回遊魚の旅日記

時の流れる音をききながら歩いたり歌ったり
少しづつ昔の暮らしをとりもどしつつ。

房総へ

2012-01-29 23:23:37 | 日帰りドライブ

千葉県、房総半島のほぼ中ほどに位置する富津岬(ふっつみさき)を経て保田(ほた)の

水仙の里へドライブ。

富津岬は東京湾へせり出した砂洲のような岬。

何年か前にマザー牧場へ行った時にすっと海に突出す岬の形が気に入って一度来てみたかった。

京葉道路~館山自動車道を木更津南インターで降り、君津の工業地帯を抜けて

さらに走って突端に到着。

しかし、今日は寒いくて風が強い!

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岬突端付近は、まるで冬の日本海のように白波が牙を?いている。

海浜が海面とほぼ同じ高さなので、その波の荒さがこちらにぶつかってくるようで

迫力がある。

浦賀水道を隔てて横浜のビル群、三浦半島側が手に取るように見える。ここからだと本当に東京湾をひとまたぎである。

昨日走った逗子への海岸道路を千葉県側から見ているわけだ。

はるかに雪をいただいた山並みは箱根か、富士山が見えればすぐにわかるのだが。

「明治百年記念展望台」という5階建てくらいのコンクリート製の階段展望台に上る。

五葉松をかたどったと言われる「明治百年記念展望台」。

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どんどんどんどん上って行くと360度海の素晴らしい眺望。

、し、しかし、耳がちょんぎれるくらい風が冷たい!

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ここから国道127号線に出て内房線に沿うような感じで南下し保田まで走る。

内房線にはずいぶん長い間乗っていなくて、木更津から南が単線であったことも

改めて確認しびっくり。

わたしが子どもの頃は毎年富浦や館山の方へ海水浴に来たものだ。その頃は両国駅から出る内房線に必ず乗って車窓からの海の景色を楽しんだものだった。

自動車道路が延長され内房線は本数が減っているのか、今日はついに一台の車両にも出会わなかった。

さて、30分ほど走ると保田の駅に着く。

保田は温暖な気候からか、東京の小学校の臨海学校や養護施設などもある馴染みの深い町。

ここから江月という山里の中に入ると水仙の群落がある。

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車を降りて江月山頂まで歩く。

最近になって観光地として水仙を植えたのかと思っていたら、なんと江戸時代からあるそう

である。

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水仙は一本一本は殆ど香りはないが、このように群落で咲いていると、風の向きで

爽やかな甘酸っぱい香りかすかに漂ってくる。

「あ、今匂った」「ほら!今も」なんてろくさんと鼻を膨らませながら歩く。

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水仙の見頃は例年ならもう終わりらしいが、今年は寒いので一月末でもちょうど満開の花が楽しめる。

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山頂に着く頃は青空も出てきて、山の向こうに富士山がかすかに見えた。

気持ち良いミニハイキングだった。

2時半頃、保田をあとにし、遅いお昼を安房勝山駅の近くお蕎麦屋さんですませ、帰路につく。

帰りは高速には乗らず、海の見える127号線を北上し16号線に入る。

房総半島は、いつ来てもとても懐かしい気分になるのだが、こうして下の道を走っていると

時代の変化が特に感じられて興味深い。

竹岡近くの漁港。

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木更津を抜ける頃からあちこち渋滞があり帰宅したのは7時半頃。

でも帰りを急ぐ必要がなく、とても気楽であった☆


逗子へ

2012-01-28 22:25:38 | 日帰りドライブ

今日はとしちゃんが初のショートステイ。

昨年秋に高齢者ホームに体験入居したことはあったが、そのお泊まりした夜はタイミング悪く

もと君が亡くなり、真夜中にホームから病院へ行ったりして後味の悪い落ち着かない体験入居だった。

(こう書いていると昨年の秋が遠い遠い時代の出来事のように感じられる~)

しかし、今回はいつも(イヤイヤながら)通っているデイサービスと同じ敷地内にある特養のショートステイだから本人も慣れている場所だし、預かるこちらも安心していられる。

ただ、問題なのは介護度の高い方がたくさんいるので、比較的元気?なとしちゃんは

馴染むのが難しいかもしれないと、ケアマネさんやステイの担当者さんから言われた。

ま、いい。ここまでくるまでにあれやこれやと揉めたが、もう心配したらきりがない。

少なくとも月曜日まではわたしたちは電話やピンポンに悩まされずに済むし、入れ歯やリハパンやイタイイタイ病や夕食の心配もしないでいい。出かけてもとしちゃんのために早く帰らなくちゃ、なんて焦らないですむのだ。

・・着替えや持ち物のすべてに名前を書いて、荷造りをして、としちゃんをなだめすかして、

1時45分のお迎えバスを見送るとすぐに、車で鎌倉~逗子へドライブ!!

逗子海岸の昔の漁村の名残りのある町を抜けると、いきなりヤシの木の並木道、

逗子マリーナの前にシーサイドマンションの群れが現れる。ちょっと唐突ではあるが、異国情緒があって歩いているだけでも楽しい。

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海辺のシーサイドリビエラ内にある白いレストラン、グランブルーオチアイ

結婚パーティで賑わっていた。

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夕暮れのヨットハーバー。

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帰りは首都高速から横浜みなとみらいの光り輝く夜景を眺める。海に浮かぶ船の灯りも

夢のようにきれいだった。

ダンスの練習が終わった娘と待ち合わせして東武線東向島駅付近のお気に入りイタリアレストラントムトムで食事。

としちゃんのことはなるべく思いださないように、今の解放感を精一杯楽しむ。


笠間のタヌキ

2012-01-08 23:18:23 | 日帰りドライブ

東海道歩きの帰路で使った青春18きっぷがまだ残っていたので、日帰りのJRでなるべく行った事のない場所に行ってみようということになり、「水戸」という候補が出た。

調べて行くと水戸の手前に「友部」という駅がありそこから栃木県の小山に通じる水戸線が出ている。

友部は茨城県笠間市にある街。笠間といえば信楽焼、益子焼きと並ぶ焼き物の名産地。実はわたしは笠間のタヌキに会いたかったのである。

まだ水戸偕楽園の梅には早いし、とりあえず笠間を目指して出かけてみた。

上野9:04発常磐線勝田行き に乗る。

旅というのは不思議なもので、長距離電車のボックス席に座って車窓の」景色をながめているだけで、何度も通り過ぎている北千住や亀有や金町の駅がもう日常の景色ではなくなり初めてやってきたような新鮮さを感じるものだ。

土浦を過ぎる頃から電車の窓からは冬枯れの田畑、筑波山が青空のもとに見え始める。

友部に着いたのは11時15分。

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さて、ここから水戸線に乗るのだが、あいにく一時間に一本の本数しかなく次の発車は30分後。

改札口に置いてある市街地図を見るとここから笠間までは電車で10分、バスでも25分くらいらしい。正確な距離はわからないがたぶん6~7㎞。徒歩でも一時間半くらいだろう、と友部~笠間間を歩くことに決定!

お天気もよいし汗ばむくらいの暖かさ。

道は西に筑波山を見ながら水戸線にずっと沿って続いている。

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12:00大衆食堂のようなレストランでひれかつ定食を食べる。

このあとお蕎麦屋がたくさんあったので、もう少し歩いて蕎麦を食べればよかったと後悔することしきり。

茨城県は信州とおなじくらいの蕎麦の収穫量を誇るはず。

しばらく歩くと笠間焼窯元や焼き物店がちらほらと見え始め、やきもの通りの入り口となる。

ここには、京都の伏見稲荷、佐賀の佑徳神社とともに、日本三大稲荷として有名な笠間稲荷もあるのだが今回はパス。

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古くからの窯元あり、モダンな作風もあり、色も肌触りも様々である。

笠間焼は約200年前の安永年間より代々の藩主によって保護奨励されてきた歴史ある陶業である。

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橋の欄干も焼き物の絵。

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さて、わたしは笠間のタヌキに会いたいと思っていたのだが、どこのお店にもタヌキはありません。

ひとつのお店で聞いたところ、東北大震災の前頃からタヌキは見かけてませんね」という話。

さらにかの震災のときに窯がかなり壊れたそうである。

水戸の地域では今でも小さい余震が続いているから窯元さんも気が気でないと思う。

やきものの道は歩いてきた国道355号線を迂回するように右に回り込み、「陶の小径」と名付けられた静かな道に入る。

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日射しがほっこりと道端に射しこんでいる。

ひとりだけ歩いている若い人がいる。

一軒の店に入るが誰もいない。

なんだか真昼の夢の中のような、違う次元に入り込んだような雰囲気。

陶の小径から国道に再び出るあたりで、偶然に登り窯をみつける。

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登り窯は階段状になっており下方にある炊き出し口から上に向かって炎を登らせ器を焼く

誰もいないので勝手に窯の中を覗きこむと、あったあった、ありました~!!

笠間のタヌキ!

もう焼かれなくなったタヌキが暗い窯の穴の中に「わしらはここにおるで~」とばかりに立っている、横たわっている。

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日の目を見ることなくここに葬られているタヌキ達の姿に痛々しささえ覚えながら裏へ出ると実演指導の教室の向かいに窯元のお店があった。

そのお店のお姉さんにタヌキの事を聞くと、もう10年ほど登り窯は使っていないのです。今は電気とガスの窯で焼きます」ということだった。(あのタヌキたち、もう10年もあそこにいるのかしら?)

本来の笠間焼タヌキの特徴は?と聞いたらこれです。と店のレジの近くにドンと立つタヌキ像を示してくれた。

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笠間のタヌキは信楽焼より痩せていて野性的で、「赤いちゃんちゃんこ」を着ているのが特徴らしい。

タヌキに会って、なんだかこの旅の本懐を遂げたような満足感に包まれて笠間に駅に着く。

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友部もこの笠間も近年駅舎が改築されたらしく新しくきれいである。

まだお正月気分が抜けず、駅のプレートにも〆縄。

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この駅なかなか面白いです。ホームの線路際にも〆縄あり。

さらにホームに作られたこの表彰台(らしきもの)はいったい何の意味があるのだろう??

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14:31発小山行きの水戸線に乗る。小山まではゆったりゴトンゴトンとほぼ一時間揺られて行く。

山の名前はわからないが、「羽黒」駅の近くから筑波山と反対方向の山を望む。

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埼玉県に入ると、まんまるな大根の薄切りのような月がずっとわたしたちの電車に付き添って上野まで走ってきた。


東海道を歩く、帰り道。

2012-01-03 21:11:52 | 東海道五十三次

2012年1月1日(日) 曇り時々晴れ

31日は、紅白を途中まで見て、年越し蕎麦も食べず、知恩院がすぐそばだというのに除夜の鐘も聞かず爆睡。

エレベータのないホテルだが、朝食に京都風お雑煮&おせちの準備があったのは以外。

もちろん別料金だが前の晩に予約をいれておく。

白みそ仕立てに焼かない丸い餅。京人参と大根、青菜が入っていてほんのり甘いお雑煮。

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7:30

ホテル出発。ホテルから近い平安神宮前駅から京都駅までバスに乗る。

街はあまり正月の華やいだ気分はなく駅前は人も少なく静か。

今日は東京まで新幹線を使わずに東海道本線で帰るのだ。

ゆっくりと旅を振り返りながら、通り過ぎた駅の前の道を思い出しながら戻りたいのだ。

石部駅で買ったこの「青春18切符」を使って。

これは、なぜ18とつくのかよくわからないが、何も18歳以上の人は使ってはいけないと

いうわけではない。

この正月期間は1月10日までと限度があるが5枚綴りで普通車、快速電車には乗れる。さらにグリーン券を買えばグリーン車もOK

急ぐ旅でなければ超おススメである。

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以下は本日の帰路の乗り継ぎ。京都~東京の直通はもちろんなくいくつもの乗り継ぎを経て

東京に至る。

① 京都8:30発米原行き → 米原9:29着

② 米原9:59発豊橋行き → 豊橋12:20着(途中事故のため20分遅れる)

③ 豊橋12:41発浜松行き → 浜松13:18着(豊橋で買ったいなりずし駅弁を車中で

  食す) 

④ 浜松発13:25発興津行き → 興津15:00着

⑤ 興津15:09発熱海行き → 熱海16:10着

⑥ 熱海16:16発東京行き → 東京18:10着(普通車満員のため快速アクティの

  グリーン車使用)

6つの乗り換えは殆どが同じホームなので楽だった。お正月で熱海まではさほど

混んでいなかったのは幸い。

約10時間半電車に揺られていたが、全然退屈することなく車窓からの景色を楽しむ。

歩いたら約1ヶ月の道程を東海道線を乗り継いで約10時間、新幹線で約2時間!

いやはや鉄道は早い。

こうして忙しい生活の合間を縫って旧東海道歩きができるのは、新幹線のおかげである。

古いものを知るために最も新しいものの恩恵を受ける。ありがたいことである。

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超特急に乗り、またローカル線に乗り、知らない道をテクテクテクテクと歩いて行く旅。

さて今度はどこに行こうか?

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京都~米原間の車窓から眺める雪景色。