「江戸絵画の19世紀」 府中市美術館

府中市美術館
「春の江戸絵画まつり 江戸絵画の19世紀」
3/21~5/6 *前期:3/21~4/13、後期:4/15~5/6



府中市美術館で開催中の「春の江戸絵画まつり 江戸絵画の19世紀」を見て来ました。

毎年春の恒例、府中発の江戸絵画展シリーズ。「春の江戸絵画まつり」と題したのは昨年来でしょうか。これまでにも「三都画家比べ」や「江戸の人物画」、それに「動物絵画の100年展」などの展示を行ってきました。


亜欧堂田善「墨堤観桜図」 府中市美術館(寄託) *全期間展示

今年のテーマは19世紀、江戸時代最後の世紀です。1868年の明治維新に至るまでの約70年間、江戸にはどんな絵師が存在し、またどのような活動をしていたのか。それをいくつかのポイントから追いかけていました。

第1章 19世紀の造形感覚
第2章 心のかたちを極める
第3章 19世紀の人の「世界」
第4章 西洋の画法をどう使うか

とは言え、会場では何もそう深く学究的に突っ込んでいるわけではありません。あくまでも基本は親しみやすい展開。気軽に江戸絵画を楽しめます。

さて冒頭、目を見張るほどに細密な作品が。守住貫魚の「袋田滝図」です。文字通り今も名所の袋田の滝を描いた一枚。ともかくは滝の白い水の筋と岩肌、そして青々とした葉をつけた木々の様子。いずれも細かな線描で描かれている。光に水が溶けて輝く様子までも表されています。

京都で桜を得意とした画家「三熊派」の一人、織田瑟々(しつしつ)はどうでしょうか。「江戸法来寺桜図」です。縦長の一幅でのびた桜の枝。写実と言えばそうかもしれませんが、よく見ると葉の先は妙に丸まっている上に、花びら自体もぐっと水平に開いている。生々しいものがあります。

大久保一丘の「伝大久保一岳像」はいわゆる西洋風の人物画です。一説では画家の息子をモデルとしたと言われる作品。大きな瞳を見開いた少年の姿。肉付きの良い顔面。真に迫ります。

それにしてもここまで挙げた三名の画家、どれほど名前を知られているでしょうか。実のところ本展、主役はこうした知られざる画家たちです。もちろん国芳に北斎に広重も登場しますが、どちらかと言えば見知らぬ画家の思わぬ佳品、時には珍品を探す。そうした趣きがありました。


安田雷洲「捕鯨図」(部分) 歸空庵コレクション *前期展示

先に進みましょう。私の少し追いかけている安田雷洲。主に安政期に活動、さながら劇画調ともとれる作風が興味深い画家です。前期中は4点。まずは「丁未地震」です。1847年の善光寺地震に取材したという小品、寺の門前の建物も崩れ、多くの人が逃げ惑う様。何とも迫力がありますが、背景の山は裂け、さらには炎らしきものも噴き出す。何でも実景とは異なる姿までを描き入れているとか。もはやスペクタクルです。またその緻密な表現は、どこか現代の池田学の作品を連想させる面もあります。

「水辺村童図」も忘れられません。タイトルからして実に平穏無事な風景、確かに水辺を歩く童が描かれているわけですが、何やら西洋画的な人物、それでいて必ずしも消化しきれていない表現。それがエキゾチックな雰囲気を醸し出す。背景も奇異です。水面は鱗のように広がり、木はうねって妖気を放つようでもある。やはり強い印象を与えられます。

涼をとるのにもぴったりな作品です。古市金峨の「瀑布図」。文字通り滝の絵に他なりませんが、ともかく画面の殆どが上から下へ落ちる滝の水である。ほぼ全部滝。ようは背後の岩肌がごく一部しか描かれていないのです。

琳派に参りましょう。鈴木守一の「秋草図」です。其一の長男でもある絵師、どちらかと言うと抱一を志向するような秋草の配置、うねる水流に其一のセンスを見る気もしますが、ここで面白いのは表具です。たくさんの印章が押されている。いずれも守一と其一の印章だとか。そしてその上下の草花の模様。絵です。つまり描表装というわけでした。


田中訥言「若竹鶺鴒図屏風」 名古屋市博物館 *前期展示

一つの銀屏風に惹かれました。田中訥言の「若竹鶺鴒図屏風」です。一面の銀地には二本の細い若竹がすくっと伸びる。鶺鴒は番いでしょうか。一羽は竹の上に、もう一羽はその対角線上の画面下方にとまっている。シンプルながらも無駄のない構図感。これは魅せます。

さて19世紀はいわゆる開国の時代。西洋絵画の技法が取り入れただけでなく、開国自体も題材となる。例えば春木南溟の「虫合戦図」です。蟷螂や蝉が音頭をとっていざ戦んとする様子。海からやって来るのは同じく虫の帆船。ようは黒船でしょうか。彼の時代風刺したとも考えられているそうです。

「新訂万国全図」もこの時代の世界地図。幕府の命を受けて作成されたものです。イギリスの地図を参照しつつも、例えば間宮林蔵の最新の樺太探検の成果をもりこんだ。航路も記されています。

一方で改めて日本を見つめ直す運動もある。復古大和絵です。冷泉為恭は春日大社の神宝を描く。「春日神宝兜図」です。これがまた驚くほどに精緻。兜の金の装飾はもちろんのこと、さらに細かいのは紐でしょうか。その中の縫い目まで描かれています。肉眼ではあまり分かりません。

その他にはわざわざ油絵風に見せるために購入者が後々画面にニスを塗ったという「向島八百松楼之景」という珍品も。それに広重の遠近法への展開を見る作品や、オランダ風の油絵をなぞった国貞の「紅毛油画風 永代橋」なども展示されています。


歌川国貞「月の陰 忍逢ふ夜 提灯」 北九州市美術館 *後期展示

なおこうした19世紀の絵画上における視覚的な認識云々については、ちょうどサントリー美術館で開催中(~5/11)の「のぞいてびっくり江戸絵画」と重なる部分もありました。あわせて見るのも面白いかもしれません。

「のぞいてびっくり江戸絵画」 サントリー美術館(はろるど)

さて展示替えの情報です。一部作品を除き、会期中作品が入れ替わります。

「江戸絵画の19世紀」展示予定表(PDF)
前期:3月21日(金・祝)~4月13日(日)
後期:4月15日(火)~5月6日(火)


なお今回は昨年の「かわいい江戸絵画」で行われた展示替え後の割引サービス(前期半券で後期半額)はありません。ご注意下さい。


山本梅逸「花卉草虫図」 名古屋市博物館 *後期展示

ちなみに来年も春は「江戸絵画まつり」。今度は「動物絵画の250年」が開催(2015/3/7~5/6)されるそうです。これはH19年の「動物絵画の100年」に続くもの。そういえば私が盧雪に強く惹かれる切っ掛けにもなった展覧会でした。続編にも期待したいと思います。

「かわいい江戸絵画/府中市美術館/求龍堂」
*昨年の「かわいい江戸絵画」の図録が一般書籍として発売中です。

前期は4月13日まで、展覧会は5月6日まで開催されています。

「春の江戸絵画まつり 江戸絵画の19世紀」 府中市美術館
会期:3月21日(金・祝)~5月6日(火)
 *前期:3月21日(金・祝)~4月13日(日)、後期:4月15日(火)~5月6日(火)
休館:月曜(但し5/5を除く)。
時間:10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
料金:一般700(560)円、大学・高校生350(280)円、中学・小学生150(120)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *府中市内の小中学生は「府中っ子学びのパスポート」で無料。
場所:府中市浅間町1-3 都立府中の森公園内
交通:京王線東府中駅から徒歩15分。京王線府中駅からちゅうバス(多磨町行き)「府中市美術館」下車。
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