パオと高床

あこがれの移動と定住

J.L.ボルヘス『伝奇集』鼓直訳(岩波文庫)

2008-05-06 15:22:27 | 海外・小説
ボルヘスを久しぶりに読む。以前より、楽しめたのかもしれない。しかし、以前も楽しかったのだ。だが、今回も読みながら、きっとボルヘスってもっと楽しいのだと思ってしまう。何だか、魔法にかかったみたいになる。真から偽への横滑りを果たしながら、真偽の境はなくなって、終わりが繋がる円環の中で、夢と現実も繋がって、時間は途切れなく、その物語は物語の完結を見せずに物語の時間の中にボクらを置き去りにしてしまう。解読を求めながら、意味づけに固定されない寓話の群れは、壮大な図書館である。次の物語への契機に満ちた物語の元型でもありながら、それまでの壮大な知に裏付けられた物語のネットワークでもある。多くの作家がこの人に影響されたのがわかるような気がする。まさに円城塔の『つぎの著者につづく』の世界なのである。

夢が常に他人によって夢みられた夢であるとして迷宮のように繋がっていく「円環の廃墟」。知の図書館への夢を搔き立て、人類の宿命も思わせる「バベルの図書館」。現代文学の推理小説的構造を先取りしている「死とコンパス」。実在と偽書の間を往き来する探求ものも面白い。きっと、ボク以外の人たちは、ボルヘスを読んで、もっともっと楽しんでいるのだと思いながら、自分にできるところまででしか楽しめないボルヘス。それでも、じゅうぶんに楽しみながら、「平原が何かを語りかけようとする夕暮れのひとときがある。だが、それは決して語らない。いや、おそらく無限に語りつづけているのに、われわれが理解できないのだ。いや、理解はできるのだが、音楽と同じでことばに移せないのだ……。」(「結末」)と言葉で刻まれたフィクションに、酔いしれてしまう。



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