カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ナオコ 「ナオコ 3」

2020-08-23 | ホリ タツオ
 13

 オヨウ が O ムラ から ムスメ の ハツエ の ビョウキ を トウキョウ の イシャ に チリョウ して もらう ため に ジョウキョウ して きて いる。 ――そんな こと を きいて、 7 ガツ から また マエ とは すこしも かわらない チンウツ そう な ヨウス で ケンチク ジムショ に かよって いた ツヅキ アキラ が、 ツキジ の その ビョウイン へ ミマイ に いった の は、 9 ガツ も スエ ちかい ある ヒ だった。
「どんな グアイ です?」 アキラ は シンダイ の ウエ の ハツエ の ほう を なるべく みない よう に キ を くばりながら、 オヨウ の ほう へ ばかり カオ を むけて いた。
「ありがとう ございます――」 オヨウ は ヤマグニ の オンナ-らしく、 こんな バアイ に アキラ を どう とりあつかって いい の か わからなさそう に、 ただ、 アイテ を いかにも なつかしげ に ながめながら、 そのまま くちごもって いた。 「ナン です か、 どうも おもう よう に まいりません で……。 ドナタ に みて いただいて も、 はっきり した こと を いって くださらない ので こまって しまいます。 いっそ シュジュツ でも したら と、 おもいきって こうして でて まいりました が、 それ も ミコミ ない だろう と ミナサン に いわれます し……」
 アキラ は ちらり と ねて いる ハツエ の ほう を みた。 こんな チカク で ハツエ を みた の は はじめて だった。 ハツエ は、 ハハオヤニ の、 ホソオモテ の うつくしい カオダチ を し、 おもった ほど やつれて も いなかった。 そして ジブン の ビョウキ の ハナシ を そんな メノマエ で されて いる のに、 いや な カオ ヒトツ しない で、 ただ はずかしそう な ヨウス を して いた。
 オヨウ が オチャ を いれ に たった ので アキラ は ちょっと の アイダ、 ハツエ と サシムカイ に なって いた。 アキラ は つとめて アイテ から メ を そらせて いた。 それほど ハツエ は カレ の マエ で どうして いい か わからない よう な フアン な メツキ を し、 カオ を うすあからめて いた。 いつも 12~13 の コムスメ の よう な あまえた クチ の キキカタ で オヨウ に はなしかけて いる の を モノカゲ で きいて いた きり だった ので、 この ムスメ の メ が こんな に ムスメ-らしい カガヤキ を しめそう とは おもって も みなかった。 ――アキラ は とつぜん、 この ハツエ が カレ の コイビト の サナエ と オサナナジミ で あった と いう ハナシ を おもいうかべた。 サナエ は この アキ の ハジメ に、 カレ とも カオナジミ の、 ムラ で ニンキモノ の わかい ジュンサ の ところ へ とついだ はず だった。
 それから アキラ は ほとんど 2~3 ニチ-オキ ぐらい に、 ジムショ の カエリ など に カノジョ たち を みまって ゆく よう に なった。 いつも アキ-らしい ユウガタ の ヒカリ が カノジョ たち の ビョウシツ へ いっぱい さしこんで いる よう な ヒ が おおかった。 そんな おだやか な ヒザシ の ナカ で、 オヨウ と ハツエ と が いかにも なにげない カイワ や ドウサ を とりかわして いる の を、 アキラ は ソバ で みたり きいたり して いる うち に、 そこ から とつぜん O ムラ の トクユウ な ニオイ の よう な もの が ただよって くる よう な キ が したり した。 カレ は それ を むさぼる よう に かいだ。 そんな とき、 カレ には ジブン が ヒトリ の ムラ の ムスメ に むなしく もとめて いた もの を はからずも この ハハ と ムスメ の ナカ に みいだしかけて いる よう な キ さえ される の だった。 オヨウ は アキラ と サナエ の こと は うすうす きづいて いる らしかった が、 ちっとも それ を によわせよう と しない こと も アキラ には このましかった。 が、 それだけ、 ときどき この トシウエ の オンナ の あたたかい ムネ に カオ を うずめて、 おもうぞんぶん ムラ の ニオイ を かぎながら、 なにも いわず いわれず に なぐさめられたい よう な キモチ の する こと も ない では なかった。
「なんだか ヨナカ など に メ を さます と、 クウキ が じめじめ して いて、 ココロモチ が わるく なります」 ヤマ の カンソウ した クウキ に なれきった オヨウ は、 この タイキョウチュウ、 そんな グチ を いって も わかって もらえる の は アキラ に だけ らしかった。 オヨウ は どこまでも キッスイ の ヤマグニ の オンナ だった。 O ムラ で みる と、 こんな ヤマ の ナカ には めずらしい、 ヨウボウ の ととのった、 キショウ の きびしい オンナ に みえる オヨウ も、 こういう トウキョウ では、 ビョウイン から イッポ も でない で いて さえ、 ナニ か シュウイ の ジブツ と しっくり しない、 いかにも ひなびた オンナ に みえた。
 カコ の おおい、 そのくせ まだ ムスメ の よう な オモカゲ を どこ か に のこして いる オヨウ と、 ナガワズライ の ため に トシゴロ に なって も まだ コドモ から ぬけきれない ヒトリムスメ の ハツエ と、 ――その フタリ は アキラ には いつのまにか どっち を どっち きりはなして も かんがえる こと の できない ソンザイ と なって いた。 ビョウイン から かえる とき、 いつも ゲンカン まで みおくられる トチュウ、 カレ は はっきり と ジブン の セナカ に オヨウ の くる の を かんじながら、 ふと ジブン が この オヤコ と ウンメイ を ともに でも する よう に なったら、 と そんな ぜんぜん ありえなく も なさそう な ジンセイ の バメン を ムネ の ウチ に えがいたり した。

 14

 ある ユウガタ、 ツヅキ アキラ は すこし ネツ が ある よう なので、 ジムショ を ハヤメ に きりあげ、 マッスグ に オギクボ に かえって きた。 たいてい ジムショ の カエリ の はやい とき には オヨウ たち を みまって きたり する ので、 こんな に あかるい うち に オギクボ の エキ に おりた の は めずらしい こと だった。 デンシャ から おりて、 アカネイロ を した ほそながい クモ が いろづいた ゾウキバヤシ の ウエ に イチメン に ひろがって いる ニシゾラ へ しばらく うっとり と メ を あげて いた が、 カレ は キュウ に はげしく せきこみだした。 すると プラットフォーム の ハシ に ムコウムキ に たたずんで ナニ か カンガエゴト でも して いた よう な、 セ の ひくい、 ツトメニン らしい オトコ が ひどく びっくり した よう に カレ の ほう を ふりむいた。 アキラ は それ に キ が ついた とき どこ か ミオボエ の ある ヒト だ と おもった。 が、 カレ は くるしい セキ の ホッサ を おさえる ため に、 その ヒト に みられる が まま に なりながら、 セ を こごめた きり で いた。 ようやく その ホッサ が しずまる と、 その とき は もう その ヒト の こと を わすれた よう に カイダン の ほう へ あるいて いった が、 それ へ アシ を かけよう と した トタン、 ふいと イマ の ヒト が ナオコ の オット の よう だった こと を おもいだして、 いそいで ふりかえって みた。 すると、 その ヒト は また、 ユウヤケ した ソラ と きばんだ ゾウキバヤシ と を ハイケイ に して、 サッキ と おなじ よう な すこし キ の ふさいだ ヨウス で、 ムコウムキ に たたずんで いた。
「ナニ か さびしそう だった な、 あの ヒト は……」 アキラ は そう かんがえながら エキ を でた。
「ナオコ さん でも どうか した の では ない かな? ひょっと する と ビョウキ かも しれない。 このまえ みた とき そんな キ が した。 それにしても、 あの とき は もっと とっつきにくい ヒト の よう に みえた が、 あんがい いい ヒト らしい な。 なにしろ、 オレ と きたら、 どこ か さびしそう な ところ の ない ニンゲン は ぜんぜん とっつけない から なあ。……」
 アキラ は ジブン の ゲシュク に かえる と、 セキ の ホッサ を おそれて すぐに は フク を ぬぎかえよう とも しない で、 ニシ を むいた マド に こしかけた まま、 コト に よる と ナオコ さん は どこ か ずっと この ニシ の ほう に ある、 とおい バショ で、 ジブン なんぞ の おもいもうけない よう な フシアワセ な クラシカタ でも して いる の では ない か と かんがえながら、 うまれて はじめて そちら へ メ を やる よう に、 ユウヤケ した ソラ や きばんだ キギ の コズエ など を ながめて いた。 ソラ の イロ は その うち に かわりはじめた。 アキラ は その イロ の ヘンカ を みて いる うち に、 キュウ に たまらない ほど オカン を かんじだした。

 クロカワ ケイスケ は、 その とき も まだ サッキ と おなじ カンガエゴト を して いる よう な ヨウス で、 ユウヤケ した ニシゾラ に むかいながら、 プラットフォーム の ハシ に ぼんやり と つったって いた。 カレ は サッキ から もう ナンダイ と なく デンシャ を やりすごして いた。 しかし ヒト を まって いる よう な ヨウス でも なかった。 その アイダ、 ケイスケ が その フドウ に ちかい シセイ を くずした の は、 さっき ダレ か が ジブン の ハイゴ で ひどく せきいって いる の に おもわず びっくり して その ほう を ふりむいた とき だけ だった。 それ は セ の たかい、 ヤセギス な ミチ の セイネン だった が、 そんな ひどい セキ を きいた の は はじめて だった。 ケイスケ は それ から ジブン の ツマ が よく アケガタ に なる と それ に やや ちかい セキカタ で せいて いた の を おもいだした。 それから デンシャ が ナンダイ か とおりすぎた ノチ、 とつぜん、 チュウオウ セン の ながい レッシャ が ジヒビキ を させながら スドオリ して いった。 ケイスケ は はっと した よう な カオ を あげ、 まるで くいいる よう な メツキ で ジブン の マエ を とおりすぎる キャクシャ を 1 ダイ 1 ダイ みつめた。 カレ は もし みられたら、 その キャクシャ-ナイ の ヒトタチ の カオ を ヒトリヒトリ みたそう だった。 カレラ は スウ-ジカン の ノチ には ヤツガタケ の ナンロク を ツウカ し、 カレ の ツマ の いる リョウヨウジョ の あかい ヤネ を シャソウ から みよう と おもえば みる こと も できる の だ。……
 クロカワ ケイスケ は ネ が タンジュン な オトコ だった ので、 イチド ジブン の ツマ が いかにも フシアワセ そう だ と おもいこんで から は、 そう と カレ に おもいこませた ゲンザイ の まま の ベッキョ セイカツ が つづいて いる カギリ は、 その カンガエ が ヨウイ に カレ を たちさりそう も なかった。
 カレ が ヤマ の リョウヨウジョ を おとずれて から、 ヒトツキ の ヨ に なって、 シャ の ヨウジ など で いろいろ と いそがしい オモイ を し、 それから なにもかも わすれさる よう な アキ-らしい キモチ の いい ヒ が つづきだして から も、 まるで ナオコ を みまった の は、 つい コノアイダ の こと の よう に、 なにもかも が キオク に はっきり と して いた。 シャ での イチニチ の シゴト が おわり、 ユウガタ の コンザツ の ナカ を つかれきって おもわず キタク を いそいで いる とき など、 ふと そこ には ツマ が いない こと を かんがえる と、 たちまち あの アメ に とざされた ヤマ の リョウヨウジョ で あった こと から、 カエリ の キシャ の ナカ で おそわれた アラシ の こと から、 ナニ から ナニ まで が のこらず キオク に よみがえって くる の だった。 ナオコ は いつも、 どこ か から カレ を じっと みまもって いた。 キュウ に その マナザシ が つい そこ に ちらつきだす よう な キ の する こと も あった。 カレ は ときどき はっと おもって、 デンシャ の ナカ に ナオコ に にた メツキ を した オンナ が いた の か どう か と さがしだしたり した。……
 カレ は ツマ には テガミ を かいた こと が イッペン も なかった。 そんな こと で ジブン の ココロ が みたされよう など とは、 カレ の よう な オトコ は おもい も しなかったろう。 また、 たとい そう おもった に しろ、 すぐ それ が ジッコウ できる よう な セイシツ の オトコ では なかった。 カレ は ハハ が ナオコ と ときおり ブンツウ して いる らしい の を しって は いた が、 それ にも なんにも クチダシ を しなかった。 そして ナオコ の いつも エンピツ で ぞんざい に かいた テガミ らしい の が きて いて も、 それ を ひらいて ツマ の モンク を みよう とも しなかった。 ただ、 どうか する と ちょいと キ に なる よう に、 その ウエ へ いつまでも メ を そそいで いる こと が あった。 そんな とき には、 カレ は ジブン の ツマ が シンダイ の ウエ に あおむいた まま、 エンピツ で その やせた ホオ を なでながら、 ココロ にも ない モンク を かんがえ かんがえ その テガミ を かいて いる、 いかにも ものうそう な ヨウス を ぼんやり と おもいうかべて いる の だった。
 ケイスケ は そういう ジブン の ハンモン を ダレ にも うちあけず に いた が、 ある ヒ、 カレ は ある センパイ の ソウベツカイ の あった カイジョウ を ヒトリ の キ の おけない ドウリョウ と イッショ に でながら、 ふいと この オトコ なら なにかと たのもしそう な キ が して ツマ の こと を うちあけた。
「それ は キノドク だな」 イッパイ キゲン の アイテ は いかにも カレ に ドウジョウ する よう に ミミ を かたむけて いた が、 それから キュウ に ナニ を おもった の か、 はきだす よう に いった。 「だが、 そういう ニョウボウ は かえって アンシン で いい だろう」
 ケイスケ には サイショ アイテ の いった コトバ の イミ が わからなかった。 が、 カレ は その ドウリョウ の サイクン が ミモチ の わるい と いう イゼン から の ウワサ を とつぜん おもいだした。 ケイスケ は もう その ドウリョウ に ツマ の こと を それ イジョウ いいださなかった。
 その とき そう いわれた こと が、 ケイスケ には その ヨルジュウ ナニ か ムネ に つかえて いる よう な キモチ だった。 カレ は その ヨル は ほとんど まんじり とも しない で ツマ の こと を かんがえとおして いた。 カレ には、 ナオコ の イマ いる ヤマ の リョウヨウジョ が なんだか ヨ の ハテ の よう な ところ の よう に おもえて いた。 シゼン の イシャ と いう もの を ぜんぜん リカイ す べく も なかった カレ には、 その リョウヨウジョ を シホウ から とりかこんで いる スベテ の ヤマ も モリ も コウゲン も たんに ナオコ の コドク を ふかめ、 それ を セケン から シャヘイ して いる ショウガイ の よう な キ が した ばかり だった。 そんな シゼン の ヒトヤ にも ちかい もの の ナカ に、 ナオコ は ナニ か あきらめきった よう に、 ただ ヒトリ で クウ を みつめた まま、 シ の しずか に ちかづいて くる の を まって いる。――
「ナニ が アンシン で いい」 ケイスケ は ヒトリ で ねた まま、 クラガリ の ナカ で キュウ に ダレ に たいして とも つかない イカリ の よう な もの を わきあがらせて いた。
 ケイスケ は よっぽど ハハ に いって ナオコ を トウキョウ へ つれもどそう か と ナンベン ケッシン しかけた か わからなかった。 が、 ナオコ が いなく なって から ナニ か ほっと して キゲン よさそう に して いる ハハ が、 ナオコ の ビョウジョウ を タテ に して、 レイ の ゴウジョウサ で なにかと ハンタイ を となえる だろう こと を おもう と、 もう うんざり して なんにも いいだす キ が なくなる の だった。 ――それに ナオコ を つれもどして きたって、 ハハ と ツマ との これまで の オリアイ を かんがえる と、 カノジョ の シアワセ の ため に ジブン が ナニ を して やれる か、 ケイスケ ジシン にも ギモン だった。
 そして けっきょく は、 スベテ の こと が イマ まで の まま に されて いた の だった。

 ある のわきだった ヒ、 ケイスケ は オギクボ の チジン の ソウシキ に でむいた カエリミチ、 エキ で デンシャ を まちながら、 ユウヒ の あたった プラットフォーム を ヒトリ で いったり きたり して いた。 その とき とつぜん、 チュウオウ セン の ながい レッシャ が イチジン の カゼ と ともに プラットフォーム に ちらばって いた ムスウ の オチバ を まいたたせながら、 ケイスケ の マエ を シッソウ して いった。 ケイスケ は それ が マツモト-ユキ の レッシャ で ある こと に やっと キ が ついた。 カレ は その ながい レッシャ が とおりすぎて しまった アト も、 いつまでも まいたって いる オチバ の ナカ に、 ナニ か いたい よう な メツキ を して その レッシャ の さった ホウコウ を みおくって いた。 それ が スウ-ジカン の ノチ には、 シンシュウ へ はいり、 ナオコ の いる リョウヨウジョ の チカク を イマ と おなじ よう な ソクリョク で ツウカ する こと を おもいえがきながら。……
 うまれつき イチュウ の ヒト の ゲンエイ を アテ も なく おいながら マチ の ナカ を ヒトリ で ぶらついたり する こと の できなかった ケイスケ は、 おもいがけず その とき ツマ の ソンザイ が イッシュン まざまざ と ゼンシン で かんぜられた もの だ から、 それから は しばしば カイシャ の カエリ の はやい とき など には トウキョウ エキ から わざわざ オギクボ の エキ まで ショウセン デンシャ で ゆき、 シンシュウ に むかう ユウガタ の レッシャ の ツウカ する まで じっと プラットフォーム に まって いた。 いつも その ユウガタ の レッシャ は、 カレ の アシモト から ムスウ の オチバ を まいたたせながら、 イッシュン に して ツウカ しさった。 その アイダ、 カレ が くいいる よう な メツキ で 1 ダイ 1 ダイ みおくって いた それら の キャクシャ と ともに、 カレ の ウチ から イチニチジュウ ナニ か カレ を いきづまらせて いた もの が にわか に ひきはなされ、 どこ へ とも なく はこびさられる の を、 カレ は せつない ほど はっきり と かんずる の だった。

 15

 ヤマ では アキ-らしく すんだ ヒ が つづいて いた。 リョウヨウジョ の マワリ には、 どっち へ いって も ヒアタリ の いい シャメン が ある。 ナオコ は マイニチ ニッカ の ヒトツ と して、 いつも ヒトリ で キモチ よく そこここ を あるきながら、 ノイバラ の マッカ な ミ なぞ に メ を たのしませて いた。 あたたか な ゴゴ には、 ボクジョウ の ほう まで その サンポ を のばして、 サク を くぐりぬけ、 シバクサ の ウエ を ゆっくり と ふみながら、 マンナカ に 1 ポン ぽつん と たった レイ の ハンブン だけ くちた ふるい キ に まだ きばんだ ハ が いくらか のこって ヒ に ちらちら して いる の が みえる ところ まで あるいて いった。 ヒ の みじかく なる コロ で、 チジョウ に いんせられた その たかい キ の カゲ も、 カノジョ ジシン の カゲ も、 みるみる うち に イヨウ に ながく なった。 それ に キ が つく と、 カノジョ は やっと その ボクジョウ から リョウヨウジョ の ほう へ かえって きた。 カノジョ は ジブン の ビョウキ の こと も、 コドク の こと も わすれて いる こと が おおかった。 それほど、 スベテ の こと を わすれさせる よう な、 ヒト が イッショウ の うち で そう ナンド も ケイケン できない よう な、 うつくしい、 キサンジ な ヒビ だった。
 しかし、 ヨル は さむく、 さびしかった。 シタ の ムラムラ から ふきあげて きた カゼ が、 この チ の ハテ の よう な バショ まで くる と、 もう どこ へ いったら いい か わからなく なって しまった と でも いう よう に、 リョウヨウジョ の マワリ を いつまでも うろついて いた。 ダレ か が しめる の を わすれた ガラスマド が、 ヒトバンジュウ、 ばたばた なって いる よう な こと も あった。……
 ある ヒ、 ナオコ は ヒトリ の カンゴフ から、 その ハル ドクダン で リョウヨウジョ を でて いった あの わかい ノウリン ギシ が とうとう ジブン の ビョウキ を フジ の もの に させて ふたたび リョウヨウジョ に かえって きた と いう こと を きいた。 カノジョ は その セイネン が リョウヨウジョ を たって ゆく とき の、 ゲンキ の いい、 しかし あおざめきった カオ を おもいうかべた。 そして その とき の ナニ か ケツイ した ところ の ある よう な その セイネン の いきいき した マナザシ が カレ を みおくって いた ホカ の カンジャ たち の スガタ の どれ にも たちまさって、 つよく カノジョ の ココロ を うごかした こと まで おもいだす と、 カノジョ は ナニ か ヒトゴト で ない よう な キ が した。
 フユ は すぐ そこ まで きて いる の だ けれど、 まだ それ を きづかせない よう な あたたか な コハル-ビヨリ が ナンニチ か つづいて いた。

 16

 オヨウ は、 フタツキ の ヨ も ビョウイン で ハツエ を テッテイテキ に みて もらって いた が、 その カイ は なく、 けっきょく イシャ にも みはなされた カッコウ で、 ふたたび キョウリ に かえって いった。 O ムラ から は、 ボタンヤ の わかい オカミサン が わざわざ むかえ に きた。
 2 シュウカン ばかり ケンチク ジムショ を やすんで いた アキラ は、 それ を しる と、 ノド に シップ を しながら、 ウエノ エキ まで ミオクリ に いった。 ハツエ は、 オヨウ たち に つきそわれて、 シャフ に せおわれた まま、 プラットフォーム に はいって きた。 アキラ の スガタ を みかける と、 キョウ は ことさら に チノケ を ホオ に すかせて いた。
「ごきげんよう。 どうぞ アナタサマ も オダイジ に――」 オヨウ は、 アキラ の ビョウニン-らしい ヨウス を かえって きづかわしそう に ながめながら、 ワカレ を つげた。
「ボク は だいじょうぶ です。 コト に よったら フユヤスミ に あそび に いきます から まって いて ください」 アキラ は オヨウ や ハツエ に さびしい ホホエミ を うかべて みせながら、 そんな こと を ヤクソク した。 「では ごきげんよう」
 キシャ は みるみる でて いった。 キシャ の さった アト、 プラットフォーム には キュウ に フユ-らしく なった ヒザシ が たよりなげ に ただよった。 そこ に ぽつねん と ヒトリ のこされた アキラ には、 ナニ か さわやか な キブン に なりきれない もの が あった。 さて、 これから どう しよう か と いった よう に、 カレ は ナニ を する の も けだるそう に あるきだした。 そして ココロ の ナカ で こんな こと を かんがえて いた。 ――けっきょく は イシャ に みはなされて キョウリ へ かえって いった オヨウ にも ビョウニン の ハツエ にも、 さすが に ナニ か さびしそう な ところ は あった けれども、 それにしても ヨノナカ に ゼツボウ した よう な ソブリ は どこ にも みられなかった では ない か。 むしろ、 フタリ とも O ムラ へ はやく かえれる よう に なった ので、 ナニ か ほっと して、 いそいそ と して いる よう な アンシン な ヨウス さえ して いた では ない か。 この ヒトタチ には、 それほど ジブン の ムラ だ とか イエ だ とか が いい の だろう か?
「だが、 そんな もの の なんにも ない この オレ は いったい どう すれば いい の か? コノゴロ の オレ の ココロ の ムナシサ は どこ から きて いる の だ?……」 そういう カレ の ココロ の ムナシサ など ナニゴト も しらない で いる よう な オヨウ たち に あって いる と、 ジブン だけ が ダレ にも ついて こられない ジブン カッテ な ミチ を ヒトリ きり で あるきだして いる よう な フアン を たしかめず には いられなく なる イッポウ、 その アイダ だけ は なにかと ココロ の やすまる の を おぼえた の も ジジツ だった。 その オヨウ たち も ついに カレ から さった イマ、 カレ の シュウイ で カレ の ココロ を まぎらわせて くれる モノ とて は もう ダレヒトリ いなく なった。 その とき カレ は キュウ に おもいだした よう に はげしい セキ を しはじめ、 それ を おさえる ため に しばらく セ を こごめながら たちどまって いた。 カレ が やっと それ から セ を もたげた とき は、 コウナイ には もう ヒトカゲ が まばら だった。 「――イマ ジムショ で オレ に あてがわれて いる シゴト なんぞ は この オレ で なくったって できる。 そんな ダレ に だって できそう な シゴト を のぞいたら、 オレ の セイカツ に いったい ナニ が のこる? オレ は ジブン が ココロ から したい と おもった こと を これまで に なにひとつ した か? オレ は ナンド イマ まで に だって、 イマ の ツトメ を やめ、 ナニ か ドクリツ の シゴト を したい と おもって それ を いいだしかけて は、 ショチョウ の いかにも ジブン を シンライ して いる よう な ヒト の よさそう な エガオ を みる と、 それ も つい いいそびれて ウヤムヤ に して しまった か わからない。 そんな エンリョ ばかり して いて いったい オレ は どう なる? オレ は コンド の ビョウキ を コウジツ に、 しばらく また キュウカ を もらって、 どこ か タビ に でも でて ヒトリ きり に なって、 ジブン が ホンキ で もとめて いる もの は ナニ か、 オレ は イマ ナニ に こんな に ゼツボウ して いる の か、 それ を つきとめて くる こと は できない もの か? オレ が これまで に うしなった と おもって いる もの だって、 オレ は はたして それ を ホンキ で もとめて いた と いえる か? ナオコ に しろ、 サナエ に しろ、 それから イマ さって いった オヨウ たち に しろ、……」
 そう アキラ は チンウツ な カオツキ で かんがえつづけながら、 フユ-らしい ヒザシ の ちらちら して いる コウナイ を すこし セ を コゴメギミ に して あるいて いった。

 17

 ヤツガタケ には もう ユキ が みられる よう に なった。 それでも ナオコ は、 はれた ヒ など には、 アキ から の ニッカ の サンポ を よさなかった。 しかし タイヨウ が かがやいて チジョウ を いくら あたためて も、 ゼンジツ の コゴエ から すっかり それ を よみがえらせられない よう な、 コウゲン の フユ の ヒビ だった。 しろい ケ の ガイトウ に ミ を つつんだ カノジョ は、 ジブン の アシ の シタ で、 こごえた クサ の ひびわれる オト を きく よう な こと も あった。 それでも ときおり は、 もう ウシ や ウマ の カゲ の みえない ボクジョウ の ナカ へ はいって、 あの なかば たちがれた ふるい キ の みえる ところ まで、 つめたい カゼ に カミ を なぶられながら いった。 その イッポウ の コズエ には まだ カレハ が スウマイ のこり、 トウメイ な フユゾラ の ユイイツ の オテン と なった まま、 ミズカラ の スイジャク の ため に もう フルエ が とまらなく なった よう に たえず ふるえて いる の を しばらく みあげて いた。 それから カノジョ は おもわず ふかい タメイキ を つき リョウヨウジョ へ もどって きた。
 12 ガツ に なって から は、 くもった、 ソコビエ の する ヒ ばかり つづいた。 この フユ に なって から、 ヤマヤマ が ナンニチ も つづいて ユキグモ に おおわれて いる こと は あって も、 サンロク には まだ イチド も ユキ は おとずれず に いた。 それ が キアツ を おもくるしく し、 リョウヨウジョ の カンジャ たち の キ を めいらせて いた。 ナオコ も もう サンポ に でる ゲンキ は なかった。 シュウジツ、 あけはなした さむい ビョウシツ の マンナカ の シンダイ に もぐりこんだ まま、 モウフ から メ だけ だして、 カオジュウ に いたい よう な ガイキ を かんじながら、 ダンロ が たのしそう に オト を たてて いる どこ か の ちいさな キモチ の いい リョウリテン の ニオイ だ とか、 そこ を でて から マチウラ の ほどよく オチバ の ちらばった ナミキミチ を ソゾロアルキ する ヒトトキ の ココロヨサ など を ココロ に うかべて、 そんな なんでも ない けれども、 いかにも ハリアイ の ある セイカツ が まだ ジブン にも のこされて いる よう に かんがえられたり、 また ときとすると、 ジブン の ゼント には もう なんにも ない よう な キ が したり した。 なにひとつ キタイ する こと も ない よう に おもわれる の だった。
「いったい、 ワタシ は もう イッショウ を おえて しまった の かしら?」 と カノジョ は ぎょっと して かんがえた。 「ダレ か ワタシ に これから ナニ を したら いい か、 それとも このまま なにもかも あきらめて しまう ホカ は ない の か、 おしえて くれる モノ は いない の かしら?……」

 ある ヒ、 ナオコ は そんな トリトメ の ない カンガエ から カンゴフ に よびさまされた。
「ゴメンカイ の カタ が いらしって います けれど……」 カンゴフ は カノジョ に エミ を ふくんだ メ で ドウイ を もとめ、 それから トビラ の ソト へ 「どうぞ」 と コエ を かけた。
 トビラ の ソト から、 キュウ に ききなれない、 はげしい セキ の コエ が きこえだした。 ナオコ は ダレ だろう と フアン そう に まって いた。 やがて カノジョ は トグチ に たった、 セ の たかい、 やせほそった セイネン の スガタ を みとめた。
「まあ、 アキラ さん」 ナオコ は ナニ か とがめる よう な きびしい メツキ で、 おもいがけない ツヅキ アキラ の はいって くる の を むかえた。
 アキラ は トグチ に たった まま、 そんな カノジョ の メツキ に うろたえた よう な ヨウス で、 しゃちこばった オジギ を した。 それから アイテ の シセン を さける よう に ビョウシツ の ナカ を おおきな メ を して みまわしながら、 ガイトウ を ぬごう と して ふたたび はげしく せきいって いた。
 シンダイ に ねた まま、 ナオコ は みかねた よう に いった。 「さむい から、 きた まま で いらっしゃい」
 アキラ は そう いわれる と、 すなお に ハンブン ぬぎかけた ガイトウ を ふたたび きなおして、 シンダイ の ウエ の ナオコ の ほう へ わらいかけ も せず みつめた まま、 ついで カノジョ から いわれる ナニ か の サシズ を まつ か の よう に つったって いた。
 カノジョ は あらためて そういう アイテ の ムカシ と そっくり な、 おとなしい、 ワルギ の ない ヨウス を みて いる と、 なぜか ケイレン が ジブン の ノドモト を しめつける よう な キ が した。 しかし また、 この スウネン の アイダ、 ――ことに カノジョ が ケッコン して から は ほとんど オトサタ の なかった アキラ が、 なんの ため に こんな フユ の ヒ に とつぜん ヤマ の リョウヨウジョ まで たずねて くる よう な キ に なった の か、 それ が わからない うち は カノジョ は そういう アイテ の ワルギ の なさそう な ヨウス にも ナニ か たえず いらいら しつづけて いなければ ならなかった。

「そこいら に おかけ に なる と いい わ」 ナオコ は ねた まま、 いかにも ひややか な メツキ で イス を しめしながら、 そう いう の が やっと だった。
「ええ」 と アキラ は ちらり と カノジョ の ヨコガオ へ メ を なげ、 それから また いそいで メ を そらせる よう に しながら、 ハシ ちかい カワバリ の イス に コシ を おろした。 「ここ へ きて いらっしゃる と いう こと を タビ の デガケ に きいた ので、 キシャ の ナカ で キュウ に おもいたって おたちより した の です」 と カレ は ジブン の テノヒラ で やせた ホオ を なでながら いった。
「どこ へ いらっしゃる の?」 カノジョ は あいかわらず いらいら した ヨウス で きいた。
「べつに どこ って……」 と アキラ は ジモン ジトウ する よう に くちごもって いた。 それから とつぜん メ を おもいきり おおきく みひらいて、 ジブン の いいたい こと を いおう と おもう マエ には、 アイテ も なにも ない か の よう な ゴキ で いった。 「キュウ に どこ と いう アテ も ない フユ の タビ が したく なった の です」
 ナオコ は それ を きく と、 キュウ に イッシュ の ニガワライ に ちかい もの を うかべた。 それ は ショウジョ の コロ から の カノジョ の クセ で、 いつも アイテ の アキラ なんぞ の ウチ に ショウネン トクユウ な ゆめみる よう な タイド や コトバ が あらわれる と、 カノジョ は そういう アイテ を このんで それ で ヤユ した もの だった。
 ナオコ は イマ も ジブン が そんな ショウジョ の コロ に クセ に なって いた よう な ヒョウジョウ を ひとりでに うかべて いる こと に キ が つく と、 いつのまにか ジブン の ウチ にも ムカシ の ジブン が よみがえって きた よう な、 ミョウ に はずんだ キモチ を おぼえた。 が、 それ も ほんの イッシュン で、 アキラ が また サッキ の よう に はげしく せきこみだした ので、 カノジョ は おもわず マユ を ひそめた。
「こんな に セキ ばかり して いて この ヒト は まあ なんて ムチャ なん だろう、 そんな しなく とも いい タビ に でて くる なんて……」 ナオコ は ヒトゴト ながら そんな こと も おもった。
 それから カノジョ は ふたたび モト の ひややか な メツキ に なりながら いった。 「オカゼ でも ひいて いらっしゃる ん じゃ ない? それなのに、 こんな さむい ヒ に リョコウ なんぞ なすって よろしい の?」
「だいじょうぶ です」 アキラ は ナニ か ウワノソラ で ヘンジ を する よう な チョウシ で ヘンジ を した。 「ちょっと ノド を やられて いる だけ です から。 ユキ の ナカ へ いけば かえって よく なりそう な キ が する ん です」
 その とき カレ は ココロ の イッポウ で こんな こと を かんがえて いた。 ―― 「オレ は ナオコ さん に あって みたい なんぞ とは これまで ついぞ かんがえ も しなかった のに、 なぜ さっき キシャ の ナカ で おもいたつ と、 すぐ その キ に なって、 ナンネン も あわない ナオコ さん を こんな ところ に おとずれる よう な マネ が できた ん だろう。 オレ は ナオコ さん が イマ どんな ふう に して いる か、 すっかり ムカシ と かわって しまった か、 それとも まだ かわらない で いる か、 そんな こと なぞ ちっとも しりたかあ なかった。 ただ、 ほんの イッシュンカン、 ムカシ の よう に おたがいに おこった よう な メツキ で メ を みあわせて、 それ だけ で かえる つもり だった。 それだのに、 この ヒト に あって いる と また ムカシ の よう に、 ムコウ で すげなく すれば する ほど、 ジブン の キズアト を アイテ に ぎゅうぎゅう おしつけなくて は キ が すまなく なって きそう だ。 そう、 オレ は もう サイショ の モクテキ を たっした の だ から、 はやく かえった ほう が いい。……」
 アキラ は そう かんがえる と キュウ に たちあがって、 ナオコ の ねて いる ヨコガオ を みながら、 もじもじ しだした。 しかし、 どうしても すぐ かえる とは いいだせず に、 すこし セキバライ を した。 コンド は カラセキ だった。
「ユキ は まだ なん です ね?」 アキラ は ナオコ の ほう を ドウイ を もとめる よう な メツキ で みながら、 ロダイ の ほう へ でて いった。 そして ハンビラキ に なった トビラ の ソバ に たちどまって、 さむそう な カッコウ を して ヤマ や モリ を ながめて いた が、 しばらく して から カノジョ の ほう へ むかって いった。 「ユキ が ある と この ヘン は いい ん でしょう ね。 ボク は もう こっち は ユキ か と おもって いました。……」
 それから カレ は やっと おもいきった よう に ロダイ に でて いった。 そして その テスリ に テ を かけて、 セナカ を まるく した まま、 そこ から よく みえる ヤマ や モリ へ ナニ か ネッシン に メ を やって いた。
「あの ヒト は ムカシ の まま だ」 ナオコ は そう おもいながら、 いつまでも ロダイ で おなじ よう な カッコウ を して おなじ ところ へ メ を やって いる よう な アキラ の ウシロスガタ を じっと みまもって いた。 ムカシ から その アキラ には、 ヒトイチバイ ウチキ で よわよわしげ に みえる くせ に、 いざ と なる と なかなか ゴウジョウ に なり、 ジブン の したい と おもう こと は なんでも して しまおう と する よう な はげしい イチメン も あって、 どうか する と そんな アイテ に カノジョ も ときどき てこずらされた こと の あった の を、 カノジョ は その アイダ なんと いう こと も なし に おもいだして いた。……
 その とき ロダイ から アキラ が フイ に カノジョ の ほう へ ふりむいた。 そして カノジョ が ジブン に むかって ナニ か わらいかけたそう に して いる の に キ が つく と、 まぶしそう な カオ を しながら、 テスリ から テ を はなして ヘヤ の ほう へ はいって きた。 カノジョ は カレ に むかって つい クチ から でる が まま に いった。 「アキラ さん は うらやましい ほど、 ムカシ と かわらない よう ね。 ……でも、 オンナ は つまらない、 ケッコン する と すぐ かわって しまう から。……」
「アナタ でも おかわり に なりました か?」 アキラ は なんだか イガイ な よう に、 キュウ に たちどまって、 そう といかえした。
 ナオコ は そう ソッチョク に ハンモン される と、 キュウ に なかば ごまかす よう な、 なかば ジチョウ する よう な ワライ を うかべた。 「アキラ さん には どう みえて?」
「さあ……」 アキラ は ホントウ に コンワク した よう な メツキ で カノジョ を みかえしながら くちごもって いた。 「……なんて いって いい ん だ か むずかしい なあ」
 そう クチ では いいながら、 カレ は ムネ の ウチ で この ヒト は やっぱり ダレ にも リカイ して もらえず に きっと フシアワセ なの かも しれない と おもった。 カレ は なにも ケッコンゴ の ナオコ の こと を たずねる キ も しなかった し、 また、 そんな こと は とても ジブン など には うちあけて くれない だろう と おもった けれど、 ナオコ の こと なら イマ の ジブン には どんな こと でも わかって やれる よう な キ が した。 ムカシ は カノジョ の する こと が なにもかも わからない よう に おもわれた イチジキ も ない では なかった が、 イマ ならば ナオコ が どんな ココロ の ナカ の たどりにくい ドウテイ を カレ に きかせて も、 どこまでも ジブン だけ は それ に ついて ゆけそう な キ が した。……
「この ヒト は それ が ダレ にも わかって もらえない と おもいこんで、 くるしんで いる の では なかろう か?」 と アキラ は かんがえつづけた。 「ナオコ さん だって、 ムカシ は いつも ボク の ゆめみがち なの を きらって ばかり いた が、 やっぱり ジブン だって ユメ を もって いた ん だ、 あの ボク の だいすき だった ナオコ さん の オカアサン の よう に……。 それ が こんな カチキ な ヒト だ もの だ から、 ココロ の ソコ の ソコ に その ユメ が とじこめられた まま、 ダレ にも きづかれず に いた の だ、 とうの ナオコ さん に だって。 ……しかし、 その ユメ は まあ どんな に おもいがけない ユメ だろう か?……」
 アキラ は そんな ふう な ソウネン を マナザシ に こめながら、 ナオコ の ウエ へ じっと その メ を すえて いた。
 カノジョ は しかし その アイダ、 メ を つぶった まま、 ナニ か ジシン の カンガエ に しずんで いた。 ときどき ケイレン の よう な もの が カノジョ の やせた クビ の ウエ を はしって いた。
 アキラ は その とき ふいと いつか オギクボ の エキ で カノジョ の オット らしい スガタ を みかけた こと を おもいだし、 それ を ナオコ に カエリガケ に ちょっと いって ゆこう と しかけた が、 キュウ に それ は いわない ほう が いい よう な キ が して トチュウ で やめて しまった。 そして さあ もう かえらなければ と ケッシン して、 カレ は 2~3 ポ シンダイ の ほう へ ちかづき、 ちょっと もじもじ した ヨウス で その ソバ に たった まま、
「ボク、 もう……」 と だけ コトバ を かけた。
 ナオコ は サッキ と おなじ よう に メ を つぶった まま、 アイテ が ナニ を いいだそう と して いる の か まって いた が、 それきり なにも いわない ので、 メ を あけて カレ の ほう を みて やっと カレ が カエリジタク を して いる の に キ が ついた。
「もう おかえり に なる の?」 ナオコ は おどろいた よう に それ を みて、 あまり あっけない ワカレカタ だ と おもった が、 べつに ひきとめ も しない で、 むしろ ナニモノ か から ときはなされる よう な カンジョウ を あじわいながら、 アイテ に むかって いった。 「キシャ は ナンジ なの?」
「さあ、 それ は みて こなかった なあ。 だけど、 こんな タビ だ から、 ナンジ に なったって かまいません」 アキラ は そう いいながら、 はいって きた とき と ドウヨウ に、 しゃちこばって オジギ を した。 「どうぞ オダイジ に……」
 ナオコ は その オジギ の シカタ を みる と、 とつぜん、 アキラ が カノジョ の マエ に たちあらわれた とき から なにかしら ジブン ジシン に いつわって いた カンジョウ の ある こと を するどく ジカク した。 そして ナニ か それ を くいる か の よう に、 イマ まで に ない やわらか な チョウシ で サイゴ の コトバ を かけた。
「ホントウ に アナタ も ゴムリ なさらないで ね……」
「ええ……」 アキラ も ゲンキ そう に こたえながら、 サイゴ に もう イチド カノジョ の ほう へ おおきい メ を そそいで、 トビラ の ソト へ でて いった。
 やがて トビラ の ムコウ に、 アキラ が ふたたび はげしく せきこみながら たちさって ゆく らしい ケハイ が した。 ナオコ は ヒトリ に なる と、 サッキ から ココロ に にじみだして いた コウカイ らしい もの を キュウ に はっきり と かんじだした。

 18

 フユゾラ を よぎった ヒトツ の トリカゲ の よう に、 ジブン の マエ を ちらり と とおりすぎた だけ で そのまま きえさる か と みえた ヒトリ の タビビト、 ――その フアン そう な スガタ が トキ の たつ に つれて いよいよ ふかく なる キズアト を ナオコ の ウエ に しるした の だった。 その ヒ、 アキラ が かえって いった アト、 カノジョ は いつまでも ナニ か ワケ の わからない イッシュ の コウカイ に にた もの ばかり かんじつづけて いた。 サイショ、 それ は ナニ か アキラ に たいして ある カンジョウ を ともなって いる か の よう な ばくぜん と した カンジ に すぎなかった。 カレ が ジブン の マエ に いる アイダジュウ、 カノジョ は アイテ に たいして とも ジブン ジシン に たいして とも つかず しじゅう いらだって いた。 カノジョ は、 ムカシ、 ショウネン の コロ の アイテ が カノジョ に よく そうした よう に、 イマ も ジブン の キズアト を カノジョ の ココロ に ぎゅうぎゅう おしつけよう と して いる よう な キ が されて、 その ため に いらいら して いた ばかり では なかった。 ――それ イジョウ に それ が カノジョ を コンワク させて いた。 いって みれば、 それ が ゲンザイ の カノジョ の、 フシアワセ なり に、 ひとまず おちつく ところ に おちついて いる よう な ヒビ を おびやかそう と して いる の が ばくぜん と かんぜられだして いた の だ。 カノジョ より も もっと いためつけられて いる カラダ で もって、 きずついた ツバサ で もっと もっと かけよう と して いる トリ の よう に、 ジブン の セイ を サイゴ まで こころみよう と して いる、 イゼン の カノジョ だったら マユ を ひそめた だけ で あった かも しれない よう な アイテ の アキラ が、 その サイカイ の アイダ、 しばしば カノジョ の ゲンザイ の ゼツボウ に ちかい イキカタ イジョウ に シンシ で ある よう に かんぜられながら、 その カンジ を どうしても アイテ の メノマエ では アイテ に どころ か ジブン ジシン に さえ はっきり コウテイ しよう とは しなかった の だった。
 ナオコ は ジブン の そういう イッシュ の マンチャク を、 それから 2~3 ニチ して から、 はじめて ジブン に ハクジョウ した。 なぜ あんな に アイテ に すげなく して、 タビ の トチュウ に わざわざ たちよって くれた もの を ココロ から の コトバ ヒトツ かけて やれず に かえらせて しまった の か、 と その ヒ の ジブン が いかにも おとなげない よう に おもわれたり した。 ――しかし、 そう おもう イマ で さえ、 カノジョ の ウチ には、 もし ジブン が その とき すなお に アキラ に アタマ を さげて しまって いたら、 ひょっと して もう イチド カレ と であう よう な こと の あった バアイ、 その とき ジブン は どんな に みじめ な オモイ を しなければ ならない だろう と かんがえて、 イッポウ では おもわず ナニ か ほっと して いる よう な キモチ も ない わけ では なかった。……
 ナオコ が イマ の コドク な ジブン が いかに みじめ で ある か を セツジツ な モンダイ と して かんがえる よう に なった の は、 ホントウ に この とき から だ と いって よかった。 カノジョ は、 ちょうど ビョウニン が ジブン の スイジャク を しらべる ため に その やせさらばえた ホオ へ サイショ は おずおず と テ を やって それ を やさしく なでだす よう に、 ジブン の ミジメサ を じょじょ に ジブン の カンガエ に うかべはじめた。 カノジョ には、 まだしも たのしかった ショウジョ ジダイ を のぞいて は、 ソノゴ カノジョ の ハハ なんぞ の よう に、 ヒトツ の オモイデ だけ で コウハンセイ を みたす に たりる よう な セイシンジョウ の デキゴト にも であわず、 また、 ショウライ だって イマ の まま では なんら キタイ する ほど の こと は おこりそう も ない よう に おもわれる。 ゲンザイ を いえば、 シアワセ なんぞ と いう もの から は はるか に とおく、 とはいえ コノヨ の ダレ より も フシアワセ だ と いう ほど の こと でも ない。 ただ、 こんな コドク の オク で、 イッシュ の ココロ の オチツキ に ちかい もの は えて いる ものの、 それ とて こうして インサン な フユ の ヒビ にも たえて いなければ ならない ヤマ の セイカツ の ブリョウ に くらべれば どんな に ムクイ の すくない もの か。 ことに アキラ が あんな に ゼント に フアン そう な ヨウス を しながら、 しかも なお ジブン の セイ の ぎりぎり の ところ まで いって ジブン の ユメ の ゲンカイ を つきとめて こよう と して いる よう な シンシサ の マエ では、 どんな に ジブン の イマ の セイカツ は ゴマカシ の おおい もの で ある か。 それでも ジブン は まだ コノサキ の ヒビ に ナニ か たのむ もの が ある よう に ジブン を ときふせて このまま こうした ムイ の ヒビ を すごして いなければ ならない の か。 それとも ホントウ に そこ に ナニ か ジブン を よみがえらして くれる よう な もの が ある の で あろう か。……
 ナオコ の カンガエ は いつも そう やって ジブン の ミジメサ に つきあたった まま、 そこ で むなしい シュンジュン を かさねて いる こと が おおかった。

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