会津若松市の中心部を南北に伸びて駅前通りへと繋がる商店街があります。
ここは偉大な医学者野口英世博士が多感な青春時代を過ごした街です。
その当時(1890年代)この街は市でも一番の繁華街でした。
この商店街は現在「野口英世青春通り」と名付けられています。
博士は15歳の時に生家のある猪苗代町から来若しました。
幼い頃火傷を負った左手をこの街の「會陽医院」で手術するためでした。
渡部鼎(あがた)医師の執刀により手術は無事成功しました。
翌年高等小学校を卒業した博士は医学の道を志し、會陽医院で住み込みの書生になりました。
そして、19歳になり医師開業試験受験のために上京するまでこの地で暮らして日々勉学に励んだのです。
明治17年に建てられたという旧會陽医院の建物は現存しています。
1階は「會津壱番館」という珈琲屋さんで2階が「野口英世青春館」です。
ここは偉大な医学者野口英世博士が多感な青春時代を過ごした街です。
その当時(1890年代)この街は市でも一番の繁華街でした。
この商店街は現在「野口英世青春通り」と名付けられています。
博士は15歳の時に生家のある猪苗代町から来若しました。
幼い頃火傷を負った左手をこの街の「會陽医院」で手術するためでした。
渡部鼎(あがた)医師の執刀により手術は無事成功しました。
翌年高等小学校を卒業した博士は医学の道を志し、會陽医院で住み込みの書生になりました。
そして、19歳になり医師開業試験受験のために上京するまでこの地で暮らして日々勉学に励んだのです。
明治17年に建てられたという旧會陽医院の建物は現存しています。
1階は「會津壱番館」という珈琲屋さんで2階が「野口英世青春館」です。
7月に入ると会津若松市内では連日どこかの町内で「お日市(おひいち)」が開かれています。
お日市は7月1日から9月8日まで続きます。
昔は各町内単位で産土神・神社・仏閣などの祭礼日にお日市(その日限りの市という意味)が開かれていました。
それがいつしか、夏祭りや縁日自体をお日市と呼ぶようになったとの事です。
10日(日)は野口英世青春通りで田中稲荷神社のお日市が開催されるということで午前中から出かけました。
11時前に到着したのですが、露店が建ち並び歩行者天国が開始されるのは正午過ぎからの予定でした。
「野口英世青春広場」周辺をしばらく散策した後「くいしん坊」で昼食にしました。
この日オーダーしたのは「会津くいしん坊セット」でした。
ロースのソースカツ丼に鰊の山椒漬けとさくら(馬)刺しがちょこっと付いて1,680円なり~
お値段もお味も結構良かったかも(^^)v
お日市は日曜日ということもあって開始早々からたくさんの人出があり賑わっていました。
このお日市の目玉は何といってもやはり「ほおずき市」です。
1986年10月に浅草~会津若松に「会津鉄道」が開通して以来浅草と会津の交流が盛んになりました。
浅草の浅草寺のほおずき市の開催時期が会津の田中稲荷神社のお日市と重なっていた事などが縁で、このお日市でも小規模ながらほおずき市が開かれるようになったそうです。
ほおずき市を初めて見た時にはほおずきのお値段が結構な金額なのに驚きました。
篭入りで絵付きのガラス細工の江戸風鈴と神社のお札が付いている豪華なものが売れ筋のようです。
買い物はしませんでしたが、ほおずき市の他にもいろんな露店を見て回りました。
ステージではアジアの留学生さん達が参加してゆかた美人コンテストが催されました。
陽射しが強くて暑かったので1時間足らずの見物の後引き上げて来ました。
お日市は7月1日から9月8日まで続きます。
昔は各町内単位で産土神・神社・仏閣などの祭礼日にお日市(その日限りの市という意味)が開かれていました。
それがいつしか、夏祭りや縁日自体をお日市と呼ぶようになったとの事です。
10日(日)は野口英世青春通りで田中稲荷神社のお日市が開催されるということで午前中から出かけました。
11時前に到着したのですが、露店が建ち並び歩行者天国が開始されるのは正午過ぎからの予定でした。
「野口英世青春広場」周辺をしばらく散策した後「くいしん坊」で昼食にしました。
この日オーダーしたのは「会津くいしん坊セット」でした。
ロースのソースカツ丼に鰊の山椒漬けとさくら(馬)刺しがちょこっと付いて1,680円なり~
お値段もお味も結構良かったかも(^^)v
お日市は日曜日ということもあって開始早々からたくさんの人出があり賑わっていました。
このお日市の目玉は何といってもやはり「ほおずき市」です。
1986年10月に浅草~会津若松に「会津鉄道」が開通して以来浅草と会津の交流が盛んになりました。
浅草の浅草寺のほおずき市の開催時期が会津の田中稲荷神社のお日市と重なっていた事などが縁で、このお日市でも小規模ながらほおずき市が開かれるようになったそうです。
ほおずき市を初めて見た時にはほおずきのお値段が結構な金額なのに驚きました。
篭入りで絵付きのガラス細工の江戸風鈴と神社のお札が付いている豪華なものが売れ筋のようです。
買い物はしませんでしたが、ほおずき市の他にもいろんな露店を見て回りました。
ステージではアジアの留学生さん達が参加してゆかた美人コンテストが催されました。
陽射しが強くて暑かったので1時間足らずの見物の後引き上げて来ました。
完備のトイレなどがあり、地元の方を始め観光客の
方も利用されています。
まだ食べ事はないですが、ラーメン屋さんなどの
飲食店も営業しています。
珈琲館の會津壱番館のコーヒーは飲んだことがあり
ますが、本格的で美味しかったです。
ソースカツ丼はソースが若干少なめでしたが、充分
満足出来ました。
涼しい時間にこんな所で のんびりしたくなる様な。。。
珈琲館でお茶して、2階へ上がって見学するのも良さそうですね。
お日市の賑わい、楽しい夏の雰囲気良いですねー
。
浴衣美人さんもお祭りを盛り上げてますね。
、、、ってより、ソースカツ丼の方が気になるんですけどね-。😆
途中周辺に温泉(会津では「湯野上」と「芦ノ牧」)が
ある駅に停まります。
もちろんこの鉄道をご縁にというか、経由して浅草
から会津へとほおずきが伝わったのは間違いありま
せん。
江戸の香りもそっくりそのまま伝わっていると思い
ます。
比べれば規模はとても小さいですが、祭りとしての
賑わいは結構ありますよ。
子供の頃はほおずき鳴らすことが出来たのに
今は何故か出来なくなってしまいました。
子供の頃の自分を尊敬したいです。
ゆかた美人コンテストでは一番下の写真で左から
4番目の方がグランプリを受賞し、賞金ではなくて
綺麗なゆかたをゲットしました。
行ったことが無いのです。
なので近々行ってみたいと思っています。
出来れば野口博士のロボットと話をしてみたいです。
利用していないのでよくわかりませんが、郡山を
経由していくJR東日本と比べると安いはずです。
でも、時間は少しかかります。
猪苗代町の野口英世記念館の近くにおそば屋さんは
ありますが、メニューに「冷やしイカ天そば」があった
かどうかは定かではありません。
天ぷらは鰊と山菜とまんじゅうくらいしかなかった
ような気がします。
近々そこに食べに行って確認して来ようかと思って
います。
まだこの内容なら安いかも知れないと思います。
青空をバックにオレンジ色のほおずき・・・そんな写真が
撮れれば良かったのですが、お値段が高くて買う決心が
つきませんでした。
江戸風鈴の澄んだ音色はとても軽やかで涼しげに
聞こえました。
よね?
そういえば、野口博士は若き日にアメリカのペンシル
ベニア大学で医学生として学んでいたそうですよ。
偶然らしいですが、田中稲荷神社の境内にも昔から
ほおずきが植えてあったそうです。
会津くいしん坊セット前から食べたいと思っていたので
やっと願いが叶ったようなうれしい気分でした。
きりんのセットは「そのまんまおふくろの味」です。
会津若松まで行くのですね~!
有名な温泉地も止まるのですね?
その鉄道に乗って、ほうずき市が伝わったのでしょうか?
江戸の香りのするお祭り、賑わうのですね♪
ほうずきは、子供の頃には実をもんで種などを小さな穴から取り除き破らず上手く空っぽになったら、それに息を吹き込んで鳴らしました。
ほんとに難しく、成功したなんていったい何度か、殆ど失敗でした。
破れるんですよね~
Micchiiさん、美人コンテストいかがでしたか?
こちらも行ってみたいですね(o^^o)
会津に向けて鉄道があるのは知ってましたが
往復で 意外とお安いんですね
下車駅にもよりますが
俺が会津へ行った時は
郡山からだったので
充分に 日帰りも出来る
そう 思ったら 益々色々と知りたく
野口英世で一つ
近くに 冷やしイカ天そば
あったりしますか?
食べた様な
安いですね!
青空と赤いほおずき。
きっと夏らしい光景だったのでしょうね。
江戸風鈴の音が涼やかで蒸し暑さも感じなくなりそう。
夏の会津の風物詩ですね
野口先生の名前が入ったものがあって親しみを感じるのです(^^ゞ
ほうずきを見ると夏だなぁ~と実感します。
赤いほうずきは可愛らしくて爽やかですね。
会津くいしん坊セットとは楽しいネーミングですね。
私はきりんのセットがとても家庭的で美味しそうに見えます。
食べてみたいですよ