名古屋を朝7時に出発し、最初に入った被災地が岩手県陸前高田。既に夜10時を回っていた。瓦礫の間にある道なき道を案内してくれた笈川兄が、「確かローソンを左に入った道なんだけど・・」車のヘッドライトが照らし出す外観はとても現実のものとは思えない。大体、ローソンどころか、周りは見渡す限り、瓦礫に山だけで、いったいどこをどう走ったら良いのかも分からない状態であった。
幸い、現地の人からの情報で、警察も未だ把握していなかったその日に普及したばかりの道に入り、大船渡に向う高速を使うことが出来た。(タダの高速道路に入ったのも初めて)。電気も水道も使えない宿泊先の教会に到着したのは真夜中で、車を出た途端、海水と下水が混ざり合ったような強烈な異臭が鼻をついた。これは映像を見ているだけでは分からない。
今回の伝道旅行のメインの一つが、大船渡の避難所での炊き出しだったのだが、避難所の責任者の方から、「くれぐれも宗教の話しはしないで欲しい。神様のカの字。キリストのキの字も絶対厳禁!」と、何度も念を押されていた。にも関らず(アタシもかなり悩んだが)、結局、アタシと今回の団長である韓国人の牧師さん2人で約20分間、100人の聴衆を前に大胆に福音を語った。
ところが、語っている間はヤジも飛ばず、途中で退場する人もおらず、みんな真剣に聴いてくれた。話しが終わった後、「ちょっとすみません・・」と責任者に呼ばれた時は、「アッチャー!!」と思ったが、「食事は避難所にいる人だけに限りますと、アナウンスしてください」と言われてホッとした。あんなに念を押されたのに、何故か誰からもクレームを受けなかった。真心は宗教を包括するのである。
そのような状況下、韓国人と日本人の合同チ-ム12人で、岩手、宮城、福島三県の被災地と避難所を数十箇所、伝道して回った。決して現地で自由に福音を語れたワケではない。しかし、結論を先に言うと、この一週間で、初めてキリストの話を聞いたにも関らず、キリストを受け入れた人は30人以上。アタシは避難所で二人の兄弟に洗礼を授けることが出来た。
今回、日本人だけなら、周囲の状況を憚って絶対に出来なかったことを、全く臆せずに実行することが出来た。日本の常識や、日本人向けのアプローチなどを超越した常識外れのゲリラ伝道が、逆に功を奏したのだ。とにもかくにも、「今、福音を伝えなければ、彼等は滅んでしまう!」という彼らの真摯な伝道魂を、日本人は見習うべきである。これは特殊な例でしょ。と捉えられてしまうとろに、日本の教会の問題点があるとアタシは思う。
今回 東北の教会が受けた被災は、阪神大震災の時よりも少なくて済んだ。と言うより、教会自体の数が少なかったのである。事実、「東北人は融通が利かない頑な人々で、仏教が深く根付いた東北伝道は難しい」と言うのが定説である。しかし、アタシがお会いした方々は皆、素朴で素直な人たちばかりだった。勿論、状況が状況だということもあるだろうが、トラクトを差し出すと、「ありがとう」とお礼を言いながら、ほとんど人たちが受け取ってくれた。ちなみに岐阜や愛知では、ほとんど無視である。
とにかく、3-11以降、日本の教会は大きく変わることになるだろう。以前から皆さんにお伝えしていた、日本のリバイバルの前に起こらなければならない2つのこと(日本人の悔い改めにつながる日本政府による韓国への公式謝罪と、かつてない大地震)が起こったからである。
千年に一度、起こるか起こらないかという被災地のど真ん中に立って考えた。街全体が壊滅してしまった。誤解を恐れずに言うと、パチンコ屋も風俗店も全て流されてしまった後、これは教会を街の中心に建て上げ、日本初のクリスチャンCITYを構築する千年に一度のチャンスなのだ。
今後、自分のために教会生活をおくっている人と、神様のために教会生活をおくっている人。この二通りの人たちが、はっきりと分かれることになるだろう。残念ながら、後者の人があまりに少ないのだ。しかし、これから自分の人生をキリストのために賭ける数少ないレムナント(残りの民)によって、日本のリバイバルは起こされて行くのである。
主なる神はこう言われる。わたしがお前たちをすべての罪から清める日に、わたしは町々に人を住まわせ、廃虚を建て直す。(エゼキエル36:33)
〔写真:石巻キリスト教会にて。大阪と静岡から来られた兄弟姉妹と〕
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