カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ココロ 「リョウシン と ワタクシ 1」

2015-07-23 | ナツメ ソウセキ
 チュウ、 リョウシン と ワタクシ

 1

 ウチ へ かえって アンガイ に おもった の は、 チチ の ゲンキ が このまえ みた とき と たいして かわって いない こと で あった。
「ああ かえった かい。 そう か、 それでも ソツギョウ が できて まあ ケッコウ だった。 ちょっと おまち、 イマ カオ を あらって くる から」
 チチ は ニワ へ でて ナニ か して いた ところ で あった。 ふるい ムギワラボウ の ウシロ へ、 ヒヨケ の ため に くくりつけた うすぎたない ハンケチ を ひらひら させながら、 イド の ある ウラテ の ほう へ まわって いった。
 ガッコウ を ソツギョウ する の を フツウ の ニンゲン と して トウゼン の よう に かんがえて いた ワタクシ は、 それ を ヨキ イジョウ に よろこんで くれる チチ の マエ に キョウシュク した。
「ソツギョウ が できて まあ ケッコウ だ」
 チチ は この コトバ を ナンベン も くりかえした。 ワタクシ は ココロ の ウチ で この チチ の ヨロコビ と、 ソツギョウシキ の あった バン センセイ の ウチ の ショクタク で、 「おめでとう」 と いわれた とき の センセイ の カオツキ と を ヒカク した。 ワタクシ には クチ で いわって くれながら、 ハラ の ソコ で けなして いる センセイ の ほう が、 それほど にも ない もの を めずらしそう に うれしがる チチ より も、 かえって コウショウ に みえた。 ワタクシ は シマイ に チチ の ムチ から でる いなかくさい ところ に フカイ を かんじだした。
「ダイガク ぐらい ソツギョウ したって、 それほど ケッコウ でも ありません。 ソツギョウ する モノ は マイトシ ナンビャクニン だって あります」
 ワタクシ は ついに こんな クチ の キキヨウ を した。 すると チチ が ヘン な カオ を した。
「なにも ソツギョウ した から ケッコウ と ばかり いう ん じゃ ない。 そりゃ ソツギョウ は ケッコウ に ちがいない が、 オレ の いう の は もうすこし イミ が ある ん だ。 それ が オマエ に わかって いて くれ さえ すれば、……」
 ワタクシ は チチ から その アト を きこう と した。 チチ は はなしたく なさそう で あった が、 とうとう こう いった。
「つまり、 オレ が ケッコウ と いう こと に なる のさ。 オレ は オマエ の しってる とおり の ビョウキ だろう。 キョネン の フユ オマエ に あった とき、 コト に よる と もう ミツキ か ヨツキ ぐらい な もの だろう と おもって いた のさ。 それ が どういう シアワセ か、 キョウ まで こうして いる。 タチイ に フジユウ なく こうして いる。 そこ へ オマエ が ソツギョウ して くれた。 だから うれしい のさ。 せっかく タンセイ した ムスコ が、 ジブン の いなく なった アト で ソツギョウ して くれる より も、 ジョウブ な うち に ガッコウ を でて くれる ほう が オヤ の ミ に なれば うれしい だろう じゃ ない か。 おおきな カンガエ を もって いる オマエ から みたら、 たかが ダイガク を ソツギョウ した ぐらい で、 ケッコウ だ ケッコウ だ と いわれる の は あまり おもしろく も ない だろう。 しかし オレ の ほう から みて ごらん、 タチバ が すこし ちがって いる よ。 つまり ソツギョウ は オマエ に とって より、 この オレ に とって ケッコウ なん だ。 わかった かい」
 ワタクシ は イチゴン も なかった。 あやまる イジョウ に キョウシュク して うつむいて いた。 チチ は ヘイキ な うち に ジブン の シ を カクゴ して いた もの と みえる。 しかも ワタクシ の ソツギョウ する マエ に しぬ だろう と おもいさだめて いた と みえる。 その ソツギョウ が チチ の ココロ に どの くらい ひびく か も かんがえず に いた ワタクシ は まったく オロカモノ で あった。 ワタクシ は カバン の ナカ から ソツギョウ ショウショ を とりだして、 それ を ダイジ そう に チチ と ハハ に みせた。 ショウショ は ナニ か に おしつぶされて、 モト の カタチ を うしなって いた。 チチ は それ を テイネイ に のした。
「こんな もの は まいた なり テ に もって くる もの だ」
「ナカ に シン でも いれる と よかった のに」 と ハハ も カタワラ から チュウイ した。
 チチ は しばらく それ を ながめた アト、 たって トコノマ の ところ へ いって、 ダレ の メ にも すぐ はいる よう な ショウメン へ ショウショ を おいた。 イツモ の ワタクシ なら すぐ なんとか いう はず で あった が、 その とき の ワタクシ は まるで ヘイゼイ と ちがって いた。 チチ や ハハ に たいして すこしも ちからう キ が おこらなかった。 ワタクシ は だまって チチ の なす が まま に まかせて おいた。 いったん クセ の ついた トリノコガミ の ショウショ は、 なかなか チチ の ジユウ に ならなかった。 テキトウ な イチ に おかれる や いなや、 すぐ オノレ に シゼン な イキオイ を えて たおれよう と した。

 2

 ワタクシ は ハハ を カゲ へ よんで チチ の ビョウジョウ を たずねた。
「オトウサン は あんな に ゲンキ そう に ニワ へ でたり ナニ か して いる が、 あれ で いい ん です か」
「もう なんとも ない よう だよ。 おおかた よく オナリ なん だろう」
 ハハ は あんがい ヘイキ で あった。 トカイ から かけへだたった モリ や タ の ナカ に すんで いる オンナ の ツネ と して、 ハハ は こういう こと に かけて は まるで ムチシキ で あった。 それにしても このまえ チチ が ソットウ した とき には、 あれほど おどろいて、 あんな に シンパイ した もの を、 と ワタクシ は ココロ の ウチ で ヒトリ いな カンジ を いだいた。
「でも イシャ は あの とき とても むずかしい って センコク した じゃ ありません か」
「だから ニンゲン の カラダ ほど フシギ な もの は ない と おもう ん だよ。 あれほど オイシャ が ておもく いった もの が、 イマ まで しゃんしゃん して いる ん だ から ね。 オカアサン も ハジメ の うち は シンパイ して、 なるべく うごかさない よう に と おもってた ん だ がね。 それ、 あの キショウ だろう。 ヨウジョウ は しなさる けれども、 ゴウジョウ で ねえ。 ジブン が いい と おもいこんだら、 なかなか ワタシ の いう こと なんか、 ききそう にも なさらない ん だ から ね」
 ワタクシ は このまえ かえった とき、 ムリ に トコ を あげさして、 ヒゲ を そった チチ の ヨウス と タイド と を おもいだした。 「もう だいじょうぶ、 オカアサン が あんまり ぎょうさん-すぎる から いけない ん だ」 と いった その とき の コトバ を かんがえて みる と、 まんざら ハハ ばかり せめる キ にも なれなかった。 「しかし ハタ でも すこし は チュウイ しなくっちゃ」 と いおう と した ワタクシ は、 とうとう エンリョ して なんにも クチ へ ださなかった。 ただ チチ の ヤマイ の セイシツ に ついて、 ワタクシ の しる カギリ を おしえる よう に はなして きかせた。 しかし その ダイブブン は センセイ と センセイ の オクサン から えた ザイリョウ に すぎなかった。 ハハ は べつに カンドウ した ヨウス も みせなかった。 ただ 「へえ、 やっぱり おんなじ ビョウキ で ね。 オキノドク だね。 イクツ で オナクナリ かえ、 その カタ は」 など と きいた。
 ワタクシ は シカタ が ない から、 ハハ を ソノママ に して おいて ちょくせつ チチ に むかった。 チチ は ワタクシ の チュウイ を ハハ より は マジメ に きいて くれた。 「もっとも だ。 オマエ の いう とおり だ。 けれども、 オレ の カラダ は ひっきょう オレ の カラダ で、 その オレ の カラダ に ついて の ヨウジョウホウ は、 タネン の ケイケンジョウ、 オレ が いちばん よく こころえて いる はず だ から ね」 と いった。 それ を きいた ハハ は クショウ した。 「それ ごらん な」 と いった。
「でも、 あれ で オトウサン は ジブン で ちゃんと カクゴ だけ は して いる ん です よ。 コンド ワタクシ が ソツギョウ して かえった の を たいへん よろこんで いる の も、 まったく その ため なん です。 いきてる うち に ソツギョウ は できまい と おもった の が、 タッシャ な うち に メンジョウ を もって きた から、 それ が うれしい ん だ って、 オトウサン は ジブン で そう いって いました ぜ」
「そりゃ、 オマエ、 クチ で こそ そう オイイ だ けれども ね。 オナカ の ナカ では まだ だいじょうぶ だ と おもって おいで の だよ」
「そう でしょう か」
「まだまだ 10 ネン も 20 ネン も いきる キ で おいで の だよ。 もっとも ときどき は ワタシ にも こころぼそい よう な こと を オイイ だ がね。 オレ も この ブン じゃ もう ながい こと も あるまい よ、 オレ が しんだら、 オマエ は どう する、 ヒトリ で この ウチ に いる キ か なんて」
 ワタクシ は キュウ に チチ が いなく なって ハハ ヒトリ が とりのこされた とき の、 ふるい ひろい イナカヤ を ソウゾウ して みた。 この イエ から チチ ヒトリ を ひきさった アト は、 ソノママ で たちゆく だろう か。 アニ は どう する だろう か。 ハハ は なんと いう だろう か。 そう かんがえる ワタクシ は また ここ の ツチ を はなれて、 トウキョウ で キラク に くらして ゆける だろう か。 ワタクシ は ハハ を メノマエ に おいて、 センセイ の チュウイ―― チチ の ジョウブ で いる うち に、 わけて もらう もの は、 わけて もらって おけ と いう チュウイ を、 ぐうぜん おもいだした。
「なに ね、 ジブン で しぬ しぬ って いう ヒト に しんだ ためし は ない ん だ から アンシン だよ。 オトウサン なんぞ も、 しぬ しぬ って いいながら、 これから サキ まだ ナンネン いきなさる か わかるまい よ。 それ より か だまってる ジョウブ の ヒト の ほう が けんのん さ」
 ワタクシ は リクツ から でた とも トウケイ から きた とも しれない、 この チンプ な よう な ハハ の コトバ を もくねん と きいて いた。

 3

 ワタクシ の ため に あかい メシ を たいて キャク を する と いう ソウダン が チチ と ハハ の アイダ に おこった。 ワタクシ は かえった トウジツ から、 あるいは こんな こと に なる だろう と おもって、 ココロ の ウチ で あんに それ を おそれて いた。 ワタクシ は すぐ ことわった。
「あんまり ぎょうさん な こと は よして ください」
 ワタクシ は イナカ の キャク が きらい だった。 のんだり くったり する の を、 サイゴ の モクテキ と して やって くる カレラ は、 ナニ か コト が あれば いい と いった フウ の ヒト ばかり そろって いた。 ワタクシ は コドモ の とき から カレラ の セキ に じする の を こころぐるしく かんじて いた。 まして ジブン の ため に カレラ が くる と なる と、 ワタクシ の クツウ は いっそう はなはだしい よう に ソウゾウ された。 しかし ワタクシ は チチ や ハハ の テマエ、 あんな ヤヒ な ヒト を あつめて さわぐ の は よせ とも いいかねた。 それで ワタクシ は ただ あまり ぎょうさん だ から と ばかり シュチョウ した。
「ぎょうさん ぎょうさん と オイイ だ が、 ちっとも ぎょうさん じゃ ない よ。 ショウガイ に ニド と ある こと じゃ ない ん だ から ね、 オキャク ぐらい する の は アタリマエ だよ。 そう エンリョ を おし で ない」
 ハハ は ワタクシ が ダイガク を ソツギョウ した の を、 ちょうど ヨメ でも もらった と おなじ テイド に、 おもく みて いる らしかった。
「よばなくって も いい が、 よばない と また なんとか いう から」
 これ は チチ の コトバ で あった。 チチ は カレラ の カゲグチ を キ に して いた。 じっさい カレラ は こんな バアイ に、 ジブン たち の ヨキドオリ に ならない と、 すぐ なんとか いいたがる ヒトビト で あった。
「トウキョウ と ちがって イナカ は うるさい から ね」
 チチ は こう も いった。
「オトウサン の カオ も ある ん だ から」 と ハハ が また つけくわえた。
 ワタクシ は ガ を はる わけ にも いかなかった。 どうでも フタリ の ツゴウ の いい よう に したら と おもいだした。
「つまり ワタクシ の ため なら、 よして ください と いう だけ なん です。 カゲ で ナニ か いわれる の が いや だ から と いう ゴシュイ なら、 そりゃ また ベツ です。 アナタガタ に フリエキ な こと を ワタクシ が しいて シュチョウ したって シカタ が ありません」
「そう リクツ を いわれる と こまる」
 チチ は にがい カオ を した。
「なにも オマエ の ため に する ん じゃ ない と オトウサン が おっしゃる ん じゃ ない けれども、 オマエ だって セケン への ギリ ぐらい は しって いる だろう」
 ハハ は こう なる と オンナ だけ に しどろもどろ な こと を いった。 そのかわり クチカズ から いう と、 チチ と ワタクシ を フタリ よせて も なかなか かなう どころ では なかった。
「ガクモン を させる と ニンゲン が とかく りくつっぽく なって いけない」
 チチ は ただ これ だけ しか いわなかった。 しかし ワタクシ は この カンタン な イック の ウチ に、 チチ が ヘイゼイ から ワタクシ に たいして もって いる フヘイ の ゼンタイ を みた。 ワタクシ は その とき ジブン の コトバヅカイ の かどばった ところ に キ が つかず に、 チチ の フヘイ の ほう ばかり を ムリ の よう に おもった。
 チチ は その ヨ また キ を かえて、 キャク を よぶ なら いつ に する か と ワタクシ の ツゴウ を きいた。 ツゴウ の いい も わるい も なし に ただ ぶらぶら ふるい イエ の ナカ に ネオキ して いる ワタクシ に、 こんな トイ を かける の は、 チチ の ほう が おれて でた の と おなじ こと で あった。 ワタクシ は この おだやか な チチ の マエ に こだわらない アタマ を さげた。 ワタクシ は チチ と ソウダン の うえ ショウタイ の ヒドリ を きめた。
 その ヒドリ の まだ こない うち に、 ある おおきな こと が おこった。 それ は メイジ テンノウ の ゴビョウキ の ホウチ で あった。 シンブンシ で すぐ ニホンジュウ へ しれわたった この ジケン は、 1 ケン の イナカヤ の ウチ に タショウ の キョクセツ を へて ようやく まとまろう と した ワタクシ の ソツギョウ イワイ を、 チリ の ごとく に ふきはらった。
「まあ ゴエンリョ もうした ほう が よかろう」
 メガネ を かけて シンブン を みて いた チチ は こう いった。 チチ は だまって ジブン の ビョウキ の こと も かんがえて いる らしかった。 ワタクシ は つい コノアイダ の ソツギョウシキ に レイネン の とおり ダイガク へ ギョウコウ に なった ヘイカ を おもいだしたり した。

 4

 コゼイ な ニンズ には ひろすぎる ふるい イエ が ひっそり して いる ナカ に、 ワタクシ は コウリ を といて ショモツ を ひもときはじめた。 なぜか ワタクシ は キ が おちつかなかった。 あの めまぐるしい トウキョウ の ゲシュク の 2 カイ で、 とおく はしる デンシャ の オト を ミミ に しながら、 ページ を 1 マイ 1 マイ に まくって いく ほう が、 キ に ハリ が あって ココロモチ よく ベンキョウ が できた。
 ワタクシ は ややともすると ツクエ に もたれて ウタタネ を した。 ときには わざわざ マクラ さえ だして ホンシキ に ヒルネ を むさぼる こと も あった。 メ が さめる と、 セミ の コエ を きいた。 ウツツ から つづいて いる よう な その コエ は、 キュウ に やかましく ミミ の ソコ を かきみだした。 ワタクシ は じっと それ を ききながら、 ときに かなしい オモイ を ムネ に いだいた。
 ワタクシ は フデ を とって トモダチ の ダレカレ に みじかい ハガキ または ながい テガミ を かいた。 その トモダチ の ある モノ は トウキョウ に のこって いた。 ある モノ は とおい コキョウ に かえって いた。 ヘンジ の くる の も、 タヨリ の とどかない の も あった。 ワタクシ は もとより センセイ を わすれなかった。 ゲンコウシ へ サイジ で 3 マイ ばかり クニ へ かえって から イゴ の ジブン と いう よう な もの を ダイモク に して かきつづった の を おくる こと に した。 ワタクシ は それ を ふうじる とき、 センセイ は はたして まだ トウキョウ に いる だろう か と うたぐった。 センセイ が オクサン と イッショ に ウチ を あける バアイ には、 50-ガッコウ の キリサゲ の オンナ の ヒト が どこ から か きて、 ルスバン を する の が レイ に なって いた。 ワタクシ が かつて センセイ に あの ヒト は ナン です か と たずねたら、 センセイ は なんと みえます か と ききかえした。 ワタクシ は その ヒト を センセイ の シンルイ と おもいちがえて いた。 センセイ は 「ワタクシ には シンルイ は ありません よ」 と こたえた。 センセイ の キョウリ に いる ツヅキアイ の ヒトビト と、 センセイ は いっこう オンシン の トリヤリ を して いなかった。 ワタクシ の ギモン に した その ルスバン の オンナ の ヒト は、 センセイ とは エン の ない オクサン の ほう の シンセキ で あった。 ワタクシ は センセイ に ユウビン を だす とき、 ふと ハバ の ほそい オビ を ラク に ウシロ で むすんで いる その ヒト の スガタ を おもいだした。 もし センセイ フウフ が どこ か へ ヒショ に でも いった アト へ この ユウビン が とどいたら、 あの キリサゲ の オバアサン は、 それ を すぐ テンチサキ へ おくって くれる だけ の キテン と シンセツ が ある だろう か など と かんがえた。 そのくせ その テガミ の ウチ には これ と いう ほど の ヒツヨウ の こと も かいて ない の を、 ワタクシ は よく ショウチ して いた。 ただ ワタクシ は さびしかった。 そうして センセイ から ヘンジ の くる の を ヨキ して かかった。 しかし その ヘンジ は ついに こなかった。
 チチ は コノマエ の フユ に かえって きた とき ほど ショウギ を さしたがらなく なった。 ショウギバン は ホコリ の たまった まま、 トコノマ の スミ に かたよせられて あった。 ことに ヘイカ の ゴビョウキ イゴ チチ は じっと かんがえこんで いる よう に みえた。 マイニチ シンブン の くる の を まちうけて、 ジブン が いちばん サキ へ よんだ。 それから その ヨミガラ を わざわざ ワタクシ の いる ところ へ もって きて くれた。
「おい ごらん、 キョウ も テンシサマ の こと が くわしく でて いる」
 チチ は ヘイカ の こと を、 つねに テンシサマ と いって いた。
「もったいない ハナシ だ が、 テンシサマ の ゴビョウキ も、 オトウサン の と まあ にた もの だろう な」
 こう いう チチ の カオ には ふかい ケネン の クモリ が かかって いた。 こう いわれる ワタクシ の ムネ には また チチ が いつ たおれる か わからない と いう シンパイ が ひらめいた。
「しかし だいじょうぶ だろう。 オレ の よう な くだらない モノ でも、 まだ こうして いられる くらい だ から」
 チチ は ジブン の タッシャ な ホショウ を ジブン で あたえながら、 いまにも オノレ に おちかかって きそう な キケン を ヨカン して いる らしかった。
「オトウサン は ホントウ に ビョウキ を こわがってる ん です よ。 オカアサン の おっしゃる よう に、 10 ネン も 20 ネン も いきる キ じゃ なさそう です ぜ」
 ハハ は ワタクシ の コトバ を きいて トウワク そう な カオ を した。
「ちっと また ショウギ でも さす よう に すすめて ごらん な」
 ワタクシ は トコノマ から ショウギバン を とりおろして、 ホコリ を ふいた。

 5

 チチ の ゲンキ は しだいに おとろえて いった。 ワタクシ を おどろかせた ハンケチ-ツキ の ふるい ムギワラ ボウシ が しぜん と カンキャク される よう に なった。 ワタクシ は くろい すすけた タナ の ウエ に のって いる その ボウシ を ながめる たび に、 チチ に たいして キノドク な オモイ を した。 チチ が イゼン の よう に、 かるがる と うごく アイダ は、 もうすこし つつしんで くれたら と シンパイ した。 チチ が じっと すわりこむ よう に なる と、 やはり モト の ほう が タッシャ だった の だ と いう キ が おこった。 ワタクシ は チチ の ケンコウ に ついて よく ハハ と はなしあった。
「まったく キ の せい だよ」 と ハハ が いった。 ハハ の アタマ は ヘイカ の ヤマイ と チチ の ヤマイ と を むすびつけて かんがえて いた。 ワタクシ には そう ばかり とも おもえなかった。
「キ じゃ ない、 ホントウ に カラダ が わるか ない ん でしょう か。 どうも キブン より ケンコウ の ほう が わるく なって ゆく らしい」
 ワタクシ は こう いって、 ココロ の ウチ で また トオク から ソウトウ の イシャ でも よんで、 ひとつ みせよう かしら と シアン した。
「コトシ の ナツ は オマエ も つまらなかろう。 せっかく ソツギョウ した のに、 オイワイ も して あげる こと が できず、 オトウサン の カラダ も あの とおり だし。 それに テンシサマ の ゴビョウキ で。 ――いっそ の こと、 かえる すぐに オキャク でも よぶ ほう が よかった ん だよ」
 ワタクシ が かえった の は 7 ガツ の 5~6 ニチ で、 チチ や ハハ が ワタクシ の ソツギョウ を いわう ため に キャク を よぼう と いいだした の は、 それから 1 シュウカン-ゴ で あった。 そうして いよいよ と きめた ヒ は それから また 1 シュウカン の ヨ も サキ に なって いた。 ジカン に ソクバク を ゆるさない ユウチョウ な イナカ に かえった ワタクシ は、 おかげで このもしく ない シャコウジョウ の クツウ から すくわれた も おなじ こと で あった が、 ワタクシ を リカイ しない ハハ は すこしも そこ に キ が ついて いない らしかった。
 ホウギョ の ホウチ が つたえられた とき、 チチ は その シンブン を テ に して、 「ああ、 ああ」 と いった。
「ああ、 ああ、 テンシサマ も とうとう おかくれ に なる。 オレ も……」
 チチ は その アト を いわなかった。
 ワタクシ は くろい ウスモノ を かう ため に マチ へ でた。 それ で ハタザオ の タマ を つつんで、 それ で ハタザオ の サキ へ 3 ズン ハバ の ヒラヒラ を つけて、 モン の トビラ の ヨコ から ナナメ に オウライ へ さしだした。 ハタ も くろい ヒラヒラ も、 カゼ の ない クウキ の ナカ に だらり と さがった。 ワタクシ の ウチ の ふるい モン の ヤネ は ワラ で ふいて あった。 アメ や カゼ に うたれたり また ふかれたり した その ワラ の イロ は とくに ヘンショク して、 うすく ハイイロ を おびた うえ に、 トコロドコロ の デコボコ さえ メ に ついた。 ワタクシ は ヒトリ モン の ソト へ でて、 くろい ヒラヒラ と、 しろい メリンス の ジ と、 ジ の ナカ に そめだした あかい ヒノマル の イロ と を ながめた。 それ が うすぎたない ヤネ の ワラ に うつる の も ながめた。 ワタクシ は かつて センセイ から 「アナタ の ウチ の カマエ は どんな テイサイ です か。 ワタクシ の キョウリ の ほう とは だいぶ オモムキ が ちがって います かね」 と きかれた こと を おもいだした。 ワタクシ は ジブン の うまれた この ふるい イエ を、 センセイ に みせたく も あった。 また センセイ に みせる の が はずかしく も あった。
 ワタクシ は また ヒトリ イエ の ナカ へ はいった。 ジブン の ツクエ の おいて ある ところ へ きて、 シンブン を よみながら、 とおい トウキョウ の アリサマ を ソウゾウ した。 ワタクシ の ソウゾウ は ニッポンイチ の おおきな ミヤコ が、 どんな に くらい ナカ で どんな に うごいて いる だろう か の ガメン に あつめられた。 ワタクシ は その くろい なり に うごかなければ シマツ の つかなく なった トカイ の、 フアン で ざわざわ して いる ナカ に、 イッテン の トウカ の ごとく に センセイ の イエ を みた。 ワタクシ は その とき この トウカ が オト の しない ウズ の ナカ に、 しぜん と まきこまれて いる こと に キ が つかなかった。 しばらく すれば、 その ヒ も また ふっと きえて しまう べき ウンメイ を、 メノマエ に ひかえて いる の だ とは もとより キ が つかなかった。
 ワタクシ は コンド の ジケン に ついて センセイ に テガミ を かこう か と おもって、 フデ を とりかけた。 ワタクシ は それ を 10 ギョウ ばかり かいて やめた。 かいた ところ は すんずん に ひきさいて クズカゴ へ なげこんだ。 (センセイ に あてて そういう こと を かいて も シカタ が ない とも おもった し、 ゼンレイ に ちょうして みる と、 とても ヘンジ を くれそう に なかった から)。 ワタクシ は さびしかった。 それで テガミ を かく の で あった。 そうして ヘンジ が くれば いい と おもう の で あった。

 6

 8 ガツ の ナカバゴロ に なって、 ワタクシ は ある ホウユウ から テガミ を うけとった。 その ナカ に チホウ の チュウガク キョウイン の クチ が ある が ゆかない か と かいて あった。 この ホウユウ は ケイザイ の ヒツヨウジョウ、 ジブン で そんな イチ を さがしまわる オトコ で あった。 この クチ も ハジメ は ジブン の ところ へ かかって きた の だ が、 もっと いい チホウ へ ソウダン が できた ので、 あまった ほう を ワタクシ に ゆずる キ で、 わざわざ しらせて きて くれた の で あった。 ワタクシ は すぐ ヘンジ を だして ことわった。 シリアイ の ナカ には、 ずいぶん ホネ を おって、 キョウシ の ショク に ありつきたがって いる モノ が ある から、 その ほう へ まわして やったら よかろう と かいた。
 ワタクシ は ヘンジ を だした アト で、 チチ と ハハ に その ハナシ を した。 フタリ とも ワタクシ の ことわった こと に イゾン は ない よう で あった。
「そんな ところ へ いかない でも、 まだ いい クチ が ある だろう」
 こう いって くれる ウラ に、 ワタクシ は フタリ が ワタクシ に たいして もって いる カブン な キボウ を よんだ。 ウカツ な チチ や ハハ は、 フソウトウ な チイ と シュウニュウ と を ソツギョウ シタテ の ワタクシ から キタイ して いる らしかった の で ある。
「ソウトウ の クチ って、 チカゴロ じゃ そんな うまい クチ は なかなか ある もの じゃ ありません。 ことに ニイサン と ワタクシ とは センモン も ちがう し、 ジダイ も ちがう ん だ から、 フタリ を おなじ よう に かんがえられちゃ すこし こまります」
「しかし ソツギョウ した イジョウ は、 すくなくとも ドクリツ して やって いって くれなくっちゃ こっち も こまる。 ヒト から アナタ の ところ の ゴジナン は、 ダイガク を ソツギョウ なすって ナニ を して おいで です か と きかれた とき に ヘンジ が できない よう じゃ、 オレ も カタミ が せまい から」
 チチ は ジュウメン を つくった。 チチ の カンガエ は ふるく すみなれた キョウリ から ソト へ でる こと を しらなかった。 その キョウリ の ダレカレ から、 ダイガク を ソツギョウ すれば いくら ぐらい ゲッキュウ が とれる もの だろう と きかれたり、 まあ 100 エン ぐらい な もの だろう か と いわれたり した チチ は、 こういう ヒトビト に たいして、 ガイブン の わるく ない よう に、 ソツギョウ シタテ の ワタクシ を かたづけたかった の で ある。 ひろい ミヤコ を コンキョチ と して かんがえて いる ワタクシ は、 チチ や ハハ から みる と、 まるで アシ を ソラ に むけて あるく キタイ な ニンゲン に ことならなかった。 ワタクシ の ほう でも、 じっさい そういう ニンゲン の よう な キモチ を おりおり おこした。 ワタクシ は あからさま に ジブン の カンガエ を うちあける には、 あまり に キョリ の ケンカク の はなはだしい チチ と ハハ の マエ に もくねん と して いた。
「オマエ の よく センセイ センセイ と いう カタ に でも おねがい したら いい じゃ ない か。 こんな とき こそ」
 ハハ は こう より ホカ に センセイ を カイシャク する こと が できなかった。 その センセイ は ワタクシ に クニ へ かえったら チチ の いきて いる うち に はやく ザイサン を わけて もらえ と すすめる ヒト で あった。 ソツギョウ した から、 チイ の シュウセン を して やろう と いう ヒト では なかった。
「その センセイ は ナニ を して いる の かい」 と チチ が きいた。
「なんにも して いない ん です」 と ワタクシ が こたえた。
 ワタクシ は とく の ムカシ から センセイ の なにも して いない と いう こと を チチ にも ハハ にも つげた つもり で いた。 そうして チチ は たしか に それ を キオク して いる はず で あった。
「なにも して いない と いう の は、 また どういう ワケ かね。 オマエ が それほど ソンケイ する くらい な ヒト なら ナニ か やって いそう な もの だ がね」
 チチ は こう いって、 ワタクシ を ふうした。 チチ の カンガエ では、 ヤク に たつ モノ は ヨノナカ へ でて ミンナ ソウトウ の チイ を えて はたらいて いる。 ひっきょう ヤクザ だ から あそんで いる の だ と ケツロン して いる らしかった。
「オレ の よう な ニンゲン だって、 ゲッキュウ こそ もらっちゃ いない が、 これ でも あそんで ばかり いる ん じゃ ない」
 チチ は こう も いった。 ワタクシ は それでも まだ だまって いた。
「オマエ の いう よう な えらい カタ なら、 きっと ナニ か クチ を さがして くださる よ。 たのんで ゴラン なの かい」 と ハハ が きいた。
「いいえ」 と ワタクシ は こたえた。
「じゃ シカタ が ない じゃ ない か。 なぜ たのまない ん だい。 テガミ でも いい から おだし な」
「ええ」
 ワタクシ は ナマヘンジ を して セキ を たった。

 7

 チチ は あきらか に ジブン の ビョウキ を おそれて いた。 しかし イシャ の くる たび に うるさい シツモン を かけて アイテ を こまらす タチ でも なかった。 イシャ の ほう でも また エンリョ して なんとも いわなかった。
 チチ は シゴ の こと を かんがえて いる らしかった。 すくなくとも ジブン が いなく なった アト の わが イエ を ソウゾウ して みる らしかった。
「コドモ に ガクモン を させる の も、 ヨシアシ だね。 せっかく シュギョウ を させる と、 その コドモ は けっして ウチ へ かえって こない。 これ じゃ テ も なく オヤコ を カクリ する ため に ガクモン させる よう な もの だ」
 ガクモン を した ケッカ アニ は イマ エンゴク に いた。 キョウイク を うけた インガ で、 ワタクシ は また トウキョウ に すむ カクゴ を かたく した。 こういう コ を そだてた チチ の グチ は もとより フゴウリ では なかった。 ナガネン すみふるした イナカヤ の ナカ に、 たった ヒトリ とりのこされそう な ハハ を えがきだす チチ の ソウゾウ は もとより さびしい に ちがいなかった。
 わが イエ は うごかす こと の できない もの と チチ は しんじきって いた。 その ナカ に すむ ハハ も また イノチ の ある アイダ は、 うごかす こと の できない もの と しんじて いた。 ジブン が しんだ アト、 この コドク な ハハ を、 たった ヒトリ ガランドウ の わが イエ に とりのこす の も また はなはだしい フアン で あった。 それだのに、 トウキョウ で いい チイ を もとめろ と いって、 ワタクシ を しいたがる チチ の アタマ には ムジュン が あった。 ワタクシ は その ムジュン を おかしく おもった と ドウジ に、 その おかげ で また トウキョウ へ でられる の を よろこんだ。
 ワタクシ は チチ や ハハ の テマエ、 この チイ を できる だけ の ドリョク で もとめつつ ある ごとく に よそおわなくて は ならなかった。 ワタクシ は センセイ に テガミ を かいて、 イエ の ジジョウ を くわしく のべた。 もし ジブン の チカラ で できる こと が あったら なんでも する から シュウセン して くれ と たのんだ。 ワタクシ は センセイ が ワタクシ の イライ に とりあうまい と おもいながら この テガミ を かいた。 また とりあう つもり でも、 セケン の せまい センセイ と して は どう する こと も できまい と おもいながら この テガミ を かいた。 しかし ワタクシ は センセイ から この テガミ に たいする ヘンジ が きっと くる だろう と おもって かいた。
 ワタクシ は それ を ふうじて だす マエ に ハハ に むかって いった。
「センセイ に テガミ を かきました よ。 アナタ の おっしゃった とおり。 ちょっと よんで ごらんなさい」
 ハハ は ワタクシ の ソウゾウ した ごとく それ を よまなかった。
「そう かい、 それじゃ はやく おだし。 そんな こと は ヒト が キ を つけない でも、 ジブン で はやく やる もの だよ」
 ハハ は ワタクシ を まだ コドモ の よう に おもって いた。 ワタクシ も じっさい コドモ の よう な カンジ が した。
「しかし テガミ じゃ ヨウ は たりません よ。 どうせ、 9 ガツ に でも なって、 ワタクシ が トウキョウ へ でて から で なくっちゃ」
「そりゃ そう かも しれない けれども、 また ひょっと して、 どんな いい クチ が ない とも かぎらない ん だ から、 はやく たのんで おく に こした こと は ない よ」
「ええ。 とにかく ヘンジ は くる に きまって ます から、 そう したら また おはなし しましょう」
 ワタクシ は こんな こと に かけて キチョウメン な センセイ を しんじて いた。 ワタクシ は センセイ の ヘンジ の くる の を ココロマチ に まった。 けれども ワタクシ の ヨキ は ついに はずれた。 センセイ から は 1 シュウカン たって も なんの タヨリ も なかった。
「おおかた どこ か へ ヒショ に でも いって いる ん でしょう」
 ワタクシ は ハハ に むかって イイワケ-らしい コトバ を つかわなければ ならなかった。 そうして その コトバ は ハハ に たいする イイワケ ばかり で なく、 ジブン の ココロ に たいする イイワケ でも あった。 ワタクシ は しいて も ナニ か の ジジョウ を カテイ して センセイ の タイド を ベンゴ しなければ フアン に なった。
 ワタクシ は ときどき チチ の ビョウキ を わすれた。 いっそ はやく トウキョウ へ でて しまおう か と おもったり した。 その チチ ジシン も オノレ の ビョウキ を わすれる こと が あった。 ミライ を シンパイ しながら、 ミライ に たいする ショチ は いっこう とらなかった。 ワタクシ は ついに センセイ の チュウコクドオリ ザイサン ブンパイ の こと を チチ に いいだす キカイ を えず に すぎた。

 8

 9 ガツ ハジメ に なって、 ワタクシ は いよいよ また トウキョウ へ でよう と した。 ワタクシ は チチ に むかって とうぶん イマ まで-どおり ガクシ を おくって くれる よう に と たのんだ。
「ここ に こうして いたって、 アナタ の おっしゃる とおり の チイ が えられる もの じゃ ない です から」
 ワタクシ は チチ の キボウ する チイ を うる ため に トウキョウ へ ゆく よう な こと を いった。
「むろん クチ の みつかる まで で いい です から」 とも いった。
 ワタクシ は ココロ の ウチ で、 その クチ は とうてい ワタクシ の アタマ の ウエ に おちて こない と おもって いた。 けれども ジジョウ に うとい チチ は また あくまでも その ハンタイ を しんじて いた。
「そりゃ わずか の アイダ の こと だろう から、 どうにか ツゴウ して やろう。 そのかわり ながく は いけない よ。 ソウトウ の チイ を え-シダイ ドクリツ しなくっちゃ。 がんらい ガッコウ を でた イジョウ、 でた あくる ヒ から ヒト の セワ に なんぞ なる もの じゃ ない ん だ から。 イマ の わかい モノ は、 カネ を つかう ミチ だけ こころえて いて、 カネ を とる ほう は まったく かんがえて いない よう だね」
 チチ は この ホカ にも まだ イロイロ の コゴト を いった。 その ナカ には、 「ムカシ の オヤ は コ に くわせて もらった のに、 イマ の オヤ は コ に くわれる だけ だ」 など と いう コトバ が あった。 それら を ワタクシ は ただ だまって きいて いた。
 コゴト が ひととおり すんだ と おもった とき、 ワタクシ は しずか に セキ を たとう と した。 チチ は いつ ゆく か と ワタクシ に たずねた。 ワタクシ には はやい だけ が よかった。
「オカアサン に ヒ を みて もらいなさい」
「そう しましょう」
 その とき の ワタクシ は チチ の マエ に ぞんがい おとなしかった。 ワタクシ は なるべく チチ の キゲン に さからわず に、 イナカ を でよう と した。 チチ は また ワタクシ を ひきとめた。
「オマエ が トウキョウ へ ゆく と ウチ は また さみしく なる。 なにしろ オレ と オカアサン だけ なん だ から ね。 その オレ も カラダ さえ タッシャ なら いい が、 この ヨウス じゃ いつ キュウ に どんな こと が ない とも いえない よ」
 ワタクシ は できる だけ チチ を なぐさめて、 ジブン の ツクエ を おいて ある ところ へ かえった。 ワタクシ は とりちらした ショモツ の アイダ に すわって、 こころぼそそう な チチ の タイド と コトバ と を、 イクタビ か くりかえし ながめた。 ワタクシ は その とき また セミ の コエ を きいた。 その コエ は コノアイダジュウ きいた の と ちがって、 ツクツクボウシ の コエ で あった。 ワタクシ は ナツ キョウリ に かえって、 にえつく よう な セミ の コエ の ナカ に じっと すわって いる と、 へんに かなしい ココロモチ に なる こと が しばしば あった。 ワタクシ の アイシュウ は いつも この ムシ の はげしい ネ と ともに、 ココロ の ソコ に しみこむ よう に かんぜられた。 ワタクシ は そんな とき には いつも うごかず に、 ヒトリ で ヒトリ を みつめて いた。
 ワタクシ の アイシュウ は この ナツ キセイ した イゴ しだいに ジョウチョウ を かえて きた。 アブラゼミ の コエ が ツクツクボウシ の コエ に かわる ごとく に、 ワタクシ を とりまく ヒト の ウンメイ が、 おおきな リンネ の ウチ に、 そろそろ うごいて いる よう に おもわれた。 ワタクシ は さびしそう な チチ の タイド と コトバ を くりかえしながら、 テガミ を だして も ヘンジ を よこさない センセイ の こと を また おもいうかべた。 センセイ と チチ とは、 まるで ハンタイ の インショウ を ワタクシ に あたえる テン に おいて、 ヒカク の ウエ にも、 レンソウ の ウエ にも、 イッショ に ワタクシ の アタマ に のぼりやすかった。
 ワタクシ は ほとんど チチ の スベテ も しりつくして いた。 もし チチ を はなれる と すれば、 ジョウアイ の ウエ に オヤコ の ココロノコリ が ある だけ で あった。 センセイ の オオク は まだ ワタクシ に わかって いなかった。 はなす と ヤクソク された その ヒト の カコ も まだ きく キカイ を えず に いた。 ようするに センセイ は ワタクシ に とって うすぐらかった。 ワタクシ は ぜひとも そこ を とおりこして、 あかるい ところ まで ゆかなければ キ が すまなかった。 センセイ と カンケイ の たえる の は ワタクシ に とって おおいな クツウ で あった。 ワタクシ は ハハ に ヒ を みて もらって、 トウキョウ へ たつ ヒドリ を きめた。

 9

 ワタクシ が いよいよ たとう と いう マギワ に なって、 (たしか フツカ マエ の ユウガタ の こと で あった と おもう が、) チチ は また とつぜん ひっくりかえった。 ワタクシ は その とき ショモツ や イルイ を つめた コウリ を からげて いた。 チチ は フロ へ はいった ところ で あった。 チチ の セナカ を ながし に いった ハハ が おおきな コエ を だして ワタクシ を よんだ。 ワタクシ は ハダカ の まま ハハ に ウシロ から だかれて いる チチ を みた。 それでも ザシキ へ つれて もどった とき、 チチ は もう だいじょうぶ だ と いった。 ネン の ため に マクラモト に すわって、 ヌレテヌグイ で チチ の アタマ を ひやして いた ワタクシ は、 9 ジ-ゴロ に なって ようやく カタバカリ の ヤショク を すました。
 ヨクジツ に なる と チチ は おもった より ゲンキ が よかった。 とめる の も きかず に あるいて ベンジョ へ いったり した。
「もう だいじょうぶ」
 チチ は キョネン の クレ たおれた とき に ワタクシ に むかって いった と おなじ コトバ を また くりかえした。 その とき は はたして クチ で いった とおり まあ だいじょうぶ で あった。 ワタクシ は コンド も あるいは そう なる かも しれない と おもった。 しかし イシャ は ただ ヨウジン が カンヨウ だ と チュウイ する だけ で、 ネン を おして も はっきり した こと を はなして くれなかった。 ワタクシ は フアン の ため に、 シュッタツ の ヒ が きて も ついに トウキョウ へ たつ キ が おこらなかった。
「もうすこし ヨウス を みて から に しましょう か」 と ワタクシ は ハハ に ソウダン した。
「そうして おくれ」 と ハハ が たのんだ。
 ハハ は チチ が ニワ へ でたり セド へ おりたり する ゲンキ を みて いる アイダ だけ は ヘイキ で いる くせ に、 こんな こと が おこる と また ヒツヨウ イジョウ に シンパイ したり キ を もんだり した。
「オマエ は キョウ トウキョウ へ ゆく はず じゃ なかった か」 と チチ が きいた。
「ええ、 すこし のばしました」 と ワタクシ が こたえた。
「オレ の ため に かい」 と チチ が ききかえした。
 ワタクシ は ちょっと チュウチョ した。 そう だ と いえば、 チチ の ビョウキ の おもい の を ウラガキ する よう な もの で あった。 ワタクシ は チチ の シンケイ を カビン に したく なかった。 しかし チチ は ワタクシ の ココロ を よく みぬいて いる らしかった。
「キノドク だね」 と いって、 ニワ の ほう を むいた。
 ワタクシ は ジブン の ヘヤ に はいって、 そこ に ほうりだされた コウリ を ながめた。 コウリ は いつ もちだして も さしつかえない よう に、 かたく くくられた まま で あった。 ワタクシ は ぼんやり その マエ に たって、 また ナワ を とこう か と かんがえた。
 ワタクシ は すわった まま コシ を うかした とき の おちつかない キブン で、 また サン、 ヨッカ を すごした。 すると チチ が また ソットウ した。 イシャ は ゼッタイ に アンガ を めいじた。
「どうした もの だろう ね」 と ハハ が チチ に きこえない よう な ちいさな コエ で ワタクシ に いった。 ハハ の カオ は いかにも こころぼそそう で あった。 ワタクシ は アニ と イモウト に デンポウ を うつ ヨウイ を した。 けれども ねて いる チチ には、 ほとんど なんの クモン も なかった。 ハナシ を する ところ など を みる と、 カゼ でも ひいた とき と まったく おなじ こと で あった。 そのうえ ショクヨク は フダン より も すすんだ。 ハタ の モノ が、 チュウイ して も ヨウイ に いう こと を きかなかった。
「どうせ しぬ ん だ から、 うまい もの でも くって しななくっちゃ」
 ワタクシ には うまい もの と いう チチ の コトバ が コッケイ にも ヒサン にも きこえた。 チチ は うまい もの を クチ に いれられる ミヤコ には すんで いなかった の で ある。 ヨ に いって カキモチ など を やいて もらって ぼりぼり かんだ。
「どうして こう かわく の かね。 やっぱり シン に ジョウブ の ところ が ある の かも しれない よ」
 ハハ は シツボウ して いい ところ に かえって タノミ を おいた。 そのくせ ビョウキ の とき に しか つかわない かわく と いう ムカシフウ の コトバ を、 なんでも たべたがる イミ に もちいて いた。
 オジ が ミマイ に きた とき、 チチ は いつまでも ひきとめて かえさなかった。 さむしい から もっと いて くれ と いう の が おも な リユウ で あった が、 ハハ や ワタクシ が、 たべたい だけ モノ を たべさせない と いう フヘイ を うったえる の も、 その モクテキ の ヒトツ で あった らしい。

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