「光琳を慕う 中村芳中」 千葉市美術館

千葉市美術館
「光琳を慕う 中村芳中」
4/8~5/11



千葉市美術館で開催中の「光琳を慕う 中村芳中」を見て来ました。

江戸時代後期、京都で生まれ、主に大阪で活動した絵師、中村芳中。思わずにんまりしてしまうような人物画に花鳥画。そしてたらし込みの妙味。いわゆる「琳派」の括りで見ることは多かったものの、一度にまとめて接する機会は少なかった。少なくともこれまで関東で「芳中」と銘打たれた展覧会は殆どなかったかもしれません。

芳中復権元年と申して宜しいでしょうか。中村芳中、千葉にあり。かつてない規模での芳中展が始まりました。


中村芳中「白梅図」 千葉市美術館

まずは難しいことを抜きに一目でも楽しめる芳中画。例を挙げましょう。「白梅図」です。いわゆる光琳風の作を多数手がけていた頃の作品。そういえば光琳も梅を描いていた。枝は屈曲しては上へと向かう。仄かな緑色はたらしこみです。一部金泥もある。そして何と言っても梅の花です。真ん丸。ぼつぼつと咲いている。まるで白い饅頭のような形をしています。

「鹿図」はどうでしょうか。青い楓の木の下に鹿が一頭、横向きに描かれている。墨を薄くのばして鹿の身体を表現。頭部はもはや意匠化されているとしても良い。さらには半開きの口です。鳴き声を上げているのでしょうか。振り返れば人物画でもぽかんと口が開いていることが多い。不思議と見ている側もほっとさせられます。芳中画の言わば効用かもしれません。


中村芳中「扇面貼交屏風(桃)」 個人蔵

目立つのは扇面画です。そもそも芳中、確認されている限りでは、屏風絵よりも軸画、そしてさらに扇面といった小品の方が圧倒的に多い。末広がりの地平に植物を描く。これが実に個性的です。もはや過剰とも言えるたらし込みを駆使しての大らかな花卉画。それでいて扇型という特異な空間での構図感も長けている。ひょこひょことヒヨコが歩いているような波千鳥。さもナメクジのようににょろりと身体をくねらせた鹿に寿老人。松はきのこ山でしょうか。人物も植物も愛くるしいもの。思わず目を細めてしまいます。


中村芳中「光琳画譜」より 1802年刊 千葉市美術館

最も魅力的なのが「光琳画譜」ではないでしょうか。これはもはや光琳に倣って描いた芳中の作品、つまり実質的な光琳風「芳中画譜」としても差し支えがありません。応挙犬に劣らぬ程かわいい子犬にすばしっこく走る鼠たち。そして生き生きとした子どもの描写です。芳中で面白いのが市井の人々、つまりは庶民を見つめていること。確かに芳中以前の「琳派」では少ない。輪になってわいわい遊ぶ子どもたち。まるで声が聞こえてきそうなほどの躍動感です。英一蝶を連想させる。これが魅せます。


中村芳中「白椿図扇面」 個人蔵 *以煙管とある作品

また芳中は指頭画の画家として認知されていた。実は芳中、指だけではなく、何と卵の殻や煙管でも絵を描いていたそうです。席画でしょうか。おそらくは宴会に居合わせた人々を楽したことでしょう。それに芳中は指頭画から光琳風のたらしこみにのめり込んだ。そうした指摘もあるそうです。

可愛くまたおどけて時に諧謔味さえ帯びた芳中画。江戸のゆるキャラと言うべきでしょうか。存分に楽しむことが出来ました。


中村芳中「雑画巻(部分)」 真田宝物館

さてここまで「可愛い」や「ほのぼの」と書いてきましたが、何も本展、芳中を単にそうしたキーワードで括って提示しているわけではありません。

ここで重要なのは芳中の前史、及び同時代の展開です。芳中が何に影響を受けてどのような制作をしたのか。その辺についても検証しています。

展覧会の構成を振り返ってみましょう。

第1章 芳中が慕った光琳ー尾形光琳とその後の絵師たち
第2章 芳中の世界ー親しみを抱くほのぼの画
第3章 芳中のいた大阪画壇
第4章 芳中と版本ー版で伝わる光琳風


つまり先に芳中が倣った光琳、及び光琳風の作品を俯瞰した後に芳中画を展観。さらにその後芳中の活動した大阪の絵師たちを紹介する流れになっているのです。

よって冒頭には光琳作が13点(前後期あわせて)ほど並ぶ。ここでは光琳の残した文書、「小西家旧蔵資料」も重要ではないでしょうか。もちろんこれらを必ずしも芳中が目にしたとは言えませんが、それでも芳中画との類似点も多い。(逆に異なった点もあります。)特に扇面における芳中のトリミング、やはり光琳から学んだ面も多いのかもしれません。

また面白いのが立林何げいです。江戸で乾山の弟子として活動した人物。光琳風の作品を残していますが、うち「扇面貼交屏風」もポイント。図像は乾山風ではありますが、丸みを帯びた表現にたらしこみ。どこか芳中を思わせるものがあります。


尾形光琳「四季草花図(部分) 1705年 個人蔵

光琳の「四季草花図」も絶品です。宗達風の面的な墨で表された美しき草花の響宴。また嬉しいのが展示が素晴らしいこと。と言うのも、巻物がちょうど見下ろす形でケースの中に収められていますが、ともかく距離が近い。まさに目の前です。照明の効果もあってか色も鮮やかに浮き上がっています。


中村芳中「山水図(奉時清玩帖)」 1795年 個人蔵

大阪画壇はどうでしょうか。実は芳中、はじめは南画を学んでいます。そして大阪でも木村蒹葭堂を中心とする文化サロンに出入りしていた。俳諧のネットワークもある。案外多彩です。別に孤高の絵師ではありません。


中村芳中「許由巣父・蝦蟇鉄拐図屏風」(左隻) 個人蔵

もちろん芳中にも文人画的な作品があります。例えばともに山水の風景を表した「楽扇画帖」や「山水図」です。ともすると芳中と分からないかもしれない。また出品中最大の「許由巣父・蝦蟇鉄拐図屏風」も、強烈なたらし込みや大らかな表現こそ芳中的ではあるものの、主題からして一般的な「琳派」とは遠いものがある。エキセントリックとしたら言い過ぎでしょうか。ともかく本展では例えば「和みの琳派」という有りがちなイメージをある程度取っ払い、芳中の画業を多角的に見定めていくことも狙いであるわけです。

とは言うものの、布袋がにこやかにくつろぐ姿を描いた上田公長の「大黒天図」などは、その緩さが芳中に似ている面もある。そもそも生年も不明なほど芳中の来歴はあまり分かっていません。そこを大阪画壇との関わりでひも解く試み。これまでにはない芳中展だと感心しました。


中村芳中「光琳画譜」より 1802年刊 千葉市美術館

それでは展示替えの情報です。出品は前後期あわせて怒濤の228点(資料含む)。会期中に一度、大幅に作品が入れ替わります。

「光琳を慕うー中村芳中」出品リスト(PDF)
前期:4月8日~4月20日
後期:4月22日~5月11日


芳中画だけでなく、それ以外の作品でも入れ替えや巻替えがあります。もちろん一度でも全体の流れを追えるように工夫されていますが、出品数からすれば事実上、二つで一つの展覧会と言えるのではないでしょうか。(なおチケットの半券で2度目以降の入場料が半額になります。)


中村芳中「扇面貼交屏風(観楓)」 個人蔵

先日行われた玉蟲先生の講演会は以下リンク先にまとめてあります。

「光琳追慕の系譜ー光琳の江戸下りから抱一まで」 千葉市美術館(はろるど)

公式図録が充実しています。全点の図版と解説、論文4本、さらには年譜に署名や印章。現時点での芳中本の決定版としても差し支えありません。なお図録は一般書籍の扱いです。書店でも販売しています。(但しミュージアムショップでは割引価格で購入出来ます。)

「光琳を慕う中村芳中/芸艸堂」

それにしても短期決戦。会期は正味一ヶ月しかありません。気がつけば前期末も明日の日曜日までと迫っていました。もちろん後期も追っ掛けます。

5月11日までの開催です。まずはおすすめします。

「光琳を慕う 中村芳中」 千葉市美術館
会期:4月8日(火)~5月11日(日)
休館:4/21、5/7。
時間:10:00~18:00。金・土曜日は20時まで開館。
料金:一般1000(800)円、大学生700(560)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *リピーター割引:本展チケット(有料)半券の提示で、会期中2回目以降の観覧料が半額。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
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