麻生太郎首相も好況期を活用できず、無策のまま「不況期」に突入させてしまうのか?

2008年11月26日 18時50分06秒 | 小沢一郎「15年戦争」
◆現在、本田技研工業の創立者である本本田宗一郎翁について、浦和法人会の機関誌「ほうじんうらわ」で連載中です。敗戦後間もなくの昭和24年に日本が、「不況」に見舞われた際、倒産の危機に直面し、大変苦労されたようです。その翌年の6月25日、朝鮮動乱が勃発し、米軍からの特需により、日本は、好景気に沸きます。しかし、朝鮮戦争が休戦となる昭和28年7月27日を迎える前年の昭和27年秋から日本は再び不況に入り、以後、10年サイクルで不況と好況が循環していくことになります。これは、あくまでも「経験則」であり、科学的根拠が あるわけではありません。しかし、東京証券取引所や証券会社で長年、商いをしてきた証券マンたちの多くが実感してきたことであると言われています。
◆さて、この10年サイクル説に従えば、今回の好況は、平成14年(2002)秋から始まり、平成24年(2012)夏で終息することになります。スタートからピークまでの所用期間は7年であり、以後衰退に向かい、10年目で完結します。なぜそうなるかは、恐らく、様々なものの「需給関係」にあると思われます。
 ただし、大勢上昇のエネルギーが強くなるか、弱いかは、次の「景気を押し上げる5つの基礎的条件」が揃うか否かによって、大きな違いが生じてきます。
 ①国のトップリーダーである首相が、強力なリーダーシップを発揮する。
②政財官学界の実力者が最低5人から10人、チーム編成して仕掛人となり、景気を押し上げる。
③トップリーダーである首相が、進むべき国家ビジョンを掲げて国民をリードする。
④新しい国家建設のために必要な潤沢な資金を確保する。
⑤国民が一致団結して、新しい国家建設を目指して驀進する。
これらの条件が揃わなければ、せっかく好況期に入ってもチャンスを活かせないという結末に終わってしまいます。
戦後の日本で、これら5つの条件を揃えて、景気を押し上げることに成功した政治家は、吉田茂、池田勇人、中曽根康弘のわずか3人の首相しかいません。
小泉純一郎首相は平成13年(2001)4月26日就任し、平成14年(2002)秋から始まった好況を活かすことができませんでした。構造改革に時間をかけすぎたのです。構造改革は、必達目標を示して、3年というデッドラインを設けて素早く断行すべきでした。安倍晋三首相は、構造改革路線を引き継ぎ、おまけに反動的な「美しい国」づくりにこだわり、景気押し上げの努力を怠りました。福田康夫首相は、まったく無策で、洞爺湖サミットで接待外交に追われて自滅しています。
◆平成20年(2008)晩秋である現在は、好況期スタートから数えて、6年目です。ピークまで残すところ、わずか1年です。麻生太郎首相は、「景気対策に力を入れる」と宣言して登壇したのですが、すでに「時遅し」の感が否めません。少なくとも、安倍首相誕生のとき首相に就任して、景気にテコ入れしておれば、景気を押し上げることができたかも知れません。
そのうえ悪いことに、昨年夏から顕在化した米国発のサブプライムローン破綻問題により、日本経済も大きな余波を受け、大打撃を被っています。しかし、好況期にある日本経済の「ファンダメンタルズ」の強さがプラスに作用して、欧米諸国に比べて打撃は少ないのは、幸運でした。その秘密は、周知のように高齢者が中心に保有している国民個人金融資産1550兆円~2000兆円にあるのかも知れません。要するに、今回の金融危機は、欧米の「博打打ち」による犯罪的なバブル(泡=詐欺)経済の成せる技であり、大損害を受けた「国際金融機関」にスピーディに「公的資金」を投入して救済すれば、立ち直れる性質のものであります。世界恐慌などと大げさに騒ぐ必要はありません。負け組の一方には、勝ち組がいて、密かにほくそ笑んでいるのです。その先に、オバマ次期政権が、クリントン政権の財務長官を務めたサマーズとその手下が、日本の国民個人金融資産1550兆円~2000兆円に狙いを定めて、米国政府発行の国債を引き受けさせようと虎視眈々としていることに警戒しなくてはなりません。
◆問題は、好況期が終息する前に、麻生政権、あるいはポスト麻生政権がどんな経済・景気政策を打ち出すかにかかっています。話は、簡単です。この非常事態をしっかり認識して、従来の財政金融政策にとらわれず、勇気を奮って以下の3つの政策を打ち出すことです。
①大型の赤字国債を発行して、「公共事業」を行い、雇用を創出する。高速道路は、これまでの日本列島縦断型ではなく、日本列島を輪切りにする「横断道路」を主要地域につくる。
②大型の減税を行い、内需に重点を置いた消費の拡大を図る。消費税は、5%から3%に引き下げる。
③政府は、トヨタ自動車をはじめリーディングカンパニ―に賃上げを要請する。
板垣英憲マスコミ事務所

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私生児・自衛隊は軍隊ではない、オバマ政権が「アフガニスタン派遣」を求めてきたら、きっぱり断れ!

2008年11月15日 18時12分20秒 | 政治
◆米国オバマ次期大統領が、来年1月20日の正式就任をめざして、閣僚やスタッフの人選を進めている。大統領首席補佐官にラーム・エマニュエル下院議員が内定していると言われている。次の最大の目玉は、国務長官と財務長官である。
◆国務長官には、オバマ次期大統領と民主党の大統領候補指名選挙を戦ったヒラリー・クリントン上院議員の名前が浮上している。ヒラリー氏は、「要請を受けた」とも「受けていない」とも明言していないけれど、ヒラリー国務長官が実現した場合、米国のアフガニスタン介入は、いま以上に強烈になり、日本の軍事協力の要請がかなり強いものになる可能性が大である。それは、アメリカ主導のイラク戦争が、今日のような事実上、「アメリカの敗北」による泥沼化を招いた元凶が、クリントン政権末期の対アフガニスタン政策に根ざしていたからである。当時のアフガニスタン政権は、アメリカが現在、目の仇にしている「タリバン」が担っていた。アフガニスタン国土の3分の2をタリバンが実効支配し、クリントン政権も承認していたにもかかわらず、1997年秋、手のひらを翻すように態度を豹変させ、「タリバン政権を承認しない」と突如宣言し、絶縁状を叩きつけたのであった。
 このときの国務長官が、マドレーン・オルブライト女史(国連大使から抜擢)であった。英国のサッチャー元首相に負けるとも劣らない「鉄の女」と呼ばれて、豪胆な「攻めの人権外交」を展開していた。その過程で、「人権擁護」を提唱する女性団体が「石油のために女性や子供を犠牲にするな」と書いたプラカードを掲げて、タリバンを支持するクリントン政権に対して抗議デモを繰り広げていた。これに賛同したのが、オルブライト国務長官であり、大学の同窓生であるヒラリー夫人までもが、クリントン政権に批判的であった。
クリントン大統領は、この2人の「猛女」の意見に圧倒されて、決して「反米」ではなかったタリバン政権を敵視する外交に転じた。この外交政策をブッシュ政権も引き継ぎ、タリバンを「9.11」事件の犯行グループの仲間と看做し、米英連合軍の「アフガニスタン空爆」へと突入して行ったのであった。〔このあたりの経緯は、拙著「ブッシュの陰謀」KKベストセラーズ刊、2002年2月)〕に詳述しているので参照されたい。
◆結論だけを先に述べておこう。アメリカを主力とするアフガニスタン派遣軍が、「テロとの闘い」という大義名分を掲げて展開しているタリバンとアルカイダ掃討作戦は、絶対に成功しない。これは断言してもよい。標高3000メートル以上の山岳がそそり立つアフガニスタンに放り込まれた兵士の多くは、高山病にかかり、先祖伝来、山岳地帯に慣れ親しんできたアフガニスタンの勇者たちに太刀打ちできるはずはなく、これからも決して勝つことはできない。これは、過去にアフガニスタン侵略を試みた外国軍が、その目的を完遂することができなかったという歴史が証明している。
 まず、大英帝国が、三度失敗している。
【第1次アフガン戦争】(1838年~42年)―英国軍は手痛い失敗。
【第2次アフガン戦争】(1878年~80年)―保護国にするのが精一杯。植民地にはできず。
【第3次アフガン戦争】(1919年)―――――第1次世界大戦で、大英帝国が疲弊していたためアフガンを占領できず、逆に独立に至る。
次に、ソ連は、2度侵攻するも、「10年戦争」の末、撃退されている。
【1回目のソ連軍侵攻】(1978年4月)ソ連軍及び工作員がダウド大統領、政権担当者、その家族3000人を虐殺。 
【2回目のソ連軍侵攻】(1979年12月27日~89年)ロボット政権を樹立するも米国CIAの支援を受けたムジャヒディン(聖戦士)の猛烈なゲリラ攻撃による甚大な損害を受けて撤退。
 さらに、米英連合軍の「空爆」も、事実上、大失敗している。
【米英連合軍によるアフガニスタン戦争】(2001年10月7日~現在に至る)親米政権を樹立するも、再びタリバンが勢力を増大、新米政権は統治能力を喪失しつつあり、戦線は、国境を越えてパキスタンに拡大。
◆オバマ次期大統領は、正式就任後直ぐに日本政府に対して「イラクからアフガニスタンへ兵力をシフト」する一環として陸上自衛隊派遣を強要してくる形勢にある」と伝えられている。その際、麻生太郎首相や浜田靖一防衛相が、どう対応するのかが、注目される。しかし、「文民統制」の名の下で、これを悪用して自衛官を「死地」である「戦地・アフガニスタン」に送ってはならない。本来、違憲の存在であり、私生児的でもある自衛隊は、正式な軍隊ではないのであるから、日本国憲法を盾に、海外派遣の要請をきっぱり断るべきである。
戦地に送り込まれるべきは、国連安保理常任理事国として世界の安全保障に最も責任のあるアメリカ、英国、フランス、ロシア、中国が、きちんと若き兵隊を派遣して、世界秩序を維持すべきである。
これは、「テロとの闘い」ではなく、「テロを戦術とするタリバンやアルカイダとのレッキとしたアフガニスタン戦争」であることを明確に自覚する必要がある。日本は、インド洋上から、遠くアフガニスタンを眺めていればよいのである。
板垣英憲マスコミ事務所

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麻生太郎首相は「私生児・自衛隊の自衛官は地球のどこかで不名誉な戦死をしろ」と言いたいのか?

2008年11月12日 19時32分42秒 | 政治
◆それにしても参議院外交防衛委員会は、姑息であった。田母神俊雄・前航空幕僚長を11月11日の委員会にせっかく参考人招致しておきながら、NHKに放映もさせず、言論の府と言いながら、田母神氏に思う存分所見を発言させず、北沢俊美委員長(民主党)が田母神氏の発言を制して黙らせていた。浜田靖一防衛相、中曽根弘文外相らは、「田母神氏に好き勝手に言わせてはいかん」と言論封じに躍起になったという。これでは何のために参考人招致したのかわからない。自衛隊は、54年前に設立されて以来、多くの国民から「税金ドロボー」と言われ続けてきた。言うなれば、「私生児」のような存在であったけれど、国会での田母神氏の扱いを見る限り、依然として「私生児」であるらしい。
◆制服組の国会委員会での発言は、パールハーバー攻撃で勇名を馳せた源田実航空幕僚長(後に参議院議員)以来、二人目というから、いかに邪魔者扱いされてきたかがわかる。アメリカでは、現職軍人が公聴会などに呼ばれて証言するのは、当たり前になっているのに、日本では、自由な発言さえ許されていないのである。
しかし、改めて考えるまでもなく、自衛隊は、日本国憲法上は、相変わらず「私生児」のままであり、「正式な軍隊」ではない。限りなく軍隊的性格と要素を持った武装集団であるにすぎない。しかも、旧陸海軍の亡霊に取りつかれた怪しくも危険な存在である以上、これもまた胡散臭い政治家たちが、自衛官を国会に近づけたくないという警戒心は、哀しいまでに理解できる。
戦前の帝国陸海軍は、大元帥であった明治天皇陛下が与えられた軍人勅諭に反して、「政治に関与」して、なし崩し的に勢力を膨張させて部隊・武装を強化する名目で、ポストを増やして軍閥化し、満州事変を境にして、政府の「不拡大政策」に反して、なし崩し的に戦線を拡大していった。その果てに、敗戦してしまったのであった。この軍閥の跳梁跋扈を許したのは、何を隠そう東京帝国大学法学部、京都帝国大学法学部出身の文官たる高級官僚であり、多くの保守政治家たちであった。すなわち、これらの支配層は、軍部の暴走を食い止められなかったのである。言い換えれば、敗戦の最大の責任者は、政治家と高級官僚にあったことを忘れてはならない。軍人という生物は、放っておくと暴走するものなのである。
◆軍人が暴走しようするのは、その性質上、当然であり、暴走するくらいの猛将でなければ、一旦緩急の場合、使い物にならない。
マッカーサー元帥は朝鮮戦争の際、朝鮮戦争が勃発したとき、すぐさま出動命令を下して、自らも仁川に上陸して、共産軍を押し返した。しかし、1951年になり、共産軍の反抗が本格化し、再び戦線を押し戻すようになったため、このような状況を打開することを目的に、中華人民共和国領となった旧満州に対する空爆、さらには核攻撃の必要性を主張して、トルーマン大統領と対立した。これに対して、トルーマン大統領は4月11日、マッカーサー元帥更迭を発令した。トルーマン大統領は、マッカーサー元帥の暴走を許さなかった。マッカーサー元帥が昭和天皇陛下よりも偉いと思い込んでいた日本人は、マッカーサー元帥より偉い存在があることを知り、びっくり仰天させられたのである。これが、民主主義国の「文民統制(シビリアン・コントロール)」というものである。
◆ところがである。日本では、「文民統制(シビリアン・コントロール)」の何たるかさえ、曖昧模糊として、いまだに確立されていない。それどころか、いままさに「機能不全」状態にある。今回の田母神氏の発言に対する麻生太郎首相、浜田靖一防衛相の素早い処置は、「文民統制」をよく機能させたと感じられなくもないけれど、「臭いものにフタをする」程度のお粗末な措置にすぎない。「文民統制」とは程遠い。
 というのは、自民・公明与党は、私生児である自衛隊を嫡出子とする憲法上の法的措置を講ずることもなく、自衛隊本来の任務である「専守防衛」の制限枠を、なし崩し的に破壊して、「国際貢献」という身勝手な名目をかざしてPKOからさらに一足飛びにイラクなどの事実上の「戦地」に送り込み、インド洋では、海上自衛隊にガソリンスタンドの真似事をさせ、今度は、米国のオバマ次期大統領の要請に応じて、タリバンがすでに大半を実効支配しているアフガニスタンに派遣する検討まで始めている。
 これでは、戦前に軍部が「不拡大政策」を無視したのとどこが違うのであろうかと、素朴な疑問か沸いてくる。軍人というのは、本来どこにでも侵略に行きたがるものであるとはいえ、戦地は、殺戮が当たり前の地獄である。いま日本は、軍事に疎い政治家や高級官僚たちにより、「なし崩し的に戦争のできる国」にされようとしている。
その無責任な政治家や高級官僚たちから、「私生児・自衛隊は、地球上のどこにでもでかけて行け、自衛官は人知れず、不名誉な戦死をしてこい」と言われているのも同然である。察するに、田母神氏は、「犬死だけはしたくない、部下にもさせたくない」と悲憤慷慨してきたのであろう。
〔参考〕
「大東亜戦争」を「アジア解放戦争」とする「大東亜戦争正当論」は、日本政府見解が示される以前から、とくに日本の左翼陣営やマスコミ、ジャーナリストたちの多くから批判の対象にされてきた。
歴史研究家・草地貞吾先生(元関東軍作戦班長、大佐)は、「大東亜戦争正当論-大東亜戦争は空前の人類革命」(日本民族覚醒の会刊)については、2005年5月に紹介し、その一部を11月11日のプログで再録した。この論旨は、私のような昭和21年生まれの「戦争を知らない世代」には、一種の新鮮さを持って響いてくる。順序は、前後するけれど、その前段のところから、以下、改めて紹介しておこう。

●歴史研究家・草地貞吾先生(元関東軍作戦班長、大佐)は、「大東亜戦争正当論-大東亜戦争は空前の人類革命」(日本民族覚醒の会刊)のなかで、以下のように述べている。
 歴史家・草地貞吾先生(元関東軍作戦班長、元大佐)の「大東亜戦争正当論ー大東亜戦争は空前の人類革命」より引用。
 〔大東亜戦争は絶好無二の時点に発動した〕
 「その第二の理由は、予想大東亜戦場における敵方戦力の最低時であった。
 あの当時は恰も欧州において、独・伊枢軸側と英・ソ連側が、第二次世界大戦ともいうべき死闘を続けていた。ために、英・ソ連合側の東亜に対する戦力の増強指向は自ら制限せられた。加えてわが国は、ソ連との間に、昭和十六年五月、不可侵条約を結び、対北方の危険性が緩和された。
 反面、当時のアジア全地域は三百年来、白色帝国主義に完全支配され、ひたすら奴隷的桃源の甘夢をむさぼっている状態であった。 ただ、残された問題は米国であるが、米国太平洋艦隊の根拠はハワイを急襲成功すれば一年ぐらいの余裕が生じ、それまでの間に大東亜戦場の形勢は世界全戦場との関連において、何とかなるだろう程度の大本営判断ではなかったか。それ以上のことは、神様でも分かるものではない。
 大東亜戦争を頭から無謀の戦争という連中が多いが、前述の桶狭間合戦や関が原合戦、また日清・日露戦争に比しても決して無謀などというに当たらない。それが売られたケンカなるにおいて特に然りである。
 その第三は、台湾・海南島・仏印(インドシナ)にまで作戦面が延伸し、好適の前進基地が設定せられたことである。
 大観すれば日露戦争以来の歴史の集積の結果であり、ここまで出ていなければ、白色人種東亜の牙城シンガポールを攻略奪取することは、当時の戦争手段では不可能であったからだ。
 これを要するに、わが作戦発起地が仏印に推進せられざるかぎり、大東亜戦争の発動は無理であった。
 その第四の理由は、関特演(関東軍特殊演習)として対北方準備陣を布いていたことである。
 昭和十六年六月二十二日、突如として欧州東方戦線に独ソ戦が発生した。ためにわが国は北方情勢の急変に対処するため、七、八の両月にわたり約五十万に及ぶ兵力の大動員を行い、その主力を関東軍隷下に入れ、対北方警戒に遺憾なからしめた。これが、はしなくも大東亜戦争の総予備的戦力--昔式に言えば後詰め、ということになった。
 逆に言えば、適時に関特演の行われたこと自体、南方作戦発動の一つの引鉄的作用をなしたと言えないこともあるまい。
 かつて、対南方作戦の下準備と心構えが着々と完成しつつあった時しも、ハル・ノートという不遜無法の最後通牒が寄せられたので、チャンスとばかり十二月八日の開戦となった。
 その八日・九日・十日の七十二時間に、世界情勢は完全に一変した。そのことはほかならぬ英国首相チャーチルが告白しているのだから(前記)ウソとは申せまい。
 すなわち、あの十二げつ八日という時点は、世界史に特筆大書さるべき記念日である。その意味から言えば、ハルなる人物は、日本に対して、この歴史的最大・最高・最良・絶妙の『時』を与えてくれた恩人と言えないこともない。恰も本能寺の変が、豊臣秀吉に天下人となる絶好の機会を提供してくれた如くに」
 〔戦後、白人たちが戻って来たことを考えよ〕
 「終戦の後、すなわち昭和二十年八月十五日以降に彼ら白人共は、以前の植民地が忘れられずにノコノコ戻って来た。白人達には旧態どおりに植民地支配の慾望が、まだ、というよりも大いに残っていたのである。そして、それは若干の派兵ぐらいでわけなく実現できるもの甘く考えていたフシがないでもない。
 ところが、どうして、そこには大東亜戦争以前と全く類を異にした物心両面の武力を兼備して、自由・独立・解放の大旆を飾した有色人種が、眥を決して「いざ、ござんなれ!」と待ち構えていた。
 マレイも然り、インドネシアも然り、仏印も然り、ビルマもインドもフィリピンも然りであった。
 これには白人共もビックリ仰天した。それでも昔の植民地は欲しいので兵力の逐次増強を練り返し、印度シナ半島ではテン・ベン・フーの激戦、インドネシアでは、スバラヤ戦争や大規模の独立戦争が行われたが、みな現地側の勝利に帰して白人共は追い返された。流石に英・米はアグロサクソンとして政治性にすぐれているので、その広大な旧植民地は特に大規模の戦乱はなかったようだが、澎湃たる人種・民族運動の盛り上がりには、如何ともするなく、いずれも期年ならずして独立を完成した。すべてこれ大東亜戦争の結果と言わねばならぬ。
 ただ、ここに白人がわけなく帰って来た一例がある。それは、平成九年七月にシナに返還された香港である。
 この香港は、昭和十六年十二月八日の開戦と同時に、支那派遣軍が攻略作戦に任じ、クリスマスの十二月二十五日に完全占領したものである。以来、わが国は香港総督を置いて終戦までその占領統治に当たらしめた。(この事実を知らない日本人が少なくない。)
 ところで、その香港はもともとシナのものだ。そこに英国が平然として戻って来たのは、当時の中華民国(蒋政権)が弱かったからである。
 香港以外のすべては大東亜戦争のお蔭で強くなっていたから、白人の復帰を許さなかったのである。換言すれば、香港以外の旧植民地も物心両面の力が弱かったならば、香港同様の運命に立ち至ったと言えるだろう。しかも、香港はもともと租借地で年限があったが、他の植民地には年限がなく、いつまで属国奴隷の境涯に沈淪されたやも計り知れなかったのである。
 もって、三百年間にわたり、白人はもとより有色人種からも「天地無用」と確信されていた世界旧秩序を完全壊滅し、自由闊達なる天地有用の世界新秩序を構築した大東亜戦争の真義を更めて認識するべきであろう。
板垣英憲マスコミ事務所

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田母神俊雄・前航空幕僚長は「今度戦争するときは、絶対に勝とう」と言えばよかったのに

2008年11月11日 21時18分54秒 | 政治
◆田母神俊雄・前航空幕僚長が11月11日、参議院外交防衛委員会に参考人招致されて、
政府見解に反する懸賞論文を発表した問題について質問された。田母神氏は、「間違いであるとは考えていない」「防衛について議論が分かれるような憲法は改正すべきである」などと見解を述べた。あくまでも信念を曲げない考えのようであった。見よう、聞きようによっては、背広姿の政治家が制服組のトップを務めた田母神氏に「鋭い刃」を突きつけられて、手も足もでないという「だらしなさ」を曝け出した瞬間であった。否、「炙り出された」と言った方が正確であろう。
◆この問題は、麻生太郎首相、浜田靖一防衛相をはじめ、国会議員である政治家や閣僚らの輩出基盤である国権の最高機関たる国会がこれまで、防衛省・自衛隊に対して「文民統制」(シビリアン・コントロール)を真面目に捉えてこなかったところに、問題の本質がある。言い換えれば、「文民統制」とは何かが問われているのである。
 それは、政治家が、防衛庁・自衛隊設置以来、「文民」を「文官」と取り違え、事務官の集団にすぎない「内部部局」の「背広組官僚」に統制を任せ切りにしてきたことに起因する。早い話が、国会も内閣も、まともに文民統制してこなかった。不真面目だったのである。その結果、安倍政権末期、当時の守屋武昌・防衛事務次官が、後任人事をめぐり、小池百合子防衛相の人事構想に異議を唱えて首相官邸に乗り込み、抗議するのを許してしまうような「秩序の乱れ」を招いていたのである。これは、明らかに守屋事務次官による小池防衛相に対する「反抗」であり、「上官侮辱」に止まらず、まかり間違えば、「反乱」になりかねない重大事態であった。
しかし、安倍政権はもとより、国会ですら、これを明白な「文民統制違反事件」とは捉えず、その責任も問わず、懲戒処分もせず、不問に付し、退職後、退職金を満額支払っていた。この怠慢と対処の誤りは、今回の田母神氏の論文発表どころの話ではなかった。
◆さて、自衛官は、上下問わず、内心の自由である思想・良心・信条の自由を持ち、表現することは、どこまで許されるのであろうか。あるいは、まったく許されないのであろうか。もし、許されないとすれば、防衛省・自衛隊内で行われている研究なども、一切公表できないことにもなりかねない。こうなると、自衛官は、「頭を働かせてはならない。首から下だけで動いていればよい」というようにまさに、「ロボット」であり続けることが要請される。これは、隊列行進で足を真っ直ぐ伸ばして歩く姿が示しているように、軍人に求められる本来の姿ではあるけれど、それならば、機械をコントロールする側に、もっとしっかりしてもらわねばならない。いかに機械、ロボットとはいえ、映画「2001年宇宙の旅」のコンピュータ「ハル」と同じように反抗することもあり得る。
◆それにしても、「日本は侵略国であった」とか、「侵略国ではなかった」などと、無意味で不毛な議論をいつまでも繰り返せば気が済むのであろうか。そもそも「戦争」とは、それぞれの民族が生存を賭けて行うものである。自衛戦争もあれば、侵略戦争もある。ましてや帝国主義・植民地主義の時代の話であれば、どこの国も、みな侵略国であったことは、歴然たる事実である。その最たる国が、欧米列強であり、これを真似た大日本帝国であり、大東亜・太平洋戦争後は、ソ連軍が旧満州や日本の北方領土を、中国軍がベトナムやチベットなど周辺国を、ソ連軍がアフガニスタンを、アメリカがベトナムを、アメリカと英国連合軍が、アフガニスタンとイラクをいずれも「侵略」して今日に至っている。
 こうした侵略の歴史から見れば、田母神氏が「日本は侵略国ではなかった」というのは、大きな間違いであり、それを言うのなら、「大日本帝国は、欧米列強に侵略されていたアジアを解放するため、陸海軍を先頭にして、自衛・侵略戦争を戦った」と言うべきであった。それでも満足しなければ、「日本は侵略国であったなどと民族の誇りを損なうようなことを自ら吹聴するのは止めよう。今度戦争するときは、絶対に勝とう」と言えばよい。いずれにしても、「勝てば官軍、負ければ賊軍」なのであり、現時点においては、田母神氏の論文は、「犬の遠吠え」にすぎない。それどころか、政府や国会がいきり立って、責任を追及するよりは、政治家自らの「文民統制能力の欠如」を猛省するべきである。
〔参考〕歴史家・草地貞吾先生(元関東軍作戦班長、元大佐)の「大東亜戦争正当論ー大東亜戦争は空前の人類革命」より引用。
 〔大東亜戦争は絶好無二の時点に発動した〕
 「その第二の理由は、予想大東亜戦場における敵方戦力の最低時であった。
 あの当時は恰も欧州において、独・伊枢軸側と英・ソ連側が、第二次世界大戦ともいうべき死闘を続けていた。ために、英・ソ連合側の東亜に対する戦力の増強指向は自ら制限せられた。加えてわが国は、ソ連との間に、昭和十六年五月、不可侵条約を結び、対北方の危険性が緩和された。
 反面、当時のアジア全地域は三百年来、白色帝国主義に完全支配され、ひたすら奴隷的桃源の甘夢をむさぼっている状態であった。 ただ、残された問題は米国であるが、米国太平洋艦隊の根拠はハワイを急襲成功すれば一年ぐらいの余裕が生じ、それまでの間に大東亜戦場の形勢は世界全戦場との関連において、何とかなるだろう程度の大本営判断ではなかったか。それ以上のことは、神様でも分かるものではない。
 大東亜戦争を頭から無謀の戦争という連中が多いが、前述の桶狭間合戦や関が原合戦、また日清・日露戦争に比しても決して無謀などというに当たらない。それが売られたケンカなるにおいて特に然りである。
 その第三は、台湾・海南島・仏印(インドシナ)にまで作戦面が延伸し、好適の前進基地が設定せられたことである。
 大観すれば日露戦争以来の歴史の集積の結果であり、ここまで出ていなければ、白色人種東亜の牙城シンガポールを攻略奪取することは、当時の戦争手段では不可能であったからだ。
 これを要するに、わが作戦発起地が仏印に推進せられざるかぎり、大東亜戦争の発動は無理であった。
 その第四の理由は、関特演(関東軍特殊演習)として対北方準備陣を布いていたことである。
 昭和十六年六月二十二日、突如として欧州東方戦線に独ソ戦が発生した。ためにわが国は北方情勢の急変に対処するため、七、八の両月にわたり約五十万に及ぶ兵力の大動員を行い、その主力を関東軍隷下に入れ、対北方警戒に遺憾なからしめた。これが、はしなくも大東亜戦争の総予備的戦力--昔式に言えば後詰め、ということになった。
 逆に言えば、適時に関特演の行われたこと自体、南方作戦発動の一つの引鉄的作用をなしたと言えないこともあるまい。
 かつて、対南方作戦の下準備と心構えが着々と完成しつつあった時しも、ハル・ノートという不遜無法の最後通牒が寄せられたので、チャンスとばかり十二月八日の開戦となった。
 その八日・九日・十日の七十二時間に、世界情勢は完全に一変した。そのことはほかならぬ英国首相チャーチルが告白しているのだから(前記)ウソとは申せまい。
 すなわち、あの十二げつ八日という時点は、世界史に特筆大書さるべき記念日である。その意味から言えば、ハルなる人物は、日本に対して、この歴史的最大・最高・最良・絶妙の『時』を与えてくれた恩人と言えないこともない。恰も本能寺の変が、豊臣秀吉に天下人となる絶好の機会を提供してくれた如くに」 (つづく)
板垣英憲マスコミ事務所

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韓国『月刊中央』誌の客員編集委員のロー・ダニエル博士が新著「竹島密約」を草思杜から発刊

2008年11月10日 20時04分36秒 | 政治
◆韓国『月刊中央』誌の客員編集委員として健筆をふるっておられるロー・ダニエル博士から、新著発刊のお知らせが封書で、板垣英憲事務所に届けられました。「竹島(韓国名・独島)」をテーマにした内容です。お手紙には、こう書かれています。

晩秋の候、ますますご健勝のこととお喜び申し上げます。
ロー・ダニエルでございます。
既に発表会などで申しあげました『竹島密約』が草思社から単行本として出版されたことを御報告いたします。これまでの激励と御支援に心から感謝いたします。
 この本は、日韓正常化にむけて最大の障害だった竹島・独島問題を「未解決の解決」という形の密約で合意するまでの詳細な経緯を描いたものです。また、その密約が可能だった時代の日韓関係を語り、これからの日韓関係への示唆を探りました。
 ご多忙とは存じますが、是非御一読をお願いいたします。また、微力ながら日韓関係に貢献したいとの私の志をお汲みとりいただき、周辺の方々にも本書を勧めいただければ幸いです。
なにとぞよろしくお願いいたします。
ロー・ダニエル

◆「日韓関係に貢献したい」という主旨に感銘しました。早速、拝読させていただくことにします。この本の内容、そしてロー・ダニエル博士の略歴などは、以下の通りです。

〔タイトル〕 「竹島密約」(ロー・ダニエル著、2008/11/01草思杜刊、278p)〔詳細〕1965年6月22目、14年におよぶ交渉が妥結し、日韓の国交正常化が実現した。その5ヵ月前、交渉の最後の難問だった竹島(独島)問題が、河野一郎国務大臣と丁一権総理の交わした密約をもって決着をみた。それは「解決せざるをもって、解決したとみなす」との「棚上げ」策を骨子としていた。岸信介・池田勇人・佐藤栄作、李承晩・朴正煕の日韓の歴代政権は、公式・非公式の交渉をどのように進めたのか。裏の交渉を担った大野伴睦、河野一郎、矢次一夫、児玉誉士夫、金鍾泌ら日韓の政治家、フィクサーはどう動いたのか。韓国政府公開の新史料と関係者の証言を駆使して、密約合意にいたる全プロセスを描き、金泳三政権がなぜこれを受け継げなかったのかをも鋭く考察した力作ドキュメント。
〔目次〕
プロローグ 「未解決の解決」はなぜ成立したのか
第1章    暗中模索の時代
第2章    叔父と甥の対日外交
第3章    新しい日韓ロビー
第4章    竹島密約
第5章    二つの喪失
エピローグ  先人の「知恵」をいかにして受け継ぐか
〔著者紹介〕1954年、ソウル生まれ。ソウル西江大学卒業。米マークェット大学で修士号(国際政治学)、MITで博士号(政治経済学)を取得。89年、政府一企業関係論をテーマとする博士論文作成のため、国際交流基金フェローとして来日。一橋大学、科学技術政策研究所等で研究。香港科技大学助教授、中国人民銀行客員教授を経て、日本および外資系企業の経営・投資コンサルティング業に従事。2006年より、韓国『月刊中央』誌の客員編集委員として健筆をふるう。
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オバマ次期大統領が「日本より中国重視」は、日本が独自の外交防衛政策確立のチャンス!

2008年11月08日 22時38分44秒 | 政治
◆読売新聞が11月8日付けの朝刊一面の企画記事「オバマのアメリカ・下」で「日米同盟弱まる懸念も」と題して、「米国にとって、中国の方が日本より重要」と解説している。筆者は、ワシントンの小川聡特派員である。お最後で「最初にして最大の試金石は、オバマ氏が外交の最優先課題に掲げるアフガニスタン本土での治安維持・復興支援への対応だ。陸上自衛隊は、現地で不足する大型輸送ヘリコプターを保有しており、米側は支援を必要としている。日本が国内の政治情勢を理由に協力を拒み続ければ、日米同盟の優先順位が下がっていくことは避けられない」と結んでいる。この論調は、どう考えてもおかしい。 
◆第1に日本が陸上自衛隊の派遣を拒否すれば、「日米同盟の優先順位が下がっていく」と述べているけれど、オバマ次期大統領は、日本が陸上自衛隊の派遣を拒否しようと、しまいと、すでに外交の優先順位を「日本から中国へ」と変更しているのであれば、いまさら、「日米同盟の優先順位が下がっていく」と憂慮してもはじまらない。それほど「中国に期待する」のであれば、オバマ次期大統領自ら、中国の胡錦濤国家主席に「指揮記事アフガニスタン本土での治安維持・復興支援への対応の軍事協力して欲しい」とひれ伏して要請すればよいのである。アフガニスタンの北方は、中国であり、地理的に最も近い。日本が国土防衛に養成した虎の子の陸上自衛隊をわざわざ「アフガニスタン」という死地に送り込む必要はない。日本の自衛隊は、日本国民の生命・身体・財産のことのみを考えて「専守防衛」に徹していればよいのである。戦死するのは、勝手に空爆を始めたアメリカ軍と英国軍の兵士だけでよい。それが自己責任というものである。
第2に、ワシントンの小川聡特派員は、日本の憲法を忘れてしまったのであろうか。えげつない英国、フランスを凌駕する世界一の他民族他国侵略国家・帝国主義国家であるアメリカを筆頭とする連合国軍は、先の第二次世界大戦、そのなかでも大東亜戦争・太平洋戦争で負かした大日本帝国だけを「侵略国」と決めつけ、「武装解除」に止まらず、「戦力不保持」を強要し、戦争もできない劣等国に貶めていながら、自分たちの都合により、本来「専守防衛」に制限されている自衛隊の派遣を求め、応じなければ、「日米同盟の優先順位を下げる」といういのでは、理屈も道理も合わない。自衛隊の海外派遣が、どうみても、憲法違反であるにもかかわらず、オバマ次期大統領に媚を売るかのような論陣を張るとは、見下げた根性である。
第3に、オバマ次期大統領にへつらうあまり、日本独自の外交防衛政策のあり方を示さず、示唆もせず、しかも「日本が国内の政治情勢を理由に協力を拒み続ければ」云々と、日本の国民世論を無視し、いかにも日本国民が悪いかのような言い方は、国民をバカにしている。オバマ次期大統領が「日本より中国」というであれば、これはモッケの幸いである。アメリカに目をつけられない方が、どれほどよいかわからない。目をつけられると「大金」を要求され、「自衛官の命」まで求められるのがオチであるからである。ロクなことはないので、いっそのこと、無視しておいてもらいたい。存在感すらなくてよい。
◆日本にとってもいまや「アメリカよりも中国が大事な国」になってきているのでチャンス到来である。アメリカが中国に気を取られているスキに、核兵器開発とは言わないまでも、ミニ空母や原子力潜水艦の建造に勤しみ、自衛力増強に努めることができる。さらに戦後最大の外交懸案である「日ロ平和友好条約締結」を実現し、いま「絶望の海」と化している日本海を「希望の海」にすべく「環日本海経済」の活性化を図るべきである。
オバマ次期大統領の外交軍事政策の「チェンジ」は、日本にとってはアメリカの顔色を窺うことなく、独自の外交防衛政策にチェンジし、確立できる余地が与えられたことを意味し、こちらには「絶好のチャンス」なのである。「アメリカよ、さようなら、BRICsよ、今日わ」である。
どうしていつまでも、厚化粧の年増のようなアメリカの尻を追い回さなければならないのか。何かとゼニを支払わされる世界一の旦那・日本は、そろそろチャイナ服が似合う中国娘や民族衣装がピッタリのロシア娘、はたまたインド娘の尻を追いかけ回すときがきているのである。それのぐらいの気概をお坊ちゃま総理の麻生太郎さんは、持って欲しい。日本はいつまでも戦争好きで浪費グセの抜けきらない遊び人・アメリカの「谷マチ」を続けているべきではない。
それにしても、読売新聞の企画記事「オバマのアメリカ・下」は、お粗末である。旭日大授章を受賞した渡辺恒雄さんも、「対米追随主義」に凝り固まった頭の中身を、そろそろチェンジして欲しいものである。切に希望いたしますョ。
板垣英憲マスコミ事務所

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「清話会」ブログに「オバマ新政権誕生」についてコメント掲載

2008年11月07日 17時15分49秒 | お知らせ
政治・経済などのトレンド情報の発信として、セミナー開催や情報誌「先見経済」を発刊していらっしゃる「清話会」ブログに、「オバマ政権は“金融マフィア・ウォール街勝ち組”政権となる」として板垣のコメントが掲載されました。是非ご一読下さい。

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アメリカ・オバマ政権誕生を前に、日本の外務官僚は、まともな外交政策もできず、おバカさんばかりだ

2008年11月06日 22時20分21秒 | 政治
◆米国オバマ上院議員が、黒人として史上初の米国大統領に就任が決まり、世界各国から祝意が表されている。このこと自体は、大変お目出度いことである。
だが、日本外務省の対応は、誠に情けない有様である。大統領選挙の最中から、新政権、それもオバマ氏の当選を見越して人脈づくりに奔走している様子を、NHKがスペシャル番組で放映していたけれど、未だに太いパイプを築いているとはいえないようである。しかも、駐米大使や公使は、例によって「ご用聞き外交」にうつつを抜かそうとしている。これで外交官とは、ちゃんちゃらおかしい。日本の外務官僚は、まともな外交政策もできず、おバカさんばかりで、税金の無駄づかいも甚だしい。麻生太郎首相は、これらの属僚に即刻、帰国命令を発令すべきである。
この背景には、日本からアメリカの超一流と言われている「HYPS」(ハーバード、イェール、プリンストン、スタンフォード)大学・大学院に留学する学生が、依然として極めて少ないという事情がある。中国は、従来3000人規模の国費留学生を米国に送り込み、今年からは、8000人規模に増員している。その多くは、「HYPS」に送り込まれている。留学を終えて帰国する者たちは、「海亀派」と言われているけれど、中国政府は、アメリカに残った欧州に新天地を求めてもよいとしている。いかにもおおらかである。
これらのエリートたちが、世界中にネットワークを張って、ひていは、本国のために活躍してくれることを期待しているのである。学生時代からのアメリカ人の友人の多くが、政財界のトップリーダーになれば、電話一本で意思疎通できるようになる。中国からの留学経験者の多くは、すでにかなり重層的に人脈を築いている。
NHKのスペシャル番組では、アメリカの児童の多くが、中国語を学んでいる一方で、日本語熱が冷めてきているばかりか、中国政府が、アメリカの多くの教師を全額費用を中国持ちで招待している光景を放映していた。中国政府が、アメリカとの結びつきをいかに強化しているかを見せ付けられる思いであった。
◆これに対して、日本から「HYPS」はじめアメリカの名の知れた大学・大学院への国費留学生は、数十人規模にすぎない。帰国しても、政治家を志願する青年は、希少である。これでは、アメリカの新政権との深いつながりを持つことは、不可能である。
オバマ政権入りが有望視されている知日家の大半は、日本に対して、「小切手を切る」ばかりでなく、これまで以上の軍事貢献を熱望しており、2009年1月20日のオバマ大統領就任を期して、正式にアフガニスタンへの自衛隊派遣を要請してくるのが確実視されている。けれども、日本外務官僚たちは、「環境対策」「エネルギー問題」、「金融政策」での貢献に力点をおいてアメリカに協力しようとしており、日米両国の外交は、かみ合っていない。
◆さりとて、日本が平和憲法を保持している現状では、アメリカの要求に対して、すべてに応じられるはずもない。どこかで、アメリカを誤魔化し、目晦ましして要求を交わしていくしか手はないのである。それならば、アメリカの要求に何でもかんでも応じようとしないで、「アメリカ産の平和憲法」が厳然と立ちはだかっていることをコンコンと説いて納得してもらうべきである。いわゆる正式な軍事力を持たない外交が、いかに無力であるかをしっかりと自覚したうえで、筋金入りのしたたかで、頑固な外交戦術を北朝鮮に見習う必要がある。
◆防衛省・自衛隊は、外務省の言いなりには、動かないことを、この際、政治家も外務官僚も、思い知るべきである。浜田靖一防衛相は、「日本は侵略国家だったというのは濡れ衣だ」と論文で主唱した田母神俊雄・前航空幕僚長を懲戒処分もできず、定年退職させておいて、その後から「退職金を自主返納せよ」と間抜けなことをほざいている。その浜田防衛相の記者会見の姿ほど、見苦しいものはなかった。麻生太郎首相は、もはや言うまでもない。いずれも「おバカさん」である。
論文に応募した航空自衛官が78人もいたそうだが、「大東亜戦争正当論者」は、航空自衛隊のみならず、陸上自衛隊にも、海上自衛隊にも多数存在している。自衛官の精神教育もまともにできないのでは、「シビリアン・コントロール」は、機能しない。死滅しているのも同然である。「抗命権」や「抵抗権」を主張し始めたら、手がつけられなくなるであろう。

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田母神俊雄・前航空幕僚長の定年退職は甘い、これは「自衛隊クーデタ」を惹起する遠因になるゾ

2008年11月04日 21時18分09秒 | 政治
◆「軍人勅諭」に「一.軍人ハ政治ニ関与スベカラズ」という一条があった。いま、自衛官は、自己主張と政治発言をするようになってきた。自由民主主義の「市民軍隊」である以上、自衛官が、自己主張と政治発言をたからといって咎められるではない。だが、防衛省が11月3付で田母神俊雄・前航空幕僚長を定年退職させたこの処理が今後、日本の国防政策に禍根を残すことは間違いない。
ここで甘い処理を許すなら、自衛隊をますます増長させることになる。信賞必罰という言葉があるように懲戒処分し、退職金をしてはならなかった。日本政府が国是としている見解に反し、真っ向から否定する態度を論文にまで表明したこと自体、「規律違反」であり、懲戒処分は免れない。この甘い処分は、将来に禍根を残し、最悪の場合、「クーデタ」を惹起する遠因にもなりかねないからである。自衛隊という中途半端な名前とはいえ、レッキとした軍隊である。だれが見ても憲法違反の存在であるのに、これを合憲と言い張ってきたツケが、ここにきて、大変な事態招いていることを、麻生太郎首相をはじめ国会議員諸氏は、もっと深刻に受け止めるべきである。
◆しかし、日本の自衛隊は、米英などの軍隊と違って成熟はしていない。それどころか、大日本帝国陸海軍の「尾てい骨」のみならず、精神構造をいまでも引きずっていることを見逃してはならない。はっきり言って、「一旦緩急ある」の場合、意識のなかから日本国憲法は、消滅する。戦争には勝たねばならないのであるから、憲法をいちいち考えている余裕はない。もっぱら、敵を倒すのみである。国民を守ることすら忘れてしまうかも知れないのである。最も悪いのは、自衛隊を「国際貢献に流用」させている、あるいは「流用」させようとしている国会議員諸氏であり、これに無関心な大多数の国民である。「戦地」に放り込まれる自衛官に対して、あまりにも無責任ではないか。
◆しかも、自衛官の大多数が、「大東亜戦争肯定論者」であるにもかかわらず、自衛官の思想・信条、もっと言えば、情念を無視して、「侵略戦争説」を国是とする「政府見解」を個々の自衛官に強制すること自体に、無理がある。どこの国に自国の軍隊を卑下する国民がいるのか。フランス国歌でさえ、「敵を叩き潰せ」という文句がある。ロシアのウラジオストックは、ピーター大帝時代に名づけられた地名で、「東方を侵略せよ」という意味らしい。近現代の軍隊は、みな「帝国主義・植民地主義軍」であり、その典型が、米英仏独ロ軍であったことは、歴史上、明白である。中国共産党軍が、ベトナムやチベットなどに侵略してきたのは、明々白々である。「大東亜戦争肯定論者」が、欧米列強をアジアから追い出し、アジアを解放させたと言い張るのも、説得力があり、一理ある。それを一片の「政府見解」で否定し得るものではない。
◆どこの国の政府でも、「一旦緩急ある」場合、軍人を有無を言わせず、「死地」に突入させなくてはならない。自衛官も同様である。個々の自衛官がどんな思想・信条を持とうとも、「一旦緩急ある」の場合、命令により、「戦地」に投入される。この意味で、国会議員諸氏に無責任な態度や姿勢を取られては、腹が立つのである。この際、日本は、日本国憲法制定の原点に立ち、まずは、インド洋から海上自衛隊を撤退させ、現憲法下で本当に、自衛隊を海外派遣できるのかどうかを考え直すべきである。いま咎められるべきは、麻生首相はじめ政治家であり、自衛官ではないことを思い知る必要がある。いい加減な態度を続けていると、いつの日か、「クーデタ」を惹起することになるであろう。
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猛将・田母神空幕僚長は、「自衛隊を舐めんじゃない」と覚悟の「自爆テロ」敢行を試みたのか?

2008年11月02日 21時16分24秒 | 政治
◆浜田靖一防衛相が10月31日夜、麻生太郎首相の指示により、航空自衛隊のトップ・田母神俊雄空幕僚長の更迭を決めたのは、平和憲法を持つ現在の日本では、当たり前のことであった。というよりは、「遅い」と苦言を呈したい。自民・公明連立与党の自衛隊に対する「シビリアン・コントロール」は、緩み切っているからである。航空自衛隊のトップが、ホテル・マンション経営のアパグループが募集した懸賞論文に応募したのを政府が見逃していたこと自体、すでに自衛隊に対する「シビリアン・コントロール」の能力を低下させていることを証明している。
本来ならば、福田康夫政権が、田母神俊雄航空幕僚長の首にしておけばよかったのである。福田康夫前首相は、まったく間抜けな総理大臣であった。田母神空幕僚長が、今年4月18日の定例記者会見したなかで、名古屋高裁が「航空自衛隊のイラク空輸活動は違憲」と判決した影響について、「そんなの関係ねえ」と発言したときに、有無を言わせず首切り処分をしていなかったので、田母神空幕僚長を頭に上らせたと言ってもよい。私は、4月18日付けのブログで「福田康夫首相は、『そんなの関係ねえ』と発言した田母神俊雄航空幕僚長を即クビにせよ」と苦言を呈していた。しかし、福田首相も
防衛オタクの石破茂元防衛相も、事の重大性を認識せず、不問に付していた。その責任は、極めて重い。
◆旧大日本帝国の陸海軍の伝統を受け継ぐ、現在の自衛隊には、田母神空幕僚長のように「大東亜戦争は侵略戦争ではない」として「正当化」する歴史観を持つ者が少なくない。否、大多数と断言してもよい。これは、軍人の立場では、当然のことである。自国の軍隊がいかに敗北したとしても、その軍事行動をすべて否定したのでは、国防意欲は萎縮してしまい、身を挺して国を守ろうという固い意志を持つことはできないからである。軍隊、軍人というものは、そういう生き物である。だから、田母神空幕僚長のような自衛官が多数いたとしても不思議ではない。
◆むしろ問題なのは、獰猛な軍人集団を国会議員である政治家、そのなかでも最高司令官である首相、その下で指揮を取る防衛相が、「シビリアン・コントロール」の能力をよく発揮できるかどうかにある。責められるべきは、国会議員たる政治家である。
その政治家連中が、近頃、とみに勝手気ままに「国際貢献の名」の下に、自衛隊の海外派遣を拡大させようとしている。イラク派遣、インド洋での給油でさえ、違憲の疑いが濃厚なのに、今度は、アフガニスタンへの派遣まで検討しているのであるから、何をかいわんやである。そんなに海外派遣したければ、きちんと憲法を改正してから派遣すべきである。「シビリアン・コントロール」もできないにもかかわらず、海外で何をしでかすかわからない自衛隊をコントロールできるはずがないではないか。自衛官のなかには、海外派遣が本当に「国の防衛になるのか」と疑問を抱き、割り切れない気持ちで海外に連れていかれる者も多い。戦死でもしたら、泣くに泣けない思いである。
◆しかし、今回の田母神空幕僚長を皮肉な目で評価するなら、「自衛隊は、放任しておくと何をしでかすかわからない武力集団」であることを中国や韓国などに知らしめた効果は絶大であった。日本人以上に恐怖感を抱いているためである。日本軍の暴走という悪夢を忘れていない中国や韓国などは、海を渡って日本軍が再び侵略してくるかも知れないと恐れている。それだけに恐れを未だに抱かせ続けている大日本帝国の陸海軍の猛威は、それほどに凄かったということである。この意味で、日本は、アメリカやロシアとは違う「恐るべき軍事大国」なのである。そのことを猛将・田母神空幕僚長が、「自衛隊を舐めんじゃない」という思いで覚悟の「自爆テロ」敢行を試み、自衛隊の本当の怖さをよく知らしめてくれたとも言える。この点は、一応高く評価したい。
以下、4月18日付けのブログを再録しておこう。
◆航空自衛隊トップの田母神俊雄航空幕僚長が、4月18日の定例記者会見したなかで、名古屋高裁が「航空自衛隊のイラク空輸活動は違憲」と判決した影響について、「そんなの関係ねえ」と発言したという。自衛隊創設以来、自衛官のなかにある「本音」を吐露したものとはいえ、「憲法尊重擁護義務」を課せられている公務員(憲法第99条)という立場を無視するような軽率な発言としてその責任を追及せざるを得ない。しかも、「オンレコ」である公式の記者会見の場で「司法判断」に挑戦するかのような発言を聞き逃すこともできない。
防衛庁が防衛省に昇格したのに伴って自衛隊の地位が上がったかのような錯覚に自衛官が囚われているとしたなら、由々しき事態である。イージス艦「あたご」が漁船を沈没させ、父子2人の犠牲者を出したとき、国民世論からは、「海上自衛隊はそこのけ、そこのけイージス艦が通るというような傲慢な振る舞いをするようになったのか」と批判の声が上がったけれど、今度は、航空自衛隊トップが違憲判決を無視するような発言を堂々とするようになったのかという批判の声が、すでにあちこちから沸きあがってきている。
◆米国ブッシュ大統領が平成15年3月19日、イラク戦争を命令し、米英軍が空爆を開始してからもう5年を過ぎ、米兵だけでも4000人の戦死者を出しているというのに、未だに終戦に至っていない。イラク国内でのテロ事件は跡を立たず、かつてのベトナム以上に泥沼化している。イラク国内での濃淡はあるにしても、イラク全土が戦場であることには変わりはない。名古屋高裁は、この意味で航空自衛隊の空輸活動を「戦場での活動」と認定し、違憲と判じたのであろう。憲法裁判所の機能を与えられているにもかかわらず、とかく憲法判断を避けたがってきたのは、最高裁判所である。その下で、高裁や地裁が憲法判断を下すのは、裁判官にとって相当勇気のいることである。
◆自衛隊のイラク派遣については、当初から「憲法違反」の疑いが持たれてきた。それを小泉純一郎元首相は「戦闘地域」と「非戦闘地域」という奇妙奇天烈な用語を持ち出して、「非戦闘地域への派遣」を「合憲化」しようとしてきた。しかし、米国や英国、これに協力してきた多国籍軍は、「イラク全土」を対象に戦争を仕掛け、遂行してきたことは、明々白々であった。だから、小泉元首相の定義は、屁理屈の謗りは免れなかった。
名古屋高裁は、イラク戦争の実態を素直に直視して「違憲」と判じたにすぎなかったとも受け取れる。おそらく、現地に派遣されている空輸部隊員の多くは、どこから弾が飛んでくるかも知れないという恐怖感に苛まれながら、与えられた使命を果たそうと努めているはずである。それは何にも増して「ここは戦場だからだ」という認識を持っているからである。いまは撤退してきているけれど、サマワに派遣された陸上自衛隊員のなかには、戦争の恐怖感から自殺者や精神異常者が出ているという話もある。防衛省は、その詳細を明らかにしていない。
◆田母神俊雄航空幕僚長は、たとえ意に反する違憲判決が下されたとしても、司法が下した判決に対して、憲法尊重擁護義務者の一人として「敬意」を示すべきであった。それを敵意を剥き出しにして真っ向から反発するように「そんなの関係ねえ」と発言してしまった以上、公務員として不適格者として、今の地位に止まることは許されない。自衛隊最高指揮官である福田康夫首相は、シビリアンコントロールを正常に行使する立場から、田母神俊雄航空幕僚長を即クビにすべきである。

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