犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

悪質運転の厳罰化原案 法務省が公表

2013-01-20 22:41:29 | 国家・政治・刑罰

朝日新聞 1月16日朝刊より

(記事本文より)
 無免許、飲酒後のひき逃げ、病気による事故……。各地の悲惨な交通事故の被害者遺族が強く求めてきた厳罰化が、具体的な形になってきた。法制審議会は2月にも法相に答申。法務省は通常国会に改正法案を提出したい意向だ。
 栃木県鹿沼市で11年4月、クレーン車ではねられて児童6人が死亡した事故の遺族代表の大森利夫さん(48)は、中間罪の対象に病気が加えられたことに「病気の人が自己管理をしっかりできるきっかけになれば」と期待を寄せた。中間罪の刑の上限が懲役15年とされたことには、「子どもたちの命が軽く見られたような気がした」と肩を落とした。 

(解説より)
 危険運転致死傷罪が導入された際、国会で「不当に拡大、乱用されないように」という付帯決議がついた経緯があり、要件の拡大には慎重にならざるを得ない面もあった。立法に向けて困難もある。「中間の罪」の具体案をみると、危険運転致死傷罪との違いが分かりにくく、捜査や裁判では混乱が予想される。

(池田良彦・東海大教授(刑法)の話)
 新設する中間罪は、厳罰化を求める切実な被害者感情に応えようとしたものだろうが、裁判所が事実認定をめぐって混乱しないか心配だ。飲酒運転による事故の場合、現行の危険運転致死傷罪が定める「正常な運転が困難な状態」と、中間罪の原案にある「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」は、きちんと区別できるのか。


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 「悲惨な交通事故の被害者遺族が強く求めてきた厳罰化」、「厳罰化を求める切実な被害者感情」といった定型的な言い回しを聞くと、裁判の現場を見続けてきた私としては、直観的に「何かが違う」と感じます。ある現象を語る際に使用される単語は、その選択自体が構造を先取りしますが、「遺族」「厳罰化」「不満」「ハードル」といった用語は、どこかから借りてきたような安易さを伴うものです。これに対し、「子どもたちの命が軽く見られたような気がした」といった言葉は、人間の精神の限界を経て選び抜かれており、語られている世界が違うと感じます。

 法制度や裁判は、一方では社会の進歩・発展と歩調を合わせるべきものであり、他方では客観的・科学的でなければならず、いずれにしてもその場に死者は不在です。「死者が戻らない限り解決はあり得ない」という論理は、裁判制度の実務とは噛み合わないものと思います。その結果、当事者がいかに拒否しても「被害者遺族」という肩書きが使われ、それが主語として「不満を解消するための政治的主張をする人々」との立場を与えられ、ステレオタイプに押し込められ、圧力団体の構成員のような扱いを受けるのだと思います。

 私自身、法律実務に携わっている者として、法律は人間社会の必要最低限の枠に過ぎないと感じます。普段から法律の条文の文言を意識して行動している人は皆無であり、人は法ではなく常識に従って善悪の判断を行っており、法に頼らずに生きています。「人の命を奪うような危険な運転をしてはならない」という結論は、もともと人間の内側における善悪の基準に従って導き出されるはずだと思います。法律にわざわざ決めてもらわなければ命の重さがわからない人間で構成される社会は、あまり理性的なものではなく、品がないと感じます。

 法は道徳の最小限であるという命題は、刑法の謙抑性や自由保障機能との関連で捉えられ、「客観的かつ冷静な裁判」と「素人の厳罰感情」との対比で捉えることも一種の固定観念になっているようです。しかしながら、「法に罰せられるから止める」ということは、「危険な運転をして人の命を奪いたくない」という内的欲求ではなく、「罰せられなれば構わない」という損得勘定に基づいています。事故を絶対に起こさないという基本の部分を離れて、裁判所の混乱や乱用の懸念が主争点として論じられる世の中は、あまり良い世の中ではないと思います。

 「正常な運転が困難な状態」と「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」がきちんと区別できるのかと言われれば、常識的に区別は難しいと思います。しかし、いずれの状態であろうと人の生命を奪う危険性が高まり、そのような状態で車を運転してはならないという善悪の判断が論理的に先に来るべきものである以上、この区別の議論は最初から転倒していると感じます。悲惨な交通事故がなくならないことを前提としつつ、厳罰化に反対するのであれば、同時に「人命は第一ではない」との思想を表明しなければ無責任だと思います。

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