人情に厚い大分県杵築市役所に比べ、日本経団連・御手洗富士雄会長は血も涙もない冷血漢だ

2008年12月17日 18時39分35秒 | 政治
◆ラジオ局「ベイFM」の12月15日朝の放送で、麻生首相が12日発表した「総額23兆円規模の追加景気対策」について、電話により「雇用対策に力を入れている見せかけだ」とコメントした。「いま政府がやらなければならないこと」という質問に、「東尋坊の断崖絶壁で若者6人が佇んでいたそうです。自衛隊の定員25万人が、24万人で充足していない。自衛隊に行けとは言えないけれど、政府をはじめ道府県、市町村の公共部門が、緊急に臨時に雇い、住宅も確保してやらねば、ホームレスや自殺者が続出する」と発言しておいた。
 17日朝、テレビ各社が、大分県杵築市の市役所が「最長1ヶ月、1日5000円の賃金で職員を臨時採用する。住宅も手当てすることを決めて、早速受け入れを始めた」と報道していた。大分県杵築市役所観光課の担当者は、「以前にも臨時採用したことがあります」といい、今回が2度目という。「観光地が多く、悪い印象を持って帰ってもらいたくない」という深謀遠慮もある。大分市もこれに見習うという報道が、この日午後、伝えられていた。いずれも大英断であり、快挙である。
◆大分県に赴任の経験のある転勤族のサラリーマンの間には、「二度泣き」という言葉がある。大分県に転勤を命じられて赴任するとき、「左遷された」と思って泣き、本社に帰るとき、「もう一度泣く」のだそうである。「嫌だ」と思って赴任したところ、関サバやフグなど魚のうまさ、有名な温泉もたくさんある。おまけに大分県人の人情が厚い。住み心地がよく、東京に帰りたくなくなり、「本社勤務」を命じられて、帰るとき、泣いてしまうのだという。定年を迎えたサラリーマンのなかには、終の棲家を大分県に求めて、夫婦で引っ越し家を新築して、住み着く人が少なくないという。
◆1府12省、47都道府県、1782市長村、仮に単純に1つの公共団体が、それぞれ100人づつ臨時採用したとしたら、18万4200人、これに自衛官1万人をプラスすれば、19万4200人を吸収できる。雇用促進住宅が1万4000部屋、空き部屋になっているという。
 麻生首相が、鶴の一声とはいかないまでも、渋い声で、「杵築市に見習え」と号令すれば、ブラジル人なども外国人を含めて、クビになった勤労者を家族ともども救済できるはずである。
◆それにしても、日本経団連の御手洗富士雄会長(キヤノン会長)は、大分県人とはとても思えない冷血漢である。大分キヤノンの非正規従業員をクビにして、「寮から即刻退去せよ」とは、創業者が信仰した「観音」を語源とする「キヤノン」の社名に反する血も涙もない経営者と言わざるを得ない。
奥田碩前会長の出身会社、トヨタ自動車も、非正規社員のクビを大量に切った。毎年2兆円規模の営業利益を上げて、「巨額の資金」を貯め込み、「トヨタ銀行」と言われているのに、トヨタはやはり「残酷企業」なのであろうか。「カンバン方式」で世界に勇名を馳せたトヨタも、「景気変動」とくに「為替変動」には、勝てなかったようだ。ドルに対して、たった1円、円高になっただけで、350億円の損失を被るそうであるから、凄まじい。北米市場に頼り、日本国内市場を見くびり、かつ、財界天皇でありながら、勤労者の賃金も低く抑え続け、内需拡大を疎かにしてきたツケから逆襲されているように見える。自業自得なのだ。
板垣英憲マスコミ事務所

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麻生太郎首相、河村建夫官房長官バカ兄弟は、「鈍才バカボン」か、とっとと引っ込め!

2008年12月09日 20時21分07秒 | 政治
◆アッケラカンな性格の麻生太郎首相に「景気回復」への起爆力を期待してきたのだが、すっかり期待外れの体に、がっかりである。倒産、派遣切り、内定取消し、失業ブラジル人のホームレス、飛び込み自殺者の急増など、世の中は、雇用不安から社会不安へと深刻化しており、このまま放置していると治安不安へと悪化しかねない情勢である。
福田康夫前首相は、「後期高齢者医療制度」により75歳以上の高齢者1300万人を敵に回し、麻生太郎首相は、「たらたら飲んだり食ったりしている連中のカネを何でオレが払わなければならないんだ」と思わず本音を漏らして、65歳以上の高齢者1400万人を敵に回してまった。
◆この結果、麻生政権に対する支持率の低落が止まらず、ついに20%台に突入し、これまで強気を押し通してきた麻生太郎首相は、「私に責任がある」と認める発言をしている。にもかかわらず、河村建夫官房長官は、「麻生カラーが影を潜めたのが、その結果につながったのではないか」と相変わらず、ピンボケなことを言い続けており、もはやバカにつける薬はない。支持率低下の最大の原因が、「麻生カラー」そのものにあることに気づこうとしていないからである。
おまけに、河村官房長官にも原因の一端があるのに、鈍感の極みである。女房役であるはずの河村官房長官の小粒で間抜けな顔つきが、バカ殿様のバカさ加減を一層増幅しているのである。この人物が文部科学大臣だったとは、日本の教育の前途は、真っ暗である。
◆麻生首相の「麻生カラー」は、本人が認めているように「漫画好き」というところから発している。どうも頭のなかは、「漫画だらけ」とお見受けする。
 これがカラーとして身に染み付いているのか、発言が、とれもこれも漫画っぽい。それも、サービス精神の発露だけならともかく、「ブラックユーモア」が連発されたのでは、被害者続出である。多くの聴衆を傷つけている。
 「下々のみなさん」と呼びかけたのは、国民の大多数を「下々」と日ごろから思っている正直な発言であるけれど、ニコニコ笑っていられるのは、狂気と紙一重である。かつて野中広務元官房長官が、多くの人がいるなかで、差別発言されたとして麻生首相を毛嫌いしているのは、理解できる。
麻生首相の失言の大半は、実のところ「本音」であるだけに始末が悪い。小沢一郎代表率いる民主党を「ナチス」よばわりしてみたり、医者のことを「非常識な連中」と評してみたり、本当に自分に正直な首相である。いかに正直は美徳であるとはいえ、いかにもデリカシーがない。政治家は、本来、「ウソツキ」を生業としているはずなのに、これでは「政治家の資質に欠ける」と断じざるを得ない。
◆民主主義社会の政治は、言論によって成り立ち、演説によって競い合うのを基本しているのであるけれど、演説は、ディベートの手段ではあっても、他人を傷つけるのが目的ではない。少なくとも政治家には、美しい日本語を使ってもらいたい。言葉が亡べば、国が亡ぶ。
麻生首相は、自らを「生まれはいいが、育ちは悪い」といい、庶民性をアピールしてきた。だが、残念ながら、大多数の国民は、麻生首相ほど生まれは良くなくても、育ちは、良いのである。それは、「他人を言葉で傷つけてはならない」という徳目をよく知っているからである。バカ兄弟が、国政の頂点に立ち、その檜舞台でバカを続けているのであるから、「劇画」ならまだしも、これは「漫画」である。その多くの国民から、「お坊ちゃま首相、とっとと引っ込め!」と本心からのリコール攻勢が始まっている。
板垣英憲マスコミ事務所

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自衛軍が生まれた暁に日本は、山本五十六元帥のような「軍人の鑑」を育てられるであろうか?

2008年12月02日 23時14分41秒 | 政治
◆読売新聞12月2日付の朝刊「対社会面」に「山本五十六 覚悟の書簡」という記事が掲載されている。大東亜戦争に反対していながら、連合艦隊司令長官として作戦原案を作成させられ、真珠湾攻撃を指揮したれる悲劇の軍人であった。攻撃当日にしたためた遺書に準ずる内容の「述志」や、海軍大臣に提出した「作戦原案」の控え山本元帥の親友だった元海軍中将・堀悌吉の孫の自宅(東京都世田谷区)で見つかったと大分県教育委員会が発表したのだという。山本五十六元帥研究者の一人として、いつの日か是非とも本物を一見してみたい。
◆「軍人勅諭」を改めて読み返してみると、山本五十六元帥は、軍人の鑑である。「アメリカに騙された」とか、「国際資本の手先にされていた」とかなどの「トンデモ説」が数々あるけれど、いまは、そんなことは、どうでもよい。大日本帝国には、田中義一首相、東條英機首相をはじめ、「軍人勅諭」に違反し「政治に深く関与」し、「政治を壟断」した似非軍人がいかに多かったことか。
「軍人勅諭」に曰く「兵力の消長は是国運の盛衰なることを弁へ世論に惑はす政治に拘らす只々一途に己か本分の忠節を守り義は山嶽よりも重く死は鴻毛よりも軽しと覺悟せよ」と訓示されているにも関わらず、勅命を無視し、違反して横暴を極め、国民を塗炭の苦しみに陥れた。これをこれらの国賊が日本を破滅させたことを歴史の事実として決して忘れてはならない。
◆自衛官は、いまはまだ正式な「軍人」ではない。しかし、遠からずして、少なくとも「自衛軍」に改編されるはずである。そのとき、日本政府は、まず「教育勅語」と並ぶ名文である「軍人勅諭」に匹敵するか、これを上回る訓示を作成できるであろうか。甚だ覚束ない。それにもまして、新たに軍人となるいまの自衛官が、訓示を墨守できるであろうか。田母神俊雄前航空幕僚長のような「跳ね上がり」が世情を惑わすようでは、これもまた、疑わしい。この意味で、「軍人勅諭」の名調子を改めて味わっておくのも無駄ではない。
◆軍人勅諭 明治15年陸軍省 達乙第2号 (1月4日)
本日別紙之通 勅諭有之候条右写相添此旨相達候事(東京鎮台士官学校戸山学校教導団ヘハ「勅諭本書ハ追テ可相渡候事」ノ但書ヲ加フ参謀本部監軍本部近衛局ヘ通牒尤近衛局ヘハ但書ノ趣意ヲ加フ)
我国の軍隊は世々天皇の統率し給ふ所にそある昔神武天皇躬(み)つから大伴物部の兵(つわもの)ともを率ゐ中国(なかつくに)のまつろはぬものともを討ち平け給ひ高御座(たかみくら)に即(つ)かせられて天下(あめのした)しろしめし給ひしより二千五百有余年を経ぬ此間世の様の移り換るに随ひて兵制の沿革も亦屡(しばしば)なりき古は天皇躬つから軍隊を率ゐ給ふ御制(おんおきて)にて時ありては皇后皇太子の代らせ給ふこともありつれと大凡兵権を臣下に委ね給ふことはなかりき中世(なかつよ)に至りて文武の制度皆唐国風(からくにぶり)に傚(なら)はせ給ひ六衛府を置き左右馬寮を建て防人(さきもり)なと設けられしかは兵制は整ひたれとも打続ける昇平に狃(な)れて朝廷の政務も漸(ようやく)文弱に流れけれは兵農おのつから二に分れ古の徴兵はいつとなく壮兵の姿に変り遂に武士となり兵馬の権は一向(ひたすら)に其武士ともの棟梁たる者に帰し世の乱と共に政治の大権も亦其手に落ち凡七百年の間武家の政治とはなりぬ世の様の移り換りて斯なれるは人力もて挽回(ひきかえ)すへきにあらすとはいひなから且は我国体に戻(もと)り且は我祖宗の御制に背き奉り浅間しき次第なりき降りて弘化嘉永の頃より徳川の幕府其政(まつりごと)衰へ剩(あまつさえ)外国の事とも起りて其侮(あなどり)をも受けぬへき勢に迫りけれは朕か皇祖仁孝天皇皇考孝明天皇いたく宸襟(しんきん)を悩し給ひしこそ忝(かたじけな)くも又惶(かしこ)けれ然るに朕幼(いとけな)くして天津日嗣を受けし初征夷大将軍其政権を返上し大名小名其版籍を奉還し年を経すして海内一統の世となり古の制度に復しぬ是文武の忠臣良弼ありて朕を輔翼せる功績(いさを)なり。歴世祖宗の專蒼生を憐み給ひし御遺沢(ゆゐたく)なりといへとも併(しかしながら)我臣民の其心に順逆の理を弁(わきま)へ大義の重きを知れるか故にこそあれされは此時に於て兵制を更(あら)め我国の光を耀さんと思ひ此十五年か程に陸海軍の制をは今の様に建定めぬ夫兵馬の大権は朕か統(す)ふる所なれは其司(つかさ)々をこそ臣下には任すなれ其の大綱は朕親(みずから)之を攬り肯て臣下に委ぬへきものにあらす子々孫々に至るまて篤く斯旨(このむね)を伝へ天子は文武の大権を掌握するの義を存して再中世以降の如き失体なからんことを望むなり朕は汝等軍人の大元帥なるそされは朕は汝等を股肱(ここう)と頼み汝等は朕を頭首と仰きてそ其親(したしみ)は特(こと)に深かるへき朕か国家を保護して上天(しょうてん)の恵に応し祖宗の恩に報いまゐらする事を得るも得さるも汝等軍人か其職を尽すと尽さゝるとに由るそかし我国の稜威(みいず)振はさることあらは汝等能く朕と其憂を共にせよ我武維揚りて其栄を耀さは朕汝等と其誉(ほまれ)を偕にすへし汝等皆其職を守り朕と一心(ひとちこころ)になりて力を国家の保護(ほうご)に尽さは我国の蒼生は永く太平の福(さいはひ)を受け我国の威烈は大に世界の光華ともなりぬへし朕斯も深く汝等軍人に望むなれは猶訓諭(をしえさと)すへき事こそあれいてや之を左に述へむ
1.軍人は忠節を尽すを本分とすへし
凡(おおよそ)生を我国に稟(う)くるもの誰かは国に報ゆるの心なかるへき況(ま)して軍人たらん者は此心の固からては物の用に立ち得へしとも思はれす軍人にして報国の心堅固ならさるは如何程技芸に熟し学術に長するも猶偶人にひとしかるへし其隊伍も整ひ節制も正くとも忠節を存せさる軍隊は事に臨みて烏合の衆に同かるへし抑(そもそも)国家を保護し国権を維持(ゆゐぢ)するは兵力に在れは兵力の消長は是国運の盛衰なることを弁へ世論に惑はす政治に拘らす只々一途に己か本分の忠節を守り義は山嶽よりも重く死は鴻毛よりも軽しと覺悟せよ其操を破りて不覚を取り汚名を受くるなかれ
1.軍人は礼儀を正しくすへし
凡(おおよそ)軍人には上元帥より下一卒に至るまて其間に官職の階級ありて統属するのみならす同列同級とても停年に新旧あれは新任の者は旧任のものに服従すへきものそ下級のものは上官の命を承(うけたまわは)ること実は直(ただち)に朕か命を承る義なりと心得よ己か隷属する所にあらすとも上級の者は勿論停年の己より旧きものに対しては総へて敬礼を尽すへし又上級の者は下級のものに向ひ聊(いささか)も軽侮驕傲の振舞あるへからす公務の為に威厳を主とする時は格別なれとも其外は務めて懇に取扱ひ慈愛を専一と心掛け上下一致して王事に勤労せよ若軍人たるものにして礼儀を紊(みだ)り上を敬はす下を恵ますして一致の和諧(くわかい)を失ひたらむには啻(ただ)に軍隊の蠧(と)毒たるのみかは国家の為にもゆるし難き罪人なるへし
1.軍人は武勇を尚(とうと)ふへし
夫(それ)武勇は我国にては古よりいとも貴へる所なれは我国の臣民たらんもの武勇なくては叶ふまし況して軍人は戦に臨み敵に当るの職なれは片時も武勇を忘れてよかるへきかさはあれ武勇には大勇あり小勇ありて同からす血気にはやり粗暴の振舞なとせんは武勇とは謂ひ難し軍人たらんものは常に能く義理を弁へ能く坦力を練り思慮を殫(つく)して事を謀るへし小敵たりとも侮らす大敵たりとも懼れす己か武職を尽さむこそ誠の大勇にはあれされは武勇を尚ふものは常々人に接(はじは)るには温和を第一とし諸人の愛敬を得むと心掛けよ由なき勇を好みて猛威を振ひたらは果は世人も忌嫌ひて豺狼(さいろう)なとの如く思ひなむ心すへきことにこそ
1.軍人は信義を重んすへし
凡(おおよそ)信義を守ること常の道にはあれとわきて軍人は信義なくては一日も隊伍の中に交りてあらんこと難かるへし信とは己か言(こと)を践行(ふみおこな)ひ義とは己か分を尽すをいふなりされは信義を尽さむと思はゝ始より其事の成し得へきか得へからさるかを審(つまびらか)に思考すへし朧気なる事を仮初(かりそめ)に諾ひてよしなき関係を結ひ後に至りて信義を立てんとすれは進退谷(きはま)りて身の措き所に苦むことあり悔ゆとも其詮なし始に能々事の順逆を弁へ理非を考へ其言は所詮践むへからすと知り其義はとても守るへからすと悟りなは速に止るこそよけれ古より或は小節の信義を立てんとて大綱の順逆を誤り或は公道の理非に践迷ひて私情の信義を守りあたら英雄豪傑ともか禍に遭ひ身を滅し屍の上の汚名を後世(のちのよ)まて遺せること其例尠からぬものを深く警(いまし)めてやはあるへき
1.軍人は質素を旨とすへし
凡(おおよそ)質素を旨とせされは文弱に流れ軽薄に趨(はし)り驕奢華靡の風を好み遂には貪汚(たんを)に陷りて志も無下に賤しくなり節操も武勇も其甲斐なく世人(よのひと)に爪はしきせらるゝ迄に至りぬへし其身生涯の不幸なりといふも中々愚なり此風一たひ軍人の間に起りては彼の伝染病の如く蔓延し士風も兵気も頓に衰へぬへきこと明なり朕深く之を懼れて曩(さき)に免黜条例を施行し略此事を誡め置きつれと猶も其悪習の出んことを憂ひて心安からねは故(ことさら)に又之を訓ふるそかし汝等軍人ゆめ此訓誡(をしう)を等(なおざり)にな思ひそ
右の5ヶ条は軍人たらんもの暫も忽(ゆるがせ)にすへからすさて之を行はんには一の誠心(まごころ)こそ大切なれ抑此5ヶ条は我軍人の精神にして一の誠心は又5ヶ条の精神なり心誠ならされは如何なる嘉言も善行も皆うはへの装飾(かざり)にて何の用にかは立つへき心たに誠あれは何事も成るものそかし況してや此5ヶ条は天地の公道人倫の常經(じょうけい)なり行ひ易く守り易し汝等軍人能く朕か訓に遵(したが)ひて此道を守り行ひ国に報ゆるの務を尽さは日本国の蒼生挙(こぞ)りて之を悦ひなん朕一人(いちにん)の懌(よろこび)のみならんや
明治15年1月4日
御名
板垣英憲マスコミ事務所

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自衛隊は正式な軍隊ではないが、自衛官は「象徴たる天皇の自衛隊」であるとの誇りを持て!

2008年12月01日 21時30分11秒 | 政治
◆航空自衛隊の田母神俊雄・前幕僚長の「懸賞論文問題」に関する報道を追跡しているうちに、これまで平和認知症(ボケ=差別用語なのでいまは使えない)に陥ってすっかり忘却していたことを思い出した。それは「教科書問題」をめぐる対立構図である。
◆簡単に図式的に整理してみると、以下のようになる。
 A=日本の保守反動層(体制側保守的文化人・論客を含む)+自民党文教族・国防族+防衛省・自衛隊+軍需産業+日本経団連+勝共連合(統一教会)+産経新聞」+新しい歴史教科書をつくる会」+外国勢力(米国・米軍)
 B=日本の革新層(反体制側進歩的似非文化人・論客を含む)+旧社会党・共産党勢力+反戦自衛官+日教組・高教組など労組+出版労連+教科書執筆学者ギルド集団+朝日新聞+毎日新聞」+外国勢力(中国、韓国)
 C=野次馬集団(A側シンパ=「正論」「夕刊フジ」「諸君」「週刊新潮」など、B側シンパ=「週刊現代」「日刊ゲンダイ」など)
◆教科書問題は、保守勢力側が、昭和40年代に「家永訴訟」に危機感を覚えた「憂うべき教科書」問題を仕掛け、「教科書執筆学者ギルド集団」による「偏向教科書」を糾弾したときから先鋭化した。昭和57年6月26日、文部省が行った高校社会科などの教科書検定で、「侵略」を「進出」と書き換えさせられたと新聞、テレビ各社が報道し、中国や韓国から「日本攻撃」が激しくなり外交問題に発展、鈴木善幸内閣の宮沢喜一官房長官が謝罪した直後、この報道が「誤報」と判明し、取り返しがつかなくなった。産経新聞のみが一面トップ記事で「誤報」を認めて謝罪したものの、朝日新聞、毎日新聞などは、ミスリードを認めず、むしろ文部省批判に徹した。
 外交問題化した背景には、日本の革新勢力が中国や韓国に事前に情報を流して、日本政府・文部省に「外からの圧力」をかけさせたと言われた。中国政府は、日本からの経済援助拡大を要求する口実に、また韓国は、前年の昭和56年8月20日に行われた日韓外相会談で総額60億ドルの政府借款を日本側に正式要請し、9月10日の日韓定期閣僚会談で拒否されたことを不満に思っていたので、教科書問題をこれ幸いに「奇貨」としてとらえ、日本政府を非難攻撃し、目的を達成している。以後、両国は、日本からの援助を引き出す際には、日本の弱みに付け込んでくるようになった。「靖国神社」「歴史認識」などの 言葉は、日本に付け込む「刃」として有効性を発揮し続け、その果ての極めつけが「村山談話」であった。
◆田母神・前幕僚長の「懸賞論文問題」は、この2つの勢力の激突の末に発生したとも言える。田母神・前幕僚長が「A」側を代表する形で、「私見」を述べたが故に、大袈裟な大問題に発展したのである。
しかし、日本の自衛隊は、日本国憲法上、正式の軍隊ではない。けれども、正確に言えば、「国民の総意」に基づく「日本の象徴たる天皇」の「自衛隊」であることにもっと誇りを持つべきであった。私人としてはともかく、「公人」たる「自衛官」の立場を忘れて、「AvsB」の対立構図の一方に加担するような「懸賞論文」を発表したのは、少なくとも「特別国家公務員」として要請されている「中立公正」に反している。他方、政府・防衛省は、憲法第31条で保障されている「法的適性手続き」を省き、定年退職を強いて、かつ、退職金の自主返納を求めるなどは、およそ法治国家の処置とは、とても言えない。こういういい加減なことを続けていると、綱紀は、紊乱し、取り返しのつかないことになる。綱紀は、厳正でなくてはならないのである。
板垣英憲マスコミ事務所

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