宇宙そのものであるモナド

生命または精神ともよびうるモナドは宇宙そのものである

浮世博史『もう一つ上の日本史、近代~現代篇』(107)-2 百田氏の誤り:②「地上の楽園」は、北朝鮮および「朝鮮総連」による自称だ!②-2左右両派の政治家による「帰国事業」!

2021-10-17 11:03:13 | Weblog
※浮世博史(ウキヨヒロシ)「もう一つ上の日本史、『日本国紀』読書ノート、近代~現代篇」(2020年)「日本の復興」の章(385-455頁)  

(107)-2 百田氏の誤り②:「地上の楽園」という呼称は、マスメディアによるものでなく、北朝鮮および「朝鮮総連」による自称だ!(420-421頁)
F-3 百田尚樹『日本国紀』が北朝鮮への「帰国事業」について次のように述べる。「現代では信じられないことだが、昭和30年代[1955-1964]には、朝日新聞をはじめとする左翼系メディアは口を揃えて、北朝鮮を『地上の楽園』と褒めそやした。在日朝鮮人の多くがその記事を信じて帰国し、その結果、祖国で塗炭の苦しみを味わうことになる(北朝鮮は貧しいだけでなく言論どころか個人の生活さえ厳しく抑圧する独裁国家で、帰国者は差別と弾圧に遭った)。」(百田457-458頁)
F-3-2  百田氏の誤り②:「地上の楽園」という呼称を言い出したのは、マスメディアではない。北朝鮮および「朝鮮総連」による自称だ。(420-421頁)

(107)-2-2 百田氏の誤り②-2:在日朝鮮人の多くが帰国したのは、主として「帰国事業」(左右両派の政治家が推進した)のプロパガンダを信じたためだ!(421-422頁)
F-3-3  百田氏の誤り②-2:在日朝鮮人の多くが帰国したのはマスメディアの「記事」を信じたからではない。主として「帰国事業」のプロパガンダを信じて帰国した。(421頁)
F-3-3-2  「帰国事業」を推進したのは二つのグループだ。(ア)「北朝鮮及び日本の赤十字」と、(イ)「在日朝鮮人帰国協力会」だ。前者(ア)は「人道的」に、後者(イ)は「政治的」に帰国を促すものだった。(421頁)
F-3-3-3 「帰国事業」をとりまいた状況:(a)当時の日本は、1957年からは「なべ底不況」に陥っていた。(ただし1958-1961年は「岩戸景気」。)(b)韓国は朝鮮戦争で荒廃し、政情不安定だったのに対し、(b)-2「針の穴のようなか細い窓口」から伝わる北朝鮮の「千里馬(チョンリマ)政策」などの社会主義政策の「成功」に期待する在日朝鮮人が増えた。(中国の1950年代前半の経済成長と重ねてしまった。)(b)-3 実際、1970年代までは北朝鮮の方が農業・工業生産で韓国を上回っていた。(421頁)

F-3-4  「帰国事業」を推進した「政治的」背景:(1)日本共産党や日本社会党にすれば「帰国事業」は社会主義の優位性をアピールする機会だった。(2) 日本政府にとっては生活保護費の削減のチャンス、また(2)-2在日朝鮮人と左翼運動が連携する危険性を緩和するチャンスだった。(421頁)
F-3-4-2 かくて左右両派の「思惑」から在日朝鮮人「帰国事業」が促進された。(421頁)
F-3-4-3 よって1958年に結成された「在日朝鮮人帰国協力会」は社会党議員・共産党議員のほか、鳩山一郎や小泉純也などが呼びかけ人となり、超党派の議員によって構成されている。(421頁)
F-3-4-4  1959年1月、岸信介内閣は「帰国事業」を認める方針を打ち出した。

F-3-5  要するに北朝鮮に「帰国」した人々が「塗炭の苦しみ」を味わう結果となった原因は、マスメディアの報道よりも、左右両派の政治家たちが「帰国事業」を推進したことが大きかった。(421-422頁)

《参考》「在日朝鮮人帰還協定」:1959年朝鮮民主主義人民共和国赤十字会と日本赤十字社との間に結ばれた在日朝鮮人の帰国に関する協定。1958年金日成の帰国者歓迎声明に端を発し、在日朝鮮人の帰国実現運動の結果、実現した。以後1967年までに155回の配船で計8万8611人が帰国。しかし同年、日本赤十字社が,日本政府の閣議決定に基づいて協定の年内打切りを通告し、帰国事業が停止された。朝鮮赤十字会および在日朝鮮人の復活要求により1971年再開され、1984年まで続きさらに4728人が帰国。(以上の人数には日本国籍をもつ随伴家族約6000人が含まれる。)(平凡社/百科事典マイペディア参照)

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オウィディウス(前43-後18)『変身物語』(上)「巻1」(12)-2「シュリンクス」)(続):ユノー女神はアルゴスの百の目を孔雀の羽毛につけた!ナイルの河の岸でイオは乙女に戻った!

2021-10-17 08:27:24 | Weblog
(1)メルクリウスは、眠るアルゴスの首を切り落とす!(45頁)
メルクリウスが、百の目を持つアルゴスに「シュリンクス」(葦笛)の話をしていると、アルゴスの目はみんな抵抗を失って、その光は眠りでおおわれた。メルクリウスは魔法の杖でアルゴスの瞼(マブタ)を撫で、眠りをしっかりつなぎとめた。そして眠るアルゴスの首を剣で切り落とした。
(2)ユノー女神はアルゴスの百の目を孔雀の羽毛につけた!(45頁)
アルゴスのたくさんの目にそなわっていた光は消え、闇に包まれている。ユノー女神は、これらの目を拾い上げ、可愛がっている孔雀の羽毛につけた。それらはまるでキラキラ光る宝石のように鳥の尾を一杯にした。

(3)「狂乱」(エリニユス)女神がイオを襲った!(45-46頁)
牛のイオは逃げた。にわかにユノー女神の怒りが燃え上がった。そして恐るべき「狂乱」(エリニユス)女神をイオの眼(マナコ)と心にけしかけた。胸に秘かなとげ棒を突き立てられ、恐怖におびえ、イオは世界中を逃げまわった。
(4)ナイルの河の岸でイオは乙女の姿に戻った!(46頁)
イオの苦難を終わらせたのはナイルの河だった。この河の岸にたどり着くと、牛のイオは呻きと涙と悲しげな鳴き声で、ユピテルに訴えた。ユピテルは妻の頸に腕をまわし、刑罰の中止を頼んだ。そして「あの女がお前を苦しめることは二度とないだろう」と言い、冥府の河に命じ、証人としてこれを聞かせた。ユノー女神の怒りが和らぐと、イオはもとの乙女の姿に戻った。


ルーベンス『ヘーラーとアルゴス』(1611年)

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