聖書には何故、このような愚かで、理不尽で、残虐なことが書かれてあるのか?
それが、偽らざる人間の歴史だからである。その姿は4千年前も今も何も変わっていない。
臭いものに蓋をし、事実を湾曲し、人を美化したりして、真実が語れる訳がない。
だから聖書は、人がどう曲解しようと、こんなことはおかしいと思われようとも、
事実は事実として、失敗は失敗として、何一つ脚色することなく書いてある。
それを読む側も、自分のことを棚に上げ、客観視して読んでいる間は、何時まで経っても聖書は分からない。
聖書は人のために書かれたものだが、人の都合に合わせては書かれていないからだ。
そこが、聖書が信頼に値する大きな根拠なのである。(メッセージより抜粋)
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