ひぐらし農園のその日暮らし

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堰浚いボランティア募集中!!

2015-04-29 10:33:00 | お知らせ
今年も5月4日に行う本木上堰の堰浚いボランティアの参加を募集しております。

詳しくはFBをご覧ください。今年は大雪に加え、雪解けが遅く、堰が痛んでいる可能性が大きいのでたくさんの方の参加をお待ちしております。

皆さん、ぜひ!!

https://www.facebook.com/notes/%E6%9C%AC%E6%9C%A8%E6%97%A9%E7%A8%B2%E8%B0%B7-%E5%A0%B0%E3%81%A8%E9%87%8C%E5%B1%B1%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8B%E4%BC%9A/%E6%9C%AC%E6%9C%A8%E4%B8%8A%E5%A0%B0%E6%98%A5%E3%81%AE%E6%B5%9A%E3%81%84%E3%83%9C%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E5%8F%82%E5%8A%A0%E8%80%85%E5%8B%9F%E9%9B%86/414341855401125


沖縄県への対応にみる、日本は国家としてまともなのか

2015-04-12 13:59:00 | 独り言
あまり沖縄の基地問題について詳しいわけではないのですが、最近の国の暴挙が目に余ると感じての一言。

辺野古での基地建設に関して、翁長知事と菅官房長官の対談が話題に挙がっています。

辺野古の基地建設反対を公約掲げた翁長さんが知事選で勝利した以上、沖縄県民の民意は国の進める辺野古への移設計画を拒絶しました。
もちろん国は、国際情勢などを見ながら、沖縄県だけでなく国民全体の利益を考える必要がありますから、「はいそうですか」と認めるわけにはいきません。

それにしたって、安倍内閣の沖縄への対応は極めてひどいものと個人的に感じていました。

先の対談で見えてきたのは、国は(というか安倍内閣は)、どうやら深い思慮の上で今の政策を推し進めているといるわけではなさそうだということ。
「粛々と」という言葉に「上から目線だ」と不快感を示した翁長知事に対して、その迫力にたじろぐだけでまともな反論もできない菅さんを見てそう思いました。

ただ、「上から目線はやめるべき、もっと沖縄県民に寄り添え!」と声高に主張するのは簡単なこと。(もちろん暴力に訴えず、声を挙げるのはとても重要なことです)
もっと根本的なレベルで、安倍内閣が間違った方向に進んでいるのではないかということを、この一件をもとに考えてみたいと思います。

そもそも国家とは何なのか。

人が生きていく上で国家という形が必要であるといえるからこそ、今の仕組みがあるはずです。
しかし日常で人が暮らしていくうえでは、関わりのあるのは国家よりももっと身近で小さなコミュニティです。

その最少単位は家族になります。そして関わりが増えていくにつれ、地域や自治会となり、共通の利益を目的とする集団(例えば会社など)、地方自治体に広がっていきます。

こうした社会を維持していくうえで必要なのがルール=秩序であり、集団が大きくなればなるほど重要度が高まります。
その最高法規が憲法であり、法律です。これらの秩序のもとに運営されるのが法治国家です。

集団は秩序を守るために、ルール違反をするものに罰を与えなければなりません。
ただし暴力は許されませんから、地域なら仲間はずれ・村八分にする、会社なら首にして辞めてもらうという手段を取ります。
唯一暴力、否「力」=刑罰の行使が許されるのは国家です。ゆえに警察や軍隊の保有が許されるのです。
だからこそ、その行使には明確な理由が必要であり、法に則って行わなければいけません。

国家が秩序を守るにあたり、「力」の他に二つの方法も重要です。
一つは「利益」の誘導。つまり国民に安定的な生活をしてもらうために様々な行政サービスやインフラ整備、経済の振興などの利益を供与し、満足してもらう。
もう一つは「価値」の共有。君主を称えたり、国歌・国旗を制定し敬うこと。スポーツによる一体感の醸成など。
こうして国を誇りに思い、国に対して帰属意識をもってもらうのです。
近代国家・民主国家というものは、こうした仕組みの下で、国家と国民が支配から対等な関係性へと移行した姿だとボクは思っています。

「力」だけではなく、「利益」「価値」を提供することで暮らしに満足してもらい、秩序を乱す要因を封じ込めていくことで国家としての形を造っていくのです。(参考文献『国家の役割とは何か』櫻井惇著)

さてこうした(理想的な?)国家の在り方を前提に、今回の沖縄の一件を検証してみましょう。
なお法律上では2000年に改正された新地方自治法により、国と地方の関係は「上下・主従」の関係から「対等・協力」の関係であるとされています。
(この時点ですでに安倍内閣は間違っていることが明らかですね)

先の沖縄県知事選挙では、普天間基地の代替地として辺野古に新たに基地建設反対を主張した翁長知事が、基地建設推進派の候補者を破り当選しました。
当然、翁長知事は国が進める辺野古沖の工事中止を要請します。
辺野古の基地建設拒否は、法に則って出された沖縄県民の総意です。

これに対して国は、国民の「利益」を守ることを(表向きには)理由に拒否をしています。
では問題の論点は国民の利益と、沖縄の不利益のどちらを優先すべきかということだけでしょうか。

国防という国民の利益を達成するために、沖縄が他地域に比べて過度に負担を負っていることは明らかです。

しかしこうした一方的で過度な負担は「価値」の共有を損ない不満を生み、国家にとって明らかにマイナスです。
国は今までは、それを補うために「利益」の供与を約束し、沖縄に相応の(それなりの)予算を配分してきました。
つまり国は秩序を守るために、「利益」を供与することで、「価値」の共有だけでは補えない沖縄県民の感情をコントロールしようとしたのです。

しかし沖縄は選挙という法治国家として極めて正しい意思表示の方法で、国の進める辺野古への移設を拒否したのです。
すなわち今まで国の沖縄県民に対する政策には不満がある、間違っていると伝えたわけです。

にもかかわらず、安倍内閣はそのことに耳を貸さず、得られるべき正当な「利益」でさえ、翁長知事当選後、露骨に予算削減という手段に出ました。
「利益」を享受する権利さえ奪ったのです。
さらに「力」でこの声をかき消そうとするのであれば、まさに力を行使してよい唯一の立場でありながら、正当な理由はありません。
もはや法治国家としての体をなしていない。

つまり一連の沖縄に対する国の行動を見る限り、安倍内閣は「価値」の共有も難しくし、「利益」の供与を拒み、「力」の行使の仕方も間違えている。
国民の利益云々の前に、近代国家としての役割を全く果たしていません。これはまさに統治=「上から目線」です。

国はもっと真摯な態度で沖縄県民の声に耳を傾けること以外、進展の手段はない。
さもなくば、これ以上沖縄は甘んじて日本の一部である必要があるのか。
沖縄は独立すべきでないか。

実は福島も同じことが言えます。
そもそも日本国という形は、中央集権という形の中で、地方が中央に資源を供給し、中央の補完的役割を強いられてくるという歴史が長くありました。
そのいびつな形が一気に吹き出て表面化したのが、この震災と原発事故、そしてその後の対応です。

福島も沖縄も、地方という立場から、国を支える役割を強いられていたことは変わりません。
福島県民は強制避難という「力」で奪い取られた幸せを取り戻すのに、「利益」だけを求めているのではありません。「価値」の共有も必要としていますが、絆という言葉はピントがずれていると思います。
だからこそもっと慎重に、もっと誠実にやってほしい声を挙げているのですが、「電力の安定供給」という利益(実はこれは名目であり、実際は原子力ムラの利権を守ることが一番の目的なのですが)を優先するあまりに、福島県民の声がかき消されてしまっています。
ただ沖縄と違うのは、その意思を選挙という形で県民が明確に伝えられていないこと。
つまり福島はまだ法治国家の下で、極めてまっとうな形での意志表示ができていません。
これは長い間戦ってきた沖縄と、にわかに表舞台に立たされた福島との差なのでしょうか。
逆に言えば、長い間苦しめられ続けた沖縄だからこそ、ここまで来れたのかもしれません。

福島にとって沖縄は光です。ぜひこれからもこの騒動の行方をしっかりと見て、福島も続いていきたいと思います。


上堰通信

2015-04-08 09:45:00 | 今日の早稲谷
上堰だよりが発行されました。ご参照ください。

もうお彼岸も過ぎているというのに、本木・早稲谷周辺の田んぼはまだたっぷりの雪に覆われたままです。今年は全国各地で大雪のニュースが流れましたが、会津でも久しぶりの大雪に見舞われました。

まだ雪深く、水路の周辺を見回っていないので、この雪でどれほどの被害が出ているかわかりません。特に気がかりなのは、3月末に4日間連続で降り続けた、湿った重たい雪の影響です。一晩ごとに40センチずつ積もり、3日で新たに1.5m近く積もってしまった季節外れの大雪でした。山都町特産のアスパラガスの早だし用ハウスがこの雪のために各所で倒壊し、その数は町内だけで39棟に上ったそうです。堰周辺でもかなりの倒木が予想されるため心配です。

さて最近の農政について。次々と起こる大きな事故やきな臭い政治的ニュースの中に埋もれてしまい、TPPなど農業の話題は最近目立たなくなってしまっていますが、相変わらず農業が厳しい状況下にあることには変わりがありません。全国的に米がだぶつき2014年産米の価格が大きく下落したことは、皆さんもご存知のこととは思いますが、そこに外国産米が規制もされずに国内に流れ込んで来たら・・・。この価格では採算が合わないと、ますます耕作者が減ってしまったら・・・。想像するだけでも暗い気持ちになります。

でも、もともと自給のために作っていることの多い本木・早稲谷地区の農家においては、米価の下落はもちろん大きな痛手ではありますが、今最も大きな関心事は、日本型直接支払い制度の行方にあります。

直接支払い制度とは、機械化や大規模化のための設備投資、圃場整備などに補助金を与えていた従来の政策から、耕作する面積や農法によって直接農家の所得になるように助成金を与えると言うものです。こうした制度は欧米では当たり前で、あれだけ競争力のありそうなアメリカの農家でも、実は収入の半分は直接支払いによるものと言われています。世界ではこうした制度は主流なのです。

日本で最初にこの制度を取り入れたのが、中山間地域等直接支払制度です。15年前に導入されました。これは5年間を一つの区切りとして、対象となる地区の農家が集落協定を結び、山間部の急傾斜地の田や農道、水路を共同で管理すれば、一反あたり2万円を耕作者に支払うというものです。ただしその5年間は対象となる農地を耕作放棄地にしてはならないという規制もあります。しかしずっとコストや効率を重視し、中山間地を冷遇し続けた日本の農政が、中山間地の農地の多面的な機能を初めて認めた画期的な政策といえるでしょう。同時に、その地域の農家にとっては、重要な収入源となっています。それは本木・早稲谷地区でも例外ではありません。

その後、日本型直接支払制度は、農地・水・環境保全向上対策(現・多面的機能支払)や、米の直接支払制度(旧・戸別所得補償、これは平たん地も含めすべての田んぼが対象)、環境保全型農業直接支払などに広がっています。

本木・早稲谷地区の場合は、中山間地域等直接支払制度を2期目10年前から導入しました。そして5年ごとに区切ってきたこの制度は3期目がこの3月に終わり、4月からが第4期目初年。つまりこの制度に参加するために再び手を挙げるかどうか今が決めるタイミングになるわけです。私たちの日頃の農作業が多面的機能を持つと認めてくれている制度ですから当然参加したいと思う一方で、対象となった農地をこれからさらに5年間耕し続けなければならないという条件は、高齢化・後継者不足が解消されないこの地域にとってはかなり厳しいものです。

このようによい制度でありながら、高齢化・後継者不足が解決されず、有効に使えないという事例は、他の似たような山間地域でもたくさんあるのではないでしょうか。
せっかくの素晴らしい制度もやはり人=後継者がいなければ活かされません。堰と里山を守る会での活動の最終目標を「後継者を生む」ことにおき、ボランティアの皆さんと本木上堰を守るだけでなく、上堰米や上堰米のお酒を通じて、再生産できる価格を創りだすことにこだわるのは、こうした事情があるからなのです。