都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「アルフレッド・シスレー展」 練馬区立美術館
練馬区立美術館
「アルフレッド・シスレー展ー印象派、空と水辺の風景画家」
9/20-11/15

練馬区立美術館で開催中の「アルフレッド・シスレー展ー印象派、空と水辺の風景画家」のプレスプレビューに参加してきました。
生涯を通してイル=ド=フランスの風景を描き続けた印象派の画家、アルフレッド・シスレー(1839~1899)。国内でシスレーの名を冠した展覧会が開かれるのは、今はなき伊勢丹美術館のほか、高松市美術館、ひろしま美術館などを巡回した2000年の「シスレー展」以来のことです。
展示は3部構成です。先に1870年から1890年頃のシスレーの絵画を俯瞰した上で、彼が多く描いた水面、すなわちセーヌ川を河川工学的なアプローチで分析。その後にシスレーゆかりの地を訪ねた日本人画家を紹介する展開となっています。

左:アルフレッド・シスレー「マントからショワジ=ル=ロワへの道」 1872年 油彩、カンヴァス 山形美術館(寄託)
はじまりは「マントからショワジ=ル=ロワ」。パリより約10キロ上流、セーヌをまたぐ町です。水色の空には白い雲が浮かび、向こうから小径を馬車がやって来ています。小高い丘の上に見えるのは建物。道の両側にはシスレーならではの素早い筆致によって象られた樹木が立ち並んでいます。さも風に靡いてざわめく葉の音が聞こえてくるかのようです。比較的初期の作風を見る一枚でもあります。

左:アルフレッド・シスレー「牧草地の牛、ルーヴシエンヌ」 1874年 油彩、カンヴァス 東京富士美術館
「牧草地の牛、ルーヴシエンヌ」は第1回印象派展に出品された可能性があるそうです。手前には大きな木があり、後ろには城館が見えます。中世のポン城です。牧草地とあるように牛が緑色の草を食べています。そしてふと佇む一人の人物。木に寄りかかって牛の姿を見ているのかもしれません。それにしても明るい。緑も深く、白く輝かしい雲。夏の光を巧みに表現しています。
タイトルにもある「空と水辺」。シスレーは生涯にわたって水辺、セーヌ川の水面を見てはキャンバスに描きとめました。

右:アルフレッド・シスレー「サン=マメス」 1885年 油彩、カンヴァス ひろしま美術館
「サン=マメス」はどうでしょうか。画面半分を占める空と同じくらいに広がる水面。もちろんセーヌです。空は幾分雲が多く、白み、またややピンク色がかっています。一方で水面は青く、所々白波も立っていました。やや流れが早いのでしょうか。というのもここは右からセーヌにロワン川が合流する地点。豊かな水量も2つの川があってからのことかもしれません。

左:アルフレッド・シスレー「サン=マメス6月の朝」 1884年 油彩、カンヴァス ブリヂストン美術館
同地よりやや上流、同じくサン=マメスの集落を描いたのが「サン=マメス6月の朝」です。所蔵はブリヂストン美術館。国内のシスレーではかなり知名度の高い作品ではないでしょうか。高木の立つ川辺の小径には人が行き交い、右には町の建物の壁が繋がっています。陽は右手から差しています。川辺近く、ちょうど木の下にうっすらとオレンジ色の明かりが反射していました。水の流れは穏やか。岸の反対側には小高い土手のような丘が見えます。ただし解説を見て驚きました。実際には高さ40メートル、しかも2キロも続く崖なのだそうです。

写真葉書「サン=マメスーセーヌ河岸」
なお「サン=マメス6月の朝」では同じ地域を写した写真葉書が参照されていました、こうした葉書、なにも本作だけではなく、いくつかの作品にあわせて展示されています。シスレーの描いた場所を写真で追うという試み。今回の展示の一つのポイントとも言えそうです。
さて2部はセーヌを河川工学的なアプローチで見定めています。シスレー画を紹介した1部までの様相とはがらりと雰囲気が変わっていました。

第2章「シスレーが描いた水面・セーヌ川とその支流」展示風景(パネル)
実のところ2部はほぼパネル展示です。ただしその内容が濃い。セーヌの位置にはじまり、川の勾配、水系、周辺の暮らしの在り方、シスレーも描いた洪水、さらには舟運、可動堰の建設云々と、さながら読んでいればセーヌ川博士にでもなり得るような事項が細かに解説されています。

第2章「シスレーが描いた水面・セーヌ川とその支流」展示風景
これらは自然地理学、及びフランス史が専門で、「パリが沈んだ日ーセーヌ川の洪水史」の著者でもある佐川美加氏の知見に基づいたものだそうです。また一つ目を引いたのは、突如現れた樽でした。二つの大きな樽。上には一枚の木の板が通してあります。果たして何故に樽が置かれているのでしょうか。はじめはまるで分かりませんでした。

第2章「シスレーが描いた水面・セーヌ川とその支流」展示風景(パネル)
答えはシスレーの「ポール=マルリーの洪水」です。所蔵はルーアン美術館。今回の出品作ではありません。あくまでもパネルでの紹介ですが、画中、確かに建物左の下方、水没した地面には二つの樽が描かれています。さらにその上の板を伝って一人の人物が歩いていることが分かります。
ようはこの樽を実寸大で再現しているわけです。もちろん樽の本来的用途はワインを貯蔵するためのもの。樽の大きさを参照することで、実際に起きた洪水の水位を推測する。このような試みも行われています。

右:鈴木良三「モレーの寺院」 1931年 油彩、カンヴァス 目黒区美術館
ラスト、3部の日本人画家では鈴木良三の「モレーの寺院」も興味深いのではないでしょうか。鈴木はシスレーの作品を模写していた中村彝に師事。自身もシスレーに関心を寄せていたそうです。その鈴木が渡仏して描いた一枚です。時は1931年。先立つ約40年前にはシスレーも同教会を似たような角度から描いています。
シスレーの油彩画は全部で18点。全て国内のコレクションです。ほか資料、日本人画家を含めて30点ほどです。率直なところ、端的に量の観点からして物足りなさが残るのは否めません。
ただ国内にあるシスレーの作品は40点ほどしかありません。とすれば国内にあるシスレーの半分弱をまとめて見られる機会とは言えるのではないでしょうか。印象派では重要な画家ながらも、必ずしも頻繁に取り上げられるとは言い難いシスレーの画業。今回の展覧会を切っ掛けに、いつかは海外にある代表的な作品を交えてのシスレー回顧展があればと思いました。
会期中に予定されている講演会、ワークショップが充実しています。
「アルフレッド・シスレー展ー印象派、空と水辺の風景画家」@練馬区立美術館(事前申込制)
特に10月中はほぼ毎週末に講演会が行われます。そちらにあわせて出かけても良いかもしれません。

右:アルフレッド・シスレー「葦の川辺ー夕日」 1890年 油彩、カンヴァス 茨城県立近代美術館
左:アルフレッド・シスレー「ロワン河畔、朝」 1891年 油彩、カンヴァス ポーラ美術館
図録は充実していました。展示作品の解説をはじめ、年譜、日本での受容史、国内所在作品のリスト、そして例のセーヌを河川工学的に追っていく論考なども掲載。そもそも日本語で読めるシスレーに関する一般的な文献は殆どありません。その意味では重宝しそうです。
11月15日まで開催されています。
「開館30周年記念 アルフレッド・シスレー展ー印象派、空と水辺の風景画家」 練馬区立美術館
会期:9月20日(日)~11月15日(日)
休館:月曜日。*但し9月21日(月・祝)は開館、24日(木)は休館。10月12日(月・祝)は開館、13日(火)は休館。
時間:10:00~18:00 *入館は閉館の30分前まで
料金:大人1000(800)円、大・高校生・65~74歳800(700)円、中学生以下・75歳以上無料
*( )は20名以上の団体料金。
*ぐるっとパス利用で500円。
住所:練馬区貫井1-36-16
交通:西武池袋線中村橋駅より徒歩3分。
注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
「アルフレッド・シスレー展ー印象派、空と水辺の風景画家」
9/20-11/15

練馬区立美術館で開催中の「アルフレッド・シスレー展ー印象派、空と水辺の風景画家」のプレスプレビューに参加してきました。
生涯を通してイル=ド=フランスの風景を描き続けた印象派の画家、アルフレッド・シスレー(1839~1899)。国内でシスレーの名を冠した展覧会が開かれるのは、今はなき伊勢丹美術館のほか、高松市美術館、ひろしま美術館などを巡回した2000年の「シスレー展」以来のことです。
展示は3部構成です。先に1870年から1890年頃のシスレーの絵画を俯瞰した上で、彼が多く描いた水面、すなわちセーヌ川を河川工学的なアプローチで分析。その後にシスレーゆかりの地を訪ねた日本人画家を紹介する展開となっています。

左:アルフレッド・シスレー「マントからショワジ=ル=ロワへの道」 1872年 油彩、カンヴァス 山形美術館(寄託)
はじまりは「マントからショワジ=ル=ロワ」。パリより約10キロ上流、セーヌをまたぐ町です。水色の空には白い雲が浮かび、向こうから小径を馬車がやって来ています。小高い丘の上に見えるのは建物。道の両側にはシスレーならではの素早い筆致によって象られた樹木が立ち並んでいます。さも風に靡いてざわめく葉の音が聞こえてくるかのようです。比較的初期の作風を見る一枚でもあります。

左:アルフレッド・シスレー「牧草地の牛、ルーヴシエンヌ」 1874年 油彩、カンヴァス 東京富士美術館
「牧草地の牛、ルーヴシエンヌ」は第1回印象派展に出品された可能性があるそうです。手前には大きな木があり、後ろには城館が見えます。中世のポン城です。牧草地とあるように牛が緑色の草を食べています。そしてふと佇む一人の人物。木に寄りかかって牛の姿を見ているのかもしれません。それにしても明るい。緑も深く、白く輝かしい雲。夏の光を巧みに表現しています。
タイトルにもある「空と水辺」。シスレーは生涯にわたって水辺、セーヌ川の水面を見てはキャンバスに描きとめました。

右:アルフレッド・シスレー「サン=マメス」 1885年 油彩、カンヴァス ひろしま美術館
「サン=マメス」はどうでしょうか。画面半分を占める空と同じくらいに広がる水面。もちろんセーヌです。空は幾分雲が多く、白み、またややピンク色がかっています。一方で水面は青く、所々白波も立っていました。やや流れが早いのでしょうか。というのもここは右からセーヌにロワン川が合流する地点。豊かな水量も2つの川があってからのことかもしれません。

左:アルフレッド・シスレー「サン=マメス6月の朝」 1884年 油彩、カンヴァス ブリヂストン美術館
同地よりやや上流、同じくサン=マメスの集落を描いたのが「サン=マメス6月の朝」です。所蔵はブリヂストン美術館。国内のシスレーではかなり知名度の高い作品ではないでしょうか。高木の立つ川辺の小径には人が行き交い、右には町の建物の壁が繋がっています。陽は右手から差しています。川辺近く、ちょうど木の下にうっすらとオレンジ色の明かりが反射していました。水の流れは穏やか。岸の反対側には小高い土手のような丘が見えます。ただし解説を見て驚きました。実際には高さ40メートル、しかも2キロも続く崖なのだそうです。

写真葉書「サン=マメスーセーヌ河岸」
なお「サン=マメス6月の朝」では同じ地域を写した写真葉書が参照されていました、こうした葉書、なにも本作だけではなく、いくつかの作品にあわせて展示されています。シスレーの描いた場所を写真で追うという試み。今回の展示の一つのポイントとも言えそうです。
さて2部はセーヌを河川工学的なアプローチで見定めています。シスレー画を紹介した1部までの様相とはがらりと雰囲気が変わっていました。

第2章「シスレーが描いた水面・セーヌ川とその支流」展示風景(パネル)
実のところ2部はほぼパネル展示です。ただしその内容が濃い。セーヌの位置にはじまり、川の勾配、水系、周辺の暮らしの在り方、シスレーも描いた洪水、さらには舟運、可動堰の建設云々と、さながら読んでいればセーヌ川博士にでもなり得るような事項が細かに解説されています。

第2章「シスレーが描いた水面・セーヌ川とその支流」展示風景
これらは自然地理学、及びフランス史が専門で、「パリが沈んだ日ーセーヌ川の洪水史」の著者でもある佐川美加氏の知見に基づいたものだそうです。また一つ目を引いたのは、突如現れた樽でした。二つの大きな樽。上には一枚の木の板が通してあります。果たして何故に樽が置かれているのでしょうか。はじめはまるで分かりませんでした。

第2章「シスレーが描いた水面・セーヌ川とその支流」展示風景(パネル)
答えはシスレーの「ポール=マルリーの洪水」です。所蔵はルーアン美術館。今回の出品作ではありません。あくまでもパネルでの紹介ですが、画中、確かに建物左の下方、水没した地面には二つの樽が描かれています。さらにその上の板を伝って一人の人物が歩いていることが分かります。
ようはこの樽を実寸大で再現しているわけです。もちろん樽の本来的用途はワインを貯蔵するためのもの。樽の大きさを参照することで、実際に起きた洪水の水位を推測する。このような試みも行われています。

右:鈴木良三「モレーの寺院」 1931年 油彩、カンヴァス 目黒区美術館
ラスト、3部の日本人画家では鈴木良三の「モレーの寺院」も興味深いのではないでしょうか。鈴木はシスレーの作品を模写していた中村彝に師事。自身もシスレーに関心を寄せていたそうです。その鈴木が渡仏して描いた一枚です。時は1931年。先立つ約40年前にはシスレーも同教会を似たような角度から描いています。
シスレーの油彩画は全部で18点。全て国内のコレクションです。ほか資料、日本人画家を含めて30点ほどです。率直なところ、端的に量の観点からして物足りなさが残るのは否めません。
ただ国内にあるシスレーの作品は40点ほどしかありません。とすれば国内にあるシスレーの半分弱をまとめて見られる機会とは言えるのではないでしょうか。印象派では重要な画家ながらも、必ずしも頻繁に取り上げられるとは言い難いシスレーの画業。今回の展覧会を切っ掛けに、いつかは海外にある代表的な作品を交えてのシスレー回顧展があればと思いました。
会期中に予定されている講演会、ワークショップが充実しています。
「アルフレッド・シスレー展ー印象派、空と水辺の風景画家」@練馬区立美術館(事前申込制)
特に10月中はほぼ毎週末に講演会が行われます。そちらにあわせて出かけても良いかもしれません。

右:アルフレッド・シスレー「葦の川辺ー夕日」 1890年 油彩、カンヴァス 茨城県立近代美術館
左:アルフレッド・シスレー「ロワン河畔、朝」 1891年 油彩、カンヴァス ポーラ美術館
図録は充実していました。展示作品の解説をはじめ、年譜、日本での受容史、国内所在作品のリスト、そして例のセーヌを河川工学的に追っていく論考なども掲載。そもそも日本語で読めるシスレーに関する一般的な文献は殆どありません。その意味では重宝しそうです。
11月15日まで開催されています。
「開館30周年記念 アルフレッド・シスレー展ー印象派、空と水辺の風景画家」 練馬区立美術館
会期:9月20日(日)~11月15日(日)
休館:月曜日。*但し9月21日(月・祝)は開館、24日(木)は休館。10月12日(月・祝)は開館、13日(火)は休館。
時間:10:00~18:00 *入館は閉館の30分前まで
料金:大人1000(800)円、大・高校生・65~74歳800(700)円、中学生以下・75歳以上無料
*( )は20名以上の団体料金。
*ぐるっとパス利用で500円。
住所:練馬区貫井1-36-16
交通:西武池袋線中村橋駅より徒歩3分。
注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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