パオと高床

あこがれの移動と定住

ケリー・リンク『スペシャリストの帽子』金子ゆき子・佐田千織訳(ハヤカワ文庫)

2007-12-11 11:53:27 | 海外・小説
『インディアナ、インディアナ』のあとがきで、柴田元幸が、ここ二、三年で出会ったアメリカ現代作家の三人としてあげていた一人だ。文庫を買って、表題作だけ読んでおもしろいと思いながら、何だかそのままにしていた本である。

今回この短編集を読んで、収録十一編、堪能できた。表題作の恐怖小説のようなひたひたとくる怖さと憧憬を伴った懐かしさ。「ルイーズのゴースト」の切ないような痛さ。「雪の女王と旅して」のイメージの美しさ。「飛行訓練」の構成の面白さ。「黒犬の背に水」の詩情溢れる不気味さ。「少女探偵」「靴と結婚」のパロディの巧みさ。「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」の断章構成のスリリングな感じ。どの小説も、奇想とイメージの豊かさと胸に迫ってくる詩的情感が溢れている。静かな筆致といえるのかもしれない。沁みるように体に入ってくる。

謎が謎として置き去りにされてしまう。合点がいくわけではないのだ。ラスト数ページに、一気に展開がある。そこで合点がいくのではなく、むしろ着地は、深い謎を呼び覚ますようでもある。ところが、それが、とても快適な読後感を生むのだ。もちろん、再読したら、また違う印象を受けるのかもしれない。配置されたパーツが見事に符合するような気もする。

話の流れは、通常の辻褄を回避しているようでもある。そう、「夢の文体」とでも言えそうな。「この訳(わけ)のわからなさは、夢のわからなさです」とあとがきで柴田元幸は書いているが、その、ありえなさが、小説の魅力的な創造力なのだ。小説の中では十分に「ありえる」し、僕らはそんな時間も心の中で生きているのだ。空気がきちんと残る小説たちだった。
近々、柴田元幸訳で小説集が出るらしい。楽しみにして待つ。



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