カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ココロ 「センセイ と ワタクシ 4」

2015-08-08 | ナツメ ソウセキ
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「キミ の ウチ に ザイサン が ある なら、 イマ の うち に よく シマツ を つけて もらって おかない と いけない と おもう がね、 ヨケイ な オセワ だ けれども。 キミ の オトウサン が タッシャ な うち に、 もらう もの は ちゃんと もらって おく よう に したら どう です か。 マンイチ の こと が あった アト で、 いちばん メンドウ の おこる の は ザイサン の モンダイ だ から」
「ええ」
 ワタクシ は センセイ の コトバ に たいした チュウイ を はらわなかった。 ワタクシ の カテイ で そんな シンパイ を して いる モノ は、 ワタクシ に かぎらず、 チチ に しろ ハハ に しろ、 ヒトリ も ない と ワタクシ は しんじて いた。 そのうえ センセイ の いう こと の、 センセイ と して、 あまり に ジッサイテキ なの に ワタクシ は すこし おどろかされた。 しかし そこ は ネンチョウシャ に たいする ヘイゼイ の ケイイ が ワタクシ を ムクチ に した。
「アナタ の オトウサン が なくなられる の を、 イマ から ヨソウ して かかる よう な コトバヅカイ を する の が キ に さわったら ゆるして くれたまえ。 しかし ニンゲン は しぬ もの だ から ね。 どんな に タッシャ な モノ でも、 いつ しぬ か わからない もの だ から ね」
 センセイ の コウキ は めずらしく にがにがしかった。
「そんな こと を ちっとも キ に かけちゃ いません」 と ワタクシ は ベンカイ した。
「キミ の キョウダイ は ナンニン でした かね」 と センセイ が きいた。
 センセイ は その うえ に ワタクシ の カゾク の ニンズ を きいたり、 シンルイ の ウム を たずねたり、 オジ や オバ の ヨウス を とい など した。 そうして サイゴ に こう いった。
「ミンナ いい ヒト です か」
「べつに わるい ニンゲン と いう ほど の モノ も いない よう です。 たいてい イナカモノ です から」
「イナカモノ は なぜ わるく ない ん です か」
 ワタクシ は この ツイキュウ に くるしんだ。 しかし センセイ は ワタクシ に ヘンジ を かんがえさせる ヨユウ さえ あたえなかった。
「イナカモノ は トカイ の モノ より、 かえって わるい くらい な もの です。 それから、 キミ は イマ、 キミ の シンセキ なぞ の ウチ に、 これ と いって、 わるい ニンゲン は いない よう だ と いいました ね。 しかし わるい ニンゲン と いう イッシュ の ニンゲン が ヨノナカ に ある と キミ は おもって いる ん です か。 そんな イカタ に いれた よう な アクニン は ヨノナカ に ある はず が ありません よ。 ヘイゼイ は ミンナ ゼンニン なん です、 すくなくとも ミンナ フツウ の ニンゲン なん です。 それ が、 いざ と いう マギワ に、 キュウ に アクニン に かわる ん だ から おそろしい の です。 だから ユダン が できない ん です」
 センセイ の いう こと は、 ここ で きれる ヨウス も なかった。 ワタクシ は また ここ で ナニ か いおう と した。 すると ウシロ の ほう で イヌ が キュウ に ほえだした。 センセイ も ワタクシ も おどろいて ウシロ を ふりかえった。
 エンダイ の ヨコ から コウブ へ かけて うえつけて ある スギナエ の ソバ に、 クマザサ が ミツボ ほど チ を かくす よう に しげって はえて いた。 イヌ は その カオ と セ を クマザサ の ウエ に あらわして、 さかん に ほえたてた。 そこ へ トオ ぐらい の コドモ が かけて きて イヌ を しかりつけた。 コドモ は キショウ の ついた くろい ボウシ を かぶった まま センセイ の マエ へ まわって レイ を した。
「オジサン、 はいって くる とき、 ウチ に ダレ も いなかった かい」 と きいた。
「ダレ も いなかった よ」
「ネエサン や オッカサン が カッテ の ほう に いた のに」
「そう か、 いた の かい」
「ああ。 オジサン、 こんちわ って、 ことわって はいって くる と よかった のに」
 センセイ は クショウ した。 フトコロ から ガマグチ を だして、 5 セン の ハクドウ を コドモ の テ に にぎらせた。
「オッカサン に そう いっとくれ。 すこし ここ で やすまして ください って」
 コドモ は リコウ そう な メ に ワライ を みなぎらして、 うなずいて みせた。
「イマ セッコウチョウ に なってる ところ なん だよ」
 コドモ は こう ことわって、 ツツジ の アイダ を シタ の ほう へ かけおりて いった。 イヌ も シッポ を たかく まいて コドモ の アト を おいかけた。 しばらく する と おなじ くらい の トシカッコウ の コドモ が 2~3 ニン、 これ も セッコウチョウ の おりて いった ほう へ かけて いった。

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 センセイ の ダンワ は、 この イヌ と コドモ の ため に、 ケツマツ まで シンコウ する こと が できなく なった ので、 ワタクシ は ついに その ヨウリョウ を えない で しまった。 センセイ の キ に する ザイサン ウンヌン の ケネン は その とき の ワタクシ には まったく なかった。 ワタクシ の セイシツ と して、 また ワタクシ の キョウグウ から いって、 その とき の ワタクシ には、 そんな リガイ の ネン に アタマ を なやます ヨチ が なかった の で ある。 かんがえる と これ は ワタクシ が まだ セケン に でない ため でも あり、 また じっさい その バ に のぞまない ため でも あったろう が、 とにかく わかい ワタクシ には なぜか カネ の モンダイ が トオク の ほう に みえた。
 センセイ の ハナシ の ウチ で ただ ヒトツ ソコ まで ききたかった の は、 ニンゲン が いざ と いう マギワ に、 ダレ でも アクニン に なる と いう コトバ の イミ で あった。 たんなる コトバ と して は、 これ だけ でも ワタクシ に わからない こと は なかった。 しかし ワタクシ は この ク に ついて もっと しりたかった。
 イヌ と コドモ が さった アト、 ひろい ワカバ の ソノ は ふたたび モト の シズカサ に かえった。 そうして ワレワレ は チンモク に とざされた ヒト の よう に しばらく うごかず に いた。 うるわしい ソラ の イロ が その とき しだいに ヒカリ を うしなって きた。 メノマエ に ある キ は たいがい カエデ で あった が、 その エダ に したたる よう に ふいた かるい ミドリ の ワカバ が、 だんだん くらく なって ゆく よう に おもわれた。 とおい オウライ を ニグルマ を ひいて ゆく ヒビキ が ごろごろ と きこえた。 ワタクシ は それ を ムラ の オトコ が ウエキ か ナニ か を のせて エンニチ へ でも でかける もの と ソウゾウ した。 センセイ は その オト を きく と、 キュウ に メイソウ から イキ を ふきかえした ヒト の よう に たちあがった。
「もう、 そろそろ かえりましょう。 だいぶ ヒ が ながく なった よう だ が、 やっぱり こう あんかん と して いる うち には、 いつのまにか くれて ゆく ん だね」
 センセイ の セナカ には、 さっき エンダイ の ウエ に アオムキ に ねた アト が いっぱい ついて いた。 ワタクシ は リョウテ で それ を はらいおとした。
「ありがとう。 ヤニ が こびりついて や しません か」
「きれい に おちました」
「この ハオリ は つい こないだ こしらえた ばかり なん だよ。 だから むやみ に よごして かえる と、 サイ に しかられる から ね。 ありがとう」
 フタリ は また ダラダラザカ の チュウト に ある ウチ の マエ へ きた。 はいる とき には ダレ も いる ケシキ の みえなかった エン に、 オカミサン が、 15~16 の ムスメ を アイテ に、 イトマキ へ イト を まきつけて いた。 フタリ は おおきな キンギョバチ の ヨコ から、 「どうも オジャマ を しました」 と アイサツ した。 オカミサン は 「いいえ オカマイモウシ も いたしません で」 と レイ を かえした アト、 さっき コドモ に やった ハクドウ の レイ を のべた。
 カドグチ を でて 2~3 チョウ きた とき、 ワタクシ は ついに センセイ に むかって クチ を きった。
「さきほど センセイ の いわれた、 ニンゲン は ダレ でも いざ と いう マギワ に アクニン に なる ん だ と いう イミ です ね。 あれ は どういう イミ です か」
「イミ と いって、 ふかい イミ も ありません。 ――つまり ジジツ なん です よ。 リクツ じゃ ない ん だ」
「ジジツ で サシツカエ ありません が、 ワタクシ の うかがいたい の は、 いざ と いう マギワ と いう イミ なん です。 いったい どんな バアイ を さす の です か」
 センセイ は わらいだした。 あたかも ジキ の すぎた イマ、 もう ネッシン に セツメイ する ハリアイ が ない と いった ふう に。
「カネ さ キミ。 カネ を みる と、 どんな クンシ でも すぐ アクニン に なる のさ」
 ワタクシ には センセイ の ヘンジ が あまり に ヘイボン-すぎて つまらなかった。 センセイ が チョウシ に のらない ごとく、 ワタクシ も ヒョウシヌケ の キミ で あった。 ワタクシ は すまして さっさと あるきだした。 いきおい センセイ は すこし おくれがち に なった。 センセイ は アト から 「おいおい」 と コエ を かけた。
「そら みたまえ」
「ナニ を です か」
「キミ の キブン だって、 ワタクシ の ヘンジ ヒトツ で すぐ かわる じゃ ない か」
 まちあわせる ため に ふりむいて たちどまった ワタクシ の カオ を みて、 センセイ は こう いった。

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 その とき の ワタクシ は ハラ の ナカ で センセイ を にくらしく おもった。 カタ を ならべて あるきだして から も、 ジブン の ききたい こと を わざと きかず に いた。 しかし センセイ の ほう では、 それ に キ が ついて いた の か、 いない の か、 まるで ワタクシ の タイド に こだわる ヨウス を みせなかった。 イツモ の とおり チンモクガチ に おちつきはらった ホチョウ を すまして はこんで いく ので、 ワタクシ は すこし ゴウハラ に なった。 なんとか いって ひとつ センセイ を やっつけて みたく なって きた。
「センセイ」
「ナン です か」
「センセイ は さっき すこし コウフン なさいました ね。 あの ウエキヤ の ニワ で やすんで いる とき に。 ワタクシ は センセイ の コウフン した の を めった に みた こと が ない ん です が、 キョウ は めずらしい ところ を ハイケン した よう な キ が します」
 センセイ は すぐ ヘンジ を しなかった。 ワタクシ は それ を テゴタエ の あった よう にも おもった。 また マト が はずれた よう にも かんじた。 シカタ が ない から アト は いわない こと に した。 すると センセイ が いきなり ミチ の ハジ へ よって いった。 そうして きれい に かりこんだ イケガキ の シタ で、 スソ を まくって ショウベン を した。 ワタクシ は センセイ が ヨウ を たす アイダ ぼんやり そこ に たって いた。
「やあ シッケイ」
 センセイ は こう いって また あるきだした。 ワタクシ は とうとう センセイ を やりこめる こと を ダンネン した。 ワタクシタチ の とおる ミチ は だんだん にぎやか に なった。 イマ まで ちらほら と みえた ひろい ハタケ の シャメン や ヒラチ が、 まったく メ に いらない よう に サユウ の イエナミ が そろって きた。 それでも ところどころ タクチ の スミ など に、 エンドウ の ツル を タケ に からませたり、 カナアミ で ニワトリ を カコイガイ に したり する の が カンセイ に ながめられた。 シチュウ から かえる ダバ が しきりなく すれちがって いった。 こんな もの に しじゅう キ を とられがち な ワタクシ は、 サッキ まで ムネ の ナカ に あった モンダイ を どこ か へ ふりおとして しまった。 センセイ が とつぜん そこ へ アトモドリ を した とき、 ワタクシ は じっさい それ を わすれて いた。
「ワタクシ は さっき そんな に コウフン した よう に みえた ん です か」
「そんな に と いう ほど でも ありません が、 すこし……」
「いや みえて も かまわない。 じっさい コウフン する ん だ から。 ワタクシ は ザイサン の こと を いう と きっと コウフン する ん です。 キミ には どう みえる か しらない が、 ワタクシ は これ で たいへん シュウネン-ぶかい オトコ なん だ から。 ヒト から うけた クツジョク や ソンガイ は、 10 ネン たって も 20 ネン たって も わすれ や しない ん だ から」
 センセイ の コトバ は モト より も なお コウフン して いた。 しかし ワタクシ の おどろいた の は、 けっして その チョウシ では なかった。 むしろ センセイ の コトバ が ワタクシ の ミミ に うったえる イミ ソノモノ で あった。 センセイ の クチ から こんな ジハク を きく の は、 いかな ワタクシ にも まったく の イガイ に ソウイ なかった。 ワタクシ は センセイ の セイシツ の トクショク と して、 こんな シュウジャクリョク を いまだかつて ソウゾウ した こと さえ なかった。 ワタクシ は センセイ を もっと よわい ヒト と しんじて いた。 そうして その よわくて たかい ところ に、 ワタクシ の ナツカシミ の ネ を おいて いた。 イチジ の キブン で センセイ に ちょっと タテ を ついて みよう と した ワタクシ は、 この コトバ の マエ に ちいさく なった。 センセイ は こう いった。
「ワタクシ は ヒト に あざむかれた の です。 しかも チ の つづいた シンセキ の モノ から あざむかれた の です。 ワタクシ は けっして それ を わすれない の です。 ワタクシ の チチ の マエ には ゼンニン で あった らしい カレラ は、 チチ の しぬ や いなや ゆるしがたい フトクギカン に かわった の です。 ワタクシ は カレラ から うけた クツジョク と ソンガイ を コドモ の とき から キョウ まで しょわされて いる。 おそらく しぬ まで ショワサレドオシ でしょう。 ワタクシ は しぬ まで それ を わすれる こと が できない ん だ から。 しかし ワタクシ は まだ フクシュウ を しず に いる。 かんがえる と ワタクシ は コジン に たいする フクシュウ イジョウ の こと を げんに やって いる ん だ。 ワタクシ は カレラ を にくむ ばかり じゃ ない、 カレラ が ダイヒョウ して いる ニンゲン と いう もの を、 イッパン に にくむ こと を おぼえた の だ。 ワタクシ は それ で タクサン だ と おもう」
 ワタクシ は イシャ の コトバ さえ クチ へ だせなかった。

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 その ヒ の ダンワ も ついに これぎり で ハッテン せず に しまった。 ワタクシ は むしろ センセイ の タイド に イシュク して、 サキ へ すすむ キ が おこらなかった の で ある。
 フタリ は シ の ハズレ から デンシャ に のった が、 シャナイ では ほとんど クチ を きかなかった。 デンシャ を おりる と まもなく わかれなければ ならなかった。 わかれる とき の センセイ は、 また かわって いた。 ツネ より は はれやか な チョウシ で、 「これから 6 ガツ まで は いちばん キラク な とき です ね。 コト に よる と ショウガイ で いちばん キラク かも しれない。 せいだして あそびたまえ」 と いった。 ワタクシ は わらって ボウシ を とった。 その とき ワタクシ は センセイ の カオ を みて、 センセイ は はたして ココロ の どこ で、 イッパン の ニンゲン を にくんで いる の だろう か と うたぐった。 その メ、 その クチ、 どこ にも エンセイテキ の カゲ は さして いなかった。
 ワタクシ は シソウジョウ の モンダイ に ついて、 おおいなる リエキ を センセイ から うけた こと を ジハク する。 しかし おなじ モンダイ に ついて、 リエキ を うけよう と して も、 うけられない こと が まま あった と いわなければ ならない。 センセイ の ダンワ は ときとして フトク ヨウリョウ に おわった。 その ヒ フタリ の アイダ に おこった コウガイ の ダンワ も、 この フトク ヨウリョウ の イチレイ と して ワタクシ の ムネ の ウチ に のこった。
 ブエンリョ な ワタクシ は、 ある とき ついに それ を センセイ の マエ に うちあけた。 センセイ は わらって いた。 ワタクシ は こう いった。
「アタマ が にぶくて ヨウリョウ を えない の は かまいません が、 ちゃんと わかってる くせ に、 はっきり いって くれない の は こまります」
「ワタクシ は なんにも かくして や しません」
「かくして いらっしゃいます」
「アナタ は ワタクシ の シソウ とか イケン とか いう もの と、 ワタクシ の カコ と を、 ごちゃごちゃ に かんがえて いる ん じゃ ありません か。 ワタクシ は ヒンジャク な シソウカ です けれども、 ジブン の アタマ で まとめあげた カンガエ を むやみ に ヒト に かくし や しません。 かくす ヒツヨウ が ない ん だ から。 けれども ワタクシ の カコ を ことごとく アナタ の マエ に ものがたらなくて は ならない と なる と、 それ は また ベツモンダイ に なります」
「ベツモンダイ とは おもわれません。 センセイ の カコ が うみだした シソウ だ から、 ワタクシ は オモキ を おく の です。 フタツ の もの を きりはなしたら、 ワタクシ には ほとんど カチ の ない もの に なります。 ワタクシ は タマシイ の ふきこまれて いない ニンギョウ を あたえられた だけ で、 マンゾク は できない の です」
 センセイ は あきれた と いった ふう に、 ワタクシ の カオ を みた。 マキタバコ を もって いた その テ が すこし ふるえた。
「アナタ は ダイタン だ」
「ただ マジメ なん です。 マジメ に ジンセイ から キョウクン を うけたい の です」
「ワタクシ の カコ を あばいて も です か」
 あばく と いう コトバ が、 とつぜん おそろしい ヒビキ を もって、 ワタクシ の ミミ を うった。 ワタクシ は イマ ワタクシ の マエ に すわって いる の が、 ヒトリ の ザイニン で あって、 フダン から ソンケイ して いる センセイ で ない よう な キ が した。 センセイ の カオ は あおかった。
「アナタ は ホントウ に マジメ なん です か」 と センセイ が ネン を おした。 「ワタクシ は カコ の インガ で、 ヒト を うたぐりつけて いる。 だから じつは アナタ も うたぐって いる。 しかし どうも アナタ だけ は うたぐりたく ない。 アナタ は うたぐる には あまり に タンジュン-すぎる よう だ。 ワタクシ は しぬ マエ に たった ヒトリ で いい から、 ヒト を シンヨウ して しにたい と おもって いる。 アナタ は その たった ヒトリ に なれます か。 なって くれます か。 アナタ は ハラ の ソコ から マジメ です か」
「もし ワタクシ の イノチ が マジメ な もの なら、 ワタクシ の イマ いった こと も マジメ です」
 ワタクシ の コエ は ふるえた。
「よろしい」 と センセイ が いった。 「はなしましょう。 ワタクシ の カコ を のこらず、 アナタ に はなして あげましょう。 そのかわり……。 いや それ は かまわない。 しかし ワタクシ の カコ は アナタ に とって それほど ユウエキ で ない かも しれません よ。 きかない ほう が まし かも しれません よ。 それから、 ――イマ は はなせない ん だ から、 その つもり で いて ください。 テキトウ の ジキ が こなくっちゃ はなさない ん だ から」
 ワタクシ は ゲシュク へ かえって から も イッシュ の アッパク を かんじた。

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 ワタクシ の ロンブン は ジブン が ヒョウカ して いた ほど に、 キョウジュ の メ には よく みえなかった らしい。 それでも ワタクシ は ヨテイドオリ キュウダイ した。 ソツギョウシキ の ヒ、 ワタクシ は かびくさく なった ふるい フユフク を コウリ の ナカ から だして きた。 シキジョウ に ならぶ と、 どれ も これ も ミナ あつそう な カオ ばかり で あった。 ワタクシ は カゼ の とおらない アツラシャ の シタ に ミップウ された ジブン の カラダ を もてあました。 しばらく たって いる うち に テ に もった ハンケチ が ぐしょぐしょ に なった。
 ワタクシ は シキ が すむ と すぐ かえって ハダカ に なった。 ゲシュク の 2 カイ の マド を あけて、 トオメガネ の よう に ぐるぐる まいた ソツギョウ ショウショ の アナ から、 みえる だけ の ヨノナカ を みわたした。 それから その ソツギョウ ショウショ を ツクエ の ウエ に ほうりだした。 そうして ダイノジナリ に なって、 ヘヤ の マンナカ に ねそべった。 ワタクシ は ねながら ジブン の カコ を かえりみた。 また ジブン の ミライ を ソウゾウ した。 すると その アイダ に たって ヒトクギリ を つけて いる この ソツギョウ ショウショ なる もの が、 イミ の ある よう な、 また イミ の ない よう な ヘン な カミ に おもわれた。
 ワタクシ は その バン センセイ の イエ へ ゴチソウ に まねかれて いった。 これ は もし ソツギョウ したら その ヒ の バンサン は ヨソ で くわず に、 センセイ の ショクタク で すます と いう マエ から の ヤクソク で あった。
 ショクタク は ヤクソクドオリ ザシキ の エン チカク に すえられて あった。 モヨウ の おりだされた あつい ノリ の こわい テーブルクロース が うつくしく かつ きよらか に デントウ の ヒカリ を いかえして いた。 センセイ の ウチ で メシ を くう と、 きっと この セイヨウ リョウリテン に みる よう な しろい リンネル の ウエ に、 ハシ や チャワン が おかれた。 そうして それ が かならず センタク シタテ の マッシロ な もの に かぎられて いた。
「カラ や カフス と おなじ こと さ。 よごれた の を もちいる くらい なら、 いっそ ハジメ から イロ の ついた もの を つかう が いい。 しろければ ジュンパク で なくっちゃ」
 こう いわれて みる と、 なるほど センセイ は ケッペキ で あった。 ショサイ など も じつに きちり と かたづいて いた。 ムトンジャク な ワタクシ には、 センセイ の そういう トクショク が おりおり いちじるしく メ に とまった。
「センセイ は カンショウ です ね」 と かつて オクサン に つげた とき、 オクサン は 「でも キモノ など は、 それほど キ に しない よう です よ」 と こたえた こと が あった。 それ を ソバ に きいて いた センセイ は、 「ホントウ を いう と、 ワタクシ は セイシンテキ に カンショウ なん です。 それで しじゅう くるしい ん です。 かんがえる と じつに ばかばかしい ショウブン だ」 と いって わらった。 セイシンテキ に カンショウ と いう イミ は、 ぞくに いう シンケイシツ と いう イミ か、 または リンリテキ に ケッペキ だ と いう イミ か、 ワタクシ には わからなかった。 オクサン にも よく つうじない らしかった。
 その バン ワタクシ は センセイ と ムカイアワセ に、 レイ の しろい タクフ の マエ に すわった。 オクサン は フタリ を サユウ に おいて、 ヒトリ ニワ の ほう を ショウメン に して セキ を しめた。
「おめでとう」 と いって、 センセイ が ワタクシ の ため に サカズキ を あげて くれた。 ワタクシ は この サカズキ に たいして それほど うれしい キ を おこさなかった。 むろん ワタクシ ジシン の ココロ が この コトバ に ハンキョウ する よう に、 とびたつ ウレシサ を もって いなかった の が、 ヒトツ の ゲンイン で あった。 けれども センセイ の イイカタ も けっして ワタクシ の ウレシサ を そそる うきうき した チョウシ を おびて いなかった。 センセイ は わらって サカズキ を あげた。 ワタクシ は その ワライ の ウチ に、 ちっとも イジ の わるい アイロニー を みとめなかった。 ドウジ に めでたい と いう シンジョウ も くみとる こと が できなかった。 センセイ の ワライ は、 「セケン は こんな バアイ に よく おめでとう と いいたがる もの です ね」 と ワタクシ に ものがたって いた。
 オクサン は ワタクシ に 「ケッコウ ね。 さぞ オトウサン や オカアサン は オヨロコビ でしょう」 と いって くれた。 ワタクシ は とつぜん ビョウキ の チチ の こと を かんがえた。 はやく あの ソツギョウ ショウショ を もって いって みせて やろう と おもった。
「センセイ の ソツギョウ ショウショ は どう しました」 と ワタクシ が きいた。
「どうした かね。 ――まだ どこ か に しまって あった かね」 と センセイ が オクサン に きいた。
「ええ、 たしか しまって ある はず です が」
 ソツギョウ ショウショ の アリドコロ は フタリ とも よく しらなかった。

 33

 メシ に なった とき、 オクサン は ソバ に すわって いる ゲジョ を ツギ へ たたせて、 ジブン で キュウジ の ヤク を つとめた。 これ が おもてだたない キャク に たいする センセイ の イエ の シキタリ らしかった。 ハジメ の 1~2 カイ は ワタクシ も キュウクツ を かんじた が、 ドスウ の かさなる に つけ、 チャワン を オクサン の マエ へ だす の が、 なんでも なくなった。
「オチャ? ゴハン? ずいぶん よく たべる のね」
 オクサン の ほう でも おもいきって エンリョ の ない こと を いう こと が あった。 しかし その ヒ は、 ジコウ が ジコウ なので、 そんな に からかわれる ほど ショクヨク が すすまなかった。
「もう オシマイ。 アナタ チカゴロ たいへん ショウショク に なった のね」
「ショウショク に なった ん じゃ ありません。 あつい んで くわれない ん です」
 オクサン は ゲジョ を よんで ショクタク を かたづけさせた アト へ、 あらためて アイス クリーム と ミズガシ を はこばせた。
「これ は ウチ で こしらえた のよ」
 ヨウ の ない オクサン には、 テセイ の アイス クリーム を キャク に ふるまう だけ の ヨユウ が ある と みえた。 ワタクシ は それ を 2 ハイ かえて もらった。
「キミ も いよいよ ソツギョウ した が、 これから ナニ を する キ です か」 と センセイ が きいた。 センセイ は ハンブン エンガワ の ほう へ セキ を ずらして、 シキイギワ で セナカ を ショウジ に もたせて いた。
 ワタクシ には ただ ソツギョウ した と いう ジカク が ある だけ で、 これから ナニ を しよう と いう アテ も なかった。 ヘンジ に ためらって いる ワタクシ を みた とき、 オクサン は 「キョウシ?」 と きいた。 それ にも こたえず に いる と、 コンド は、 「じゃ オヤクニン?」 と また きかれた。 ワタクシ も センセイ も わらいだした。
「ホントウ いう と、 まだ ナニ を する カンガエ も ない ん です。 じつは ショクギョウ と いう もの に ついて、 まったく かんがえた こと が ない くらい なん です から。 だいち どれ が いい か、 どれ が わるい か、 ジブン が やって みた うえ で ない と わからない ん だ から、 センタク に こまる わけ だ と おもいます」
「それ も そう ね。 けれども アナタ は ひっきょう ザイサン が ある から そんな ノンキ な こと を いって いられる のよ。 これ が こまる ヒト で ごらんなさい。 なかなか アナタ の よう に おちついちゃ いられない から」
 ワタクシ の トモダチ には ソツギョウ しない マエ から、 チュウガク キョウシ の クチ を さがして いる ヒト が あった。 ワタクシ は ハラ の ナカ で オクサン の いう ジジツ を みとめた。 しかし こう いった。
「すこし センセイ に かぶれた ん でしょう」
「ろく な カブレカタ を して くださらない のね」
 センセイ は クショウ した。
「かぶれて も かまわない から、 そのかわり このあいだ いった とおり、 オトウサン の いきてる うち に、 ソウトウ の ザイサン を わけて もらって おおきなさい。 それ で ない と けっして ユダン は ならない」
 ワタクシ は センセイ と イッショ に、 コウガイ の ウエキヤ の ひろい ニワ の オク で はなした、 あの ツツジ の さいて いる 5 ガツ の ハジメ を おもいだした。 あの とき カエリミチ に、 センセイ が コウフン した ゴキ で、 ワタクシ に ものがたった つよい コトバ を、 ふたたび ミミ の ソコ で くりかえした。 それ は つよい ばかり で なく、 むしろ すごい コトバ で あった。 けれども ジジツ を しらない ワタクシ には ドウジ に テッテイ しない コトバ でも あった。
「オクサン、 オタク の ザイサン は よっぽど ある ん です か」
「なんだって そんな こと を おきき に なる の」
「センセイ に きいて も おしえて くださらない から」
 オクサン は わらいながら センセイ の カオ を みた。
「おしえて あげる ほど ない から でしょう」
「でも どの くらい あったら センセイ の よう に して いられる か、 ウチ へ かえって ひとつ チチ に ダンパン する とき の サンコウ に します から きかして ください」
 センセイ は ニワ の ほう を むいて、 すまして タバコ を ふかして いた。 アイテ は しぜん オクサン で なければ ならなかった。
「どの くらい って ほど ありゃ しません わ。 まあ こうして どうか こうか くらして ゆかれる だけ よ、 アナタ。 ――そりゃ どうでも いい と して、 アナタ は これから ナニ か なさらなくっちゃ ホントウ に いけません よ。 センセイ の よう に ごろごろ ばかり して いちゃ……」
「ごろごろ ばかり して い や しない さ」
 センセイ は ちょっと カオ だけ むけなおして、 オクサン の コトバ を ヒテイ した。

 34

 ワタクシ は その ヨ 10 ジ-スギ に センセイ の イエ を じした。 2~3 ニチ うち に キコク する はず に なって いた ので、 ザ を たつ マエ に ワタクシ は ちょっと イトマゴイ の コトバ を のべた。
「また とうぶん オメ に かかれません から」
「9 ガツ には でて いらっしゃる ん でしょう ね」
 ワタクシ は もう ソツギョウ した の だ から、 かならず 9 ガツ に でて くる ヒツヨウ も なかった。 しかし あつい サカリ の 8 ガツ を トウキョウ まで きて おくろう とも かんがえて いなかった。 ワタクシ には イチ を もとめる ため の キチョウ な ジカン と いう もの が なかった。
「まあ 9 ガツ-ゴロ に なる でしょう」
「じゃ ずいぶん ごきげんよう。 ワタクシタチ も この ナツ は コト に よる と どこ か へ ゆく かも しれない のよ。 ずいぶん あつそう だ から。 いったら また エハガキ でも おくって あげましょう」
「どちら の ケントウ です。 もし いらっしゃる と すれば」
 センセイ は この モンドウ を にやにや わらって きいて いた。
「なに まだ ゆく とも ゆかない とも きめて い や しない ん です」
 セキ を たとう と した とき に、 センセイ は キュウ に ワタクシ を つらまえて、 「ときに オトウサン の ビョウキ は どう なん です」 と きいた。 ワタクシ は チチ の ケンコウ に ついて ほとんど しる ところ が なかった。 なんとも いって こない イジョウ、 わるく は ない の だろう くらい に かんがえて いた。
「そんな に たやすく かんがえられる ビョウキ じゃ ありません よ。 ニョウドクショウ が でる と、 もう ダメ なん だ から」
 ニョウドクショウ と いう コトバ も イミ も ワタクシ には わからなかった。 コノマエ の フユヤスミ に クニ で イシャ と カイケン した とき に、 ワタクシ は そんな ジュツゴ を まるで きかなかった。
「ホントウ に ダイジ に して おあげなさい よ」 と オクサン も いった。 「ドク が ノウ へ まわる よう に なる と、 もう それっきり よ、 アナタ。 ワライゴト じゃ ない わ」
 ムケイケン な ワタクシ は キミ を わるがりながら も、 にやにや して いた。
「どうせ たすからない ビョウキ だ そう です から、 いくら シンパイ したって シカタ が ありません」
「そう オモイキリ よく かんがえれば、 それまで です けれども」
 オクサン は ムカシ おなじ ビョウキ で しんだ と いう ジブン の オカアサン の こと でも おもいだした の か、 しずんだ チョウシ で こう いった なり シタ を むいた。 ワタクシ も チチ の ウンメイ が ホントウ に キノドク に なった。
 すると センセイ が とつぜん オクサン の ほう を むいた。
「シズ、 オマエ は オレ より サキ へ しぬ だろう かね」
「なぜ」
「なぜ でも ない、 ただ きいて みる のさ。 それとも オレ の ほう が オマエ より マエ に かたづく かな。 たいてい セケン じゃ ダンナ が サキ で、 サイクン が アト へ のこる の が アタリマエ の よう に なってる ね」
「そう きまった わけ でも ない わ。 けれども オトコ の ほう は どうしても、 そら トシ が ウエ でしょう」
「だから サキ へ しぬ と いう リクツ なの かね。 すると オレ も オマエ より サキ に アノヨ へ いかなくっちゃ ならない こと に なる ね」
「アナタ は トクベツ よ」
「そう かね」
「だって ジョウブ なん です もの。 ほとんど わずらった ためし が ない じゃ ありません か。 そりゃ どうしたって ワタクシ の ほう が サキ だわ」
「サキ かな」
「ええ、 きっと サキ よ」
 センセイ は ワタクシ の カオ を みた。 ワタクシ は わらった。
「しかし もし オレ の ほう が サキ へ ゆく と する ね。 そう したら オマエ どう する」
「どう する って……」
 オクサン は そこ で くちごもった。 センセイ の シ に たいする ソウゾウテキ な ヒアイ が、 ちょっと オクサン の ムネ を おそった らしかった。 けれども ふたたび カオ を あげた とき は、 もう キブン を かえて いた。
「どう する って、 シカタ が ない わ、 ねえ アナタ。 ロウショウ フジョウ って いう くらい だ から」
 オクサン は ことさら に ワタクシ の ほう を みて ジョウダン-らしく こう いった。

 35

 ワタクシ は たてかけた コシ を また おろして、 ハナシ の クギリ の つく まで フタリ の アイテ に なって いた。
「キミ は どう おもいます」 と センセイ が きいた。
 センセイ が サキ へ しぬ か、 オクサン が はやく なくなる か、 もとより ワタクシ に ハンダン の つく べき モンダイ では なかった。 ワタクシ は ただ わらって いた。
「ジュミョウ は わかりません ね。 ワタクシ にも」
「これ ばかり は ホントウ に ジュミョウ です から ね。 うまれた とき に ちゃんと きまった ネンスウ を もらって くる ん だ から シカタ が ない わ。 センセイ の オトウサン や オカアサン なんか、 ほとんど おんなじ よ、 アナタ、 なくなった の が」
「なくなられた ヒ が です か」
「まさか ヒ まで おんなじ じゃ ない けれども。 でも まあ おんなじ よ。 だって つづいて なくなっちまった ん です もの」
 この チシキ は ワタクシ に とって あたらしい もの で あった。 ワタクシ は フシギ に おもった。
「どうして そう イチド に しなれた ん です か」
 オクサン は ワタクシ の トイ に こたえよう と した。 センセイ は それ を さえぎった。
「そんな ハナシ は およし よ。 つまらない から」
 センセイ は テ に もった ウチワ を わざと ばたばた いわせた。 そうして また オクサン を かえりみた。
「シズ、 オレ が しんだら この ウチ を オマエ に やろう」
 オクサン は わらいだした。
「ついでに ジメン も ください よ」
「ジメン は ヒト の もの だ から シカタ が ない。 そのかわり オレ の もってる もの は みんな オマエ に やる よ」
「どうも ありがとう。 けれども ヨコモジ の ホン なんか もらって も シヨウ が ない わね」
「フルホンヤ に うる さ」
「うれば いくら ぐらい に なって」
 センセイ は いくら とも いわなかった。 けれども センセイ の ハナシ は、 ヨウイ に ジブン の シ と いう とおい モンダイ を はなれなかった。 そうして その シ は かならず オクサン の マエ に おこる もの と カテイ されて いた。 オクサン も サイショ の うち は、 わざと タワイ の ない ウケコタエ を して いる らしく みえた。 それ が いつのまにか、 カンショウテキ な オンナ の ココロ を おもくるしく した。
「オレ が しんだら、 オレ が しんだら って、 まあ ナンベン おっしゃる の。 ゴショウ だ から もう イイカゲン に して、 オレ が しんだら は よして ちょうだい。 エンギ でも ない。 アナタ が しんだら、 なんでも アナタ の オモイドオリ に して あげる から、 それ で いい じゃ ありません か」
 センセイ は ニワ の ほう を むいて わらった。 しかし それぎり オクサン の いやがる こと を いわなく なった。 ワタクシ も あまり ながく なる ので、 すぐ セキ を たった。 センセイ と オクサン は ゲンカン まで おくって でた。
「ゴビョウニン を オダイジ に」 と オクサン が いった。
「また 9 ガツ に」 と センセイ が いった。
 ワタクシ は アイサツ を して コウシ の ソト へ アシ を ふみだした。 ゲンカン と モン の アイダ に ある こんもり した モクセイ の ヒトカブ が、 ワタクシ の ユクテ を ふさぐ よう に、 ヤイン の ウチ に エダ を はって いた。 ワタクシ は 2~3 ポ うごきだしながら、 くろずんだ ハ に おおわれて いる その コズエ を みて、 きたる べき アキ の ハナ と カ を おもいうかべた。 ワタクシ は センセイ の ウチ と この モクセイ と を、 イゼン から ココロ の ウチ で、 はなす こと の できない もの の よう に、 イッショ に キオク して いた。 ワタクシ が ぐうぜん その キ の マエ に たって、 ふたたび この ウチ の ゲンカン を またぐ べき ツギ の アキ に オモイ を はせた とき、 イマ まで コウシ の アイダ から さして いた ゲンカン の デントウ が ふっと きえた。 センセイ フウフ は それぎり オク へ はいった らしかった。 ワタクシ は ヒトリ くらい オモテ へ でた。
 ワタクシ は すぐ ゲシュク へは もどらなかった。 クニ へ かえる マエ に ととのえる カイモノ も あった し、 ゴチソウ を つめた イブクロ に クツロギ を あたえる ヒツヨウ も あった ので、 ただ にぎやか な マチ の ほう へ あるいて いった。 マチ は まだ ヨイ の クチ で あった。 ヨウジ も なさそう な ナンニョ が ぞろぞろ うごく ナカ に、 ワタクシ は キョウ ワタクシ と イッショ に ソツギョウ した ナニガシ に あった。 カレ は ワタクシ を むりやり に ある バー へ つれこんだ。 ワタクシ は そこ で ビール の アワ の よう な カレ の キエン を きかされた。 ワタクシ の ゲシュク へ かえった の は 12 ジ-スギ で あった。

 36

 ワタクシ は その ヨクジツ も アツサ を おかして、 タノマレモノ を かいあつめて あるいた。 テガミ で チュウモン を うけた とき は なんでも ない よう に かんがえて いた の が、 いざ と なる と たいへん オックウ に かんぜられた。 ワタクシ は デンシャ の ナカ で アセ を ふきながら、 ヒト の ジカン と テスウ に キノドク と いう カンネン を まるで もって いない イナカモノ を にくらしく おもった。
 ワタクシ は この ヒトナツ を ムイ に すごす キ は なかった。 クニ へ かえって から の ニッテイ と いう よう な もの を あらかじめ つくって おいた ので、 それ を リコウ する に ヒツヨウ な ショモツ も テ に いれなければ ならなかった。 ワタクシ は ハンニチ を マルゼン の 2 カイ で つぶす カクゴ で いた。 ワタクシ は ジブン に カンケイ の ふかい ブモン の ショセキダナ の マエ に たって、 スミ から スミ まで 1 サツ ずつ テンケン して いった。
 カイモノ の ウチ で いちばん ワタクシ を こまらせた の は オンナ の ハンエリ で あった。 コゾウ に いう と、 いくらでも だして は くれる が、 さて どれ を えらんで いい の か、 かう ダン に なって は、 ただ まよう だけ で あった。 そのうえ アタイ が きわめて フテイ で あった。 やすかろう と おもって きく と、 ヒジョウ に たかかったり、 たかかろう と かんがえて、 きかず に いる と、 かえって たいへん やすかったり した。 あるいは いくら くらべて みて も、 どこ から カカク の サイ が でる の か ケントウ の つかない の も あった。 ワタクシ は まったく よわらせられた。 そうして ココロ の ウチ で、 なぜ センセイ の オクサン を わずらわさなかった か を くいた。
 ワタクシ は カバン を かった。 むろん ワセイ の カトウ な シナ に すぎなかった が、 それでも カナグ や など が ぴかぴか して いる ので、 イナカモノ を おどかす には ジュウブン で あった。 この カバン を かう と いう こと は、 ワタクシ の ハハ の チュウモン で あった。 ソツギョウ したら あたらしい カバン を かって、 その ナカ に イッサイ の ミヤゲモノ を いれて かえる よう に と、 わざわざ テガミ の ナカ に かいて あった。 ワタクシ は その モンク を よんだ とき に わらいだした。 ワタクシ には ハハ の リョウケン が わからない と いう より も、 その コトバ が イッシュ の コッケイ と して うったえた の で ある。
 ワタクシ は イトマゴイ を する とき センセイ フウフ に のべた とおり、 それから ミッカ-メ の キシャ で トウキョウ を たって クニ へ かえった。 この フユ イライ チチ の ビョウキ に ついて センセイ から イロイロ の チュウイ を うけた ワタクシ は、 いちばん シンパイ しなければ ならない チイ に ありながら、 どういう もの か、 それ が たいして ク に ならなかった。 ワタクシ は むしろ チチ が いなく なった アト の ハハ を ソウゾウ して キノドク に おもった。 その くらい だ から ワタクシ は ココロ の どこ か で、 チチ は すでに なくなる べき もの と カクゴ して いた に ちがいなかった。 キュウシュウ に いる アニ へ やった テガミ の ナカ にも、 ワタクシ は チチ の とても モト の よう な ケンコウタイ に なる ミコミ の ない こと を のべた。 イチド など は ショクム の ツゴウ も あろう が、 できる なら くりあわせて この ナツ ぐらい イチド カオ だけ でも み に かえったら どう だ と まで かいた。 そのうえ トシヨリ が フタリ ぎり で イナカ に いる の は さだめて こころぼそい だろう、 ワレワレ も コ と して イカン の イタリ で ある と いう よう な カンショウテキ な モンク さえ つかった。 ワタクシ は じっさい ココロ に うかぶ まま を かいた。 けれども かいた アト の キブン は かいた とき とは ちがって いた。
 ワタクシ は そうした ムジュン を キシャ の ナカ で かんがえた。 かんがえて いる うち に ジブン が ジブン に キ の かわりやすい ケイハクモノ の よう に おもわれて きた。 ワタクシ は フユカイ に なった。 ワタクシ は また センセイ フウフ の こと を おもいうかべた。 ことに 2~3 ニチ マエ バンメシ に よばれた とき の カイワ を おもいだした。
「どっち が サキ へ しぬ だろう」
 ワタクシ は その バン センセイ と オクサン の アイダ に おこった ギモン を ヒトリ クチ の ウチ で くりかえして みた。 そうして この ギモン には ダレ も ジシン を もって こたえる こと が できない の だ と おもった。 しかし どっち が サキ へ しぬ と はっきり わかって いた ならば、 センセイ は どう する だろう。 オクサン は どう する だろう。 センセイ も オクサン も、 イマ の よう な タイド で いる より ホカ に シカタ が ない だろう と おもった。 (シ に ちかづきつつ ある チチ を クニモト に ひかえながら、 この ワタクシ が どう する こと も できない よう に)。 ワタクシ は ニンゲン を はかない もの に かんじた。 ニンゲン の どう する こと も できない もって うまれた ケイハク を、 はかない もの に かんじた。


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