カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ココロ 「センセイ と ワタクシ 3」

2015-08-23 | ナツメ ソウセキ
 19

 はじめ ワタクシ は リカイ の ある ニョショウ と して オクサン に たいして いた。 ワタクシ が その キ で はなして いる うち に、 オクサン の ヨウス が しだいに かわって きた。 オクサン は ワタクシ の ズノウ に うったえる カワリ に、 ワタクシ の ハート を うごかしはじめた。 ジブン と オット の アイダ には なんの ワダカマリ も ない、 また ない はず で ある のに、 やはり ナニ か ある。 それだのに メ を あけて みきわめよう と する と、 やはり なんにも ない。 オクサン の ク に する ヨウテン は ここ に あった。
 オクサン は サイショ ヨノナカ を みる センセイ の メ が エンセイテキ だ から、 その ケッカ と して ジブン も きらわれて いる の だ と ダンゲン した。 そう ダンゲン して おきながら、 ちっとも そこ に おちついて いられなかった。 ソコ を わる と、 かえって その ギャク を かんがえて いた。 センセイ は ジブン を きらう ケッカ、 とうとう ヨノナカ まで いや に なった の だろう と スイソク して いた。 けれども どう ホネ を おって も、 その スイソク を つきとめて ジジツ と する こと が できなかった。 センセイ の タイド は どこまでも オット-らしかった。 シンセツ で やさしかった。 ウタガイ の カタマリ を その ヒ その ヒ の ジョウアイ で つつんで、 そっと ムネ の オク に しまって おいた オクサン は、 その バン その ツツミ の ナカ を ワタクシ の マエ で あけて みせた。
「アナタ どう おもって?」 と きいた。 「ワタクシ から ああ なった の か、 それとも アナタ の いう ジンセイカン とか なんとか いう もの から、 ああ なった の か。 かくさず いって ちょうだい」
 ワタクシ は なにも かくす キ は なかった。 けれども ワタクシ の しらない ある もの が そこ に ソンザイ して いる と すれば、 ワタクシ の コタエ が ナン で あろう と、 それ が オクサン を マンゾク させる はず が なかった。 そうして ワタクシ は そこ に ワタクシ の しらない ある もの が ある と しんじて いた。
「ワタクシ には わかりません」
 オクサン は ヨキ の はずれた とき に みる あわれ な ヒョウジョウ を その トッサ に あらわした。 ワタクシ は すぐ ワタクシ の コトバ を つぎたした。
「しかし センセイ が オクサン を きらって いらっしゃらない こと だけ は ホショウ します。 ワタクシ は センセイ ジシン の クチ から きいた とおり を オクサン に つたえる だけ です。 センセイ は ウソ を つかない カタ でしょう」
 オクサン は なんとも こたえなかった。 しばらく して から こう いった。
「じつは ワタクシ すこし おもいあたる こと が ある ん です けれども……」
「センセイ が ああいう ふう に なった ゲンイン に ついて です か」
「ええ。 もし それ が ゲンイン だ と すれば、 ワタクシ の セキニン だけ は なくなる ん だ から、 それ だけ でも ワタクシ たいへん ラク に なれる ん です が、……」
「どんな こと です か」
 オクサン は いいしぶって ヒザ の ウエ に おいた ジブン の テ を ながめて いた。
「アナタ ハンダン して くだすって。 いう から」
「ワタクシ に できる ハンダン なら やります」
「ミンナ は いえない のよ。 みんな いう と しかられる から。 しかられない ところ だけ よ」
 ワタクシ は キンチョウ して ツバキ を のみこんだ。
「センセイ が まだ ダイガク に いる ジブン、 たいへん ナカ の いい オトモダチ が ヒトリ あった のよ。 その カタ が ちょうど ソツギョウ する すこし マエ に しんだ ん です。 キュウ に しんだ ん です」
 オクサン は ワタクシ の ミミ に ささやく よう な ちいさな コエ で、 「じつは ヘンシ した ん です」 と いった。 それ は 「どうして」 と ききかえさず には いられない よう な イイカタ で あった。
「それっきり しか いえない のよ。 けれども その こと が あって から ノチ なん です。 センセイ の セイシツ が だんだん かわって きた の は。 なぜ その カタ が しんだ の か、 ワタクシ には わからない の。 センセイ にも おそらく わかって いない でしょう。 けれども それから センセイ が かわって きた と おもえば、 そう おもわれない こと も ない のよ」
「その ヒト の ハカ です か、 ゾウシガヤ に ある の は」
「それ も いわない こと に なってる から いいません。 しかし ニンゲン は シンユウ を ヒトリ なくした だけ で、 そんな に ヘンカ できる もの でしょう か。 ワタクシ は それ が しりたくって たまらない ん です。 だから そこ を ひとつ アナタ に ハンダン して いただきたい と おもう の」
 ワタクシ の ハンダン は むしろ ヒテイ の ほう に かたむいて いた。

 20

 ワタクシ は ワタクシ の つらまえた ジジツ の ゆるす かぎり、 オクサン を なぐさめよう と した。 オクサン も また できる だけ ワタクシ に よって なぐさめられたそう に みえた。 それで フタリ は おなじ モンダイ を いつまでも はなしあった。 けれども ワタクシ は もともと コト の オオネ を つかんで いなかった。 オクサン の フアン も じつは そこ に ただよう うすい クモ に にた ギワク から でて きて いた。 ジケン の シンソウ に なる と、 オクサン ジシン にも オオク は しれて いなかった。 しれて いる ところ でも すっかり は ワタクシ に はなす こと が できなかった。 したがって なぐさめる ワタクシ も、 なぐさめられる オクサン も、 ともに ナミ に ういて、 ゆらゆら して いた。 ゆらゆら しながら、 オクサン は どこまでも テ を だして、 おぼつかない ワタクシ の ハンダン に すがりつこう と した。
 10 ジ-ゴロ に なって センセイ の クツ の オト が ゲンカン に きこえた とき、 オクサン は キュウ に イマ まで の スベテ を わすれた よう に、 マエ に すわって いる ワタクシ を ソッチノケ に して たちあがった。 そうして コウシ を あける センセイ を ほとんど デアイガシラ に むかえた。 ワタクシ は とりのこされながら、 アト から オクサン に ついて いった。 ゲジョ だけ は ウタタネ でも して いた と みえて、 ついに でて こなかった。
 センセイ は むしろ キゲン が よかった。 しかし オクサン の チョウシ は さらに よかった。 いましがた オクサン の うつくしい メ の ウチ に たまった ナミダ の ヒカリ と、 それから くろい マユゲ の ネ に よせられた ハチ の ジ を キオク して いた ワタクシ は、 その ヘンカ を イジョウ な もの と して チュウイ-ぶかく ながめた。 もし それ が イツワリ で なかった ならば、 (じっさい それ は イツワリ とは おもえなかった が)、 イマ まで の オクサン の ウッタエ は センチメント を もてあそぶ ため に とくに ワタクシ を アイテ に こしらえた、 いたずら な ジョセイ の ユウギ と とれない こと も なかった。 もっとも その とき の ワタクシ には オクサン を それほど ヒヒョウテキ に みる キ は おこらなかった。 ワタクシ は オクサン の タイド の キュウ に かがやいて きた の を みて、 むしろ アンシン した。 これ ならば そう シンパイ する ヒツヨウ も なかった ん だ と かんがえなおした。
 センセイ は わらいながら 「どうも ごくろうさま、 ドロボウ は きません でした か」 と ワタクシ に きいた。 それから 「こない んで ハリアイ が ぬけ や しません か」 と いった。
 かえる とき、 オクサン は 「どうも おきのどくさま」 と エシャク した。 その チョウシ は いそがしい ところ を ヒマ を つぶさせて キノドク だ と いう より も、 せっかく きた のに ドロボウ が はいらなくって キノドク だ と いう ジョウダン の よう に きこえた。 オクサン は そう いいながら、 さっき だした セイヨウガシ の ノコリ を、 カミ に つつんで ワタクシ の テ に もたせた。 ワタクシ は それ を タモト へ いれて、 ヒトドオリ の すくない ヨサム の コウジ を キョクセツ して にぎやか な マチ の ほう へ いそいだ。
 ワタクシ は その バン の こと を キオク の ウチ から ひきぬいて ここ へ くわしく かいた。 これ は かく だけ の ヒツヨウ が ある から かいた の だ が、 ジツ を いう と、 オクサン に カシ を もらって かえる とき の キブン では、 それほど トウヤ の カイワ を おもく みて いなかった。 ワタクシ は その ヨクジツ ヒルメシ を くい に ガッコウ から かえって きて、 ユウベ ツクエ の ウエ に のせて おいた カシ の ツツミ を みる と、 すぐ その ナカ から チョコレート を ぬった トビイロ の カステラ を だして ほおばった。 そうして それ を くう とき に、 ひっきょう この カシ を ワタクシ に くれた フタリ の ナンニョ は、 コウフク な イッツイ と して ヨノナカ に ソンザイ して いる の だ と ジカク しつつ あじわった。
 アキ が くれて フユ が くる まで カクベツ の こと も なかった。 ワタクシ は センセイ の ウチ へ デハイリ を する ツイデ に、 イフク の アライハリ や シタテカタ など を オクサン に たのんだ。 それまで ジュバン と いう もの を きた こと の ない ワタクシ が、 シャツ の ウエ に くろい エリ の かかった もの を かさねる よう に なった の は この とき から で あった。 コドモ の ない オクサン は、 そういう セワ を やく の が かえって タイクツ シノギ に なって、 けっく カラダ の クスリ だ ぐらい の こと を いって いた。
「こりゃ テオリ ね。 こんな ジ の いい キモノ は イマ まで ぬった こと が ない わ。 そのかわり ぬいにくい のよ そりゃあ。 まるで ハリ が たたない ん です もの。 おかげで ハリ を 2 ホン おりました わ」
 こんな クジョウ を いう とき で すら、 オクサン は べつに めんどうくさい と いう カオ を しなかった。

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 フユ が きた とき、 ワタクシ は ぐうぜん クニ へ かえらなければ ならない こと に なった。 ワタクシ の ハハ から うけとった テガミ の ナカ に、 チチ の ビョウキ の ケイカ が おもしろく ない ヨウス を かいて、 イマ が イマ と いう シンパイ も あるまい が、 トシ が トシ だ から、 できる なら ツゴウ して かえって きて くれ と たのむ よう に つけたして あった。
 チチ は かねて から ジンゾウ を やんで いた。 チュウネン イゴ の ヒト に しばしば みる とおり、 チチ の この ヤマイ は マンセイ で あった。 そのかわり ヨウジン さえ して いれば キュウヘン の ない もの と トウニン も カゾク の モノ も しんじて うたがわなかった。 げんに チチ は ヨウジョウ の おかげ ヒトツ で、 コンニチ まで どうか こうか しのいで きた よう に キャク が くる と フイチョウ して いた。 その チチ が、 ハハ の ショシン に よる と、 ニワ へ でて ナニ か して いる ハズミ に とつぜん メマイ が して ひっくりかえった。 カナイ の モノ は ケイショウ の ノウイッケツ と おもいちがえて、 すぐ その テアテ を した。 アト で イシャ から どうも そう では ない らしい、 やはり ジビョウ の ケッカ だろう と いう ハンダン を えて、 はじめて ソットウ と ジンゾウビョウ と を むすびつけて かんがえる よう に なった の で ある。
 フユヤスミ が くる には まだ すこし マ が あった。 ワタクシ は ガッキ の オワリ まで まって いて も サシツカエ あるまい と おもって 1 ニチ フツカ ソノママ に して おいた。 すると その 1 ニチ フツカ の アイダ に、 チチ の ねて いる ヨウス だの、 ハハ の シンパイ して いる カオ だの が ときどき メ に うかんだ。 その たび に イッシュ の ココログルシサ を なめた ワタクシ は、 とうとう かえる ケッシン を した。 クニ から リョヒ を おくらせる テカズ と ジカン を はぶく ため、 ワタクシ は イトマゴイ-かたがた センセイ の ところ へ いって、 いる だけ の カネ を イチジ たてかえて もらう こと に した。
 センセイ は すこし カゼ の キミ で、 ザシキ へ でる の が オックウ だ と いって、 ワタクシ を その ショサイ に とおした。 ショサイ の ガラスド から フユ に いって まれ に みる よう な なつかしい やわらか な ニッコウ が ツクエカケ の ウエ に さして いた。 センセイ は この ヒアタリ の いい ヘヤ の ナカ へ おおきな ヒバチ を おいて、 ゴトク の ウエ に かけた カナダライ から たちあがる ユゲ で、 イキ の くるしく なる の を ふせいで いた。
「タイビョウ は いい が、 ちょっと した カゼ など は かえって いや な もの です ね」 と いった センセイ は、 クショウ しながら ワタクシ の カオ を みた。
 センセイ は ビョウキ と いう ビョウキ を した こと の ない ヒト で あった。 センセイ の コトバ を きいた ワタクシ は わらいたく なった。
「ワタクシ は カゼ ぐらい なら ガマン します が、 それ イジョウ の ビョウキ は まっぴら です。 センセイ だって おなじ こと でしょう。 こころみに やって ゴラン に なる と よく わかります」
「そう かね。 ワタクシ は ビョウキ に なる くらい なら、 シビョウ に かかりたい と おもってる」
 ワタクシ は センセイ の いう こと に かくべつ チュウイ を はらわなかった。 すぐ ハハ の テガミ の ハナシ を して、 カネ の ムシン を もうしでた。
「そりゃ こまる でしょう。 その くらい なら イマ テモト に ある はず だ から もって ゆきたまえ」
 センセイ は オクサン を よんで、 ヒツヨウ の キンガク を ワタクシ の マエ に ならべさせて くれた。 それ を オク の チャダンス か ナニ か の ヒキダシ から だして きた オクサン は、 しろい ハンシ の ウエ へ テイネイ に かさねて、 「そりゃ ゴシンパイ です ね」 と いった。
「ナンベン も ソットウ した ん です か」 と センセイ が きいた。
「テガミ には なんとも かいて ありません が。 ――そんな に ナンド も ひっくりかえる もの です か」
「ええ」
 センセイ の オクサン の ハハオヤ と いう ヒト も ワタクシ の チチ と おなじ ビョウキ で なくなった の だ と いう こと が はじめて ワタクシ に わかった。
「どうせ むずかしい ん でしょう」 と ワタクシ が いった。
「そう さね。 ワタクシ が かわられれば かわって あげて も いい が。 ――ハキケ は ある ん です か」
「どう です か、 なんとも かいて ない から、 おおかた ない ん でしょう」
「ハキケ さえ こなければ まだ だいじょうぶ です よ」 と オクサン が いった。
 ワタクシ は その バン の キシャ で トウキョウ を たった。

 22

 チチ の ビョウキ は おもった ほど わるく は なかった。 それでも ついた とき は、 トコ の ウエ に アグラ を かいて、 「ミンナ が シンパイ する から、 まあ ガマン して こう じっと して いる。 なに もう おきて も いい のさ」 と いった。 しかし その ヨクジツ から は ハハ が とめる の も きかず に、 とうとう トコ を あげさせて しまった。 ハハ は ふしょうぶしょう に フトオリ の フトン を たたみながら 「オトウサン は オマエ が かえって きた ので、 キュウ に キ が つよく オナリ なん だよ」 と いった。 ワタクシ には チチ の キョドウ が さして キョセイ を はって いる よう にも おもえなかった。
 ワタクシ の アニ は ある ショク を おびて とおい キュウシュウ に いた。 これ は マンイチ の こと が ある バアイ で なければ、 ヨウイ に チチハハ の カオ を みる ジユウ の きかない オトコ で あった。 イモウト は タコク へ とついだ。 これ も キュウバ の マ に あう よう に、 おいそれと よびよせられる オンナ では なかった。 キョウダイ 3 ニン の ウチ で、 いちばん ベンリ なの は やはり ショセイ を して いる ワタクシ だけ で あった。 その ワタクシ が ハハ の イイツケドオリ ガッコウ の カギョウ を ほうりだして、 ヤスミ マエ に かえって きた と いう こと が、 チチ には おおきな マンゾク で あった。
「コレシキ の ビョウキ に ガッコウ を やすませて は キノドク だ。 オカアサン が あまり ぎょうさん な テガミ を かく もの だ から いけない」
 チチ は クチ では こう いった。 こう いった ばかり で なく、 イマ まで しいて いた トコ を あげさせて、 イツモ の よう な ゲンキ を しめした。
「あんまり カルハズミ を して また ぶりかえす と いけません よ」
 ワタクシ の この チュウイ を チチ は ユカイ そう に しかし きわめて かるく うけた。
「なに だいじょうぶ、 これ で イツモ の よう に ヨウジン さえ して いれば」
 じっさい チチ は だいじょうぶ らしかった。 イエ の ナカ を ジユウ に オウライ して、 イキ も きれなければ、 メマイ も かんじなかった。 ただ カオイロ だけ は フツウ の ヒト より も たいへん わるかった が、 これ は また イマ はじまった ショウジョウ でも ない ので、 ワタクシタチ は かくべつ それ を キ に とめなかった。
 ワタクシ は センセイ に テガミ を かいて オンシャク の レイ を のべた。 ショウガツ ジョウキョウ する とき に ジサン する から それまで まって くれる よう に と ことわった。 そうして チチ の ビョウジョウ の おもった ほど ケンアク で ない こと、 この ブン なら とうぶん アンシン な こと、 メマイ も ハキケ も カイム な こと など を かきつらねた。 サイゴ に センセイ の フウジャ に ついて も イチゴン の ミマイ を つけくわえた。 ワタクシ は センセイ の フウジャ を じっさい かるく みて いた ので。
 ワタクシ は その テガミ を だす とき に けっして センセイ の ヘンジ を ヨキ して いなかった。 だした アト で チチ や ハハ と センセイ の ウワサ など を しながら、 はるか に センセイ の ショサイ を ソウゾウ した。
「コンド トウキョウ へ ゆく とき には シイタケ でも もって いって おあげ」
「ええ、 しかし センセイ が ほした シイタケ なぞ を くう かしら」
「うまく は ない が、 べつに きらい な ヒト も ない だろう」
 ワタクシ には シイタケ と センセイ を むすびつけて かんがえる の が ヘン で あった。
 センセイ の ヘンジ が きた とき、 ワタクシ は ちょっと おどろかされた。 ことに その ナイヨウ が トクベツ の ヨウケン を ふくんで いなかった とき、 おどろかされた。 センセイ は ただ シンセツズク で、 ヘンジ を かいて くれた ん だ と ワタクシ は おもった。 そう おもう と、 その カンタン な 1 ポン の テガミ が ワタクシ には タイソウ な ヨロコビ に なった。 もっとも これ は ワタクシ が センセイ から うけとった ダイイチ の テガミ には ソウイ なかった が。
 ダイイチ と いう と ワタクシ と センセイ の アイダ に ショシン の オウフク が たびたび あった よう に おもわれる が、 ジジツ は けっして そう で ない こと を ちょっと ことわって おきたい。 ワタクシ は センセイ の セイゼン に たった 2 ツウ の テガミ しか もらって いない。 その 1 ツウ は イマ いう この カンタン な ヘンショ で、 アト の 1 ツウ は センセイ の しぬ マエ とくに ワタクシ-アテ で かいた たいへん ながい もの で ある。
 チチ は ビョウキ の セイシツ と して、 ウンドウ を つつしまなければ ならない ので、 トコ を あげて から も、 ほとんど ソト へは でなかった。 イチド テンキ の ごく おだやか な ヒ の ゴゴ ニワ へ おりた こと が ある が、 その とき は マンイチ を きづかって、 ワタクシ が ひきそう よう に ソバ に ついて いた。 ワタクシ が シンパイ して ジブン の カタ へ テ を かけさせよう と して も、 チチ は わらって おうじなかった。

 23

 ワタクシ は タイクツ な チチ の アイテ と して よく ショウギバン に むかった。 フタリ とも ブショウ な タチ なので、 コタツ に あたった まま、 バン を ヤグラ の ウエ へ のせて、 コマ を うごかす たび に、 わざわざ テ を カケブトン の シタ から だす よう な こと を した。 ときどき モチゴマ を なくして、 ツギ の ショウブ の くる まで ソウホウ とも しらず に いたり した。 それ を ハハ が ハイ の ナカ から みつけだして、 ヒバシ で はさみあげる と いう コッケイ も あった。
「ゴ だ と バン が たかすぎる うえ に、 アシ が ついて いる から、 コタツ の ウエ では うてない が、 そこ へ くる と ショウギバン は いい ね、 こうして ラク に させる から。 ブショウモノ には もってこい だ。 もう イチバン やろう」
 チチ は かった とき は かならず もう イチバン やろう と いった。 そのくせ まけた とき にも、 もう イチバン やろう と いった。 ようするに、 かって も まけて も、 コタツ に あたって、 ショウギ を さしたがる オトコ で あった。 ハジメ の うち は めずらしい ので、 この インキョ-じみた ゴラク が ワタクシ にも ソウトウ の キョウミ を あたえた が、 すこし ジジツ が たつ に つれて、 わかい ワタクシ の キリョク は その くらい な シゲキ で マンゾク できなく なった。 ワタクシ は キン や キョウシャ を にぎった コブシ を アタマ の ウエ へ のばして、 ときどき おもいきった アクビ を した。
 ワタクシ は トウキョウ の こと を かんがえた。 そうして みなぎる シンゾウ の チシオ の オク に、 カツドウ カツドウ と うちつづける コドウ を きいた。 フシギ にも その コドウ の オト が、 ある ビミョウ な イシキ ジョウタイ から、 センセイ の チカラ で つよめられて いる よう に かんじた。
 ワタクシ は ココロ の ウチ で、 チチ と センセイ と を ヒカク して みた。 リョウホウ とも セケン から みれば、 いきて いる か しんで いる か わからない ほど おとなしい オトコ で あった。 ヒト に みとめられる と いう テン から いえば どっち も レイ で あった。 それでいて、 この ショウギ を さしたがる チチ は、 たんなる ゴラク の アイテ と して も ワタクシ には ものたりなかった。 かつて ユウキョウ の ため に ユキキ を した オボエ の ない センセイ は、 カンラク の コウサイ から でる シタシミ イジョウ に、 いつか ワタクシ の アタマ に エイキョウ を あたえて いた。 ただ アタマ と いう の は あまり に ひややかすぎる から、 ワタクシ は ムネ と いいなおしたい。 ニク の ナカ に センセイ の チカラ が くいこんで いる と いって も、 チ の ナカ に センセイ の イノチ が ながれて いる と いって も、 その とき の ワタクシ には すこしも コチョウ で ない よう に おもわれた。 ワタクシ は チチ が ワタクシ の ホントウ の チチ で あり、 センセイ は また いう まで も なく、 アカ の タニン で ある と いう メイハク な ジジツ を、 ことさら に メノマエ に ならべて みて、 はじめて おおきな シンリ でも ハッケン した か の ごとく に おどろいた。
 ワタクシ が のつそつ しだす と ゼンゴ して、 チチ や ハハ の メ にも イマ まで めずらしかった ワタクシ が だんだん チンプ に なって きた。 これ は ナツヤスミ など に クニ へ かえる ダレ でも が イチヨウ に ケイケン する ココロモチ だろう と おもう が、 トウザ の 1 シュウカン ぐらい は シタ にも おかない よう に、 ちやほや もてなされる のに、 その トウゲ を テイキ-どおり とおりこす と、 アト は そろそろ カゾク の ネツ が さめて きて、 シマイ には あって も なくって も かまわない もの の よう に ソマツ に とりあつかわれがち に なる もの で ある。 ワタクシ も タイザイチュウ に その トウゲ を とおりこした。 そのうえ ワタクシ は クニ へ かえる たび に、 チチ にも ハハ にも わからない ヘン な ところ を トウキョウ から もって かえった。 ムカシ で いう と、 ジュシャ の イエ へ キリシタン の ニオイ を もちこむ よう に、 ワタクシ の もって かえる もの は チチ とも ハハ とも チョウワ しなかった。 むろん ワタクシ は それ を かくして いた。 けれども もともと ミ に ついて いる もの だ から、 だすまい と おもって も、 いつか それ が チチ や ハハ の メ に とまった。 ワタクシ は つい おもしろく なくなった。 はやく トウキョウ へ かえりたく なった。
 チチ の ビョウキ は さいわい ゲンジョウ イジ の まま で、 すこしも わるい ほう へ すすむ モヨウ は みえなかった。 ネン の ため に わざわざ トオク から ソウトウ の イシャ を まねいたり して、 シンチョウ に シンサツ して もらって も やはり ワタクシ の しって いる イガイ に イジョウ は みとめられなかった。 ワタクシ は フユヤスミ の つきる すこし マエ に クニ を たつ こと に した。 たつ と いいだす と、 ニンジョウ は ミョウ な もの で、 チチ も ハハ も ハンタイ した。
「もう かえる の かい、 まだ はやい じゃ ない か」 と ハハ が いった。
「まだ 4~5 ニチ いて も まにあう ん だろう」 と チチ が いった。
 ワタクシ は ジブン の きめた シュッタツ の ヒ を うごかさなかった。

 24

 トウキョウ へ かえって みる と、 マツカザリ は いつか とりはらわれて いた。 マチ は さむい カゼ の ふく に まかせて、 どこ を みて も これ と いう ほど の ショウガツ-めいた ケイキ は なかった。
 ワタクシ は さっそく センセイ の ウチ へ カネ を かえし に いった。 レイ の シイタケ も ついでに もって いった。 ただ だす の は すこし ヘン だ から、 ハハ が これ を さしあげて くれ と いいました と わざわざ ことわって オクサン の マエ へ おいた。 シイタケ は あたらしい カシオリ に いれて あった。 テイネイ に レイ を のべた オクサン は、 ツギノマ へ たつ とき、 その オリ を もって みて、 かるい の に おどろかされた の か、 「こりゃ なんの オカシ」 と きいた。 オクサン は コンイ に なる と、 こんな ところ に きわめて タンパク な こどもらしい ココロ を みせた。
 フタリ とも チチ の ビョウキ に ついて、 いろいろ ケネン の トイ を くりかえして くれた ナカ に、 センセイ は こんな こと を いった。
「なるほど ヨウダイ を きく と、 イマ が イマ どう と いう こと も ない よう です が、 ビョウキ が ビョウキ だ から よほど キ を つけない と いけません」
 センセイ は ジンゾウ の ヤマイ に ついて ワタクシ の しらない こと を おおく しって いた。
「ジブン で ビョウキ に かかって いながら、 キ が つかない で ヘイキ で いる の が あの ヤマイ の トクショク です。 ワタクシ の しった ある シカン は、 とうとう それ で やられた が、 まったく ウソ の よう な シニカタ を した ん です よ。 なにしろ ソバ に ねて いた サイクン が カンビョウ を する ヒマ も なんにも ない くらい なん です から ね。 ヨナカ に ちょっと くるしい と いって、 サイクン を おこした ぎり、 あくる アサ は もう しんで いた ん です。 しかも サイクン は オット が ねて いる と ばかり おもってた ん だ って いう ん だ から」
 イマ まで ラクテンテキ に かたむいて いた ワタクシ は キュウ に フアン に なった。
「ワタクシ の オヤジ も そんな に なる でしょう か。 ならん とも いえない です ね」
「イシャ は なんと いう の です」
「イシャ は とても なおらない と いう ん です。 けれども トウブン の ところ シンパイ は あるまい とも いう ん です」
「それじゃ いい でしょう。 イシャ が そう いう なら。 ワタクシ の イマ はなした の は キ が つかず に いた ヒト の こと で、 しかも それ が ずいぶん ランボウ な グンジン なん だ から」
 ワタクシ は やや アンシン した。 ワタクシ の ヘンカ を じっと みて いた センセイ は、 それから こう つけたした。
「しかし ニンゲン は ケンコウ に しろ ビョウキ に しろ、 どっち に して も もろい もの です ね。 いつ どんな こと で どんな シニヨウ を しない とも かぎらない から」
「センセイ も そんな こと を かんがえて おいで です か」
「いくら ジョウブ の ワタクシ でも、 まんざら かんがえない こと も ありません」
 センセイ の クチモト には ビショウ の カゲ が みえた。
「よく ころり と しぬ ヒト が ある じゃ ありません か。 シゼン に。 それから あっ と おもう マ に しぬ ヒト も ある でしょう。 フシゼン な ボウリョク で」
「フシゼン な ボウリョク って ナン です か」
「なんだか それ は ワタクシ にも わからない が、 ジサツ する ヒト は ミンナ フシゼン な ボウリョク を つかう ん でしょう」
「すると ころされる の も、 やはり フシゼン な ボウリョク の おかげ です ね」
「ころされる ほう は ちっとも かんがえて いなかった。 なるほど そう いえば そう だ」
 その ヒ は それで かえった。 かえって から も チチ の ビョウキ の こと は それほど ク に ならなかった。 センセイ の いった シゼン に しぬ とか、 フシゼン の ボウリョク で しぬ とか いう コトバ も、 ソノバカギリ の あさい インショウ を あたえた だけ で、 アト は なんら の コダワリ を ワタクシ の アタマ に のこさなかった。 ワタクシ は イマ まで イクタビ か テ を つけよう と して は テ を ひっこめた ソツギョウ ロンブン を、 いよいよ ホンシキ に かきはじめなければ ならない と おもいだした。

 25

 その トシ の 6 ガツ に ソツギョウ する はず の ワタクシ は、 ぜひとも この ロンブン を セイキ-どおり 4 ガツ いっぱい に かきあげて しまわなければ ならなかった。 2、 3、 4 と ユビ を おって あまる ジジツ を カンジョウ して みた とき、 ワタクシ は すこし ジブン の ドキョウ を うたぐった。 ホカ の モノ は よほど マエ から ザイリョウ を あつめたり、 ノート を ためたり して、 ヨソメ にも いそがしそう に みえる のに、 ワタクシ だけ は まだ なんにも テ を つけず に いた。 ワタクシ には ただ トシ が あらたまったら おおいに やろう と いう ケッシン だけ が あった。 ワタクシ は その ケッシン で やりだした。 そうして たちまち うごけなく なった。 イマ まで おおきな モンダイ を クウ に えがいて、 ホネグミ だけ は ほぼ できあがって いる くらい に かんがえて いた ワタクシ は、 アタマ を おさえて なやみはじめた。 ワタクシ は それから ロンブン の モンダイ を ちいさく した。 そうして ねりあげた シソウ を ケイトウテキ に まとめる テスウ を はぶく ため に、 ただ ショモツ の ナカ に ある ザイリョウ を ならべて、 それ に ソウトウ な ケツロン を ちょっと つけくわえる こと に した。
 ワタクシ の センタク した モンダイ は センセイ の センモン と エンコ の ちかい もの で あった。 ワタクシ が かつて その センタク に ついて センセイ の イケン を たずねた とき、 センセイ は いい でしょう と いった。 ロウバイ した キミ の ワタクシ は、 さっそく センセイ の ところ へ でかけて、 ワタクシ の よまなければ ならない サンコウショ を きいた。 センセイ は ジブン の しって いる カギリ の チシキ を、 こころよく ワタクシ に あたえて くれた うえ に、 ヒツヨウ の ショモツ を 2~3 サツ かそう と いった。 しかし センセイ は この テン に ついて ごうも ワタクシ を シドウ する ニン に あたろう と しなかった。
「チカゴロ は あんまり ショモツ を よまない から、 あたらしい こと は しりません よ。 ガッコウ の センセイ に きいた ほう が いい でしょう」
 センセイ は イチジ ヒジョウ の ドクショカ で あった が、 ソノゴ どういう ワケ か、 マエ ほど この ホウメン に キョウミ が はたらかなく なった よう だ と、 かつて オクサン から きいた こと が ある の を、 ワタクシ は その とき ふと おもいだした。 ワタクシ は ロンブン を ヨソ に して、 そぞろ に クチ を ひらいた。
「センセイ は なぜ モト の よう に ショモツ に キョウミ を もちえない ん です か」
「なぜ と いう ワケ も ありません が。 ……つまり いくら ホン を よんで も それほど えらく ならない と おもう せい でしょう。 それから……」
「それから、 まだ ある ん です か」
「まだ ある と いう ほど の リユウ でも ない が、 イゼン は ね、 ヒト の マエ へ でたり、 ヒト に きかれたり して しらない と ハジ の よう に キマリ が わるかった もの だ が、 チカゴロ は しらない と いう こと が、 それほど の ハジ で ない よう に みえだした もの だ から、 つい ムリ にも ホン を よんで みよう と いう ゲンキ が でなく なった の でしょう。 まあ はやく いえば おいこんだ の です」
 センセイ の コトバ は むしろ ヘイセイ で あった。 セケン に セナカ を むけた ヒト の クミ を おびて いなかった だけ に、 ワタクシ には それほど の テゴタエ も なかった。 ワタクシ は センセイ を おいこんだ とも おもわない カワリ に、 えらい とも カンシン せず に かえった。
 それから の ワタクシ は ほとんど ロンブン に たたられた セイシンビョウシャ の よう に メ を あかく して くるしんだ。 ワタクシ は 1 ネン-ゼン に ソツギョウ した トモダチ に ついて、 いろいろ ヨウス を きいて みたり した。 その ウチ の 1 ニン は シメキリ の ヒ に クルマ で ジムショ へ かけつけて ようやく まにあわせた と いった。 タ の 1 ニン は 5 ジ を 15 フン ほど おくらして もって いった ため、 あやうく はねつけられよう と した ところ を、 シュニン キョウジュ の コウイ で やっと ジュリ して もらった と いった。 ワタクシ は フアン を かんずる と ともに ドキョウ を すえた。 マイニチ ツクエ の マエ で セイコン の つづく かぎり はたらいた。 で なければ、 うすぐらい ショコ に はいって、 たかい ホンダナ の あちらこちら を みまわした。 ワタクシ の メ は コウズカ が コットウ でも ほりだす とき の よう に セビョウシ の キンモジ を あさった。
 ウメ が さく に つけて さむい カゼ は だんだん ムキ を ミナミ へ かえて いった。 それ が ひとしきり たつ と、 サクラ の ウワサ が ちらほら ワタクシ の ミミ に きこえだした。 それでも ワタクシ は バシャウマ の よう に ショウメン ばかり みて、 ロンブン に むちうたれた。 ワタクシ は ついに 4 ガツ の ゲジュン が きて、 やっと ヨテイドオリ の もの を かきあげる まで、 センセイ の シキイ を またがなかった。

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 ワタクシ の ジユウ に なった の は、 ヤエザクラ の ちった エダ に いつしか あおい ハ が かすむ よう に のびはじめる ショカ の キセツ で あった。 ワタクシ は カゴ を ぬけだした コトリ の ココロ を もって、 ひろい テンチ を ヒトメ に みわたしながら、 ジユウ に ハバタキ を した。 ワタクシ は すぐ センセイ の ウチ へ いった。 カラタチ の カキ が くろずんだ エダ の ウエ に、 もえる よう な メ を ふいて いたり、 ザクロ の かれた ミキ から、 つやつやしい チャカッショク の ハ が、 やわらかそう に ニッコウ を うつして いたり する の が、 みちみち ワタクシ の メ を ひきつけた。 ワタクシ は うまれて はじめて そんな もの を みる よう な メズラシサ を おぼえた。
 センセイ は うれしそう な ワタクシ の カオ を みて、 「もう ロンブン は かたづいた ん です か、 ケッコウ です ね」 と いった。 ワタクシ は 「おかげで ようやく すみました。 もう なんにも する こと は ありません」 と いった。
 じっさい その とき の ワタクシ は、 ジブン の なす べき スベテ の シゴト が すでに ケツリョウ して、 これから サキ は いばって あそんで いて も かまわない よう な はれやか な ココロモチ で いた。 ワタクシ は かきあげた ジブン の ロンブン に たいして ジュウブン の ジシン と マンゾク を もって いた。 ワタクシ は センセイ の マエ で、 しきり に その ナイヨウ を チョウチョウ した。 センセイ は イツモ の チョウシ で、 「なるほど」 とか、 「そう です か」 とか いって くれた が、 それ イジョウ の ヒヒョウ は すこしも くわえなかった。 ワタクシ は ものたりない と いう より も、 いささか ヒョウシヌケ の キミ で あった。 それでも その ヒ ワタクシ の キリョク は、 インジュン-らしく みえる センセイ の タイド に ギャクシュウ を こころみる ほど に いきいき して いた。 ワタクシ は あおく よみがえろう と する おおきな シゼン の ナカ に、 センセイ を さそいだそう と した。
「センセイ どこ か へ サンポ しましょう。 ソト へ でる と たいへん いい ココロモチ です」
「どこ へ」
 ワタクシ は どこ でも かまわなかった。 ただ センセイ を つれて コウガイ へ でたかった。
 1 ジカン の ノチ、 センセイ と ワタクシ は モクテキ-どおり シ を はなれて、 ムラ とも マチ とも クベツ の つかない しずか な ところ を アテ も なく あるいた。 ワタクシ は カナメ の カキ から わかい やわらかい ハ を もぎとって シバブエ を ならした。 ある カゴシマジン を トモダチ に もって、 その ヒト の マネ を しつつ シゼン に ならいおぼえた ワタクシ は、 この シバブエ と いう もの を ならす こと が ジョウズ で あった。 ワタクシ が トクイ に それ を ふきつづける と、 センセイ は しらん カオ を して ヨソ を むいて あるいた。
 やがて ワカバ に とざされた よう に こんもり した こだかい ヒトカマエ の シタ に ほそい ミチ が ひらけた。 モン の ハシラ に うちつけた ヒョウサツ に ナニナニ-エン と ある ので、 その コジン の テイタク で ない こと が すぐ しれた。 センセイ は ダラダラノボリ に なって いる イリグチ を ながめて、 「はいって みよう か」 と いった。 ワタクシ は すぐ 「ウエキヤ です ね」 と こたえた。
 ウエコミ の ナカ を ヒトウネリ して オク へ のぼる と ヒダリガワ に ウチ が あった。 あけはなった ショウジ の ウチ は がらん と して ヒト の カゲ も みえなかった。 ただ ノキサキ に すえた おおきな ハチ の ナカ に かって ある キンギョ が うごいて いた。
「しずか だね。 ことわらず に はいって も かまわない だろう か」
「かまわない でしょう」
 フタリ は また オク の ほう へ すすんだ。 しかし そこ にも ヒトカゲ は みえなかった。 ツツジ が もえる よう に さきみだれて いた。 センセイ は その ウチ で カバイロ の タケ の たかい の を さして、 「これ は キリシマ でしょう」 と いった。
 シャクヤク も トツボ あまり イチメン に うえつけられて いた が、 まだ キセツ が こない ので ハナ を つけて いる の は 1 ポン も なかった。 この シャクヤクバタケ の ソバ に ある ふるびた エンダイ の よう な もの の ウエ に センセイ は ダイノジナリ に ねた。 ワタクシ は その あまった ハジ の ほう に コシ を おろして タバコ を ふかした。 センセイ は あおい すきとおる よう な ソラ を みて いた。 ワタクシ は ワタクシ を つつむ ワカバ の イロ に ココロ を うばわれて いた。 その ワカバ の イロ を よくよく ながめる と、 いちいち ちがって いた。 おなじ カエデ の キ でも おなじ イロ を エダ に つけて いる もの は ヒトツ も なかった。 ほそい スギナエ の イタダキ に なげかぶせて あった センセイ の ボウシ が カゼ に ふかれて おちた。

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 ワタクシ は すぐ その ボウシ を とりあげた。 トコロドコロ に ついて いる アカツチ を ツメ で はじきながら センセイ を よんだ。
「センセイ ボウシ が おちました」
「ありがとう」
 カラダ を ハンブン おこして それ を うけとった センセイ は、 おきる とも ねる とも かたづかない その シセイ の まま で、 ヘン な こと を ワタクシ に きいた。
「トツゼン だ が、 キミ の ウチ には ザイサン が よっぽど ある ん です か」
「ある と いう ほど ありゃ しません」
「まあ どの くらい ある の かね。 シツレイ の よう だ が」
「どの くらい って、 ヤマ と デンジ が すこし ある ぎり で、 カネ なんか まるで ない ん でしょう」
 センセイ が ワタクシ の イエ の ケイザイ に ついて、 トイ-らしい トイ を かけた の は これ が はじめて で あった。 ワタクシ の ほう は まだ センセイ の クラシムキ に かんして、 なにも きいた こと が なかった。 センセイ と シリアイ に なった ハジメ、 ワタクシ は センセイ が どうして あそんで いられる か を うたぐった。 ソノゴ も この ウタガイ は たえず ワタクシ の ムネ を さらなかった。 しかし ワタクシ は そんな あらわ な モンダイ を センセイ の マエ に もちだす の を ブシツケ と ばかり おもって いつでも ひかえて いた。 ワカバ の イロ で つかれた メ を やすませて いた ワタクシ の ココロ は、 ぐうぜん また その ウタガイ に ふれた。
「センセイ は どう なん です。 どの くらい の ザイサン を もって いらっしゃる ん です か」
「ワタクシ は ザイサンカ と みえます か」
 センセイ は ヘイゼイ から むしろ シッソ な ナリ を して いた。 それに カナイ は コニンズ で あった。 したがって ジュウタク も けっして ひろく は なかった。 けれども その セイカツ の ブッシツテキ に ゆたか な こと は、 ウチワ に はいりこまない ワタクシ の メ に さえ あきらか で あった。 ようするに センセイ の クラシ は ゼイタク と いえない まで も、 あたじけなく きりつめた ムダンリョクセイ の もの では なかった。
「そう でしょう」 と ワタクシ が いった。
「そりゃ その くらい の カネ は ある さ。 けれども けっして ザイサンカ じゃ ありません。 ザイサンカ なら もっと おおきな ウチ でも つくる さ」
 この とき センセイ は おきあがって、 エンダイ の ウエ に アグラ を かいて いた が、 こう いいおわる と、 タケ の ツエ の サキ で ジメン の ウエ へ エン の よう な もの を かきはじめた。 それ が すむ と、 コンド は ステッキ を つきさす よう に マッスグ に たてた。
「これ でも モト は ザイサンカ なん だ がなあ」
 センセイ の コトバ は ハンブン ヒトリゴト の よう で あった。 それで すぐ アト に ついて ゆきそこなった ワタクシ は、 つい だまって いた。
「これ でも モト は ザイサンカ なん です よ、 キミ」 と いいなおした センセイ は、 ツギ に ワタクシ の カオ を みて ビショウ した。 ワタクシ は それでも なんとも こたえなかった。 むしろ ブチョウホウ で こたえられなかった の で ある。 すると センセイ が また モンダイ を ヨソ へ うつした。
「アナタ の オトウサン の ビョウキ は ソノゴ どう なりました」
 ワタクシ は チチ の ビョウキ に ついて ショウガツ イゴ なんにも しらなかった。 ツキヅキ クニ から おくって くれる カワセ と ともに くる カンタン な テガミ は、 レイ の とおり チチ の シュセキ で あった が、 ビョウキ の ウッタエ は その ウチ に ほとんど みあたらなかった。 そのうえ ショタイ も たしか で あった。 この シュ の ビョウニン に みる フルエ が すこしも フデ の ハコビ を みだして いなかった。
「なんとも いって きません が、 もう いい ん でしょう」
「よければ ケッコウ だ が、 ――ビョウショウ が ビョウショウ なん だ から ね」
「やっぱり ダメ です かね。 でも トウブン は もちあってる ん でしょう。 なんとも いって きません よ」
「そう です か」
 ワタクシ は センセイ が ワタクシ の ウチ の ザイサン を きいたり、 ワタクシ の チチ の ビョウキ を たずねたり する の を、 フツウ の ダンワ―― ムネ に うかんだ まま を その とおり クチ に する、 フツウ の ダンワ と おもって きいて いた。 ところが センセイ の コトバ の ソコ には リョウホウ を むすびつける おおきな イミ が あった。 センセイ ジシン の ケイケン を もたない ワタクシ は むろん そこ に キ が つく はず が なかった。

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