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御用聞き営業の効果

2016年10月16日 | コンサルティング

産業機器メーカーA社は売上高3,000億円、従業員2,000人の技術力が売り物の企業です。例年技術系を中心に、20名ほどの新卒を採用しています。ほとんどが電子、機械系の院卒ですが、文系出身者も3〜4名採っています。昨年、A社に入社したS君は社会学部出身で、企画、マーケティング部門を希望していました。ところが配属先は特殊機器営業部というところでした。

特殊機器営業部は大手自動車メーカーが主な顧客で、売上の9割を占めています。この営業部はA社の中でも専門性が高く、30名の営業部員のほとんどは理系出身です。「第1志望は企画室、第2志望は宣伝課」だったS君は、なぜ自分が配属されたのか疑問を感じていました。

配属されて1か月経ち、製品の基本的な名前と機能をようやく覚えたある日、上司のY課長に「会議室に来るように」と言われました。会議室に入るとY課長が先に席に座っていて、ニコニコしていました。

S君が席に着くとY課長は「これは商談で使う営業メモだよ」と言ってA4サイズのレポート用紙を差し出しました。レポート用紙をめくると、すべてのページに「ニーズ、概算予算、発注時期、決定権者、競合他社」と書かれていました。

Y課長 「これから半年、毎日お客さんのところへ行ってその項目を質問してきなさい。お客さんの言っていることがわからなければ、その場で正直に質問するんだ。」
S君  「はい・・・わかりました。」
Y課長 「しっかり聞いてきてくれ。」
S君  「でもこれじゃ、まるっきり御用聞きですね。」
Y課長 「そう!御用聞きだよ。」
S君  「お客さんとの応酬話法とか、提案の仕方とかはやらないんですか?」
Y課長 「それは自然にできるようになる。それに、うちの連中は全員が御用聞きだという自覚がある。」
S君  「え!そうなんですか?今は提案型営業が主流だと聞きましたが。」
Y課長 「誤解しないでほしい。御用聞きができてはじめて提案ができる。」
S君  「でもこのメモ、お客さんの前に出しても良いんでしょうか?」
Y課長 「もちろん!堂々と出して、端から順に聞くんだ。」
S君  「・・・はい、やってみます。」

3か月ほど経った頃、S君は「御用聞きメモ用紙」の効果に驚いていました。何しろお客さんがこのメモを見た瞬間、「おお、良いね!」と言ってくれることが多かったからです。中には、それを見て「ニーズ、概算予算、発注時期、決定権者、競合他社」を順番に教えてくれるお客さんもいました。

Y課長はS君にこう言いました。
「大手自動車会社のエンジニアは、とにかくあいまいなことが嫌いなんだ。特に応酬話法のような、ああ言われたらこう言い返せとか、こういう発言のときは裏があるから注意しろとか、そんなセールステクニックをとても嫌う。だから営業はシンプルに聞きたいことを聞く、お客さんも必要なことは必ず話す、それを繰り返すことで信頼関係が生まれるんだ。」

S君は、「はい、今では私もよくわかります。昨日、会うのが2回目のお客さんがいたのですが、”1回目のときは君の質問に全部答えられなかったので、今日はうちのニーズをまとめた表を作ってきた。持ち帰って検討してみてくれ”って言われたんです。」と答えました。

Y課長 「いいね!さっそく成果につながりそうな話だ。」
S君  「御用を聞くって、逆に言えば用のないことを聞かないってことですね。」
Y課長 「そうだよ。だから御用聞きは大事なんだ。」

翌年の自己申告で、S君は引き続き営業部にいることを希望したそうです。

(人材育成社)