カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ココロ 「センセイ と ワタクシ 2」

2015-09-08 | ナツメ ソウセキ
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 フタリ が かえる とき あるきながら の チンモク が 1 チョウ も 2 チョウ も つづいた。 その アト で とつぜん センセイ が クチ を ききだした。
「わるい こと を した。 おこって でた から サイ は さぞ シンパイ を して いる だろう。 かんがえる と オンナ は かわいそう な もの です ね。 ワタクシ の サイ など は ワタクシ より ホカ に まるで タヨリ に する もの が ない ん だ から」
 センセイ の コトバ は ちょっと そこ で とぎれた が、 べつに ワタクシ の ヘンジ を キタイ する ヨウス も なく、 すぐ その ツヅキ へ うつって いった。
「そう いう と、 オット の ほう は いかにも ココロジョウブ の よう で すこし コッケイ だ が。 キミ、 ワタクシ は キミ の メ に どう うつります かね。 つよい ヒト に みえます か、 よわい ヒト に みえます か」
「チュウグライ に みえます」 と ワタクシ は こたえた。 この コタエ は センセイ に とって すこし アンガイ らしかった。 センセイ は また クチ を とじて、 ムゴン で あるきだした。
 センセイ の ウチ へ かえる には ワタクシ の ゲシュク の つい ソバ を とおる の が ジュンロ で あった。 ワタクシ は そこ まで きて、 マガリカド で わかれる の が センセイ に すまない よう な キ が した。 「ついでに オタク の マエ まで オトモ しましょう か」 と いった。 センセイ は たちまち テ で ワタクシ を さえぎった。
「もう おそい から はやく かえりたまえ。 ワタクシ も はやく かえって やる ん だ から、 サイクン の ため に」
 センセイ が サイゴ に つけくわえた 「サイクン の ため に」 と いう コトバ は ミョウ に その とき の ワタクシ の ココロ を あたたか に した。 ワタクシ は その コトバ の ため に、 かえって から アンシン して ねる こと が できた。 ワタクシ は ソノゴ も ながい アイダ この 「サイクン の ため に」 と いう コトバ を わすれなかった。
 センセイ と オクサン の アイダ に おこった ハラン が、 たいした もの で ない こと は これ でも わかった。 それ が また めった に おこる ゲンショウ で なかった こと も、 ソノゴ たえず デイリ を して きた ワタクシ には ほぼ スイサツ が できた。 それ どころ か センセイ は ある とき こんな カンソウ すら ワタクシ に もらした。
「ワタクシ は ヨノナカ で オンナ と いう もの を たった ヒトリ しか しらない。 サイ イガイ の オンナ は ほとんど オンナ と して ワタクシ に うったえない の です。 サイ の ほう でも、 ワタクシ を テンカ に ただ ヒトリ しか ない オトコ と おもって くれて います。 そういう イミ から いって、 ワタクシタチ は もっとも コウフク に うまれた ニンゲン の イッツイ で ある べき はず です」
 ワタクシ は イマ ゼンゴ の ユキガカリ を わすれて しまった から、 センセイ が なんの ため に こんな ジハク を ワタクシ に して きかせた の か、 はっきり いう こと が できない。 けれども センセイ の タイド の マジメ で あった の と、 チョウシ の しずんで いた の とは、 いまだに キオク に のこって いる。 その とき ただ ワタクシ の ミミ に イヨウ に ひびいた の は、 「もっとも コウフク に うまれた ニンゲン の イッツイ で ある べき はず です」 と いう サイゴ の イック で あった。 センセイ は なぜ コウフク な ニンゲン と いいきらない で、 ある べき はず で ある と ことわった の か。 ワタクシ には それ だけ が フシン で あった。 ことに そこ へ イッシュ の チカラ を いれた センセイ の ゴキ が フシン で あった。 センセイ は じじつ はたして コウフク なの だろう か、 また コウフク で ある べき はず で ありながら、 それほど コウフク で ない の だろう か。 ワタクシ は ココロ の ウチ で うたぐらざる を えなかった。 けれども その ウタガイ は イチジ かぎり どこ か へ ほうむられて しまった。
 ワタクシ は そのうち センセイ の ルス に いって、 オクサン と フタリ サシムカイ で ハナシ を する キカイ に であった。 センセイ は その ヒ ヨコハマ を シュッパン する キセン に のって ガイコク へ ゆく べき ユウジン を シンバシ へ おくり に いって ルス で あった。 ヨコハマ から フネ に のる ヒト が、 アサ 8 ジ ハン の キシャ で シンバシ を たつ の は その コロ の シュウカン で あった。 ワタクシ は ある ショモツ に ついて センセイ に はなして もらう ヒツヨウ が あった ので、 あらかじめ センセイ の ショウダク を えた とおり、 ヤクソク の 9 ジ に ホウモン した。 センセイ の シンバシ-ユキ は ゼンジツ わざわざ コクベツ に きた ユウジン に たいする レイギ と して その ヒ とつぜん おこった デキゴト で あった。 センセイ は すぐ かえる から ルス でも ワタクシ に まって いる よう に と いいのこして いった。 それで ワタクシ は ザシキ へ あがって、 センセイ を まつ アイダ、 オクサン と ハナシ を した。

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 その とき の ワタクシ は すでに ダイガクセイ で あった。 はじめて センセイ の ウチ へ きた コロ から みる と ずっと セイジン した キ で いた。 オクサン とも だいぶ コンイ に なった ノチ で あった。 ワタクシ は オクサン に たいして なんの キュウクツ も かんじなかった。 サシムカイ で イロイロ の ハナシ を した。 しかし それ は トクショク の ない タダ の ダンワ だ から、 イマ では まるで わすれて しまった。 その ウチ で たった ヒトツ ワタクシ の ミミ に とまった もの が ある。 しかし それ を はなす マエ に、 ちょっと ことわって おきたい こと が ある。
 センセイ は ダイガク シュッシン で あった。 これ は ハジメ から ワタクシ に しれて いた。 しかし センセイ の なにも しない で あそんで いる と いう こと は、 トウキョウ へ かえって すこし たって から はじめて わかった。 ワタクシ は その とき どうして あそんで いられる の か と おもった。
 センセイ は まるで セケン に ナマエ を しられて いない ヒト で あった。 だから センセイ の ガクモン や シソウ に ついて は、 センセイ と ミッセツ の カンケイ を もって いる ワタクシ より ホカ に ケイイ を はらう モノ の ある べき はず が なかった。 それ を ワタクシ は つねに おしい こと だ と いった。 センセイ は また 「ワタクシ の よう な モノ が ヨノナカ へ でて、 クチ を きいて は すまない」 と こたえる ぎり で、 とりあわなかった。 ワタクシ には その コタエ が ケンソン-すぎて かえって セケン を レイヒョウ する よう にも きこえた。 じっさい センセイ は ときどき ムカシ の ドウキュウセイ で イマ チョメイ に なって いる ダレカレ を とらえて、 ひどく ブエンリョ な ヒヒョウ を くわえる こと が あった。 それで ワタクシ は ロコツ に その ムジュン を あげて ウンヌン して みた。 ワタクシ の セイシン は ハンコウ の イミ と いう より も、 セケン が センセイ を しらない で ヘイキ で いる の が ザンネン だった から で ある。 その とき センセイ は しずんだ チョウシ で、 「どうしても ワタクシ は セケン に むかって はたらきかける シカク の ない オトコ だ から シカタ が ありません」 と いった。 センセイ の カオ には ふかい イッシュ の ヒョウジョウ が ありあり と きざまれた。 ワタクシ には それ が シツボウ だ か、 フヘイ だ か、 ヒアイ だ か、 わからなかった けれども、 なにしろ ニノク の つげない ほど に つよい もの だった ので、 ワタクシ は それぎり なにも いう ユウキ が でなかった。
 ワタクシ が オクサン と はなして いる アイダ に、 モンダイ が しぜん センセイ の こと から そこ へ おちて きた。
「センセイ は なぜ ああ やって、 ウチ で かんがえたり ベンキョウ したり なさる だけ で、 ヨノナカ へ でて シゴト を なさらない ん でしょう」
「あの ヒト は ダメ です よ。 そういう こと が きらい なん です から」
「つまり くだらない こと だ と さとって いらっしゃる ん でしょう か」
「さとる の さとらない の って、 ――そりゃ オンナ だ から ワタクシ には わかりません けれど、 おそらく そんな イミ じゃ ない でしょう。 やっぱり ナニ か やりたい の でしょう。 それでいて できない ん です。 だから キノドク です わ」
「しかし センセイ は ケンコウ から いって、 べつに どこ も わるい ところ は ない よう じゃ ありません か」
「ジョウブ です とも。 なんにも ジビョウ は ありません」
「それ で なぜ カツドウ が できない ん でしょう」
「それ が わからない のよ、 アナタ。 それ が わかる くらい なら ワタクシ だって、 こんな に シンパイ し や しません。 わからない から キノドク で たまらない ん です」
 オクサン の ゴキ には ヒジョウ に ドウジョウ が あった。 それでも クチモト だけ には ビショウ が みえた。 ソトガワ から いえば、 ワタクシ の ほう が むしろ マジメ だった。 ワタクシ は むずかしい カオ を して だまって いた。 すると オクサン が キュウ に おもいだした よう に また クチ を ひらいた。
「わかい とき は あんな ヒト じゃ なかった ん です よ。 わかい とき は まるで ちがって いました。 それ が まったく かわって しまった ん です」
「わかい とき って イツゴロ です か」 と ワタクシ が きいた。
「ショセイ ジダイ よ」
「ショセイ ジダイ から センセイ を しって いらっしゃった ん です か」
 オクサン は キュウ に うすあかい カオ を した。

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 オクサン は トウキョウ の ヒト で あった。 それ は かつて センセイ から も オクサン ジシン から も きいて しって いた。 オクサン は 「ホントウ いう と アイノコ なん です よ」 と いった。 オクサン の チチオヤ は たしか トットリ か どこ か の デ で ある のに、 オカアサン の ほう は まだ エド と いった ジブン の イチガヤ で うまれた オンナ なので、 オクサン は ジョウダン ハンブン そう いった の で ある。 ところが センセイ は まったく ホウガク チガイ の ニイガタ ケンジン で あった。 だから オクサン が もし センセイ の ショセイ ジダイ を しって いる と すれば、 キョウリ の カンケイ から で ない こと は あきらか で あった。 しかし うすあかい カオ を した オクサン は それ より イジョウ の ハナシ を したく ない よう だった ので、 ワタクシ の ほう でも ふかく は きかず に おいた。
 センセイ と シリアイ に なって から センセイ の なくなる まで に、 ワタクシ は ずいぶん イロイロ の モンダイ で センセイ の シソウ や ジョウソウ に ふれて みた が、 ケッコン トウジ の ジョウキョウ に ついて は、 ほとんど ナニモノ も ききえなかった。 ワタクシ は トキ に よる と、 それ を ゼンイ に カイシャク して も みた。 ネンパイ の センセイ の こと だ から、 なまめかしい カイソウ など を わかい モノ に きかせる の は わざと つつしんで いる の だろう と おもった。 トキ に よる と、 また それ を わるく も とった。 センセイ に かぎらず、 オクサン に かぎらず、 フタリ とも ワタクシ に くらべる と、 イチジダイ マエ の インシュウ の ウチ に セイジン した ため に、 そういう つやっぽい モンダイ に なる と、 ショウジキ に ジブン を カイホウ する だけ の ユウキ が ない の だろう と かんがえた。 もっとも どちら も スイソク に すぎなかった。 そうして どちら の スイソク の ウラ にも、 フタリ の ケッコン の オク に よこたわる はなやか な ロマンス の ソンザイ を カテイ して いた。
 ワタクシ の カテイ は はたして あやまらなかった。 けれども ワタクシ は ただ コイ の ハンメン だけ を ソウゾウ に えがきえた に すぎなかった。 センセイ は うつくしい レンアイ の ウラ に、 おそろしい ヒゲキ を もって いた。 そうして その ヒゲキ の どんな に センセイ に とって みじめ な もの で ある か は アイテ の オクサン に まるで しれて いなかった。 オクサン は イマ でも それ を しらず に いる。 センセイ は それ を オクサン に かくして しんだ。 センセイ は オクサン の コウフク を ハカイ する マエ に、 まず ジブン の セイメイ を ハカイ して しまった。
 ワタクシ は イマ この ヒゲキ に ついて ナニゴト も かたらない。 その ヒゲキ の ため に むしろ うまれでた とも いえる フタリ の レンアイ に ついて は、 さっき いった とおり で あった。 フタリ とも ワタクシ には ほとんど なにも はなして くれなかった。 オクサン は ツツシミ の ため に、 センセイ は また それ イジョウ の ふかい リユウ の ため に。
 ただ ヒトツ ワタクシ の キオク に のこって いる こと が ある。 ある とき ハナジブン に ワタクシ は センセイ と イッショ に ウエノ へ いった。 そうして そこ で うつくしい イッツイ の ナンニョ を みた。 カレラ は むつまじそう に よりそって ハナ の シタ を あるいて いた。 バショ が バショ なので、 ハナ より も そちら を むいて メ を そばだてて いる ヒト が たくさん あった。
「シンコン の フウフ の よう だね」 と センセイ が いった。
「ナカ が よさそう です ね」 と ワタクシ が こたえた。
 センセイ は クショウ さえ しなかった。 フタリ の ナンニョ を シセン の ホカ に おく よう な ホウガク へ アシ を むけた。 それから ワタクシ に こう きいた。
「キミ は コイ を した こと が あります か」
 ワタクシ は ない と こたえた。
「コイ を したく は ありません か」
 ワタクシ は こたえなかった。
「したく ない こと は ない でしょう」
「ええ」
「キミ は イマ あの オトコ と オンナ を みて、 ひやかしました ね。 あの ヒヤカシ の ウチ には キミ が コイ を もとめながら アイテ を えられない と いう フカイ の コエ が まじって いましょう」
「そんな ふう に きこえました か」
「きこえました。 コイ の マンゾク を あじわって いる ヒト は もっと あたたかい コエ を だす もの です。 しかし…… しかし キミ、 コイ は ザイアク です よ。 わかって います か」
 ワタクシ は キュウ に おどろかされた。 なんとも ヘンジ を しなかった。

 13

 ワレワレ は グンシュウ の ナカ に いた。 グンシュウ は いずれ も うれしそう な カオ を して いた。 そこ を とおりぬけて、 ハナ も ヒト も みえない モリ の ナカ へ くる まで は、 おなじ モンダイ を クチ に する キカイ が なかった。
「コイ は ザイアク です か」 と ワタクシ が その とき とつぜん きいた。
「ザイアク です。 たしか に」 と こたえた とき の センセイ の ゴキ は マエ と おなじ よう に つよかった。
「なぜ です か」
「なぜ だ か いまに わかります。 いまに じゃ ない、 もう わかって いる はず です。 アナタ の ココロ は とっく の ムカシ から すでに コイ で うごいて いる じゃ ありません か」
 ワタクシ は いちおう ジブン の ムネ の ナカ を しらべて みた。 けれども そこ は アンガイ に クウキョ で あった。 おもいあたる よう な もの は なんにも なかった。
「ワタクシ の ムネ の ナカ に これ と いう モクテキブツ は ヒトツ も ありません。 ワタクシ は センセイ に なにも かくして は いない つもり です」
「モクテキブツ が ない から うごく の です。 あれば おちつける だろう と おもって うごきたく なる の です」
「イマ それほど うごいちゃ いません」
「アナタ は ものたりない ケッカ ワタクシ の ところ に うごいて きた じゃ ありません か」
「それ は そう かも しれません。 しかし それ は コイ とは ちがいます」
「コイ に のぼる カイダン なん です。 イセイ と だきあう ジュンジョ と して、 まず ドウセイ の ワタクシ の ところ へ うごいて きた の です」
「ワタクシ には フタツ の もの が まったく セイシツ を コト に して いる よう に おもわれます」
「いや おなじ です。 ワタクシ は オトコ と して どうしても アナタ に マンゾク を あたえられない ニンゲン なの です。 それから、 ある トクベツ の ジジョウ が あって、 なおさら アナタ に マンゾク を あたえられない で いる の です。 ワタクシ は じっさい オキノドク に おもって います。 アナタ が ワタクシ から ヨソ へ うごいて いく の は シカタ が ない。 ワタクシ は むしろ それ を キボウ して いる の です。 しかし……」
 ワタクシ は へんに かなしく なった。
「ワタクシ が センセイ から はなれて ゆく よう に おおもい に なれば シカタ が ありません が、 ワタクシ に そんな キ の おこった こと は まだ ありません」
 センセイ は ワタクシ の コトバ に ミミ を かさなかった。
「しかし キ を つけない と いけない。 コイ は ザイアク なん だ から。 ワタクシ の ところ では マンゾク が えられない カワリ に キケン も ない が、 ――キミ、 くろい ながい カミ で しばられた とき の ココロモチ を しって います か」
 ワタクシ は ソウゾウ で しって いた。 しかし ジジツ と して は しらなかった。 いずれ に して も センセイ の いう ザイアク と いう イミ は もうろう と して よく わからなかった。 そのうえ ワタクシ は すこし フユカイ に なった。
「センセイ、 ザイアク と いう イミ を もっと はっきり いって きかして ください。 それ で なければ この モンダイ を ここ で きりあげて ください。 ワタクシ ジシン に ザイアク と いう イミ が はっきり わかる まで」
「わるい こと を した。 ワタクシ は アナタ に マコト を はなして いる キ で いた。 ところが ジッサイ は、 アナタ を じらして いた の だ。 ワタクシ は わるい こと を した」
 センセイ と ワタクシ とは ハクブツカン の ウラ から ウグイスダニ の ホウガク に しずか な ホチョウ で あるいて いった。 カキ の スキマ から ひろい ニワ の イチブ に しげる クマザサ が ユウスイ に みえた。
「キミ は ワタクシ が なぜ マイゲツ ゾウシガヤ の ボチ に うまって いる ユウジン の ハカ へ まいる の か しって います か」
 センセイ の この トイ は まったく トツゼン で あった。 しかも センセイ は ワタクシ が この トイ に たいして こたえられない と いう こと も よく ショウチ して いた。 ワタクシ は しばらく ヘンジ を しなかった。 すると センセイ は はじめて キ が ついた よう に こう いった。
「また わるい こと を いった。 じらせる の が わるい と おもって、 セツメイ しよう と する と、 その セツメイ が また アナタ を じらせる よう な ケッカ に なる。 どうも シカタ が ない。 この モンダイ は これ で やめましょう。 とにかく コイ は ザイアク です よ、 よ ござんす か。 そうして シンセイ な もの です よ」
 ワタクシ には センセイ の ハナシ が ますます わからなく なった。 しかし センセイ は それぎり コイ を クチ に しなかった。

 14

 トシ の わかい ワタクシ は ややともすると イチズ に なりやすかった。 すくなくとも センセイ の メ には そう うつって いた らしい。 ワタクシ には ガッコウ の コウギ より も センセイ の ダンワ の ほう が ユウエキ なの で あった。 キョウジュ の イケン より も センセイ の シソウ の ほう が ありがたい の で あった。 トド の ツマリ を いえば、 キョウダン に たって ワタクシ を シドウ して くれる えらい ヒトビト より も ただ ヒトリ を まもって オオク を かたらない センセイ の ほう が えらく みえた の で あった。
「あんまり のぼせちゃ いけません」 と センセイ が いった。
「さめた ケッカ と して そう おもう ん です」 と こたえた とき の ワタクシ には ジュウブン の ジシン が あった。 その ジシン を センセイ は うけがって くれなかった。
「アナタ は ネツ に うかされて いる の です。 ネツ が さめる と いや に なります。 ワタクシ は イマ の アナタ から それほど に おもわれる の を、 くるしく かんじて います。 しかし これから サキ の アナタ に おこる べき ヘンカ を ヨソウ して みる と、 なお くるしく なります」
「ワタクシ は それほど ケイハク に おもわれて いる ん です か。 それほど フシンヨウ なん です か」
「ワタクシ は オキノドク に おもう の です」
「キノドク だ が シンヨウ されない と おっしゃる ん です か」
 センセイ は メイワク そう に ニワ の ほう を むいた。 その ニワ に、 コノアイダ まで おもそう な あかい つよい イロ を ぽたぽた てんじて いた ツバキ の ハナ は もう ヒトツ も みえなかった。 センセイ は ザシキ から この ツバキ の ハナ を よく ながめる クセ が あった。
「シンヨウ しない って、 とくに アナタ を シンヨウ しない ん じゃ ない。 ニンゲン ゼンタイ を シンヨウ しない ん です」
 その とき イケガキ の ムコウ で キンギョウリ らしい コエ が した。 その ホカ には なんの きこえる もの も なかった。 オオドオリ から 2 チョウ も ふかく おれこんだ コウジ は ぞんがい しずか で あった。 ウチ の ナカ は イツモ の とおり ひっそり して いた。 ワタクシ は ツギノマ に オクサン の いる こと を しって いた。 だまって ハリシゴト か ナニ か して いる オクサン の ミミ に ワタクシ の ハナシゴエ が きこえる と いう こと も しって いた。 しかし ワタクシ は まったく それ を わすれて しまった。
「じゃ オクサン も シンヨウ なさらない ん です か」 と センセイ に きいた。
 センセイ は すこし フアン な カオ を した。 そうして チョクセツ の コタエ を さけた。
「ワタクシ は ワタクシ ジシン さえ シンヨウ して いない の です。 つまり ジブン で ジブン が シンヨウ できない から、 ヒト も シンヨウ できない よう に なって いる の です。 ジブン を のろう より ホカ に シカタ が ない の です」
「そう むずかしく かんがえれば、 ダレ だって たしか な もの は ない でしょう」
「いや かんがえた ん じゃ ない。 やった ん です。 やった アト で おどろいた ん です。 そうして ヒジョウ に こわく なった ん です」
 ワタクシ は もうすこし サキ まで おなじ ミチ を たどって ゆきたかった。 すると フスマ の カゲ で 「アナタ、 アナタ」 と いう オクサン の コエ が 2 ド きこえた。 センセイ は 2 ド-メ に 「ナン だい」 と いった。 オクサン は 「ちょっと」 と センセイ を ツギノマ へ よんだ。 フタリ の アイダ に どんな ヨウジ が おこった の か、 ワタクシ には わからなかった。 それ を ソウゾウ する ヨユウ を あたえない ほど はやく センセイ は また ザシキ へ かえって きた。
「とにかく あまり ワタクシ を シンヨウ して は いけません よ。 いまに コウカイ する から。 そうして ジブン が あざむかれた ヘンポウ に、 ザンコク な フクシュウ を する よう に なる もの だ から」
「そりゃ どういう イミ です か」
「かつて は その ヒト の ヒザ の マエ に ひざまずいた と いう キオク が、 コンド は その ヒト の アタマ の ウエ に アシ を のせさせよう と する の です。 ワタクシ は ミライ の ブジョク を うけない ため に、 イマ の ソンケイ を しりぞけたい と おもう の です。 ワタクシ は イマ より いっそう さびしい ミライ の ワタクシ を ガマン する カワリ に、 さびしい イマ の ワタクシ を ガマン したい の です。 ジユウ と ドクリツ と オノレ と に みちた ゲンダイ に うまれた ワレワレ は、 その ギセイ と して ミンナ この サビシミ を あじわわなくて は ならない でしょう」
 ワタクシ は こういう カクゴ を もって いる センセイ に たいして、 いう べき コトバ を しらなかった。

 15

 ソノゴ ワタクシ は オクサン の カオ を みる たび に キ に なった。 センセイ は オクサン に たいして も しじゅう こういう タイド に でる の だろう か。 もし そう だ と すれば、 オクサン は それ で マンゾク なの だろう か。
 オクサン の ヨウス は マンゾク とも フマンゾク とも キメヨウ が なかった。 ワタクシ は それほど ちかく オクサン に セッショク する キカイ が なかった から。 それから オクサン は ワタクシ に あう たび に ジンジョウ で あった から。 サイゴ に センセイ の いる セキ で なければ ワタクシ と オクサン とは めった に カオ を あわせなかった から。
 ワタクシ の ギワク は まだ その うえ にも あった。 センセイ の ニンゲン に たいする この カクゴ は どこ から くる の だろう か。 ただ つめたい メ で ジブン を ナイセイ したり ゲンダイ を カンサツ したり した ケッカ なの だろう か。 センセイ は すわって かんがえる タチ の ヒト で あった。 センセイ の アタマ さえ あれば、 こういう タイド は すわって ヨノナカ を かんがえて いて も しぜん と でて くる もの だろう か。 ワタクシ には そう ばかり とは おもえなかった。 センセイ の カクゴ は いきた カクゴ らしかった。 ヒ に やけて レイキャク しきった セキゾウ カオク の リンカク とは ちがって いた。 ワタクシ の メ に えいずる センセイ は たしか に シソウカ で あった。 けれども その シソウカ の まとめあげた シュギ の ウラ には、 つよい ジジツ が おりこまれて いる らしかった。 ジブン と きりはなされた タニン の ジジツ で なくって、 ジブン ジシン が ツウセツ に あじわった ジジツ、 チ が あつく なったり ミャク が とまったり する ほど の ジジツ が、 たたみこまれて いる らしかった。
 これ は ワタクシ の ムネ で スイソク する が もの は ない。 センセイ ジシン すでに そう だ と コクハク して いた。 ただ その コクハク が クモ の ミネ の よう で あった。 ワタクシ の アタマ の ウエ に ショウタイ の しれない おそろしい もの を おおいかぶせた。 そうして なぜ それ が おそろしい か ワタクシ にも わからなかった。 コクハク は ぼうと して いた。 それでいて あきらか に ワタクシ の シンケイ を ふるわせた。
 ワタクシ は センセイ の この ジンセイカン の キテン に、 ある キョウレツ な レンアイ ジケン を カテイ して みた。 (むろん センセイ と オクサン との アイダ に おこった)。 センセイ が かつて コイ は ザイアク だ と いった こと から てらしあわせて みる と、 たしょう それ が テガカリ にも なった。 しかし センセイ は げんに オクサン を あいして いる と ワタクシ に つげた。 すると フタリ の コイ から こんな エンセイ に ちかい カクゴ が でよう はず が なかった。 「かつて は その ヒト の マエ に ひざまずいた と いう キオク が、 コンド は その ヒト の アタマ の ウエ に アシ を のせさせよう と する」 と いった センセイ の コトバ は、 ゲンダイ イッパン の タレカレ に ついて もちいられる べき で、 センセイ と オクサン の アイダ には あてはまらない もの の よう でも あった。
 ゾウシガヤ に ある ダレ だ か わからない ヒト の ハカ、 ――これ も ワタクシ の キオク に ときどき うごいた。 ワタクシ は それ が センセイ と ふかい エンコ の ある ハカ だ と いう こと を しって いた。 センセイ の セイカツ に ちかづきつつ ありながら、 ちかづく こと の できない ワタクシ は、 センセイ の アタマ の ナカ に ある イノチ の ダンペン と して、 その ハカ を ワタクシ の アタマ の ナカ にも うけいれた。 けれども ワタクシ に とって その ハカ は まったく しんだ もの で あった。 フタリ の アイダ に ある イノチ の トビラ を あける カギ には ならなかった。 むしろ フタリ の アイダ に たって、 ジユウ の オウライ を さまたげる マモノ の よう で あった。
 そうこう して いる うち に、 ワタクシ は また オクサン と サシムカイ で ハナシ を しなければ ならない ジキ が きた。 その コロ は ヒ の つまって ゆく せわしない アキ に、 ダレ も チュウイ を ひかれる ハダサム の キセツ で あった。 センセイ の フキン で トウナン に かかった モノ が サン、 ヨッカ つづいて でた。 トウナン は いずれ も ヨイ の クチ で あった。 たいした もの を もって ゆかれた ウチ は ほとんど なかった けれども、 はいられた ところ では かならず ナニ か とられた。 オクサン は キミ を わるく した。 そこ へ センセイ が ある バン ウチ を あけなければ ならない ジジョウ が できて きた。 センセイ と ドウキョウ の ユウジン で チホウ の ビョウイン に ホウショク して いる モノ が ジョウキョウ した ため、 センセイ は ホカ の 2~3 メイ と ともに、 ある ところ で その ユウジン に メシ を くわせなければ ならなく なった。 センセイ は ワケ を はなして、 ワタクシ に かえって くる アイダ まで の ルスバン を たのんだ。 ワタクシ は すぐ ひきうけた。

 16

 ワタクシ の いった の は まだ ヒ の つく か つかない クレガタ で あった が、 キチョウメン な センセイ は もう ウチ に いなかった。 「ジカン に おくれる と わるい って、 つい いましがた でかけました」 と いった オクサン は、 ワタクシ を センセイ の ショサイ へ アンナイ した。
 ショサイ には テーブル と イス の ホカ に、 タクサン の ショモツ が うつくしい セガワ を ならべて、 ガラスゴシ に デントウ の ヒカリ で てらされて いた。 オクサン は ヒバチ の マエ に しいた ザブトン の ウエ へ ワタクシ を すわらせて、 「ちっと そこいら に ある ホン でも よんで いて ください」 と ことわって でて いった。 ワタクシ は ちょうど シュジン の カエリ を まちうける キャク の よう な キ が して すまなかった。 ワタクシ は かしこまった まま タバコ を のんで いた。 オクサン が チャノマ で ナニ か ゲジョ に はなして いる コエ が きこえた。 ショサイ は チャノマ の エンガワ を つきあたって おれまがった カド に ある ので、 ムネ の イチ から いう と、 ザシキ より も かえって かけはなれた シズカサ を りょうして いた。 ヒトシキリ で オクサン の ハナシゴエ が やむ と、 アト は しんと した。 ワタクシ は ドロボウ を まちうける よう な ココロモチ で、 じっと しながら キ を どこ か に くばった。
 30 プン ほど する と、 オクサン が また ショサイ の イリグチ へ カオ を だした。 「おや」 と いって、 かるく おどろいた とき の メ を ワタクシ に むけた。 そうして キャク に きた ヒト の よう に しかつめらしく ひかえて いる ワタクシ を おかしそう に みた。
「それ じゃ キュウクツ でしょう」
「いえ、 キュウクツ じゃ ありません」
「でも タイクツ でしょう」
「いいえ。 ドロボウ が くる か と おもって キンチョウ して いる から タイクツ でも ありません」
 オクサン は テ に コウチャ-ヂャワン を もった まま、 わらいながら そこ に たって いた。
「ここ は スミッコ だ から バン を する には よく ありません ね」 と ワタクシ が いった。
「じゃ シツレイ です が もっと マンナカ へ でて きて ちょうだい。 ゴタイクツ だろう と おもって、 オチャ を いれて もって きた ん です が、 チャノマ で よろしければ あちら で あげます から」
 ワタクシ は オクサン の アト に ついて ショサイ を でた。 チャノマ には きれい な ナガヒバチ に テツビン が なって いた。 ワタクシ は そこ で チャ と カシ の ゴチソウ に なった。 オクサン は ねられない と いけない と いって、 チャワン に テ を ふれなかった。
「センセイ は やっぱり ときどき こんな カイ へ おでかけ に なる ん です か」
「いいえ めった に でた こと は ありません。 チカゴロ は だんだん ヒト の カオ を みる の が きらい に なる よう です」
 こう いった オクサン の ヨウス に、 べつだん こまった もの だ と いう フウ も みえなかった ので、 ワタクシ は つい ダイタン に なった。
「それじゃ オクサン だけ が レイガイ なん です か」
「いいえ ワタクシ も きらわれて いる ヒトリ なん です」
「そりゃ ウソ です」 と ワタクシ が いった。 「オクサン ジシン ウソ と しりながら そう おっしゃる ん でしょう」
「なぜ」
「ワタクシ に いわせる と、 オクサン が すき に なった から セケン が きらい に なる ん です もの」
「アナタ は ガクモン を する カタ だけ あって、 なかなか オジョウズ ね。 カラッポ な リクツ を つかいこなす こと が。 ヨノナカ が きらい に なった から、 ワタクシ まで も きらい に なった ん だ とも いわれる じゃ ありません か。 それ と おんなじ リクツ で」
「リョウホウ とも いわれる こと は いわれます が、 この バアイ は ワタクシ の ほう が ただしい の です」
「ギロン は いや よ。 よく オトコ の カタ は ギロン だけ なさる のね、 おもしろそう に。 カラ の サカズキ で よく ああ あきず に ケンシュウ が できる と おもいます わ」
 オクサン の コトバ は すこし てひどかった。 しかし その コトバ の ミミザワリ から いう と、 けっして モウレツ な もの では なかった。 ジブン に ズノウ の ある こと を アイテ に みとめさせて、 そこ に イッシュ の ホコリ を みいだす ほど に オクサン は ゲンダイテキ で なかった。 オクサン は それ より もっと ソコ の ほう に しずんだ ココロ を ダイジ に して いる らしく みえた。

 17

 ワタクシ は まだ その アト に いう べき こと を もって いた。 けれども オクサン から いたずらに ギロン を しかける オトコ の よう に とられて は こまる と おもって エンリョ した。 オクサン は のみほした コウチャ-ヂャワン の ソコ を のぞいて だまって いる ワタクシ を そらさない よう に、 「もう 1 パイ あげましょう か」 と きいた。 ワタクシ は すぐ チャワン を オクサン の テ に わたした。
「イクツ? ヒトツ? フタッツ?」
 ミョウ な もの で カクザトウ を つまみあげた オクサン は、 ワタクシ の カオ を みて、 チャワン の ナカ へ いれる サトウ の カズ を きいた。 オクサン の タイド は ワタクシ に こびる と いう ほど では なかった けれども、 サッキ の つよい コトバ を つとめて うちけそう と する アイキョウ に みちて いた。
 ワタクシ は だまって チャ を のんだ。 のんで しまって も だまって いた。
「アナタ たいへん だまりこんじまった のね」 と オクサン が いった。
「ナニ か いう と また ギロン を しかける なんて、 しかりつけられそう です から」 と ワタクシ は こたえた。
「まさか」 と オクサン が ふたたび いった。
 フタリ は それ を イトグチ に また ハナシ を はじめた。 そうして また フタリ に キョウツウ な キョウミ の ある センセイ を モンダイ に した。
「オクサン、 サッキ の ツヅキ を もうすこし いわせて くださいません か。 オクサン には カラ な リクツ と きこえる かも しれません が、 ワタクシ は そんな ウワノソラ で いってる こと じゃ ない ん だ から」
「じゃ おっしゃい」
「イマ オクサン が キュウ に いなく なった と したら、 センセイ は ゲンザイ の とおり で いきて いられる でしょう か」
「そりゃ わからない わ、 アナタ。 そんな こと、 センセイ に きいて みる より ホカ に シカタ が ない じゃ ありません か。 ワタクシ の ところ へ もって くる モンダイ じゃ ない わ」
「オクサン、 ワタクシ は マジメ です よ。 だから にげちゃ いけません。 ショウジキ に こたえなくっちゃ」
「ショウジキ よ。 ショウジキ に いって ワタクシ には わからない のよ」
「じゃ オクサン は センセイ を どの くらい あいして いらっしゃる ん です か。 これ は センセイ に きく より むしろ オクサン に うかがって いい シツモン です から、 アナタ に うかがいます」
「なにも そんな こと を ひらきなおって きかなくって も いい じゃ ありません か」
「まじめくさって きく が もの は ない。 わかりきってる と おっしゃる ん です か」
「まあ そう よ」
「その くらい センセイ に チュウジツ な アナタ が キュウ に いなく なったら、 センセイ は どう なる ん でしょう。 ヨノナカ の どっち を むいて も おもしろそう で ない センセイ は、 アナタ が キュウ に いなく なったら アト で どう なる でしょう。 センセイ から みて じゃ ない。 アナタ から みて です よ。 アナタ から みて、 センセイ は コウフク に なる でしょう か、 フコウ に なる でしょう か」
「そりゃ ワタクシ から みれば わかって います。 (センセイ は そう おもって いない かも しれません が)。 センセイ は ワタクシ を はなれれば フコウ に なる だけ です。 あるいは いきて いられない かも しれません よ。 そう いう と、 オノボレ に なる よう です が、 ワタクシ は イマ センセイ を ニンゲン と して できる だけ コウフク に して いる ん だ と しんじて います わ。 どんな ヒト が あって も ワタクシ ほど センセイ を コウフク に できる モノ は ない と まで おもいこんで います わ。 それだから こうして おちついて いられる ん です」
「その シンネン が センセイ の ココロ に よく うつる はず だ と ワタクシ は おもいます が」
「それ は ベツモンダイ です わ」
「やっぱり センセイ から きらわれて いる と おっしゃる ん です か」
「ワタクシ は きらわれてる とは おもいません。 きらわれる ワケ が ない ん です もの。 しかし センセイ は セケン が きらい なん でしょう。 セケン と いう より チカゴロ では ニンゲン が きらい に なって いる ん でしょう。 だから その ニンゲン の 1 ニン と して、 ワタクシ も すかれる はず が ない じゃ ありません か」
 オクサン の きらわれて いる と いう イミ が やっと ワタクシ に のみこめた。

 18

 ワタクシ は オクサン の リカイリョク に カンシン した。 オクサン の タイド が キュウシキ の ニホン の オンナ-らしく ない ところ も ワタクシ の チュウイ に イッシュ の シゲキ を あたえた。 それ で オクサン は その コロ はやりはじめた いわゆる あたらしい コトバ など は ほとんど つかわなかった。
 ワタクシ は オンナ と いう もの に ふかい ツキアイ を した ケイケン の ない ウカツ な セイネン で あった。 オトコ と して の ワタクシ は、 イセイ に たいする ホンノウ から、 ドウケイ の モクテキブツ と して つねに オンナ を ゆめみて いた。 けれども それ は なつかしい ハル の クモ を ながめる よう な ココロモチ で、 ただ ばくぜん と ゆめみて いた に すぎなかった。 だから ジッサイ の オンナ の マエ へ でる と、 ワタクシ の カンジョウ が とつぜん かわる こと が ときどき あった。 ワタクシ は ジブン の マエ に あらわれた オンナ の ため に ひきつけられる カワリ に、 その バ に のぞんで かえって ヘン な ハンパツリョク を かんじた。 オクサン に たいした ワタクシ には そんな キ が まるで でなかった。 ふつう ナンニョ の アイダ に よこたわる シソウ の フヘイキン と いう カンガエ も ほとんど おこらなかった。 ワタクシ は オクサン の オンナ で ある と いう こと を わすれた。 ワタクシ は ただ セイジツ なる センセイ の ヒヒョウカ および ドウジョウカ と して オクサン を ながめた。
「オクサン、 ワタクシ が このまえ なぜ センセイ が セケンテキ に もっと カツドウ なさらない の だろう と いって、 アナタ に きいた とき に、 アナタ は おっしゃった こと が あります ね。 モト は ああ じゃ なかった ん だ って」
「ええ いいました。 じっさい あんな じゃ なかった ん です もの」
「どんな だった ん です か」
「アナタ の キボウ なさる よう な、 また ワタクシ の キボウ する よう な たのもしい ヒト だった ん です」
「それ が どうして キュウ に ヘンカ なすった ん です か」
「キュウ に じゃ ありません、 だんだん ああ なって きた のよ」
「オクサン は その アイダ しじゅう センセイ と イッショ に いらしった ん でしょう」
「むろん いました わ。 フウフ です もの」
「じゃ センセイ が そう かわって ゆかれる ゲンイン が ちゃんと わかる べき はず です がね」
「それだから こまる のよ。 アナタ から そう いわれる と じつに つらい ん です が、 ワタクシ には どう かんがえて も、 カンガエヨウ が ない ん です もの。 ワタクシ は イマ まで ナンベン あの ヒト に、 どうぞ うちあけて ください って たのんで みた か わかりゃ しません」
「センセイ は なんと おっしゃる ん です か」
「なんにも いう こと は ない、 なんにも シンパイ する こと は ない、 オレ は こういう セイシツ に なった ん だ から と いう だけ で、 とりあって くれない ん です」
 ワタクシ は だまって いた。 オクサン も コトバ を とぎらした。 ゲジョベヤ に いる ゲジョ は ことり とも オト を させなかった。 ワタクシ は まるで ドロボウ の こと を わすれて しまった。
「アナタ は ワタクシ に セキニン が ある ん だ と おもって や しません か」 と とつぜん オクサン が きいた。
「いいえ」 と ワタクシ が こたえた。
「どうぞ かくさず に いって ください。 そう おもわれる の は ミ を きられる より つらい ん だ から」 と オクサン が また いった。 「これ でも ワタクシ は センセイ の ため に できる だけ の こと は して いる つもり なん です」
「そりゃ センセイ も そう みとめて いられる ん だ から、 だいじょうぶ です。 ゴアンシン なさい、 ワタクシ が ホショウ します」
 オクサン は ヒバチ の ハイ を かきならした。 それから ミズサシ の ミズ を テツビン に さした。 テツビン は たちまち ナリ を しずめた。
「ワタクシ は とうとう シンボウ しきれなく なって、 センセイ に ききました。 ワタクシ に わるい ところ が ある なら エンリョ なく いって ください、 あらためられる ケッテン なら あらためる から って、 すると センセイ は、 オマエ に ケッテン なんか ありゃ しない、 ケッテン は オレ の ほう に ある だけ だ と いう ん です。 そう いわれる と、 ワタクシ かなしく なって シヨウ が ない ん です、 ナミダ が でて なお の こと ジブン の わるい ところ が ききたく なる ん です」
 オクサン は メ の ウチ に ナミダ を いっぱい ためた。

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