漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

漢字音符とは何か ~右文説を超えて~

2015年06月18日 | 漢字の音符
音符は漢字の発音記号
 漢字の音符(声符とも言います)とは、漢字の中に含まれている発音をあらわす部分をいいます。別の言葉でいえば漢字の発音記号といえるでしょう。漢字はその中に発音を表す部分を潜在的に持っています。
 もっとも分かり易い音符の例を挙げましょう。「喬キョウ」です。喬を含む字は、喬キョウ・橋キョウ・僑キョウ・嬌キョウ・蕎キョウ・驕キョウ・轎キョウ・矯キョウ、のように発音がすべてキョウです。したがって喬は漢字の一部になるとき、キョウという発音をつかさどる発音記号であることが分かります。

 同じような例に、次のような音符があります。
化カ:花カ・貨カ・靴カ・訛カ・囮カ。
可カ:呵カ・哥カ・歌カ・苛カ・河カ・舸カ・柯カ・何カ・荷カ
我ガ:餓ガ・峨ガ・娥ガ・蛾ガ・俄ガ・鵝ガ
中チュウ:仲チュウ・衷チュウ・狆チュウ・沖チュウ・忠チュウ
帝テイ:締テイ・蹄テイ・諦テイ・啼テイ

 しかし、このように音符がすべて同じ発音になる例はそれほど多くありません。ほとんどの音符はある種の変化をします。例えば、
ホウは、ホウ:倣・彷・舫・芳・放・訪、ボウ:房・防・紡・妨・坊・肪
ハンは、ハン:反・販・叛・坂・阪・板・版・飯、ヘン:返
は、カ:伽・跏・嘉・架・茄・迦・珈、ガ:賀・駕、ケ:袈
となり、清音と濁音への分化(方ホウ)、ハ行内での変化(反ハン)、清音と濁音+カ行内の変化(加)となります。

 さらに、もっと複雑な変化もあります。例えば、
ショウは、ショウ:嘗・賞・償・掌・裳、ジョウ:常、トウ:当・党・蟷、ドウ:堂・瞠、となりサ行のほかタ行へも変化しています。
カクは、カク:各・格・閣・喀、ガク:額、キャク:客、キュウ:咎、ラク:落・絡・烙・珞・駱・酪・洛、リャク:略、ロ:賂、となり、カ行とラ行にわたり広範に変化しています。

 山本康喬氏は、約6500字を収録する『漢字音符字典』(東京堂出版)で音符の発音変化を、①すべて同じ場合を純粋家族、②一字のみ異なる発音がある場合を紅一点家族、③二音から五音がまじる場合を、二音~五音家族、④六音以上を大家族、⑤会意文字を含むなど、まとまりを欠く場合を雑居家族、とそれぞれ命名し各音符ごとに表示しています。
 その内訳は全体927音符のうち、①の純粋家族が一番多く256字で全体の28%、②の紅一点が141字で15%、また、純粋と紅一点、それに二音・三音までの合計は723字となって全体の78%に達し、音符変化は三音までが大部分を占めていることが分かります。このように音符の変化は一様ではありませんが、もととなる発音を核にしてその周辺で複数の音に変化し、その漢字の発音を司っています。

音符になるのはどんな漢字? 
 では、音符となるのは、いったいどんな漢字なのでしょうか? 『漢字音符字典』に収録されている音符を分析すると、音符になるのは次の二種類の漢字であることが分かります。
 一つは象形文字です。象形文字は物のかたちを絵のように描いた一種の絵文字で、漢字のもっとも原初的な形態です。人体やその部分を表す、人・大・手・目・耳・足、動物を表す、犬・牛・羊・虎・馬など、多くの象形文字がありますが、ほとんど音符になります。なお、指示文字(未・末・本など)も音符になりますが、数が少ないのでここでは象形文字に含めておきます。

 二つめは会意文字です。会意文字というのは象形文字の字形が組み合わさって、さらに複雑な意味を表す文字のうち、その発音がいずれの象形文字の発音も受け継いでいない文字をいいます。例えば、付フは「イ(人)ジン+寸スン」の組み合わせ字で、人に寸(て)を「付ける」意味ですが、付の発音はイジンと寸スンのいずれの発音も受け継いでおらず新しい発音になっています。「会意」というのは、二つの漢字の味が出ってが新しい意味ができるという主旨ですが、意味だけでなく発音も新しくなることが特徴といえるでしょう。(のち、象形文字と会意文字がむすびついて、さらに新しい会意文字ができる場合もあります)。
 因みに、象形文字同士(または、象形文字と会意文字)がむすびついて一方の文字の発音が引き継がれている字を形声文字といいます。形声文字はその中に発音を表す音符が含まれています。

音符の主役は個性のある会意文字
 上記で、音符になれる漢字として象形文字と会意文字を挙げました。象形文字は実在する物をかたどっていますから、存在感があり強烈な個性をもつ字です。しかし、主要な象形文字は造字能力が高く、たくさんの文字をつくるため部首として働くことが主になります。先に挙げた象形文字の、人体を表す、人・大・手・目・耳・足、動物を表す、犬・牛・羊・虎(虍)・馬は、すべて部首になっています。部首になった象形文字もその発音を生かして音符になります。約220の部首のうち166字が音符にもなります(音符となった字は、別の部首を持ちます)。しかし、音符としての働きは限定的です。
 一方、象形文字同士が結びついた会意文字は、新しい意味と発音をもちますので個性の強い文字です。象形文字だけでは表現できない多くの概念をあらわすことが可能になります。こうした会意文字のすべてが音符になるのではありませんが、強いメッセージをもち拡張性のある会意文字は音符となって活躍します。

音符は意味も持つ
 音符は組み合わせ漢字となったとき、その発音を受け持ちますので、一般には発音を分担しているだけと考えられていますが、その多くは意味も持っており、発音だけの音符は少数派です。それは音符の成り立ちから見ると当然と思われます。音符になるのは象形文字と会意文字であり、両者は強烈な個性をもつ文字です。この個性をもつ音符が他の文字と組み合わさったとき、新しい概念が生まれます。この過程は会意文字の成り立ちと同じです。しかし、音符は新しくできた組み合わせ漢字の発音にも影響を与えているのです。

 私はこの考え方をもとに、音符となる漢字を古代文字まで遡ってその成り立ちを調べたところ、音符には明確なメッセージをもつものが多数存在することが分かりました。

例えば、最初に例をあげた喬キョウは、金文では高い建物の屋根に曲がったポール状の飾りがついた形で、「たかい・たかくまがる・まがる」メッセージを持ちます。また、音符「化」は、左は立った人、右は逆さになった人を合わせた会意で、立った形から逆さへと姿を変えることを示し、「かわる・かえる」メッセージを持ちます。これらの音符が表すメッセージを部首が示す意味と結びつけることにより、多くの組み合わせ漢字の意味が導かれてきます。このように発音と意味の両方が生かされた音符を会意形声文字といいます。

右文説
 私のこのような考え方は、中国で「右文説(うぶんせつ)」と言うのだそうです。(以下、「右文説」についてはネットなどからの引用です)。右文説とは、形声文字で同一の音符をもつ文字群には共通する基本的な意味が想定できるとする考え方で、最も古くは宋の沈括(シンカツ)が著した『夢渓筆談ムケイヒツダン』に引用されている王聖美という人が唱えた説とされます。その例えとして挙げられているのが「戔セン」で、「浅セン(淺)」(水量がすくない)「銭セン(錢)」(額面の小さなおかね)「賤セン」(財貨のすくない者)「残ザン(殘)」(わずかに残った骨)の音符「戔セン」には、「すくない・わずか」という共通の意味が見て取れるという考えです。音符は通常、文字の右側に配置されることが多いので、この理論を「右文説」といいます。

 同時代の文学者・王安石も、この説を支持していましたが、あるとき高名な詩人である蘇東坡に「波とは水の皮である」と語ったところ、蘇東坡から「それなら滑は水の骨か」とからかわれたという話があります。このエピソードはのちに「何でも右文(音符)に意味をもたせると王安石のように恥をかくよ」という警句となって後世に伝わっているように思います。だから「音符に意味がある」と主張すると、「ああ右文説か」と、一蹴されることになります。

 しかし、王安石が揶揄された「滑は水の骨か」は本当におかしいのでしょうか? そのためには音符「骨コツ」を分析し、この文字が発するメッセージを読み取る必要があります。骨は、冎と月(にく)からできています。は手足の関節の骨が連結したかたちです。そこに月(きんにく)がついた骨は、筋肉によって関節の骨が自由に動くさまを表す字なのです。意味は人や動物のホネになっていますが、その陰には骨が筋肉によって自由に動くイメージがあります。ですから水がついた滑カツは、表面が水にぬれた上を自由にうごく⇒すべる・なめらか、となるのです。ちなみに犭(犬)がついた猾カツは、犬が自由に動いて逃げ回るさまを人に例えて、ずるい・わるがしこい意となります。

右文説を超えて
 右文説はその後、清代になって考証学が起こり、その学者たちが「声に因りて義を求む」(因聲求義)といったテーマで右文説を研究深化させ、さらに音符(形声符)にこだわらず、音符のもつ純粋な発音そのものが意味をあらわすという方向に進んだそうです。日本では藤堂明保氏が字体にかかわらず、音声に共通語源を求める説を展開しました。

 私は音符とそれを表す字体は一体のものと考えており、字体を離れて発音だけを考察する理論には賛成しません。しかし、音符の組み合わせ字の中には、音符のメッセージだけでは解けない文字があることも事実です。例えば、音符「旦タン」は太陽が地平線から現れるかたちで「あらわれる」イメージを持ちますが、担タン(かつぐ・になう)や、胆タン(きも)は、「あらわれる」イメージでは説明できません。
 しかし、担・胆を調べると旧字は、擔タン・膽タンであることが分かります。音符「詹タン(=儋)」は、かめ・にないがめを表します。ですから、担は扌(手)でかめをになう、胆は月(からだ)の中にあって胆汁をためておく器官(かめ)の意となります。つまり、旦は同じ音である詹タンの代わりをしているわけです。これを同音代替といいます。この例のように音符は他の画数の多い音符などの代替(かわり)として使われることがしばしばあります。旦の場合は、もとの字が旧字の中に残っていますが、無意識のうちに同音の文字を使用する同音代替も多いと思います。

 最後に音符の音だけを用いる純粋な形声文字があります。外国語の音訳や外国地名などに用いられます。仏陀ブッダ(Buddhaの音訳。ほとけ)の陀。刹那セツナ(きわめて短い時間。梵語)の刹セツ。耶蘇ヤソ(キリスト)の耶などです。また、鳩ク・はと(九ク・クとなく鳥)、鵯ヒ・ひよどり(卑ヒーとなく鳥)のように鳴き声を表すこともあります。

 このように音符を、(1)意味をもってメッセージ(イメージ)を発する場合。(2)他の同じ音の代わりをする同音代替。(3)純粋に音だけを表す場合。の三つを想定して考察すると、ほとんどの音符についてその役割を理解することができます。

音符の見分け方
 では、漢字のなかの音符を見分けるにはどうしたらいいでしょうか。一番簡単な方法は、部首の反対側に注目することです。部首の相方はほとんど音符です。例えば、源の原、理の里、社の土などで、音符が偏(左辺)と組み合わさる文字が一番多くあります。また、旁(右辺)や冠(上辺)、脚(下辺)などになる部首の相方もほとんど音符です。顧の雇、郵の垂、宙の由、烈の列などです。

 部首というのは字典を編集するとき、漢字を配列する方法のひとつとして考案されたものです。漢字の大多数を占める組合せ漢字を配列する際、共通部分に注目し、それらを集め「部」として一括りにしたものが出発でした。その一括りにした部のトップ(首)にくるものが部首ですから、部首とは部のなかをつらぬく共通字のことです。この共通字は、(1)意味をもつ文字。(2)漢字の一部を抜き出した記号のような文字、の二種類があります。部首には(1)のタイプが非常に多いですから、ほとんどが意符となります。この意符(部首)と組み合わさる文字は必然的に発音を司る音符が多くなるわけです。

 しかし、部首の相方が必ず音符になるわけではありません。宿は部首が宀で、相方は「人+百」ですが音符にならず、宿だけで音符になります。また、家は相方の豕シは音符になりますが、家カだけでも音符になるので注意が必要です。私のブログ「漢字の音符」では、検索サイトで「漢字の音符」と入れてから検索する漢字を一字入力すると、その漢字の音符が上位で表示されます。

常に音符を意識する
 漢字を覚えるコツのひとつは、常に音符を意識することです。新聞や雑誌を読んで気になった漢字や、テレビの漢字クイズ番組で書けなかった漢字などをメモしておきます。受験勉強している人なら問題集で間違えた漢字は絶好のチェック候補です。
 次はチェックした漢字を字書(電子辞書、ケータイ、スマホなど何でも結構)で引いて正しい漢字を確認します。次に、この漢字の音符は何かを考えます。この作業は漢字を分解することです。漢字はいろいろの部品から成り立っていますから、どの部品の集まりがまとまりとして有益なのか判断する作業になります。

 一度、自分で漢字を分解してみてから、このブログ「漢字の音符」で調べてみてください。何が音符なのかすぐ分かります。すると音符がこの文字で果たしている役割を確認することができ、その文字全体の理解が深まります。
 また、音符を意識して漢字を調べるメリットは、音符を仲立ちにして漢字を芋づる式に理解できることです。例えば、ひとつの漢字「橋」を音符で調べると、喬・僑・嬌・蕎・驕・轎・矯という思いがけない漢字のつながりが現われます。これらは「高い・高くまがる・まがる」イメージでつながりを持って覚えられます。まさに一石二鳥どころか一石七鳥となるのです。

 私のブログ「漢字の音符」は、音符には意味もある、という考え方で始めた実験的試みです。2013年3月に開始し、2年後の2015年4月に4000字余りを収録し、ひとくぎりをつけました。音符のもつメッセージを「イメージ」として類型化し、それを部首などの意符と突き合わせて漢字の成り立ちを探るのが私の方法です。

 しかし、私の類型化した音符イメージが適当かどうかは証明できません。こればかりは漢字を作った人に聞いてみないと分からないからです。また多くの音符の中には解釈に苦しむものがあることも事実です。(どうしても分からないものは語呂合わせを使いましたが)。

 漢字学者のなかには、正しいと証明されたもの以外は使うべきでない、という人がいます。でも音符イメージを用いて漢字の意味がよく理解できるなら、漢字を覚える方法のひとつとして許されるのではないかと思っております。そのためには、もっとわかりやすい音符イメージがないか、さらに同音代替についてももっと適当な文字がないか、常に意識してよりよくしてゆく必要があり、今後、追加訂正をかさねてさらなる高みをめざしたい考えています。(石沢誠司)

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3 コメント

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Unknown (ジル)
2022-05-19 23:09:55
とても面白く読んだ記事です。
実は、時刻の刻についてどうして会意兼形成文字形声文字なのにコクと読むんでしょうか。
理解したことで「刻」は「⺉」が部首で「亥」が音符ですよね。
でも、探しても「亥」は「コク」という読み方がないみたい。
でしたら、どうして「刻」は「コク」と読めるようになったんでしょうか。
とても興味深いです。もし、それがわかったら、教えていただけますでしょうか。よろしくお願いします。
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コメントありがとうございます。 (石沢誠司(編集者))
2022-05-20 10:38:56
コメントありがとうございます。音符「亥ガイ」(呉音ガイ、漢音カイ)はガイ以外に核カク、刻コク、の変化がありますが、カクとコクの最初の音のカ・コはカ行音(カキクケコ)内での変化です。
次のクは、語尾のイが入声音(p.t.k)に終わる変化をしました。日本漢字音ではフ・チ・ツ・ク・キのいずれかで終わります。
なぜこのような変化をするのか不明です。音符の音変化は今後の大変興味ある研究課題です。
返信する
Unknown (ジル)
2022-05-22 20:11:00
ご返信、ありがとうございます。

石沢さんのおかげで、謎が解けました。

いろいろと覚えておきます!

そうですね。なぜ音符の音はこのような変化をするのか知りたいですね。

僕にはまだわからないところが沢山ありますけど、それでも漢字が大好きです。

更に理解がふかまりました。

本当にありがとうございました。
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