一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

十たび大野教室に行く(後編)・隣の男

2011-10-12 00:04:59 | 大野教室
きのう11日は、JALの10,000マイルで交換した、牛のステーキを食べた。味つけは醤油と塩のみ。けっこうなマイル数を使っただけあって、さすがの美味だった。しかし吉ギューの牛丼も捨てがたいんだよなあ。

(10日のつづき)
最寄駅へ向かう終電を逃し、私は呆然とした。私の旅行はひとり旅なので、すべての責任が自分にかかってくるため、致命的な乗り遅れは滅多にない。しかしこの食事会では、お開きの時間になれば自分はセーフ、という思い込みがあり、時間確認を怠ってしまった。いやはや、大変なことになった。
赤羽からなら、Fuj氏は徒歩で帰れる距離だ。事実彼は、赤羽から帰るようなことをいっていた。しかし私はきつい。しかも間の悪いことに、ウチは3日まで、両親が旅行中なのだ。玄関のカギは閉まっているが、廊下の雨戸が開けっ放しだ。これはどんなに時間がかかっても、一旦は家に帰らねばならない。
「赤羽から徒歩で帰ります」
私はいった。
「それは無理だ」
と、誰かがいった。
「……」
「じゃあボクんち泊まっていきなよ」
そう助け舟を出してくれたのは大野八一雄七段だった。大野教室に泊まりませんか、という意味だ。教室はマンションの一室なので、宿泊スペースは十分にある。その申し出は涙が出るほどありがたかったが、大野教室や食事会でお世話になっているのに、宿泊までしていいものだろうか。
しかし冷静に考えると、ここはお言葉に甘えるのがベストなのだった。拙宅に泥棒が入っても、盗まれるものもない。
「すみません、よろしくお願いします」
少考したあと、私は頭を下げた。
植山悦行七段、中井広恵女流六段、W氏と別れ、大野七段、Fuj氏と私は、再び大野教室に向かった。…ん? Fuj氏、アンタ赤羽から徒歩で帰るんじゃなかったのか!? オマエさんがちゃんと時計を確認してりゃこんなことには…!! いや言うまい。こうなったのは私の責任である。なんでもヒト任せはいけない。
「いつもは駅前の喫茶店でおしゃべりして、そこが11時閉店だから、みんな乗り遅れがなかったんですね。きょうは運がなかった」
大野七段が冷静に分析する。
電車の音がしたので左を見ると、上りの京浜東北線が走り抜けていった。あれが私が乗ったかもしれない、0時34分発の赤羽行きだ。
大野教室に、まさかの入室をする。まずはスマホで自ブログの更新だ。原稿はすでに仕上げてある。一見便利になったようだが、私がスマホを持ったことによって、パソコンのない離島にいても、1年365日の更新が可能になってしまった。これは喜んでいいことなのだろうか。
しかし今回はアップの勝手が分からず、大野教室のパソコンをお借りして、アップした。
大野七段がシャワーを貸してくださる。ときどき誰かが泊まるのか、バスタオルとタオルも複数常備されていた。本当にありがたい。
Fuj氏が浴室に入っている間、大野七段と私は、和室にある将棋盤を脇にどけた。ここが私とFuj氏の寝室になる。
「これが柾目。○万円ぐらいしたね」
大野七段がある将棋盤を指していう。
「○万円!」
「これがウチにあるいちばん高いやつで、四方柾。これは◎万円したね」
「ええ!!」
「木目が綺麗だよね」
「綺麗ですね」
大野七段、以前竜王戦で勝ち星を稼いだとき、その対局料が、盤の購入ですべて消えた、と語ったことがあったが、それもむべなるかな、であった。
Fuj氏と入れ替わって、私がシャワーを浴びて出てくると、布団がのべてあった。隣の布団との距離が近い。まさかFuj氏とこんな至近距離で眠ることになろうとは…。
うぅ…本当ならいまごろ、いいオンナと寝てたっておかしくないのに!! なぜだ!! なんでこうなってしまったんだ!! うああああああ!!
私がGパンを履こうとすると、
「大沢クン、パンツ一丁でいいよ、男ばかりなんだし。もっとも女性がいたら困るけど。ハハ」
と、大野七段が笑う。どこまでも気さくな人だ。
その大野七段は、テレビの麻雀番組を見始めた。若い女子プロが打っている。いずれも美形で、女流棋士だったら大変な数のファンがつくだろう。
私は一応、Gパンを履く。しかしすぐ眠る気にはなれないので、Fuj氏と将棋を指す。前夜の中井広恵女流六段の言葉で元気が戻り、将棋を指す元気が出てきたのだ。
将棋は先手Fuj氏のウソ矢倉模様に、私が矢倉中飛車に出た。しかしどこまでいってもよくならず、完敗した。
局後は大野七段が感想戦に参加してくれたが、どこまで遡っても、後手が芳しくない。結局、Fuj氏が▲6八銀型で待っているのに、私が△6四歩と突いたのがマズい、という結論になった。敗着が序盤の構想とは、将棋はむずかしい。
大野七段の指摘は論理的で、高級な講義を受けているようだった。それでいてこれは無料である。無料の宿泊に無料のシャワー、歯ブラシまでついて、まさに至れり尽くせりだ。こんなによくしてもらっていいのかと思う。
大野七段は別室で就寝。私はFuj氏ともう1局指して、午前3時、さすがに寝床に入った。
「世の中にはそういうオンナがいるんやなあ。私にも経験があるけど…」
隣の男、Fuj氏が関西弁でつぶやく。
私はそれには答えず、薄暗い天井をいつまでも見ていた。
――10月1日、長い一日が終わった。
コメント (3)
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