犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

中野孝次著 『すらすら読める方丈記』より

2009-12-05 23:13:30 | 読書感想文
p.143~

何事でも人は他人を意識し、他人との対抗意識、競争心、せり合いから、とかく相手にぬきんでようと図る。バブル経済のころ、隣が新型のテレビを買えば、それより大きなのを買おうとし、向うが最新型セダンを買えば、こちらはもっと排気量の多いスピードの出るのを買おうとあせり、そういうことで絶えず新商品の宣伝に乗せられた。そういう欲望の熱鬧が高度経済成長を作り上げたのだが、バブルがはじけ、長い不況がくると、なんであんなものを買いたがり、他人との競い合いに血眼になったのだろうと、欲望に浮かされていた自分をふしぎがるようになった。

そして初めて、他人を意識し、他人との競争に明け暮れることの空しさに気づく。大事なのは自分であって、自分にとって何が必要で何が不要か、それを見定め、自分のために生きるのが当り前なのだ、と考えるようになる。基準は他人ではなく、自分にあるのである。それがこの「われ今、身の為に結べり。人の為に造らず」なのだ。人を気にするな、自分のために生きよ、である。ただしこの自分のためには、エゴイズムの満足ではなく、自らの心のため、心の自由のために生きよ、ということだが。


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参考 朝日新聞 12月5日付 『勝間和代の人生を変えるコトバ』より

「行動を選択した時、結果も選んでいる」。この言葉は、私が訳した『史上最強の人生戦略マニュアル』に出てきたもので、自分の行動の指針にもなっています。すなわち、私たちの人生の結果は、自分が選んだ行動の関数で導き出されるということです。その行動とは、単に動作を指すだけではなく、発言も含めて、あらゆるアクションが含まれます。だからこそ、私たちは望む結果を目標とし、自分に対して言葉に表して明示することが大切になります。なぜなら、そうすることで、自分が無意識に、その結果の方向へ向かって行動するようになるからです。

私は毎日、自分の手帳に自分の行動を時間とともに記録しています。なぜなら、将来の自分の結果は、この毎日の行動が積み重なって、数カ月後、半年後、数年後に顕著な差になって表れるからです。お金をためたいと思う人は使ったお金を記録すべきでしょう。なにか目標を達成したいと思う人は、その目標に向かって適切な行動を取っているのか記録すべきです。そして、定期的にその行動が自分の目指す結果に沿っているのか見直しを行います。結果を出したい人は、まず行動を管理すべきです。


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中野氏の言葉と勝間氏の言葉を並べてどうなるわけでもありません。ちょっと並べてみたかっただけです。

中野孝次氏の『清貧の思想』がベストセラーになり、「清貧ブーム」が起きたのは平成4年のことでした。その中野氏も平成16年に亡くなり、今では一時期のブームの影もありません。他方、ここ数年は「勝間本」がベストセラーになり、「勝間式」「勝間語」「勝間流」が全国津々浦々まで支持を集めています。

他人ではなく自分が問題であり、基準は他人ではなく自分自身にある。この徹底した自己中心の姿勢において、中野氏と勝間氏は同じ言葉を述べていて、そのベクトルが正反対を向いているのは面白いところです。そして、迷える人々に具体的な指針を与える「人生哲学」としては、圧倒的に勝間氏のほうが受け入れられやすいようです。それが、この自分と他人の人生が寄り集まった世間というものだと思います。