7月18日(月・祝) 晴れ!
国道沿いの宿だったので、車の音がうるさくちょいと寝不足気味。
きちんとした朝ご飯をいただき、宿のおじさんおばさんに「暑いですけど気を付けて」と、お見送りをいただく。
7時10分、宿を出発。
なんとなんと真っ青な空でございます。天気予報は全く当たっていない・・。(><)

休日の朝なのに車が多い。
まず愛知川を渡る。

中仙道とは少し離れるけれど、橋を渡り終わってしばらくのところを右に曲がり
昨夜、宿のおじさんが推奨してくれた近江商人の街並みが続く五個荘に寄ってみる。
映画のロケ地に出てきそうな静かな町。大城神社の神社の境内の荘厳なまでに静かなこと。


町並みの外れには青々とした田圃。陽射しが暑い。

街道に戻って武佐に向かって歩く。
国道と街道がくんずほぐれつ出入りしていて車をよけるように歩かなければならないのが悩みの種。
この車の往来がなかった宿駅時代なら、歩くにはどんなに気持ちが良かっただろう。
静かな道筋に入るとホッとする。

水はそんなに冷たくないけれど、ほんのり甘く柔らかくやはり名水みたい。


おお、知ってる地名が出てきた。

新幹線のガードをくぐり、奥石神社の立札の前を曲がる。


如何にも歴史の町。古銭のマンホール。

老蘇神社を通り過ぎる。(奥石も老蘇も「おいそ」と読む)




いろいろな歴史の層がミルフィーユのように重なっているようだけれど、森を開いた後には新しいきれいな住宅が
ずらりと立ち並んでいた。
やがて「野洲」の標識。

少し疲れてきたかしら、と思うころ道の脇に「店頭のものタダで持って行ってください」
と書かれた貼り紙のある小さいお店を発見。

物色していたら店のおじさんが「中にもいろいろありますよ」、と声かけてくれる。
ほんとにすごい品数。質屋のお蔵からすべて出してきたみたい@@
着物から陶器磁器お茶道具時計やらひな人形から五月人形・・・・。
土地柄だけに年代物が多い。

おもしろかった!
おじさんは「またお寄り下さいね」と近江弁で云ってくれたが、街道を歩いていなければ絶対に来ないであろう一度限りの地。
一期一会である。・・ということで、
古い近江上布の端切れと備前の小さい急須、おちょこ、など500円に値切って買いました(^^)
このお店から一キロほどで武佐の宿。

家々の前には上布ののれんや吊り灯籠が下がっていて穏やかな宿場通りである。

道角の無料休憩所が閉まっていたのががっかりであった;。


宿場を抜けると近江鉄道の武佐駅。しばしベンチで休憩。10時頃。

改札口のちかくにあった中仙道図。
湖東の鉄道はかなり複雑に入り組んでいる。
あ~、東海道歩きのときはこの南の方の水口(みなくち)から上がって来たのだった・・と懐かしい。

住友商事の前身も近江商人だったのね。

さて、11時半。
少しお腹が空いてきた。
再び国道8号に出た。またすぐに旧道に入るのだけど、旧道には殆ど食事処がないと思われるので
国道沿いを探すと焼肉屋さんを発見。
近江牛の焼肉!!!美味しかった(^^)
あまり量は食べなかったので割合安上がり。

暑いけれど元気百倍になってさらに進む。

ときどき茅葺の屋根が街の中に残っているけれど、このへんでは貝殻が茅葺の間に埋め込まれている。

近江牛の肉屋さん。

午後の陽射しはますます強く、もう顔を出しては歩けない!というわけでイスラムの女性風にストールを顔から首に巻きつけて日焼け予防。
焼け石に水だけどないよりまし。

武佐から次の宿場の守山までは13㎞チョイ距離があって中仙道では間隔が長い。
近江路は新幹線とほぼ並行しているので、ゴーーッと音がして横を見ると広々とした田圃の向うに真っ白な車体が爽快に走っているのが見える。

旧道は日野川の渡しがないので土手を迂回するように回り込む。
国道に出るとまた車の往来が激しく、これでまた消耗(;;)

新幹線も車も現代社会では不可欠になってきているのは確か。
現にこうして街道歩きができるのも新幹線のお陰。
車も電車の本数の少なくなった今では街道筋の人々にとっては生活の足である。
しかし、実際に一緒に歩いているとその鬱陶しさに今さらながら驚く。
歩いていると自転車さえ危険に思えてくる。
街の中で人は歩かなくなってしまった。
う~ん、わたしが今こうして歩いていることの意味は????
道の駅「竜王鏡の里」で冷たい飲み物で喉を潤す。
熱中症の一歩手前なのか、胸がムカムカしてきておやつを食べる気にもならないし
このまま眠りたい感じ。
梅雨が明けた、との情報がメールで入る。それでこの暑さなのね+++
ん?平家終焉??

なんだか歴史があちこちに飛んで集まっている。

相変わらず国道と旧道を出たり入ったりし、桜生(さくらばさま!)公園を左に見て新幹線のガードをくぐる。

道は静かになるが、新しい住宅地が立ち並び、現代の住宅はやけに白っぽく光を跳ね返すようで道がまぶしく
歩きにくい。
木造のベンガラ格子に長い軒先の昔の家だと、その近くに寄るだけでひんやり涼しいのに・。
住宅地のほぼ真ん中あたりに昔の立て場跡(休憩所)を発見!
休憩。
14時45分。
今回休憩はなるべく短い間隔で取るようにする。
ふだん、わたしたちは一時間休憩無しでも歩いてしまうが、やはり時と場合による。

座っていると風が吹き抜けて気持ちいい~~。
ちょっと横になったりして再び出発。

守山の手前の野洲駅に寄って米原からの新幹線の切符を買っておくこととする。

野洲は大きな町でコンピューター関係の工場も誘致しているようだ。
通りにこんなバス亭。思わずにっこり(^^)

で、野洲駅で米原発「ひかり」の指定席があるか聞いたら、20時近くまで満席とのこと@!
そりゃそうだ、こんなに晴れた連休最後の日だもの。
19時56分発「ひかり」の指定を買う。(【大人の休日カード】が使えるので3割引き☆)
しかし、困ったことに今から守山まで一時間歩き、そこから米原までJR草津線で約30分かかるとしても
この時でまだ16時になっていない。時間が余ってしまう~。
「それじゃあ、草津まで歩いてしまおう!」と意見が一致するのは当然の成り行き!!
どこにそんなエネルギーがあるのかわからないが、時間はたっぷりあるわけでゆっくりゆっくり歩こうということになる。

野洲川を越える。水に飛び込みたくなる~、

橋を渡ってしばらく(かなり)歩くと守山。
水路が美しく、街の中でホタルが見られるらしい。

元総理大臣であった宇野さんの生家。今は市が買い受けたものを個人の営利団体が管理している。
ここの受付のお兄さんに「愛知川から歩いてきました」と話したら
「それはそれは大変だったでしょう!武佐から歩くのがふつうですからねえ」と驚かれた。
「それでここで今日はおしまいですか?」と聞くので「いえ、草津まで行きます」といったら再びびっくりした様子。



とにかく休憩をたくさん取って進む。足は疲れないが暑さが辛い。
東海道の時も2度ほど暑さにやられたので、今回は曇りの日を狙ってきたのに・・・。
ま、仕方ない、草津までほぼ4㎞1時間の距離。はってでも行くぞ!
寺社の境内が涼しくて非常にありがたい。

「へそ」・・疲れてヘロヘロなのに「へ~そう~?」なんてダジャレが出てくるわが身が哀しい++;

栗東の街を抜けて、JR下のトンネルをくぐって、道とは思えない細い水路沿いの通路を歩き

だんだんにビルが立ち並び、人がわらわらと出てきて賑やかになってくる。
草津の駅だ!
中仙道と東海道の分岐(東京からは合流地点)のある草津である。
まっすぐ行けばアーケードがあってそこを抜ければ、何年か前にやってきた合流地点。
ちょっと感動。次回は大津の宿場を抜けて京都まで一日で行ける距離のところに来たのだ。
ちょうど18時。
駅前の喫茶店でひと休み。夫ろくさんはピザを食べたが、わたしは全く食欲がわかない。温かい紅茶をいただくのみ。

ここから米原までJRに乗り、米原から新幹線にちょうど良いタイミングで乗ることができた。
帰宅は23時少し前。
さあ、次回はいよいよ三条大橋へゴールの予定。大詰めです。

しかし暑かった;;。碓氷峠の蛭、土砂降りの和田峠、意外に苦戦の塩尻峠、に加えて気温32度炎天下苦行の旅路であった。
本日の歩行距離:約32キロメートル(五個荘に寄った距離を含む)
京都まであと;約26キロメートル!