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日米共同路線への危惧 2月20日

米軍のトランスフォーメーションの中に、ついに日本が巻き込まれそうだ。日米共同で基地を使用することを、ライス国務長官が提言した。朝鮮半島や中台問題はもとより、世界的規模での日米のパートナーシップを強化することを共通の戦略目標とし、自衛隊と米軍とが基地使用も含めて、歩調をそろえようというものだ。日米安全保障協議委員会後の共同声明だ。

小泉内閣が続く以上、米国追従路線は崩れないが、本当にそれで良いのだろうか。このままいくと、日本と米国とは、運命共同体ということになりかねない。そんなことを、日本国民は望んでいない。日本国内の米軍基地再編問題は、喫緊の課題だ。嘉手納の周辺住民は、騒音と治安が乱れることを理由に普天間が統合されることを拒絶している。嘉手納のみならず、殆どの国内の基地周辺の住民は、皆同じ気持ちだろう。日本各地の自衛隊の駐屯地に米軍が入り込み、米軍の戦術の一つである不安定の弧の拠点として、日本が利用されることは、まったく日本国民の望むところではないはずだ。また、それが国内の米軍基地の縮小につながるとは、とても思えない。

コンドリーザ・ライス女史の手玉にとられてはいけない。小泉内閣が、ライス女史の提言に歩み寄ることになれば、必然的に、「日米防衛協力のための指針」のみならず憲法9条の見直しは避けられなくなる。よもや、自衛隊の本来業務が、米軍の後方支援とメンテナンスということに成り下がりはしないだろうが・・・。戦後60年を迎え、思いやり予算の在り方も、そろそろ見直しの時期が来ている。国連の旗のもと、そろそろ日本も自立した外交防衛政策に取り組む時だ。

唯一の被爆国である日本は、だからこそ果たせる任務がある。フセイン大統領を捕まえても、その為に数万人の市民が犠牲になっている。開戦に踏み切らず兵糧攻めなどの経済制裁を継続したとすれば、約10万人のイラク人が死亡すると予測されていた。それを思えば、犠牲者の数は少ないといえるかもしれない。しかし、原爆を経験した日本の国民として、流血の惨事は、絶対にあってはならないことだと、強く思う。原爆の悲劇は最も象徴的だが、近代日本は、幾多の戦争を経験している。逆に、日本軍自らが、残虐な行為を行なったことからも、目を背けてはならないのだ。

このままでは、日本は米国に操られて、戦争まっしぐらだ。日本にとって最大の懸案である北朝鮮の脅威も、国際社会が一丸となって粘り強い交渉を続けることと経済制裁とで、乗り切っていくしかないのだ。テポドンやノドンが飛んできても、それを打ち落とし防御することはあっても、それが全面戦争の合図にはならない。戦後60年間、絶えることなく私たちは、戦争で犠牲になられた全ての人々の御霊に、そのご冥福と不戦の誓いをたててきた。日米両軍が一体となるということは、その誓いに堂々と背くことになるのだ。そしてそれは、日本人としての誇りを自ら捨て去ることを意味するのだということを、私たちは忘れてはならない。
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