( 両子寺の護摩堂 )
山門をくぐって、上へ上へと登る長い石段がある。途中、有名な仁王像などを拝みながら、ゆっくりと歩いて登るつもりだった。だが、山門に入る道に気づかず、車で一気に上がって、護摩堂のそばの駐車場まで来てしまった。楽なほうが良い。今さら石段の下まで戻る気にもなれず、日も傾いてきたし、省略することにする。
この日、訪ねた胎蔵寺(熊野磨崖仏)、真木大堂、富貴寺は、いずれも山里近くにあったが、両子寺 (フタゴジ) は国東半島の中心、両子山 (721m) の中腹にあって、里からは遠い山寺だ。
いかにも山岳修行のための大寺という風情がある。六郷満山の、中山(修行を中心とする寺院群)の本寺である。
参拝者の中には西洋人の姿も見えるが、あたりに山の気が漂い、寺院群が粛然として建っている。少し冷えてきた。
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護摩堂はこの大寺の本堂で、山岳修行の根本中道である。紅葉が美しく、気品がある。
靴を脱いで上がると、鎌倉期制作のの不動明王像があった。
護摩堂から、山林の中の参詣道を登っていくと、次に大講堂がある。富貴寺の大堂と同じく、鎌倉期の阿弥陀仏が迎えてくれた。
さらに、山の上へと、参詣道を登って行く。
大力の僧が渡したという鬼橋を踏んで谷川を越える。
古色蒼然とした石の鳥居をくぐる。
どこかユーモラスで強そうな石像を横目で見ながら、奥へ奥へと登って行く。
やがて草深い道は奥の院に行き着く。寺とは言えず、神社でもなく…。
( 奥の院の社 )
小さな社(ヤシロ)は、崖に張り出した懸崖造りだ。社の中には、宇佐神宮からやってきたという「双子の神像」が祀られているそうだが、もちろん社の中には入れない。
社の横に、社に入るのとは別の入り口があったから、拝観料を払って入ってみる。
入った社の奥は岩壁で、岩壁には自然の洞窟があって、ほとんど暗闇という中に石仏が安置されていた。
( 洞窟の石仏 )
奥の院から、元の小道を少し下ると、来るときには気付かなかったが、道の横の岩壁の上から鎖が下りてきている。山岳修行の場だ。運動靴なので、ついよじ登ってしまった。
登ってしまうと、気持ちの上で引き返せない。そのままか細い修験道を上へ上へと登って行くと、あちらの岩陰、こちらの岩棚に石仏が嵌め込まれている。
( 岩陰の石仏「百体観音」)
所々に標識があるので、この径を歩いていてもとりあえず大丈夫なのだと、気分的に助かる。
「針の耳」、「鬼の背割り」などの標識を通過する。
(「鬼の背割り」)
そろそろ引き返したいが、このまま山頂まで登るのかと心配になる。
やがて、登りの山道が大きく回り込んで、谷に沿う下り道になった。ほっとする。
ひょこっと、一般参詣道に出た。
( 出口にあった標識 )
年甲斐もなく冒険をしてしまったが、この寺の境内の杜(モリ)は「日本森林浴の森百選」の一つに選定されているそうで、いい運動になった。
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日が傾いた。4寺しか回れなかったが、六郷満山のサワリを見ることができた。
今夜の宿泊地、臼杵 (ウスキ) に向けて、国東半島を抜け、高速道路に入り、別府の湯煙やサルで有名な高崎山を遠望しながら、暮れかけた道を走った。
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その夜、泊まった「臼杵湯ノ里」は、源泉かけ流しの温泉で、新鮮なふぐ料理がとても美味しかった。