回遊魚の旅日記

時の流れる音をききながら歩いたり歌ったり
少しづつ昔の暮らしをとりもどしつつ。

中仙道を歩く⑮奈良井~(鳥居峠)~藪原~宮ノ越~(原野)~木曽福島

2015-10-14 09:32:22 | 中仙道(中山道)

10月11日(日) 雨のち曇り

夜明け前4時頃か、どしゃぶりの雨音。「しとしと」ではなく「ばしゃばしゃ」である。かなり激しい。

思い起こせば、峠歩きで晴れたときは数少ない。

山と山の間を縫って上り下りするわけだから、雲が山にぶつかって雨がちになるのも当たり前な話なのだけど・。

足や心臓に負担がかかるだけではない何かが峠にはあ~る。

東海道歩きで小夜の中山峠はカンカンに晴れたけれど、あれはかなりつらかった。

碓氷峠も前夜の豪雨のあとの山道に待ち受ける山蛭の執拗な攻撃に悪投苦戦。

そして、峠頂上を断念して大迂回した大雨の和田峠。

「でも止まない雨はないのだ!」と自らを励まし、美味しいお煎茶(玉露かも)のあとの朝ごはんをいただく。

どれも美味しくて、「もうこれで帰ってもいいか~」なんて、内心弱気(^^);;

7:40分出発。

ご主人は玄関先まで出てきて、いつまでも見送ってくださった。

昨夜はわからなかったが、朝になると雨にけぶる山々のあちこちに黄色や赤が、さし色のように染まっている。

「あと2週間くらいすると真っ赤になりますね~」とご主人のお話。

見方を変えれば雨の朝の奈良井もいいものだ。(けっして強がりじゃございません^^)

 

奈良井宿の南詰めの鎮神社を過ぎ、いよいよ鳥居峠へ。

山道に入った途端、やはり「森の熊さん」を歌います~♪。でも今回はちゃんとクマよけ鈴をリュックに

つけてるぞ!

思っていたより山道は険しくはない。難所といわれた江戸時代の旧道はところどころ通行止めになっている部分もあるが、

明治時代に整備された迂回路があってかなり歩きやすくなっている。

一時間ほどして峠の茶屋跡に着く。

茶屋跡には新しい休憩場があり、水場もトイレも完備。

ここで一人の青年が休んでいた。

軽装でやはり奈良井から藪原に抜けると言っていたが、奈良井を相当早く出て来たのか、会ったのはここでだけである。

少し不思議な気がした。

 この鳥居峠は栃の木が多く、たくさん落葉していた。

途中に何か所かこういう鐘撞き場あり。

晴れていれば御嶽山がみえるかもしれない御嶽遥拝所を過ぎ

やがて峠の頂上らしき草場に出る。

「ひばりより 上にやすろう峠かな」という芭蕉の句碑もあったようだが、判別不能であった。

しばし休憩して下り始める。

古い旧道と新しい旧道とよくわからない道が三叉路になっている。真ん中の石畳の道を降りる。

ずんずん下ってゆくと杖置場があり、もう山道は終わりと知らせてくれる。

あとは次宿の藪原に向かってどんどん下る。

 

真っ赤なお稲荷さんを左に見て

藪原の里にでた。

峠を越えた。

すると、なんと雨があがっているではありませんか!

9時45分。奈良井を出てから約2時間。案外早かった。

宿場の入口には飛騨街道との追分の道標。

尾州御鷹匠役場跡の碑。

飛騨とか尾州とか・・いかに遥けき地にきたものか・・。

 

それらの道標の下には中央線の線路。

名産のお六櫛屋さんや高札場、デゴイチ(一里塚跡)の前を通って宿場を抜けガードをくぐったあたりでまた雨が・・・。

 

木曽川の流れは右に左にうねり、これだけの雨でも水が濁らず、美しい景観を醸し出している。

しばらく国道歩き。

和田峠下りでも経験したが、雨の日は峠の山道より国道が辛い。

大きなダンプや乗用車のしぶきが容赦なく襲いかかってくる~。

紅葉の名所、権兵衛山付近も晴れていたらさぞかし!と無念。

吉田洞門の歩道を歩く。

だんだん本格的な土砂降りになってきた。しばらく小さなバス停で雨の止むのを待つ。

左側にあった焼肉レストランでトイレだけ借り休憩。

再び歩き出し、山吹トンネルをくぐる。

もちろん旧道はべつにあったらしいが現在は崩落危険地帯となり、歩くことはできない。

トンネルの中を歩くのは気持ちの良いものではないが、ここはちゃんと歩道もあるし、雨に濡れないだけましかもしれない。

 

トンネルを抜けると雪国ではなくて木曽町であった。そしてトンネルを出ると空が明るくなりはじめうっすらと陽が~~♪

国道沿いにコンビニ711を発見!!それもミニカウンター付き!!

11時45分。ちょっと早いが、街道歩きは食事処を見つけたら、時間には頓着せずまず入ってしまうのがやまびこ式セオリー。

(そうしないと夕方まで食いっぱぐれる恐れあり)

ちなみにおにぎりは昨日東京から買ってきた、同じ711のおにぎり。よって今日のお昼代は唐揚げとコーヒー代のみ!

時間節約にもなってありがたい。

お腹もいっぱいになり、雨もやみ、いい感じで歩いてゆくと右側に宮ノ越の宿場の道標。右の脇道に入る。

宿場を入ってすぐに美しい流れの淵「巴渕」。

このあたりは木曽義仲にまつわるの土地柄。

本陣前を通り過ぎ、一里塚を通り過ぎ宮ノ越宿を抜けて、左にコンクリート工場を見て踏切を渡ると

原野(はらの)の集落。

原野駅から少し先のなにもない畑の際に「中山道中間地点」の案内板あり。明神岩公園の向かいである。

「やっと真ん中に着いた!」という嬉しさと「まだ、真ん中!?」という徒労感が微妙に入り混じる。

東海道で中間点の袋井に着いたときは意気揚々と達成感を感じたものだが、やはり中仙道は長いなあ~。

まあとにかく、これからはひたすら京へ下る(いや、上る、が正しいのかな)一方なのだ。がんばろう!

そんなこんなでテクテク歩いてゆくと左の川の流れに沿うように降りてゆく細い脇道がある。

一瞬通り過ぎたが、ろくさんが「ここだ、ここを降りるのだ!」と

騒ぐので降りてゆく。

雨のあとで道が悪く草が生い茂って道幅は50センチくらい。サバイバル的な感じだが、やがて平地に出て正沢川に架かる赤い橋を渡る。

この橋、鉄板の御網のようになっていて川面が丸見え@!けっこう怖い。

高所恐怖症の気があるろくさんは恐る恐るペンギン歩きで渡っていた。

お婆さんが川に洗濯に降りてきそうなのどかな集落を過ぎ

シュウメイギク群落のお迎えを受け

 

さらに平らな山道を歩いて行くとひだりにこんな大きな石碑と手習天神。「?三夜」

他にも数ヵ所かで見たが、この石碑の字が読めない。読める方教えてね☆

さて、いよいよ木曽福島に入り、関所が近くなってきた。

木曽路ではこんな箇所がたくさんあって、さすがにアップダウンの多い街道筋だと実感。

ふっと国道からそれる道がたくさんある。

再び国道に出てみごとな川の風景を眺めながら進む。チラリズムの紅葉がなかなかすてき。

大きな門?をくぐって左に街道をのぼってゆくと

15時少し前。

着いた、四大関所の一つ、木曽福島の関所。藤村の「夜明け前」ほかいろいろな小説に登場する木曽福島の関所。

休憩がてら、しばし内部を見学。

関所の隣はこういうところ

関所を過ぎるとすぐに宿場の街道筋に入る。

今まであまり見なかった人間の姿がここでにわかに多数出現。

木曽福島は塩尻⇔中津川間での特急が唯一停車する駅なので観光客も多いのだろう。

予想外に早く着いてしまったので街中を一時間ほどぐるぐる回る。

ここは本陣を守るため枡形に直角に曲がる道路が作られているので散策と云うよりは、ぐるぐる回っているという感じ。

ひとりで夜歩いたら迷子になるかもしれない。

大手橋から南に向かって眺める山容。

この橋を渡ると山村代官屋敷。

 

 

日の宿はこの代官屋敷にほど近い「自由旅クラブ三河屋」さん。

お値段はリーズナブルだが、サービス面がちょっと?という感じはしました。

それでも、久しぶりの温泉は気持ち良かった。

夕飯に地酒「木曽路」をいただく。

部屋からの夕焼けがきれいだったので明日の天気に期待☆

 

本日の歩行距離:約20km、峠越えした割にはよく歩いた。

京都まであと約247㎞。(中間地点を越えたのにちょっと距離が合わないのはあくまでも現代の歩行距離だからです)

 

 

 

 

 


2 コメント

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Unknown ()
2015-10-14 15:52:13
道標の代わりと言うか、辻辻に、青面金剛とか庚申灯るいは、如意輪観音像とか良くありますが、その中に十三夜講とか・・・・・そして二十三夜講の石碑とかもありますね。 十三夜とか二十三夜とか庚申とかみんな似たような信仰の形だけど。
で、二十三夜講・・・・二を上記紀行の中で読めない文字としてますな。
あまい、あまい、まだ、ひよっ子ですねーーー。
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Bちゃんへ (やまびこ)
2015-10-14 21:10:50
二十!?
どうみたって二にも弐にも廿にも見えないけど~。わたしには井戸の井の字みたいに見えてわからなかった;。
どこかで十六夜もみたかも~。
庚申塚や如意輪観音はよく知ってるよ(^^)
まだまだ知らないこといっぱいの可愛いひよこちゃんゆえ、よろしゅうに~~(^0^0^);
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