カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ナオコ 「ナオコ 2」

2020-09-07 | ホリ タツオ
 7

 5 ガツ に なった。 ケイスケ の ハハ から は ときどき ながい ミマイ の テガミ が きた が、 ケイスケ ジシン は ほとんど テガミ と いう もの を よこした こと が なかった。 カノジョ は それ を いかにも ケイスケ-らしい と おもい、 けっきょく その ほう が カノジョ にも キママ で よかった。 カノジョ は キブン が よくて キショウ して いる よう な ヒ でも、 シュウト へ ヘンジ を かかなければ ならない とき は、 いつも わざわざ シンダイ に はいり、 アオムケ に なって エンピツ で かきにくそう に かいた。 それ が テガミ を かく カノジョ の キモチ を いつわらせた。 もし アイテ が そんな シュウト では なくて、 もっと ソッチョク な ケイスケ だったら、 カノジョ は カレ を くるしめる ため にも、 ジブン の かんじて いる イマ の コドク の ナカ での ソセイ の ヨロコビ を いつまでも かくしおおせて は いられなかった だろう。……
「かわいそう な ナオコ」 それでも ときどき カノジョ は そんな ヒトリ で イイキ に なって いる よう な ジブン を あわれむ よう に ヒトリゴト を いう こと も あった。 「オマエ が そんな に オマエ の マワリ から ヒトビト を つきのけて ダイジ そう に かかえこんで いる オマエ ジシン が そんな に オマエ には いい の か。 これ こそ ジブン ジシン だ と しんじこんで、 そんな に して まで まもって いた もの が、 タジツ キ が ついて みたら、 いつのまにか クウキョ だった と いう よう な メ に なんぞ あったり する の では ない か……」
 カノジョ は そういう とき、 そんな フホンイ な カンガエ から ジブン を そらせる ため には マド の ソト へ メ を もって ゆき さえ すれば いい こと を しって いた。
 そこ では カゼ が たえず キギ の ハ を いい ニオイ を させたり、 こく あわく ハウラ を かえしたり しながら、 ざわめかせて いた。 「ああ、 あの タクサン の キギ。 ……ああ、 なんて いい カオリ なん だろう……」

 ある ヒ、 ナオコ が シンサツ を うけ に カイカ の ロウカ を とおって ゆく と、 27 ゴウ-シツ の トビラ の ソト で、 しろい スウェター を きた セイネン が リョウウデ で カオ を おさえながら、 たまらなそう に なきじゃくって いる の を みかけた。 ジュウカンジャ の イイナズケ の わかい ムスメ に つきそって きて いる、 ものしずか そう な セイネン だった。 スウジツ マエ から その イイナズケ が キュウ に キトク に おちいり、 その セイネン が ビョウシツ と イキョク との アイダ を ナニ か ちばしった メツキ を して ヒトリ で いったり きたり して いる、 いつも しろい スウェター を きた スガタ が たえず ロウカ に みえて いた。……
「やっぱり ダメ だった ん だわ、 オキノドク に……」 ナオコ は そう おもいながら、 その いたいたしい セイネン の スガタ を みる に しのびない よう に、 いそいで その ソバ を とおりすぎた。
 カノジョ は カンゴフシツ を とおりかかった とき、 ふいと キ に なった ので そこ へ よって きいて みる と、 ジジツ は その イイナズケ の わかい ムスメ が いましがた キュウ に キセキ の よう に もちなおして ゲンキ に なりだした の だった。 それまで その キトク の イイナズケ の マクラモト に フダン と すこしも かわらない しずか な ヨウス で つきそって いた セイネン は それ を しる と、 キュウ に その ソバ を はなれて、 トビラ の ソト へ とびだして いって しまった。 そして その カゲ で、 とつぜん、 それ が ビョウニン にも わかる ほど、 ウレシナキ に なきじゃくりだした の だ そう だった。……
 シンサツ から かえって きた とき も、 ナオコ は まだ その ビョウシツ の マエ に その しろい スウェター を きた セイネン が、 さすが に もう コエ に だして ないて は いなかった けれど、 やはり おなじ よう に リョウウデ で カオ を おおいながら たちつづけて いる の を みいだした。 ナオコ は コンド は われしらず むさぼる よう な メツキ で、 その セイネン の ふるえる カタ を みいりながら、 その ソバ を オオマタ に ゆっくり とおりすぎた。
 ナオコ は その ヒ から、 ミョウ に ココロ の おもくるしい よう な ヒビ を おくって いた。 キカイ さえ あれば カンゴフ を とらえて、 その わかい ムスメ の ヨウダイ を ジブン でも ココロ から ドウジョウ しながら ねほりはほり きいたり して いた。 しかし、 その わかい ムスメ が それから 5~6 ニチ-ゴ の ある ヨナカ に とつぜん カッケツ して しに、 その しろい スウェター スガタ の セイネン も カノジョ の しらぬ マ に リョウヨウジョ から スガタ を けして しまった こと を しった とき、 ナオコ は ナニ か ジブン でも リユウ の わからず に いた、 また、 それ を けっして わかろう とは しなかった おもくるしい もの から の シャクホウ を かんぜず には いられなかった。 そして その スウジツ の アイダ カノジョ を ココロ にも なく くるしめて いた ムナグルシサ は、 それきり わすれさられた よう に みえた。

 8

 アキラ は あいかわらず、 ヒムロ の ソバ で、 サナエ と おなじ よう な アイビキ を つづけて いた。
 しかし アキラ は ますます きむずかしく なって、 アイテ には めった に クチ さえ きかせない よう に なった。 アキラ ジシン も ほとんど しゃべらなかった。 そして フタリ は ただ、 カタ を ならべて、 ソラ を とおりすぎる ちいさな クモ だの、 ゾウキバヤシ の あたらしい ハ の ひかる グアイ だの を たがいに みあって いた。
 アキラ は ときどき ムスメ の ほう へ メ を そそいで、 いつまでも じっと みつめて いる こと が あった。 ムスメ が なんと いう こと も なし に わらいだす と、 カレ は おこった よう な カオ を して ヨコ を むいた。 カレ は ムスメ が わらう こと さえ ガマン できなく なって いた。 ただ ムスメ が ムシン そう に して いる ヨウス だけ しか カレ には キ に いらない と みえる。 そういう カレ が ムスメ にも だんだん わかって、 シマイ には アキラ に ジブン が みられて いる と キ が ついて も、 それ には キ が つかない よう に して いた。 アキラ の クセ で、 カノジョ の ウエ へ メ を そそぎながら、 カノジョ を とおして その もっと ムコウ に ある もの を みつめて いる よう な メツキ を カタ の ウエ に かんじながら……
 しかし、 そんな アキラ の メツキ が キョウ くらい トオク の もの を みて いる こと は なかった。 ムスメ は ジブン の キ の せい か とも おもった。 ムスメ は キョウ こそ ジブン が この アキ には どうしても とついで ゆかなければ ならぬ こと を それとなく カレ に うちあけよう と おもって いた。 それ を うちあけて みて、 さて アイテ に どう せよ と いう の では ない、 ただ、 カレ に そんな ハナシ を きいて もらって、 おもいきり ないて みたかった。 ジブン の ムスメ と して の スベテ に、 そう やって しみじみ と ワカレ を つげたかった。 なぜなら アキラ と こうして あって いる アイダ くらい、 ジブン が ムスメ-らしい ムスメ に おもわれる こと は なかった の だ。 いくら ジブン に きむずかしい ヨウキュウ を されて も、 その アイテ が アキラ なら、 そんな こと は カノジョ の ハラ を たてさせる どころ か、 そう されれば される ほど、 ジブン が かえって いっそう ムスメ-らしい ムスメ に なって ゆく よう な キ まで した の だった。……
 どこ か トオク の モリ の ナカ で、 キ を きりたおして いる オト が サッキ から きこえだして いた。
「どこ か で キ を きって いる よう だね。 あれ は なんだか ものがなしい オト だなあ」 アキラ は フイ に ヒトリゴト の よう に いった。
「あの ヘン の モリ も モト は のこらず ボタンヤ の モチモノ でした が、 2~3 ネン マエ に みんな うりはらって しまって……」 サナエ は なにげなく そう いって しまって から、 ジブン の イイカタ に もしや カレ の キ を わるく する よう な チョウシ が あり は しなかった か と おもった。
 が、 アキラ は なんとも いわず に、 ただ、 サッキ から クウ を みつめつづけて いる その メツキ を イッシュン せつなげ に ひからせた だけ だった。 カレ は この ムラ で いちばん ユイショ ある らしい ボタンヤ の ジショ も そう やって ぜんじ ヒトデ に わたって ゆく より ホカ は ない の か と おもった。 あの キノドク な キュウカ の ヒトタチ―― アシ の フジユウ な シュジン や、 ロウボ や、 オヨウ や、 その ビョウシン の ムスメ など……。
 サナエ は その ヒ も とうとう ジブン の ハナシ を もちだせなかった。 ヒ が くれかかって きた ので、 アキラ だけ を そこ に のこして、 サナエ は ココロノコリ そう に ヒトリ で サキ に かえって いった。
 アキラ は サナエ を イツモ の よう に すげなく かえした アト、 しばらく して から カノジョ が キョウ は なんとなく ココロノコリ の よう な ヨウス を して いた の を おもいだす と、 キュウ に ジブン も たちあがって、 ソンドウ を かえって ゆく カノジョ の ウシロスガタ の みえる アカマツ の シタ まで いって みた。
 すると、 その ユウヒ に かがやいた ソンドウ を サナエ が トチュウ で イッショ に なった らしい レイ の ジテンシャ を テ に した わかい ジュンサ と はなれたり ちかづいたり しながら あるいて ゆく スガタ が、 だんだん ちいさく なりながら、 いつまでも みえて いた。
「オマエ は そう やって ホンライ の オマエ の ところ へ かえって いこう と して いる……」 と アキラ は ヒトリ ココロ に おもった。 「オレ は むしろ マエ から そう なる こと を ねがって さえ いた。 オレ は いって みれば オマエ を うしなう ため に のみ オマエ を もとめた よう な もの だ。 イマ、 オマエ に さられる こと は オレ には あまり にも せつなすぎる。 だが、 その セツジツサ こそ オレ には ニュウヨウ なの だ。……」
 そんな トッサ の カンガエ が いかにも カレ に キ に いった よう に、 アキラ は もう イ を けっした よう な オモモチ で、 アカマツ に テ を かけた まま、 ユウヒ を セ に あびた サナエ と ジュンサ の スガタ が ついに みえなく なる まで みおくって いた。 フタリ は あいかわらず ジテンシャ を ナカ に して たがいに ちかづいたり はなれたり しながら あるいて いた。

 9

 6 ガツ に はいって から、 20 プン の サンポ を ゆるされる よう に なった ナオコ は、 キブン の いい ヒ など には、 よく サンロク の ボクジョウ の ほう まで ヒトリ で ブラツキ に いった。
 ボクジョウ は はるか かなた まで ひろがって いた。 チヘイセン の アタリ には、 コダチ の ムレ が フキソク な カンカク を おいて は ムラサキイロ に ちかい カゲ を おとして いた。 そんな ノヅラ の ハテ には、 10 スウヒキ の ウシ と ウマ が イッショ に なって、 かしこここ と うつりながら クサ を たべて いた。 ナオコ は、 その ボクジョウ を ぐるり と とりまいた ボクサク に そって あるきながら、 サイショ は トリトメ も ない カンガエ を そこいら に とんで いる きいろい チョウ の よう に さまよわせて いた。 その うち に しだいに カンガエ が イツモ と おなじ もの に なって くる の だった。
「ああ、 なぜ ワタシ は こんな ケッコン を した の だろう?」 ナオコ は そう かんがえだす と、 どこ でも かまわず クサ の ウエ へ コシ を おろして しまった。 そして カノジョ は もっと ホカ の イキカタ は なかった もの か と かんがえた。 「なぜ あの とき あんな ふう な ヌキサシ ならない よう な キモチ に なって、 まるで それ が ユイイツ の ヒナンジョ でも ある か の よう に、 こんな ケッコン の ナカ に にげこんだ の だろう?」 カノジョ は ケッコン の シキ を あげた トウジ の こと を おもいだした。 カノジョ は シキジョウ の イリグチ に シンプ の ケイスケ と ならんで たちながら、 ジブン たち の ところ へ イワイ を のべ に くる わかい オトコ たち に エシャク して いた。 この オトコ たち と だって ジブン は ケッコン できた の だ と おもいながら、 そして その ゆえ に かえって、 ジブン と ならんで たって いる、 ジブン より セ の ひくい くらい の オット に、 ある キヤスサ の よう な もの を かんじて いた。 「ああ、 あの ヒ に ワタシ の かんじて いられた あんな ココロ の ヤスラカサ は どこ へ いって しまった の だろう?」
 ある ヒ、 ボクサク を くぐりぬけて、 かなり トオク まで シバクサ の ウエ を あるいて いった ナオコ は、 ボクジョウ の マンナカ ほど に、 ぽつん と 1 ポン、 おおきな キ が たって いる の を みとめた。 ナニ か その キ の タチスガタ の もって いる ヒゲキテキ な カンジ が カノジョ の ココロ を とらえた。 ちょうど ウシ や ウマ の ムレ が ずっと ノ の ハテ の ほう で クサ を はんで いた ので、 カノジョ は そちら へ キ を くばりながら、 おもいきって それ に ちかづける だけ ちかづいて いって みた。 だんだん ちかづいて みる と、 それ は なんと いう キ だ か しらなかった けれど、 ミキ が フタツ に わかれて、 イッポウ の ミキ には あおい ハ が むらがりでて いる のに、 タホウ の ミキ だけ は いかにも くるしみもだえて いる よう な エダブリ を しながら すっかり かれて いた。 ナオコ は、 カタチ の いい ハ が カゼ に ゆれて ひかって いる イッポウ の コズエ と、 いたいたしい まで に かれた もう イッポウ の コズエ と を みくらべながら、
「ワタシ も あんな ふう に いきて いる の だわ、 きっと。 ハンブン かれた まま で……」 と かんがえた。
 カノジョ は ナニ か そんな カンガエ に ヒトリ で カンドウ しながら、 ボクジョウ を ひきかえす とき には もう ウシ や ウマ を こわい とも おもわなかった。

 6 ガツ の スエ に ちかづく と、 ソラ は ツユ-らしく くもって、 イクニチ も ナオコ は サンポ に でられない ヒ が つづいた。 こういう ブリョウ な ヒビ は、 さすが の ナオコ にも ほとんど たえがたかった。 イチニチジュウ、 なんと いう こと も なし に ヒ の くれる の が またれ、 そして やっと ヨル が きた と おもう と、 いつも キ の めいる よう な アメ の オト が しだして いた。
 そんな うすざむい よう な ヒ、 とつぜん ケイスケ の ハハ が ミマイ に きた。 その こと を しって、 ナオコ が ゲンカン まで むかえ に ゆく と、 ちょうど そこ では ヒトリ の わかい カンジャ が ホカ の カンジャ や カンゴフ に みおくられながら タイイン して ゆく ところ だった。 ナオコ も シュウト と イッショ に それ を みおくって いる と、 ソバ に いた カンゴフ の ヒトリ が そっと カノジョ に、 その わかい ノウリン ギシ は ジブン が しかけて きた ケンキュウ を カンセイ して きたい から と いって イシ の チュウコク も きかず に ドクダン で ヤマ を おりて ゆく の だ と ささやいた。 「まあ」 と おもわず クチ に だしながら、 ナオコ は あらためて その わかい オトコ を みた。 カレ だけ は もう セビロスガタ だった ので、 ちょっと みた ところ は ビョウニン とは おもえない くらい だった が、 よく みる と テアシ の マックロ に ヒ に やけた ホカ の カンジャ たち より も ずっと やせこけ、 カオイロ も わるかった。 そのかわり、 ホカ の カンジャ たち に みられない、 ナニ か セッパク した セイキ が ビウ に ただよって いた。 カノジョ は その ミチ の セイネン に イッシュ の コウイ に ちかい もの を かんじた。……
「あそこ に いた の が カンジャ さん たち なの かえ?」 シュウト は ナオコ と ロウカ を あるきだしながら、 いぶかしそう な クチブリ で いった。 「どの ヒト も ミナ フツウ の ヒト より か ジョウブ そう じゃ ない か」
「ああ みえて も、 ミナ わるい のよ」 ナオコ は ココロ にも なく カレラ の ミカタ に ついた。
「キアツ なんか が キュウ に かわったり する と、 あんな ヒトタチ の ナカ から も カッケツ したり する ヒト が すぐ でる のよ。 ああして カンジャ ドウシ が おちあったり する と、 コンド は ダレ の バン だろう と おもいながら、 それ が ジブン の バン かも しれない フアン だけ は おたがいに かくそう と しあう のね、 だから ゲンキ と いう より か、 むしろ はしゃいで いる だけ だわ」
 ナオコ は そんな カノジョ-らしい ドクダン を くだしながら、 ジブン ジシン も シュウト には すっかり よく なった よう に みえ、 こんな ヤマ の リョウヨウジョ に いつまでも ヒトリ で いる の を なにかと いわれ は すまい か と キヅカイ でも する よう に、 ジブン の ヒダリ の ハイ から まだ ラッセル が とれない で いる こと なんぞ を、 いかにも フアン そう に セツメイ したり した。
 ツキアタリ の ビョウトウ の 2 カイ の ハシ チカク に ある ビョウシツ に はいる と、 シュウト は クレゾール の ニオイ の する ビョウシツ の ナカ を ちらり と みまわした きり で、 ながく その ナカ に とどまる こと を おそれる か の よう に、 すぐ ロダイ へ でて いった。 ロダイ は うすらさむそう だった。
「まあ、 どうして この ヒト は ここ へ くる と、 いつも あんな に セナカ を まげて ばかり いる ん だろう?」 と ナオコ は ロダイ の テスリ に テ を かけて ムコウ を むいて いる シュウト の セ を、 ナニ か キ に いらない もの の よう に みすえながら、 ココロ の ナカ で おもって いた。 そのうち フイ に シュウト が カノジョ の ほう へ ふりむいた。 そして ナオコ が ジブン の ほう を うつけた よう に みすえて いる の に きづく と、 いかにも わざとらしい エガオ を して みせた。
 それから 1 ジカン ばかり たった ノチ、 ナオコ は いくら ひきとめて も どうしても すぐ かえる と いう シュウト を みおくりながら、 ふたたび ゲンカン まで ついて いった。 その アイダ も たえず、 ナニ か を おそれ でも する よう に ことさら に まげて いる よう な シュウト の セナカ に、 ナニ か キョギテキ な もの を イマ まで に なく つよく かんじながら……

 10

 クロカワ ケイスケ は、 タニン の ため に くるしむ と いう、 オオク の モノ が ジンセイ の トウショ に おいて ケイケン する ところ の もの を、 ジンセイ ナカバ に して ようやく ミ に おぼえた の だった。……
 9 ガツ ハジメ の ある ヒ、 ケイスケ は マルノウチ の ツトメサキ に ショウダン の ため に ナガヨ と いう トオエン に あたる モノ の ホウモン を うけた。 シュジュ の ショウダン の スエ、 フタリ の カイワ が しだいに コジンテキ な ワヘイ の ウエ に おちて いった とき だった。
「キミ の サイクン は どこ か の サナトリウム に はいって いる ん だって? ソノゴ どう なん だい?」 ナガヨ は ヒト に モノ を きく とき の クセ で ミョウ に メ を またたきながら きいた。
「なに、 たいした こと は なさそう だよ」 ケイスケ は それ を かるく うけながしながら、 それ から ハナシ を そらせよう と した。 ナオコ が ムネ を わずらって ニュウイン して いる こと は、 ハハ が それ を いやがって ダレ にも はなさない よう に して いる のに、 どうして この オトコ が しって いる の だろう か と いぶかしかった。
「なんでも いちばん わるい カンジャ たち の トクベツ な ビョウトウ へ はいって いる ん だ そう じゃ ない か」
「そんな こと は ない。 それ は ナニ か の マチガエ だ」
「そう か。 そんなら いい が……。 そんな こと を このあいだ ウチ の オフクロ が キミ ん チ の オフクロ から きいて きた って いってた ぜ」
 ケイスケ は いつ に なく カオイロ を かえた。 「ウチ の オフクロ が そんな こと を いう はず は ない が……」
 カレ は いつまでも ミョウ な キモチ に なりながら、 その ユウジン を フキゲン そう に おくりだした。

 その バン、 ケイスケ は ハハ と フタリ きり の クチカズ の すくない ショクタク に むかって いる とき、 サイショ なにげなさそう に クチ を きいた。
「ナオコ が ニュウイン して いる こと を ナガヨ が しって いました よ」
 ハハ は ナニ か そらとぼけた よう な ヨウス を した。 「そう かい。 そんな こと が あの ヒトタチ に どうして しれた ん だろう ね」
 ケイスケ は そう いう ハハ から フカイ そう に カオ を そらせながら、 ふいと イマ ジブン の ソバ に いない モノ が キュウ に キ に なりだした よう に、 そちら へ カオ を むけた。 ――こういう バンメシ の とき など、 ナオコ は いつも ハナシ の ケンガイ に オキザリ に されがち だった。 ケイスケ たち は しかし カノジョ には ほとんど ムトンジャク の よう に、 ムカシ の チジン だの サマツ な ヒビ の ケイザイ だの の ハナシ に ジカン を つぶして いた。 そういう とき の ナオコ の ナニ か を じっと こらえて いる よう な、 シンケイ の たった ウツムキガオ を、 イマ ケイスケ は そこ に ありあり と みいだした の だった。 そんな こと は カレ には ほとんど それ が はじめて だ と いって よかった。……
 ハハ は ジブン の ムスコ の ヨメ が ムネ など を わずらって サナトリウム に はいって いる こと を オモテムキ はばかって、 ちょっと シンケイ スイジャク ぐらい で テンチ して いる よう に ヒトマエ を とりつくろって いた。 そして それ を ケイスケ にも ふくませ、 イチド も ツマ の ところ へ ミマイ に ゆかせない くらい に して いた。 それゆえ、 イッポウ カゲ で もって、 その ハハ が ナオコ の ビョウキ の こと を わざと いいふらして いよう など とは、 ケイスケ は イマ まで かんがえて も みなかった の だった。
 ケイスケ は ナオコ から ハハ の モト へ たびたび テガミ が きたり、 また、 ハハ が それ に ヘンジ を だして いる らしい こと は しって は いた。 が、 まれ に ハハ に むかって ビョウニン の ヨウダイ を たずねる くらい で、 いつも カンタン な ハハ の コタエ で マンゾク を し、 それ イジョウ たちいって どういう テガミ を ヤリトリ して いる か、 ぜんぜん しろう とは しなかった。 ケイスケ は その ヒ の ナガヨ の ハナシ から、 ハハ が いつも ナニ か ジブン に カクシダテ を して いる らしい こと に きづく と、 とつぜん アイテ に イイヨウ の ない イラダタシサ を かんじだす と ともに、 イマ まで の ジブン の ヤリカタ にも はげしく コウカイ しはじめた。
 それから 2~3 ニチ-ゴ、 ケイスケ は キュウ に アス カイシャ を やすんで ツマ の ところ へ ミマイ に いって くる と いいはった。 ハハ は それ を きく と、 なんとも いえない にがい カオ を した まま、 しかし べつに それ には ハンタイ も しなかった。

 11

 クロカワ ケイスケ が、 コト に よる と ジブン の ツマ は ジュウタイ で しにかけて いる の かも しれない と いう よう な ばくぜん と した フアン に おののきながら、 シンシュウ の ミナミ に むかった の は、 ちょうど ニヒャク ハツカ マエ の アレモヨウ の ヒ だった。 ときどき カゼ が はげしく なって、 キシャ の マドガラス には オオツブ の アメ が オト を たてて あたった。 そんな はげしい フキブリ の ナカ にも、 キシャ は クニザカイ に ちかい サンチ に かかる と、 ナンド も キリカエ の ため に アトモドリ しはじめた。 その たび ごと に、 ソト の ケシキ の ほとんど みえない ほど アメ に くもった マド の ウチ で、 タビ に なれない ケイスケ は、 なんだか ジブン が まったく ミチ の ホウコウ へ つれて ゆかれる よう な オモイ が した。
 キシャ が サンカン-らしい ホカ の エキ と すこしも かわらない ちいさな エキ に ついた ノチ、 あやうく ハッシャ しよう と する マギワ に なって、 それ が リョウヨウジョ の ある エキ で ある の に きづいて、 ケイスケ は あわてて フキブリ の ナカ に ビショヌレ に なりながら とびおりた。
 エキ の マエ には アメ に うたれた ふるぼけた ジドウシャ が 1 ダイ とまって いた きり だった。 ケイスケ の ホカ にも、 わかい オンナ の キャク が ヒトリ いた が、 おなじ リョウヨウジョ へ ゆく ので、 フタリ は イッショ に のって ゆく こと に した。
「キュウ に わるく なられた カタ が あって、 いそいで おります ので……」 そう その わかい オンナ の ほう で いいわけがましく いった。 その わかい オンナ は リンケン の K シ の カンゴフ で、 リョウヨウジョ の カンジャ が カッケツ など して キュウ に ツキソイ が いる よう に なる と デンワ で よばれて くる こと を はなした。
 ケイスケ は とつぜん ムナサワギ が して、 「オンナ の カンジャ です か?」 と だしぬけ に きいた。
「いいえ、 コンド はじめて カッケツ を なすった おわかい オトコ の カタ の よう です」 アイテ は なんの こと も なさそう に ヘンジ を した。
 ジドウシャ は フキブリ の ナカ を、 カイドウ に そった きたない イエイエ へ ミズタマリ の ミズ を ナンド も はねかえしながら、 ちいさな ムラ を とおりすぎ、 それから ある ケイシャチ に たった リョウヨウジョ の ほう へ よじのぼりだした。 キュウ に エンジン の オト を たかめたり、 シャダイ を かしがせたり して、 ケイスケ を まだ なんとなく フアン に させた まま……

 リョウヨウジョ に つく と、 ちょうど カンジャ たち の アンセイ ジカン-チュウ らしく、 ゲンカンサキ には ダレ の スガタ も みえない ので、 ケイスケ は ぬれた クツ を ぬぎ、 ヒトリ で スリッパー を つっかけて、 かまわず ロウカ へ あがり、 ここいら だったろう と おもった ビョウトウ に おれて いった が、 やっと マチガエ に キ が ついて ひきかえして きた。 トチュウ の、 ある ビョウシツ の トビラ が ハンビラキ に なって いた。 トオリスガリ に、 なんの キ なし に ナカ を のぞいて みる と、 つい ハナサキ の シンダイ の ウエ に、 わかい オトコ の、 うすい アゴヒゲ を はやした、 ロウ の よう な カオ が あおむいて いる の が ちらり と みえた。 ムコウ でも トビラ の ソト に たって いる ケイスケ の スガタ に キ が つく と、 その カオ の ムキ を かえず に、 トリ の よう に おおきく みひらいた メ だけ を カレ の ほう へ そろそろ と むけだした。
 ケイスケ は おもわず ぎょっと しながら、 その トビラ の ソバ を いそいで とおりすぎよう と する と、 ドウジ に ウチガワ から も ダレ か が ちかづいて きて その トビラ を しめた。 その トタン、 なにやら ひょいと エシャク を された よう なので、 キ が ついて みる と、 それ は もう ハクイ に きかえた、 エキ から イッショ に きた サッキ の わかい オンナ だった。
 ケイスケ は やっと ロウカ で ヒトリ の カンゴフ を とらえて きく と、 ナオコ の いる ビョウトウ は もう ヒトツ サキ の ビョウトウ だった。 おそわった とおり、 ツキアタリ の カイダン を あがる と、 ああ ここ だった な と マエ に ツマ の ニュウイン に つきそって きた とき の こと を なにかと おもいだし、 キュウ に ムネ を ときめかせながら ナオコ の いる 3 ゴウ-シツ に ちかづいて いった。 コト に よったら、 ナオコ も すっかり スイジャク して、 サッキ の わかい カッケツ カンジャ の よう な ブキミ な ほど おおきな メ で こちら を サイショ ダレ だ か わからない よう に みる の では ない か と かんがえながら、 そんな ジシン の カンガエ に おもわず ミブルイ を した。
 ケイスケ は まず ココロ を おちつけて、 ちょっと トビラ を たたいて から、 それ を しずか に あけて みる と、 ビョウニン は シンダイ の ウエ に ムコウムキ に なった まま で いた。 ビョウニン は ダレ が はいって きた の だ か しりたく も なさそう だった。
「まあ、 アナタ でした の?」 ナオコ は やっと ふりかえる と、 すこし やつれた せい か、 いっそう おおきく なった よう な メ で カレ を みあげた。 その メ は イッシュン イヨウ に かがやいた。
 ケイスケ は それ を みる と、 ナニ か ほっと し、 おもわず ムネ が いっぱい に なった。
「イチド こよう とは おもって いた ん だ がね。 なかなか いそがしくて こられなかった」
 オット が そう いいわけがましい こと を いう の を きく と、 ナオコ の メ から は イマ まで あった イヨウ な カガヤキ が すうと きえた。 カノジョ は キュウ に くらく かげった メ を オット から はなす と、 ニジュウ に なった ガラスマド の ほう へ それ を むけた。 カゼ は その ソトガワ の ガラス へ ときどき おもいだした よう に オオツブ の アメ を ぶつけて いた。
 ケイスケ は こんな フキブリ を おかして まで ヤマ へ きた ジブン を ツマ が べつに なんとも おもわない らしい こと が すこし フマン だった。 が、 カレ は メノマエ に カノジョ を みる まで ジブン の ムネ を おしつぶして いた レイ の フアン を おもいだす と、 キュウ に キ を とりなおして いった。
「どう だ。 あれ から ずっと いい ん だろう?」 ケイスケ は いつも ツマ に あらたまって モノ を いう とき の クセ で メ を そらせながら いった。
「…………」 ナオコ も、 そんな オット の クセ を しりながら、 アイテ が ジブン を みて いよう と いまい と かまわない よう に、 だまって うなずいた だけ だった。
「なあに、 ここ に もう しばらく おちついて いれば、 オマエ の なんぞ は すぐ なおる さ」 ケイスケ は さっき おもわず メ に いれた あの カッケツ カンジャ の しにかかった トリ の よう な ブキミ な メツキ を うかべながら、 ナオコ の ほう へ おもいきって さぐる よう な メ を むけた。
 しかし カレ は その とき ナオコ の ナニ か カレ を あわれむ よう な メツキ と メ を あわせる と、 おもわず カオ を そむけ、 どうして この オンナ は いつも こんな メツキ で しか オレ を みられない ん だろう と いぶかりながら、 アメ の ふきつけて いる マド の ほう へ ちかづいて いった。 マド の ソト には、 ムコウガワ の ビョウトウ も みえない くらい ヒマツ を ちらしながら、 キギ が コノハ を ざわめかせて いた。

 クレガタ に なって も、 この アレギミ の アメ は やまず、 その ため ケイスケ も いっこう かえろう とは しなかった。 とうとう ヒ が くれかかって きた。
「ここ の リョウヨウジョ へ とめて もらえる かしら?」 マドギワ に ウデ を くんで キギ の ザワメキ を みつめて いた ケイスケ が フイ に クチ を きいた。
 カノジョ は いぶかしそう に ヘンジ を した。 「とまって いらっしゃって いい の? そんなら ムラ へ いけば ヤドヤ だって ない こと は ない わ。 しかし、 ここ じゃ……」
「しかし ここ だって とめて もらえない こと は ない ん だろう。 オレ は ヤドヤ なんぞ より ここ の ほう が よっぽど いい」 カレ は いまさら の よう に せまい ビョウシツ の ナカ を みまわした。
「ヒトバン ぐらい なら、 ここ の ユカイタ に だって ねられる さ。 そう さむい と いう ほど でも ない し……」
 ナオコ は 「まあ この ヒト が……」 と おどろいた よう に しげしげ と ケイスケ を みつめた。 それから いって も いわなく とも いい こと を いう よう に、 「かわって いる わね……」 と かるく ヤユ した。 しかし、 その とき の ナオコ の ヤユ する よう な マナザシ には ケイスケ を いらいら させる よう な もの は なにひとつ かんぜられなかった。
 ケイスケ は ヒトリ で オンナ の おおい ツキソイニン たち の ショクドウ へ ユウショク を し に ゆき、 トウチョク の カンゴフ に とまる ヨウイ も ヒトリ で たのんで きた。

 8 ジ-ゴロ、 トウチョク の カンゴフ が ケイスケ の ため に ツキソイニン-ヨウ の クミタテシキ の ベッド や モウフ など を はこんで きて くれた。 カンゴフ が ヨル の ケンオン を みて かえった アト、 ケイスケ は ヒトリ で ブキヨウ そう に ベッド を こしらえだした。 ナオコ は シンダイ の ウエ から、 ふいと ヘヤ の スミ に ケイスケ の ハハ の すこし ケン を おびた マナザシ らしい もの を かんじながら、 かるく マユ を ひそめる よう に して ケイスケ の する こと を みて いた。
「これ で ベッド は できた と……」 ケイスケ は それ を ためす よう に ソクセイ の ベッド に コシ を かけて みながら、 カクシ に テ を つっこんで ナニ か さがして いる よう な ヨウス を して いた が、 やがて マキタバコ を 1 ポン とりだした。
「ロウカ なら タバコ を のんで きて も いい かな」
 ナオコ は しかし それ には とりあわない よう に だまって いた。
 ケイスケ は とりつく シマ も なさそう に、 のそのそ と ロウカ へ でて いった が、 その うち に カレ が タバコ を のみながら ヘヤ の ソト を いったり きたり して いる らしい アシオト が きこえて きた。 ナオコ は その アシオト と コノハ を ざわめかせて いる アメカゼ の オト と に かわるがわる ミミ を かたむけて いた。
 カレ が ふたたび ヘヤ に はいって くる と、 ガ が ツマ の マクラモト を とびまわり、 テンジョウ にも おおきな くるおしい カゲ を なげて いた。
「ねる マエ に アカリ を けして ね」 カノジョ が うるさそう に いった。
 カレ は ツマ の マクラモト に ちかづき、 ガ を おいはらって、 アカリ を けす マエ に、 まぶしそう に メ を つぶって いる カノジョ の メ の マワリ の くろずんだ カサ を いかにも いたいたしそう に みやった。

「まだ おやすみ に なれない の?」 クラガリ の ナカ から ナオコ は とうとう ジブン の シンダイ の スソ の ほう で いつまでも ズック-バリ の ベッド を きしませて いる オット の ほう へ コエ を かけた。
「うん……」 オット は わざとらしく ねぼけた よう な コエ を した。 「どうも アメ の オト が ひどい なあ。 オマエ も まだ ねられない の か?」
「ワタシ は ねられなくったって ヘイキ だわ。 ……いつだって そう なん です もの……」
「そう なの かい。 ……でも、 こんな バン は こんな ところ に ヒトリ で なんぞ いる の は いや だろう な。……」 ケイスケ は そう いいかけて、 くるり と カノジョ の ほう へ セ を むけた。 それ は ツギ の コトバ を おもいきって いう ため だった。 「……オマエ は ウチ へ かえりたい とは おもわない かい?」
 クラガリ の ナカ で ナオコ は おもわず ミ を すくめた。
「カラダ が すっかり よく なって から で なければ、 そんな こと は かんがえない こと に して いて よ」 そう いった ぎり、 カノジョ は ネガエリ を うって だまりこんで しまった。
 ケイスケ も その サキ は もう なんにも いわなかった。 フタリ を シホウ から とりかこんだ ヤミ は、 それから しばらく の アイダ は、 キギ を ざわめかす アメ の オト だけ に みたされて いた。

 12

 ヨクジツ、 ナオコ は、 カゼ の ため に そこ へ たたきつけられた コノハ が 1 マイ、 マドガラス の マンナカ に ぴったり と くっついた まま に なって いる の を フシギ そう に みまもって いた。 その うち に ナニ か オモイダシ ワライ の よう な もの を ひとりでに うかべて いる ジブン ジシン に キ が ついて、 カノジョ は おもわず はっと した。
「ゴショウ だ から、 オマエ、 そんな メツキ で オレ を みる こと だけ は やめて もらえない かな」 カエリギワ に ケイスケ は あいかわらず カノジョ から メ を そらせながら かるく コウギ した。 ――カノジョ は、 イマ、 アラシ の ナカ で それ だけ が マヒ した よう に なって いる 1 マイ の コノハ を フシギ そう に みまもって いる ジブン の メツキ から ふいと その オット の イガイ な コウギ を おもいだした の だった。
「なにも こんな ワタシ の メツキ は イマ はじまった こと では ない。 ムスメ の ジブン から、 しんだ ハハ など にも なにかと いやがられた もの だ けれど、 あの ヒト は やっと イマ これ に キ が ついた の かしら。 それとも イマ まで それ が キ に なって いて も ワタシ に いいえず、 やっと キョウ うちとけて いえる よう に なった の かしら。 なんだか ユウベ など は まるで あの ヒト で ない みたい だった。 ……だが、 あいかわらず キ の ちいさな あの ヒト は、 キシャ の ナカ で こんな アラシ に あって どんな に ヒトリ で こわがって いる だろう。……」
 ヒトバンジュウ ナニ か に おびえた よう に ねむれない ヨル を あかした スエ、 ヨクジツ の ヒル ちかく ようやく クモ が きれ、 イチメン に こい キリ が ひろがりだす の を みる と、 ほっと した よう な カオ を して テイシャバ へ いそいで いった が、 また テンコウ が イッペン して、 キシャ に のりこんだ か のりこまない か の うち に こんな アラシ に ソウグウ して いる オット の こと を、 ナオコ は べつに そう キ を もみ も しない で おもいやりながら、 いつか また マドガラス に えがかれた よう に こびりついて いる 1 マイ の コノハ を ナニ か キ に なる よう に みつめだして いた。 その うち に、 カノジョ は また ジブン でも きづかない ほど かすか に ワライ を もらしはじめて いた。……

 その おなじ コロ、 クロカワ ケイスケ を のせた ノボリ レッシャ は、 アラシ に もまれながら、 シンリン の おおい クニザカイ を よこぎって いた。
 ケイスケ に とって は、 しかし その アラシ イジョウ に、 ヤマ の リョウヨウジョ で ケイケン した スベテ の こと が イジョウ で、 いまだに キガカリ で ならなかった。 それ は カレ に とって は、 いわば ある ミチ の セカイ との サイショ の セッショク だった。 ユキ の とき より も もっと ひどい アラシ の ため、 マド と スレスレ の ところ で くるしげ に ハ を ゆすりながら ミモダエ して いる よう な キギ の ホカ には ほとんど なにも みえない キャクシャ の ナカ で、 ケイスケ は うまれて はじめて の フミン の ため に トリトメ も なくなった シコウリョク で、 いよいよ コドク の ソウ を おびだした ツマ の こと だの、 その ソバ で まるで ジブン イガイ の モノ に なった よう な キモチ で イチヤ を あかした ユウベ の ジブン ジシン の こと だの、 オオモリ の イエ で ヒトリ で まんじり とも しない で ジブン を まちつづけて いた で あろう ハハ の こと だの を かんがえとおして いた。 コノヨ に ジブン と ムスコ と だけ いれば いい と おもって いる よう な ハイタテキ な ハハ の モト で、 ツマ まで ヨソ へ おいやって、 フタリ して タイセツ そう に まもって きた イッカ の ヘイワ なんぞ と いう もの は、 いまだに カレ の メサキ に ちらついて いる、 ナオコ が その エスガタ の チュウシン と なった、 フシギ に ジュウコウ な カンジ の する セイ と シ との ジュウタン の マエ に あって は、 いかに ウスデ な もの で ある か を かんがえたり して いた。 カレ の イマ おちこんで いる イヨウ な シンテキ コウフン が ナニ か そんな カンガエ を イマ まで の カレ の アンイツサ を ネコソギ に する ほど に まで キョウリョク な もの に させた の だった。 ――シンリン の おおい クニザカイ ヘン を キシャ が アラシ を ついて シッソウ して いる アイダ、 ケイスケ は そういう カンガエ に ヒタリキリ に なって ほとんど メ も つぶった まま に して いた。 ときおり ソト の アラシ に キ が つく よう に はっと なって メ を ひらいた が、 しかし シン が つかれて いる ので、 おのずから メ が ふさがり、 すぐ また ユメウツツ の サカイ に はいって ゆく の だった。 そこ では また、 ゲンザイ の カンカク と、 ゲンザイ おもいだしつつ ある カンカク と が からまりあって、 ジブン が ニジュウ に かんぜられて いた。 イマ イッシン に ソウガイ を みよう と しながら なにも みえない ので クウ を みつめて いる だけ の ジブン ジシン の メツキ が、 キノウ ヤマ へ つく なり ある ハンビラキ の トビラ の カゲ から ふと メ を あわせて しまった ヒンシ の カンジャ の ブキミ な メツキ に かんぜられたり、 あるいは いつも ジブン が それ から カオ を そらせず には いられない ナオコ の うつけた よう な マナザシ に にて ゆく よう な キ が したり、 あるいは その ミッツ の マナザシ が へんに コウサク しあったり した。……
 キュウ に マド の ソト が あかるく なりだした こと が、 そういう カレ をも いくぶん ほっと させた。 くもった ガラス を ユビ で ふいて ソト を みる と、 キシャ が やっと クニザカイ ヘン の サンチ を とおりすぎて、 おおきな ボンチ の マンナカ へ でて きた ため らしかった。 フウウ は いまだに よわまらない で いた。 ケイスケ の うつけきった メ には、 そこら イッタイ の ブドウバタケ の アイダ に 5~6 ニン ずつ ミノ を つけた ヒトタチ が たって なにやら わめきあって いる よう な コウケイ が いかにも イヨウ に うつった。 そういう ブドウバタケ の ヒトタチ の ただならぬ スガタ が ナンニン も ナンニン も みかけられる よう に なった コロ には、 シャナイ も おのずから そうぜん と しだして いた。 ユウベ の ゴウウ が この チホウ では タリョウ の ヒョウ を ともなって いた ため、 ようやく うれだした ブドウ の ハタケ と いう ハタケ が こっぴどく やられ、 ノウフ たち は イマ の ところ は テ を こまねいて アラシ の やむ の を ただ みまもって いる の だ と いう こと が、 シュウイ の ヒトビト の ハナシ から ケイスケ にも しぜん わかって きた。
 エキ に つく ごと に、 ヒトビト の サワギ が いっそう ものものしく なり、 アメ の ナカ を ビショヌレ に なった エキイン が ナニ か ののしりながら はしりさる よう な スガタ も ソウガイ に みられた。

 キシャ が そんな サンジョウ を しめした ブドウバタケ の おおい ヘイチ を すぎた ノチ、 ふたたび サンチ に はいりだした コロ は、 ついに クモ が キレメ を みせ、 ときどき そこ から ヒ の ヒカリ が もれて マドガラス を まぶしく ひからせた。 ケイスケ は ようやく カクセイ した ヒト に なりはじめた。 ドウジ に カレ には、 イマ まで の カレ ジシン が キュウ に ブキミ に おもえだした。 もう あの ヒンシ の トリ の よう な ビョウニン の イヨウ な メツキ も、 それ を しらずしらず に マネ して いた よう な ジブン ジシン の イマシガタ の メツキ も けろり と わすれさり、 ただ、 ナオコ の いたいたしい マナザシ だけ が カレ の マエ に いぜん と して あざやか に のこって いる きり だった。……
 キシャ が アメアガリ の シンジュク エキ に ついた コロ には、 コウナイ いっぱい ニシビ が あかあか と みなぎって いた。 ケイスケ は ゲシャ した トタン に、 コウナイ の クウキ の むしむし して いる の に おどろいた。 ふいと ヤマ の リョウヨウジョ の ハダ を しめつける よう な ツメタサ が こころよく よみがえって きた。 カレ は プラットフォーム の ヒトゴミ を ぬけながら、 なにやら その マエ に ヒトダカリ が して いる の を みる と、 なんの キ なし に アシ を とめて ケイジバン を のぞいた。 それ は イマ カレ の のって きた チュウオウ セン の レッシャ が イチブ フツウ に なった シラセ だった。 それ で みる と、 カレ の のりあわせて いた レッシャ が ツウカ した アト で、 ヤマカイ の ある テッキョウ が ホウカイ し、 ツギ の レッシャ から アラシ の ナカ に タチオウジョウ に なった らしかった。
 ケイスケ は それ を しる と、 ナン だ、 そんな こと だった の か と いった カオツキ で、 ふたたび プラットフォーム の ヒトゴミ の ナカ を イッシュ イヨウ な カンジョウ を あじわいながら ぬけて いった。 こんな に タクサン の ヒトタチ の ナカ で、 ジブン だけ が ヤマ から ジブン と イッショ に ついて きた ナニ か イジョウ な もの で ココロ を みたされて いる の だ と いった カンガエ から、 マッスグ を むいて あるきながら ナニ か ヒトリ で ヒツウ な キモチ に さえ なって いた。 しかし、 カレ は イマ ジブン の ココロ を みたして いる もの が、 じつは シ の イッポ テマエ の ソンザイ と して の セイ の フアン で ある と いう よう な ふかい ジジョウ には おもいいたらなかった。

 その ヒ は、 クロカワ ケイスケ は どうしても そのまま オオモリ の イエ へ かえって ゆく キ が しなかった。 カレ は シンジュク の ある ミセ で ヒトリ で ショクジ を し、 それから ホカ の おなじ よう な ミセ で チャ を ゆっくり のみ、 それから コンド は ギンザ へ でて、 いつまでも ヨル の ヒトゴミ の ナカ を ぶらついて いた。 そんな こと は 40 ちかく に なって カレ の しった はじめて の ケイケン と いって よかった。 カレ は ジブン の ルス の アイダ、 ハハ が どんな に フアン に なって ジブン の かえる の を まって いる だろう か と ときどき キ に なった。 その たび ごと に、 そういう ハハ の くるしんで いる スガタ を ジブン の ウチ に もうすこし たもって いたい ため か の よう に、 わざと かえる の を ひきのばした。 よくも あんな ヒトケ の ない イエ で フタリ きり の クラシ に ガマン して いられた もの だ と おもい さえ した。 カレ は その アイダ も たえず ジブン に つきまとうて くる ナオコ の マナザシ を すこしも うるさがらず に いた。 しかし、 ときどき カレ の ノウリ を かすめる、 セイ と シ との ジュウタン は その たび ごと に すこし ずつ ぼやけて きはじめた。 カレ は だんだん ジブン の ソンザイ が ジブン と アト に なり サキ に なり して あるいて いる ホカ の ヒトタチ の と あまり かわらなく なって きた よう な キ が しだした。 カレ は それ が ゼンジツライ の ヒロウ から きて いる こと に やっと キ が ついた。 カレ は ナニモノ か に ジブン が ひきずられて ゆく の を もう どうにも シヨウ が ない よう な ココロモチ で、 ついに オオモリ の イエ に むかって、 はじめて ジブン の かえろう と して いる の が ハハ の モト だ と いう こと を ミョウ に イシキ しながら、 12 ジ ちかく かえって いった。

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