世相を斬る あいば達也

「デモクラシーの限界 その先にあるもの」という視点に立って世相を斬る。唯我独尊の誹り怖れず

●安倍腰巾着三羽烏NHKの明子・産経の瑠比そしてTBSのY氏…

2016年09月27日 | 日記
総理の影: 菅義偉の正体
クリエーター情報なし
小学館


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●安倍腰巾着三羽烏NHKの明子・産経の瑠比そしてTBSのY氏…

 TBSの官邸担当記者時代、NHKの岩田明子、産経の阿比留瑠比、TBS山口敬之と言えば、安倍の太鼓もち番記者(腰巾着)三羽烏”と呼ばれ、癒着ジャーナリストのサンプルとまで言われている人物の本の話だ。幻冬舎と山口敬之氏とメンバーが揃えば、『総理』と云う名の書物がどんなものかは、読まずとも理解してしまう。筆者は、この本の宣伝を現代ビジネスサイトが取り上げた点に注目している。今春辺りからだが、現代ビジネスサイトや講談社が出版する書物等から、政権批判のトーンが静かになっていることが気がかりだ。

 今夜は、リテラのトコトン批判コラムと、ヨイショのヨイショ現代ビジネスの“本宣”を並べて載せておいた。万が一、購入されたい方の為に、Amazon本として紹介はしておく(笑)。講談社も、官邸の監視網から逃れることが無理だったようで、日刊ゲンダイだけは、お見逃しの手打ちかと思ったが、最近、日刊ゲンダイも、安倍官邸叩きのトーンは抑制気味だ。黒田や石原を叩くのに忙しいのか、安倍官邸叩きは、トーンダウンしている。そろそろ、反安倍ブロガー達への圧力が加わるのかもしれない?あいば達也は自殺などしないからね(笑)。そう言っておいて、ブログ連載をやめたら、泉田さんと“クリソツ”になってしまうね(笑)。

≪ TBS元記者の安倍政権PR本が出版!
幻冬舎が安倍首相と結託してまた政権PR本を出版!
著書は“安倍の太鼓持ち”で有名だった元TBSの官邸担当記者

 今週9日に、とある本が幻冬舎から出版される。書名は『総理』。著者は、安倍首相が官房長官だった時代からずっと番記者として張り付いていた、TBSの元政治部記者・山口敬之氏だ。触れ込みによると、その山口氏が過去の取材内容をもとに、安倍首相の官邸での内情、そして安倍首相を取り巻く麻生太郎や菅義偉といった周辺人物らの動きを〈迫真のリアリティで描く、政権中枢の人間ドラマ〉らしい。
 いったいどんな内幕が暴露されているのか、と思いきや、いち早く内容を知り得た出版関係者によると、「中身は完全な“安倍ヨイショ本”」だという。
  「一応、ドキュメンタリータッチで描かれているんですが、最初から最後まで、批判的な視点は一切なし。安倍首相がいかに素晴らしいか、国家のことを考えているか、ということしか書いていない。右派思想への賞賛や歯の浮くような美辞麗句が散りばめられていて、ただのPR本ですよ」
 しかし、それも当然だろう。著者である山口氏は、TBSの官邸担当記者時代、NHKの岩田明子、産経の阿比留瑠比と並んで、“安倍の太鼓もち番記者三羽烏”と呼ばれていた典型的な癒着ジャーナリストなのだ。 「山口氏はリベラルなTBSの中では珍しいゴリゴリの右派。それもあって官房長官時代から安倍さんとはウマが合い、まるで秘書官のようにべったり寄り添っていた。安倍さんが“山ちゃん”と呼ぶくらいの間柄です。しかも、それだけ密着しながら、重要な政界情報は社には上げず、安倍さんのヨイショや政敵を貶めるような謀略情報ばかり流そうとして、報道局といつも揉めていた。TBSも頭を抱えていたようです」(全国紙政治部記者)
 それを象徴するような、とんでもない行動も発覚している。なんと、山口氏はTBS時代、安倍首相の靖国神社の極秘参拝に同行しながら、それを記事にしなかったというのだ。 「安倍さんが総理になる直前、官房長官だった2006年4月に極秘で靖国神社を参拝していたことが発覚するんですが、じつはこのとき、山口記者も同行して一緒に参拝していたというんです。ところが、山口記者はそれを一切報道せず、外部に知られないようなアリバイ工作にも協力していた」(政治評論家)
 大きな国際問題に発展する可能性もある重要な現場に立ち会いながら、記事にしないで、極秘行動をサポートするとは、もはや記者というより、秘書官としか思えないが、そのあと、安倍氏が首相になって第一次政権を樹立した後も、そして第二次政権でも、山口記者はこうした安倍氏の情報操作や安倍氏を利するようなPRを流し続け、安倍首相に不利な情報は一切流さなかった。
 また、山口氏はその後、ワシントン支局長に栄転するのだが、その際、韓国軍がベトナム戦争の時に慰安所を設けていたという記事を、会社に無断で「週刊文春」(文藝春秋)に発表。それをきっかけに営業職に配転されることになる。
  「これも大元の情報源は安倍政権内部だったと言われているんですが、それはともかく、他媒体に無断で記事を発表したことで、さすがにTBSも問題視せざるを得なくなったらしい。それで山口氏を営業職に異動させたところ、山口氏はこれを不服として退職をしてしまった。しばらく噂を聞かず、いったい何をするのか、と思っていたら、安倍首相のヨイショ本を出すというので、なるほど、と思いました」(前出・全国紙政治部記者)
 こんな人物が書くドキュメンタリー本なのだから、「安倍PR」になるのは当然だろう。
 いや、それだけではない。実はこの『総理』はそもそも、幻冬舎の見城徹社長と安倍首相サイドが相談をして出版を決めた本らしいのだ。
 「今回の出版は、安倍首相から直接、幻冬舎の見城社長に持ち込まれた、と聞いています。いずれにしても、参院選のためのPR作戦の一環であることは確実でしょう。実際、見城さんはこの本に異常なくらい入れ込んでいて、営業にも絶対にべストセラーにするぞ、とハッパをかけています」(出版関係者)
 安倍首相と見城社長の“蜜月”については、これまで何度も本サイトが報じてきたが、そのきっかけとなったのは、下野していた安倍氏が2012年の自民党総裁復帰の直前、自分の信奉者だった自称文芸評論家で、現在、極右団体「放送法遵守を求める視聴者の会」事務局長の小川榮太郎氏に『約束の日 安倍晋三試論』という礼賛本を書かせ、それを幻冬舎から出版したことだった。
 この本を安倍事務所が大量に買い占めをして、大手書店で売れ行き1位をとらせ、幻冬舎がそのことを謳う大きな新聞広告を打つ。そうやって、安倍晋三という政治家の復活を後押ししたのだ。
 ちなみに、安倍首相の政治資金団体「晋和会」の政治資金収支報告書にも記載されているように、安倍首相は少なくとも『約束の日』を2380冊、計374万8500円分を購入していることがわかっている。
 おそらく、今回も、安倍事務所がこの『総理』を大量に買い占め、幻冬舎が新聞に「◯◯書店で売れ行き1位」などといった広告を打つ、というえげつない商法が繰り返されるのだろう。
 さらに、この山口氏が安倍ヨイショだけでなく、安倍政権の意を受けて、古巣のTBS批判を繰り広げ、報道圧力の口実づくりをする可能性も考えられる。
  「山口氏は自分を左遷したTBS上層部には相当な恨みをもっていますからね。それこそ、保守メディアなどであることないこと書き立て、小川榮太郎らの『視聴者の会』と組んで、圧力を加える可能性は十分ある。いま、安倍政権はとにかく、改憲を前に右派人脈を総動員してリベラルメディアの封じ込めを画策していますから、間違いなく山口氏をそのために使うでしょう」(前出・全国紙政治部記者)
 メディアを飼いならし、ジャーナリスト、評論家を使って、彼らに「偏向」を叫ばせて、批判意見を封じ込める──安倍首相のこの卑劣な“圧力軍団”の隊列にまた一匹、犬が加わったということらしい。
 ≫(リテラ:社会・マスゴミ:田部祥太)

 以下が、現代ビジネスがヨイショしている、安倍ヨイショ出版社の、ヨイショジャーナリストによる、ヨイショな本の番宣だ。とくと、お読みいただきたい。無論、下部にAmazon購入バナーのオマケも貼りつけておきますので、ご購入の際はご利用ください。A事務所が1000冊くらい追加注文してくれないかな?しかし、山口氏は、安倍晋三ネタ物以外、今後どういう記事を書くのか、個人的には愉しみだ。永遠に安倍政権が続くことはないのだから、次の憑りつく政治家も探さないと。蓮舫さんなどはイカガデスカ?

≪ だから私はTBSを退社し、この一冊を著した」
~永田町を震撼させたエース記者の回想
■永田町を震撼させた一冊
「これ、あさって議院を解散する時の会見原稿なんだけどさ、ちょっと聞いてみてよ」
  安倍は本番さながらに、私に向かって語りかけた――。
目の前で、現職の総理が解散を宣言している。私はまるで自分が、官邸1階の記者会見室にいるような錯覚にとらわれた。 6月に発売されるや、永田町を震撼させた『総理』(幻冬舎刊)の一節である。 衆院解散を決意した安倍総理が、書き上げたばかりの演説草稿を読み聞かせるほどに信頼を寄せる「私」とは、著者の山口敬之氏のことだ。
  1990年、TBSに入社し報道局に配属された山口氏。これまでに社長賞や報道局長賞などの社内表彰を39度も受けたという、同局きっての「エース記者」だった。 今年5月にTBSを退社し、フリーランスのジャーナリストに転身、その直後に刊行された本書では、自民党が大敗を喫した2007年参院選から第二次安倍政権発足に至る舞台裏や、シリア情勢をめぐる官邸と米・ホワイトハウスとの緊迫したやり取りなど、政権内部の動きが克明に描かれている。
  とりわけ、第一次安倍政権での参院選惨敗から総理辞任に至るドキュメントは圧巻だ。 安倍総理本人や麻生太郎外相、与謝野馨官房長官(肩書きはいずれも当時)ら重要閣僚をはじめ、多くの政界関係者を取材した結果、山口氏は当時、誰も予想していなかった「安倍総理辞任」をスクープする。TBSは全てのマスコミに先駆けて総理辞任の速報テロップを打ったのだった。その舞台裏を描いた場面は、まるでミステリー小説を読んでいるかのような刺激を読者に与える。
「総理は今日これから辞任する。用意してあるスーパー(速報字幕)を今すぐ打ってください」
「何だって? おい、大丈夫か。誤報だったら社長の首が飛ぶぞ。裏はとれているのか」
「つべこべ言わずにすぐ打てよ」
(中略)
永田町を知り尽くした老獪な政治家をも驚かす速報を打った直後から、私の携帯はなりっぱなしとなった。掛けてくるのは、主にかねて付き合いのある与野党の政治家、秘書、官僚達だった。彼らは異口同音にこう叫んだ。
 「総理が今日辞めるなんて、あり得ないんじゃないですか!?」
(中略)
 しかし確かに予兆はあったのだ。辞任に先立つ3週間ほど前から、いくつかの小さな出来事が、永田町の注意深い観察者にだけ、首相の異変を静かに告げていた。

 以下、山口氏がなぜ総理辞任の「確信」を得たのか、その謎が解き明かされていく。『総理』には、第一線で取材をしてきた記者にしか書けない事実が詰め込まれている。 が、それほどのエース記者が、一体なぜTBSを辞めて独立したのか。本書執筆にいたる経緯、そして安倍政権の行方について、本人に聞いた。

■TBSを去った理由
TBSを辞めたのは、「取材したことを報道する」という、ジャーナリストとして当たり前のことができなくなったからです。 私は政治部を経て、2013年にワシントン支局長としてアメリカに赴任しました。このとき、現地の公文書館で、ベトナム戦争中に韓国軍が慰安所を設けていたことを示す文書を発見しました。貴重な文書ですから、すぐにニュース番組のなかで放送したいと掛け合ったのですが、上層部は「デリケートな問題だから、文書だけではダメだ。その現場にいた人の証言が得られなければ、放送しない」と消極的でした。
  そこでさらに取材を進めた結果、当時、現場にいたというアメリカ人を発見、カメラの前でそのときの証言もしてくれたんです。「これならいける」と映像編集作業も終えたのですが、またしても会社の答えは「放送できない」でした。 いったいなぜダメなのか、理由を質しても「君のためにならない」「大統領選も控えている」などと、要領を得ない答えが返ってくるばかりでした。

 これほど重大な事実を伝えないのであれば、もはや自分はジャーナリストではなくなってしまう――葛藤の末、山口氏はその取材を『週刊文春』誌に寄稿。『米機密公文書が暴く朴槿恵の゛急所゛ 韓国軍にベトナム人慰安婦がいた!』というタイトルで、2015年4月2日号に掲載されたこの記事は国内外で大きな反響を呼んだ。
 ところが、TBS上層部は、山口氏が他社の媒体で取材成果を発表したことを問題視したという。 会社からは、ワシントン支局長を解任、営業局へ異動という処分を受けました。異動には納得できない気持ちもありましたが、当初は別の部署からテレビ局という組織を見てみるのもいい経験になるかもしれないと考え、配属先での仕事に取り組んでいました。
  しかし、私の本性は記者ですから、取材して発信するという仕事ができないことには耐えられなかった。何より、取材した成果を明確な理由もなく報道させない組織に所属していても仕方がないと考えたのです。そして、退職を決意しました。 ちょうどその頃、本を書かないかというお話をいただいたので、退職を機に、これまでTBS記者として取材をしてきたこと、またテレビという枠組みでは報道できなかったことを書こうと思ったんです。
■「太鼓持ち」と言われても
 そして書き上げたのが『総理』だ。山口氏も語るように、同書には組織に所属していては公開をためらわれるような、政権幹部の生々しい肉声が収められている。
 執筆に際しては、私が実際に見てきた事実だけを書くことを徹底しました。今、世の中にある政治関連書は、ほとんどが「安倍さんは素晴らしい」という〝親安倍〟か、「アベ政治を許さない」と主張する〝アンチ安倍〟か、どちらかの立ち位置に偏って書かれたものばかりで、政権の実像をそのまま描いたものがない。 そこで、礼賛や批判といった評論ではなく、「誰がいつ何を言ったのか」「その時どんな表情だったのか」といった〝ファクト〟を、なぜ私がその場で目撃していたのか、という経緯まで含めて、全面的に情報開示しようと思ったんです。
  現政権には私と付き合いが長い政治家が何人かいます。そうした複数の政治家から話を聞くことによって、政権の実像を俯瞰して書くことができたと自負しています。

 当人は「たまたま付き合いが長いだけ」と謙遜するが、実際のところ、山口氏の政権幹部へ「食い込み」は、並のものではない。
 2012年に安倍氏が自民党総裁に返り咲いた際には、菅義偉氏をして「山口君の電話がなければ、今日という日はなかった」と言わしめ、内閣改造時には、麻生氏直筆の「人事案」を山口氏が総理のもとに届けることもあった、と本書では明かされている。 安倍総理や麻生財務相といった政権幹部の生の声を引き出そうと努力するほど、社内外から「山口は安倍政権の太鼓持ちだ」という批判の声が聞こえてくることもあったようだ。 そのこと自体は、山口氏は気に留めなかったという。だが一方、政治記者が取材対象に深く迫る過程で、「外部からの観察者」という立場を越え、自らの動きが政局に影響を及ぼしてしまう、という点については「苦悩はあった」と明かす。
  たとえば、ある〝ネタ〟が入ってきて、その真偽を問うために政治家のところへ取材に行ったとします。すると「TBSの山口が、あのネタを誰々にぶつけた」という情報が、他の政治家や官僚、さらに他の報道機関にも伝わり、永田町に「さざ波」が立つ。そして、その小さな『さざ波』がやがて政治の流れを変えてしまうことも、現実にはあるのです。
  政治記者になったばかりのころは、そのことに抵抗がありました。「自分は、記者の範疇を越えてしまっているのではないか」、と。 しかし、永田町では取材対象である政治家に近づくうち、いやでも一定の役回りを担わざるを得なくなるんです。単に記者会見や夜回りで聞いた話だけを書いている新人記者ならともかく、政治記者として一人前になれば、必然的に「永田町の住人」になってしまう。そういうものだと思っています。 その代わり、自分が永田町で見聞きしたことは、必ずオープンにしなければならない。すぐに公表することができない話であっても、いつか必ず書く。それが記者だと思っています。それが、本書を記した最も大きな理由のひとつです。
■安倍政権のこれからを読む
 『総理』は、まさに山口氏が政治記者として見聞きしてきた事実が余すところなく書かれている。永田町からの反響は〝さざ波〟どころではなかった。 書店に並ぶまで、私がどういう本を書いているのかは安倍総理や麻生副総理も含め、誰にも言わなかったんです。
伝えてしまえば、『あの話は書かないでくれ』などと言われる恐れがありますし、何を書くかは自分自身で判断しなければ記者ではありませんから。誰にも伝えなかった。 それだけに、発売後の反響は大きかったですね。この本に登場する人からすれば、絶対に世に出ないと思っていた話が書かれているわけですから、「そこまで書いたのか」とか、「俺はあのとき、そういう意図でああ言ったわけじゃない」と言われました。 一方で、「そうそう、確かにああいう経緯だったね」と言われることもあって、反響は様々ですね。
  自分でも、少し書き過ぎたかなと思いましたが(笑)。もちろん、これまで築いてきた関係が壊れてしまうのではないか、と考えはしました。それでも、もしこれで政治家との関係が壊れてしまうのなら、仕方がないと開き直って書きました。それだけ、真剣勝負をしている一冊だと、自負しています。

 記者として、最も至近距離から安倍政権を見てきた山口氏。その目に、今後の安倍政権の課題はどう映っているのか。

 これまで総理と接してきた経験から言うと、彼の頭の中に「憲法改正」と「北方領土返還」があることは間違いないでしょう。このふたつは、祖父である岸信介元首相が「戦後の政治家が解決できなかった課題」として挙げたものです。これを安倍総理は背負っている。 総裁任期は2018年9月までとの2年あまりですから、短い期間にこれだけ大きな政治課題をふたつも達成することができるのかという疑問もあるでしょう。 しかし私は、スケジュール的にはぎりぎり間に合うと見ています。むしろ「憲法改正」と「北方領土返還」は、セットで進めたほうが達成しやすいとも言えます。 どういうことかと言うと、いずれ安倍さんが憲法改正の信を問うために衆院を解散する時、「憲法改正」だけでは勝てないかもしれないけれど、そこに「北方領土が返ってくる」というプラスファクターがあれば、より有利になるということです。ふたつをセットで進めるということは、安倍総理も意識していると思います。

■「評論」はしない
山口氏は任期末に向け、安倍総理が政権をどう「閉じるのか」を注視しているというが、今後執筆を考えているテーマは、それだけではないという。〝組織という楔〟から解き放たれた敏腕記者はどこへ向かうのか――。

 今後の仕事については、いろいろ考えているところですが、はっきり言えるのは、「評論」はしないということ。今の日本では、ジャーナリストなのか評論家なのか、あるいは活動家なのかわからない人が少なくない。メディアとしても、あれこれ評論してくれる人のほうが使いやすいという事情もあるでしょう。 しかし私は、自分が取材した事実を提示することに特化した仕事をしていこうと思っています。 今回の本を読まれると、私はドロドロした人間模様を取材することを好む政治記者だと思われる方もいるかもしれません(苦笑)。しかし、私の取材テーマは日本政治に限りません。 駆け出しのころはカンボジアの内戦を取材しましたし、ロンドン支局やワシントン支局で海外取材も経験しています。そうした蓄積をもとに、これからは外交や国際関係の分野でも書いていきたいですね。
 ≫(現代ビジネス>政治>メディア・マスコミ『総理』著者山口敬之に聞く:平井康章)

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総理 (幻冬舎単行本)
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●どうしてプーチン人気は落ちない? 出生率まで伸びている

2016年09月26日 | 日記
ユーラシアニズム―ロシア新ナショナリズムの台頭
チャールズ・クローヴァー
NHK出版


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●どうしてプーチン人気は落ちない? 出生率まで伸びている

 世界の七不思議のように、西側陣営の論者が、嘆き半分で、以下のようなコラムをロイターに書いていた。おそらく、いまだに、世界に影響力を及ぼす人物ランキングでは、トップに君臨するロシア・プーチン大統領が落ちる気配はみられない。西側陣営のマスメディアが、メディアスクラムを組み、日々口汚く、あることないこと捲し立てているのだが、一向に人気が衰える気配がない。これを、単なる偶然などと考えているのは、日本人くらいのものなのではないだろうか。筆者も、アメリカ一国主義を強く牽制し、ガチンコ対立も辞さないウラジミール・プーチン大統領には、一定の畏敬の念を持っている。少なくとも、オバマやヒラリーや安倍晋三の数倍世界に影響する人物と認識している。

■2015年世界で最も影響力のある人物ランキング(米・フォーブス誌) 1、プーチン 2、メルケル 3、オバマ 4、フランシスコ・ローマ法王 5、習近平 6、ビルゲイツ 7、イエレン 8、(キャメロン) 9、モディ印首相 10、ラリーペイジ*グーグル 11、ドラギEU銀 12、李克強 13、バフェット……28、豊田章男……41、安倍晋三……50、黒田日銀 51、孫正義‥となっている。2016~17年には、オバマ、キャメロン、もしかするとメルケル?、黒田日銀がランキング外になるかもしれないが、安倍晋三は60位くらいでギリギリ死守と云うところか(笑)。たしか、それにしてもプーチンは3年トップ堅持だ。


≪ 苦境のロシアで「プーチン帝政」人気の謎
[22日 ロイター] - ロシア下院選の数日前、同国で政治腐敗撲滅キャンペーンを行っているアレクセイ・ナバリヌイ氏が、メドベージェフ首相(前大統領)が使用するカントリーハウスの動画を公開した。
 ナバリヌイ氏とその仲間たちは、メドベージェフ氏がボルガ川近くでキノコ採りに興じている写真をインスタグラムに投稿したことを手掛りに、同氏の居所を突き止めたのだ。
 ナバリヌイ氏の財団はカメラを搭載したドローンを借り、当該の地域を飛行させた。その結果得られた映像には、ヘリパッド、プール、人工スキー場、使用人の居住地区、ゲストハウス、通信ステーション、大きなガレージ、ホーバークラフト2隻が停泊する港、そして見事に修復された18世紀の大邸宅を擁する約80ヘクタール(約200エーカー)の広大な地所が映し出されていた。
 この地所の購入資金は新興財閥の大富豪2人が払ったものとされ、「ダール」と呼ばれる慈善団体名義で登記されている。メドベージェフ首相の妻であるスベトラナさんと関係の深い団体だ。
 政権トップの腐敗を示す1つの証拠として、この動画は効果抜群だった。だが、有権者がこうした腐敗に抗議するために1票を投じるように誘う戦略としては失敗に終わった。この動画が影響を及ぼすはずだった下院選で、プーチン大統領の与党「統一ロシア」は議席を大幅に増やした一方、「統一ロシア」と協調した議決行動を取ることの多い政党3党は議席を減らした。
・明るいニュースもある。「統一ロシア」は議席を増やしたものの、得票数は減った。しかし実のところ、旧ソ連崩壊後のロシアで初めて投票率が50%を切ったというだけの話なのだ。
 では、暗いニュースは何か。リベラル派の野党は、いずれも議席獲得条件である5%の得票をクリアできなかった。唯一のリベラル派国会議員だったドミトリー・グドコフ氏は議席を失った。
 まぎれもない勝者であるプーチン大統領は、選挙の成功について、淡々とした短いコメントを残しただけだった。謙虚にも見えるが、「統治者とすれば議会などは煩わしいものでしかない」という見方を反映する対応だったかもしれない。
 スラブ諸国の歴史を研究するティモシー・スナイダー氏は今週、プーチン大統領はロシアの哲学者イワン・イリインの支持者であるという見解を示した。第2次世界大戦後、イリインは亡命中に著した論文のなかで、ロシアにはファシズムが必要であり、選挙は国家指導者への支持を示す儀式としてのみ行われると主張している。
 今週、セルビアの首都ベオグラードで開かれたリベラル派ロシア人を中心とする集まりで、筆者はレバダ・センターのレフ・グドコフ所長の話を聞いた。レバダ・センターは独立系の世論調査機関だが、「外国の代理人」と認定され、事実上、活動禁止状態に置かれている。
 グドコフ所長は、ロシアの現状を批判的かつ明快に解説してくれた。ロシア国民の生活水準が急激に悪化しているにもかかわらず、80%以上というプーチン氏の支持率が落ちないという奇妙な事実を、次のように説明している。
 プーチン大統領は、実質的に、他の政府関係者に向けられがちな批判を超越した場所に立っているからだ。つまりプーチン氏は、ロシアを守護し、世界的に偉大な存在たらしめた畏怖すべき人物たちのために用意された領域に生きているのだ。たとえば、イワン4世(「雷帝」)、ピョートル1世(「大帝」)、そして、ヨシフ・スターリンである。 グドコフ所長は言う。「人々は、プーチン氏が政治腐敗に関係している可能性、それどころか自ら政治腐敗を画策している可能性さえ否定しない。だが、彼がやっていること、彼が象徴していることに比べれば、それは重要ではない。プーチン氏はわれわれにより良い生活を与えてくれる、と人々は言っている」
 グドコフ所長はさらに、中流階級の消費者となったロシア国民でさえ、いまだに逆境に耐える習慣を備えている、と指摘する。「生活というのは厳しいものであるはずだ、と考えている。だから彼らは、尊厳が傷つけられたと感じない限り、抗議もしない」
 グドコフ所長も、モスクワの独立系シンクタンク、政治技術センターのアレクセイ・マカルキン副所長も、こうした風潮が近い将来変わるとは考えていない。
 「現実には、今は1つの声しか聞こえない。言論の自由とは、正しいことを言う自由だ。どうして間違っていることを言えるだろうか。子どもたちがあなたの言葉を聞いて、間違った考えをもって育ってしまうのではないかと考えてみてほしい」とマカルキン氏は言う。
 プーチン氏が2018年の大統領選で再び勝利を収めれば、直接、あるいは自分の言いなりになる仲間のメドベージェフ氏を通して、20年以上にわたり権力を握り続けていることになろう。
 最近の2世代が知っているのは、プーチン氏の統治のもとで育まれる文化、同氏のメディアが流布するプロパガンダ、刷り込まれる「包囲されている」という感覚、強さ・侵略の必要性、帝国主義的な要請だけということになる。彼らにとって、新世代の独裁者のなかでも第一人者であるプーチン氏は、「権力があればうまくいく」という最も分かりやすい手本なのである。
 欧州が経済の停滞、ユーロの動揺、若者の失業率の高さに苦しむ様子を見るロシア国民は、「ほら、民主主義だとああなってしまう」という言葉を聞かされているのだ。
 だが、「民主主義」とは今でもやはり、市民社会と言論・報道の自由を育むような政策・慣習・法制度の集合を意味している。こうした価値観は、この世界ではあまりにも簡単に(一部の地域では激しく)否定されてしまうだけに、やはり保護していく必要がある。そして実は、これらが最も露骨に否定されているのはロシアなのである。
 ベオグラードで聞いた社会学者エラ・パネヤク氏の話によれば、ロシアは今のところ独裁国家のように見えるかもしれないが、人々の行動や市井における会話は急速に変化しているという。ロシア国内では、慈善活動への寄付が増え、人々の関係はより開放的になり、性的な問題についてもオープンな議論が行われるようになっている。こうした流れにより、避妊具の利用が増え、妊娠中絶率が低下し、性的虐待に関する公的な議論が拡大しているという。
 国家の資源を流用して帝政時代の貴族階級のような生活を送る旧世代による統治に甘んじることを、いずれは社会の変化に寛容な世代が拒否するようになる――われわれはそれを期待しなければならない。

*筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
 ≫(ロイターコラム:John Lloyd)


 上掲のコラムニストJohn Lloydは、ロシアのリベラル派や「外国の代理人認定組織(NGO,NPO等)」の代弁者と云う立ち位置で、西側陣営の普遍的価値に基づいてロシア及びプーチン大統領の権力を批判している。しかし、プーチン大統領が名実ともに“世界に影響力を持つ人物”において3年連続である事実は、大きい。また、上掲コラムでも述べられているが、そもそも、ロシア人と云う民族は、耐乏生活に柔軟に応じる資質を持ち合わせている。基本的には、縄文人的日本民族と似ている。在るがまま、与えられるが儘の中で、生きると云う修正と知恵がある。直近で考えれば、ソ連崩壊時の経済状態を知っている人々も多いので、それよりも数段上等になっているとの認識だ。

 アメリカから、あれだけの過酷な経済制裁を加えられても、一歩も引かない「おらが国の大統領はエライ!」と云う評価の方が、断然優勢なのだ。プロテスタント的善に基づくアメリカン・デモクラシー或いはEUデモクラシーなどと云うものは、一種の欺瞞であり、徐々に綻びてきている。ソ連共産主義が、一歩早く滅びたが、西側デモクラシーも風前のともし火で、それ程変わりはない。そして、EUとの交易の道を閉ざされた分、自国生産の道を模索し、徐々に軌道に乗せている事実を彼らは知っている。原油の輸出に頼りすぎた経済構造を、彼らは苦境を与えられたことで、軌道修正していることになる。つまり、オバマは、結果的に、制裁を与えたが、ロシアを強くしてしまったのは、神のなせる業だ。

 その証拠とまでは言わないが、ロシア国内で、大騒乱のような事は起きていない。西側に言わせれば、ファシズム監視体制が行き渡っているからと言いたいのだろうが、あの国土を、警察国家や保安国家として、監視国家にすることは、不可能に近い。最近の情報によると、ロシアの失業率は低く抑えられ、共住環境も整備が進み、出生率も1.83人と、2.2人方向に向かっているそうだ。日本は、改善したといっても1.46人だから、相当に違うようだ。生きるか死ぬかのような国だったら、出生率が伸びると云う現象は説明がつかない(笑)。


≪ 出生率が不況でも上昇の理由
 経済危機にもかかわらず、ロシアの出生率が上昇している。その理由として、専門家は失業率の低さをあげる。だが、それだけではない。
 ロシア経済の停滞は、「国民の再生産行動」に影響をおよぼしておらず、2016年、家庭は子どもをつくりつづけている。「ロシア経済・国家行政アカデミー」社会分析・予測研究所の専門家が、ロシアNOWの依頼で調査を実施し、このような結論に達した。
 2016年上半期にロシアで生まれた子どもの数は、不況にもかかわらず、昨年、一昨年の同じ時期と比べて、減少してはいない。今年の出生数は昨年の同じ時期より1.6%増えた。「ロシア連邦国家統計局」の公式データがこれを証明している。同時に、ロシア人の15%は、職を失っていたら、子どもをつくっていなかっただろうと回答している。
■なぜ増えているのか
 「現在の不況は、2008年の金融危機と同様、子どもを持ちたいという気持ちおよび新生児の出生の時期に影響するほど大きくはない」と、調査を行った、社会分析・予測研究所人口統計・移民・労働市場研究室のアーラ・トィンディク室長はロシアNOWに話す。
 家庭の多くが直面している不況の問題とは、物価の上昇および収入の減少で、すでに順応したのだという。より重要な要因である失業に直面した人は少ないと、トィンディク室長は説明する。
 「国民は経済の現状を危機の深刻な段階とは考えておらず、今ある条件に適応した」と、ロシアの投資会社「フリーダム・ファイナンス」ロシア株式市場運用管理責任者のゲオルギー・ヴァシチェンコ氏は説明する。また、国は住宅ローンの補助金を含む、高額な社会支援を止めていないという。
 出生率が上昇している理由の一つとして、近年の住宅用不動産の竣成の増加を、専門家は指摘する。「実際の収入や全体的な経済状況とは関係なく、不動産の建設から2~3年遅れて出生率があがる」と、ロシアの大手証券会社「フィナム」の金融アナリスト、ティムール・ニグマトゥッリン氏は話す。ロシアでは、2013年に15.5%増の6940万平方メートル、2014年に14.9%増の8100万平方メートル建設された。これが出生率の維持にもつながったという。
 第二子の出産も出生率の上昇に影響をおよぼしていると、トィンディク室長。長く続いた1990年代の負の影響が収まり、回復に向かう流れが2000年代半ばに始まった。「第二子を産んでいる女性の平均年齢は30~35歳で、この世代は人口が多い」とトィンディク室長は説明する。現代の女性は平均して、1990年代および2000年代初めに若い時期を迎えた女性よりも、多くの子どもを産んでいるという。

■今後はどうなっていくのか
 ロシア連邦国家統計局のデータによると、女性1人あたりが出産する子どもの平均人数を反映した出生率は、2015年に1.77人まで増えた。2016年上半期は約1.83人になったと、マクシム・トピリン連邦労働・社会保護相は話した。
 ロシアで出生率が最も下がったのは、現代ロシア史最悪の金融危機が起こった後の1999年で、1.157人であった。
 現在の出生率でも国の発展には不十分だと、専門家は考える。「人口の単純再生産には、女性1人あたり少なくとも2.2人の子どもが必要。1.83人では十分な経済力を確保できない」と、ロシアの証券会社「オトクルィチエ・ブロケル」最高経営責任者マクロ経済顧問のセルゲイ・ヘスタノフ氏は話す。そのため、現在、ロシアの人口増を支えているのは、主に移民の流入なのだという。「2人以下は人口再生産を狭める。自然な人口増加は、可処分所得の実質ベースの増加よりも遅く始まる。タイムラグを入れると、2020年以降になる可能性がある。
 2016年上半期、ロシアの人口は3万2200人の自然減であったが、これは昨年の同じ時期と比べると2分の1の減少幅である。  
≫(ロシアNOW>2016年9月23日:アレクセイ・ロッサン)

宗教・地政学から読むロシア 「第三のローマ」をめざすプーチン
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日本経済新聞出版社


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●“さんずい疑惑”まで浮上しかねない豊洲新市場 築地新開発絡み

2016年09月25日 | 日記
黒い都知事 石原慎太郎 (宝島SUGOI文庫)
一ノ宮 美成,グループ・K21
宝島社


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●“さんずい疑惑”まで浮上しかねない豊洲新市場 築地新開発絡み

 今夜は、以下のビデオニュースドットコムのニュースコメンタリー『豊洲市場をゼロから見直すべきこれだけの理由』の解説記事と、無料で観られる、コメンタリーの動画URLを紹介しておく。解説文においても、動画においても、“さんずい疑惑”を正面に取り上げてはいないが、その暗部は充分に読み解ける。石原都政時代に大きく動いた豊洲市場だが、何か、都知事の任期に合わせて、取りあえず、既成事実を作ってしまえばどうにかなると云う杜撰さが目立つ。

 九分九厘、築地と云う、都心に隣接した土地の大規模開発計画が、築地移転計画の大前提にあったのだろう。つまり、築地市場移転は、「築地大規模開発計画」の“刺身のツマ”に過ぎなかったと云う事実が見えてくる。しんぶん赤旗が、築地跡地に関して、以下のような情報を記事にしている。この森ビル関連だけが、築地移転、跡地開発の暗部ではないだろう。きっと、もっとスケールの大きいところで、様々な暗躍が存在すると見るべきだ。

≪ 【築地市場用地の利用】 東京都 森ビルにひそかに検討委託
   内部文書本紙入手 癒着明らかに
 東京都が築地市場(中央区、23ヘクタール)を廃止し、豊洲新市場(江東区)に移転させる計画をめぐって、大手不動産会社の森ビルに跡地利用の検討をひそかに委託していたことが、本紙が入手した都の内部文書で明らかになりました。また、森ビルには都の局長級OB3人が天下りしていたことも判明、大手不動産会社との癒着が問題になることは必至です。
 都は、調査委託した築地跡地処分にかかわる報告書を公表していません。本紙は、森ビルに委託してまとめさせた「報告書」があるとの情報を得ました。
 本紙は都に情報開示請求を行い、森ビルの「築地市場移転後の用地開発に係る調査委託報告書」(2012年3月)を入手しました。
 森ビルの報告書は、築地市場跡地を、オフィス中心型、複合型、住宅中心型を柱に九つの案を提案。具体的内容や、都が負担する基盤整備費の試算などは非開示で、黒塗りだらけでした。報告書は、すべてオフィスビル街にした場合、オフィス床の供給量は約90万平方メートルで、都心3区で16~20年の5年間に増える総床面積に匹敵すると試算しています。
■都局長OB3人森ビルに天下り
 一方、本紙調査で、都の元技監や都市整備局の局長級OB3人が、2008年から13年の間に、森ビルに天下りしていたことがわかりました。都幹部OB名簿によると、3氏の森ビルでの役職は、特別顧問、顧問です。
■委託は大問題
田辺七郎氏(臨海部問題・中央区の会会長)の話  築地市場跡地の開発構想の検討を、森ビルに委託したことは大問題です。中央区では再開発が相次ぎ、保育園待機児が急増し住環境が悪化しています。これ以上、高層オフィスビルやマンションを林立させることを、区民は望んでいません。
■解説 築地再開発は白紙に戻せ
 築地市場の移転方針は石原慎太郎元知事が2001年に強引に決定。都はこれまで豊洲新市場の整備に5884億円を投じてきました。
 豊洲新市場の整備費が大幅に膨れ上がったことから、都は財源不足を穴埋めするため築地市場用地の売却を検討しています。しかし、築地市場用地をすべて売却しても、整備費をまかなえるのかは疑問です。  都の幹部は「築地市場を移転しても当面は駐車場などに使うだけで、本格的な土地処分は20年東京五輪以降になる。民間企業がいろいろ跡地再開発に割り込もうとしている」といいます。
 都は、中央区晴海に20年東京五輪の選手村を計画、大手デベロッパー11社グループに都有地を1平方メートルあたり9万6000円余と破格の値段で売却し、24年度までに計23棟・約5650戸のマンションを建設させる計画です。築地市場跡地にマンションを建設すれば、過剰供給問題に拍車をかけることになります。
 築地市場の移転計画の抜本見直しとともに、築地の再開発検討も白紙に戻すべきです。
 ≫(しんぶん赤旗16年9月1日付:岡部裕三)

 しかし、それにしても石原慎太郎元東京都知事の業績は、何ともはや“きらびやか”で、銭が大きく動くプロジェクトに手を染めたものである。此処では、彼がこれら関連に、どのように関与したのか、判らないので、特別なことは指摘できないが、東京都のトップに在籍中に、これだけの大プロジェクトを実行させたと云う事実は残る。羽田空港国際線オープン、新銀行東京、東京五輪、築地市場移転等々だ。総額幾らに上るプロジェクトだったのだろう。勘定するのに電卓が必要なようである(笑)。この石原元東京都知事と同様な立場に居る自民都議会のドンこと“内田茂氏”が同時期に都議会を牛耳っていた。その他にも、取り巻く業者側として、清水、鹿島、大成などゼネコン、森ビルのようなデベロッパー、大型案件企画のゴールドマンサックス等々。

 築地移転で、仮に、あの土地がぽっかり空けば、東京都は、7万坪の不動産商品を生むことが出来る。土地代だけで、1兆円にはなるだろう。それを左右前後に動かす権限を保持している人物がいるとすれば、これはドエライ利権の原石である。磨き方一つでは、数兆円に上る大プロジェクトだ。築地の目前に建っているビルを振り返ってみる「朝日新聞」のマークが目に飛び込んできた。たしか、有楽町の土地を売って、現在の築地に社屋を建設したのだが、たしかその土地は国有地の払い下げだった。払い下げが、世間相場より高いと云う話は聞いたことがないので、常識的には格安で入手したのだろう(笑)。

 まあ、朝日の国有地払い下げだけにスポットを当てると悪いので、他の報道機関の土地所有の経緯も書いておこう。読売新聞と産経新聞の、国有地払い下げ争奪戦は、時の政権を揺るがすような事件だったらしいが、最後には読売務台に軍配が上がったらしい。しかし、その後、産経も国有地を別途払い下げて貰ったし、毎日も日経も、国有地を払い下げて貰って社屋を建てている。この事実に気づいたからと云うのも何だが、新聞社に「権力の看視役(社会の木鐸)」なんて出来るわけもないのが判然とする(笑)。少々、横路に逸れたが、今度の築地移転、豊洲新市場問題は、「地下水の汚染や盛り土問題」に集約されて報道されているが、そんなチンケな些末な問題以上の大問題を、“さんずい事件”として抱えている模様だ。


≪ 豊洲市場をゼロから見直すべきこれだけの理由
 結論から言うと、豊洲問題の解決には、日本の食文化がかかっているという視点が必要だ。
 かねてから様々な問題が指摘されてきた築地卸売市場の豊洲移転問題が、ここに来て、二進も三進もいかない状況に陥っている。
 元々、土壌が汚染されていることがわかっているガス会社の工場跡地に、世界最大の食品市場を移転させることには、根強い反対意見があった。しかし、市場の移転によって、築地という銀座から徒歩圏内にある都内の一等地の広大な土地の再開発が生み出す莫大な経済的利益は、そんな懸念をかき消すのに十分な魔力を持っていた。旨味、といった方がいいかもしれない。
 だから、もともと豊洲は食品市場の移転先として立地条件が適していたから選ばれたわけではない。元々築地の再開発ありきで、押し出されるように豊洲に追いやられた市場だ。設計段階から多くの問題を抱えたままの見切り発車となった。
 最近は豊洲市場問題で毎日のようにテレビに出ている一級建築士で建築エコノミストの森山高至氏は、地下水の汚染や盛り土問題が浮上する以前から、建築家の視点で、豊洲市場の問題点を自身のブログなどで指摘してきた。
 例えば、築地のように市場の中で卸と仲卸の間や鮮魚と青果の間を自由に行き来できるようになっていない。その間に一般車両も通行する道路が通っているからだ。また、市場内に積み荷を一旦広げるようなバッファーとなるスペースがなく、トレーラーへの積み込みも後部からしか行えないような設計になっている。HACCP基準に対応するためだと思うが、あまりにも利用者の都合を無視した一方的な設計になっている。
 しかも、建物も床積載荷重の設定が不十分で、築地の風物詩ともいうべきターレに平均的な量の積み荷を乗せると、床がその重量に耐えられない可能性があるという。

 ■要するに“市場心”が根本的に欠けているのだ。

 更に、豊洲市場の主要な建築物は清水、鹿島、大成のゼネコン大手3社が、仲良く1棟ずつ落札しているが、予定価格に占める落札価格の割合を示す落札率がいずれも99%を超えるなど、不透明な部分も多く、かと思えば建設費は当初予定されていた990億円の3倍にもなる2747億円に膨れ上がっていたりする。
 ここに来て、地下水や盛り土の問題ばかりが、しきりと取り沙汰されているが、そして、それはそれで問題ではあるが、豊洲が抱える問題は決してそれだけではないのだ。
 国立競技場でも同じようなことがあり、当初の案はお釈迦になった。しかし、国立の場合はまだ、問題のある競技場が建つ前に、問題点が浮き彫りになったために、被害は最小限に抑えられた。豊洲問題の背後にもまったく同じような構造があるように見えるが、問題は豊洲は既にできあがってしまっていることだ。総額で5000億円を超える税金を投入して建てた市場に、今さら移転しないというわけにはいかないだろうとは、誰もが考えるところだろう。
 しかし、豊洲は食品市場以外の使い方を考えれば、すべて無駄になることは避けられる。倉庫としては悪くないと森山氏は言う。100年先の食文化のことまで考えれば、東京の食品市場は築地というロケーションにこだわるべきで、もう一度築地を操業しながら立て直す計画を練り直すべきではないかと森山氏はいうのだ。
 なぜ毎度毎度、このような問題が起きるのか。豊洲問題の本質は何なのか。早くから豊洲市場の問題点を指摘してきた森山氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

*森山 高至(もりやま たかし)
建築家・建築エコノミスト 1965年岡山県生まれ。88年早稲田大学理工学部建築学科卒業。2004年同大学院経済学研究科修士課程修了。一級建築士。斎藤裕建築研究所勤務を経て91年設計事務所を設立し、代表に就任。2016年9月、東京都が設置した「市場問題プロジェクトチーム」専門委員に就任。著書に『費用・技術から読みとく巨大建造物の世界史』、『非常識な建築業界 「どや建築」という病』など。

http://www.videonews.com/commentary/160924-01/  

≫(ビデオニュースドットコム>ニュースコメンタリー>豊洲新市場問題:ゲスト森山高至、神保哲也・宮台真司)
*参考:森山高至「建築エコノミスト森山のブログ」
http://ameblo.jp/mori-arch-econo/


注:kindleです。

「社会の裏側!」 14……築地市場移転の本当の狙い!この裏に、電通と日本TV、そしてGS社が蠢いていた! ニッポン人の心と体を救う山田流「時事呆談」: 豊洲の汚染問題の陰で、水産物の流通を外国資本に支配させようという試みがある
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こみにて出版会


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●“糠喜び”したくなるコラム 黒田敗北宣言とアベノミクス終焉

2016年09月24日 | 日記
アホノミクス完全崩壊に備えよ (角川新書)
浜 矩子
KADOKAWA/角川書店


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●“糠喜び”したくなるコラム 黒田敗北宣言とアベノミクス終焉

 日銀の黒田総裁の歯切れが、劇的に悪くなった。日銀内の不協和音が聞こえてきそうだ。以下の二本の専門的でわかり難いが、要するに、日本経済を、金融政策で不況を好況に変えようと、色んな麻薬を試してみたが、どうにも薬効虚しく、ホスピス行きをお薦めしようかと、担当医が匙を投げた雰囲気が漂っている。

 まあ、お札を沢山刷れば、きっと、数年後に物価の上昇局面が来るから、今の内に投資や消費に金を回そう、そう企業や個人消費者が思うに違いないという発想で始めた日銀黒田総裁の「異次元金融緩和、マイナス金利導入等々」だったが、薬効虚しくと言えないので、グチャグチャ、訳のわからん聞き慣れない言葉を羅列したが、どうも、もう無理ですから、お後は、安倍官邸と財務省で良しなに、と宣言したように思える。

 あれ程のキャリアの人物ともなると、経験則に裏打ちされた金融政策のプロだろうが、安倍官邸の経済政策担当も含めて、どうも、日本と云う国の経済状況と、日本国民のマインドに関して、まったく理解できておらず、頭でっかちな理論武装で、国民や企業が踊りだすとでも思ったのだろうか。だとしたら、完璧な馬鹿である。あれだけ、財務省は「オマエラは借金だらけだ!国民一人当り、1千万円だぜ!」と洗脳された日本国民なんだから、そもそも、マインドが“チョイヤソイヤ”では上向かない。「スミマセン、ウソ言っていました。実は、政府の借金であり、皆さまの借金ではありません」そうでも言えば、多少はマインドも上向くが、口が裂けても告白はしないだろう(笑)。

 いずれにしても、黒田日銀の今回の「柔軟性や持続性を確保するために、さらに強化して長短金利操作付き量的・質的緩和にした」と云う声明の意味は、年内にも判るだろう。敗北宣言かどうか、明確ではないが、自動車で言えば、ニュートラルにギアを入れたまま、サイドブレーキを引いたような状況だ。急な勾配の道に駐車した場合、転がり落ちていくこともある、と言っている。早く、政府は社会保障制度を明確にし、国民に安心を与えなければならない。そして、企業各社は、日銀の異次元緩和で潤った利益を、トリクルダウンの渦に投げ込む必要がある。つまり、日銀はそれまで、これ以上の金融緩和やマイナス金利政策を加速させることはない。こう、黒田総裁は宣言している。

 つまり、ここから先は、パフォーマンス等ではなく、実効性と実体が伴った、政府及び企業の参加がカギである。今こそ、実体のある、言葉だけではないアベノミクスの妄言を、嘘ではなかったと、国民に実感して貰い、前向きな消費行動を起こして、蓄えが少なくなっても、最後には、国家のセーフティーネットが盤石になったから、爪に火を点すような生活感を捨てて、アメリカ人のように、後先構わず消費行動に出て欲しい(笑)。こう政府が社会保障の充実を約束し、企業が労働配分を適正に行わなければ、日銀は、今後一切、サイドブレーキを外すことはない。そう言っているようだ。まあ、難しい理論は、以下の専門家のコラムを読んでいただこう。


≪ 黒田日銀総裁まさかの「敗北宣言」は、アベノミクス終焉の前兆か
経団連の反発、クーデター説も…
「柔軟性や持続性を確保するために、(金融緩和を)さらに強化して長短金利操作付き量的・質的緩和にした」
 日銀総裁・黒田東彦は9月21日の記者会見で、こう表明した。しかし威勢の良い言葉とは裏腹に、黒田の表情はさえず、語り口は覇気に欠けた。 「これは黒田日銀が、これまで進めてきた金融政策のフレームワークの抜本的な転換です。敗北宣言と言ってもいいでしょう」
 市場動向に詳しいメガバンク幹部の一人はこう指摘する。 2013年春に黒田が日銀総裁に就任して以降、株価や為替、長期金利、そして日本経済そのものが、デフレ脱却を掲げ、異次元緩和というバズーカを放った黒田日銀への期待と疑念の渦中にあった。
 しかし黒田は、これまでの金融政策を大きく転換、事実上、異次元緩和の推進にブレーキをかけた。黒田の「敗北宣言」の舞台裏を『黒田日銀 最後の賭け』(文春新書)の著者・小野展克が分析する。

 ■「緩和効果なし」の衝撃
 大量の国債購入によってマネタリーベースの拡大を目指す「量」、ETF(上場投資信託)など日銀が購入する資産の幅を拡大した「質」、そして短期金利をマイナスに誘導するマイナス金利――。
 黒田日銀は、これまでの金融緩和の枠組みをフル稼働してきたが今回、さらに長期金利を操作目標に加えた。具体的には10年物国債の利回りをゼロに誘導する。 「金融緩和強化のための新しい枠組み」
 黒田は、今回の措置を「強化」と位置付けるが、実際には緩和的な要素は皆無だ。デフレ脱却に向けた新たなアクションは、まったくみられない。それどころか今回の措置は、むしろ「金融引き締め」の側面を持っている。
 21日の東京株式市場で日経平均株価(225種)は、前日比315円47銭(1.91%)高の1万6807円62銭と今回の日銀の決定を好感した。
 しかし、これは市場が警戒していたマイナス金利の深掘りが見送られた上、「長期金利のゼロへの誘導」が実際には長期金利の上昇を促し、金融機関の収益拡大を後押しする内容と受け止められ、金融株がけん引して日経平均が上昇したに過ぎないのだ。
 つまり、デフレ脱却が実現、日本経済が力強く成長する可能性を市場が感じ取ったわけではない、ということだ。
 これまで市場は、デフレ脱却に実現に向けて黒田が「何か次の一手を繰り出すだろう」との期待を膨らませてきた。
 しかし、2年と区切られた短期戦から長期戦へとシフト。黒田への緩和圧力は大幅に緩和され、黒田は、そう簡単には動かなくなるだろう。
 黒田が次に動くのは1ドル=100円を大幅に割り込むような円高の急伸や、金融システムを揺るがすような経済危機が起きた時に限られるとみる。市場に、そうした理解が広がるのに、そう多くの時間はかからないはずだ。

 ■聞きなれないキーワード
黒田の戦略転換の裏には何があったのか。
<適合的な予想形成――>
 黒田は、このところ聞きなれないキーワードを使い始めた。まさに、ここに肝がある。 2013年4月に黒田が異次元緩和を導入してから3年余りが過ぎた。しかし、2年間での達成を目指した消費者物価指数(CPI、生鮮食品除く)前年比2%の物価目標には遠く及ばなかった。2016年7月のCPIは前年比0.5%下落、5ヵ月連続のマイナスに沈んだ。
 では、なぜ黒田は目標を達成できなかったのか。
 今回、日銀は「総括的な検証」を公表、その理由を分析している。 物価が上昇するためには、予想物価上昇率、つまり人々の将来の物価観が重要なカギだ。実際、予想物価上昇率は横ばいから弱含みに転じている。
 日銀は、その背景について、①原油価格の下落、②消費税引き上げ後の需要の弱さ、③新興国経済の減速とそのもとでの国際金融市場の不安定な動き――を挙げている。
 さらに日銀は予想物価上昇率が形成されるメカニズムも説明している。そこには2つの軸がある。
 一つは「フォワード・ルッキングな期待形成」だ。
 日銀が2年で2%の物価上昇を実現すると表明することで、企業経営者や個人の中に将来、2%の物価上昇が実現するという期待が働く。
 この期待が強力であれば、多少、現実の目標から外れても、人々は「いずれ物価は2%に戻る」と考えるため、現実の物価も目標に向けて動くと考える。こうした状況は、
 物価上昇率が「アンカーされている」と表現される。
 もう一つが「適合的な予想形成」だ。
 これは、足元の物価の動きに、人々の物価観が縛られている状況だと言える。アメリカと比べて日本は、この適合的な予想が、予想物価上昇率の形成に強く影響しているという。
 日本では春闘などの賃金交渉で、前年度の物価上昇の動きを参照して賃金決定が行われる傾向が強い。いくら日銀がフォワード・ルックンギに物価上昇を示しても、過去のデフレに基づいて給与が増えないのでは、消費意欲は沸かず、物価上昇への期待は盛り上がらないという説明だ。

■黒田の言い分
 黒田は今回の決定に先立つ9月5日の講演で、適合的な予想形成について、こう説明している。 「日本の場合は、長期にわたるデフレのもとで目標となる物価上昇率が実現できていないこともあって、『適合的な予想形成』の影響が大きいことが知られています。 『これまで長年にわたって物価が上がってこなかったのだから、今後も物価は上がらないだろう』との見方が人々の間に根付いているということです」
 異次元緩和の本質は、円の供給量は爆発的に増大させることで、その価値を破壊することにあった。人々の中に巣くう円という通貨への過剰な信用を叩き潰し、モノやサービスへの欲望を取り戻させることが、異次元緩和という壮大な実験のテーマだった。
 しかし、3年を超える異次元緩和を経ても、人々の円への偏愛は揺るがず、デフレマインドを解消することはできなかった。異次元緩和の限界について黒田自身が分析した言葉が、適合的な予想形成と言えるだろう。

■まさかの「経団連の反発」
「銀行の収益のために仕事をしているわけじゃない。マイナス金利は、まだ深掘りできる」
 黒田は最近まで周辺に強気の姿勢を貫いていた。実際、デフレが脱却できていない状況を受けて、「一段のマイナス金利深掘りの可能性を探っていた節がある」(関係者)という。
 しかし、マイナス金利への反対は根強く広がっていた。経団連会長の榊原定征は今回の日銀の決定の前の9月9日の記者会見で、こう語った。
 「マイナス金利をめぐっても、プラスとマイナスの両方の側面があるので、導入から半年という一つの節目の中、功罪両面を検証してほしい。プラスの効果は間違いなくあるものの、現象としては、金利を下げて、設備投資を拡大するという目標に対して大きな効果は出ていない」
 榊原の言葉は、明確にマイナス金利拡大を牽制したものと言えよう。マイナス金利は、利ザヤ縮小を通じて、銀行収益にダメージを与える。また生保や年金資金の運用を難しくする側面もあり、金融機関の反発は、黒田も織り込み済みだったはずだ。 しかし、マイナス金利は長期金利の低下を促し、社債やCP(コマーシャルペーパー)の利回りを引き下げ、企業の資金調達環境は大幅に改善させた。
 低利で資金調達できるメカニズムを作動させ、企業に積極的な設備投資を呼び起こすことが黒田の狙いだったはずだ。
 しかし、本来ならマイナス金利の恩恵を得られる大企業の団体である経団連からノーを突き付けられたことは、黒田に計り知れないダメージを与えたはずだ。 榊原の言葉からは、日本の大企業経営者が、デフレマインドを払拭できず、日本経済の明るい未来を描けていないことが読み取れる。
 大企業経営者が、黒田が与えたマイナス金利というチャンスを生かせないのでは、日本経済に好循環は訪れない。大企業経営者こそが、「適合的な予想形成」の罠に捕らわれていると言えるだろう。

 ■白川派のクーデター?
 さらに、今回、新たに導入した「イールドカーブ(利回り曲線)
 コントロール」は、金融機関への配慮がにじむ。
 これは長期金利の指標となる10年物国債の利回りを、おおむねゼロ%程度で推移するように誘導する仕掛けだ。マイナス金利の導入で、マイナス圏に沈んでいた10年物国債の利回りは21日に一時、半年ぶりにプラスに転じた。
 長期と短期の金利に差が生まれたことは金融機関の収益を改善する。ただ、その一方で長期金利に上昇見通しを生み出したことは、ある意味で金融引き締めの側面も持つ。本来なら景気には決してプラスではない。
 さらに、今回の日銀の発表文には、黒田が推進した年80兆円の国債購入を自戒するかのような文言も記されている。 「あと1年強で、マネタリーベースの対名目GDP比率は100%(約500兆円)を超える見込みである(現在、日本は約80%、米国・ユーロエリアは約20%)…」
 異次元緩和による国債購入の突出ぶりを、国際比較で描き出す文言は、異次元緩和の行き過ぎに自らくぎを刺しているようにも読める。 日銀の動向に詳しい金融関係者は、こう分析する。
「今回の決定の裏では、異次元緩和やマイナス金利を推進してきた黒田総裁、岩田副総裁の指導力が低下、白川前総裁に連なる伝統的な日銀マンである中曽副総裁に、主導権が移ったのではないでしょうか。これは一種のクーデターのように思えます」
 アベノミクスを牽引してきた黒田の異次元緩和にはブレーキがかかった。これでデフレ脱却のボールは首相の安倍晋三へと投げ返されたことになる。 (文中敬称略)
 ≫(現代ビジネス>経済・企業>財政・金融・小野展克)


 ≪ 円安期待なき日銀新スキームの矛盾と限界
[東京 22日] - 日銀金融政策決定会合と米連邦公開市場委員会(FOMC)が開催された21日の主要通貨の動きを見ると、円が独歩高となり、2番目に強かった豪ドルに対しても0.4%程度上昇した。一方、米ドルは英ポンドと並んで最弱通貨となった。
 ドル円相場は日銀金 融政策発表後には一時102.79円まで上昇したが、その後、黒田東彦日銀総裁が記者会見を始めたころから反落基調に入り、米ニューヨーク(NY)時間午前中には100円台半ばまで下落。そして、NY時間午後にFOMCが政策金利据え置きを発表した後、米長期金利低下に沿う形でドルが徐々に弱含み、本稿執 筆中の日本時間22日午前6時現在、8月26日以来となる100.30円程度まで下落している。
 最初にマーケットの反応が比較的小さかったFOMCの結果から見ると、政策金利は大方の予想通り据え置かれたが、声明文には「フェデラルファンド(FF)金利を引き上げる根拠は強まった(the case for an increase in the federal funds rate has strengthened)」との文言が加えられたほか、ジョージ・カンザスシティー連銀総裁、メスター・クリーブランド連銀総裁、ローゼングレン・ボス トン連銀総裁の3人が利上げを主張して決定に反対した。
 こうした点は予想よりタカ派的であり、米長期金利も声明文発表直後には上昇したが、結局上昇は続かず反落した。注目された2016年中のFOMCメンバーの予想政策金利、いわゆるドットは、3人が年内の利上げなし、10人が1回の利上げを予想した。この結果はほぼ想定通りであり、当社は引き続き12月の利上げを予想している。
<総括検証と政策枠組み強化「同時実施」の違和感>
 それより12時間以上前に行われていた日銀の金融政策決定会合では、「総括的な検証」を踏まえて、2%の物価安定の目標をできるだけ早期に実現するために「政策枠組みを強化する」策が決まった。
 この結果を受けて、東京市場では長期金利が上昇。また、マイナス金利の深掘りがなかったことから、銀行・生保株が大きく上昇し、日経平均株価を押し上げた。為替市場も一時円安となった。
 もっとも、前述の通り、その後円高基調へと反転し、ドル円相場はNY時間朝方には21日の上昇分を全て帳消しにした。結果的に円が買い戻され、1日を通して見れば独歩高となったのは、市場参加者が日銀の金融緩和政策に限界を感じ始めたからだと考えられる。
 まず、総括検証の対象は、5日と8日に黒田総裁と中曽宏副総裁がそれぞれ講演ですでに明らかにしていたように、「2%のインフレ率が実現できていない要因」と「マイナス金利政策の効果と影響」だ。
 「2%のインフレ率が実現できていない要因」としては、予想物価上昇率の期待形成メカニズムが、現実の物価上昇率の影響を受けるバックワード・ルッキング(適合的)であることが示された。
 もう1つの総括検証の対象である「マイナス金利政策の効果と影響」については、マイナス金利と国債買い入れの組み合わせはイールドカーブに対して強い影響を与えるが、長期金利の低下には悪影響もあることが示された。
 21日の発表がここまでで終わっていて、これらを踏まえ、政策枠組みの強化策を次回会合で発表する、ということであれば、さほど違和感もなかったかもしれない。また、追加緩和策に期待も残ったのかもしれない。
 もっとも、日銀は 「フォワード・ルッキングな期待形成」を強める手段として、「オーバーシュート型コミットメント」を導入した。これは、従来の「2%の物価安定の目標を安定的に持続するために必要な時点まで現状の金融緩和政策を続ける」というメッセージから、「物価上昇率の実績値が安定的に2%の物価安定の目標を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する」というメッセージへの変更のようだ。つまり、「2%の物価安定の目標を超えるまで」という点がポイントらしい。
 とはいえ、今まで行ってきた3次元の緩和政策では、人々の予想物価上昇率の期待形成メカニズムをバックワード・ルッキングからフォワード・ルッキングに変えられなかったと認めている。特に新たな緩和策を導入せずに、なぜ 人々の予想物価上昇率の期待形成メカニズムがフォワード・ルッキングに変わるのだろうか。「2%に届かせる」と言っても信じてもらえないのに、やっていることも変えずに「2%を超えるまで」と言い換えても誰も信じないだろう。
<イールドカーブ・コントロールの矛盾>
 もう1つの政策枠組み強化策として、日銀は 「イールドカーブ・コントロール」を導入した。内容としては、日銀当座預金のうち政策金利残高に課す金利(短期金利)をマイナス0.1%に維持する一方、 10年物国債金利(長期金利)がおおむね現状程度(ゼロ%程度)で推移するよう、長期国債の買い入れを行う、というものだ。
 まず、そもそも、このイールドカーブ・コントロール政策は何のために行うのだろうか。仮に、これが2%のインフレ率実現に向けて適切なイールドカーブを形成するため、ということであれば、なぜ現状程度のイールドカーブの形状が適切と言えるのかについて説明がない。日銀は10年物国債金利をゼロにアンカーさせることに重点を置いているようにも見えるが、なぜ10年物国債金利のゼロ%が適切なのだろうか。
 恐らくイールドカーブ・コントロール政策導入の理由は、「イールドカーブがフラット化し過ぎることを避けるため」だろう。そうだとすれば、これは明確に金融緩和政策ではないと言える。 イールドカーブがおおむね現状程度の水準から大きく変動することを防止するために、日銀は、 金利が上昇した場合などには、例えば10年金利、20年金利を対象にした指値オペを金額無制限で実施する用意があるとしている。ここで、矛盾を感じるのが、無制限でオペを実施するとしながら、国債の買い入れ額は、おおむね現状程度のペース(年80兆円増)としている点だ。イールドカーブの形状を維持するために無制限に売買するのであれば、年間の買い入れ額は約束できないのではないか。
 仮にイールドカーブに強い上昇圧力がかかるとすれば、日銀が購入しなければならない国債は従来以上となり、これまでもくすぶっていた国債購入の限界到達が早まることはないのか。
 一方、イールドカーブに強い低下圧力がかかるとすれば、日銀は国債を売却することになるが、これは量的緩和の段階的縮小(テーパリング)の模索どころか、明白な縮小になり、これまでの量的緩和政策の効果を否定することにならないか。
 イールドカーブ・コントロール政策と量的緩和政策は矛盾しているように見える。そして、そもそも、中央銀行は本当に長期金利をコントロールできるのだろうか。
<さらなる実質金利低下と円安進行は期待薄>
 最後に言い添えれば、日銀は今回の決定で「政策枠組みを強化する」というが、何を強化する政策なのかが分かりにくい。少なくとも「追加緩和」だったとは言えそうにない。
 そして、その結果、市場には金融緩和政策の限界論が強まる可能性が高いと考えられる。その場合、もっとも分かりやすいマーケットへのインプリケーションは円高だろう。
 すでに日銀は 事実上、量的緩和政策の効果を半ば否定し、長期金利が低下し過ぎることを警戒して金利を固定し始めた(予想物価上昇率の期待形成メカニズムを根本的に変えるのは難しいことが露呈した)。こうなると、日銀の金融政策が急速な円安を発生させることは、期待できなくなってきたようにも思える。
 また、マイナス金利の深掘りを避け、10年国債金利をゼロ%にアンカーすることとし、イールドカーブも現状程度を維持することを目指すという政策の採用は、金融機関収益に配慮する側面が強いとも言えそうだ。よって、マイナス金利深掘りのハードルは引き続き高いとも言える。
 つまり、日本の名目金利は、しばらくここから大きく低下することはなさそうだ。そうだとすれば、日本の実質金利の動きは期待インフレ率に委ねられることになる。21日に決定した政策で日本の実質金利を低下させる方向に働きかけたのは、文言を多少修正したオーバーシュート型コミットメントだけだ。この観点から 見ても、日本の実質金利に低下圧力がかかり、円安方向への影響が出てくるのは難しそうだ。

* 佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局 為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。 *本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
 ≫(ロイターコラム:佐々木融JPモルガン証券ー編集:麻生祐司)

オリンピック経済幻想論 ~2020年東京五輪で日本が失うもの~
クリエーター情報なし
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●日本の美しい面にも目を向けてみる 両陛下と元気な熟年の姿

2016年09月23日 | 日記
天皇畏るべし 日本の夜明け、天皇は神であった
小室 直樹
ビジネス社


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●日本の美しい面にも目を向けてみる 両陛下と元気な熟年の姿

 筆者のコラムの多くは、日本の、世界の影の部分に焦点を合わせることが多い。自分でも、ネガティブなコラムニストだと思う時がある。特に、明治維新以降の日本社会への目線は皮肉に満ちており、“日本大好き”な人々から見れば、不快なコラムになることが多い。しかし、お隣の国のように、ピント外れな“オラがお国自慢”を見聞きする時、“情けないな~”と思うように、日本人が、“こんなに日本は優れている”と、世界の人々に吹聴する姿も“情けない~”と感じるのは、筆者の斜に構えた人間性の問題だ。最近では、日本賛美の書籍が本屋で平積みになっていることも多いが、手に取り、購入している姿を滅多に目にしないのは、或る意味で救いだ。

 『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が売れていた時代は、それなりに日本も頑張っていたわけなので、名実ともにと評価出来る面もあった。Wikipediaは以下ように解説している。解説を読んでいて気づくことだが、現在に日本社会とは隔世の日本観が書かれている点は注目だ。まず一番目立った点が、学習への意欲と読書意欲だ。今や、活字離れはアメリカを凌いでいるだろう。日本的経営(終身雇用型経営、大家族観に基づく経営、目先の利益より長期ビジョン等々)。それと、通産省(現経産省)と大蔵省(現財務省)の官僚の質が驚くほど低下したことである。上記すべてが、今の日本社会から欠落したのだから、大学ランキングで、東大が中韓シンガポールなどの大学の後塵に帰すのも肯ける。

≪『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(原題:Japan as Number One: Lessons for America)は、
社会学者エズラ・ヴォーゲルによる1979年の著書。戦後の日本経済の高度経済成長の要因を分析し、日本的経営を高く評価している。日本語版は、広中和歌子・木本彰子の訳により『ジャパン アズ ナンバーワン: アメリカへの教訓』として、TBSブリタニカから英語版より1ヶ月遅れで出版された。日本人が日本特有の経済・社会制度を再評価するきっかけのひとつとなり、70万部を超えるベストセラーとなるなど、一世を風靡した。現在でも、日本経済の黄金期(1980年代の安定成長期、ハイテク景気〜バブル景気)を象徴的に表す語としてしばしば用いられる。この著作の主要なテーマは、単に日本人の特性を美化するにとどまらず、何を学ぶべきで、何を学ぶべきでないかを明瞭に示唆した点である。実際最後の章はアメリカへのレッスンと書かれている。具体的には、まず日本の高い経済成長の基盤になったのは、日本人の学習への意欲と読書習慣であるとしている。ヴォーゲルによれば、この当時の日本人の数学力はイスラエルに次ぎ2位で、情報については7位だが、他の科学分野についても2位から3位であるという。ヴォーゲルは日本人の1日の読書時間の合計が米国人の2倍に当たることや、新聞の発行部数の多さなどにより日本人の学習への意欲と読書習慣を例証している。また、ヴォーゲルは、この本が出た当時、日本人は他の国の人たちより英語力は明らかに劣っているが今はまだそれは大きな問題ではない、優秀な通商産業省や大蔵省主導の経済への強烈な関与がまた日本の競争力を高めていると語っている。2016年に入ってから、中国でも注目され、翻訳されて発売されているという(題名は『日本第一』)。 ≫(Wikipedia抜粋)


 このままの調子で書きつのれば、いつもと変わらぬコラムの風景になってしまうが、今夜は違う(笑)。あぁ、日本にも、まだまだ、世界に誇れる「美しい日本」があると気づく、二つの記事が、朝日新聞に掲載されていた。天皇皇后両陛下の“被災地訪問の旅”は、敬愛の念と“国民と寄り添う”両陛下の理念と云うか、心構えには、深く頭が下がると同時に、日本人が世界に自慢できる“象徴天皇”なのだと確信できる。

 次の自慢しておきたい記事は、実際問題、相当複雑な最近の日本社会を象徴しているのだが、元気な中高年が、一億総活躍などと、わけのわからぬ音頭取り等とは無関係に、声が掛かる前から、自主的に、或いは致し方なく、既に働くことを選択している現状を伝えている。運よく60歳で満期定年になっても、僅かな年金が貰えるのは65歳。それも、年々減らされる。政府と日銀は、インフレにするぞと、出鱈目政策に奔走している。「こりゃ駄目だ!自助努力以外にネエズラ!」オジサンオバサン、爺さん婆さん、根性あるねと云う話題だ。たぶん、紹介されている人々の存在も、世界に自慢できる、そんな気がした。


≪ 両陛下、異例4泊の被災地訪問へ 走行距離300キロ超
 天皇、皇后両陛下は28日から4泊5日で岩手県を訪れる。生前退位の意向をにじませた天皇陛下のお気持ち表明後、初の東日本大震災の被災地訪問となる。地方へは2泊3日での訪問が大半だが、両陛下の強い希望もあり、長い日程となった。津波で大きな被害を受けた大槌町には、特別な思いで両陛下を待つ人がいる。
 宮内庁によると、両陛下は28日に特別機で花巻空港に到着後、遠野市、釜石市と移動する。29日は被害の大きかった大槌町と山田町を震災後初めて訪れ、復興状況を視察。30日に内陸に戻り、10月1日に北上市で開かれる国体の開会式に出席する予定だ。
 県内の移動はすべて車。走行距離は300キロメートル超に及ぶ=表。
 80歳を超える両陛下にとって過酷にもみえる行程だが、両陛下は震災直後から、被災地に強く思いを寄せてきた。天皇陛下は8月のお気持ち表明で も、天皇の務めについて「時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」と述べていた。

■ハマギクがつなぐ陛下との縁
 大槌町では、両陛下は千代川茂さんが経営する浪板海岸のホテルに泊まる。実は両陛下は19年前の来訪時にも、千代川さんのホテルに泊まった。だが当時、案内役を務めた千代川さんの兄・山崎龍太郎さん(震災当時64)は5年半前の津波で流され、行方不明のままだ。
 震災前、浪板海岸は砂浜と松林が美しい三陸有数の景勝地だった。
 1997年10月、天皇陛下はホテルの客室から岩場のハマギクに目を留め、「あの花は何ですか」と千代川さんに尋ねた。翌朝、両陛下は専務だった山崎さんを連れて砂浜を散策し、近くでめでたという。  山崎さんは後日、来訪の記念として皇居にハマギクの種を贈った。
 2011年3月11日。鉄筋コンクリート6階建てのホテルは、3階まで津波にのまれた。千代川さんは九死に一生を得たが、山崎さんや従業員は流され、ホテルは休止に追い込まれた。
 その年の10月。失意の中にあった千代川さんは、皇后さまの77歳の誕生日にあたって宮内庁が公開した写真を見て驚いた。お住まいの御所の車寄せの近くに、山崎さんが種を贈ったハマギクが咲いていた。
 宮内庁によると、当時侍従職から種を預かった庭園課員が植えたものだった。
 ハマギクの花言葉は「逆境に立ち向かう」。千代川さんは、両陛下からの激励のメッセージと受け止めた。背中を押されるように13年8月、ホテルを再開した。復興の象徴にと、ホテルの名は「三陸花ホテルはまぎく」とした。
 かつて両陛下が眺めた海岸のハマギクは津波で面積が半減し、砂浜も地盤沈下して散策できなくなった。それでも、今年もかれんな白い花がちらほら咲き始めている。
 千代川さんは「被災地に思いを寄せ続けてくださる両陛下に感謝申し上げたい。兄はおりませんが、あの花は19年前の朝と同様、津波に負けずに咲いていますとお伝えしたい」と話している。
 ≫(朝日新聞デジタル:多田晃子、星乃勇介)


≪ 高齢ホームヘルパー、なぜ急増? 60歳以上が36%
 在宅の高齢者の暮らしを支えるホームヘルパーが、高齢化している。古希を超えるヘルパーも珍しくない。高齢者を元気な高齢者が支える時代になっている。
 ホームヘルパーのうち60歳以上の人は36%で、15%だった10年前の倍以上――。公益財団法人「介護労働安定センター」(東京)は8月、こんな昨年度の調査結果を出した。抽出した全国の介護保険サービス事業所に聞き、ヘルパー約1万4千人について回答を得た。50歳以上が6割を占めていた。
 70代のヘルパーも珍しくない。大都市圏でサービスを展開する「ケア21」(大阪市)によると、5月に働いた登録型ヘルパー約2100人のうち、70歳以上は126人。最高齢は女性が86歳、男性が80歳だった。
 なぜ高齢ヘルパーが多くなっているのか。多くの訪問介護事業所が挙げるのは、募集しても若い人が来ないことだ。介護保険が始まったのが2000年。そのころにヘルパーになった人がそのまま仕事を続け、年齢を重ねている。一方で介護の仕事を志す若者は訪問ではなくフルタイム勤務の介護施設に流れ、「下の補充がない」状況だという。
 ヘルパーの働き方が、高齢者に向いているという指摘もある。
 早朝や夜間、週末や祝日の勤務は通常は敬遠されがちだが、高齢者は家庭の事情で制約されない人が多い。一日に長時間働くのは体力的に厳しくても、 短時間ずつなら働きやすい。もちろん、事業所が体調に配慮することは不可欠だ。また、利用者と相談しながら適切に調理や洗濯などをするには、人生経験が役立つ部分も大きい。特に明確な「定年」があるわけでもない。
 国は2020年代初頭に、施設勤務も含めた介護職が約25万人不足すると推計している。加えて、要介護より軽い要支援者を支える多様なサービスが 生まれており、その提供者の育成も急がれている。ヘルパー経験もある城西国際大の松下やえ子客員教授は「元気な高齢者が地域を支える担い手として活躍していく時代だ。経験を積んだ熟年ヘルパーは今後、地域住民に対人援助の魅力と専門性を伝える役割も担ってほしい」と話す。

 ■79歳ヘルパー「人生の勉強に」
 朝10時。大阪市の住宅街の狭い路地に、ヘルパーの藤井民子さん(79)が自転車に乗ってさっそうと現れた。訪問先の家の郵便受けをのぞき、チャイムを鳴らす。
 「おはようさーん、新聞取ってきましたよー」
 その声で、居間のベッドで横になっていた女性が「もうそんな時間」と言いながら体を起こした。藤井さんと3歳差の82歳。一人暮らしで、認知症だ。生活は毎日やってくるヘルパーに支えられている。藤井さんは週3日を担当し、もう3年のつきあいになる。
 女性は貴重品をしまった場所をよく忘れる。この日は財布。藤井さんは女性と一緒に布団の下などを捜しつつ、朝食を準備し服薬を促し、ベッド周りを片付けた。「あっ、出てきた」
 藤井さんは専業主婦だった42歳の時に夫を亡くし、子ども2人を育てるため、高齢者を世話する仕事を始めた。65歳で退職したが、立ち寄った訪問介護事業所で「遊んでたらあかん」とスカウトされた。いまは週5日働き、10人ほどを受け持つ。多くは一人暮らしだ。
 「人生の勉強をさせてもらっている。このまま元気ならあと2年は働きたい」。元気のひけつはよく寝てよく動き、食べること。焼き肉が好きで、一人暮らしの自宅で友人とマージャンを楽しむ。夢はヨーロッパ旅行だ。
 千葉県習志野市の山岸操(みさお)さん(79)は、6月から新しい訪問介護事業所で働き始めた。  塾を営んでいたが、60歳を目前にして「自分が元気でいるためにも介護の勉強をしよう」と思い立った。高齢者施設で3年働いた後、介護福祉士の国家資格を取得。事業所を渡り歩き、現場の責任者としてサービスの差配や後輩の指導も担ってきた。3月まで働いた所では夜勤もこなした。
 高齢ヘルパーがこなす仕事は、比較的力を使わずに済む家事の支援が中心だ。だが山岸さんは、寝たきりの人の体を拭いたり、入浴介助やオムツを替えたりと身体介護が多い。経験と技術がいきているとはいえ体力が必要だ。実はジムに9年通い、太ももと腕の筋力を鍛えている。
 直属の上司は最初、「無理のない範囲で」と思っていたが、人手不足もあり頼むことが増えたという。「『私、やりますよ』という感じで何でもしてくれ、助かっています」
 山岸さんに自身が高齢である利点を尋ねると、「相手の気持ちがよくわかること」。戦後の暮らし、老いていく体……。同時代を生きる者として共感し、耳を傾ける。
 朝起きると、「今日も仕事だ」とウキウキするという。「あてにされるのが、ありがたい」(十河朋子)    
  ◇  
〈ホームヘルパー(訪問介護員)〉 介護が必要な高齢者らの住まいを訪ね、主に調理、洗濯、掃除などの生活援助や、入浴、排泄(はいせつ)などの身体介護にあたる。介護福祉士や、介護職員初任者研修などを修了した人が務める。厚生労働省の調査では、把握できた限りで昨年は全国に約44万人おり、増加傾向だ。登録した事業所からの依頼を受けて時間給で働く非常勤のヘルパーが多い。
 ≫(朝日新聞デジタル)

日本で老いて死ぬということ―2025年、老人「医療・介護」崩壊で何が起こるか
朝日新聞 迫る2025ショック取材班
朝日新聞出版


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