感染症診療の原則

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心と体 と その周辺

2015-01-01 | 非・悲・否・避「常識」
その昔、ある医師が首の痛みに悩んでいたことがありました。

検査もたくさんしたし、入院もしました。
自宅には「首つり器」まで設置され(リハビリでぐいーんと引っ張るあれです)、はたまた怪しいヒーラーに念波を送ってもらったりもしました。
いっとき首にはムチウチの人がつけるような装具までついていました。が、どんどん悪化するばかり。

("きっと誰かが藁人形でうっているにちがいないですよ"と悪化させるようなことを囁く人もいました・・・)

今はなんともありません。

一番のきっかけは何かといいますと・・・・それは職場を変えたこと。

痛みがなるなることで日常の平和を再度手にしました。


ごく親しい人たちはその痛みが何の表現であったか知っています。
(どういう人たちがどんなことをしたのか詳しいことは、のちのち伝記に書いてあげようと思っています。。。。ぼそぼそ)



健康や命、安定した日々を失う前に、サインを出せていたということでは前向きに考えればいいのですが、当事者はすぐには心因性であることを受け容れません。


世の中の人は(というか医療者も)、痛みなどのつらい身体症状には器質的な原因が必ずあって、心が原因で起きるとは思っていない人もいます。
いえ、多少は思っているのかもしれませんが、自分に起きた場合には、まさか私にかぎって!という否定をします。

かいがいしく子どものために。。。とやっている親がその原因だったりする場合は、親は「親として当然!」「愛情たっぷり!」「こんなにも努力している」という信念のもとなので、まさか自分に原因があるとは思いませんし認めません。
(このあたりは思春期保健ではよく知られたことであります)

なぜに診断できないのだ、なぜ治せないのだと医療者を仮想敵にして自分の妥当性を主張します。

その構造で維持される家族関係もありますが、ときに病者役割を降りられなくなってしまった(梯子を外された)子どもが失う数か月数年はとてもお気の毒です。

それでも多くの場合、子どもが(信頼できる治療関係や他の大人との関係を築きながら)親を乗り越えていく、家族で成長をしていくわけです。
周囲は子どもたちの自らの回復力を信じて支援します。


それまでの成功体験豊富な恵まれたポジションの人は、自分自身の中に原因があるということを他の人よりも認めにくいことがあります。

症状も、〇〇が痛い、から周囲の人のことがわからなくなる、歩行不能、目が見えないなどの多彩であることがよく知られています。

心因性でこんな症状が出るわけないという無知と偏見で当事者や家族を苦しめる人もいます。
(そのような語りは、こうした症状で苦しむ人を回復から遠ざけるばかりです)




ブログ記事で何度か紹介した『心療内科を訪ねて』は作家の夏樹静子さんの本です。

バリバリ仕事をしていた夏樹さんは、ある時から腰痛に悩まされます。そしてそれは椅子に座れないほどの痛みへと悪化していきます。

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12ページ 
"いささかの改善もなく半年もたつうち、大勢の人が民間療法をすすめてくれるようになった。「自分はそこで嘘のように治った。騙されたと思って行ってみなさい」といわれるたび私は試してみずにはいられなかった。(略)しまいにはお祓いまで受けた"

13ページ 
"「もっとも簡単に言えば、心の問題で起きる身体のの総称ですね」と彼は説明した。すると症状は心が原因で起きたというわけか?
「でも、心因でこれほどの激痛が起きるとは考えられません」
「いや、心因性だからこそ、どんな激しい症状でも現れるのですよ」

17ページ 
"精根尽き果てた思いで、私は心因を認め、断筆を受け容れた。すると、それから徐々に回復が始まった。ある一瞬奇跡のように、というのではない。が、短い間に、確実に、目に見えて軽快していった。"

18ページ
"あれほどさまざまの治療を求めて放浪しながら、すべての原因は己の中に潜んでいた。私は絵に描いたような心身症患者であった。そして私は、奇跡や僥倖ではなく、精神の科学によって治癒をもたらされたのだと納得した。
この体験から学んだんことは、言い尽くせないほど大きかった。
人を描く小説書きの末席を汚しながら、人について自分がどれほど無知であったか。その反省とともに、人間と自分に対する見方が変わった。
自分の中には自分の知らない自分がいる。意識の陰に潜在意識という生き物が潜んでいて、これは何を考えているかわからない。"

23ページ
"『続・心療内科』(池見)では、<はっきりした身体症状を持つ人たちは、一般に心因を認めたがらないものである>という指摘がされている。
<その理由としては、まずノイローゼや精神病的なものとみなされることに対する恐怖と嫌悪の感情が働くからである(中略)心因が強く関係しているということになると、自分が人間的に咎められる形になり、自分の責任で治さねばならぬという苦しい立場に追い込まれる可能性が生じる>"

2:両親を苦しめたかった:高1女性16歳、耳痛・しゃっくり様痙攣
・・・このような症例は「身体表現性障害」という大きな枠の中の「転換性障害」と呼ばれる。無意識の葛藤や抑圧された欲求などが随意系運動系、あるいは知覚系の身体症状に置き換えられて現れたもので、もちろん成人にもおきる。その「転換症状」には、立てない、歩けない、声が出ない、四肢の麻痺や痙攣、ひきつけ、盲目や聾状態までも出現する。
(略)愛情が得られないための欲求不満が発症になるというケースは、誰にでもある程度理解しやすい。が、十分な愛情に恵まれた一見何の問題もない環境の中でも、転換性障害は発生する。そんな時には、本人も周囲も真の原因になかなか気づきにくいものではないだろうか。

3:上昇志向と職場の軋轢 会社員男性 47歳 潰瘍性大腸炎

"「心配事があれば食が進まないでしょう。トラブルが解決しないとぐっすり眠れませんよね」
これもみんな同感とうなずく。そうだ、心と身体は直結しているのだ。
しかしながら、それは自分が元気で、身体には何の支障もない時ではないだろうか。言い方を変えれば、身体に問題のない状態では、そういう話を素直に聞くが、実はそれは右の耳から左の耳に抜けてしまっている。
ところが、いざ、自分に身体病とおぼしき症状が発生した途端、「心身一如」などは跡形もなく吹きとんでしまう。精密検査を受け、どこにも器質的な異常は発見されない。日ごろの生活やストレスからし判断して、医師に「あなたの症状は心因性です」と言われても「そんなバカな!」と頭から否定する。それがまだ大方の人々の反応パターンではないだろうか?

以下、

4:より完全に、より美しく 語学学校アシスタント 女性 34歳 醜形生涯 顎関節症

5:高血圧なら、逃げられる  会社役員 男性 54歳 高血圧

6:極限の綱渡り  大学生21歳  拒食・過食

7:とらわれの悪循環 82歳男性 肛門痛 主婦49歳 腰痛

8:髪の毛の悲鳴 小学3年生9歳 毛髪抜毛症   主婦37歳 円形脱毛症

9:エリートコースと各駅停車  会社員34歳男性 過敏性腸症候群 会社員47歳男性 過敏性腸症候群

10:All or None 完全主義の陥し穴  OL26歳女性 斜頸   主婦70歳 眼瞼下垂

11:喘鳴が止まる時 45歳女性 喘息

12:症例の数だけ人生がある あとがきにかえて
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★原因も背景も、回復のきっかけになった言葉や試みられた治療法もさまざまであり、特定の方法を推奨する本ではありません。

心療内科を訪ねて―心が痛み、心が治す (新潮文庫)
新潮社


腰痛放浪記 椅子がこわい (新潮文庫)
新潮社



夏樹静子さんの本が出てから(そうした病態があるのだとの認知が広がった結果)読者から問い合わせが増え、受診につながる人も増えたわけですが、そうした現象も珍しくなく、新しい病気の概念や名前が認知されることで解決への糸口になる人も出てきます。
そして、その分母が大きくなると、今度はそこに見落としてはいけない器質的な疾患がまぎれこんでくることも考えられるので、このような症状には診断でも治療でも心身両方のアプローチが重要なのだという説明になります。

Mysterious Illness at Le Roy School: Understanding Conversion Disorders
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