都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「松林桂月展」 練馬区立美術館
練馬区立美術館
「松林桂月展ー水墨を極め、画中に詠う」
4/13-6/8
練馬区立美術館で開催中の「松林桂月展ー水墨を極め、画中に詠う」を見て来ました。
明治9年に生まれ、大正から昭和にかけて数多くの日本画や水墨画を描いた松林桂月(まつばやしけいげつ 1876~1963)。
いわゆる近代日本画家の一人です。しかしながら今、どれほどの方がこの名を知っているでしょうか。実際、私もチラシ表紙の「春宵花影」を所蔵先の東近美(常設展)で何度か見たことがある程度。その際に大いに惹かれたものの、そもそも他にどのような作品を残したのかすら知りませんでした。
何と30年ぶりの回顧展です。計100点の作品(前後期で展示替えあり。資料含む。)で桂月の画業を辿ります。
「愛吾盧」1936年 山口県立美術館 *展示期間:4/13~5/11
それでは桂月の制作史を少し追ってみましょう。まずは生まれから。山口の萩です。18歳の時に上京。23歳で同じく画家で花鳥画を得意としていた雪貞と結婚する。当初は南画家の野口幽谷に師事していたそうです。
最初期の作では弟子入りした翌年の「桃花双鶏」(1895)が秀逸。鶏冠の紅色が際立つ番いの鶏。羽は塗り残しでしょうか。筆致は細かい。またその二年後の「怒濤健雕」(1897)も充実しています。海に向かって力強く羽ばたこうとする鷲の姿。若かりし自身の姿に重ねたのでしょうか。半年で三度も手直しを入れた作品でもあるそうです。
妻、雪貞の作品も5~6点ほど出ています。そしてこれが思いの外に美しい。時代はかなり下りますが、例えば戦後の「藤花」(1954)。瑞々しい色遣いです。また夫との合作の「不老長春」(1930)において雪貞は薔薇を描いている。ピンクに染まる花弁。うっすらと白を混ぜ込んで立体感を生む。写実的ながらも品のある表現です。桂月の花鳥画にも引けを取りません。
雪貞は結婚後、夫を支えることに集中したのか、次第に絵から離れたそうですが、それでも魅惑的な作品が多い。この展覧会の収穫の一つでもありました。
「伏見鳥羽戦 大下図」 昭和初期 個人蔵
さて桂月に戻ります。続いては画業の最盛期とも呼ばれる頃。具体的には大正から戦前の作品です。
いきなり目に飛び込んでくるのが二点の大作屏風、ともに金地に六曲一双の「秋汀群鴨」(1919)と「金地山水」(1929)です。前者は大胆な筆致、後者は比較的細かな描線で山水の景色を表す。特に後者におけるパノラマ的な空間。左へ望むのは海辺でしょうか。奥行きと広がりを演出しています。
桂月の描いた藤の絵も展示されていました。「潭上余春」(1926)です。所蔵は宮内庁三の丸尚蔵館。蔦と花が絡み合う。木は文人画的な表現でしょうか。しかし藤の花の透明感。雪貞画を彷彿させるものがあります。
「秋園」(右隻)1938年 宇部市 *展示期間:4/13~5/11
「秋園」(1938)も見事です。着色花鳥画の優品。六曲一双、中央には池が広がり、鳥が羽を休めている。そして右隻から大きく迫り出した紅葉。エメラルドグリーンの水の色と鮮やかなコントラストを描いてもいる。幹はたらし込み。また随所に生える秋草の曲線はリズミカルでもある。琳派を思わせる展開です。そして芸が細かいと感心したのは葉の表現です。と言うのも水の上の葉は絵具を薄く塗っているのか、さも透き通っているように見える。色のニュアンスに富んでいます。
「春宵花影」1939年 東京国立近代美術館 *展示期間:4/13~5/11
さらに傑作の「春宵花影」(1939)もこの時期のもの。ニューヨーク万国博への出品作です。満月の夜でしょうか。薄明かりの月夜で咲き誇る桜の姿。花は輪郭線を使わず、胡粉を盛って描いている。月の光を受けての陰影も巧みです。桜は時にさも光に溶けるように浮き上がり、一方では闇に沈み込むように消えていく。また絵具を滲ませているのでしょうか。まるでハレーションのようにぼやけている箇所もある。まさに幻影。この世ならざる桜の景色。その儚さに美しさ。さすがに魅せます。
そして戦後です。終戦の年に70歳、古希を迎えた桂月。そちらかと言えば水墨により深化した作品が目立つでしょうか。まずは「雨後」(1955)。墨に一部、胡粉を混ぜ込む。雨上がりです。葡萄の枝が淡い光を受ける。実だけが白い。右上から左下へ流れるような配置も特徴的です。実に流麗。桂月得意の構図とも言えるのではないでしょうか。
「香橙」(左隻)1961年 萩博物館 *展示期間:4/13~5/11
最後の日展への出展作が「夜雨」(1962)です。霧に包まれた深い山。竹林が広がっている。見事な溌墨の技です。茫洋たる景色が広がっている。そして「香橙」(昭和中期)も佳い。丸く肥えた夏ミカンを描く。幹はたらしこみです。生前最後の個展に出品されたものだそうです。
展示は絶筆の「夏景山水」(1963)で終わります。桂月はこの絵を描いて外出した後、死を迎えました。どこかひなびた水辺の風景。静まり返っている。絶筆に幽玄という言葉は安易かもしれません。それでも桂月の見た最後の景色。何か胸に込み上げるものを感じました。
それにしても南画風あり、また琳派風あり、そして何と言っても趣き深い水墨画ありと実に多様である。それが時代を追って描かれているだけではなく、同時期に展開されてもいる。芸達者です。幅広い作風を持っています。
それでは関連のトークイベント、また展示替えの情報です。
[関連ギャラリートーク]
「ゲストによるスペシャルトーク、松林桂月へのまなざし」
ナビゲーター:野地耕一郎(泉屋博古館学芸課長)
(1) 5月25日(日) 浅見貴子(画家)
(2) 5月31日(土) 加藤良造(画家)
*各日午後3時から展示室内にて。事前申込不要。(当日の展覧会チケットが必要。)
会期中、展示替えがあります。4割程度の作品が入れ替わります。
前期:4月13日(日)~5月11日(日)
後期:5月13日(火)~6月8日(日)
ちなみにチラシ表紙の「春宵花影」は前期(~5/11)のみの展示です。ご注意下さい。
先だって泉屋博古館で見た木島櫻谷以来、また一人魅惑的な日本画家に出会いました。(櫻谷と桂月は生年が一年違いです。)もちろん後期展示も追いかけたいと思います。
6月8日まで開催されています。日本画ファンには是非ともおすすめします。
「松林桂月展ー水墨を極め、画中に詠う」 練馬区立美術館
会期:4月13日(日)~6月8日(日)
休館:月曜日。*但し5/5(月)、5/6(火)は開館。5/7(水)は休館。
時間:10:00~18:00 *入館は閉館の30分前まで
料金:大人500(300)円、大・高校生・65~74歳300(200)円、中学生以下・75歳以上無料
*( )は20名以上の団体料金。
住所:練馬区貫井1-36-16
交通:西武池袋線中村橋駅より徒歩3分。
「松林桂月展ー水墨を極め、画中に詠う」
4/13-6/8
練馬区立美術館で開催中の「松林桂月展ー水墨を極め、画中に詠う」を見て来ました。
明治9年に生まれ、大正から昭和にかけて数多くの日本画や水墨画を描いた松林桂月(まつばやしけいげつ 1876~1963)。
いわゆる近代日本画家の一人です。しかしながら今、どれほどの方がこの名を知っているでしょうか。実際、私もチラシ表紙の「春宵花影」を所蔵先の東近美(常設展)で何度か見たことがある程度。その際に大いに惹かれたものの、そもそも他にどのような作品を残したのかすら知りませんでした。
何と30年ぶりの回顧展です。計100点の作品(前後期で展示替えあり。資料含む。)で桂月の画業を辿ります。
「愛吾盧」1936年 山口県立美術館 *展示期間:4/13~5/11
それでは桂月の制作史を少し追ってみましょう。まずは生まれから。山口の萩です。18歳の時に上京。23歳で同じく画家で花鳥画を得意としていた雪貞と結婚する。当初は南画家の野口幽谷に師事していたそうです。
最初期の作では弟子入りした翌年の「桃花双鶏」(1895)が秀逸。鶏冠の紅色が際立つ番いの鶏。羽は塗り残しでしょうか。筆致は細かい。またその二年後の「怒濤健雕」(1897)も充実しています。海に向かって力強く羽ばたこうとする鷲の姿。若かりし自身の姿に重ねたのでしょうか。半年で三度も手直しを入れた作品でもあるそうです。
妻、雪貞の作品も5~6点ほど出ています。そしてこれが思いの外に美しい。時代はかなり下りますが、例えば戦後の「藤花」(1954)。瑞々しい色遣いです。また夫との合作の「不老長春」(1930)において雪貞は薔薇を描いている。ピンクに染まる花弁。うっすらと白を混ぜ込んで立体感を生む。写実的ながらも品のある表現です。桂月の花鳥画にも引けを取りません。
雪貞は結婚後、夫を支えることに集中したのか、次第に絵から離れたそうですが、それでも魅惑的な作品が多い。この展覧会の収穫の一つでもありました。
「伏見鳥羽戦 大下図」 昭和初期 個人蔵
さて桂月に戻ります。続いては画業の最盛期とも呼ばれる頃。具体的には大正から戦前の作品です。
いきなり目に飛び込んでくるのが二点の大作屏風、ともに金地に六曲一双の「秋汀群鴨」(1919)と「金地山水」(1929)です。前者は大胆な筆致、後者は比較的細かな描線で山水の景色を表す。特に後者におけるパノラマ的な空間。左へ望むのは海辺でしょうか。奥行きと広がりを演出しています。
桂月の描いた藤の絵も展示されていました。「潭上余春」(1926)です。所蔵は宮内庁三の丸尚蔵館。蔦と花が絡み合う。木は文人画的な表現でしょうか。しかし藤の花の透明感。雪貞画を彷彿させるものがあります。
「秋園」(右隻)1938年 宇部市 *展示期間:4/13~5/11
「秋園」(1938)も見事です。着色花鳥画の優品。六曲一双、中央には池が広がり、鳥が羽を休めている。そして右隻から大きく迫り出した紅葉。エメラルドグリーンの水の色と鮮やかなコントラストを描いてもいる。幹はたらし込み。また随所に生える秋草の曲線はリズミカルでもある。琳派を思わせる展開です。そして芸が細かいと感心したのは葉の表現です。と言うのも水の上の葉は絵具を薄く塗っているのか、さも透き通っているように見える。色のニュアンスに富んでいます。
「春宵花影」1939年 東京国立近代美術館 *展示期間:4/13~5/11
さらに傑作の「春宵花影」(1939)もこの時期のもの。ニューヨーク万国博への出品作です。満月の夜でしょうか。薄明かりの月夜で咲き誇る桜の姿。花は輪郭線を使わず、胡粉を盛って描いている。月の光を受けての陰影も巧みです。桜は時にさも光に溶けるように浮き上がり、一方では闇に沈み込むように消えていく。また絵具を滲ませているのでしょうか。まるでハレーションのようにぼやけている箇所もある。まさに幻影。この世ならざる桜の景色。その儚さに美しさ。さすがに魅せます。
そして戦後です。終戦の年に70歳、古希を迎えた桂月。そちらかと言えば水墨により深化した作品が目立つでしょうか。まずは「雨後」(1955)。墨に一部、胡粉を混ぜ込む。雨上がりです。葡萄の枝が淡い光を受ける。実だけが白い。右上から左下へ流れるような配置も特徴的です。実に流麗。桂月得意の構図とも言えるのではないでしょうか。
「香橙」(左隻)1961年 萩博物館 *展示期間:4/13~5/11
最後の日展への出展作が「夜雨」(1962)です。霧に包まれた深い山。竹林が広がっている。見事な溌墨の技です。茫洋たる景色が広がっている。そして「香橙」(昭和中期)も佳い。丸く肥えた夏ミカンを描く。幹はたらしこみです。生前最後の個展に出品されたものだそうです。
展示は絶筆の「夏景山水」(1963)で終わります。桂月はこの絵を描いて外出した後、死を迎えました。どこかひなびた水辺の風景。静まり返っている。絶筆に幽玄という言葉は安易かもしれません。それでも桂月の見た最後の景色。何か胸に込み上げるものを感じました。
それにしても南画風あり、また琳派風あり、そして何と言っても趣き深い水墨画ありと実に多様である。それが時代を追って描かれているだけではなく、同時期に展開されてもいる。芸達者です。幅広い作風を持っています。
それでは関連のトークイベント、また展示替えの情報です。
[関連ギャラリートーク]
「ゲストによるスペシャルトーク、松林桂月へのまなざし」
ナビゲーター:野地耕一郎(泉屋博古館学芸課長)
(1) 5月25日(日) 浅見貴子(画家)
(2) 5月31日(土) 加藤良造(画家)
*各日午後3時から展示室内にて。事前申込不要。(当日の展覧会チケットが必要。)
会期中、展示替えがあります。4割程度の作品が入れ替わります。
前期:4月13日(日)~5月11日(日)
後期:5月13日(火)~6月8日(日)
ちなみにチラシ表紙の「春宵花影」は前期(~5/11)のみの展示です。ご注意下さい。
先だって泉屋博古館で見た木島櫻谷以来、また一人魅惑的な日本画家に出会いました。(櫻谷と桂月は生年が一年違いです。)もちろん後期展示も追いかけたいと思います。
6月8日まで開催されています。日本画ファンには是非ともおすすめします。
「松林桂月展ー水墨を極め、画中に詠う」 練馬区立美術館
会期:4月13日(日)~6月8日(日)
休館:月曜日。*但し5/5(月)、5/6(火)は開館。5/7(水)は休館。
時間:10:00~18:00 *入館は閉館の30分前まで
料金:大人500(300)円、大・高校生・65~74歳300(200)円、中学生以下・75歳以上無料
*( )は20名以上の団体料金。
住所:練馬区貫井1-36-16
交通:西武池袋線中村橋駅より徒歩3分。
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