エンジェル田中のホボ毎日記

☆私たちは何を知り、何を祈り、何を伝えるべきなのか? 大衆伝導師“エンジェル田中”が語るレアな聖書メッセージ!

紹介した所で簡単には食べられない赤福と赤鰐

2018年07月26日 | 日記
最近、スパイだぁ、拉致だぁ、戦争だぁ、と、重苦しい話しばかりだったので、今日は少し世間の人々に倣って食べ物インスタのご紹介。

創業以来、なな何と300年ぶり!・・と言うか初の新商品!! 定番の赤福に、白あん、黒(黒砂糖)あん、緑(大麦)のあんを加えた8個入り4色セット!

だがしかし、1日500箱の限定生産のため、予約は購入の7日前、それでも抽選で買えるかどうか分からない・・。



一方、赤鰐は、知る人ぞ知る行列ができる岐阜のかき氷屋さん。フッシュフルーツがトッピングされたスグレモノで、県外からも多くの人が訪れる。

だがしかし、10人も入れば一杯の小さなお店で、繁華街の真ん中で駐車場もなく、待ち時間は軽く2-3時間。それでも入れるかどうか分からない・・。



岐阜に住んでる手前、アタシは意を決して赤鰐には行った事がある。印象としては、ふわぁとしてあまり甘くないかき氷。スイーツ系の方にはオススメだが、3時間待ちとなるとちょっと・・(この炎天下ぢゃ食べる前に死ぬわ・・)。

赤福は、幸運にも予約出来たとしても、伊勢まで取りに行かねばならず、クリスチャンで伊勢に行く人はあまりいないと思われ、三重には知ってる教会もないし、かなり難しい状況にある。

と言うワケで、あまり役に立たないインスタでした。(因みに岐阜まで来られた方、お店の前までは連れて行ってあげます




Ⅱヨハネ (30分de一巻 Vol.63)

2018年07月15日 | 日記


愛とは、御父の掟に従って歩むこと (6)

晩年のヨハネは、自分では動くことができなくなった後も、弟子達に抱えられながら、イエス・キリストの最後の生き証人として、諸教会を巡回していた。そのヨハネの口癖は「子たちよ、互いに愛し合いなさい。それが主の掟なのだから」であった。聖書による「愛」の定義は、実にシンプルである。この世の創造主である神は、キリストの十字架によって、人間に対する愛を示された。それによって、人は真に生きる者となった。だから、キリストによって救われた人は、キリストに従う事によって、愛を体言化する者となったのである。(メッセージより抜粋)

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また見殺しか!?

2018年07月10日 | 日記
◽️中国 スパイ罪で日本人に実刑判決
中国で2015年以降、スパイ活動に関与したなどとして日本人が相次いで拘束された事件で、浙江省杭州市中級人民法院(地裁)は10日、同省温州市で拘束された愛知県出身の男性(54)について、刑法のスパイ罪などで懲役12年の実刑判決を言い渡した。個人財産50万元(約840万円)の没収も命じた。日本政府関係者が明らかにした。中国当局は15年以降、スパイ摘発を理由に日本人の男女12人を拘束。うち4人は釈放されたが、政治的で強引な法執行の側面が指摘されていた。起訴された8人のうち判決が出たのは男性が初めてで、残り7人も厳しい判決となる可能性が出てきた。中国外務省の華春瑩報道官は10日、判決をめぐり「事件は公正に処理され、外交関係に影響を与えることはないと信じる」と語った。安倍晋三首相は5月、日本を公式訪問した中国の李克強首相との首脳会談で、解放に向けて「前向きな対応」を求めていた。男性は2015年5月、浙江省の南●(=鹿の下に机のつくり)島周辺で拘束されたとみられている。同島は尖閣諸島の魚釣島まで約300キロと近く、軍用ヘリポートや埠頭の建設など軍事基地化が進んでいる。(7//10/2018 産経新聞)

このご時勢に「スパイ天国」などと言う状況を放置してる国が存在していると言う事自体、アタシには信じられない。5万人近い中国共産党員が滞在し、中央電視台をNHK本社に置いている日本が、中国にスパイを送り込む必要がいったいどこにあると言うのか?? めぐみさんや後藤さんの様に、日本政府はまた見殺しにするつもりなのか? 中国や北にとって、日本は去勢されて毛を刈られた犬の様なもの。いくら蹴飛ばしても「断固として抗議する!」と小声で吠えるだけ。もはや滑稽を通り越して哀れである。アタシャ第一義的には天国民だが、この世的にはこんな情けない国の国民である事が実に悔しいのだ。

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「Ⅰヨハネ」30分de一巻 Vol.62

2018年07月07日 | 日記


この手紙が書かれた目的は、私達の喜びが満ち溢れる様になるため(1:4)である。ところが、この喜びを阻むものが教会内に発生し、更に教会を蝕もうとする事態となった・・。

30分de一巻も残す所、後5巻のみとなったが、ここで確認すべき事は、新約聖書のかなりの部分が、異端の教えに対する警告に割かれているという点である。つまり、7つの公同書簡の基本的テーマは全てここにあり、その事を経て、黙示録へと至るのである。

聖書が警鐘する異端とは、エホバやモルモンの様な、教会外にいる異端ではなく、教会内にいる異端の事。この問題は決して過去の出来事ではない。命、自由、希望と言った、クリスチャンの喜びを奪うものが、現代の教会においても蔓延しているのである。(メッセージより抜粋)

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