犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

JR福知山線脱線事故・調査情報漏洩

2009-09-27 23:51:07 | 時間・生死・人生
9月27日付 朝日新聞 「天声人語」より

「はるのそらの とはのなみだの ひとつゆを いまなきひとの たまのみまえに(春の空の 永遠の涙の ひと露を いま亡き人の 魂の御前に)」。昭和41年2月、全日空機が東京湾に墜落して133人全員が亡くなった。その調査に加わった山名正夫東大教授(当時)が、犠牲者の霊前にささげた鎮魂の歌である。

ジェット時代の幕開けに、それらの大事故が相次いで、国の運輸安全委員会の前身になる組織はつくられた。その委員会で、4年前のJR福知山線の事故をめぐる調査情報の漏洩が明るみに出た。調査の中立性を揺るがすゆゆしき不祥事である。JR西日本は報告書の修正まで頼んでいて悪質だ。安全より業績という社風が改まっていないのだろうか。もともと鉄道も航空も、専門性に閉ざされた狭い世界である。調査側と当事者側の「なれ合い」は、古くて新しい懸念でもあった。

66年の全日空の事故でも利害関係者が調査団に入っていたという。影響があったのかどうか、「原因不明」として調査は終了する。組織と相いれなかった山名教授は途中で辞表を出した。冒頭の一首は、真相に至れぬことを死者にわびる歌でもあったと、人づてに聞いたことがある。宝塚線事故の犠牲者は107人を数える。揺るがぬ調査に基づく再発の防止こそが、せめてもの鎮魂なのだと肝に銘じなくてはならない。


***************************************************

世の中の色々な不祥事のニュースに接すると、全身でガッカリして脱力してしまって、何もかも虚しくなって怒る気も起きないことがあります。事故調の山口浩一委員がJR西日本の山崎正夫前社長に情報を漏洩した上、事故現場に自動列車停止装置を設置すべきとする最終報告書の文言を「削除すべき」と発言していた件については、怒る気どころか、そもそも自分が何をどう感じているのか、よくわからなくなってしまいました。

上に引用した天声人語の内容については、全くその通りだと思います。しかしながら、どこかが絶望的に軽く、スッキリしない感が残ります。「ゆゆしき不祥事」「悪質」「社風が改まっていない」といった、正義から不正義を糾弾する上から目線のせいかもしれません。山名正夫教授が絶句の奥底から絞り出した31文字も、「肝に銘じなくてはならない」という結論への論拠として引用されてしまっては台無しのようにも思えます。もちろん、私がこの天声人語のような文章が書けるかと言えば、全く書けません。

一般庶民である私にとって、JR西日本のような大企業の社長は雲の上の人です。何の地位も権力もない自分自身を省みてみれば、今回の件を「ゆゆしき不祥事」「悪質」「社風が改まっていない」などと断罪することは憚られます。私もこれまで大小さまざまな組織に属して仕事をし、それなりに社会の厳しさを知り、大人になってきました。組織人として採るべき行動と個人の良心が矛盾することはよくあり、その過程で徐々に純粋な良心は麻痺し、ある時には根回しや嘘によって保身を図り、何とか今日まで失業しないでやってきました。

しかしながら、どうしても論理的に誤魔化すことができない行き止まりが、107人の死です。現に生きている人間として、私も死者には絶対に敵いません。そして、ただこの一点のみにおいて、雲の上の大企業の社長は、金儲けしか頭になく価値序列を見失った俗物であると思います。大企業の利益よりも1人の人間の生命のほうが重いことは、幼稚なお説教や綺麗事などでなく、企業なる抽象名詞は個々の人間の思考作用によって初めて間主観的に存立できるという意味において、紛れもない真実です。そして、死者を見失った再発防止策や信頼回復策の類が、このような方向に走ることもまた真実だと思います。

我々が持つ言語の限界が、上に引用した天声人語の記述であるとするならば、非常にもどかしい気持ちが残ります。「揺るがぬ調査に基づく再発の防止による犠牲者の鎮魂」というまとめ方など、安っぽすぎてクソ食らえと思います。しかし、これ以上先に進もうとするならば、自分も同じ電車に乗って、脱線して死んでみるしかないでしょう。天童荒太氏の小説「悼む人」の主人公のように、現場のマンションに行って、悼みの儀式を107回繰り返すのが生きている者の限界かも知れません。遺族でない私は、「同じように自分が乗った電車が脱線して、同じように痛みを感じて死にたい」と述べる方の心の中は想像できませんし、する資格もないと思います。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。