たちまち ボク を フアン に した。 シ は アネ の オット に せまって いた よう に ボク にも せまって いる らしかった。 けれども ボク は フアン の ナカ にも ナニ か オカシサ を かんじて いた。 のみならず いつか ビショウ して いた。 この オカシサ は なんの ため に おこる か? ――それ は ボク ジシン にも わからなかった。 ボク は ヒサシブリ に カガミ の マエ に たち、 マトモ に ボク の カゲ と むかいあった。 ボク の カゲ も もちろん ビショウ して いた。 ボク は この カゲ を みつめて いる うち に ダイニ の ボク の こと を おもいだした。 ダイニ の ボク、 ――ドイツジン の いわゆる ドッペルゲンガー は シアワセ にも ボク ジシン に みえた こと は なかった。 しかし アメリカ の エイガ ハイユウ に なった K クン の フジン は ダイニ の ボク を テイゲキ の ロウカ に みかけて いた。 (ボク は とつぜん K クン の フジン に 「センダッテ は つい ゴアイサツ も しません で」 と いわれ、 トウワク した こと を おぼえて いる。) それから もう コジン に なった ある カタアシ の ホンヤクカ も やはり ギンザ の ある タバコヤ に ダイニ の ボク を みかけて いた。 シ は あるいは ボク より も ダイニ の ボク に くる の かも しれなかった。 もし また ボク に きた と して も、 ――ボク は カガミ に ウシロ を むけ、 マド の マエ の ツクエ へ かえって いった。
 シカク に ギョウカイガン を くんだ マド は カレシバ や イケ を のぞかせて いた。 ボク は この ニワ を ながめながら、 とおい マツバヤシ の ナカ に やいた ナンサツ か の ノートブック や ミカンセイ の ギキョク を おもいだした。 それから ペン を とりあげる と、 もう イチド あたらしい ショウセツ を かきはじめた。

 5、 シャッコウ

 ヒ の ヒカリ は ボク を くるしめだした。 ボク は じっさい モグラモチ の よう に マド の マエ へ カーテン を おろし、 ヒルマ も デントウ を ともした まま、 せっせと マエ の ショウセツ を つづけて いった。 それから シゴト に つかれる と、 テーヌ の イギリス ブンガクシ を ひろげ、 シジン たち の ショウガイ に メ を とおした。 カレラ は いずれ も フコウ だった。 エリザベス-チョウ の キョジン たち さえ、 ――イチダイ の ガクシャ だった ベン ジョンソン さえ カレ の アシ の オヤユビ の ウエ に ローマ と カルセージ との グンゼイ の タタカイ を はじめる の を ながめた ほど シンケイテキ ヒロウ に おちいって いた。 ボク は こういう カレラ の フコウ に ザンコク な アクイ に みちみちた ヨロコビ を かんじず には いられなかった。
 ある ヒガシカゼ の つよい ヨル、 (それ は ボク には いい シルシ だった。) ボク は チカシツ を ぬけて オウライ へ で、 ある ロウジン を たずねる こと に した。 カレ は ある セイショ-ガイシャ の ヤネウラ に たった ヒトリ コヅカイ を しながら、 キトウ や ドクショ に ショウジン して いた。 ボクラ は ヒバチ に テ を かざしながら、 カベ に かけた ジュウジカ の シタ に イロイロ の こと を はなしあった。 なぜ ボク の ハハ は ハッキョウ した か? なぜ ボク の チチ の ジギョウ は シッパイ した か? なぜ また ボク は ばっせられた か? ――それら の ヒミツ を しって いる カレ は ミョウ に おごそか な ビショウ を うかべ、 いつまでも ボク の アイテ を した。 のみならず ときどき みじかい コトバ に ジンセイ の カリカテュア を えがいたり した。 ボク は この ヤネウラ の インジャ を ソンケイ しない わけ には ゆかなかった。 しかし カレ と はなして いる うち に カレ も また シンワリョク の ため に うごかされて いる こと を ハッケン した。――
「その ウエキヤ の ムスメ と いう の は キリョウ も いい し、 キダテ も いい し、 ――それ は ワタシ に やさしく して くれる の です」
「イクツ?」
「コトシ で 18 です」
 それ は カレ には チチ-らしい アイ で ある かも しれなかった。 しかし ボク は カレ の メ の ナカ に ジョウネツ を かんじず には いられなかった。 のみならず カレ の すすめた リンゴ は いつか きばんだ カワ の ウエ へ イッカクジュウ の スガタ を あらわして いた。 (ボク は モクメ や コーヒー-ヂャワン の ヒビ に たびたび シンワテキ ドウブツ を ハッケン して いた。) イッカクジュウ は キリン に ちがいなかった。 ボク は ある テキイ の ある ヒヒョウカ の ボク を 「910 ネンダイ の キリンジ」 と よんだ の を おもいだし、 この ジュウジカ の かかった ヤネウラ も アンゼン チタイ では ない こと を かんじた。
「いかが です か、 コノゴロ は?」
「あいかわらず シンケイ ばかり いらいら して ね」
「それ は クスリ では ダメ です よ。 シンジャ に なる キ は ありません か?」
「もし ボク でも なれる もの なら……」
「なにも むずかしい こと は ない の です。 ただ カミ を しんじ、 カミ の コ の キリスト を しんじ、 キリスト の おこなった キセキ を しんじ さえ すれば……」
「アクマ を しんじる こと は できます がね。……」
「では なぜ カミ を しんじない の です? もし カゲ を しんじる ならば、 ヒカリ も しんじず には いられない でしょう?」
「しかし ヒカリ の ない ヤミ も ある でしょう」
「ヒカリ の ない ヤミ とは?」
 ボク は だまる より ホカ は なかった。 カレ も また ボク の よう に ヤミ の ナカ を あるいて いた。 が、 ヤミ の ある イジョウ は ヒカリ も ある と しんじて いた。 ボクラ の ロンリ の ことなる の は ただ こういう イッテン だけ だった。 しかし それ は すくなくとも ボク には こえられない ミゾ に ちがいなかった。……
「けれども ヒカリ は かならず ある の です。 その ショウコ には キセキ が ある の です から。 ……キセキ など と いう もの は イマ でも たびたび おこって いる の です よ」
「それ は アクマ の おこなう キセキ は。……」
「どうして また アクマ など と いう の です?」
 ボク は この 1~2 ネン の アイダ、 ボク ジシン の ケイケン した こと を カレ に はなしたい ユウワク を かんじた。 が、 カレ から サイシ に つたわり、 ボク も また ハハ の よう に セイシン ビョウイン に はいる こと を おそれない わけ にも ゆかなかった。
「あすこ に ある の は?」
 この たくましい ロウジン は ふるい ショダナ を ふりかえり、 ナニ か ボクヨウジン-らしい ヒョウジョウ を しめした。
「ドストエフスキー ゼンシュウ です。 『ツミ と バツ』 は オヨミ です か?」
 ボク は もちろん 10 ネン-ゼン にも 4~5 サツ の ドストエフスキー に したしんで いた。 が、 ぐうぜん (?) カレ の いった 『ツミ と バツ』 と いう コトバ に カンドウ し、 この ホン を かして もらった うえ、 マエ の ホテル へ かえる こと に した。 デントウ の ヒカリ に かがやいた、 ヒトドオリ の おおい オウライ は やはり ボク には フカイ だった。 ことに シリビト に あう こと は とうてい たえられない の に ちがいなかった。 ボク は つとめて くらい オウライ を えらび、 ヌスビト の よう に あるいて いった。
 しかし ボク は しばらく の ノチ、 いつか イ の イタミ を かんじだした。 この イタミ を とめる もの は 1 パイ の ウィスキー の ある だけ だった。 ボク は ある バー を みつけ、 その ト を おして はいろう と した。 けれども せまい バー の ナカ には タバコ の ケムリ の たちこめた ナカ に ゲイジュツカ らしい セイネン たち が ナンニン も むらがって サケ を のんで いた。 のみならず カレラ の マンナカ には ミミカクシ に ゆった オンナ が ヒトリ ネッシン に マンドリン を ひきつづけて いた。 ボク は たちまち トウワク を かんじ、 ト の ナカ へ はいらず に ひきかえした。 すると いつか ボク の カゲ の サユウ に ゆれて いる の を ハッケン した。 しかも ボク を てらして いる の は ブキミ にも あかい ヒカリ だった。 ボク は オウライ に たちどまった。 けれども ボク の カゲ は マエ の よう に たえず サユウ に うごいて いた。 ボク は おずおず ふりかえり、 やっと この バー の ノキ に つった イロガラス の ランターン を ハッケン した。 ランターン は はげしい カゼ の ため に おもむろに クウチュウ に うごいて いた。……
 ボク の ツギ に はいった の は ある チカシツ の レストーラン だった。 ボク は そこ の バー の マエ に たち、 ウィスキー を 1 パイ チュウモン した。
「ウィスキー を? ブラック アンド ホワイト ばかり で ございます が、……」
 ボク は ソーダ-スイ の ナカ に ウィスキー を いれ、 だまって ヒトクチ ずつ のみはじめた。 ボク の トナリ には シンブン キシャ らしい 30 ゼンゴ の オトコ が フタリ ナニ か コゴエ に はなして いた。 のみならず フランス-ゴ を つかって いた。 ボク は カレラ に セナカ を むけた まま、 ゼンシン に カレラ の シセン を かんじた。 それ は じっさい デンパ の よう に ボク の カラダ に こたえる もの だった。 カレラ は たしか に ボク の ナ を しり、 ボク の ウワサ を して いる らしかった。
「Bien…… très mauvais…… pourquoi?……」
「Pourquoi?…… le diable est mort!……」
「Oui, oui…… d'enfer……」
 ボク は ギンカ を 1 マイ なげだし、 (それ は ボク の もって いる サイゴ の 1 マイ の ギンカ だった。) この チカシツ の ソト へ のがれる こと に した。 ヨカゼ の ふきわたる オウライ は たしょう イ の イタミ の うすらいだ ボク の シンケイ を ジョウブ に した。 ボク は ラスコルニコフ を おもいだし、 ナニゴト も ザンゲ したい ヨクボウ を かんじた。 が、 それ は ボク ジシン の ホカ にも、 ――いや、 ボク の カゾク の ホカ にも ヒゲキ を しょうじる の に ちがいなかった。 のみならず この ヨクボウ さえ シンジツ か どう か は うたがわしかった。 もし ボク の シンケイ さえ ジョウジン の よう に ジョウブ に なれば、 ――けれども ボク は その ため には どこ か へ ゆかなければ ならなかった。 マドリッド へ、 リオ へ、 サマルカンド へ、……
 その うち に ある ミセ の ノキ に つった、 しろい コガタ の カンバン は とつぜん ボク を フアン に した。 それ は ジドウシャ の タイアー に ツバサ の ある ショウヒョウ を えがいた もの だった。 ボク は この ショウヒョウ に ジンコウ の ツバサ を タヨリ に した コダイ の ギリシャジン を おもいだした。 カレ は クウチュウ に まいあがった アゲク、 タイヨウ の ヒカリ に ツバサ を やかれ、 とうとう カイチュウ に デキシ して いた。 マドリッド へ、 リオ へ、 サマルカンド へ、 ――ボク は こういう ボク の ユメ を あざわらわない わけ には ゆかなかった。 ドウジ に また フクシュウ の カミ に おわれた オレステス を かんがえない わけ にも ゆかなかった。
 ボク は ウンガ に そいながら、 くらい オウライ を あるいて いった。 その うち に ある コウガイ に ある ヨウフボ の イエ を おもいだした。 ヨウフボ は もちろん ボク の かえる の を まちくらして いる の に ちがいなかった。 おそらくは ボク の コドモ たち も、 ――しかし ボク は そこ へ かえる と、 おのずから ボク を ソクバク して しまう ある チカラ を おそれず には いられなかった。 ウンガ は なみだった ミズ の ウエ に ダルマブネ を 1 ソウ ヨコヅケ に して いた。 その また ダルマブネ は フネ の ソコ から うすい ヒカリ を もらして いた。 そこ にも ナンニン か の ダンジョ の カゾク は セイカツ して いる の に ちがいなかった。 やはり あいしあう ため に にくみあいながら。 ……が、 ボク は もう イチド セントウテキ セイシン を よびおこし、 ウィスキー の ヨイ を かんじた まま、 マエ の ホテル へ かえる こと に した。
 ボク は また ツクエ に むかい、 「メリメー の ショカンシュウ」 を よみつづけた。 それ は また いつのまにか ボク に セイカツリョク を あたえて いた。 しかし ボク は バンネン の メリメー の シンキョウト に なって いた こと を しる と、 にわか に カメン の カゲ に ある メリメー の カオ を かんじだした。 カレ も また やはり ボクラ の よう に ヤミ の ナカ を あるいて いる ヒトリ だった。 ヤミ の ナカ を? ―― 「アンヤ コウロ」 は こういう ボク には おそろしい ホン に かわりはじめた。 ボク は ユウウツ を わすれる ため に 「アナトール フランス の タイワシュウ」 を よみはじめた。 が、 この キンダイ の ボクヨウジン も やはり ジュウジカ を になって いた。……
 1 ジカン ばかり たった ノチ、 キュウジ は ボク に ヒトタバ の ユウビンブツ を わたし に カオ を だした。 それら の ヒトツ は ライプツィッヒ の ホンヤ から ボク に 「キンダイ の ニホン の オンナ」 と いう ショウロンブン を かけ と いう もの だった。 なぜ カレラ は とくに ボク に こういう ショウロンブン を かかせる の で あろう? のみならず この エイゴ の テガミ は 「ワレワレ は ちょうど ニホンガ の よう に クロ と シロ の ホカ に シキサイ の ない オンナ の ショウゾウガ でも マンゾク で ある」 と いう ニクヒツ の P.S を くわえて いた。 ボク は こういう 1 ギョウ に ブラック アンド ホワイト と いう ウィスキー の ナ を おもいだし、 ずたずた に この テガミ を やぶって しまった。 それから コンド は てあたりしだい に ヒトツ の テガミ の フウ を きり、 きいろい ショカンセン に メ を とおした。 この テガミ を かいた の は ボク の しらない セイネン だった。 しかし 2~3 ギョウ も よまない うち に 「アナタ の 『ジゴクヘン』 は……」 と いう コトバ は ボク を いらだたせず には おかなかった。 3 バンメ に フウ を きった テガミ は ボク の オイ から きた もの だった。 ボク は やっと ヒトイキ つき、 カジジョウ の モンダイ など を よんで いった。 けれども それ さえ サイゴ へ くる と、 いきなり ボク を うちのめした。
「カシュウ 『シャッコウ』 の サイハン を おくります から……」
 シャッコウ! ボク は ナニモノ か の レイショウ を かんじ、 ボク の ヘヤ の ソト へ ヒナン する こと に した。 ロウカ には ダレ も ヒトカゲ は なかった。 ボク は カタテ に カベ を おさえ、 やっと ロッビー へ あるいて いった。 それから イス に コシ を おろし、 とにかく マキタバコ に ヒ を うつす こと に した。 マキタバコ は なぜか エーアシップ だった。 (ボク は この ホテル へ おちついて から、 いつも スター ばかり すう こと に して いた。) ジンコウ の ツバサ は もう イチド ボク の メノマエ へ うかびだした。 ボク は ムコウ に いる キュウジ を よび、 スター を フタハコ もらう こと に した。 しかし キュウジ を シンヨウ すれば、 スター だけ は あいにく シナギレ だった。
「エーアシップ ならば ございます が、……」
 ボク は アタマ を ふった まま、 ひろい ロッビー を ながめまわした。 ボク の ムコウ には ガイコクジン が 4~5 ニン テーブル を かこんで はなして いた。 しかも カレラ の ナカ の ヒトリ、 ――あかい ワンーピース を きた オンナ は コゴエ に カレラ と はなしながら、 ときどき ボク を みて いる らしかった。
「Mrs. Townshead……」
 ナニ か ボク の メ に みえない もの は こう ボク に ささやいて いった。 ミセス タウンズヘッド など と いう ナ は もちろん ボク の しらない もの だった。 たとい ムコウ に いる オンナ の ナ に して も、 ――ボク は また イス から たちあがり、 ハッキョウ する こと を おそれながら、 ボク の ヘヤ へ かえる こと に した。
 ボク は ボク の ヘヤ へ かえる と、 すぐに ある セイシン ビョウイン へ デンワ を かける つもり だった。 が、 そこ へ はいる こと は ボク には しぬ こと に かわらなかった。 ボク は さんざん ためらった ノチ、 この キョウフ を まぎらす ため に 「ツミ と バツ」 を よみはじめた。 しかし ぐうぜん ひらいた ページ は 「カラマゾフ キョウダイ」 の イッセツ だった。 ボク は ホン を まちがえた の か と おもい、 ホン の ヒョウシ へ メ を おとした。 「ツミ と バツ」 ――ホン は 「ツミ と バツ」 に ちがいなかった。 ボク は この セイホンヤ の トジチガエ に、 ――その また とじちがえた ページ を ひらいた こと に ウンメイ の ユビ の うごいて いる の を かんじ、 やむ を えず そこ を よんで いった。 けれども 1 ページ も よまない うち に ゼンシン の ふるえる の を かんじだした。 そこ は アクマ に くるしめられる イヴァン を えがいた イッセツ だった。 イヴァン を、 ストリントベルグ を、 モーパスサン を、 あるいは この ヘヤ に いる ボク ジシン を。……
 こういう ボク を すくう もの は ただ ネムリ の ある だけ だった。 しかし サイミンザイ は いつのまにか ヒトツツミ も のこらず に なくなって いた。 ボク は とうてい ねむらず に くるしみつづける の に たえなかった。 が、 ゼツボウテキ な ユウキ を しょうじ、 コーヒー を もって きて もらった うえ、 シニモノグルイ に ペン を うごかす こと に した。 2 マイ、 5 マイ、 7 マイ、 10 マイ、 ――ゲンコウ は みるみる できあがって いった。 ボク は この ショウセツ の セカイ を チョウシゼン の ドウブツ に みたして いた。 のみならず その ドウブツ の 1 ピキ に ボク ジシン の ショウゾウガ を えがいて いた。 けれども ヒロウ は おもむろに ボク の アタマ を くもらせはじめた。 ボク は とうとう ツクエ の マエ を はなれ、 ペッド の ウエ へ アオムケ に なった。 それから 40~50 プン-カン は ねむった らしかった。 しかし また ダレ か ボク の ミミ に こういう コトバ を ささやいた の を かんじ、 たちまち メ を さまして たちあがった。
「Le diable est mort」
 ギョウカイガン の マド の ソト は いつか ひえびえ と あけかかって いた。 ボク は ちょうど ト の マエ に たたずみ、 ダレ も いない ヘヤ の ナカ を ながめまわした。 すると ムコウ の マドガラス は マダラ に ガイキ に くもった うえ に ちいさい フウケイ を あらわして いた。 それ は きばんだ マツバヤシ の ムコウ に ウミ の ある フウケイ に ちがいなかった。 ボク は おずおず マド の マエ へ ちかづき、 この フウケイ を つくって いる もの は じつは ニワ の カレシバ や イケ だった こと を ハッケン した。 けれども ボク の サッカク は いつか ボク の イエ に たいする キョウシュウ に ちかい もの を よびおこして いた。
 ボク は 9 ジ に でも なり-シダイ、 ある ザッシシャ へ デンワ を かけ、 とにかく カネ の ツゴウ を した うえ、 ボク の イエ へ かえる ケッシン を した。 ツクエ の ウエ に おいた カバン の ナカ へ ホン や ゲンコウ を おしこみながら。

 6、 ヒコウキ

 ボク は トウカイドウ セン の ある テイシャジョウ から その オク の ある ヒショチ へ ジドウシャ を とばした。 ウンテンシュ は なぜか この サムサ に ふるい レーンコート を ひっかけて いた。 ボク は この アンゴウ を ブキミ に おもい、 つとめて カレ を みない よう に マド の ソト へ メ を やる こと に した。 すると ひくい マツ の はえた ムコウ に、 ――おそらくは ふるい カイドウ に ソウシキ が 1 レツ とおる の を みつけた。 シラハリ の チョウチン や リュウトウ は その ナカ に くわわって は いない らしかった。 が、 キンギン の ゾウカ の ハス は しずか に コシ の ゼンゴ に ゆらいで いった。……
 やっと ボク の イエ へ かえった ノチ、 ボク は サイシ や サイミンヤク の チカラ に より、 2~3 ニチ は かなり ヘイワ に くらした。 ボク の 2 カイ は マツバヤシ の ウエ に かすか に ウミ を のぞかせて いた。 ボク は この 2 カイ の ツクエ に むかい、 ハト の コエ を ききながら、 ゴゼン だけ シゴト を する こと に した。 トリ は ハト や カラス の ホカ に スズメ も エンガワ へ まいこんだり した。 それ も また ボク には ユカイ だった。 「キジャク ドウ に いる」 ――ボク は ペン を もった まま、 その たび に こんな コトバ を おもいだした。
 ある なまあたたかい ドンテン の ゴゴ、 ボク は ある ザッカテン へ インク を かい に でかけて いった。 すると その ミセ に ならんで いる の は セピア イロ の インク ばかり だった。 セピア イロ の インク は どの インク より も ボク を フカイ に する の を ツネ と して いた。 ボク は やむ を えず この ミセ を で、 ヒトドオリ の すくない オウライ を ぶらぶら ヒトリ あるいて いった。 そこ へ ムコウ から キンガン らしい 40 ゼンゴ の ガイコクジン が ヒトリ カタ を そびやかせて とおりかかった。 カレ は ここ に すんで いる ヒガイ モウソウキョウ の スウェデンジン だった。 しかも カレ の ナ は ストリントベルグ だった。 ボク は カレ と すれちがう とき、 ニクタイテキ に ナニ か こたえる の を かんじた。
 この オウライ は わずか に 2~3 チョウ だった。 が、 その 2~3 チョウ を とおる うち に ちょうど ハンメン だけ くろい イヌ は ヨタビ も ボク の ソバ を とおって いった。 ボク は ヨコチョウ を まがりながら、 ブラック アンド ホワイト の ウィスキー を おもいだした。 のみならず イマ の ストリントベルグ の タイ も クロ と シロ だった の を おもいだした。 それ は ボク には どうしても グウゼン で ある とは かんがえられなかった。 もし グウゼン で ない と すれば、 ――ボク は アタマ だけ あるいて いる よう に かんじ、 ちょっと オウライ に たちどまった。 ミチバタ には ハリガネ の サク の ナカ に かすか に ニジ の イロ を おびた ガラス の ハチ が ヒトツ すてて あった。 この ハチ は また ソコ の マワリ に ツバサ らしい モヨウ を うきあがらせて いた。 そこ へ マツ の コズエ から スズメ が ナンバ も まいさがって きた。 が、 この ハチ の アタリ へ くる と、 どの スズメ も みな いいあわせた よう に イチド に クチュウ へ にげのぼって いった。……
 ボク は ツマ の ジッカ へ ゆき、 ニワサキ の トウイス に コシ を おろした。 ニワ の スミ の カナアミ の ナカ には しろい レグホーン-シュ の ニワトリ が ナンバ も しずか に あるいて いた。 それから また ボク の アシモト には クロイヌ も 1 ピキ ヨコ に なって いた。 ボク は ダレ にも わからない ギモン を とこう と あせりながら、 とにかく ガイケン だけ は ひややか に ツマ の ハハ や オトウト と セケンバナシ を した。
「しずか です ね、 ここ へ くる と」
「それ は まだ トウキョウ より も ね」
「ここ でも うるさい こと は ある の です か?」
「だって ここ も ヨノナカ です もの」
 ツマ の ハハ は こう いって わらって いた。 じっさい この ヒショチ も また 「ヨノナカ」 で ある の に ちがいなかった。 ボク は わずか に 1 ネン ばかり の アイダ に どの くらい ここ にも ザイアク や ヒゲキ の おこなわれて いる か を しりつくして いた。 おもむろに カンジャ を ドクサツ しよう と した イシャ、 ヨウシ フウフ の イエ に ホウカ した ロウバ、 イモウト の シサン を うばおう と した ベンゴシ、 ――それら の ヒトビト の イエ を みる こと は ボク には いつも ジンセイ の ナカ に ジゴク を みる こと に ことならなかった。
「この マチ には キチガイ が ヒトリ います ね」
「H ちゃん でしょう。 あれ は キチガイ じゃ ない の です よ。 バカ に なって しまった の です よ」
「ソウハツセイ チホウ と いう やつ です ね。 ボク は アイツ を みる たび に キミ が わるくって たまりません。 アイツ は コノアイダ も どういう リョウケン か、 バトウ カンゼオン の マエ に オジギ を して いました」
「キミ が わるく なる なんて、 ……もっと つよく ならなければ ダメ です よ」
「ニイサン は ボク など より も つよい の だ けれども、――」
 ブショウヒゲ を のばした ツマ の オトウト も ネドコ の ウエ に おきなおった まま、 イツモ の とおり エンリョガチ に ボクラ の ハナシ に くわわりだした。
「つよい ナカ に よわい ところ も ある から。……」
「おやおや、 それ は こまりました ね」
 ボク は こう いった ツマ の ハハ を み、 クショウ しない わけ には ゆかなかった。 すると オトウト も ビショウ しながら、 とおい カキ の ソト の マツバヤシ を ながめ、 ナニ か うっとり と はなしつづけた。 (この わかい ビョウゴ の オトウト は ときどき ボク には ニクタイ を だっした セイシン ソノモノ の よう に みえる の だった。)
「ミョウ に ニンゲンバナレ を して いる か と おもえば、 ニンゲンテキ ヨクボウ も ずいぶん はげしい し、……」
「ゼンニン か と おもえば、 アクニン でも ある し さ」
「いや、 ゼンアク と いう より も ナニ か もっと ハンタイ な もの が、……」
「じゃ オトナ の ナカ に コドモ も ある の だろう」
「そう でも ない。 ボク には はっきり と いえない けれど、 ……デンキ の リョウキョク に にて いる の かな。 なにしろ ハンタイ な もの を イッショ に もって いる」
 そこ へ ボクラ を おどろかした の は はげしい ヒコウキ の ヒビキ だった。 ボク は おもわず ソラ を みあげ、 マツ の コズエ に ふれない ばかり に まいあがった ヒコウキ を ハッケン した。 それ は ツバサ を キイロ に ぬった、 めずらしい タンヨウ の ヒコウキ だった。 ニワトリ や イヌ は この ヒビキ に おどろき、 それぞれ ハッポウ へ にげまわった。 ことに イヌ は ほえたてながら、 オ を まいて エン の シタ へ はいって しまった。
「あの ヒコウキ は おち は しない か?」
「だいじょうぶ。 ……ニイサン は ヒコウキビョウ と いう ビョウキ を しって いる?」
 ボク は マキタバコ に ヒ を つけながら、 「いや」 と いう カワリ に アタマ を ふった。
「ああいう ヒコウキ に のって いる ヒト は コウクウ の クウキ ばかり すって いる もの だ から、 だんだん この ジメン の ウエ の クウキ に たえられない よう に なって しまう の だって。……」
 ツマ の ハハ の イエ を ウシロ に した ノチ、 ボク は エダ ヒトツ うごかさない マツバヤシ の ナカ を あるきながら、 じりじり ユウウツ に なって いった。 なぜ あの ヒコウキ は ホカ へ ゆかず に ボク の アタマ の ウエ を とおった の で あろう? なぜ また あの ホテル は マキタバコ の エーアシップ ばかり うって いた の で あろう? ボク は イロイロ の ギモン に くるしみ、 ヒトゲ の ない ミチ を よって あるいて いった。
 ウミ は ひくい スナヤマ の ムコウ に イチメン に ハイイロ に くもって いた。 その また スナヤマ には ブランコ の ない ブランコダイ が ヒトツ つったって いた。 ボク は この ブランコダイ を ながめ、 たちまち コウシュダイ を おもいだした。 じっさい また ブランコダイ の ウエ には カラス が 2~3 バ とまって いた。 カラス は みな ボク を みて も、 とびたつ ケシキ さえ しめさなかった。 のみならず マンナカ に とまって いた カラス は おおきい クチバシ を ソラ へ あげながら、 たしか に ヨタビ コエ を だした。
 ボク は シバ の かれた スナドテ に そい、 ベッソウ の おおい コミチ を まがる こと に した。 この コミチ の ミギガワ には やはり たかい マツ の ナカ に 2 カイ の ある モクゾウ の セイヨウ カオク が 1 ケン しらじら と たって いる はず だった。 (ボク の シンユウ は この イエ の こと を 「ハル の いる イエ」 と しょうして いた。) が、 この イエ の マエ へ とおりかかる と、 そこ には コンクリート の ドダイ の ウエ に バスタッブ が ヒトツ ある だけ だった。 カジ―― ボク は すぐに こう かんがえ、 そちら を みない よう に あるいて いった。 すると ジテンシャ に のった オトコ が ヒトリ マッスグ に ムコウ から ちかづきだした。 カレ は コゲチャイロ の トリウチボウ を かぶり、 ミョウ に じっと メ を すえた まま、 ハンドル の ウエ へ ミ を かがめて いた。 ボク は ふと カレ の カオ に アネ の オット の カオ を かんじ、 カレ の メノマエ へ こない うち に ヨコ の コミチ へ はいる こと に した。 しかし この コミチ の マンナカ にも くさった モグラモチ の シガイ が ヒトツ ハラ を ウエ に して ころがって いた。
 ナニモノ か の ボク を ねらって いる こと は ヒトアシ ごと に ボク を フアン に しだした。 そこ へ ハントウメイ な ハグルマ も ヒトツ ずつ ボク の シヤ を さえぎりだした。 ボク は いよいよ サイゴ の とき の ちかづいた こと を おそれながら、 クビスジ を マッスグ に して あるいて いった。 ハグルマ は カズ の ふえる の に つれ、 だんだん キュウ に まわりはじめた。 ドウジ に また ミギ の マツバヤシ は ひっそり と エダ を かわした まま、 ちょうど こまかい キリコ ガラス を すかして みる よう に なりはじめた。 ボク は ドウキ の たかまる の を かんじ、 ナンド も ミチバタ に たちどまろう と した。 けれども ダレ か に おされる よう に たちどまる こと さえ ヨウイ では なかった。……
 30 プン ばかり たった ノチ、 ボク は ボク の 2 カイ に アオムケ に なり、 じっと メ を つぶった まま、 はげしい ズツウ を こらえて いた。 すると ボク の マブタ の ウラ に ギンイロ の ハネ を ウロコ の よう に たたんだ ツバサ が ヒトツ みえはじめた。 それ は じっさい モウマク の ウエ に はっきり と うつって いる もの だった。 ボク は メ を あいて テンジョウ を みあげ、 もちろん なにも テンジョウ には そんな もの の ない こと を たしかめた うえ、 もう イチド メ を つぶる こと に した。 しかし やはり ギンイロ の ツバサ は ちゃんと くらい ナカ に うつって いた。 ボク は ふと このあいだ のった ジドウシャ の ラディエーター キャップ にも ツバサ の ついて いた こと を おもいだした。……
 そこ へ ダレ か ハシゴダン を あわただしく のぼって きた か と おもう と、 すぐに また ばたばた かけおりて いった。 ボク は その ダレ か の ツマ だった こと を しり、 おどろいて カラダ を おこす が はやい か、 ちょうど ハシゴダン の マエ に ある、 うすぐらい チャノマ へ カオ を だした。 すると ツマ は つっぷした まま、 イキギレ を こらえて いる と みえ、 たえず カタ を ふるわして いた。
「どうした?」
「いえ、 どうも しない の です。……」
 ツマ は やっと カオ を もたげ、 ムリ に ビショウ して はなしつづけた。
「どうも した わけ では ない の です けれども ね、 ただ なんだか オトウサン が しんで しまいそう な キ が した もの です から。……」
 それ は ボク の イッショウ の ナカ でも もっとも おそろしい ケイケン だった。 ――ボク は もう コノサキ を かきつづける チカラ を もって いない。 こういう キモチ の ナカ に いきて いる の は なんとも いわれない クツウ で ある。 ダレ か ボク の ねむって いる うち に そっと しめころして くれる モノ は ない か?

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