日本庭園こぼれ話

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依水園からの散歩道(下)=志賀直哉旧宅、新薬師寺、白毫寺・・・奈良市(改編)

2020-12-11 | 古道

前記の「ささやきの小径」を抜けると、志賀直哉が昭和初期に移り住んだ住宅があり、公開されています。奈良の自然や文化を愛した文豪・志賀直哉が、自ら設計したという家で、数寄屋造りを基調としながら、洋風のサンルームや娯楽室を付加するなど、和と洋のスタイルが調和し、彼の趣味が窺えます

庭もまた、建物に合わせ、樹木の多い和風の庭と、サロンに面した明るい芝庭とで構成。『暗夜行路』などいくつもの作品が世に出され、文人、画家たちが集まるサロンにもなった家です。

志賀直哉旧居のあるこの界隈は高畑といい、鎌倉時代頃から春日大社の神官たちが住み始めたという社家町。

 

趣のある土塀や築地塀に囲まれた閑静な住宅街を10分程歩くと、新薬師寺。

新薬師寺は、創建が天平19年(747)という古刹。当時は東大寺とともに、南都十大寺の1つに数えられた大伽藍を備えていましたが、現在残る天平建築は本堂(国宝)のみ。

本堂は、創建当初は食堂だったという建物で、こじんまりとしていますが、瓦屋根の線がのびやかで、どっしりと安定感があり、正面の石燈籠とともに、品のある姿が印象的です。

内陣に安置された諸仏は、本尊薬師如来坐像(国宝)、十二神将像(国宝)など。特に十二神将像は、わが国最古最大のものということで、本尊を円形に取り囲んだ様は迫力満点。

中でも「バザラ大将」(上の写真=パンフレットより)は、旧500円切手の図柄にもなっている有名な像で、まさしく「怒髪天を衝く」姿には圧倒されます。

新薬師寺の裏手には、黒川紀章設計の「入江泰吉記念奈良市写真美術館」があり、大和路の風景や人々の暮らし、仏像を、「心の原風景」として撮り続けた写真家・入江泰吉の作品が展示されています。

美術館の写真がオーバーラップする、のどかな風景の中を、しばらく行くと白毫寺(びゃくごうじ)です。白毫寺もまた、その歴史は8世紀初めに遡るという古刹。風化した土塀が風情豊かな石段を上り、境内に到れば、奈良市街が一望の下。

白毫寺は「花の寺」としても知られ、とりわけ「五色の椿」は、「奈良三名椿」の一つに数えられる樹齢400年の名木で、その名の通り、1本の木に5色の花が咲くそうです。花の見頃は3月下旬から4月上旬ということ。

石仏が並ぶ小径を辿り、宝蔵に入ると、本尊阿弥陀如来像(重文)をはじめ、平安・鎌倉期の仏像が安置されています。特に閻魔王坐像(重文)の憤怒の形相が豪快。

因みに、寺名になっている「白毫(びゃくごう)」とは、「仏の眉間にあり光明を放つという白い巻毛」のことだそうです。

・・・終わり・・・

 

 

 

 


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