カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ナオコ 「ナオコ 4」

2020-08-07 | ホリ タツオ
 19

 それまで ナオコ は、 ケイスケ の ハハ から いつも ぶあつい テガミ を もらって も、 マクラモト に うちすてて おいた まま すぐ それ を ひらこう とは せず、 また、 それ を イチド も ケンオ の ジョウ なし には ひらいた こと は なかった。 そして カノジョ は その ツギ には、 それ イジョウ の ケンオ に うちかって、 ココロ にも ない コトバ を ヒトツヒトツ クフウ しながら、 それ に たいする ヘンジ を したためなければ ならなかった。
 ナオコ は しかし フユ に ちかづく ジブン から、 その シュウト の テガミ の ナカ に ナニ か イマ まで の ムナシサ とは ちがった もの を じょじょ に かんじだして は いた。 カノジョ は その テガミ の モンク に いちいち これまで の よう に マユ を ひそめたり しない でも それ を よみすごせる よう に なった。 カノジョ は あいかわらず シュウト の テガミ が くる ごと に メンドウ そう に それ を すぐ ひらき も せず、 ながい こと マクラモト に おいた きり には して いた が、 イチド それ を テ に とる と いつまでも それ を てばなさない で いた。 なぜ それ が イマ まで の よう な フユカイ な もの で なくなって きた か、 カノジョ は べつに それ を キ に とめて かんがえて みよう とも しなかった が、 ヒト-テガミ ごと に、 シュウト の たどたどしい フデツキ を とおして、 ますます そこ に かかれて いる ケイスケ の コノゴロ の いかにも うちしずんだ よう な ヨウス が カノジョ にも いきいき と かんぜられる よう に なって きた こと を、 ナオコ は ジブン に いなもう とは しなかった。
 アキラ が おとずれて から スウジツ-ゴ の、 ある ゆきぐもった ユウガタ、 ナオコ は いつも おなじ ハイイロ の フウトウ に はいった シュウト の テガミ を うけとる と、 やっぱり イツモ の よう に メンドウ そう に テ に とらず に いた が、 しばらく して から ひょっと したら ナニ か かわった こと でも おきた の では ない かしら と おもいだし、 そう おもう と コンド は いそいで フウ を きった。 が、 それ には コノマエ の テガミ と ほとんど かわらない こと しか かいて は なくて、 カノジョ の イッシュン マエ に クウソウ した よう に ケイスケ も とつぜん キトク には なって いなかった ので、 カノジョ は なんだか シツボウ した よう に みえた。 それでも その テガミ の ハシリガキ の ところ が よみにくかった し、 そんな ところ は いそいで とばしとばし よんで いた ので、 もう イッペン サイショ から テイネイ に よみかえして みた。 それから カノジョ は しばらく かんがえぶかそう に メ を つぶって いた が、 キ が ついて ユウガタ の ケンオン を し、 あいかわらず 7 ド 2 ブ なの を たしかめる と、 シンダイ に ヨコ に なった まま、 カミ と エンピツ を とって、 いかにも かく こと が なくて こまった よう な テツキ で シュウト への ヘンジ を かきだした。 ―― 「キノウ キョウ の こちら の おさむい こと と いったら とても ハナシ に なりません。 しかし、 リョウヨウジョ の オイシャ サマ たち は こちら で フユ を シンボウ すれば すっかり モトドオリ の カラダ に して やる から と いって、 オカアサマ の おっしゃる よう に なかなか イエ へは かえして くれそう にも ない の です。 ホントウ に オカアサマ のみ ならず、 ケイスケ サマ にも さぞ……」 カノジョ は こう かきだして、 それから しばらく エンピツ の ハシ で ジブン の やつれた ホオ を なでながら、 カノジョ の オット の うちしずんだ ヨウス を ジブン の マエ に サマザマ に おもいえがいた。 いつも そんな メツキ で カノジョ が みつめる と すぐ カレ が それ から カオ を そらせて しまう、 あの みすえる よう な マナザシ を、 つい イマ も しらずしらず に それら の オット の スガタ へ そそぎながら……
「そんな メツキ で オレ を みない で くれない か」 そう カレ が とうとう たまらなく なった よう に カノジョ に むかって いった、 あの ゴウウ に とじこめられた ヒ の フアン そう だった カレ の ヨウス が、 キュウ に カレ の ホカ の サマザマ な スガタ に たちかわって、 カノジョ の ココロ の ゼンブ を しめだした。 カノジョ は その うち に ひとりでに メ を つぶり、 その アラシ の ナカ での よう に、 すこし ブキミ な オモイダシ ワライ の よう な もの を なんとはなし に うかべて いた。

 くる ヒ も くる ヒ も、 ユキグモリ の くもった ヒ が つづいて いた。 ときどき どこ か の ヤマ から ちらちら と それ らしい しろい もの が カゼ に ふきとばされて きたり する と、 いよいよ ユキ だな と カンジャ たち の いいあって いる の が きこえた が、 それ は それきり に なって、 いぜん と して ソラ は くもった まま で いた。 すいつく よう な サムサ だった。 こんな インキ な フユゾラ の シタ を、 イマゴロ アキラ は あの タビビト-らしく も ない ショウスイ した スガタ で、 みしらない ムラ から ムラ へ と、 おそらく カレ の もとめて きた もの は いまだ えられ も せず に (それ が ナニ か カノジョ には わからなかった が)、 どんな ゼツボウ の オモイ を して あるいて いる だろう と、 ナオコ は そんな つかれた よう な スガタ を かんがえれば かんがえる ほど ジブン も ナニ か ジンセイ に たいする ある ケツイ を うながされながら、 その オサナナジミ の ウエ を ココロ から おもいやって いる よう な こと も あった。
「ワタシ には アキラ さん の よう に ジブン で どうしても したい と おもう こと なんぞ ない ん だわ」 そんな とき ナオコ は しみじみ と かんがえる の だった。 「それ は ワタシ が もう ケッコン した オンナ だ から なの だろう か? そして もう ワタシ にも、 ホカ の ケッコン した オンナ の よう に ジブン で ない もの の ナカ に いきる より ホカ は ない の だろう か?……」

 20

 ある ユウガタ、 シンシュウ の オク から ハンビョウニン の ツヅキ アキラ を のせた ノボリ レッシャ は だんだん ジョウシュウ との クニザカイ に ちかい O ムラ に ちかづいて きた。
 1 シュウカン ばかり の インウツ な フユ の タビ に アキラ は すっかり つかれきって いた。 ひどい セキ を しつづけ、 ネツ も かなり ありそう だった。 アキラ は メ を つぶった まま、 マドワク に ぐったり と カラダ を もたらせながら、 ときどき カオ を あげ、 マド の ソト に カレ に とって は なつかしい カラマツ や ナラ など の カレキバヤシ の おおく なりだした の を ぼんやり と かんじて いた。
 アキラ は せっかく 1 カゲツ の キュウカ を もらって コンゴ の ミ の フリカタ を かんがえる ため に でて きた フユ の タビ を このまま むなしく おえる キ には どうしても なれなかった。 それ では あまり ヨキ に はんしすぎた。 カレ は さしずめ O ムラ まで ひきかえし、 そこ で しばらく やすんで、 それから また ゲンキ を カイフク し-シダイ、 ジブン の イッショウ を ケッテイテキ な もの に しよう と して いる この タビ を つづけたい と いう ココログミ に なった。 サナエ は ケッコンゴ、 オット が マツモト に テンニン して、 もう その ムラ には いない はず だった。 それ が アキラ には、 さびしく とも、 ナニ か こころやすらか に その ムラ へ ジブン の やめる ミ を たくして ゆける キモチ に させた。 それに、 イマ ジブン を いちばん シンミ に カンビョウ して くれそう なの は、 ボタンヤ の ヒトタチ の ホカ には あるまい……
 ふかい ハヤシ から ハヤシ へ と キシャ は とおりぬけて いった。 すっかり ハ の おちつくした ムスウ の カラマツ の アイダ から、 ハイイロ に くもった ソラ の ナカ に ゾウガン した よう な ユキ の アサマヤマ が みえて きた。 すこし ずつ ふきだして いる ケムリ は カゼ の ため に ちぎれちぎれ に なって いた。
 サキホド から キカンシャ が キュウ に あえぎだして いる ので、 アキラ は やっと O エキ に ちかづいた こと に キ が ついた。 O ムラ は この サンロク に イエ も ハタケ も ハヤシ も スベテ が かたむきながら たって いる の だ。 そして イマ アキラ の カラダ を キュウ に ネツ でも でて きた よう に がたがた ふるわせだして いる この キカンシャ の アエギ は、 この ハル から ナツ に かけて ヒノクレ ちかく に ハヤシ の ナカ など で カレ が それ を ミミ に して は、 ああ ユウガタ の ノボリ が ムラ の テイシャバ に ちかづいて きた な と なんとも いえず ひとなつかしく おもった、 あの インショウ-ぶかい キカン の オト と おなじ もの なの だ。
 タニカゲ の、 ちいさな テイシャバ に キシャ が つく と、 アキラ は せきこみそう なの を やっと こらえて いる よう な カッコウ で、 ガイトウ の エリ を たてながら おりた。 カレ の ホカ には 5~6 ニン の トチ の モノ が おりた だけ だった。 カレ は おりた トタン に カラダ が ふらふら と した。 カレ は それ を ショウコウグチ の ト を あける ため に しばらく ヒダリテ で さげて いた ちいさな カバン の せい に する よう に、 わざと ジャケン そう に それ を ミギテ に もちかえた。 カイサツグチ を でる と、 カレ の アタマ の ウエ で ぽつん と うすぐらい デントウ が ともった。 カレ は マチアイシツ の よごれた ガラスド に ジブン の セイキ の ない カオ が ちらっと うつった だけ で、 すぐ どこ か へ すいこまれる よう に きえた の を みとめた。
 ヒ の みじかい オリ なので、 5 ジ だ と いう のに もう どこ も くらく なりだして いた。 バス も なんにも ない ヤマ の テイシャバ なので、 アキラ は ジブン で ちいさな カバン を さげながら、 ムラ の トチュウ の モリ まで ずっと ノボリ に なる サカミチ を ナンギ しいしい あるきだした。 そして ナンド も アシ を やすめて は、 ずんずん ひえこんで くる ユウガタ の クウキ の ナカ で、 カレ は ジブン の ゼンシン が キュウ に オカン が して きたり、 すぐ その アト で また キュウ に ヒ の よう に あつく なって きたり する の を、 ただ もう うつろ な キモチ で かんじて いた。
 モリ が ちかづきだした。 その モリ を ひかえて、 1 ケン の ハイオク に ちかい ノウカ が あいかわらず たち、 その マエ に 1 ピキ の きたない イヌ が うずくまって いた。 ここ の イエ には、 ムカシ、 ナオコ さん と トオノリ から かえって くる と、 いつも ジテンシャ の ワ に とびついて ナオコ さん に ヒメイ を たてさせた くろい イヌ が いたっけ なあ、 と アキラ は なんと いう こと も なし に おもいだした。 イヌ は ケナミ が チャイロ で ちがって いた。
 モリ の ナカ は まだ わりあい に あかるかった。 ほとんど スベテ の キギ が ハ を おちつくして いた から だった。 それ は カレ には なんと いって も オモイデ の おおい モリ だった。 ショウネン の コロ、 あつい ノハラ を よこぎった アト、 この モリ の ナカ まで ジテンシャ で かえって くる と、 こころよい レイキ が さっと カレ の ヒ の よう な ホオ を かすめた もの だった。 アキラ は イマ も ふいと ハンシャテキ に あいた テ を ジブン の ホオ に あてがった。 この そこしれない ユウビエ と、 ジブン の ひどい イキギレ と、 この ホオ の ホテリ と、 ――こういう イヨウ な キブン に つつまれながら、 セナカ を まげて ゲンキ なく あるいて いる ゲンザイ の ジブン が、 そんな ジテンシャ なんぞ に のって ホオ を ほてらせ イキ を きらして いる ショウネン の ジブン と、 ミョウ な グアイ に コウサク しはじめた。
 モリ の ナカホド で、 ミチ が フタマタ に なる。 イッポウ は マッスグ に ムラ へ、 もう イッポウ は、 ムカシ、 アキラ や ナオコ たち が ナツ を すごし に きた ベッソウチ へ と わかれる の だった。 コウシャ の くさぶかい ミチ は、 ここ から ずっと その ベッソウ の ウラガワ まで ゆるく クッセツ しながら こころもち クダリ に なって いた。 その ミチ へ おれる と、 ムギワラ ボウシ の シタ から、 しろい ハ を ひからせながら、 ジテンシャ に のった ナオコ が よく 「みてて。 ほら、 リョウテ を はなして いる……」 と ハイゴ から ジテンシャ で ついて くる アキラ に むかって さけんだ。……
 そんな おもいがけない ショウネン の ヒ の オモイデ が キュウ に よみがえって きて、 ミチバタ に テ に して いた ちいさな カバン を なげだして、 ただ もう くるしそう に カタ で イキ を して いた アキラ の ヒヘイ しきった ココロ を ちょっと の アイダ いきいき と させた。 「オレ は また どうして コンド は この ムラ へ やって くる なり、 そんな とうの ムカシ に わすれて いた よう な こと ばかり を こんな に センメイ に おもいだす の だろう なあ。 なんだか まだ ツギ から ツギ へ と おもいだせそう な こと が ムネイッパイ こみあげて くる よう だ。 ネツ なんぞ が ある と、 こんな ヘン な グアイ に なって しまう の かしら」
 モリ の ナカ は すっかり くらく なりだした。 アキラ は ふたたび セナカ を まげて ちいさな カバン を テ に しながら、 しばらく は なにもかも が こぐらかった よう な せつない キブン で なかば ムチュウ に アシ を はこんで いる きり だった。 が、 その うち に カレ は ひょいと モリ の コズエ を あおいだ。 コズエ は まだ くれず に いた。 そして おおきな カバノキ の、 カレエダ と カレエダ と が さしかわしながら うすあかるい ソラ に しょうじさせて いる こまかい アミメ が、 ふいと また ナニ か わすれて いた ムカシ の ヒ の こと を おもいださせそう に した。 なぜか カレ には わからなかった が、 それ は コノヨ ならぬ やさしい ウタ の ヒトフシ の よう に カレ を イッシュン なぐさめた。 カレ は しばらく うっとり と した メツキ で その エダ の アミメ を みあげて いた が、 ふたたび セナカ を まげて あるきだした とき には もう それ を わすれる とも なく わすれて いた。 しかし カレ の ほう で もう それ を かんがえなく なって しまって から も、 その キオク は あいかわらず、 ほとんど カタ で イキ を しながら、 あえぎあえぎ あるいて いる カレ を なにかしら なぐさめとおして いた。 「このまんま しんで いったら、 さぞ いい キモチ だろう な」 カレ は ふと そんな こと を かんがえた。 「しかし、 オマエ は もっと いきなければ ならん ぞ」 と カレ は なかば ジブン を いたわる よう に ひとりごちた。 「どうして いきなければ ならない ん だ、 こんな に コドク で? こんな に むなしくって?」 ナニモノ か の コエ が カレ に とうた。 「それ が オレ の ウンメイ だ と したら シヨウ が ない」 と カレ は ほとんど ムシン に こたえた。 「オレ は とうとう ジブン の もとめて いる もの が いったい ナン で ある の か すら わからない うち に、 なにもかも うしなって しまった みたい だ。 そうして あたかも カラッポ に なった ジブン を みる こと を おそれる か の よう に、 アンコク に むかって とびたつ ユウガタ の コウモリ の よう に、 とうとう こんな フユ の タビ に ムガ ムチュウ に なって とびだして きて しまった オレ は、 いったい ナニ を この タビ で アテ に して いた の か? イマ まで の ところ では、 オレ は この タビ では ただ オレ の エイキュウ に うしなった もの を たしかめた だけ では ない か。 この ソウシツ に たえる の が オレ の シメイ だ と いう こと でも はっきり わかって さえ いれば、 オレ は イッショウ ケンメイ に それ に たえて みせる の だ が。 ――ああ、 それにしても イマ この オレ の カラダ を キチガイ の よう に させて いる ネツ と オカン との クリカエシ だけ は、 ホントウ に やりきれない なあ。……」
 その とき ようやく モリ が きれて、 かれがれ な クワバタケ の ムコウ に、 ヒ の ヤマスソ に なかば かたむいた ムラ の ゼンタイ が みえだした。 イエイエ から は ユウゲ の ケムリ が ナニゴト も なさそう に あがって いた。 オヨウ たち の イエ から も それ が ヒトスジ たちのぼって いる の が みられた。 アキラ は ナニ か ほっと した キモチ に なって、 ジブン の カラダジュウ が イヨウ に あつく なったり サムケ が したり しつづけて いる の も しばらく わすれながら、 その しずか な ユウゲシキ を ながめた。 カレ が キュウ に おもいがけず ジブン の おさない コロ しんだ ハハ の なんとなく ふけた カオ を ぼんやり と おもいうかべた。 さっき モリ の ナカ で 1 ポン の カバ の エダ の アミメ が カレ に こっそり と その ソビョウ を ほのめかした だけ で、 それきり たちきえて しまって いた ナニ か の カゲ が、 そんな ほとんど キオク にも のこって いない くらい の とうの ムカシ に しんだ ハハ の カオ らしかった こと に アキラ は その とき はじめて キ が ついた。

 21

 レンジツ の タビ の ツカレ に いためつけられた カラダ を ボタンヤ に たくした ヒ から、 アキラ は ココロ の ユルミ が でた の か、 どっと トコ に ツキキリ に なった。 ムラ には イシャ が いなかった ので、 コモロ の マチ から でも よぼう か と いう の を コジ して、 アキラ は ただ ジブン に のこされた チカラ だけ で ビョウク と たたかって いた。 くるしそう な ネツ にも よく たえた。 アキラ は しかし ジブン では たいした こと は ない と おもいこんで いる らしかった。 オヨウ たち も そういう カレ の キリョク を おとさせまい と して、 まめまめしく カンビョウ して やって いた。
 アキラ は そういう ネツ の ナカ で、 メ を つぶって うつらうつら と しながら、 リョチュウ の サマザマ な ジブン の スガタ を なつかしそう に よみがえらせて いた。 ある ムラ では カレ は スウヒキ の イヌ に おわれて にげまどうた。 ある ムラ では スミ を やいて いる ヒトビト を みた。 また、 ある ムラ では ヒグレドキ ケムリ に むせびながら ヤドヤ を さがして あるいて いた。 ある とき の カレ は、 ある ノウカ の マエ に、 ないて いる コドモ を せおった ふけた カオ の オンナ が ぼんやり と たって いる の を ナンド も ふりかえって は みた。 また、 ある とき の カレ は ウスビ の あたった ムラ の シラカベ の ウエ を たよりなげ に よぎった ジブン の カゲ を ナニ か のこりおしげ に みた。 ――そんな わびしい フユ の タビ を つづけて いる ジブン の その オリ その オリ の いかにも うつろ な スガタ が ツギ から ツギ へ と ふいと メノマエ に たちあらわれて、 しばらく そのまま ためらって いた。……
 クレガタ に なる と、 スウジツ マエ そんな タビサキ から ジブン を はこんで きた ノボリ レッシャ が この ムラ の ケイシャ を あえぎあえぎ のぼりながら、 テイシャバ に ちかづいて くる オト が せつない ほど はっきり と きこえて きた。 その キカン の オト が それまで カレ の マエ に ためらって いた リョチュウ の サマザマ な ジブン の スガタ を アトカタ も なく おいちらした。 そして その アト には、 その ユウガタ の キシャ から おりて この ムラ へ たどりつこう と して いる とき の カレ の つかれきった スガタ、 それから ようやく モリ の ナカホド まで きた とき、 ふと どこ か から やさしい ウタ の イッセツ でも きこえて きた か の よう に しばらく うっとり と して ジブン の ズジョウ の カバ の エダ の アミメ を みあげて いた カレ の スガタ だけ が のこった。 それ が その モリ を でた トタン に とつぜん おさない コロ しにわかれた ハハ の カオ らしい もの を かたちづくった とき の なんとも いえない ココロ の トキメキ まで ともなって。……
 アキラ は この スウジツ、 カレ の セワ を いっさい ひきうけて いる わかい オカミサン の テ の ふさがって いる とき など、 ムスメ の カンビョウ の アイマ に カレ にも クスリ など すすめ に きて くれる オヨウ の すこし ふけた カオ など を みながら、 この 40-スギ の オンナ に イマ まで とは まったく ちがった シタシサ の わく の を おぼえた。 オヨウ が こうして ソバ に すわって いて くれたり する と、 カレ の ほとんど キオク に ない ハハ の やさしい オモザシ が、 どうか した ヒョウシ に ふいと あの エダ の アミメ の ムコウ に ありあり と ういて きそう な キモチ に なったり した。
「ハツエ さん は コノゴロ どう です か?」 アキラ は クチカズ すくなく きいた。
「あいかわらず テ ばかり やけて こまります」 オヨウ は さびしそう に わらいながら こたえた。
「なにしろ、 もう アシカケ 8 ネン にも なります んで ね。 このまえ トウキョウ へ つれて まいりました とき なんぞ でも、 ホントウ に こんな カラダ で よく これまで もって きた と ミナサン に フシギ-がられました けれど、 やっぱり、 この トチ の キコウ が いい の です わ。 ――アキラ さん も コンド こそ は こちら で すっかり カラダ を おこしらえ に なって いく と いい と、 ミナ で マイニチ もうして おります のよ」
「ええ、 もし ボク にも いきられたら……」 アキラ は そう クチ の ナカ で ジブン に だけ いって、 オヨウ には ただ ドウイ する よう な ひとなつこい ワライカタ を して みせた。

 あれほど タビ の アイダジュウ アキラ の セツボウ して いた ユキ が、 12 ガツ ナカバスギ の ある ユウガタ から とつぜん ふりだし、 ヨクアサ まで に モリ から、 ハタケ から、 ノウカ から、 すっかり おおいつくして しまった アト も、 まだ モウレツ に ふりつづいて いた。 アキラ は もう イマ と なって は、 どうでも いい こと の よう に、 ただ ときどき ネドコ の ウエ に おきあがった オリ など、 ガラスマド-ゴシ に イエ の ウラバタケ や ムコウ の ゾウキバヤシ が どこ も かしこ も マッシロ に なった の を なんだか うかない カオ を して ながめて いた。
 クレガタ ちかく に なって いったん ユキ が やむ と、 ソラ は まだ ユキグモリ に くもった まま、 しずか に カゼ が ふきだした。 キギ の コズエ に つもって いた ユキ が さあっと アタリ イチメン に ヒマツ を ちらしながら おちだして いた。 アキラ は そんな カゼ の オト を きく と やっぱり じっと して いられない よう に、 また ネドコ に おきあがって、 マド の ソト へ メ を やりだした。 カレ は ウラ イッタイ の ハタケ を マッシロ に おおうた ユキ が その アイダ たえず イッシュ の ドウヨウ を しめす の を ネッシン に みまもって いた。 サイショ、 ユキゲムリ が さあっと あがって、 それ が カゼ と ともに ひとしきり つめたい ホノオ の よう に はしりまわった。 そして カゼ の さる と ともに、 それ も どこ へ とも なく きえ、 その アト の ケバダチ だけ が イチメン に のこされた。 そのうち また ツギ の カゼ が ふいて くる と、 あたらしい ユキゲムリ が あがって ふたたび つめたい ホノオ の よう に はしり、 マエ の ケバダチ を すっかり けしながら、 その アト に また イマ の と ほとんど おなじ よう な ケバダチ を イチメン に のこして いた……。
「オレ の イッショウ は あの つめたい ホノオ の よう な もの だ。 ――オレ の すぎて きた アト には、 ヒトスジ ナニ か が のこって いる だろう。 それ も ホカ の カゼ が くる と アトカタ も なく けされて しまう よう な もの かも しれない。 だが、 その アト には また きっと オレ に にた もの が オレ の に にた アト を のこして いく に ちがいない。 ある ウンメイ が そう やって ヒトツ の もの から ホカ の もの へ と たえず うけつがれる の だ。……」
 アキラ は そんな カンガエ を ヒトリ で おいながら、 ソト の ユキアカリ に メ を とられて ヘヤ の ナカ が もう うすぐらく なって いる の にも ほとんど きづかず に いる よう に みえた。

 22

 ユキ は はげしく ふりつづいて いた。
 ナオコ は、 とうとう ヤ も タテ も たまらなく なって、 オウヴァシューズ を はいた まま、 ナンド も ホカ の カンジャ や カンゴフ に みつかりそう に なって は ジブン の ビョウシツ に ひきかえしたり して いた が、 やっと ダレ にも みられず に ロダイ-ヅタイ に リョウヨウジョ の ウラグチ から ぬけだした。
 ゾウキバヤシ を ぬけて、 ウラカイドウ を テイシャバ の ほう へ アシ を むけた ナオコ は、 ゼンポウ から ふきつける ユキ の ため に、 ときどき ミ を よじまげて たちどまらなければ ならなかった。 サイショ は、 ただ そう やって アタマ から ユキ を あびながら あるいて きて みたくて、 ウラミチ を ぬければ 5 チョウ ほど しか ない テイシャバ の マエ アタリ まで いって すぐ もどって くる つもり だった。 その つもり で、 ケサ ケイスケ の ハハ から カゼギミ で 1 シュウカン ほど も ねて いる と いって よこした ので、 それ へ かいた ヘンジ を エキ の ユウビンバコ に でも なげて こよう と おもって、 ガイトウ の カクシ に いれて きた。
 1 チョウ ほど ウラカイドウ を いった ところ で、 カサ を かたむけながら こちら へ やって くる ヒトリ の タッツケ の オンナ と すれちがった。
「まあ クロカワ さん じゃ ありません か」 キュウ に その わかい オンナ が コトバ を かけた。 「どこ へ いらっしゃる の?」
 ナオコ は おどろいて ふりかえった。 エリマキ で すっかり カオ を くるみ、 いかにも トチッコ-らしい タッツケ スガタ を した アイテ は、 カノジョ の ビョウトウ-ヅキ の カンゴフ だった。
「ちょっと そこ まで……」 カノジョ は マ が わるそう に エガオ を あげた が、 ふきつける ユキ の ため に おもわず カオ を ふせた。
「はやく おかえり に なって ね」 アイテ は ネン を おす よう に いった。
 ナオコ は カオ を ふせた まま、 だまって うなずいて みせた。
 それから また 1 チョウ ほど ユキ を アタマ から あびながら あるいて、 やっと フミキリ の ところ まで きた とき、 ナオコ は よっぽど このまま リョウヨウジョ へ ひきかえそう か と おもった。 カノジョ は しばらく たちどまって メ の あらい ケイト の テブクロ を した テ で カミノケ から ユキ を はらいおとして いた が、 ふと さっき こんな ムコウミズ の ジブン を つかまえて も なんとも うるさく いわなかった あの きさく な カンゴフ が ロシア の オンナ の よう に エリマキ で くるくる と カオ を くるんで いた の を おもいだす と、 ジブン も それ を まねて エリマキ を アタマ から すっぽり と かぶった。 それから カノジョ は、 であった の が ホントウ に あの カンゴフ で よかった と おもいながら、 ふたたび ユキ を ゼンシン に あびて テイシャバ の ほう へ あるきだした。
 キタムキ の フキサラシ な テイシャバ は イッポウ から モウレツ に ユキ を ふきつけられる ので カタガワ だけ マッシロ に なって いた。 その タテモノ の カゲ に とまって いる 1 ダイ の フル-ジドウシャ も、 やはり カタガワ だけ ユキ に うまって いた。
 その テイシャバ で ヒトヤスミ して ゆこう と おもった ナオコ は、 ジブン も いつのまにか カタガワ だけ ユキ で マッシロ に なって いる の を みとめ、 タテモノ の ソト で その ユキ を テイネイ に はらいおとした。 それから カノジョ が カオ を くるんで いた エリマキ を はずしながら、 なにげなし に ナカ へ はいって ゆく と、 ちいさな ストーヴ を かこんで いた ジョウキャク たち が そろって カノジョ の ほう を ふりむき、 それから まるで カノジョ を さける か の よう に、 ミナ して そこ を はなれだした。 カノジョ は おもわず マユ を ひそめながら、 カオ を そむけた。 ちょうど その とき クダリ の レッシャ が コウナイ に はいって きかかって いる と いう こと が トッサ に カノジョ には わからなかった の だ。
 その レッシャ は どの クルマ も やはり おなじ よう に カタガワ だけ ユキ を ふきつけられて いた。 15~16 ニン ばかり の ヒト が ゲシャ し、 トグチ の チカク に ガイトウ を きて たって いる ナオコ の ほう を じろじろ みながら、 ユキ の ナカ へ ヒトリヒトリ なにやら たがいに いいかわして でて いった。
「トウキョウ の ほう も ひどい フリ だって な」 ダレ か が そんな こと を いって いた。
 ナオコ には それ だけ が はっきり と きこえた。 カノジョ は トウキョウ も こんな ユキ なの だろう か と おもいながら、 エキ の ソト で ユキ に うまって ミウゴキ が とれなく なって しまって いる よう な レイ の フル-ジドウシャ を ぼんやり ながめて いた。 それから しばらく たって、 カノジョ は イキギレ も だいぶ しずまって きた ので、 そろそろ もう かえらなくて は と おもって、 エキ の ウチ を みまわす と また いつのまにか ストーヴ の マワリ には ヒトダカリ が して いた。 その ダイブブン トチ の モノ らしい ヒトタチ は クチカズ すくなく はなしあいながら、 ときどき ナニ か キ に なる よう に トグチ チカク に たって いる カノジョ の ほう へ メ を やって いた。
 フタツ か ミッツ サキ の エキ で イマ の クダリ と イレチガイ に なって くる ノボリ レッシャ が やがて この エキ に はいって くる らしかった。
 カノジョ は ふと その ノボリ レッシャ も カタガワ だけ ユキ で マッシロ に なって いる だろう かしら と ソウゾウ した。 それから とつぜん、 どこ か の ムラ で アキラ も そう やって カタガワ だけ ユキ を あびながら ウチョウテン に なって あるいて いる スガタ が ホウフツ して きた。 サッキ から カノジョ が ガイトウ の カクシ に つっこんで あたためて いた ジブン の こごえそう な テ が、 テブクロ-ゴシ に、 まだ ださず に いた シュウト-アテ の テガミ と カワ の カミイレ と を かわるがわる に おさえだして いる の を カノジョ ジシン も かんじて いた。
 それまで ストーヴ を かこんで いた 10 スウニン の ヒトタチ が ふたたび そこ を はなれだした。 ナオコ は それ に キ が つく と、 キュウ に シュッサツグチ に ちかよって、 カミイレ を だしながら マドグチ の ほう へ ミ を かがめた。
「どこ まで?」 ナカ から つっけんどん な コエ が した。
「シンジュク。……」 ナオコ は せきこむ よう に こたえた。

 カノジョ の ソウゾウ した とおり の、 カタガワ だけ マッシロ に ユキ の ふきつけた レッシャ が カノジョ の マエ に ヨコヅケ に なった とき、 ナオコ は メ に みる こと の できない おおきな チカラ に でも おしあげられる よう に して、 その フミダン へ アシ を かけた。
 カノジョ の はいって いった サントウシャ の ジョウキャク たち は、 ユキマミレ の ガイトウ に ミ を つつんだ カノジョ の ただならぬ ヨウス を みる と、 そろって カノジョ の ほう を じろじろ ブエンリョ に みだした。 カノジョ は マユ を ひそめながら 「ワタシ は きっと けわしい カオツキ でも して いる の だろう」 と かんがえた。 が、 いちばん ハシヂカ の、 イネムリ しつづけて いる テツドウ キョク の セイフク を きた ロウジン の ソバ に すわり、 ちかい ヤマ や モリ さえ なんにも わからない ほど ユキ の ふかい コウゲン の マンナカ へ キシャ が はいりだした ジブン には、 ミナ は もう カノジョ の ソンザイ など わすれた よう に ミムキ も しなかった。
 ナオコ は ようやく ジブン ジシン に たちかえりながら、 ジブン の イマ しよう と して いる こと を かんがえかけよう と した。 カノジョ は その とき キュウ に、 いつも ジブン の マワリ に かぎつけて いた ショウコウスイ や クレゾール の ニオイ の カワリ に、 シャナイ に ただよって いる ヒトイキレ や タバコ の ニオイ を むなぐるしい くらい に かんじだした。 カノジョ には それ が ジブン に これから かえされよう と しかけて いる セイ の なつかしい ニオイ の マエブレ でも ある か の よう な キ が された。 カノジョ は そう おもう と、 その ムナグルシサ も わすれ、 ナニ か フシギ な ミブルイ を かんじた。
 マド の ソト には、 いよいよ ふきつのって いる ユキ の アイダ から、 ごく チカク の コダチ だ とか、 ノウカ だ とか が ほのみえる きり だった。 しかし、 まだ カノジョ には キシャ が イマ だいたい どの ヘン を はしって いる の か ケントウ が ついた。 そこ から スウチョウ はなれた ヒトケ ない さびしい ボクジョウ には、 あの ジブン に よく にて いる よう な キ の した こと の ある レイ の たちがれた キ が、 やっぱり それ も カタガワ だけ マッシロ に なった まま、 ユキ の ナカ に ぽつん と 1 ポン きり たって いる ヒゲキテキ な スガタ を、 カノジョ は ふと ムネ に うかべた。 カノジョ は キュウ に ムナサワギ を かんじだした。
「ワタシ は どうして ユキ を ついて あの キ を み に いこう と しなかった の かしら? もし あっち へ むかって いたら、 ワタシ は イマ こんな キシャ に なんぞ のって いなかったろう に。……」 シャナイ に ただよった もの の ニオイ は まだ ナオコ の ムネ を しめつけて いた。 「リョウヨウジョ では イマゴロ どんな に さわいで いる だろう。 トウキョウ でも、 どんな に ミンナ が おどろく だろう。 そうして ワタシ は どう される かしら? イマ の うち なら まだ ひきかえそう と おもえば ひきかえせる の だ。 なんだか ワタシ は すこし こわく なって きた。……」
 そんな こと を かんがえ かんがえ、 イッポウ では まだ キシャ が すこし でも はやく クニザカイ の ソト へ でて しまえば いい と おもいながら、 ようやく それ が よぎりおえた らしい ユキ の コウゲン の ハテ の、 もう ジブン には ほとんど ミオボエ の ない サイゴ の ハヤシ らしい もの が みるみる とおざかって ゆく の を、 ナオコ は なかば おそろしい よう な、 なかば もどかしい よう な キモチ で ながめて いた。

 23

 ユキ は トウキョウ にも はげしく ふって いた。
 ナオコ は、 ギンザ の ウラ の ジャーマン ベーカリ の イチグウ で、 もう 1 ジカン ばかり ケイスケ の くる の を まちつづけて いた。 しかし すこしも まちあぐねて いる よう な ヨウス で なく、 ナニ か モノ が におったり する と、 キュウ に メ を ほそく して それ を あたかも ジブン に ようやく かえされよう と して いる セイ の ニオイ で でも ある か の よう に ムネ ふかく すいこんだり しながら、 なかば くもった ガラスド-ゴシ に、 ユキ の ナカ の ヒトビト の いそがしそう な ユキキ を、 ケイスケ でも ソバ に いたら すぐ そんな メツキ は よせ と いわれそう な、 ナニ か みすえる よう な メツキ で みつづけて いた。
 ミセ の ナカ は、 ユウガタ だった けれど、 オオユキ の せい か、 カノジョ の ホカ には 3~4 クミ の キャク が まばら に いる きり だった。 イリグチ に ちかい ストーヴ に カタアシ を かけた、 ヒトリ の ガカ か なんぞ らしい セイネン が、 ときどき カノジョ の ほう を ナニ か キ に なる よう に ふりかえって いた。
 ナオコ は それ に キ が つく と、 ふいと ジブン の スガタ を ギンミ した。 ながい こと あらわない ばさばさ した カミ、 でばった ホオボネ、 こころもち おおきい ハナ、 チノケ の ない クチビル、 ――それら の もの は イマ も まだ、 カノジョ が わかい ジブン に よく トシウエ の ヒトタチ から もうすこし ケン が なければ と おしまれて いた イッシュ の ビボウ を すこしも くずさず に、 それ に ただ もうすこし チンウツ な アジ を くわえて いた。 ヤマ の ナカ の ちいさな エキ では ヒトビト の メ を ひいた カノジョ の トカイフウ な ミナリ は、 イマ、 この マチナカ では ホカ の ヒトビト と ほとんど かわらない もの だった。 ただ、 ヤマ の リョウヨウジョ から そっくり そのまま もちかえって きた よう な カオイロ の アオサ だけ は、 ミョウ に ホカ の ヒトビト と ちがって いる よう に おもえ、 それ だけ は どうにも ならない よう に カノジョ は ときどき ジブン の カオ へ テ を やって は ナニ か ゴマカシ でも する よう に なでて いた。……
 とつぜん ジブン の マエ に ダレ か が たちはだかった よう な キ が して、 ナオコ は おどろいて カオ を あげた。
 ソト で はらって きた らしい ユキ が まだ イチメン に のこって いる ガイトウ を きた まま、 ケイスケ が カノジョ を みおろしながら、 そこ に たって いた。
 ナオコ は かすか な ホホエミ を うかべながら、 エシャク する とも なく、 ケイスケ の ため に みじろいだ。
 ケイスケ は フキゲン そう に カノジョ の マエ に コシ を かけた きり、 しばらく は なにも いいださず に いた。
「いきなり シンジュク エキ から デンワ を かけて よこす なんて おどろく じゃ ない か。 いったい、 どうした ん だ?」 とうとう カレ は クチ を きいた。
 ナオコ は しかし、 マエ と おなじ よう な かすか な ホホエミ を うかべた きり、 すぐに は なんとも ヘンジ を しなかった。 カノジョ の ココロ の ウチ には、 イッシュン、 ケサ フブキ の ナカ を リョウヨウジョ から ぬけだして きた ちいさな ボウケン、 ユキ に うずもれた ヤマ の テイシャバ での トツゼン の ケッシン、 サントウシャ の ナカ に たちこめて いた セイ の ニオイ の カノジョ に あたえた フシギ な ミブルイ、 ――それら の もの が いちどきに よみがえった。 カノジョ は その アイダ の ナニ か に つかれた よう な ジブン の コウドウ を、 ダイサンシャ にも よく わかる よう に いちいち スジ を たてて セツメイ する こと は、 とうてい できない よう に かんじた。
 カノジョ は それ が ヘンジ の カワリ で ある よう に、 ただ おおきい メ を して オット の ほう を じいっと みまもった。 なにも いわなく とも、 その メ の ナカ を のぞいて なにもかも わかって もらいたそう だった。
 ケイスケ に とって は、 そういう ツマ の クセ の ある メツキ こそ あれほど コドク の ヒビ に むなしく もとめて いた もの だった の だ。 が、 イマ、 それ を こうして マトモ に うけとる と、 カレ は モチマエ の ヨワキ から おもわず それ から メ を そらせず には いられなかった。
「カアサン は ビョウキ なん だ」 ケイスケ は カノジョ から メ を そらせた まま、 はきだす よう に いった。 「メンドウ な こと は ゴメン だよ」
「そう ね、 ワタシ が わるかった わ」 ナオコ は ジブン が ナニ か オモイチガイ を して いた こと に キ が つき でも した よう に、 ふかい タメイキ を ついた。 そして おもいのほか すなお に いった。
「ワタシ、 これから すぐ かえる わ。……」
「すぐ かえる ったって、 こんな ユキ で かえれる もの か。 どこ か へ ヒトバン とまる こと に して、 アシタ かえる よう に したら どう だ? ――しかし、 オオモリ の ウチ じゃ こまる な。 カアサン の テマエ。……」
 ケイスケ は ヒトリ で やきもき しながら、 ナニ か しきり に かんがえて いた。 カレ は キュウ に カオ を あげて、 コエ を ひくく して いいだした。
「ホテル なんぞ へ ヒトリ で とまる の は いや か。 アザブ に ちいさな キモチ の いい ホテル が ある が……」
 ナオコ は ネッシン に オット の カオ へ ジブン の カオ を ちかづけて いた が、 それ を ききおわる と キュウ に カオ を とおのけて、
「ワタシ は どうでも いい わ……」 と いかにも キ が なさそう な ヘンジ を した。
 カノジョ は イマ まで ジブン が ナニ か ヒジョウ な ケッシン を して いる つもり に なって いた が、 イマ オット と こうして サシムカイ に なって はなしだして いる と、 なんだって ヤマ の リョウヨウジョ から こんな に ユキマミレ に なって ぬけだして きた の か わからなく なりだして いた。 そんな に まで して オット の ところ に ムコウミズ に かえって きた カノジョ を みて、 いちばん サイショ に オット が どんな カオ を する か、 それ に ジブン の イッショウ を かける よう な つもり で さえ いた のに、 キ が ついた とき には もう いつのまにか フタリ は イゼン の シュウカン-どおり の フウフ に なって いて、 なにもかも が ウヤムヤ に なりそう に なって いる。 ホントウ に ニンゲン の シュウカン には ナニ か マンチャク させる もの が ある。……
 ナオコ は そう おもいながら、 しかし もう どうでも いい よう に、 オット の ほう へ、 ナニ か みすえて いる よう な くせ に なにも みて は いない らしい、 レイ の クウキョ な マナザシ を むけだした。
 ケイスケ は コンド は ナニ か ヌキサシ ならない キモチ で、 それ を じっと ジブン の ちいさな メ で うけとめて いた。 それから カレ は とつぜん カオ を あからめた。 カレ は いましがた ジブン の クチ に した アザブ の ちいさな ホテル と いう の が、 じつは このあいだ ドウリョウ と イッショ に ぐうぜん その マエ を とおりかかった とき、 アイテ が ここ を おぼえて おけ よ、 いつも ヒトケ が なくて ランデヴー には もってこい だぞ と ジョウダン ハンブン に おしえて くれた ばかり の こと を、 その とき なんと いう こと も なし に おもいだした から だった。
 カノジョ には なぜ カレ が カオ を あからめた の だ か わからなかった。 が、 カノジョ は これ を みとめる と、 ふと ジブン が ムコウミズ に オット に あい に きた トッピ な コウイ の ドウキ が もう ちょっと で わかりかけて きそう な キ が しだした。
 が、 ナオコ は その とき オット に うながされた ので、 その カンガエ を チュウダン させながら、 テーブル から たちあがった。 そして ときどき ナニ か いい ニオイ を たたせて いる ミセ の ナカ を もう イチド なごりおしそう に みまわして、 それから オット に ついて ミセ を でた。

 ユキ は あいかわらず おやみなく ふって いた。
 ヒトビト は ミナ おもいおもい の ユキジタク を して、 ユキ を あびながら いそがしそう に オウライ して いた。 ヤマ で した よう に、 エリマキ で すっかり カオ を くるんだ ナオコ は、 コウモリガサ を さしかけて くれる ケイスケ には かまわず に、 ずんずん サキ に たって ヒトゴミ の ナカ へ まぎれこんで いった。
 カレラ は スキヤバシ の ウエ で その ヒトゴミ から ぬける と、 やっと タクシー を みつけ、 アザブ の オク に ある その ホテル へ むかった。
 トラノモン から ぐいと おれて、 ある キュウ な サカ を のぼりだす と、 その チュウフク に 1 ダイ の ジドウシャ が ミチバタ の ミゾ へ はまりこんで、 ユキ を かぶった まま、 タチオウジョウ して いた。 ナオコ は くもった ガラス の ムコウ に それ を みとめる と、 ヤマ の テイシャバ の ソト で カタガワ だけ に はげしく ユキ を ふきつけられて いた フル-ジドウシャ を おもいだした。 それから キュウ に、 ジブン が その テイシャバ で とつぜん ジョウキョウ の ケツイ を する まで の ココロ の ジョウタイ を イマ まで より か ずっと センメイ に よみがえらせた。 カノジョ は あの とき ココロ の ソコ では、 おもいきって ジブン ジシン を ナニモノ か に すっかり なげだす ケッシン を した の だ。 それ が ナニモノ で ある か は いっさい わからなかった けれど、 そう やって それ に ジブン を なにもかも なげだして みた うえ で なければ、 それ は エイキュウ に わからず に しまう よう な キ が した の だった。 ――カノジョ は イマ ふいと、 それ が ジブン と カタ を ならべて いる ケイスケ で あり、 しかも ドウジ に その ケイスケ ソノママ で ない もっと ベツ な ヒト の よう な キ が して きた。……
 どこ か の リョウジカン らしい ヤシキ の マエ で、 ガイジン の コドモ も まじって、 スウニン の ショウネン ショウジョ が フタクミ に わかれて ユキ を なげあって いた。 フタリ の のった ジドウシャ が その ソバ を ジョコウ しながら とおりすぎよう と した とき、 ダレ か の なげた ユキダマ が ちょうど ケイスケ の カオサキ の ガラス に はげしく ぶつかって シブキ を ちらした。 ケイスケ は おもわず ジブン の カオ へ カタテ を かざしながら、 こわい カオツキ を して コドモ たち の ほう を みた。 が、 ムチュウ に なって そんな こと には なんにも キ が つかず に ユキナゲ を つづけて いる コドモ たち を みる と、 キュウ に ヒトリ で ビショウ を しだしながら、 そちら を いつまでも おもしろそう に ふりかえって いた。 「この ヒト は こんな に コドモ が すき なの かしら?」 ナオコ は その ソバ で、 イマ の ケイスケ の タイド に ちょっと コウイ の よう な もの を かんじながら、 はじめて ジブン の オット の そんな セイシツ の イチメン に ココロ を とめ など した。……
 やがて クルマ が ミチ を まがり、 キュウ に ヒトケ の たえた コダチ の おおい ウラドオリ に でた。
「そこ だ」 ケイスケ は セイキュウ そう に コシ を うかしながら、 ウンテンシュ に コエ を かけた。
 カノジョ は その ウラドオリ に めんして、 すぐ それ らしい、 ユキ を かぶった スウホン の シュロ が ミチ から それ を へだてて いる きり の、 ちいさな ヨウカン を みとめた。

 24

「ナオコ、 いったい オマエ は どうして また こんな ヒ に キュウ に かえって きた の だ?」
 ケイスケ は そう ナオコ に きいて から、 おなじ こと を 2 ド も とうた こと に キ が ついた。 それから サイショ の とき は、 それ に たいして ナオコ が ただ かすか な ホホエミ を うかべながら、 だまって ジブン を みまもった だけ だった こと を おもいだした。 ケイスケ は その おなじ ムゴン の コタエ を おそれる か の よう に、 いそいで いいたした。
「ナニ か リョウヨウジョ で おもしろく ない こと でも あった の かい?」
 カレ は ナオコ が ナニ か ヘンジ を ためらって いる の を みとめた。 カレ は カノジョ が ふたたび ジブン の コウイ を セツメイ できなく なって こまって いる の だ なぞ とは おもい も しなかった。 カレ は そこ に ナニ か もっと ジブン を フアン に させる ゲンイン が ある の では ない か と おそれた。 しかし ドウジ に、 カレ は、 たとい それ が どんな フアン に ジブン を つきおとす ケッカ に なろう とも、 イマ こそ どうしても、 それ を きかず には いられない よう な、 つきつめた キモチ に なって いる ジブン をも タホウ に みいださず には いなかった。
「オマエ の こと だ から、 よくよく かんがえぬいて した こと だろう が……」 ケイスケ は ふたたび ツイキュウ した。
 ナオコ は しばらく コタエ に きゅうして、 ホテル の キタムキ らしい マド から、 ちいさな イエ の たてこんだ、 イッタイ の あさい タニ を みおろして いた。 ユキ は その タニマ の マチ を マッシロ に うめつくして いた。 そして その マッシロ な タニ の ムコウ に、 どこ か の キョウカイ の とがった ヤネ らしい もの が ユキ の アイダ から マボロシ か なんぞ の よう に ミエカクレ して いた。
 ナオコ は その とき、 ジブン が もし アイテ の タチバ に あったら ナニ より も まず ジブン の ココロ を しめた に ちがいない ギモン を、 ケイスケ は ともかくも その こと の カイケツ を サキ に つけて おいて から イマ やっと それ を ホンキ に なって かんがえはじめて いる らしい こと を かんじた。 カノジョ は それ を いかにも ケイスケ-らしい と おもいながら、 それでも とうとう ジブン の ココロ に ちかづいて きかかって いる オット を もっと ジブン へ ひきつけよう と した。 カノジョ は メ を つぶって、 オット にも よく わからす こと の できそう な ジブン の コウイ の セツメイ を ふたたび かんがえて みて いた が、 その チンモク が セイキュウ な アイテ には カノジョ の あいかわらず ムゴン の コタエ と しか おもえない らしかった。
「それにしても あんまり だしぬけ じゃ ない か。 そんな こと を しちゃ、 ヒト に なんと おもわれて も シヨウ が ない」
 ケイスケ が もう その ツイキュウ を あきらめた よう に いう と、 カノジョ には キュウ に オット が ジブン の ココロ から はなれて しまいそう に かんぜられた。
「ヒト に なんか なんと おもわれたって、 そんな こと は どうでも いい じゃ ない の」 カノジョ は トッサ に オット の コトバジリ を とらえた。 と ドウジ に、 カノジョ は オット に たいする ヒゴロ の フンマン が おもいがけず よみがえって くる の を おぼえた。 それ は その とき の カノジョ には まったく おもいがけなかった だけ、 ジブン でも それ を おさえる ヒマ が なかった。 カノジョ は なかば ドキ を おびて、 クチ から デマカセ に いいだした。 「ユキ が あんまり おもしろい よう に ふって いる ので、 ワタシ は じっと して いられなく なった のよ。 キキワケ の ない コドモ の よう に なって しまって、 ジブン の したい こと が どうしても したく なった の。 それ だけ だわ。……」 ナオコ は そう いいつづけながら、 ふと コノゴロ なにかと キ に なって ならない コドク そう な ツヅキ アキラ の スガタ を おもいうかべた。 そして なんと いう こと も なし に すこし なみだぐんだ。 「だから、 ワタシ は アシタ かえる わ。 リョウヨウジョ の ヒトタチ にも そう いって オワビ を して おく わ。 それなら いい でしょう」
 ナオコ は なかば なみだぐみながら、 その とき まで ぜんぜん かんがえ も しなかった セツメイ を サイショ は ただ オット を こまらせる ため の よう に いいだして いる うち に、 ふいと イマ まで カノジョ ジシン にも よく わからず に いた ジブン の コウイ の ドウキ も あんがい そんな ところ に あった の では ない か と いう よう な キ も された。
 そう いいおえた とき、 ナオコ は その せい か キュウ に キモチ まで が なんとなく あかるく なった よう に かんぜられだした。

 それから、 しばらく の アイダ、 フタリ は どちら から も なんとも いいださず に、 ムゴン の まま マド の ソト の ユキゲシキ を みおろして いた。
「オレ は コンド の こと は カアサン に だまって いる よ」 やがて ケイスケ が いった。 「オマエ も その つもり で いて くれ」
 そう いいながら、 カレ は ふと コノゴロ めっきり ふけた ハハ の カオ を メ に うかべ、 まあ これ で コンド の こと は アタリサワリ の ない よう に ひとまず おちつきそう な こと に おもわず ほっと して いた ものの、 イッポウ コノママ では ナニ か ジブン で ジブン が ものたらない よう な キ が した。 イッシュン、 ナオコ が キュウ に キノドク に おもえた。 「もし オマエ が それほど オレ の ソバ に かえって きたい なら、 また ハナシ が ベツ だ」 カレ は よっぽど ツマ に むかって そう いって やろう か と チュウチョ して いた。 が、 カレ は ふと こんな グアイ に このまま そんな モンダイ に たちかえって はなしこんで しまって いたり する と、 もう ビョウニン とは おもえない くらい に みえる ナオコ を ふたたび ヤマ の リョウヨウジョ へ かえらせる こと が フシゼン に なりそう な こと に キ が ついた。 アス ナオコ が ムジョウケン で ヤマ へ かえる と いう フタリ の ヤクソク が、 そんな シツモン を はっして アイテ の ココロ に サグリ を いれよう と しかけて いる ほど ジブン の キモチ に ヨユウ を あたえて いる だけ だ と いう こと を みとめる と、 ケイスケ は もう それ イジョウ その モンダイ に たちいる こと を ひかえる よう に ケッシン した。 カレ は しかし ココロ の ソコ では、 どんな に か イマ の こういう ココロ の いきいき した シュンカン、 フタリ の まさに ふれあおう と して いる ココロ の オノノキ の よう な もの の かんぜられる この シュンカン を、 いつまでも ジブン と ツマ との アイダ に ひきとめて おきたかったろう。 ――が、 カレ は イマ、 ココロ の ゼンメン に、 ビョウショウ の ナカ から も カレ の する こと を ヒトツヒトツ みまもって いる よう な カレ の ハハ の ふけた カオ を はっきり と よみがえらせた。 その めっきり ふけた よう な ハハ の カオ も、 それから また、 その ビョウキ さえ も、 ナニ か イマ こんな ところ で こんな こと を して いる ジブン たち の せい の よう な キ も されて、 この キ の ちいさな オトコ は ミョウ に イマ の ジブン が うしろめたい よう に かんぜられた。 カレ は その ハハ が じつは コノゴロ ひそか に ナオコ に テ を さしのべて いよう なぞ とは ゆめにも しらなかった の だ。 そして カレ ジシン は と いえば、 サイキン やっと ヒトコロ の よう に ナオコ の こと で ナニ か はげしく くいる よう な こと も なくなり、 ふたたび また イゼン の オヤコ サシムカイ の メンドウ の ない セイカツ に イッシュ の ブショウ から くる ヤスラカサ を かんじて いる ヤサキ でも あった の だ。 ――そういった ケントウ を ココロ の ナカ で しおえた ケイスケ は もうすこし スベテ が なんとか なる まで、 このまま、 ナオコ にも ガマン して いて もらわねば ならぬ と いう ケツロン に たっした。

 ナオコ は もう なにも かんがえず に、 ユキ の ふる ソウガイ へ メ を やって、 クレガタ の タニマ の ムコウ に サッキ から みえたり きえたり して いる、 なんだか それ と すっかり おなじ もの を コドモ の コロ に みた よう な キ の する、 キョウカイ の とがった ヤネ を ぼんやり ながめつづけて いた。
 ケイスケ は トケイ を だして みた。 ナオコ は カレ の ほう を ちらっと みて、
「どうぞ もう おかえり に なって ちょうだい。 アシタ も、 もう いらっしゃらなく とも いい わ。 ヒトリ で かえれる から」 と いった。
 ケイスケ は トケイ を テ に した まま、 ふと カノジョ が ミョウチョウ こんな ユキ の ナカ を かえって いって、 もっと ユキ の ふかい ヤマ の ナカ で また ヒトリ で もって くらしだす ヨウス を おもいえがいた。 カレ は コノゴロ わすれる とも なく わすれて いた キョウレツ な ショウドクヤク や ビョウキ や シ の フアン の ニオイ を ココロ に よみがえらせた。 ナニ か タマシイ を ゆすぶる もの の よう に。……
 ナオコ は その アイダ、 うつけた よう に なりきった オット の カオ を みまもって いた。 カノジョ は なんとはなし に ムシン な ホホエミ らしい もの を うかべた。 ひょっと したら オット が いまにも その シュンカン の カノジョ の ココロ の ウチ が わかって、 「もう 2~3 ニチ この ホテル に このまま いない か。 そうして ダレ にも わからない よう に フタリ で こっそり くらそう。……」 そんな こと を いいだしそう な キ が した から で あった。
 が、 オット は ナニ か ある カンガエ を はらいのけ でも する よう に アタマ を ふりながら、 なにも いわず に、 それまで テ に して いた トケイ を しずか に カクシ に しまった だけ だった。 もう ジブン は かえらなければ ならない と いう こと を それ で しらせる よう に。……

 ナオコ は、 ケイスケ が ユキ を かきわけながら かえる の を うすぐらい ゲンカン に みおくった ノチ、 そのまま ガラスド に カオ を おしあてる よう に して、 ナニ か バケモノ-じみて みえる スウホン の マッシロ な シュロ-ゴシ に、 ぼんやり と クレガタ の ユキゲシキ を ながめて いた。 ユキ は まだ なかなか やみそう も なかった。 カノジョ は しばらく の アイダ、 イマ の ジブン の ココロ の ウチ と カンケイ が ある の だ か ない の だ か も わからない よう な こと を それ から それ へ と おもいだして は、 また、 それ を ソバ から すぐ わすれて しまって いる よう な、 クウキョ な ココロモチ を まもって いた。 それ は なにもかも が カタガワ だけ に ユキ を ふきつけられて いる ヤマ の エキ の コウケイ だったり、 イマシガタ まで みて いた のに もう どうしても それ を いつ みた の だ か おもいだせない どこ か の キョウカイ の セントウ だったり、 アキラ の ナニ か を じっと たえて いる よう な ヨウス だったり、 わめきながら ユキナゲ を して いる タクサン の コドモ たち だったり した。……
 その とき やっと カノジョ が セ を むけて いた ヒロマ の デントウ が ともった らしかった。 その ため に カノジョ が カオ を おしつけて いた ガラス が ヒカリ を ハンシャ し、 ソト の ケシキ が キュウ に みにくく なった。 カノジョ は それ を キカイ に、 コンヤ この ちいさな ホテル ――サッキ から ガイジン が 2~3 ニン ちらっと スガタ を みせた きり だった―― に ヒトリ きり で すごさなければ ならない の だ と いう こと を はじめて かんがえだした。 しかし この こと は カノジョ に わびしい とか、 くやしい とか、 そういう よう な カンジョウ を しょうじさせる イトマ は ほとんど なかった。 ヒトツ の ソウネン が キュウ に カノジョ の ココロ に ひろがりだして いた から だった。 それ は ジブン が キョウ の よう に ナニモノ か に みせられた よう に ムチュウ に なって ナニ か テアタリバッタリ の こと を しつづけて いる うち に、 ヒトツトコロ に じっと した きり では とうてい かんがえおよばない よう な イクツ か の ジンセイ の ダンメン が ジブン の マエ に とつぜん あらわれたり きえたり しながら、 ナニ か ジブン に あたらしい ジンセイ の ミチ を それとなく さししめして いて くれる よう に おもわれて きた こと だった。
 カノジョ は そんな カンガエ に ふけりながら、 もう ぼおっと しろい もの の ホカ は なにも みえなく なりだした コガイ の ケシキ を、 まだ なんと いう こと も なし に、 ながめつづけて いた。 そう やって つめたい ガラス に ジブン の カオ を おしつける よう に して いる の が、 カノジョ には だんだん キモチ よく かんぜられて きて いた。 ヒロマ の ナカ は カノジョ の カオ が ほてりだす ほど、 あたたか だった の だ。 カノジョ は こういう キモチ ヨサ にも、 ジブン が アス かえって ゆかなければ ならない ヤマ の リョウヨウジョ の すいつく よう な サムサ を おもわず には いられなかった。……
 キュウジ が ショクジ の ヨウイ の できた こと を しらせ に きた。 カノジョ は だまって うなずき、 キュウ に クウフク を かんじだしながら、 そのまま ジブン の ヘヤ へは かえらず に、 サッキ から しずか に サラ の オト の しだして いる オク の ショクドウ の ほう へ むかって あるきだした。

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