カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ナオコ 「ニレ の イエ 1」

2020-10-23 | ホリ タツオ
 ナオコ

 ホリ タツオ

 ニレ の イエ

 ダイ 1 ブ

 1926 ネン 9 ガツ ナノカ、 O ムラ にて
 ナオコ、
 ワタシ は この ニッキ を オマエ に いつか よんで もらう ため に かいて おこう と おもう。 ワタシ が しんで から ナンネン か たって、 どうした の か コノゴロ ちっとも ワタシ と クチ を きこう とは しない オマエ にも、 もっと うちとけて はなして おけば よかったろう と おもう とき が くる だろう。 そんな オリ の ため に、 この ニッキ を かいて おいて やりたい の だ。 そういう オリ に おもいがけなく この ニッキ が オマエ の テ に いる よう に させたい もの だ が、 ――そう、 ワタシ は これ を かきあげたら、 この ヤマ の イエ の ナカ の どこ か ヒトメ に つかない ところ に かくして おいて やろう。 ……スウネン-カン アキ ふかく なる まで いつも ワタシ が ヒトリ で いのこって いた この イエ に、 オマエ は いつか オマエ の ゆえ に ワタシ の くるしんで いた スガタ を なつかしむ ため に、 しばらく の ヒ を すごし に くる よう な こと が ある かも しれぬ。 その とき まで この ヤマ の イエ が ワタシ の いきて いた コロ と そっくり ソノママ に なって いて くれる と いい が。 ……そうして オマエ は ワタシ が このんで そこ で ホン を よんだり アミモノ を したり して いた ニレ の コカゲ の コシカケ に ワタシ と おなじ よう に コシ を おろしたり、 また、 ひえびえ と する ヨル の スウ-ジカン を ダンロ の マエ で ぼんやり すごしたり する。 そういう よう な ヒビ の ある ヨル、 オマエ は なにげなく ワタシ の つかって いた 2 カイ の ヘヤ に はいって いって、 ふと その イチグウ に、 この ニッキ を みつける。 ……もしか そんな オリ だったら、 オマエ は ワタシ を ジブン の ハハ と して ばかり では なし に、 カシツ も あった イッコ の ニンゲン と して みなおして くれ、 ワタシ を その ニンゲン-らしい カシツ の ゆえ に いっそう あいして くれそう な キ も する の だ。
 それにしても、 コノゴロ の オマエ は どうして こんな に ワタシ と コトバ を かわす の を さけて ばかり いる の かしら? ナニ か おたがいに きずつけあいそう な こと を ワタシ から いいだされ は せぬ か と おそれて おいで ばかり なの では ない。 かえって オマエ の ほう から そういう こと を いいだしそう なの を おそれて おいで なの だ と しか おもえない。 コノゴロ の こんな キヅマリ な おもくるしい クウキ が、 みんな ワタシ から でた こと なら、 オニイサン や オマエ には ホントウ に すまない と おもう。 こうした うっとうしい フンイキ が ますます こく なって きて、 ナニ か ワタシタチ には ヨソク できない よう な ヒゲキ が もちあがろう と して いる の か、 それとも ワタシタチ ジシン も ほとんど しらぬ マ に ワタシタチ の マワリ に おこり、 そして ナニゴト も なかった よう に すぎさって いった イゼン の ヒゲキ の エイキョウ が、 トシツキ の たつ に つれて こんな に めだって きた の で あろう か、 ワタシ には よく わからない。 ――が、 おそらくは、 ワタシタチ に はっきり と きづかれず に いる ナニ か が おこりつつ ある の だ。 それ が どんな もの か わからない ながら、 どうやら それ らしい と かんぜられる もの が ある。 ワタシ は この シュキ で その ショウタイ らしい もの を つきとめたい と おもう の だ。

 ワタシ の チチ は ある チメイ の ジツギョウカ で あった が、 ワタシ の まだ ムスメ の ジブン に、 ジギョウ の ウエ で トリカエシ の つかぬ よう な シッパイ を した。 そこで ハハ は ワタシ の ユクスエ を あんじて、 その コロ リュウコウ の ミッション スクール に ワタシ を いれて くれた。 そうして ワタシ は いつも その ハハ に 「オマエ は オンナ でも しっかり して おくれ よ。 いい セイセキ で ソツギョウ して ガイコク に でも リュウガク する よう に なって おくれ よ」 と いいきかされて いた。 その ミッション スクール を でる と、 ワタシ は ほどなく この ミムラ-ケ の ヒト と なった。 それで、 ジブン は どうしても ゆかなくて は ならない もの と おもいこんで いた せい か、 コドモゴコロ に いっそう おそろしい キ の して いた、 そんな ガイコク なんか へは ゆかず に すんだ。 そのかわり、 この ミムラ の イエ も その コロ は、 オジイサン と いう の が たいへん ノンキ な オカタ で、 ことに バンネン は コットウ など に おこり に なり、 すっかり カウン の かたむいた アト だった ので、 オマエ の オトウサマ と ワタシ と で、 それ を たてなおす の に ずいぶん クロウ を した もの だった。 20 ダイ、 30 ダイ は ほとんど イキ も つかず に、 オオイソギ で とおりすぎて しまった。 そうして やっと ワタシタチ の セイカツ も ラク に なり、 ほっと ヒトイキ ついた か と おもう と、 コンド は オマエ の オトウサマ が おたおれ に なって しまった の だ。 アニ の ユキオ が 18 で、 オマエ が 15 の とき で あった。
 じつの ところ、 ワタシ は その とき まで オトウサマ の ほう が おさきだち なされよう とは ソウゾウ だに して いなかった。 そうして わかい コロ など は、 ワタシ が サキ に しんで しまった ならば、 オトウサマ は どんな に おさびしい こと だろう と、 その こと ばかり いいくらして いた ほど で あった。 それなのに その ビョウシン の ワタシ の ほう が ちいさな オマエタチ と たった 3 ニン きり とりのこされて しまった の だ から、 サイショ の うち は なんだか ぽかん と して しまって いた。
 その うち に やっと はっきり と ふるい シロ か なんぞ の ナカ に ジブン だけ で とりのこされて いる よう な サビシサ が ひしひし と かんぜられて きた。 この おもいがけない デキゴト は、 しかし、 まだ ずいぶん と セケンシラズ の オンナ で あった ワタシ には、 ニンゲン の ウンメイ の ハカナサ を ナニ か ミ に しみる よう に かんじさせた だけ だった。 そうして オトウサマ が おなくなり なさる マエ に、 ワタシ に むかって 「いきて いたら オマエ にも また ナニ か の キボウ が でよう」 と おっしゃられた オコトバ も、 ワタシ には ただ クウキョ な もの と しか おもえない で いた。……

 セイゼン、 オマエ の オトウサマ は たいてい ナツ に なる と、 ワタシ と コドモ たち を カズサ の カイガン に やって、 ゴジブン は オツトメ の ツゴウ で ウチ に いのこって いらっしゃった。 そうして、 1 シュウカン ぐらい キュウカ を おとり に なる と、 ヤマ が おすき だった ので、 ヒトリ で シナノ の ほう へ でかけられた。 しかし ヤマノボリ など を なさる の では なく、 ただ ヤマ の フモト を ドライヴ など なさる の が、 おすき なの で あった。 ……ワタシ は まだ その コロ は、 いつも ゆきつけて いる せい か、 ウミ の ほう が すき だった の だ けれど、 オマエ の オトウサマ の なくなられた トシ の ナツ、 キュウ に ヤマ が こいしく なりだした。 コドモ たち は すこし タイクツ する かも しれない が、 なんだか そんな さびしい ヤマ の ナカ で、 ヒトナツ ぐらい ダレ とも あわず に くらしたかった の だ。 ワタシ は その とき ふと オトウサマ が よく アサマヤマ の フモト の O と いう ムラ の こと を おほめ に なって いた こと を おもいだした。 なんでも ムカシ は ユウメイ な シュクバ だった の だ そう だ けれど、 テツドウ が できて から キュウ に スイビ しだし、 イマ では やっと 20~30 ケン ぐらい しか ジンカ が ない と いう、 そんな O ムラ に、 ワタシ は フシギ に ココロ を ひかれた。 なにしろ オトウサマ が はじめて その ムラ に おいで に なった の は ずいぶん ムカシ の こと らしく、 それまで オトウサマ は よく おなじ アサマヤマ の フモト に ある ガイジン の センキョウシ たち が ブラク して いる K ムラ に おでかけ に なって いた よう で ある が、 ある トシ の ナツ、 ちょうど オトウサマ の ゴタイザイチュウ に、 ヤマツナミ が おこって、 K ムラ イッタイ が すっかり シンスイ して しまった。 その オリ、 オトウサマ は K ムラ に ヒショ して いた ガイジン の センキョウシ や なんか と ともに、 そこ から 2 リ ばかり はなれた O ムラ まで ヒナン なさった の だった。 ……その オリ、 ムカシ の ハンジョウ に ひきかえ、 イマ は すっかり さびれ、 それ が いかにも おちついた、 いい カンジ に なって いる この ちいさな ムラ に しばらく タイザイ し、 そして この ムラ から は オチコチ の ヤマ の チョウボウ が じつに よい こと を おしり に なる と、 それから キュウ に おやみつき に なられた の だ。 そうして その ヨクトシ から は、 ほとんど マイナツ の よう に O ムラ に おでかけ に なって いた よう だった。 それから 2~3 ネン する か しない うち に、 そこ にも ぽつぽつ ベッソウ の よう な もの が たちだした と いう ハナシ だった。 あの ヤマツナミ の オリ、 そこ に ヒナン された カタ の ウチ に でも オトウサマ と おなじ よう に すっかり すき に なった モノ が ある の だろう と わらいながら おっしゃって いた。 が、 あんまり さびしい ところ だし、 フベン な こと も フベン なので、 2~3 ネン ヒト の はいった きり で、 そのまま つかわれず に いる ベッソウ も すくなく は ない らしかった。 ――そんな ベッソウ の ヒトツ でも かって、 キ に いる よう に シュウゼン したら、 すこし フベン な こと さえ シンボウ すれば、 けっこう ワタシタチ にも すめる かも しれない。 そう おもった もの だ から、 ワタシ は ヒト に たのんで テゴロ な イエ を さがして もらう こと に した。
 ワタシ は やっと、 スウホン の、 おおきな ニレ の キ の ある、 スギカワブキ の ヤマゴヤ を、 500~600 ツボ の ジショ-グルミ テ に いれる こと が できた。 フウウ に さらされて、 ミカケ は かなり いたんで いた けれど、 コヤ の ナカ は まだ あたらしくて、 おもった より スミゴコチ が よかった。 コドモ たち が タイクツ し は しない か と それ だけ が シンパイ だった が、 むしろ そんな ヤマ の ナカ では スベテ の もの が めずらしい と みえ、 いろんな ハナ だの コンチュウ など を とって は おとなしく あそんで いた。 キリ の ナカ で、 ウグイス だの、 ヤマバト だの が しきりなし に ないた。 ワタシ が ナマエ を しらない コトリ も、 ワタシタチ が その ナマエ を しりたがる よう な うつくしい ナキゴエ で さえずった。 ナガレ の フチ で クワ の ハ など を たべて いた ヤギ の コ も、 ワタシタチ の スガタ を みる と ひとなつこそう に ちかよって きた。 そういう コヤギ と じゃれあって いる オマエタチ を みて いる と、 ワタシ の ウチ には カナシミ とも なんとも つかない よう な キモチ が こみあげて くる の だった。 しかし その カナシミ に にた もの は、 その コロ ワタシ には ほとんど こころよい ほど の もの に、 それ なく して は ワタシ の セイカツ は まったく クウキョ に なる だろう と おもえる ほど の もの に なって しまって いた。

 それから なにやかや して いる うち に スウネン が すぎた の で あった。 とうとう ユキオ は ダイガク の イカ に はいった。 ショウライ ナニ を する か、 ワタシ は まったく ジユウ に えらばせて おいた の だった。 が、 その イカ に はいった ドウキ と いう の が、 その ガクギョウ に とくに キョウミ を いだいて いる から では なくて、 むしろ ブッシツテキ な キモチ が シュ に なって いる の を しった とき、 ワタシ は、 なんだか ムネ の いたく なる よう な キ が した。 それ は コノママ に くらして いた の では ワタシタチ の わずか な ザイサン も だんだん へる ばかり なので、 ワタシ は それ を ヒトリ で キ を もんで いた けれど、 そんな シンパイ は イッペン も まだ コドモ たち に もらした こと など ない はず で あった。 が、 ユキオ は そういう テン に かけて は、 これまで も フシギ な くらい ビンカン で あった。 そういう ユキオ が どちら か と いう と イッタイ に セイシツ が おとなしすぎて こまる の に はんして、 イモウト の オマエ は オマエ で、 コドモ の うち から キ が つよかった。 ナニ か キ に いらない こと でも ある と、 イチニチジュウ だまって おいで だった。 そういう オマエ が ワタシ には だんだん キヅマリ に なって くる イッポウ だった。 サイショ は オマエ が トシゴロ に なる に つれ、 ますます ワタシ に にて くる ので、 なんだか ワタシ の かんがえて いる こと が、 そっくり オマエ に みすかされて いる よう な キ が する せい かも しれない と おもって いた。 が、 そのうち ワタシ は やっと、 オマエ と ワタシ の にて いる の は ほんの ウワベ だけ で、 ワタシタチ の イケン が イッチ する とき でも、 ワタシ が しゅとして カンジョウ から はいって いって いる の に、 オマエ の ほう は いつも リセイ から きて いる と いう ソウイ に キ が つきだした。 それ が ワタシタチ の キモチ を どうか する と ミョウ に ちぐはぐ に させる の だろう。

 たしか、 ユキオ が ダイガク を ソツギョウ して、 T ビョウイン の ジョシュ に なった ので、 オマエ と ワタシ だけ で その ナツ を O ムラ に すごし に ゆく よう に なった サイショ の トシ で あった。 トナリ の K ムラ には その コロ、 オマエ の オトウサマ の いきて いらしった ジブン の シリアイ が だいぶ ヒショ に くる よう に なって いた。 その ヒ も、 オトウサマ の モト の ドウリョウ だった カタ の、 ある ティ パーティ に まねかれて、 ワタシ は オマエ を ともなって、 そこ の ホテル に でかけた の だった。 まだ テイコク に すこし マ が あった ので、 ワタシタチ は ヴェランダ に でて まって いた。 その とき ワタシ は ひょっくり ミッション スクール ジダイ の オトモダチ で、 イマ は チメイ の ピアニスト に なって いられる アタカ さん に おあい した。 アタカ さん は その とき、 37~38 の、 セ の たかい、 ヤセギス の オトコ の カタ と タチバナシ を されて いた。 それ は ワタシ も イチメンシキ の ある モリ オトヒコ さん だった。 ワタシ より も イツツ か ムッツ トシシタ で、 まだ オヒトリミ の カタ だ けれど、 ブリリアント と いう ジ の ケシン の よう な その オカタ と したしく オハナシ を する だけ の ユウキ は ワタシ には なかった。 アタカ さん と なにやら キ の きいた ジョウダン を かわして いらっしゃる らしい の を、 ワタシタチ だけ は ブコツモノ-らしい カオ を して ながめて いた。 しかし モリ さん は ワタシタチ の そんな キモチ が オワカリ だった と みえ、 アタカ さん が ナニ か ヨウジ が あって その バ を はずされる と、 ワタシタチ の ソバ に ちかづかれて フタコト ミコト はなしかけられた が、 それ は けっして ワタシタチ を こまらせる よう な オハナシカタ では なかった。
 それで ワタシ も つい きやすく なり、 その カタ の オハナシアイテ に なって いた。 きかれる まま に ワタシドモ の いる O ムラ の こと を おはなし する と、 たいへん コウキシン を おもち に なった よう だった。 そのうち アタカ さん を おさそい して おたずね したい と おもいます が よろしゅう ございます か、 アタカ さん が ゆかれなかったら ワタシ ヒトリ でも まいります よ、 など と まで おっしゃった。 ほんの キマグレ から そう おっしゃった の では なく、 なんだか オヒトリ でも いらっしゃりそう な キ が した ほど だった。

 それから 1 シュウカン ばかり たった、 ある ヒ の ゴゴ だった。 ワタシ の ベッソウ の ウラ の、 ゾウキバヤシ の ナカ で ジドウシャ の バクオン らしい もの が おこった。 クルマ など の はいって こられそう も ない ところ だ のに ダレ が そんな ところ に ジドウシャ を のりいれた の だろう、 ミチ でも まちがえた の かしら と おもいながら、 ちょうど ワタシ は 2 カイ の ヘヤ に いた ので マド から みおろす と、 ゾウキバヤシ の ナカ に はさまって とうとう ミウゴキ が とれなく なって しまって いる ジドウシャ の ナカ から、 モリ さん が ヒトリ で おりて こられた。 そして ワタシ の いる マド の ほう を おみあげ に なった が、 ちょうど 1 ポン の ニレ の キ の カゲ に なって、 ムコウ では ワタシ に おきづき に ならない らしかった。 それに、 ウチ の ニワ と、 イマ あの カタ の たって いらっしゃる バショ との アイダ には、 ススキ だの、 こまかい ハナ を さかせた カンボク だの が イチメン に おいしげって いた。 ――その ため、 まちがった ミチ へ ジドウシャ を のりいれられた あの カタ は、 ワタシ の イエ の すぐ ウラ の、 つい そこ まで きて いながら、 それら に さえぎられて、 いつまでも こちら へ いらっしゃれず に いた。 それ が ワタシ には ココロナシ か、 なんだか オヒトリ で ワタシ の ところ へ いらっしゃる の を チュウチョ なさって いられる よう にも おもえた。
 ワタシ は それから シタ へ おりて いって、 とりちらかした チャ テーブル の ウエ など を かたづけながら、 なに くわぬ カオ を して おまち して いた。 やっと ニレ の キ の シタ に モリ さん が あらわれた。 ワタシ は はじめて キ が ついた よう に、 あわてて あの カタ を おむかえ した。
「どうも、 とんだ ところ へ はいりこんで しまいまして……」
 あの カタ は、 ワタシ の マエ に つったった まま、 カンボク の シゲミ の ムコウ に まだ シャタイ の イチブ を のぞかせながら、 しきりなし に バクオン を たてて いる クルマ の ほう を ふりむいて いた。
 ワタシ は ともかく あの カタ を おあげ して おいて、 それから オトナリ へ あそび に いって いる オマエ を よび に でも やろう と おもって いる うち に、 サッキ から すこし あやしかった ソラ が キュウ に くらく なって きて、 いまにも ユウダチ の きそう な ソラアイ に なった。 モリ さん は なんだか こまった よう な カオツキ を なさって、
「アタカ さん を おさそい したら、 なんだか ユウダチ が きそう だ から いや だ と いって いました が、 どうも アタカ さん の ほう が あたった よう です な……」
 そう いわれながら、 たえず その くらく なった ソラ を キ に なさって いた。
 ムコウ の ゾウキバヤシ の ジョウホウ に、 イチメン に フルワタ の よう な クモ が おおいかぶさって いた が、 イッシュンカン、 イナズマ が それ を ジグザグ に ひきさいた。 と おもう と、 その アタリ で すさまじい ライメイ が した。 それから とつぜん、 ヤネイタ に ヒトツカミ の コイシ が たえず なげつけられる よう な オト が しだした。 ……ワタシタチ は しばらく うつけた よう に、 おたがいに カオ を みあわせて いた。 それ は ヒジョウ に ながい ジカン に みえた。 ……それまで ちょっと エンジン の オト を とめて いた ジドウシャ が、 フイ に ヤジュウ の よう に あばれだした。 キ の エダ の おれる オト が ツヅケサマ に ワタシタチ の ミミ にも はいった。
「だいぶ キ の エダ を おった よう です な……」
「ウチ の だ か どこ の だ か わからない ん です から、 よう ございます わ」
 イナズマ が ときどき エダ を おられた それら の カンボク を てらして いた。
 それから まだ しばらく ライメイ が して いた が、 やっと の こと で ムコウ の ゾウキバヤシ の ジョウホウ が うっすら と あかるく なりだした。 ワタシタチ は なんだか ほっと した よう な キモチ が した。 そうして だんだん クサ の ハ が ヒ に ひかりだす の を まぶしそう に みて いる と、 またしても、 ヤネイタ に ぱらぱら と おおきな オト が しだした。 ワタシタチ は おもわず カオ を みあわせた。 が、 それ は ニレ の キ の ハ の シズク する オト だった……
「アメ が あがった よう です から、 すこし そこいら を あるいて ゴラン に なりません?」
 そう いって ワタシ は あの カタ と むかいあった イス から そっと はなれた。 そうして オトナリ へ オマエ を むかえ に やって おいて、 ヒトアシ サキ に、 ムラ の ナカ を ゴアンナイ して いる こと に した。
 ムラ は ちょうど ヨウサン の はじまって いる サナカ だった。 イエナミ は ミナ で 30 ケン-たらず で、 そのうえ タイテイ の イエ は いまにも ホウカイ しそう で、 ナカ には もう なかば かたむきだして いる の さえ あった。 そんな ハイオク に ちかい もの を とりかこみながら、 ただ マメバタケ や トウキビバタケ だけ は モウレツ に ハンモ して いた。 それ は ワタシタチ の キモチ に ミョウ に こたえて くる よう な ナガメ だった。 トチュウ で、 クワ の ハ を おもたそう に せおって くる、 よごれた カオ を した わかい ムスメ たち と イクニン も すれちがいながら、 ワタシタチ は とうとう ムラハズレ の ワカレミチ まで きた。 キタヨリ には アサマヤマ が まだ イチメン に アマグモ を かぶりながら、 その あからんだ ハダ を ところどころ のぞかせて いた。 しかし ミナミ の ほう は もう すっかり はれわたり、 イツモ より ちかぢか と みえる マムコウ の コヤマ の ウエ に マキグモ が ヒトカタマリ のこって いる きり だった。 ワタシタチ が そこ に ぼんやり と たった まま、 キモチ よさそう に つめたい カゼ に ふかれて いる と、 ちょうど その シュンカン、 その マムコウ の コヤマ の テッペン から すこし テマエ の マツバヤシ に かけて、 あたかも それ を マチモウケ でも して いた か の よう に、 ヒトスジ の ニジ が ほのか に みえだした。
「まあ きれい な ニジ だ こと……」 おもわず そう クチ に だしながら ワタシ は パラソル の ナカ から それ を みあげた。 モリ さん も ワタシ の ソバ に たった まま、 まぶしそう に その ニジ を みあげて いた。 そうして なんだか ヒジョウ に おだやか な、 そのくせ ミョウ に コウフン なさって いらっしゃる よう な オモモチ を して いられた。
 そのうち ムコウ の ソンドウ から 1 ダイ の ジドウシャ が ひかりながら はしって きた。 その ナカ で ダレ か が ワタシタチ に むかって テ を ふって いる の が みとめられた。 それ は モリ さん の オクルマ に のせて もらって きた オマエ と オトナリ の アキラ さん だった。 アキラ さん は シャシンキ を もって いらしった。 そうして オマエ が ミミウチ する と、 アキラ さん は その シャシンキ を あの カタ に ヨコ から むけたり した。 ワタシ は コゴト も いえず に、 はらはら して オマエタチ の そんな こどもらしい ハシャギカタ を みて いる より シヨウ が なかった。 あの カタ は しかし それ には オキ が つかない よう な ヨウス を なすって、 すこし シンケイシツ そう に アシモト の クサ を ステッキ で つついたり、 ときどき ワタシ と コトバ を かわしたり しながら、 オマエタチ に とられる が まま に なって いられた。

 それから サン、 ヨッカ、 ゴゴ に なる と、 イッペン は きまって ユウダチ が した。 ユウダチ は どうも クセ に なる らしい。 その たび ごと に、 はげしい ライメイ も した。 ワタシ は マドギワ に こしかけながら、 ニレ の キ-ゴシ に ムコウ の ゾウキバヤシ の ウエ に ひらめく ブキミ な デッサン を、 さも おもしろい もの でも みる よう に みいって いた。 これまで は あんな に カミナリ を こわがった くせ に。……
 ヨクジツ は、 キリ が ふかく、 シュウジツ、 チカク の ヤマヤマ すら みえなかった。 その ヨクジツ も、 アサ の うち は ふかい キリ が かかって いた が、 ショウゴ ちかく なって から ニシカゼ が ふきだし、 いつのまにか キモチ よく はれあがった。
 オマエ は 2~3 ニチ マエ から K ムラ に ゆきたがって おいで だった が、 ワタシ は オテンキ が よく なって から に したら と いって とめて いた ところ、 その ヒ も オマエ が それ を いいだした ので、 「なんだか キョウ は つかれて いて、 ワタシ は いきたく ない から、 それじゃ、 アキラ さん に イッショ に いって いただいたら……」 と ワタシ は すすめて みた。 サイショ の うち は 「そんなら いきたく は ない わ」 と すねて おいで だった が、 ゴゴ に なる と、 キュウ に キゲン を なおして、 アキラ さん を さそって イッショ に でかけて いった。
 が、 1 ジカン も する か しない うち に、 オマエタチ は かえって きて しまった。 あんな に ゆきたがって いた くせ に、 あんまり カエリ が はやすぎる し、 オマエ が なんだか フキゲン そう に カオ を あかく し、 いつも ゲンキ の いい アキラ さん まで が、 すこし ふさいで いる よう に みえる ので、 トチュウ で、 オマエタチ の アイダ に、 ナニ か きまずい こと でも あった の かしら と ワタシ は おもった。 アキラ さん は、 その ヒ は おあがり にも ならない で、 そのまま すぐ かえって ゆかれた。
 その バン、 オマエ は ワタシ に その ヒ の デキゴト を ジブン から はなしだした。 オマエ は K ムラ に ゆく と、 マッサキ に モリ さん の ところ へ おより する キ に なって、 ホテル の ソト で アキラ さん に まって いただいて、 ヒトリ で ナカ に はいって いった。 ちょうど ゴサンゴ だった ので、 ホテル の ナカ は ひっそり と して いた。 ボーイ らしい モノ の スガタ も みえない ので、 チョウバ で イネムリ を して いた セビロフク の オトコ に、 モリ さん の ヘヤ の バンゴウ を おそわる と、 ヒトリ で 2 カイ に あがって いった。 そして おそわった バンゴウ の ヘヤ の ドア を たたく と、 ナカ から あの カタ らしい コエ が した ので、 いきなり その ドア を あけた。 オマエ を ボーイ か なんか だ と おもわれて いた らしく、 あの カタ は ベッド に ヨコ に なった まま、 なにやら ホン を よんで いた。 オマエ が はいって ゆく の を みる と、 あの カタ は びっくり なさった よう に、 ベッド の ウエ に すわりなおされた。
「オヤスミ だった ん です か?」
「いいえ、 こう やって ホン を よんで いた だけ なん です」
 そう いいながら、 あの カタ は しばらく オマエ の ハイゴ に じっと メ を やって いた。 それから やっと キ が ついた よう に、
「オヒトリ なん です か?」 と オマエ に きいた。
「ええ……」 オマエ は なんだか トウワク しながら、 そのまま ミナミムキ の マド の フチ に ちかよって いった。
「まあ、 ヤマユリ が よく においます こと」
 すると、 あの カタ も ベッド から おりて いらしって、 オマエ の トナリ に おたち に なった。
「ワタシ は どうも それ を かいで いる と ズツウ が して くる ん です」
「オカアサン も、 ユリ の ニオイ は おきらい よ」
「オカアサン も ね……」
 あの カタ は なぜかしら ひどく ソッケ の ない ヘンジ を なさった。 オマエ は すこし むっと した。 ……その とき、 ムコウ の チン の キヅタ の からんだ ヨツメガキ-ゴシ に、 シャシンキ を テ に した アキラ さん の スガタ が ちらちら と みえたり かくれたり して いる の に オマエ は キ が ついた。 あんな に ホテル の ソト で まって いる と オマエ に かたく ヤクソク して おきながら、 いつのまにか ホテル の ニワ へ はいりこんで いる そんな アキラ さん の スガタ を みとめる と、 オマエ は オマエ の いくぶん こじれた キモチ を コンド は アキラ さん の ほう へ むけだして いた。
「あれ は アキラ さん でしょう?」
 あの カタ は それ に キ が つく と、 いきなり オマエ に そう おっしゃった。 そうして それから キュウ に なんだか オマエ に キョウミ を おもち に なった よう に、 じっと オマエ を みつめだした。 オマエ は おもわず マッカ な カオ を して、 あの カタ の ヘヤ を とびだして しまった。……
 そんな みじかい モノガタリ を ききながら、 ワタシ は オマエ は なんて まあ こどもらしい ん だろう と おもった。 そして それ が いかにも シゼン に みえた ので、 コノゴロ どうか する と オマエ は ミョウ に おとなびて みえたり した の は まったく ワタシ の オモイチガイ だった の かしら と おもわれる くらい で あった。 そうして ワタシ は オマエ ジシン にも よく わからない らしかった、 あの とき の ハズカシサ とも イカリ とも つかない もの の ゲンイン を それ イジョウ しろう とは しなかった。

 それから スウジツ-ゴ、 トウキョウ から デンポウ が きて、 ユキオ が チョウ カタル を おこして ねこんで いる から、 ダレ か ヒトリ かえって くれ と いう ので、 とりあえず オマエ だけ が キキョウ した。 オマエ の シュッパツ した アト へ、 モリ さん から オテガミ が きた。

 センジツ は いろいろ ありがとう ございました。
 O ムラ は ワタシ も たいへん すき に なりました。 ワタシ も ああいう ところ に イントン できたら と ガラ に ない こと まで かんがえて います。 しかし コノゴロ の キモチ は かえって ふたたび 24~25 に なった よう な、 なにやら ワケ の わからぬ コウフン を かんじて いる くらい です。
 ことに あの ムラハズレ で ゴイッショ に うつくしい ニジ を あおいだ とき は、 ホントウ に これまで なにやら ゆきづまって いた よう で あんたん と して いた ワタシ の キモチ も キュウ に ひらけだした よう な キ が しました。 これ は まったく アナタ の おかげ だ と おもって おります。 あの オリ、 ワタシ は ある ジジョデン-フウ な ショウセツ の ヒント を まで えました。
 アス、 ワタシ は キキョウ いたす つもり です が、 いずれ また、 オメ に かかって ゆっくり おはなし したい と おもいます。 スウジツ マエ オジョウサン が おみえ に なりました が、 ワタシ の しらない アイダ に、 おかえり に なって いました。 どう なさった の です か?

 ワタシ が この テガミ を よむ ソバ に、 もし オマエ が オイデ だったら、 ワタシ には この テガミ は もっと ふかい イミ の もの に とれた かも しれない。 しかし、 ワタシ ヒトリ きり だった こと が、 よんだ アト で ヘイキ で それ を ホカ の ユウビンブツ と イッショ に ツクエ の ウエ に ほうりださせて おいた。 それ が ワタシ に この テガミ を ごく なんでも ない もの の よう に おもいこませて くれた。
 おなじ ヒ の ゴゴ、 アキラ さん が いらしって、 オマエ が もう キキョウ された こと を しる と、 そんな トツゼン の シュッパツ が なんだか ゴジブン の せい では ない か と うたがう よう な、 かなしそう な カオ を して、 おあがり にも ならず に かえって ゆかれた。 アキラ さん は いい カタ だ けれど、 はやく から リョウシン を なくなされた せい か、 どうも すこし シンケイシツ-すぎる よう だ。……
 この 2~3 ニチ で、 ホントウ に あきめいて きて しまった。 アサ など、 こうして マドギワ に ヒトリ きり で なんと いう こと なし に モノオモイ に ふけって いる と、 ムコウ の ゾウキバヤシ の アイダ から これまで は ぼんやり と しか みえなかった ヤマヤマ の ヒダ まで が ヒトツヒトツ くっきり と みえて くる よう に、 すぎさった ヒビ の トリトメ の ない オモイデ が、 その ビサイ な もの まで ワタシ に おもいだされて くる よう な キ が する。 が、 それ は そんな キモチ の する だけ で、 ワタシ の ウチ には ただ、 なんとも イイヨウ の ない クイ の よう な もの が わいて くる ばかり だ。
 ヒグレドキ など、 ミナミ の ほう で しきりなし に イナビカリ が する。 オト も なく。 ワタシ は ぼんやり ホオヅエ を ついて、 わかい コロ よく そう する クセ が あった よう に マドガラス に ジブン の ヒタイ を おしつけながら、 それ を あかず に ながめて いる。 ケイレンテキ に マタタキ を して いる、 あおざめた ヒトツ の カオ を ガラス の ムコウ に うかべながら……

 その フユ に なって から、 ワタシ は ある ザッシ に モリ さん の 「ハンセイ」 と いう ショウセツ を よんだ。 これ が あの O ムラ で アンジ を えた と おっしゃって いた サクヒン なの で あろう と おもわれた。 ゴジブン の ハンセイ を ショウセツテキ に おかき なさろう と した もの らしかった が、 それ には まだ ずっと おちいさい とき の こと しか でて こなかった。 そういう イチブブン だけ でも、 あの カタ が どういう もの を おかき に なろう と して いる の か ケントウ の つかない こと も なかった。 が、 この サクヒン の チョウシ には、 これまで あの カタ の サクヒン に ついぞ みた こと の ない よう な フシギ に ユウウツ な もの が あった。 しかし その みしらない もの は、 ずっと マエ から あの カタ の サクヒン の ウチ に ふかく センザイ して いた もの で あって、 ただ、 ワレワレ の マエ に あの カタ の いつわられて いた ブリリアント な チョウシ の ため すっかり おおいかくされて いた に すぎない よう に おもわれる もの だった。 ――こういう ナマ な チョウシ で おかき に なる の は あの カタ と して は たいへん おくるしい だろう とは おさっし する が、 どうか カンセイ なさる よう に と ココロ から おいのり して いた。 が、 その 「ハンセイ」 は サイショ の ブブン が ハッピョウ された きり で、 とうとう そのまま なげだされた よう だった。 それ は ナニ か ワタシ には あの カタ の ゼント の タナン な こと を ヨカン させる よう で ならなかった。
 2 ガツ の スエ、 モリ さん が その トシ に なって から の はじめて の オテガミ を くださった。 ワタシ の さしあげた ネンガジョウ にも ヘンジ の かけなかった オワビ やら、 クレ から ずっと シンケイ スイジャク で おなやみ に なって いられる こと など かきそえられ、 それ に ナニ か ザッシ の キリヌキ の よう な もの を ドウフウ されて いた。 なにげなく それ を ひらいて みる と、 それ は ある トシウエ の オンナ に あたえられた イチレン の レンアイシ の よう な もの で あった。 なんだって こんな もの を ワタシ の ところ に おおくり に なった の かしら と いぶかりながら、 ふと サイゴ の イッセツ、 ―― 「いかで おしむ べき ほど の ワガミ かは。 ただ うれう、 キミ が ナ の……」 と いう ク を なんの こと やら わからず に くちずさんで いる うち、 これ は ひょっと する と ワタシ に あてられた もの かも しれない と おもいだした。 そう おもう と、 ワタシ は サイショ なんとも いえず バツ の わるい よう な キ が した。 ――それから コンド は、 それ が もし ホントウ に そう なの なら、 こんな こと を おかき に なったり して は こまる と いう、 ごく セケンナミ の カンジョウ が ワタシ を シハイ しだした。 ……たとえ、 そういう オキモチ が おあり だった に せよ、 そのまま そっと して おいたら、 ダレ も しらず、 ワタシ も しらず、 そして おそらく あの カタ ジシン も しらぬ マ に それ は わすれさられ、 ほうむられて しまう に ちがいない。 なぜ そんな うつろいやすい よう な オキモチ を、 こんな エンキョク な ホウホウ に せよ、 ワタシ に おうちあけ に なった の だろう? イマ まで の よう に、 ムコウ も こちら も そういう キモチ を イシキ せず に あつきあい して いる の なら いい が、 いったん イシキ しあった うえ では、 もう これから は おあい する こと さえ できない。……
 そうして ワタシ は あの カタ の そんな ヒトリヨガリ を おせめ したい キモチ で いっぱい に なって いた。 しかし、 そういう あの カタ を ワタシ は どうしても にくむ よう な キモチ には なれなかった。 そこ に ワタシ の ヨワミ が あった よう に おもわれる。 ……が、 ワタシ は その スウヘン の シ が ワタシ に あてられた もの で ある こと を しりうる の は、 おそらく ワタシ ヒトリ ぐらい な もの で あろう こと に キ が つく と、 ナニ か ほっと しながら、 その シヘン を やぶらず に ジブン の ツクエ の ヒキダシ の ずっと オク の ほう に しまって しまった。 そうして ワタシ は なんとも ない よう な フウ を して いた。
 ちょうど、 オマエタチ と ユウガタ の ショクジ に むかって いる とき だった。 ワタシ は スープ を すすろう と しかけた とき、 ふと あの シヘン が 「スバル」 から の キリヌキ で あった こと を おもいだした。 (それまで も それ に キ が ついて いた が、 それ が なんの ザッシ だろう と ワタシ は べつに モンダイ に して いなかった の だ。) そして その ザッシ なら、 マイゴウ ワタシ の ところ にも おくって きて ある はず だ が、 コノゴロ テ にも とらず に ほうって ある ので、 もしか したら ワタシ の しらぬ マ に、 ニイサン は ともかく、 オマエ は もう その シ を よんで いる かも しれなかった。 これ は とんでもない こと に なった、 と ワタシ は はじめて かんがえだした。 なんだか キ の せい か、 オマエ は サッキ から ワタシ の ほう を みて みない フリ を して おいで の よう で ならなかった。 すると とつぜん、 ワタシ の ウチ に ダレ に とも つかない イカリ が こみあげて きた。 しかし ワタシ は いかにも つつましそう に スープ の サジ を うごかして いた。……

 その ヒ から と いう もの、 ワタシ は あの カタ が ワタシ の マワリ に おひろげ に なった、 みしらない、 なんとなく むなぐるしい よう な フンイキ の ナカ に くらしだした。 ワタシ の おあい する ヒトタチ と いえば、 ダレ も カ も ミンナ が ワタシ を ナニ か ケゲン そう な カオ を して みて いる よう な キ が されて ならなかった。 そうして それから スウ-シュウカン と いう もの は、 ワタシ は オマエタチ に カオ を あわせる の さえ さける よう に して、 ジブン の ヘヤ に とじこもって いた。 ワタシ は ただ じっと して ワタシ の ミ に せまろう と して いる なにやら ワタシ にも わからない もの から ミ を はずしながら、 それ が ワタシタチ の ソバ を とおりすぎて しまう の を まって いる より ホカ は ない よう な キ が した。 とにかく それ を ワタシタチ の ナカ に はいりこませ、 もつれさせ さえ しなければ、 ワタシタチ は すくわれる。 そう ワタシ は しんじて いた。
 そうして ワタシ は こんな オモイ を して いる より も いっそ の こと はやく トシ を とって しまえたら と さえ おもった。 ジブン さえ もっと トシ を とって しまい、 そうして もう おんならしく なくなって しまえたら、 たとえ どこ で あの カタ と おあい しよう とも、 ワタシ は しずか な キモチ で オハナシ が できる だろう。 ――しかし イマ の ワタシ は、 どうも トシ が チュウト ハンパ なの が いけない の だ。 ああ、 イッペン に トシ が とって しまえる もの なら……
 そんな こと まで おもいつめる よう に しながら、 ワタシ は この ヒゴロ、 すこし マエ より も やせ、 ジョウミャク の いくぶん うきだして きた ジブン の テ を しげしげ と みまもって いる こと が おおかった。

 その トシ は カラツユ で あった。 そうして 6 ガツ の スエ から 7 ガツ の ハジメ に かけて、 マナツ の よう に あつい ヒデリ が つづいて いた。 ワタシ は めっきり カラダ が おとろえた よう な キ が し、 ヒトリ だけ サキ に、 ハヤメ に O ムラ に でかけた。 が、 それから 1 シュウカン する か しない うち に、 キュウ に ツユ-ギミ の アメ が ふりだし、 それ が マイニチ の よう に ふりつづいた。 カンケツテキ に オヤミ には なった が、 しかし そんな とき は キリ が ひどくて、 チカク の ヤマヤマ すら ほとんど その スガタ を みせず に いた。
 ワタシ は そんな うっとうしい オテンキ を かえって いい こと に して いた。 それ が ワタシ の コドク を カンゼン に まもって いて くれた から だった。 イチニチ は ホカ の ヒ に にて いた。 ひえびえ と した アメ が あちらこちら に たまって いる ニレ の オチバ を くさらせ、 それ を イチメン に におわせて いた。 ただ コトリ だけ は マイニチ ちがった の が、 かわるがわる、 ニワ の コズエ に やって きて ちがった コエ で ないて いた。 ワタシ は マド に ちかよりながら、 どんな コトリ だろう と みよう と する と、 コノゴロ すこし メ が わるく なって きた の か、 いつまでも それ が みあたらず に いる こと が あった。 その こと は なかば ワタシ を かなしませ、 なかば ワタシ の キ に いった。 が、 そうして いつまでも うつけた よう に、 かすか に ゆれうごいて いる コズエ を みあげて いる と、 いきなり ワタシ の メノマエ に、 クモ が ながく イト を ひきながら おちて きて、 ワタシ を びっくり させたり した。
 その うち に、 こんな に わるい ヨウキ だ けれど、 ぼつぼつ と ベッソウ の ヒトタチ も きだした らしい。 2~3 ド、 ワタシ は ウラ の ゾウキバヤシ の ナカ を、 さびしそう に レーンコート を ひっかけた きり で とおって ゆく アキラ さん らしい スガタ を おみかけ した が、 まだ ワタシ きり な こと を しって いらっしゃる から か、 いつも ウチ へは おたちより に ならなかった。
 8 ガツ に はいって も、 まだ ツユ-じみた テンコウ が つづいて いた。 その うち に オマエ も やって きた し、 モリ さん が また K ムラ に いらしって いる とか、 これから いらっしゃる の だ とか、 あんまり はっきり しない ウワサ を ミミ に した。 なぜ また こんな わるい ヨウキ だ のに あの カタ は いらっしゃる の かしら? あそこ まで いらっしたら、 こちら へも おみえ に なる かも しれない が、 ワタシ は イマ の よう な キモチ では まだ オメ に かからない ほう が いい と おもう。 しかし そんな テガミ を わざわざ さしあげる の も ナン だ から、 いらしったら いらしった で いい、 その とき こそ、 ワタシ は あの カタ に よく オハナシ を しよう。 その バ に ナオコ も よんで、 あの コ に よく ナットク できる よう に、 オハナシ を しよう。 ナニ を いおう か など とは かんがえない ほう が いい。 ほうって おけば、 いう こと は ひとりでに でて くる もの だ……。

 そのうち ときどき ハレマ も みえる よう に なり、 どうか する と ニワ の オモテ に うっすら と ヒ の さしこんで くる よう な こと も あった。 すぐ また それ は かげり は した けれど。 ワタシ は、 コノゴロ ニワ の マンナカ の ニレ の キ の シタ に マルキ の ベンチ を つくらせた、 その ベンチ の ウエ に ニレ の キ の カゲ が うっすら と あたったり、 それ が また しだいに よわまりながら、 だんだん きえて ゆきそう に なる―― そういう タエマ の ない ヘンカ を、 ナニ か に おびやかされて いる よう な キモチ が しながら みまもって いた。 あたかも コノゴロ の ジブン の フアン な、 おちつかない ココロ を そっくり そのまま それ に みいだし でも して いる よう に。

 それから スウジツ-ゴ、 かあっと ヒ の てりつける よう な ヒ が つづきだした。 しかし その ヒザシ は すでに アキ の ヒザシ で あった。 まだ ニッチュウ は とても あつかった けれども。 ――モリ さん が とつぜん おみえ に なった の は、 そんな ヒ の、 それ も あつい サカリ の ショウゴ ちかく で あった。
 あの カタ は おどろく ほど ショウスイ なすって いられる よう に みえた。 その オヤセカタ や オカオイロ の わるい こと は、 ワタシ の ムネ を いっぱい に させた。 あの カタ に おあい する まで は、 コノゴロ、 めだつ ほど ふけだした ワタシ の ヨウス を、 あの カタ が どんな メ で おみ に なる か と かなり キ にも して いた が、 ワタシ は そんな こと は すっかり わすれて しまった くらい で あった。 そうして ワタシ は キ を ひきたてる よう に して あの カタ と セケンナミ の アイサツ など を かわして いる うち に、 その アイダ ワタシ の ほう を しげしげ と みて いらっしゃる あの カタ の くらい マナザシ に ワタシ の やつれた ヨウス が あの カタ をも おなじ よう に かなしませて いる らしい こと を やっと きづきだした。 ワタシ は ココロ の おしつぶされそう なの を やっと こらえながら、 ヒョウメン だけ は いかにも ものしずか な ヨウス を いつわって いた。 が、 ワタシ には その とき それ が せいいっぱい で、 あの カタ が いらしったら オハナシ を しよう と ケッシン して いた こと など は、 とても イマ きりだす だけ の ユウキ は ない よう に おもえた。
 やっと ナオコ が ジョチュウ に コウチャ の ドウグ を もたせて でて きた。 ワタシ は それ を うけとって、 あの カタ に おすすめ しながら、 オマエ が ナニ か あの カタ に ブアイソウ な こと でも なさり は すまい か と、 かえって そんな こと を キ に して いた。 が、 その とき、 ワタシ の まったく おもいがけなかった こと には、 オマエ は いかにも キゲン よさそう に、 しかも おどろく ほど たくみ な ハナシブリ で あの カタ の アイテ を なさりだした の だ。 コノゴロ ジブン の こと ばかり に こだわって いて、 オマエタチ の こと は ちっとも かまわず に いた こと を ハンセイ させられた ほど、 その とき の オマエ の おとなびた ヨウス は ワタシ には おもいがけなかった。 ――そういう オマエ を アイテ に なさって いる ほう が あの カタ にも よほど キラク だ と みえ、 ワタシ だけ を アイテ に されて いた とき より も ずっと オゲンキ に なられた よう だった。
 その うち に ハナシ が ちょっと とだえる と、 あの カタ は ひどく おつかれ に なって いられる よう な ゴヨウス だ のに、 キュウ に たちあがられて、 もう イチド キョネン みた ムラ の ふるい イエナミ が みて きたい と おっしゃられる ので、 ワタシタチ も そこ まで オトモ を する こと に した。 しかし ちょうど ヒザカリ で、 スナ の しろく かわいた ミチ の ウエ には ワタシタチ の カゲ すら ほとんど おちない くらい だった。 トコロドコロ に バフン が ひかって いた。 そうして その ウエ には イクツ も ちいさな しろい チョウ が むらがって いた。 やっと ムラ に はいる と、 ワタシタチ は ときどき ヒ を よける ため ミチバタ の ノウカ の マエ に たちどまって、 キョネン と おなじ よう に カイコ を かって いる イエ の ナカ の ヨウス を うかがったり、 ワタシタチ の アタマ の ウエ に いまにも くずれて きそう な くらい に かたむいた ふるい ノキ の コウシ を みあげたり、 また、 キョネン まで は まだ わずか に のこって いた スナカベ が イマ は もう アトカタ も なくなって、 そこ が すっかり トウキビバタケ に なって いる の を みとめたり しながら、 なんと いう こと も なし に メ を みあわせたり した。 とうとう キョネン の ムラハズレ まで きた。 アサマヤマ は ワタシタチ の すぐ メノマエ に、 きみわるい くらい おおきい カンジ で、 マツバヤシ の ウエ に くっきり と もりあがって いた。 それ には ナニ か その とき の ワタシ の キモチ に ミョウ に こたえて くる もの が あった。
 しばらく の アイダ、 ワタシタチ は その ムラハズレ の ワカレミチ に、 ジブン たち が ムゴン で いる こと も わすれた よう に、 うつけた ヨウス で たちつくして いた。 その とき ムラ の マンナカ から ショウゴ を しらせる にぶい カネ の ネ が だしぬけ に きこえて きた。 それ が そんな チンモク を やっと ワタシタチ にも きづかせた。 モリ さん は ときどき キ に なる よう に ムコウ の しろく かわいた ソンドウ を みて いられた。 ムカエ の ジドウシャ が もう くる はず だった の だ。 ――やがて それ らしい ジドウシャ が モウレツ な ホコリ を あげながら とんで くる の が みえだした。 その ホコリ を さけよう と して、 ワタシタチ は ミチバタ の クサ の ナカ へ はいった。 が、 ダレヒトリ その ジドウシャ を よびとめよう とも しない で、 そのまま クサ の ナカ に ぼんやり と つったって いた。 それ は ほんの わずか な ジカン だった の だろう けれど、 ワタシ には ながい こと の よう に おもえた。 その アイダ ワタシ は ナニ か せつない よう な ユメ を みながら、 それ から さめたい の だ が、 いつまでも それ が つづいて いて さめられない よう な キ さえ して いた。……
 ジドウシャ は、 ずっと ムコウ まで ゆきすぎて から、 やっと ワタシタチ に キ が ついて ひっかえして きた。 その クルマ の ナカ に よろめく よう に おのり に なって から、 モリ さん は ワタシタチ の ほう へ ボウシ に ちょっと テ を かけて エシャク された きり だった。 ……その クルマ が また ホコリ を あげながら たちさった アト も、 ワタシタチ は フタリ とも パラソル で その ホコリ を さけながら、 いつまでも だまって クサ の ナカ に たって いた。
 キョネン と おなじ ムラハズレ での、 キョネン と ほとんど おなじ よう な ワカレ、 ―――それだのに、 まあ なんと キョネン の その とき とは なにもかも が かわって しまって いる の だろう。 ナニ が ワタシタチ の ウエ に おこり、 そして すぎさった の で あろう?
「さっき ここいら で ヒルガオ を みた ん だ けれど、 もう ない わね」
 ワタシ は そんな カンガエ から ジブン の ココロ を そらせよう と して、 ほとんど クチ から デマカセ に いった。
「ヒルガオ?」
「だって、 さっき ヒルガオ が さいて いる と いった の は オマエ じゃ なかった?」
「ワタシ、 しらない わ……」
 オマエ は ワタシ の ほう を ケゲン そう に みつめた。 さっき どうしても みた よう な キ の した その ハナ は、 しかし、 いくら そこら を メ で さがして みて も もう みつからなかった。 ワタシ には それ が なんだか ひどく キミョウ な こと の よう に おもわれた。 が、 ツギ の シュンカン には こんな こと を ひどく キミョウ に おもったり する の は、 よほど ワタシ ジシン の キモチ が どうか して いる の だろう と いう キ が しだして いた。……

 それから 2~3 ニチ する か しない うち に、 モリ さん から これから キュウ に キソ の ほう へ たたれる と いう オハガキ を いただいた。 ワタシ は あの カタ に おあい したら あれほど おはなし して おこう と ケッシン して いた の だ が、 へんに はぐれて しまった の を ナニ か コウカイ したい よう な キモチ で あった。 が、 イッポウ では、 ああ やって ナニゴト も なかった よう に おあい し、 そうして ナニゴト も なかった よう に おわかれ した の も かえって いい こと だった かも しれない、 ――そう、 ジブン ジシン に いって きかせながら、 いくぶん ジブン に アンシン を しいる よう な キモチ で いた。 そうして その イッポウ、 ワタシ は、 ジブン たち の ウンメイ にも かんする よう な ナニモノ か が―― キョウ で なければ、 アス にも その ショウタイ が はっきり と なりそう な、 しかし そう なる こと が ワタシタチ の ウンメイ を よく させる か、 わるく させる か それ すら わからない よう な ナニモノ か が―― イッテキ の アメ をも おとさず に ムラ の ウエ を よぎって ゆく くらい クモ の よう に、 ジブン たち の ウエ を とおりすぎて いって しまう よう に と ねがって いた。……
 ある バン の こと で あった。 ワタシ は もう ミンナ が ねしずまった アト も、 なんだか むなぐるしくて ねむれそう も なかった ので ヒトリ で こっそり コガイ に でて いった。 そうして、 しばらく マックラ な ハヤシ の ナカ を ヒトリ で あるいて いる うち に ようやく ココロモチ が よく なって きた ので、 イエ の ほう へ もどって くる と、 さっき デガケ に みんな けして きた はず の ヒロマ の デンキ が、 いつのまにか ヒトツ だけ ついて いる の に キ が ついた。 オマエ は もう ねて しまった と ばかり おもって いた ので、 ダレ だろう と おもいながら、 ニレ の キ の シタ に ちょっと たちどまった まま みて いる と、 いつも ワタシ の すわりつけて いる マドギワ で、 ワタシ が よく そうして いる よう に マドガラス に ジブン の ヒタイ を おしつけながら、 ナオコ が じっと クウ を みつめて いる らしい の が みとめられた。
 オマエ の カオ は ほとんど ギャッコウセン に なって いる ので、 どんな ヒョウジョウ を して いる の か ぜんぜん わからなかった が、 ニレ の キ の シタ に たって いる ワタシ にも、 オマエ は まだ すこしも きづいて いない らしかった。 ――そういう オマエ の ものおもわしげ な スガタ は なんだか そんな とき の ワタシ に そっくり の よう な キ が された。
 その とき、 ヒトツ の ソウネン が ワタシ を とらえた。 それ は さっき ワタシ が コガイ に でて いった の を しる と、 オマエ は ナニ か キュウ に キガカリ に なって、 そこ へ おりて きて、 ワタシ の こと を ずっと かんがえて おいで だった に ちがいない と いう ソウネン で あった。 おそらく オマエ は それ と しらず に そんな ワタシ と そっくり な シセイ を して いる の だろう が、 それ は オマエ が ワタシ の こと を たちいって かんがえて いる うち に しらずしらず ワタシ と ドウカ して いる ため に ちがいなかった。 イマ、 オマエ は ワタシ の こと を かんがえて おいで なの だ。 もう すっかり オマエ の ココロ の ソト へ でて いって しまって、 もう トリカエシ の つかなく なった もの でも ある か の よう に、 ワタシ の こと を かんがえて おいで なの だ。
 いいえ、 ワタシ は オマエ の ソバ から けっして はなれよう とは しませぬ。 それだのに オマエ の ほう で コノゴロ ワタシ を さけよう さけよう と して ばかり いる。 それ が ワタシ に まるで ジブン の こと を つみぶかい オンナ か なんぞ の よう に おそれさせだして いる だけ なの だ。 ああ、 ワタシタチ は どうして もっと ホカ の ヒトタチ の よう に キョシン に いきられない の かしら?……
 そう ココロ の ナカ で オマエ に うったえかけながら、 ワタシ は いかにも なにげない よう に イエ の ナカ に はいって ゆき、 ムゴン の まま で オマエ の ハイゴ を とおりぬけよう と する と、 オマエ は いきなり ワタシ の ほう を むいて、 ほとんど なじる よう な ゴキ で、
「どこ へ いって いらしった の?」 と ワタシ に きいた。 ワタシ は オマエ が ワタシ の こと で どんな に にがい キモチ に させられて いる か を せつない ほど はっきり かんじた。

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