一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

四たび大野教室に行く(中編)・プロ棋士の読みの恐ろしさ

2011-06-22 00:50:51 | 大野教室
上手・大野七段(角落ち):1一香、1三歩、2四歩、3三歩、3四王、4二金、4五歩、5五金、6七と、8六歩、9一香、9三桂、9四歩 持駒:角、銀2、歩4
下手・一公:1七歩、1九香、2一竜、3五桂、3六歩、3七桂、4七歩、4九金、5九玉、6九金、7六歩、8四銀、8八飛、8九桂、9七歩、9九香 持駒:銀、歩2
(△4五歩まで)

ここから私は▲2四竜△同王▲2五銀△1五王▲2八飛と進める。
「これでどうでしょうか?」
「▲2四竜! 全然読んでなかったねえ。これは上手玉が必至だ。いやでも、ここで一本△2七歩と叩くね」
「▲同飛。ここで下手玉が詰むかどうかですが…」
大野八一雄七段はしばし考え、△6八銀と指した。私は▲4八玉と逃げる。
「これは詰まないね。負けました」
「ハア!?」
大野七段があまりにもアッサリと「投了」したので、私は拍子抜けした。
「そうか。下手勝ちの順があってよかったですね」
大野七段がにこっと笑う。しかし勝ちがあっても、それが感想戦では意味がない。
「私は実戦で大野先生に『負けました』って言わせたいんですよう!」
と私は嘆いた。大野七段にそう言わせるのは、まだまだ先のことになりそうである。
R氏が、昼の「LPSA芝浦将棋フェスタ」で指した将棋を、大野七段に見せている。R氏はアマ初段だが、対戦相手はアマ四段。これは相手にならないだろうと思いきや、終盤までいい勝負だった。R氏は終盤を鍛えれば、すぐにアマ三段になれる。
午後7時すぎ、近所のファミレスへ向かう。参加者は大野七段、W氏、R氏、Hon氏に私だ。
大野七段はダイエット中ということで、パスタの単品。私もダイエットをしなければならないが、それはいつからでもできるので、食べ放題メニューをオーダーする。
食後は、R氏が将棋盤を取り出し、またも「芝浦将棋フェスタ」での将棋を並べ始めた。R氏は本当に将棋が好きなのだ。26日の社団戦での戦いを大いに期待したい。
今度はHon氏が女流王座戦の棋譜を取り出した。これを大野七段に解説していただく。これは相振り飛車の将棋で、私は指さないが、大野七段の解説はとてもためになり、私も相振り飛車を指したくなった。
せっかくなので、先月指された竜王ランキング戦6組準決勝・大野七段対吉田正和四段の一戦を、大野七段に自戦解説していただく。大野七段はこの対局で惜敗し、本戦トーナメント入りのチャンスを逸した。当人にはまことに不愉快な一局ではあるが、私にとっては他人事であり、大野七段が「勝勢になる一着を逃した」一手を、たんに知りたかった。
将棋は先番大野七段の居飛車明示に吉田四段の四間飛車。大野七段は▲9六歩。これに吉田四段が受けなかったので、大野七段は▲9五歩と伸ばす。と、言葉で書けば簡単だが、このあたりの心理状態の述懐が実に巧みで、私たちはみるみるうちに「大野解説」に引きこまれた。ファミレスで聞くにはあまりにも場違いだが、それゆえに私たちは、最高に贅沢な時間を過ごしていた。
▲9五歩と伸ばした以上、居飛車穴熊はない。大野七段は▲4六銀から▲3五歩と仕掛ける。角交換から、先手は▲5五銀と出た。後手は△7四歩が突いてあり、先手はこれを咎めたい。
後手は△4三銀かと思いきや、△2五銀。一目、先手にとってありがたい手である。この直前に大野七段は大長考していたが、この意外な銀出で、それまでの読みがフイになった。これが後の進行に微妙な影響をおよぼすことになる。
何はともあれ▲3三飛成△同桂。ここで次の一手を問われれば、私たちなら間違いなく、▲3一飛と打つ。実際それで正解なのだが、大野七段が
「これで将棋は終わってました」
と言ったのでビックリした。私たちレベルからいえば、桂香両取りに打つ▲3一飛はふつうの手。そこで後手も敵陣に飛車を打って、ここから中盤のねじりあい、というところである。
しかるに大野七段は、「これで終わり」、つまり先手勝ちと言ったのだ。
「だってここからは一本道なんですよ」
続けて大野七段は解説する。するとほぼ絶対の手順で後手玉が寄り、私たちはテーブルマジックを見るように、なるほどなるほどと感心したのだった。
それにしても、プロ棋士の読みの何と深いことか。ここから寄りまで、20手近く。そのほとんどの変化を、大野七段は読みつぶしたことになる。
そういえば以前、植山悦行七段に自戦解説を聞いたときも、植山七段はかなり早い段階で、「この将棋は勝ったと思いました」という意味のことを言っていた。
もちろん将棋はそんなに簡単に勝負がつくものではないし、大野七段や植山七段も対局中は、勝敗はまだまだ先と、気を引き締めていたはずである。ただいえることは、私たちが「指しやすい」と見える局面が、プロ棋士には「優勢・勝勢」に見えるということだった。
話が戻るが、先ほどの局面で、大野七段は▲3一飛とは打たなかった。「より良い手を指そうと思って」▲3四歩と叩いたのである。
これが考えすぎの疑問手だった。後手は喜んで△3四同銀。△4三銀の形から▲3四歩と叩く手はあるが、なけなしの一歩をはたいて2五の銀を3四に引き戻すなど、見たことがない。▲3一飛から一手勝ちを読んでいながら、▲3四歩のような疑問手を指す。ここが実戦心理の不思議なところだ。
大野七段、遅ればせながらの▲3一飛に、吉田四段、△4六歩▲同銀を入れて△3二歩。これが大野七段の読みになく、またもコンピューターを狂わせた。
ここで大野七段が悪手を指したという。そこで私が、「悪手探し」を提案した。私たちなら飛車を打った流れから、▲1一飛成と香を取る。しかしこれが悪手とは思えない。▲3二同飛成もなくはないが、2手をかけて桂を取りに行くものだろうか。これは疑問手っぽいが、それゆえなさそうな気がする。
▲3七桂は味よい活用だが、これはプロ好みの気がする。大野七段が悪手と断じる手とは思えない。
そういえば最初、大野七段が角を持ちかけていた。とすれば▲5五角か。しかし何だこれは。
私たちはサッパリ分からず、大野七段に答えを聞く。と、それは「▲6六角」だった。これで▲9四歩から端を攻める構想だが、その攻めで端が破れるはずもなく、悪手だったというのだ。
まあ確かにそうなのだろうが、いかにもプロらしい悪手といえる。
ところが、大野七段があらためてこの局面を見て、持ち駒が1歩しかないことに気づき、
「あれ? 1歩しかないのに、私がここへ角を打つわけがありませんよ」
と言って、局面を元に戻し始めた。
そうは言っても、▲3四歩と打ち捨てて歩切れになり、△4六歩▲同銀で1歩もらっているのだから、持ち駒はやはり1歩である。だが大野七段は、
「そうですね…。いやしかし、それならやっぱり、角は打たない。…あれ? じゃあどう指したんだろう。忘れちゃった。プロとしてマズイねこれは」
と言いだしたので、私たちは慌てた。
(つづく)
コメント (2)
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