コメンテーターの立場と発言内容

2005年02月27日 12時10分34秒 | Weblog
 「気持ちのうえでは抵抗はあるが、がんばって欲しい」
 宮沢喜一元首相が、27日朝のTBS番組「時事放談」で、ライブドアの堀江貴文社長にエールを送っていた。さすがに大蔵官僚出身でしかも市場論者で鳴らした経済財政政策に強い政治家である。コロンビア大学の政治学者・ジェラルド・カーチス教授も「何でもカネでできると思っていると失敗する」と忠告しつつも、基本的に堀江社長のような青年経営者が登場するのを歓迎していた。
 ニッポン放送株の奪い合いをめぐっては、若い世代VS熟年・高齢世代の図式で、若い世代がライブドア支持派、熟年・高齢世代が抵抗派と思われ勝ちだが、視聴者12000人の投票では、熟年・高齢世代にむしろ支持派が多く、若い世代の方に抵抗派が多いという予想外の結果が出ているという。堀江社長がテレビ朝日の番組「サンデープロジェクト」(午前10時~11時45分)に生出演して、キャスターの田原総一朗氏に披露していた。ライブドアが、株式市場が引けた後の時間外にニッポン放送株を取得した割合について、「時間外取引は違法ではないが、発行株式の30%を超えて取得してはならない」とされているのに違反していると批判されている点について、堀江社長は「時間外には、29%取得した」と明かし、違法ではないと力説していた。
 この問題について、同じテレビ朝日の番組「スクランブル」(午後0時~55分)に出演した金融評論家のS氏が、「時間外に30%を超えて取得したのは違法であり、ライブドアが負ける」と発言していた。ニッポン放送が新株予約権の発行差し止めを求める仮処分を東京地裁に請求したのに対する批判的な予測である。S氏は、ライブドアとフジテレビ・ニッポン放送との紛争が始まったときから、フジテレビ・ニッポン放送寄りの発言をテレビなどで繰り返している。 日本の株式市場では初めての画期的な判断をすると注目されていて、どのような結論がでるのかはM&A(企業買収)プロでさえ予測が難しいと言われているなかで、フジテレビ・ニッポン放送の肩を持つようなコメントがよくできるものだと不思議に思っていたら、何と産経新聞社系のタブロイド版「夕刊フジ」で、金融関係分野の出来事について連載記事を担当しているではないか。
 これでは、フジテレビ・ニッポン放送が負けるとは、口が裂けてもコメントできるはずはない。ヘタなことを言えば、堀江社長がフジテレビの人気番組から引きずり降ろされたように、S氏は夕刊フジの連載担当から降ろされてしまう危険がある。
 マスコミに登場してコメントしているその道のプロと称する専門家が、どんな立場でコメントしているかを見分けないと、視聴者は妙な方向に誘導されてしまう。くれぐれのご用心を!

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水沢にて

2005年02月25日 12時09分01秒 | Weblog
 全国各地を講演で訪れていると、それぞれの地域で、郷土愛に満ちた人々が多いのに感動させられる。
 岩手県水沢市の人々もその例に漏れない。2月23日、岩手県肝肛法人会が水沢サンパレスホテルで開いた経済講演会に招かれて、「源義経の奇襲戦法に学ぶ経営術」という演題で1時間半話した。
 平泉から一関、水沢江刺あたりは、源義経にゆかりの地域で、「義経ファン」が多い。とくに江刺は、NHKの撮影現場の一つで、馬を多用する時代劇では、必ず登場する。東北新幹線水沢江刺駅の構内に鎧兜に身を固めた義経のノボリ旗が立て掛けてある。NHKとの関係の深さに誇りを感じている地元の人たちの意気込みが感じられる。
 駅から水沢市内に向かう。タクシーのなかから車窓風景を楽しむ。突然の大雪の名残に雪国・東北を実感する。沿道の民家などの塀に貼ってある民主党の小沢一郎副代表のポスターが、行く先々で目に入る。小沢氏の顔とこちらを指した指を、見る者の胸を刺すような大きな写真の両脇の「日本一新」「政治に一本筋を通します」という文字が飾る。「日本一新」は、旧自由党時代からテレビ宣伝でよく知られた「ワッペン」のような言葉で、「政治に一本筋を通します」というワンフレーズは、小沢氏の地元ならではのキャツチフレーズだろう。
 さて源義経は、日本の戦史のなかで「奇襲戦法」の元祖のような武将である。決められた「総攻撃の日時」を目指して、「奇兵」を率いて山間、夜陰に紛れて隠密行動、思いがけない断崖絶壁や守備が手薄な敵の背後から一気に電撃的に攻撃して勝敗を決する「奇襲戦法」である。一の谷では、屏風のようにそそり立つ懸崖を駈け降り、屋島では、「この暴風こそ好機!」と船頭を叱咤して波荒い海に向けて断乎!出航し、敵陣背後に急行した。いずれも大きな危険(リスク)を冒しての奇襲であった。
 そして毛利元就の「厳島の合戦」、織田信長の「桶狭間の合戦」「大石内蔵助ら47士の吉良邸討ち入り」「山本五十六のパールハーバー攻撃」と続く奇襲は、日本のお家芸と言われるようになった。
 この伝統は、経営にも伝えられているとみることができる。「松下電器産業の中村邦夫社長の「世界同時垂直立ち上げ」が、奇襲的経営の実例の一つであるし、またライブドアの堀江貴文社長の「時間外取引」による「ニッポン放送株」の買い占めも、やはり電撃的な奇襲攻撃だった。
 ここまで話すと義経の話が、現代にもつながってくる。遊牧民族の一種の「侵略的な経営手法」により、農耕民族的な日本の企業の多くが、外資系企業や投資銀行などによって蹂躪されそうな現在、義経の奇襲戦法が、いよいよ現実味を帯びて新鮮ささえも感じられてくる。
 講演後の懇親会の席で、経営者の方々から「ライブドアのようなやり方が、日本でも当たり前のようになっていくのか」「うかうかしていられない時代だ」となどと時代の変化を痛感する声が聞かれた。
 水沢市は、奥州伊達一門の留守城下の賑わいを今日まで引き継ぐ町である。長崎でシーボルトに医学を学んだ高野長英ゆかりの土地で、今年は、「生誕200年」になり、全国でミュージカル「ドクトル長英」が公演される。また、東京市長を務めた後藤新平、総理大臣の斉藤実(海軍大将)らの偉大な政治家を輩出している。岩手県は、戦前では斉藤実をはじめ東条英機、米内光政、戦後は、鈴木善幸と計4人の総理大臣を出しており、これも岩手県人、とりわけ水沢市民の誇りの一つでもある。
 「小沢一郎総理大臣待望論」「小沢一郎の時代」などの著者としての立場から 「小沢一郎さんは、いずれ5人目の総理大臣になる政治家」 と評したところ、後援会長さんが、大きく頷いておられた。

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大企業内部が平然都行われている「人権侵害」

2005年02月24日 12時07分09秒 | Weblog
 「内部告発で30年閑職-会社に1356万円賠償命令・富山地裁」(2005・2・25日付朝刊の対社面の見出し)
 運輸業界の違法カルテルを内部告発した富山県高岡市の串岡弘昭さん(58)が、30年にもわたって勤務先の「トナミ運輸」(高岡市)に「草むしり」をさせられ続けていたという話を知り、大変不快な気分にさせられた。
 富山地裁の永野圧彦裁判長が「原告の内部告発は正当で法的保護に値する。会社は報復として不利益な扱いをした」と認定し、時効分を除き、慰謝料200万円を含む約1356万円の支払いをトナミ運輸に命じる判決を下した。
 「窓際」に追いやられて屈辱に耐えながら、30年間も「草むしり」を続けた串岡さんの「強靱な精神力」には、驚かされるとともに、敬服させられる。トナミ運輸は、「控訴することも検討しております」とコメントしているけれど、これ以上、恥を世間に晒さない方が、会社のためである。「人権無視の会社」として社会的信用をさらに損なう。 実は、今回のこの判決をテレビのニュースで聞いたとき、似たような話を思い出していた。
 もうかれこれ20年も前のことになるけれど私の高校(東京工業大学理工学部付属工業高等学校工業化学課程)のクラスメートのN君が、勤務先の超有名化粧品会社である「S社」から「閑職」を与えられ、10年以上にもわたって闘争していた話である。
 N君は、S社に入社以来、研究所に配置され化粧品の開発に取り組んでいた。あるとき、S社が製造した化粧品を買って使用した消費者がいわゆる「薬害」にあったとして、S社を相手取り民事裁判を提起した。この裁判で会社側の証人として出廷を命じられたS君が「良心に従って・・」と宣誓したうえで述べた証言内容にS社にとって不利になる部分があったのか、証言後、N君は、突如、研究所の一室に配置転換された。その部屋での仕事は、「本を読むこと」だった。毎日その部屋に独りで出勤し、本を読む。どんな本でもよい。マンガでもよい。見張り役が一日中、N君を見張り、勤務時間中、うっかりウトウトと居眠りしそうなにると、見張りから「しっかり仕事しろ」と厳しい叱責の声が浴びせられる。部屋に電話が設置してあるが、盗聴されている気配を感じていると言っていた。社外に電話てきるのは、休み時間のときだけで、公衆電話を使う。
 こうした「閑職」に配置されていながら、S社は、不当労働行為にならないように「定期昇給」させ、この嫌がらせにN君が耐え兼ねて自主的に退社するのを待っているようだった。S社もしたたかである。これに対して、N君は、「こんなことで会社に負けてたまるか」とトコトン戦う決意を語っていた。
 N君の母親は、「正田家」の一族で、高校時代、「美智子さんが皇太子と結婚したとき、お母さんは、披露宴に招待された」とクラスメートに自慢していたのを思い出す。
 S社は、社長以下、いわゆる「メセナ活動」にも熱心に取り組み、社会貢献では定評のある会社の一つとして有名である。表面とは違い、会社の内部では、「人権侵害的な行為」が平然と行われていた。この話をいつか記事にしようと思いつつ、その機会を逸してしまった。内部告発のように表沙汰にすれば、N君がさらに傷つくばかりか、さらにS社からイジメられるのではないかと心配したからである。
 日本国憲法が「基本的人権尊重」(第10条~40条)を掲げ、世界の中で相当に進歩しているはずのこの資本主義国の日本で、相変わらず陰湿な「人権侵害」が行われている。それも「社会貢献」をブランド・イメージにしている大企業がこの有り様であるから、情ない気持ちにもなる。
 その後、N君とは連絡しようと思いつつも、一度も連絡していない。串岡さんの勝訴判決のニュースを聞きながら、「いまどうしているだろうか」と、気になっている。
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花粉症

2005年02月22日 12時11分49秒 | Weblog
 花粉症が猛威を振るっている。テレビ番組「バンキシャ」を見ていたら、菊川伶さんが鼻の周りを赤くして、鼻声まじりで天気予報を語っていた。スタッフが「鼻水を垂らしそう」と冷やかし、「バラさないで下さい」と怒り印だったのには、同情した。かく言う小生も、花粉症にひどく悩まされている。2月までは何ともなかったのに、3月に入ってからというもの、ひどい有り様だ。目が痒い、鼻をかんだティッシュは、またたく間に山積みとなる。
 花粉症がまだよくわからなかったころ、小生の祖母、春近くなると、よくクシャミをしたり鼻水をすすって、春の風邪と思い込んでいたのを思い出す。小生も同様な症状になるのでそれを遺伝に違いないと信じていた。
 先日、取材中に鼻水が止まらず、気の毒に思ったのか、取材相手の全国賃貸管理ビジネス協会の高橋誠一会長が、東京・六本木の「名医」の名前と所在地をコピーして教えてくれた。「5000円」の注射一本でアっと言う間に症状から解放されたという。
 ちなみに、わが家の2匹の飼いネコ(いずれもメス)の鼻のあたりを撫でながら観察してみると花粉症らしきものがまったくない。花粉症にかかったサルが、痒そうな目をしばたかせながら、くしゃみをしているテレビ映像を見かけるけれど、どうもネコは花粉症に からないらしい。近所のノラネコなどを見ても、それらしき症状は見当たらない。ならば、タヌキはどうか。今度、上野動物園に行ってよく確かめてみようと決意している。
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「義経」の奇襲戦法に学ぶ

2005年02月21日 12時05分45秒 | 経済
 NHKの大河ドラマ「義経」(平成17年)が、高視聴率(初回24.2%、2月13日24%)を記録して推移している。そのお陰だろうか。このところ、全国各地の講演会主催者から依頼される際、「板垣英憲の好評講演テーマ」のうち「源義経の『奇襲戦法』に学ぶ企業経営~意表を突いて消費者の心をつかむ」を選ばれる件数が増え続けている。 源平合戦のヒーロー「九郎判官・源義経」の真骨頂は、「奇襲戦法」にある。「一の谷の合戦(ひよどり越え)」「屋島の合戦」をはじめ相手(敵)の意表を突く「奇想天外なアイデア」と「絶好のタイミング」とが相まって、「必勝の戦術」となり、「戦術の天才」の戦いぶりは、いまでも語り草となっている。
 源義経の「奇襲戦法」は、毛利元就の「厳島合戦」、織田信長の「桶狭間の合戦」、大石内蔵助の「吉良邸討ち入り」、さらに大日本帝国海軍の「真珠湾攻撃」へと引き継がれて、「奇襲戦法」はいわば日本のお家芸とも称されるようになった。
 「奇襲戦法」は、単に戦争の戦術に止まらない。企業経営やビジネスにおいても、「商売必勝戦術」の一つとして使い方次第では、非常に有効に働く。「奇襲戦法」を繰り広げる大河ドラマ「義経」を参考にし学びつつ、「意表を突いて消費者の心をつかむ奇襲戦法」に生かす。これが、講演テーマの趣旨である。
 ビジネスへの応用といえば、松下電器産業の「世界同時垂直発売方式」が、最近の事例だろう。最新事例で言えば、ライブドアの堀江貴文社長の「ニッポン放送株」買い占めがまさしく「奇襲攻撃」である。時間外に「ニッポン放送株」の発行株式のうち35%を買い占め、世間を驚かせた。それが2月21日現在、39%に達していたことが判明している。自民党や日本経済団連など政財界から批判の声が浴びせられるなかで、民主党の岡田克也代表は「ル-ルに従って行っていることだから、何ら問題はない」と堀江社長を擁護している。さすがに、江戸時代から200年続いた岡田屋7代目・岡田卓也イオン会長の二男である。アメリカ流のビジネスモデルを小売業に日本の導入し、ジャスコから大成長し、いまやチェーンストアの頂点に立っているのがイトーヨーカドーと並ぶイオングループである。
 「自民党や日本経済団連など政財界」が「平家」とすれば、「民主党やイトーヨーカドーと並ぶイオングループ」は「源氏」と言ったところである。
 源平合戦で源義経が登場する前までは、双方が駒を進め、互いに名乗りを上げて、先祖代々からの家柄を紹介し合って、おもむろに一騎打ちするのが、武士の作法だった。ゆえに、「一の谷の奇襲」や「屋島の奇襲」は、「卑怯で武士らしくない」と義経は不評を買ったという。
 だが、平家が亡び、時代が鎌倉から室町、戦国時代へと進むにつれて、義経は、「奇襲戦法の元祖」扱いされ、「天才戦術家」としての評価を高めていく。
 実際に血を流し合う戦争とビジネス戦争との違いはあるものの、欧米流のビジネスモデルが日本市場で盛んに行われるようになれば堀江社長の「奇襲戦法」が、「当たり前」になってくるのは、時間の問題である。
 堀江社長は日本のビジネス社会における「現代の源義経」と言ってもよいだろう。ただし義経を追討した兄・頼朝と政治参謀の大江広元のような「政略家」が日本の政財界にひしめいていることに堀江社長は十分注意し、悲劇のビジネスマンにされてしまわないように警戒を怠ってはならない。

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鳩山由紀夫さんの新刊『新憲法試案』購読のススメ

2005年02月16日 12時04分09秒 | Weblog
  京都のPHPから書籍小包が飛脚メール便で、わが事務所に届いた。開けてみると、民主党の鳩山由紀夫元代表が著者の「新憲法試案-尊厳ある日本を創る」(PHP刊)が出てきた。奥付には「2005年2月21日 第1版第1刷発行」とあり、文字通り、出来たてのホヤホヤで「謹呈 著者」と記された短冊が差し込んである。民主党が結党された直後の平成8年10月、小生は、「鳩山由紀夫で日本はどう変わる」(経済界刊)を上梓し、経済界の佐藤正忠主幹に鳩山さんともどもホテルオオクラに招かれて会食し、歓談させてもらったことがある。鳩山さんは、そのことを記憶してくれていたのだろう。
 憲法と言えば、日本人は、国民の立場で憲法を制定した経験は、有史以来一度もない。 聖徳太子の「17条憲法」、明治天皇が臣民に下された欽定憲法である「明治憲法」、軍事占領下に連合国軍(GHQ)のマッカーサー最高司令官が日本国民に押しつけた現在の「日本国憲法」と、いずれも「上」から与えらた憲法である。「日本国憲法」が世界史上、最も進化した憲法であるという優れた点は、紛れもない事実であるとしても、やはり日本国民という「市民」の手で制定したものでなければ、「画竜点睛」を欠く。「魂」が入っていないのである。
 「市民」という言葉にこだわるとすれば、日本人は、これまた有史以来、「市民革命」を一度も経験していない。明治維新は、士農工商の頂点に立っていた「武士階級」のなかの下級武士たちが、下級公卿と一緒の行った「宮廷クーデタ」であるから、「市民革命」とは言えない。
 憲法改正草案については、以前に読売新聞が提案しており、最近では、自民党の山崎拓元幹事長、中曽根康弘元首相が、それぞれの試案を世に問うている。自民党結党50周年を今年11月に迎えるに当り小泉首相が自民党執行部に草案をまとめるように指示しており、また、衆参両院の憲法調査会がやはり今年5月に報告書をまとめる手はずになっている。
 そうした折りも折り、鳩山さんが、「試案」を国民に提案されたのは、政治家としての本務を尽くされているばかりか、誠に時宜を得ていると高く評価したい。
 前置きは、これくらいにして、早速、一読させてもらった。
 「なぜ今『憲法改正』なのか-はしがきに代えて」から、じっくり読み始める。鳩山さんは、憲法改正の必要性について、こう力説している。
 「『自立と共生を両輪とした民主主義政治の確立を目指した友愛革命』こそが、現代の友愛革命であると再定義して、そのような理念の下で、国家を構想していくと、どうしても憲法改正が必要となるというのが私の憲法改正論の土台である」
 友愛という理念に立脚して戦後の日本の政治治を行ったのは、鳩山さんの祖父・鳩山一郎元首相である。鳩山さんの言う「友愛革命」を理解するには、「友愛」の意味をしっかり知っておくことが大前提になる。「友愛」とは、「自由・平等・博愛」の「博愛」と同じ意味である。「自由」と「平等」のそれぞれの行き過ぎを「博愛」の精神でバランスを取る。中国の言葉でいえば、「中庸」と言い換えられるだろう。
 鳩山さんらが結党した民主党は、本来は「友愛民主党」と名乗るべきだった。ただ単に「民主党」と言うから、「自由民主党」や「社会民主党」との違いが判然としなくなり、紛らわしくなる。
 それはさておいて、鳩山さんは、この「友愛精神」をベースにして、独自の「新憲法試案」を示している。構成は、以下の通りである。
 序章  新憲法案前文
 第1章 「総則」および「天皇」について
 第2章 国民の権利と義務について
 第3章 国際協調主義の再定義
 第4章 地域主権の確立
 第5章 統治機構の再編成
 終章  憲法改正手続きの緩和
 鳩山由紀夫新憲法法案 全文
 参考  日本国憲法
     大日本帝国憲法
 あとがき

 新憲法案「前文」の一節が、帯に示されている。
 「私たちは、自立と共生の精神に基づいた尊厳ある友愛の国づくりを目指す。すなわち、この国の長い歴史に培われた伝統と文化を受け継ぎ、豊かな自然環境と美しい国土を守り、後世に伝えるよう努める。
 また、補完性の原理による秩序の下で、地域の自治と自立を最大限に尊重するとともに、地球的視野に立ち、全世界の人々と友情と智で結ばれた、尊厳ある国づく共に進めることを念願し、ここに新しい日本国憲法を制定する」
 公私ともに愛に生きておられる政治家・鳩山さんらしい誠に華麗なる文章である。
 全編254頁が、平易な文章で書かれているので、非常に読みやすく、改めて、憲法を考える有力な参考材料になり、大変勉強にもなる。詳しくは、この一冊を購入して、熟読玩味していただきたい。
 「友愛」という理念に基づき、「友愛革命」を行おうという鳩山さんの志と「日本国及び日本国民」を思う心情が十二分に伝わってくる。
 こういう本物の政治家に、是非とも近い将来に「総理大臣」になってもらいたいものである。
 「狸御殿」より友情をこめて目白台の「音羽御殿」に謹んでエールを贈りたい。

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がんばれホリエモン!

2005年02月15日 12時02分23秒 | 経済
ライブドアの堀江貴文社長が、ラジオ局のニッポン放送株を「35%」取得し、さらに「51%」の取得を目指して奮闘しているのは、まさに快挙である。現在NHKで放映中の「源義経」の「一の谷の奇襲」と「屋島の奇襲」を彷彿とさせるような電撃的な奇襲戦法だった。
 ニッポン放送がフジテレビ株(時価総額5000億円超)の22.5%(1000億円超)を保有しているので、ライブドアが勝利すれば、自動的にフジテレビ株1000億円超相当を担保に入れて投資銀行当りから融資を受け、これを元手に今度はフジテレビ株の買い増しを図ることができ、フジテレビの完全支配を目指して作戦を遂行できる。
 この快挙は、日本の資本主義に対する痛烈な批判行動でもある。明治維新後、渋沢栄一翁が国立第一銀行を創設し、株式会社を約500社を設立して以来、日本企業の大半が、株式の買い占めや企業乗っ取りを極度に恐れるあまり、相互に株式の「持ち合い」により安定経営を堅持してきた。この結果、株式市場で売買される株式数が極端に少ないという状況ができ上がった。
 これでは、健全に資本主義社会が形成されるはずもない。いびつな資本主義社会となってきたうえに、「官僚社会主義」による規制が加わり、自由が損なわれたばかりか非民主的な企業経営が罷り通る異常事態に陥った。しかも習い性となり、この異常事態を異常と考えなくなり、ついに「持ち合い」が当たり前のような社会になり果ててしまった。この結果、西武鉄道とコクドのような「反資本主義的な企業」すら大手を振って世の中に闊歩するような社会になったともいえる。
 株式市場において株式が公開された以上、だれでもが資本力に応じて株式を売買できるのは当たり前である。特定の資本家や投資家、あるいは投機家が、いくら買い占めようとも、逆に売り抜けようとも許されている。それが過度の「マネーゲーム」になったとしても、やむを得ない。
 一般の事業会社であれ、放送局などのマスコミ機関であれ、上場されているからには、「資本の論理」に従い、経営ボードにおいて株式を多数持っている者が、「多数決原理」によって、経営陣を構成したり、実際の経営に対して意見を通すのは当然のことである。 要するに、ライブドアの堀江社長は、封建社会さながらに不自由で非民主的な日本の企業社会にこの社会にどっぷり漬かって何の不思議さも感じなくなって麻痺症状に陥っている経営者たちに、強烈パンチを食らわしたのである。フジテレビの石頭揃いの経営陣もこの例に漏れない。
 堀江社長のような「勇気ある経営者」が陸続と輩出する社会の実現を心から望み、堀江社長に熱烈なエールを贈りたい。
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専制と隷属、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう

2005年02月08日 12時00分48秒 | Weblog
 日本国憲法の前文に、次のような行がある。 「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」 戦後六十年を迎え、日本国民の大半は、おそらくこの翻訳調の憲法に慣れてしまっているに違いない。この行も、すんなりと読んでしまって、当たり前のような感じを受けている人は、少なくないのではないか。
 しかし、眼光紙背に徹する気持ちで、じっと繰り返し読んでいると、近年、アメリカが進めてきた軍事行動の映像が、まざまざと脳裏に浮かんでくる。それは、「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において」という行で、鮮明になってくる。ブッシュ米大統領が演説で強調した「悪の枢軸国」という言葉を借りるなら、名指された「イラン、イラク、北朝鮮」が、まさしく「専制と隷従、圧迫と偏狭」に相当し、「地上から永遠に除去」されなければならない国々であると思い当たるのである。日本国憲法は、「永遠に除去しようとしている国際社会」と記述しているだけで、「だれが除去しようとしている」のかについて明確に示していない。となれば、主体が、国際連合であっても、アメリカ軍であっても構わないという理屈になる。
 「恐怖と欠乏」という言葉は、1941年8月14日の大西洋憲章にある「恐怖と欠乏の自由」という言葉(大西洋憲章6条)に由来している。
 「正義」の「正」という文字は、「一」が「中国の城郭都市」を示し、「止」が、実は「戈をかざして進む兵士の姿」、すなわち、「進軍」を表しているという。この文字の成立ちからすれば、「正」とは「征服した側」の文字、つまり、「勝てば官軍」を意味していると解釈できる。要するに「正義は、勝利者」の側にあるということである。
 「専制と隷従、圧迫と偏狭」により国民を苦しめていたイラクのフセイン元大統領が打倒され、イランの政権が次の対象となり、次いで、北朝鮮が倒される番であるというのは日本国憲法の立場からすれば、当然の帰結ということになる。経済制裁などというような生温いいやり方では、この憲法が示しているような「除去」はできない。
 曽我ひとみさんの父親が食道ガンで亡くなったという報道に接し、この思いを改めて強くした。
 北朝鮮という「怪物」の建国し、朝鮮戦争の最前線に立たせ、アメリカ・韓国との対決に利用した中国や旧ソ連の責任は、極めて重い。北朝鮮・金正日政権の「体制(レジーム)」を打倒して、「恐怖と欠乏」の地獄から北朝鮮の国民を救うのに一番に責任があるのは、中国とロシアである。
 もし、両国が、北朝鮮国民の「人権」を軽視したり、無視したりして責任を果たさないのであれば、そのときは、国連が「軍事行動」を決議してでも、金正日政権を「この地上から永遠に除去」する行動に踏み切らざるを得なくなる。中国とロシアが「拒否権」を行使した場合、アメリカ、英国、フランス、ドイツなど自由民主主義国家が、「有志連合」を形成してでも、北朝鮮に軍事行動を起こすべきである。日本も当然、この軍事行動に協力を惜しんではならないだろう。



2005年2月7日(月)
天国と地獄が逆さまに
 「なんてことをするんだ-ッ」
 怒りに震えて、絶句した。言葉を失ったと言ってもよい。
 愛知県安城市のスーパー「イトーヨーカドー安城店」で、二月四日午前、乳児・青山翔馬ちゃん(十一カ月)が刺殺された。犯人の氏家克直(三四)が、果物ナイフ(刃渡り約15センチ)で翔馬ちゃんの頭を刺したのである。ナイフは、頭から10センチも突き刺さり、先端はアゴにまで達していたという。氏家は、近くにいた客らに暴行して逃走、現場から一・二キロ離れた路上で殺人未遂容疑で緊急逮捕されている。
 これまでに中学生・酒鬼薔薇聖斗が小学6年の男の子を殺して首を切断した事件、中学1年の男児が四歳の幼児を高層の駐車場で局部を切断されたうえに路上に突き落とした事件、奈良市内の毎日新聞販売店の配達員が少女を誘拐して殺し、歯を抜いて遺棄した事件等々、残忍な事件は枚挙に暇がないけれど、ナイフを頭に刺して、それがアゴまで達した状態で救急車に運ばれている残酷な姿を想像しただけでも、ゾッとする。しかも、犯人は「たまたま目に入った」と供述しているといい、殺された翔馬ちゃんはもとより、家族はこの「不条理」をどう理解していいか苦しんでいることだろう。
 6日の通夜に先立ち、翔馬ちゃんの父親・圭一さんが「極刑でも許せない」と涙ながらに話していた。計画性のない偶発的な事件で1人殺したくらでは犯人を死刑するのは難しいかも知れない。だが、人数の多い少ないで死刑にするか否かを決めるのは、遺族の気持ちにそぐわない。殺し方からみて、今回の事件は、無抵抗で逃げることもできない乳児が被害者であるだけに、「死刑」にしてしかるべき残忍極まりない事件である。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉は、奇麗事である。犯人・氏家そのものを憎む。
 それにしても、犯人の氏家が、1月末に豊橋刑務所を仮出所して1週間も経たないのに凶悪事件を起こしたという事実を、刑事政策上、問題にすべきである。
 全国の刑務所は、定員オーバーで満員状態といい、刑務所が模範囚であれば刑期が残っていれば、少しでも早く仮釈放したいという気持ちはよく理解できる。
 それでも今回の事件を突きつけられると、法務省の判断が間違っていたと断じざるをえない。ましてや、寒風厳しいこの真冬に受刑者を放り出すというのは、狂犬や狼を野に放つも同然である。保護観察官、保護の監視の目があり、自立を助ける更生保護施設があるとはいえ、頼れる身内もなく、定住の家もなく、職もなければ、当然、「犯罪」に走るのは目に見えている。
 受刑者は、「自由」を望んでいても、不況の最中、公共事業も少なく、人足仕事が減少している昨今、本音のところでは、刑務所から出たくはないと言われている。刑務所から解き放たれて、直ぐに舞い戻りたいがために意図的に罪を犯す累犯者が少なくない。今の世の中は、「天国と地獄」が逆転しているようなところがあるからである。「居所付き、三食付き、風呂付き、運動も適度にでき、おまけに、ときにはカラオケも楽しめる刑務所」は「天国」、娑婆は「地獄」なのである。 氏家にあえて同情するとすれば、「もっと手加減して、ケガ程度で止めておけばよかった」と言いたい。思わず自制心を失い、カッとなったのが、「運の月」だった。
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宝の持ち腐れ

2005年02月04日 11時58分33秒 | Weblog
 日本列島は、観光資源の宝庫だ。岡山県備前市を久しぶりに訪れ、この思いを新たにさせられた。
 備前商工会議所主催の「新春経済講演会」に講師として招かれ、「21世紀経済と中小企業の勝ち残り戦略」というのが、講演テーマだった。 大雪のため関が原当りで東海道新幹線が徐行運転し、大幅に遅れて現地入りしたのでは、迷惑がかかる。そこで、予定より1時間半前に南浦和駅を出発し、備前片上駅に1時間前に着き、時間調整の意味を含めて、駅と会場の中間点にある「備前市歴史民俗資料館」に立ち寄った。
 受付窓口を守っていた係の人が親切にも館内を案内してくれた。一階に古い時代からの備前焼が陳列してあり、なかには瓦や煉瓦、水道管など生活に密着したものもある。戦時中、軍の命令で製造したという手榴弾まで並べてあるにのは、驚かされた。備前焼に爆薬を詰めて敵に向けて投げれば爆発したのだろう。
 二階には、備前市出身の文学者の資料や写真などを展示している。「入江のほとり」などの小説で知られる正宗白鳥、弟で歌学雑誌「国歌」を創刊した正宗敦夫、「眠狂四郎無頼控」で有名な柴田錬三郎、推理小説「赤い殺意」を書いた藤原審爾らの業績を記した資料などを手当り次第頂戴し、受付に並べてある有料の資料のなかから一冊「閑谷学校の建造物」(1500円)を購入して、講演会場に向かった。
 閑谷学校(しずたにがっこう)は、初代岡山藩主で好学の池田光政が寛文6年(1666)、重臣・津田永忠に命じて創設させた全国に誇る日本最古の「庶民のための学校」で、豪壮堅固な建築芸術である。現在、「世界文化遺産」にとの運動が高まっているという。
 もっとも、地元に人たちの大半は、何も珍しいものではないと感じているのか、「貴重な観光資源」と意識していないようだった。一口で言えば「宝の持ち腐れ」ということである。
 小泉首相が、国策の一つの柱として「観光立国」を掲げて海外からの観光客の呼び込みに力を入れている時期でもあり、「備前市やその周辺地域は、観光資源に恵まれた大変羨ましい地域であり、この地域の活性化に大いに役立つ」と力説して講演を終えた。
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狸にも劣る人間社会

2005年02月02日 11時56分36秒 | Weblog
 「人」という字は、「人間どうしがお互いに支え合っている姿を示している。人間は一人では生きて行けない。中国の聖人・孔子の教えをまとめた「論語」に「民信無くば立たず」という名言がある。この世の中は、人間どうしが信頼と信用し合わなければ、成り立たないという意味である。「信」は、「人」と「言」を合わせた文字で、「言」とは、「神に対する誓言」であり、誓いを破ると神罰を受けるというほどの実に厳粛な文字である。
◇さいたま市大宮区内の二階建てアパートの一階で三十歳から四十歳くらいの女性と三歳から五歳くらいの男の子が死んでいるのが発見された。警察の調べでは、死後数週間経ており、餓死したらしい。さいたま市といえば、人口一〇五万人、四月には隣接の岩槻市が合併して、一一八万人の人口を擁する政令指定都市である。世界トップクラスの裕福な国で「いまどき餓死とは」と絶句してしまう。声を出して訴えることのできない無抵抗の幼児が痛ましい。
◇茨城県鉾田町で、独り暮しの老婦人が絞殺されるという事件が二件連続して発生し、四十三歳の漬物工場作業員が殺人容疑で逮捕された。人家の少ない農村地帯での独り暮らしでは、声を上げて助けを求めてもだれにも気づかれない。似たような事件が、山梨県でも起きている。
◇新潟県の三条市一帯を襲った豪雨により河川の堤防が決壊して泥水が農村地帯を飲み込み、多くの高齢者が水死した。いずれも独り暮らしで二階建て住宅の一階の部屋のベッドで寝たままの姿だったという。足腰が弱っていて二階に逃げることができなかったようである。日頃から近隣の人たちと付き合いの少ない独り暮らしでは、なおさらだれにも気づかれない。
◇大都市でも昼間は人通りが少なく、事実上「過疎状態」になっており、泥棒に狙われやすい。地方の農村では文字通り「過疎」である。日本列島の至るところで、「地域共同体(コミュニティ)」が崩壊しており、孤立して生活している人が多くなっている。もはや「人」が住んでいる土地ではなく、「社会」そのものが成り立っていないように見える。
 「だれにも干渉されたくない」という「個人主義者」が多いとはいえ自業自得といって済まされる問題ではない。「母性愛の強いタヌキ社会」から見れば、人間社会は、「タヌキにも劣る社会」に映っているかもしれない。
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