回遊魚の旅日記

時の流れる音をききながら歩いたり歌ったり
少しづつ昔の暮らしをとりもどしつつ。

秋の東北 ②作並温泉・ニッカウヰスキー工場・山寺(立石寺)

2013-10-31 16:51:00 | 一泊以上の旅行記

10月30日(水)晴れのち曇りのち雨

朝は爽快でありました。

昨夜のうちに降ったらしい冷たい雨で山々は色づきはじめ、青空のもとで清涼な空気を発散していた。

温泉に3回も浸かって美味しいものをたくさん食べてベランダに出てしばらくまったり。

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まったりしたあと、チェックアウトし、近くのニッカウヰスキー工場へシャトルバスで送ってもらう。

清冽な流れと森のあるところで作られるウヰスキー。

平日なので見学者は少ないと思ったがどうしてどうして、グループや団体さんたちがけっこう集まってきた。

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ピーとを燃やす工場。

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八ヶ岳の近くのサントリー白洲工場も規模が大きかったけれど、ここの樽貯蔵庫もカビ臭くてなかなかよい。

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一時間ほど見学をしたあとは楽しみの試飲★

再びホテルのシャトルバスが迎えに来てくれて作並駅に送ってくれる。感謝感謝。

仙山線に乗り、今度は山寺駅まで。

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水子地蔵、阿弥陀仏、磨崖仏の並ぶ岩山の立石寺(りっしゃくじ・天台宗)詣り。

「閑かさや岩にしみいる蝉の声」と芭蕉が読んだ場所としても有名。

とりあえずは、もうお昼に近かったので駅前のお蕎麦屋さんで腹ごしらえ。

わたしはなめこ蕎麦、娘は蕎麦定食。

里芋入りで作られたお蕎麦はどっしりむちむち・・(^^)!美味しかった☆

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さて登山道を歩いて、800段以上の苔むした石段を上り始める。

所々に念仏堂、根本中堂、仁王門、五大堂、などが頂上の奥ノ院に至るまで、ひょこっと待っていてくれて、石段の傾斜は急だが、それほど疲れない。

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ところどころに紅葉黄葉。

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ころりと大往生できる阿弥陀様、たくさん拝んできましたよ~(^^)

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右が五大堂、左の小さいお堂は納骨堂。岩山のてっぺん。 ここからの景色は素晴らしかった。

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久しぶりに指揮。

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下山する頃にはぽつぽつと雨が・・。小雨に煙る山寺もなかなか風情あり。

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茶店で名物玉こんにゃくをいただき、再び仙山線に乗り終点山形まで。

新幹線の時間まで少し間があったので山形の駅の周辺をちらりと見て、駅弁を買い

15時57分の「つばさ」に乗って上野に着いたのは19時近く。

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まる二日間の旅でしたが、電車、バスを乗り継いで回った印象深い秋の東北、一週間くらい旅していたような気がしました。

娘と二人の旅は久しぶりだったけれど、彼女としてもよい思い出になったようです。

↓ 車窓から眺める福島あたりの夕景。

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秋の東北 ①石巻・女川

2013-10-31 16:01:17 | 一泊以上の旅行記

10月28日(月)晴れ

15時46分発「やまびこ」で上野駅を出発。

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約一時間半後には仙台に着いてしまう。

仙台は大きな目抜き通りにも並木がいたるところにあり、杜の都と呼ぶにふさわしい。

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定禅寺通りのイチョウやケヤキが色づくのはもう少し先らしい。

まずホテルに荷物を置いてから夏にも行った牛タンの店「太助」で夕食。

娘はご満悦。牛タンもさることながらここのテールスープはほんとに美味しい。

夜の仙台盛り場をぶらぶらと散歩して宿に帰り、宿泊。

10月29日(火)曇り時々晴れ

本日は予定満載なので、手早く朝食、チェックアウトをすませ8時少し前に青葉通り駅(仙石線の終点の駅でここから乗ると仙台駅から乗るより座れるし宿からも近い)から仙石線に乗る。

仙石線は、現在は震災の影響で高樹町~陸前小野の間が修復中で不通。

バスの接続のしやすい松島海岸の駅で電車を降りる。

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松島に来たのは高校時代の修学旅行以来、実に42年ぶりくらい!

電車とバスの待ち合わせの時間を使って船着き場まで歩いてみる。

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40分ほどの待ち合わせで代行バスに乗り、矢本まで行く。

車の旅でなく、こういう電車の旅がおもしろいのは、土地の人が利用する車中やバスの中でその土地の日々の生活に実際に触れられるからである。

このバスの中やホームの待合室・・いろいろな場所で、震災の経験談やそれからの生活の様子をずいぶん耳にすることができた。遠くに離れてテレビやニュースで入ってくる情報とは、別次元のもっと密着した話に、娘はかなり被災地への思いを深くしたようである。

↓ 矢本の駅

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11時頃、石巻に着く。

石巻駅はわずかな浸水だったので、駅舎も線路もちゃんと残っているのが救い。

ここから女川(おながわ)まで行くには、また石巻線に乗り換えて浦宿まで乗り、そこからは、またまた不通になっているので、浦宿から代行バスに乗らねばならない。

で、それを往復すると時間が大変かかって今日宿泊予定の作並到着が8時近くになってしまいそうなので、石巻から奮発して観光タクシー「カンタくん」を利用する。

このカンタくんは石巻、浦宿、女川を運転手さんの説明入りで巡ってくれるもので、もちろん観光目的なのだが、今回は特別にタクシー連盟?の元締めさんのはからいで、あまり見ることのできない被災地の現実を見せてくれるために回ってくれた。

女川の高台の病院の敷地内にある慰霊碑。

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高台から見下ろす女川の港。平地に見えるのは町が流されたあと。

記憶に残す意味で流されず残った建物を保存する計画とか。

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夏に行った陸前高田の景色が甦る。

タクシー運転手さんの住む南三陸は、津波で実に大変な被害をうけた土地とのこと。

流された家々、人々、当時の様子、それからの生活、これから先への不安、・・・訛りを交えながら実にたくさん話してくださる。

石巻、門脇地区に掲げられた応援板。もちろんこのあたりもすべて町の真ん中であった。

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この界隈は石巻でも最も被害を大きかったところ。

家々の境界だけが、たしかにここの町があったということを示している。

門脇小学校(今は廃校)の脇は昔から代々あるお墓。この墓石も流されたり倒れたりしたものをボランテイアの人々が積み直し、お骨まで拾い集めてくれたと、運転手さんは話してくれた。

遠くにみえる煙突の白い煙はまだ処分しきれない瓦礫を焼くための工場。

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高台にある仮設住宅。今なお3000人の家を失った人々が住んでいる。

これはすごい規模でした。

壁のペインテイングはボラの人々が少しでも明るくなるように、と描いていったものであるとのこと。

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この災害が誰のせいでもないこと。ボランテイアや支援物資、自衛隊の働きにとても感謝していること。

今被災地が抱えている大きな問題を呈示しながら、それでも「自分にとって日本がいちばんいい国だと思いますよ」とおっしゃた時はちょっと涙が出ました。

石巻で生まれた漫画家石ノ森章太郎さんの絵があちこちに掲げられ復興のエールのひとつになっている。

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お昼を駅近くのカフェでランチをすませ、運転手さんから石巻から仙台へ直行の高速バスがあると聞いていたので、ぎりぎりセーフでそのバスに乗り込む。

約1時間で料金は800円と電車を乗り継ぐより少し安い。

仙台からは仙台と山形を結ぶ仙山線に乗り込み、紅葉黄葉の山や渓谷、長ーいトンネルを抜けて作並に着く。

作並は降りた途端に木の香りがぷーん。

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シャトルバスにてホテルに着いたのは4時半頃でありました。

本日たどったコースはこんな感じ。

仙台(青葉通り駅)→仙石線にて松島海岸へ→40分待ち合わせの代行バスにて矢本→20分んの待ち合わせの仙石線にて→石巻。

観光タクシーにて約一時間半かけ浦宿、女川、石巻の被災地を回る。

昼食→高速バスにて仙台駅へ→仙山線にて作並へ。作並に宿泊。